魔法少女リリカルなのはStrikerS 『翠の伏龍と蒼の賢者』 第十一話 司書長と第97管理外世界 中編 想定外の出来事で盛り上がった翠屋を出たなのは、フェイトらは現地協力者が手配したコテージに向かう事にした。 管理外世界であるこの世界で、迂闊に飛行魔法など行使するわけにはいかないため、移動はフェイトが乗ってきた車になるのだが。 「うーん。これはさすがに無理、かな?」 フェイトが運転席に座り、なのはが助手席。 リインフォース、エリオ、キャロがその小柄さを利用し、三人で真ん中の座席。 ティアナ、スバルが最後尾の座席。 シチセイが座るスペースが微塵もなくなってしまうという結果になったのだ。 「場所は把握していますし、自分は歩いてでも戻れますが……」 車に乗れないからと言ってそこまでの不便さは感じていないシチセイが提案する。 「うーん。それは悪いですよ。土地勘があるのは私ですからここは私が……」 「なのは。言いたい事はわかるけどスバルたちはなのはの部隊なんだから、いざという時の為に一緒にいた方がいいよ」 なのはの妥協案にフェイトが反論する。 しかしフェイトの放ったその言葉にシチセイは疑問を感じずにはいられなかった。 「(おかしい。スバルらが多少なりと使えるようになってきている事は部隊の全員が知っている。共に出撃し、その様子を見ていた執務官が今更、アイツラの事を『隊長が引っ付いていなければ何も出来ない』と考えるとは思えない。……となると)」 何故か真正面から向き合う二人の隊長からピリピリと緊迫した空気が漂い始める。 「スバルたちはいっつも私たちが見ていないといけないほど弱くないよ。それはフェイトちゃんだってよく知ってるでしょ?」 「でも管理外世界での任務は初めてなんだよ? 何が起こるかわからないのがロストロギアなんだから万が一を考えて一緒に行動した方が良いと思う」 一見、冷静に語り合っているように見える二人。 だが二人の周囲は戦場のソレと似た緊張と圧迫感に包まれており、通りがかりの人間が無意識に距離を取っているほどだ。 シチセイもまた自分の脳裏を駆け巡る警告に従い、彼女らから距離を取っている。 そしてこの奇妙な緊張感に覚えがあった彼は、既にワゴンに乗っている新人たちの方を見た。 いや正確にはそちらで新人たち、翠屋の面々と楽しそうに語り合っているユーノに視線を向けた。 彼は六課の出張メンバーや現地協力者とも友人であり、なのは、フェイトたちの計らい(と言う名のお願い)によりコテージに顔を出す事になっている。 とはいえ六課が任務中なのであまり気を使わせるような事をしたくないと言い、コテージへは歩いていくと主張したのだ。 ユーノらしいと彼を知る誰もが苦笑し、特に反論することはなかった。 「(その後、いざ移動という時になって隊長二人がこうなったと。……まさかとは思うが)」 二人のピリピリとした話し合いは平行線のまま続いている。 そしてその視線が時折、横に逸れてユーノに向けられている事にシチセイは頭痛を覚えた。 「(なるほど。高町教導官……俺の代わりに歩く事を主張した理由は、司書長と二人きりで歩きたかったからか)」 フェイトはその事に気付いて遠回しに止めようとしているのだろう。 齢三十を越え、色々と達観(老成とも言う)しているシチセイから見ればなんとも微笑ましい恋の鞘当てなのだが時と場合を考えて欲しいとも思う。 はやてからの連絡で今回の捕獲対象であるロストロギアに危険性や事件性が無い事が判明したとは言え、気を抜いて良いと言う事にはならないのだから。 「(いや、ただ見ているだけなら楽しくていいんだが仕事に支障を来たすのはマズイだろう。……仕方ない娘たちだな、まったく)」 余談だが無限書庫でも同様の、あるいはもっと酷い状態になった事があるのだがその時はシチセイ以下、司書全員が騒動を遠巻きに眺めながら仕事をしている。 ある者はニヤニヤしながら、ある者は彼女らの姿に刺激され『自分も』と情熱を燃やし、またある者は嫉妬心に駆られながら心中で愚痴を零す。 そんな事が当たり前になっているのだ。 ちなみにシチセイは彼女らの動向を『心中でニヤニヤしながら』見つめている。 閑話休題。 眉間に寄った皺を指で押さえながら、シチセイは意を決して二人に声をかけた。 「お二人とも。あまり時間をかけては部隊長たちにも迷惑がかかります」 「「あっ……す、すみません」」 彼が諌めたお蔭で自分たちが何をしていたかをしっかりと認識したのだろう。 赤面すると同時に心底申し訳無さそうに二人は頭を下げる。 どうやら『恋とは暴走する事である(無限書庫勤務員命名)』状態から正気に戻ったようだ。 「それは構いませんが……時間をかけるのは好ましくありませんので現地まで歩くのは自分という事でよろしいですか?」 疑問系ではあるがその言葉が確認である事は二人にもしっかり伝わる。 なのはとしてはユーノと二人きりになれない事は残念ではあるが、舞い上がった気持ちを落ち着かせた今は局員としての職務を優先する事に異論はない。 フェイトとしてもなのはが引くのであれば、食って掛かる事もない。 元来の性格故に積極性に欠けるフェイトは、誰かに先を越される事こそ恐れているものの想い人との関係については今のところ現状維持を旨としている。 拙いながらもアプローチはしているのだが。 そんな両極端な二人の結論は勿論。 「すみません。心苦しいですけどお願いします」 「なのはたちを送り届けたら戻ってきますから、それまで適当に街を見て歩いていてください」 心からの謝罪と妥協案の提案である。 ここでこの話を落としてしまってもいいのだが、『それではつまらない』と考えたシチセイは少々、趣向を凝らす事にした。 「いえお心遣いには感謝しますが迎えはいりません。街を見るついでに市の外周部に探査スフィアを追加してきますので、後ほど認識阻害と飛行魔法の使用を打診します。それと……」 数分後、予定通りの座席に座りシチセイと翠屋の面々の見送りを受けながら去っていく車。 唯一、違うとすれば真ん中の座席でキャロ、エリオに挟まれその膝にリインフォースを乗せて座っているユーノの存在だろう。 無限書庫司書長という立場は実質、出来たばかりの六課の最高責任者であるはやてよりも上である。 その立場と体面的な事実を利用し、うまくユーノを丸め込んだシチセイは彼を車に押し込んだのだ。 「これで釣り合いが取れたな」 「ほう。それはユーノ君となのはたちの距離の事ですか? シチセイさん」 小さく呟いたはずだったが隣で肩を並べていた士郎にはしっかりと聞こえていたようだ。 特に聞かれて困る事でもないと考えているため、シチセイは素直に頷く。 「そうです。何分、司書長はああいう方なので見ている方が焦れてしまう。彼女らの好意はあれほどあからさまであるにも関わらず」 「彼、いつもそうなのかい? ……身を固める前の恭也並だな」 いい大人二人が同時にため息を零す。 「あいにく自分は中立なので教導官……貴方の娘さんだけに有利に気を利かせるわけにはいきませんが。これからもこういう小さな助太刀を続けていくつもりです」 「それは心強い。まぁあの娘の事はお気になさらず。自分で決めたら一歩も引かない頑固な子ですから」 苦笑いしていたその表情が不意に引き締められる。 士郎の隣でただ微笑んでいた桃子と美由紀の空気も変わった。 「ただ……無茶をしないように見ていてやってくれますか? 出来ればウチの娘だけでなく『あの子たち』も」 それは子供を心配する大人の言葉。 危険に挑む子供たちの背中をただ見ている事しか出来ない事をもどかしく、そして悔しく思っている『優しい大人』の言葉だった。 「言われるまでもありません。自分に出来る全てを賭けて、『俺』はあの子達を助けます。貴方たちよりも近い場所にいる『大人』として。俺個人の意思で」 彼らの意思を正確に読み取ったシチセイは自分なりの誠意を示す為に右目を開き、敬語を崩した。 士郎たちの顔が驚愕に見開かれる。 彼の右目は本来なら相手を映し出すはずの瞳孔も含めて全てが蒼一色の『義眼』だったのだ。 「では、また次の機会に。今度は酒でも飲み交わしましょう。高町さん」 驚く彼らを無視する形で軽く敬礼し、背を向ける。 その後ろ姿はとても力強く、先ほどの彼の言葉に信頼を置かせるのには充分だった。 「ふふ。ああ、良いお酒を用意しておきます」 「家族でお待ちしていますので気楽に尋ねてきてくださいね。オウハさん」 「その時はなのはとユーノも連れてきてください!」 そんな彼の背中を見つめ、返答した高町家の表情は先ほどまでの真剣さを感じさせない気軽で楽しげな物だった。 コテージ 「面白い事になってるな……」 目の前で繰り広げられている騒動。 それに決して巻き込まれないように距離を取り、シチセイはぼそりと呟いた。 「次来る時は連絡よこせってアタシ言ったわよねぇ? ユーノ……」 「痛い、痛い!! アリサ、ごめん! ごめんってば!?」 夕日を反射するような金髪をショートカットに整えた女性がユーノの右手を抓っている。 逃げ腰になっている彼の左腕をがっしり抱え込んで逃がさないのは紫がかった黒髪を肩より下まで伸ばした女性だ。 「今回は私も怒ってるんだよ? ユーノ君」 「あいたたたた! すずか! お願い、それ以上、力入れないで!? 全面的に僕が悪かったから!!」 すずかと呼ばれた女性は武術の心得でもあるのか、完全にユーノの左腕を決めていた。 あのまま捻りあげればポッキリと逝く事だろう。 勿論、ユーノの腕が。 「あー、アリサちゃん。気持ちはわかるけど落ち着いて……」 「すずかちゃんも。それ以上やったらあかんて!!」 「ふ、二人とも落ち着いて!」 見かねてなのはとはやて、フェイトがユーノをいじめている二人を諌める。 しかし彼女たちの心情も理解しているが故にそこまでの必死さは感じられない。 「まぁ、今回はユーノが悪いしなぁ」 「しばらく放っておけば二人の気も済むだろう」 「でも生き生きしてますよね。アリサちゃんたちもそうだけどはやてちゃんたちも」 ヴォルケンリッターは、この事態にも動じず(慣れているのだろう)に食事の支度をしている。 どうやら夕食は外でバーベキューのようで野菜や生肉が木で作られたテーブルに所狭しと並べられている。 新人たちも準備を手伝っているらしくタマネギの皮むきで涙を流しているスバル、食器を並べているエリオとキャロ、野菜と肉をバランスよく串に刺すティアナと見事な分担が出来上がっていた。 もっともユーノと彼女らのやり取りが気になるのか、チラチラとそちらを見ていて集中できていないようだが。 「部隊長、お取り込み中のところ申し訳ありません」 「あ、シチセイさん! お帰りなさい。スフィアの配置、どうでしたか?」 彼女の背後からユーノの悲鳴が聞こえてくるが二人はスルーしている。 「特に問題はありませんでした。上空にはヴィータ三尉が配置されたスフィアがありますので、自分の探査スフィアは市を取り囲むように配置しておきましたので仮に市外に取り逃がすような事態になっても追尾可能です」 「そうですか。ありがとうございます」 軽く頭を下げて礼を言うはやてにシチセイは最敬礼で応える。 「いえ、自分から言い出した事ですからお気になさらず。それはそうと司書長と話しているあの女性たちは……?(金髪の方には見覚えがあるんだが……)」 「ああ、あの二人が話しておいた現地協力者です。アリサちゃん、すずかちゃん。取り込み中、悪いけどこっち来てくれへんか!」 一瞬、はやての方を睨むアリサと呼ばれた金髪の女性だったが、見知らぬ男の存在に気付くとユーノを開放。 一つ、咳払いをして体裁を取り繕うとすずかと呼ばれた女性と共に彼らの方に近づいてきた。 「はやて、その人は?」 「今回の任務に就いた最後の一人や。ちょっと仕事してもらってて到着が遅れてたんよ。シチセイさん。こっちが『月村すずか』ちゃんでこっちは『アリサ・バニングス』ちゃん言います」 「宜しくお願いします」 「宜しくお願いします……あれ?」 ペコリと頭を下げる二人。 だがアリサは顔を上げ、シチセイの顔をじっと見つめると首をかしげた。 実は以前に一度、シチセイとアリサは通りすがり程度に遭遇した事があるのだ。 「シチセイ・オウハ三等陸尉です。よろしくお願いします。バニングス嬢、月村嬢(あちらが気付かないならそのままにしておこうと思ったが……これは思い出されるか?)」 もっとも遭遇したと言ってもシチセイの顔はほとんど見られていない。 状況が状況だった為、顔を直視できた時間は一瞬、良くても数秒程度の事。 その上、あれから一年程度の時間が経っているのだ。 それで彼の顔を覚えていられたら大した物である。 シチセイが彼女の事を覚えていたのはユーノが部屋に置いていた集合写真を見ていた為だ。 シチセイとしても別に覚えてもらえなかった事を不満に思っているわけでもないので、アリサからその事について聞かれなければ答えるつもりもなかった。 「さ、アリサちゃんたちも少しは気も済んだやろし。ご飯の支度に入ろ!」 「では自分は新人たちの手伝いに行きます」 「うん、お願いします」 はやてとのやり取りを終え、さっさとスバルたちの方へ行ってしまうシチセイ。 その後ろ姿を見ながらアリサは眉間に皺を寄せた。 「うーーん。あの人、どこかで会ったような……」 「どうしたん? アリサちゃん」 「シチセイさんがどうかしたの?」 考え込む友人に首をかしげて声をかけるはやてとすずか。 「なんか、あのシチセイって人と会ったような気がするのよねぇ。たぶん、結構前に」 「「えっ?」」 彼女はこめかみに指を当てながら言うが、二人は疑問顔だ。 「それは他人の空似と違うん? シチセイさんはミッド出身やから滅多にこっちに来れへんはずやし」 「それに会ってたんなら向こうも驚いたり、声をかけてきたりするんじゃないかな?」 「それは、そうだと思うんだけど。うーーーん……」 結局、いざ夕食という段階になってもアリサがシチセイの事を思い出す事はなく、その眉間の皺もなくなる事はなかった。 バーベキュー会場 途中、先ほど別れたばかりの美由紀がフェイトの義姉『エイミィ・ハラオウン』、ハラオウン家の使い魔である『アルフ』を伴って顔を出すなどのドタバタがあったがそれも落ち着き、ようやく食事にありつける状態になった。 皆、思い思いに鉄板に群がる中、シチセイはエイミィと横並びにコップを傾ける。 「お前が結婚しているのは知っていたが、もう子供までいたとはな。俺も年を取ったって事か」 「アタシも先輩が六課にいるとは思いませんでしたよ。相変わらず仕事とプライベートの切り替えは完璧なんですか?」 肯定の意味合いで彼は肩を竦めた。 彼とエイミィは、彼女が現役だった頃の先輩後輩の間柄だった。 彼女が管理局に入った当時、新人たちに仕事のやり方の基本を教えていたシチセイは、スポンジのようにどんな事も吸収していく彼女と後に彼女の夫となる『クロノ・ハラオウン』に興味を引かれ、自然と話すようになっていた。 その結果、形だけではない友好関係を築くに至ったのである。 彼らが次元世界を渡り歩く『海』に配属されてからは疎遠になってはいたが、結婚式には人知れず出席していた。 そういう席が苦手な彼は当時のアースラスタッフや知人に見つからないようにエイミィとクロノの晴れ姿を遠目で見て満足し、すぐにいなくなったのだが。 「子供二人か。なかなか賑やかそうだな」 「あはは。賑やかですよ。アルフが遊び相手になってくれてますから余計に。でも幸せです」 そう言って笑うエイミィは満足げで、シチセイも釣られて口元を緩ませていた。 「……何よりだ」 自分よりも年下の人間がこうして幸せになっているという事実を噛み締める。 「(敬愛する我が師よ。貴方がたと夢見た民の幸せな世界。ほんの少しではありますが俺はその手助けを出来ているようです)」 黙ってコップの中身を飲み干す。 本当なら月を肴に酒でも飲みたい気分だ。 「相変わらずみたいですね、先輩……」 「どういう意味だ? リミエ……ハラオウン」 思わず昔の調子で旧姓の『リミエッタ』で呼んでしまいそうになった。 少し思い出話に浸り過ぎていたらしい。 「他人の事に全力注いでるのに、自分から前に出ようとしない所ですよ。ユーノ君から少し聞いてますよ。さりげないフォローが上手くて凄く助けられてるって。……それに知ってるんですよ? アタシやクロノ君が嫌がらせを受けてたときの事」 彼らは非常に優秀だった。 クロノは若くして執務官に、エイミィもまた通信士としての腕を着実に伸ばしどこに行っても通用すると絶賛されるほどに。 だがそんな彼らを妬む者も少なからずいたのだ。 何の言われも無い事の吹聴、嫌がらせ。 果ては彼らをダシにして、当時の『リンディ・ハラオウン提督』を更迭させようとする動きまであった。 肩身の狭い思いに辟易としていた事をエイミィは今でも覚えている。 そんな彼女らを案じて、なによりそんなくだらない真似に執心する者たちに怒りを覚えて動いたのがシチセイだった。 実行犯から裏で意図を引く者たち、それらを皮切りに悪事を洗い出すだけ洗い出し、申し開きなど出来ない状況を作り上げた上で信頼できる上層部の人間に報告。 結果、芋づる式に白日の元に晒された悪行の数々により、関わった者たち全てが更迭、左遷、首切りされる騒動に発展した。 彼は自分の名前など出さなかったので当然、表に出る事はなく。 その後も何事もなかったようにクロノやエイミィたちと付き合っていたのだ。 「さて、そんな事もあったかな……」 「まぁいいですけどね。水臭いとは思いますけど。……義妹とあの部隊の子達の事、お願いします」 「改めて言われるまでもない。自分に出来る範囲で手助けするさ。お前は安心して幸せを享受してりゃいい」 ぶっきらぼうに言うシチセイだがその顔には仕事中に見せる事の無い素の笑顔が浮かんでいた。 「はい。宜しくお願いします」 対するエイミィも満面の笑みで応える。 久方ぶりの旧友との語らいはお互いにとってとても有意義なモノのまま、終了した。 「おいしいですね。ユーノさん」 「そうだね。うん、ちゃんと野菜も食べてるし、感心感心」 「わっぷ……あ、ありがとうございます」 エリオとユーノがまるで兄弟のように和気藹々と食事をしている。 自分の身長の半分程度しかないエリオの頭を撫でる。 その特殊な境遇から人を拒絶していた少年の心を癒した時と変わらない優しい手付きで。 「ほら、キャロ。こっちの串は焼き上がってるよ」 「あ、ありがとうございます」 「ゆっくり食べてね。あ、フリードはこっちの串だよ」 「きゅくるー♪」 甲斐甲斐しく、慣れた手付きで子供たちの世話をするユーノ。 とても微笑ましい空間である。 「羨ましいですぅ……」 リィンフォースが頬を膨らませながらユーノたちを見つめる。 物欲しそうな視線に気付いたのかユーノは苦笑しながら手招きした。 「リィンもおいで。一緒に食べよう」 「あはっ! はいですぅ!!」 むくれたいたのはなんだったのか向日葵のような笑顔を浮かべて彼らの元へとてとてと駆け出す。 「リィンはほんとにユーノ君好きやなぁ」 「彼女を創る(生む)時、自分も大変なのに資料探し手伝ってくれたものねぇ」 家族で鉄板を囲みながら、子供たちの様子を見つめるはやてとシャマル。 その瞳はとても優しい 「言っちまえばリィンの父親みたいなもんだもんな」 「ほう。それなら主はやてが母親になるな」 串に刺してある肉を咀嚼しながら発言するヴィータ。 さらに追い討ちをかけるようなシグナムの言葉にはやては耳まで赤くする。 「シ、シグナム……茶化すような事言わんといてよ」 「別に照れずともいいではないですか。スクライアなら私は認めますよ?」 クスクスと控えめに笑いながら言葉を続けるシグナムからはやては視線を逸らす。 「ま、はやてがいいんならいいんじゃないか? アタシもあいつの事は嫌いじゃないし」 「そうですよ、はやてちゃん。ザフィーラだって彼の事、認めてますし」 ここぞとばかりに自分達の主に打診するヴォルケンズ。 いい加減、彼女らも煮え切れない主にやきもきしていたようだ。 「あ、あのな。ウチはほら、ユーノ君……見てるだけでええというか偶に一緒にいられればそれで」 両手の人差し指を合わせてモジモジしながらの発言に従者たちは苦笑するしかない。 普段、あれだけ悪戯好きで積極的な主が色恋沙汰になると途端に奥手になるのだから。 「見てるだけでいいってホントにそう思ってんのかぁ? はやてぇ〜〜」 「まったくだ。無限書庫からの補充人員としてスクライアではなくオウハが来るとわかった日の夜の落胆振りは正直、目に余りましたよ?」 「う、うううう〜〜」 ニヤニヤ笑いのヴィータに、笑みを崩さずに主の痴態を指摘するシグナム。 「そういえばウチに置いてあったフェレット人形。また数が増えてましたねぇ〜」 久しぶりの海鳴の街で解放的な気分にでもなったのか今日の三人はとても情け容赦なかった。 「皆、楽しんでるね」 「やぁ、フェイト。アルフも久しぶり」 「久しぶりだねぇ、ユーノ。エリオとキャロも元気だったか?」 犬耳に尻尾を元気よく揺らしながらフェイトにくっ付いてきた少女。 ハラオウン家の使い魔である『アルフ』である。 四年前までフェイトの傍で彼女を護る為に戦っていたのだが、彼女の立場が変わっていった事を機に現役を引退。 今はハラオウン家でエイミィの家事手伝いや二人の子供の面倒を見ている。 余談ではあるが、今でこそ十歳程度の子供状態であるが、昔は十代後半の姿をしていた。 「うん。僕は元気だよ」 「私も、勿論フリードも元気でした!」 エリオとキャロから見れば彼女は年が近い姉のような存在。 彼女の天真爛漫な態度に引っ張られるように一緒にいるときは年相応に振舞う事が出来るのだ。 「うんうん。子供は元気が一番だ」 「同感だけど今のアルフに言われると説得力ないよね」 満足げなアルフの頭を撫でながら、苦笑するユーノ。 「むぅ、そういう事言うユーノなんてこうしてやる!!」 撫でていた手を掴み、ぐいっと引っ張られる。 たまらずユーノが前のめりになるとアルフがその小さな手で彼の頬をがっしり掴んだ。 「ちょ、ひゃめへひょハルフ……(ちょ、やめてよアルフ)」 「聞く耳持たないよ〜〜! アタシの今の怒りは海よりも深いんだからな〜〜」 ユーノの抗議など気にせず笑顔のまま、アルフは彼の頬を上下左右に引っ張る。 「こら、アルフ。ユーノ、痛がってるからやめてあげて」 「ダメダメ。もうちょっとだけやって余計な事言った事を反省させないと!」 「いひゃい、いひゃいっへ! (いたい、いたいって!)」 やめてと言いつつもフェイトは二人の様子を微笑ましげに見ている。 ほんの少し羨ましそうに見えるが、気付いている者はいない。 エリオとキャロも二人のやり取りを笑いながら見つめていた。 「それで? お前たちはなぜ、そんなに距離を取っているんだ?」 「ああ、えっと……」 「ちょっと入り辛くて」 ティアナとスバルはシチセイの疑問に、気まずげに視線を逸らした。 確かにバーベキュー会場はそれぞれにグループを形成して談笑しているが、必要以上に小さくなる必要はない。 「別に気にせずに食事を楽しめばいい。あの人たちの会話も聞いているだけなら楽しめるぞ?」 言いながら特製の肉串に齧り付く。 エイミィとの談笑を終えた彼は、どこか戸惑った様子で周囲から離れて食事をしていた彼女らを見つけてきたのだ。 食事は楽しくとりたいというのは万人が望む事だろう。 「いやぁ話を聞いてても場違いな感じがして……」 「やっぱりこういう時は、話がわかる人同士でいた方がいいかなって思いまして」 ポリポリと頬をかくスバルと少し寂しげな目をしながらあくまで事務的に言うティアナ。 「そうか(不器用な気の使い方をするな。こいつら)」 「そういうオウハさんはどうしたんですか?」 スバルの問いかけに彼は肩を竦める。 「お前たちと似たような物だ。話し相手がいなくなってしまった。あちらはあちらで盛り上がっているから一人で静かに、と思ったところでお前たちを見つけたというわけだ」 「な〜んだ。じゃオウハさんもあぶれ、ったぁ!?」 仲間が出来たと能天気に笑おうとした彼女を鉄拳で黙らせたのは勿論、相方の方である。 「失礼な言い方するんじゃない! このバカスバル!!」 「ふっ……気にするな、あぶれ者なのは事実だ。まぁそういうわけだからあぶれ者同士で仲良く食事といかないか?」 「ホントですか!?」 蹲っていたスバルが痛みも何のその目を輝かせながら復活した。 彼の言葉が嬉しかったのか、同類が増えた事を喜んでいるのかは微妙な所である。 「えっ? いや、あの……」 「二人より三人の方が楽しい、という事にしておいてくれ。ランスター二士」 「あ……そうですね。ありがとうございます」 聡いティアナは彼の気遣いを察し、口元を緩めながら頷いた。 「気にするな。これだけ人が集まっているのに一人で食べるのも寂しいと思っただけだ」 ほんの僅かに口元を緩めながら、彼らは三人で鉄板を囲んだ。 任務中である事を忘れてしまいそうな食事会が続く中。 シチセイはスバルらと別れ、上司の元へ向かっていた。 「司書長」 「あ、シチセイさん」 ユーノも子供たちと離れ、一人で手持ち無沙汰な状態になっていた。 なんでもエリオとキャロは飲み物を取りに湖の方に行っているらしい。 「それは丁度良かった。ちょっと出て話しませんか?」 「勿論」 湖の方を目で示すシチセイにユーノは笑顔で頷いた。 二人で歩き出して湖のほとりに出た所でシチセイが口を開いた。 「久しぶりの故郷はどうだった?」 「……うん。とっても暖かかったよ」 敬語を崩し、ユーノは本当に嬉しそうに笑う。 心を許した相手だとしても年上には相応の礼節を持って接するユーノからすれば敬語を崩す事はとても珍しい。 それほど彼はシチセイを信頼しているのだ。 「なら良かった。こっちもむりやり休暇をとらせた甲斐があったってもんだ」 「ほんとにシチセイさんには感謝してる」 「あとはその『さん付け』が抜ければなぁ。呼び慣れちまったせいで口調は砕けてもそこだけは変わらんからな、お前」 難儀なヤツだと肩を竦めるシチセイに対してユーノは小さく声を出して笑う。 「シチセイさんは……こっちに来てどうだった?」 「俺か? ……ここは良い所だ。会った人たちもな」 ユーノの問いかけに答えながら彼は空を見上げた。 「前に話したよな? 俺がこの世界出身だって」 「うん。最もこの海鳴からはずいぶん離れているって言ってたよね」 「ああ。ついでに随分と時間も経ってる。俺が生まれた時、俺が過ごした世界が歴史として語られるくらいに、な」 目を閉じれば彼の瞼に思い浮かぶ。 師と共に、戦いの只中にいたあの頃を。 「星々を見据え、吉凶を占い、その類稀な智で王を支えた師たちも、とっくに骨になって土に還った。少し前に里帰りと称して行ってはみたが……何もかも変わっていて実感はなかったな」 「うん……」 静かに語る言葉は少し聡い人間ならばわかるだろう望郷の念に包まれていた。 「だがその時にケジメが付いた。俺が『過ごした頃』はもう俺の中にしかない、ってな。過去を振り返っても誰も知らない。誰かと共有する事もない。その辺の本屋にでも行けば詳しく書かれた本もあるだろうがそれは記録であって記憶じゃない」 それは酷く孤独な事だ。 遠い過去からとても長い時を意図せずに超えてきてしまった彼の事を真に理解できる人間はいないのだから。 「だから俺は前を向いて生きる事を誓った。昔の俺は思い出しか持たない独りだが……ミッドに来てからの俺なら誰とでも分かり合える。俺に出来る事を誰かにしてやれる。だから俺はこれからもここにいる。俺に出来る事で俺が守りたいと想うヤツラを助ける為に」 閉じていた目を開き、視線を隣のユーノに向ける。 「覚悟しとけ、ユーノ。俺がいる以上、半端な真似は許さねぇからな」 「望むところだよ。貴方が手伝ってくれるから僕は大それた事が出来るんだから」 ニヤリと笑うシチセイと、控えめにだが確かに笑みを浮かべるユーノ。 二人は星が見守る中、お互いの握り拳を付き合わせた。 「とりあえずお前は色々とケリ付けたら誰かと結婚しろよ? 仲人はしてやるから」 「いきなり何、とんでもない事言ってるのさ!?」 「とんでもなくなんてないさ。お前を好いてる子は多いんだ。お前の結婚式の司会をするのが俺の夢なんだからしっかりやってくれ」 「何をどうしっかりしろってのさ!!」 快活な笑い声と悲痛な突っ込みが夜の湖に響き渡った。 あとがき 最新話、遅くなりました。作者の紅(あか)です。 というかある程度全てのキャラのセリフや描写を入れていたら容量がすごい事になってしまった。 本当ならこの話、後編のはずだったのですが急遽、中編にしてしまう始末。 早く後編を書き上げて本筋に戻さなければ。 それはともかくご意見、ご感想など心待ちにしておりますのでどうかお気軽にお書きください。 それではまた次の機会にお会いしましょう。 |