魔法少女リリカルなのはStrikerS 『翠の伏龍と蒼の賢者』 第十四話 無限書庫司書長とホテル・アグスタ 前編 無限書庫 「それじゃあウィースクルド副司書長、しばらくの間よろしくお願いします」 「お任せください。オウハ補佐と司書長が留守中しっかり持たせて見せますから。司書長は休暇だとでも思ってゆっくりしてきてください」 ユーノの言葉に温和な笑みで応じるのはシチセイよりもさらに年上の女性だった。 ふくよかな体付きをした彼女は、包容力に満ちた雰囲気はとても穏やかで地獄部署と呼ばれるこの場所には不釣合いなようにも見える。 彼女の名は『キルマ・ウィースクルド』。 ユーノが無限書庫を開拓した頃から彼と共にいた最古参の司書であり、現副司書長。 彼女はその独特の雰囲気から無限書庫内では『お母さん』の名で親しまれ、ユーノにとってもそれに近い認識の女性である。 シチセイよりも無限書庫での立場は上であり、相応の権限も持っている。 階級で言うならば一等空佐と同等。 シチセイはユーノの専属秘書のような立場であるのでそれなりの権限を持っているが、それも司書以上副司書長以下の物でしかない。 「テラーさん。司書長の事、よろしくお願いします」 「はい。そちらも体調にはお気をつけて」 「ふふふ、その辺りは心得ているから安心して」 にこやかに談笑する女性二人。 キルマの雰囲気が影響しているのか和やかなその空気は見ている者に井戸端会議を連想させる。 相手がキャリアウーマンを思わせる美女であろうと、本局の中将であろうと、総務統括官であろうと、教会の騎士であろうとこの雰囲気で包み込んでしまう稀有な気質を持つ事が彼女がお母さんと呼ばれる由縁である。 余談だが彼女とシチセイが揃えば無限書庫で逆らえる者などいないとされている。 ユーノの仕事中毒に対して真っ向から(時には武力行使も辞さないで)止めに入るシチセイ。 そしてユーノの業務姿勢に対して時にやんわりと押し留め、時にやんわりと背中を押すキルマ。 この二人が上手くユーノを操作(勿論、良い意味で)するようになってから三年。 彼は体調を崩す事なく生活できるようになっていた。 シチセイが来る前は、当時ただの司書だったキルマと他の古参司書たちでユーノの体調をどうにかしようと奮闘していたのだが、彼の存外に頑固な気質とどこかの真っ黒提督による血も涙もない資料請求によりどうしても面倒を見切れない部分が出てしまい、結果的にユーノは無限書庫の誰よりも働き、そして誰よりも医務室のお世話になるという状態だった。 その事を誰よりも悔しく思っていたのがキルマなのである。 彼女には二人の子供がおり、その子供たちと同年代であるユーノが過酷な労働環境にいる事をともて歯がゆく理不尽に思っていた。 それが彼女が無限書庫勤務を希望した理由である。 事務系の局員として優秀であった彼女は元々、戦闘系に関する魔法の適正はまったくなかった為、そちらの魔法とはベクトルのまったく異なる読書魔法と検索魔法には割とすんなりと慣れる事が出来た。 さらに勤務した時点で三十台後半という年齢であった彼女は己の限界という物を心得ており、無理はしなくとも無茶はするというギリギリのラインで仕事をこなす事に長けていた。 そんな彼女が、勝手がわからずに業務を行い体調不良などで倒れる同僚達の中で頭角を現すのは必然だったと言える。 「それじゃ皆、行って来ます」 「行って参ります」 「はい。お気をつけて」 スーツ姿のユーノとスペシアが書庫を出る。 その後ろ姿に見送るとキルマは空気を切り替えるように手を叩いた。 「さぁ皆さん。今日からしばらく大変だけど頑張っていきましょう」 司書たちの気合の入った返事を受けてお母さんは穏やかに笑った。 機動六課 部隊長室 はやては今、冷や汗を流しながら目の前の男性にデスク越しに対峙している。 男性はいつも通りの仏頂面に誰から見てもわかるような怒気を纏って直立不動で立っていた。 リィンフォースは彼の怒気に怯えてはやての外出鞄の中に隠れている。 「八神部隊長」 「は、はいぃいい」 感情を押し殺した、しかし声を通して確実に怒気が伝わる彼の言葉に立場も忘れてはやては怯えていた。 「もし貴方がこの『三着のドレス』を経費で請求するつもりならば、私は他部署からの監視員という名目上この事を報告しなければなりません」 彼が指し示すのは部隊長室の脇に置かれているダンボール。 貼り付けられた納品書にはシチセイのような無精者でも聞き覚えがある有名服飾店の名前とそこのドレスの品名。 そして彼のような一般的な金銭感覚の人間からすれば信じられないほどに高額な値段。 それが三つ、その存在感を誇示するかのように置かれている。 「い、いややなぁ。シチセイさん……さすがの私もそんな事するつもりはあらへんよ?」 「……その発言は信じましょう。少なくともこの書類が故意ではないという事は」 「うう……」 模擬戦時のシグナムにも劣らない気迫を放ちながらの無表情で彼はデスクに置かれた紙を示す。 その様子は噴火直前の火山を思わせ、表情で怒りを表現されるよりも逆に恐ろしく感じられた。 「六課の運営が始まってからそろそろ三ヶ月経ちますが予算や経費と言った資金面のやりくりには未だに無駄が多く、処理するべき書類も多い。今回の件も大方、慣れない資金繰りから来る書類の伝達ミスなのでしょう」 『ドドドドッ』という圧迫感漂う擬音が聞こえてきそうな雰囲気に、彼女は蛇に睨まれた蛙のようにただただ震える事しか出来なかった。 「問題はこの明細に対して既に部隊長の捺印が済んでいるという点です。こんなもの、経費として通るはずがないと言うのに……ご説明をお願いできますか?」 「いや、あの……これはなんというか……」 言い訳をしようにもどうすれば彼を納得させられるか、はやてには皆目検討が付かなかった。 完全に自分の書類確認ミスであると自覚しているだけに言葉が出てこないという事もある。 部隊運営を始めて早三ヶ月。 実ははやて以下、事務系を主業務にしているメンバーは未だに忙しかった。 なにせ最低限の部隊運営教育しか受けていない部隊長が何もかもを手探りで行っているのだ。 設立当時は『これで充分だ』と思っていた設備にも色々と足りない物が出てくる上に、戦闘部隊も結構な無茶をして訓練施設に負担がかかっている。 あの超高性能訓練施設はその性能故に維持費が半端ではないのだ。 さらに並行して『ロストロギア・レリック』の調査の手配、進捗の確認に加えて各部署から上がる報告の整理。 シチセイがその類稀な事務能力を発揮しても最終的に総務であるグリフィスらが認可し、さらに部隊長であるはやてに確認を取らなければならない。 彼女(+リィンフォース)が最終的な確認をしなければならない以上、その業務負荷は溜まっていくばかり。 新設部隊で、何もかもが手探りであり、さらに部隊としてやる事が異常に多いという三重苦により彼女は顔にこそ出さないが肉体的にも精神的にも疲れていた。 これがベテランの、例えばリンディやクロノであれば信頼できる側近に業務を分担し、効率良く個人の負担を軽減出来るのだが。 彼女には自分以外の人間に任せてよい書類の判断がまだ出来ない為、その手が使えなかった。 故に全ての書類を自分で最終確認するという強行軍を行っており、そんな無茶をしていればどこかで何らかのミスが出てしまうのも当然の事である。 シチセイとていずれミスをするだろう事は予想していた。 出てきた失敗が六課にとって最悪に成りうる割とシャレにならないミスだった事は予想外だったが。 「あまり口出しするべきではありませんが。貴方はご自分の……引いては機動六課の立場と言う物をもっと理解するべきだと思いますが?」 そもそも彼女は今回の任務が『大規模オークションの警備』と聞いた時に『社交場に合わせた服装をしなければ』と言う口実でドレスを自分のポケットマネーで購入した。 仕事で使う代物なので直接、六課に届けるように手配し、支払いやら諸々も機動六課部隊長として処理したのも彼女自身の判断である。 当然、購入資金が個人的なポケットマネーとは言え六課課長として処理したのだから報告書類が必要になる。 この書類作成時に他の経費関連の書類と混じってしまった。 さらに気を利かせたのか、気付かなかったのか経費担当が届いたドレスの購入費をそのまま経費に計上してしまい、今月の経費総額が跳ね上がる結果になったのである。 「いや勿論、わかっとるんよ? 強引に六課を作った件やら若造な私が課長になってる件で地上本部に目の敵にされとるからこんなん送ってそれが地上の人らの耳に入ればどうなるかぐらい」 憂鬱そうなため息をつきながらはやては肩を落とした。 機動六課は管理局内で非常に強力な後ろ盾が揃い、その威光や権威をフルに利用して強引に設立された部隊である。 特定のロストロギア回収を専任とした『独立性の高い小数精鋭部隊』の実験を設立理由としている。 だがただでさえ人材が不足している局内の現状で、有能な人員を一箇所に集める事の有用性を疑問視する声は多い。 魔導師としてのランクや各々の実績を鑑みても、これほどの人員をランク保有制限によるリミッターを付けてまで『一まとめ』にしておくなど他部署、他部隊から見れば無駄としか思えないのである。 狙ったのかそうでないのか、集まった人材に部隊長の個人的親交のある者が多い事も不満や疑問視に拍車をかけている。 部隊の置き場所がミッドチルダの地上本部に程近い海岸線と言うのも問題になっている。 なにせ独立部隊を丸々、地上本部のお膝元に置いているのだ。 この行動は地上部隊の人間から見ればこう解釈されている。 『お前たちだけじゃ本局が守れるか不安だから私たちが守ってやる』 はやて以下、機動六課の人員にはそういう悪意や上から目線の意図は無い。 だが相手がどう受け取るかは相手次第なのだ。 そして空と海に属する部隊と様々な面で折り合いが悪い地上の上層部はほぼ全ての人間が先のような解釈を行い、機動六課及び空、海に対する印象は設立前よりもさらに悪化しているのが現状である。 印象が悪ければいざと言う時の協力体制に影響を及ぼす。 勿論、部隊長であるはやて、執務官であり実戦部隊の隊長でもあるフェイトが中心となって地上部隊との無益な軋轢を解消するべく行動を起こしているが、思ったように効果が上がっていない。 それほど根深い両者の禍根。 そんな状態での今回の経費計上ミスは燃え滾る炎にガソリンでもぶち込むような所業にしかならない。 地上の上層部は砂糖に群がる蟻のようにこれをネタに揺さぶりをかけてくるだろう。 たかが経費の事と思うことなかれ。 微妙な立場である六課にとって炎上する火種としては充分過ぎる威力を持っているのだから。 「理解した上でのこの所業。客観的に見ればこれは『理解が足りない』と思わざるをえません」 「うう、すみません……」 「謝るのは私にではなく、貴方のミスのツケを支払わされる経理部にお願いします。他にもミスがないか洗い出さなければいけませんから書類の量を考えるに今日は徹夜かもしれません」 「うう、ごめんなぁ。グリフィス君たちぃ〜〜」 どんよりと影を背負いながらデスクに突っ伏すはやて。 部下には見せられないだろうその姿にシチセイは小さくため息をつく。 「(経験不足はわかっていたが自分以外に仕事を回すのがこうも苦手とは……言っちゃなんだが上司向きじゃないな)」 課長として部署の別れた部下を大量に持つ事が初めてである彼女が『仕事の配分』を理解していない事くらいシチセイは最初から想定していた。 しかしそれ以上に。 彼女には『何がなんでも自分がしなければならない』という強迫観念じみた思考があり、よほど明確な線引きがされていなければ他者へ仕事を振ろうと考えない。 人として誇れるかどうかは別として仮にも部隊を預かる者としてはその思考は致命的である。 「(……高町教導官にも同様の節がある。この二人には注意しておかないといかんか。今回の件と言い、下手をするとどんな問題に発展するかわからん。折を見てハラオウン執務官やヴィータ三尉に相談だな)」 鉄面を崩さずに突っ伏したはやてを眺めながら、シチセイは仕事に対して私情を挟まない印象を持つ人間を脳裏に浮かべる。 「(モンディアルや教導官たちと談笑している姿からは想像しづらいが、ハラオウン執務官は仕事に対しては中々に厳しく、妥協する事もない。2人に注意するよう言っておけば後は勝手に管理してくれるだろ。ヴィータ三尉はあの容姿や日頃の言動の子供っぽさから誤解されそうだが、思慮深い思考の出来る人間だ。面倒見が良いし行動力のある性格だからメンタル的な面でのフォローも充分にこなしてくれる)」 ちなみにこの件に関しての相談相手として彼の中で烈火の騎士は除外されている。 「(荒事ならこの上なく頼りになるが、頭が固いあの人では役に立たん。無駄に男気溢れてるせいか細かい気配りなんぞ期待できんしな)」 かなりの辛口批評であるが、根っからの愚直さと不器用さはシグナム自身が自覚している事であるのでこの言葉を聞いても苦笑いをするだけだろう。 その後は確実に模擬戦に誘われるだろうが。 「忠告させていただきますと六課を潰そうとする動きは常に本局で燻っています。それを表面化させるような行為は貴方個人だけでなく六課に関わる全ての人間に対して不利益に成り得るという事を常に念頭に置いていただくようお願いします」 「……ふぅ、はい。今回はご迷惑をおかけしました。それと書類の不手際の早期発見、本当にありがとうございます」 「いいえ、こちらこそ差し出がましい真似をしてしまい申し訳ありませんでした」 言いたい事を言ったシチセイは相も変らぬ無表情のままはやてに最敬礼をする。 そして部隊長室の出入り口に向かって声をかけた。 「……部屋の前で聞き耳を立てている方々はいい加減、入ってこられたらどうですか?」 「へ?」 ドア越しに四人がびくりと震えるのを彼は敏感に察知した。 はやてが間の抜けた声を出すが、彼は気にせずドアの先にいる四人に意識を向けている。 彼は魔法に関しては逆立ちしても常人に少し色を付けた程度の実力である。 魔法に関連した基本能力、いわゆる魔力量で言えば彼は凡人の域を出る事はない。 だが彼には魔法など存在しない世界で相手の命を奪い取る『原始的且つ容赦のない戦場』を駆け抜けた経験がある。 もはや戻る事の叶わない世界で『知らぬ者などいないほどに有名であった師の弟子』として暗殺者に命を狙われ続けていた彼にとって部屋の外にいる人間の気配を探知する事など造作もない事なのだ。 「し、失礼します」 「まさかばれてるなんて思いませんでした」 「ご、ごめんね。はやてちゃん」 「ごめん、はやて」 「グリフィス君にシャマル、なのはちゃんにフェイトちゃん!?」 盗み聞きしていた負い目から申し訳無さそうに入室してくる4人。 「えっと……どこから聞いとったん?」 「ドア越しだったから全部、聞き取れたわけじゃないけど……シチセイさんが部屋に入ってからずっとそこに……」 「すみません。恥ずかしながら僕も。聞き耳を立てるよりは中に入るべきかとも思ったのですがシチセイさんの雰囲気が気になりまして」 「ああ、確かに近寄りがたい空気、発散させとったなぁ。入りにくいって思うのも無理ないわ」 グリフィスの言い分に納得して、うんうん頷くはやて。 シチセイは無言でフェイトとシャマルに視線を向ける。 「えっと、私はなのはとグリフィス君がドアに耳を当ててるところに出くわしてそのまま」 「私はリインちゃんに念話で助けを求められて来たんですけど」 「そういえば……リインの事、すっかり忘れとった」 慌てて自分の外出鞄を開けると涙目になっているリインフォースがいた。 「はやてちゃ〜〜ん、大丈夫ですか〜〜。シチセイ三尉に何もされてませんかぁ?」 涙声ではやての顔に抱きつくリイン。 軽く失礼な発言をしているが言われた本人は仏頂面のまま聞き流している。 「用件は済みましたので私はこれで……」 「はい、ホンマにありがとうございました」 「それでは失礼します」 なのは達にも頭を下げてシチセイは部屋を後にする。 この後、彼女らにははやての方から事情説明が行われた。 ホテル・アグスタ ロビー 「ふぅ、疲れた」 スーツ姿のユーノは目がチカチカするような煌びやかなロビーで一人、コーヒーを飲んでいた。 先ほどまで秘書のスペシアと一緒にオークションの主催者とホテルのオーナーと打ち合わせを兼ねた歓談を行っていた。 司書長という立場になって五年程度、経過していたので外交的なやり取りにも慣れた物ではあったがやはり気疲れはしてしまう。 「(やっぱり僕は自由気ままに遺跡発掘してる方が性に合ってるのかもしれないなぁ)」 自由を尊び、放浪を好む一族であるスクライア一族は同じ場所に長く留まる事はない。 ユーノのように一族以外の組織に属するケースは非常に珍しいと言えた。 とはいえこの思考は社交場でいつも彼が思っている事なのであまり本気で考えているわけでもない。 少なくとも今の彼に管理局を辞す考えなどないのだから。 「ユーノ先生、ため息を付くと幸せが逃げてしまいますよ?」 流れるような動きでユーノに対面するように座る青年。 スラリとした長身に真っ白なスーツ、女受けする整った顔に柔和な笑みを浮かべている。 「それ、地球の文化だったと思いますけど……よく知ってますね。アコース査察官」 「はやてに教わりました。いやぁ地球の文化は奥が深いですね」 彼の名は『ヴェロッサ・アコース』。 時空管理局本局の査察官であり、聖王教会の騎士『カリム・グラシア』の義弟である。 その人脈の広さを活用して聖王教会と管理局との橋渡しをする事が主な仕事であり、同時に局内に置ける様々な不正を監視する役割を持っている。 本人の性格は明るく暢気であり、その性格だけを見てみると表に出せない『裏方の仕事』をしている事を感じ取る事は出来ない。 ユーノとはクロノを経由して出会い、今ではお互いを親友と思えるほどの関係になっている。 「……はやての知識って偏ってる事があるんであんまり鵜呑みにしない方がいいですよ? 時々、わざと間違った事を教えてきますしね」 「ふふふ、それを含めて楽しませてもらっていますから問題なし、ですよ。先生」 異性受けしそうな笑みと共に告げられ、ユーノは思わず苦笑する。 カリム共々はやての事をいたく気に入っている彼は中々に曲者な性格をしており、その言葉が本音なのか冗談なのかは彼でも断定できなかった。 「ホテルまでの護衛、ありがとうございました」 「いえいえ。無限書庫には本局の一員としても聖王教会としてもお世話になっていますからね。これくらいの事は当然ですよ。勿論、僕個人としても友人を護るのに不満なんてありませんしね」 「ふふ、そう言ってもらえるとこっちも気が楽になるかな? けっこう人数を割いて貰ってるみたいだしね」 爽やかな笑みを浮かべるヴェロッサに合わせてユーノもふわりと微笑む。 余所行き用の敬語が崩れている事から、二人の仲の良さが窺えた。 男性として容姿のレベルがかなり高い二人が向かい合って談笑する姿は非常に絵になる。 世間的にもそれなりに名と顔が知られている二人だ。 当然、ホテルのロビーを通りかかる人々の注目の的になっている。 二人ともそういう視線には慣れているのでまったく気にしていないが。 「そう言えばはやてたちはまだ中にはいないみたいですね」 「護衛引継ぎ自体はオークションの後ですから。今頃は外の警備確認をしてるんじゃないかと思いますけど? ……いくら後ろ盾がいるとは言え慎重になるに越した事はないですしね。確認を入念にしているんでしょ」 取り留めのない会話を楽しむ二人。 実際に機動六課の面々は既にホテル・アグスタのすぐ外まで来ていた。 彼の予測通り、今は警備配置の確認中である。 「そういえばレリックに関しての調査はどこまで進んでいますか? はやてたちと連名で義姉さんも依頼していますから進展があれば聞いておきたいんですが」 「進展、と言えるかどうかはまだ断言できないですけど。とはいえさすがにこんな場所で話せる事じゃないのでまた後で話しましょう」 ちらりと周囲に視線を巡らせる。 正式な調査の進捗をこの注目されている状況でするつもりはユーノにはなかった。 「それもそうですか。ではその話についてはまた後で……(進展とは言えないまでもなんらかの情報は得られているという事ですね。正式な依頼を出してからまだそれほど時間は経っていないと言うのに……さすがです)」 彼の言いたい事を理解したヴェロッサは肩を竦めて同意を示す。 言葉遊びの中で彼の示唆した事実を正しく読み取ったのはさすがと言えるだろう。 「司書長、そろそろお時間です」 「もうそんな時間ですか。わかりました」 「先生のありがたいご講義、末席から拝聴させてもらいますね」 音もなく傍まで歩いてきたスペシアの言葉に頷き、ユーノは談笑を打ち切って立ち上がる。 席を立つ彼に悪戯っぽく笑いかけながら冗談めかして畏まった言い方をするヴェロッサに彼は苦笑いした。 「そんな大層な物じゃないですけどね。ただ……ロストロギアの危険性くらいは説いてこようかなと思います。今回のオークションに出されている物が無害だからとロストロギア自体を軽く見られてしまうのは避けないといけませんから」 それは遺跡発掘の一族として、管理局に身を置く者として決して軽視してはいけない事態だった。 故に彼は談笑していた時とは打って変わって真剣な表情を浮かべている。 「ええ。頑張ってください」 ユーノの真剣な声音に合わせてヴェロッサもまた真剣に応える。 スペシアを共にオークション会場であるホテルの大広間へ向かう彼。 その横顔の凛々しさにロビーを行き来していた人間たちが息を飲んだ事に彼は気付く事はなかった。 あとがき お久し振りです。作者の紅(あか)です。 大変、遅くなりました。亀の歩みで申し訳ありません。 今回は機動六課の問題点の一部に触れつつ、ユーノサイド多目になりました。 ユーノ側の話は今回の話を切っ掛けに増えていく予定です。 ようやくユーノ主役っぽく話を回せるところに来ました。 今後の展開に期待していただければ幸いです。 |