「ちくしょう――ちくしょうっ―――ちくしょうっっっ――――!」 ヴィータは叫び、次元空間の中を闇雲に疾駆していた。 じくりじくりと胸の内側を侵食する冷たい痛み。 吊り上がった目尻から溢れる幾筋もの光の線が、小さな滴となって散ってゆく。 はやてなら大丈夫だと思っていた。 はやてならそんなことはないと信じていた。 ――だけども、違った。 腕の中に抱えた“写本”の重みこそが現実だった。 全ては彼の語った通りに“写本”は現れ、はやてをその存在を“否定”した。 それがはやてにとって、どれほどのつらい決断だったのかはヴィータにも判る。 だが、だからこそ受け止めて欲しかった。あの雪の朝、自らの破壊を願い出たリインフォースを必死に止めようとした時のように。 あの時は、リインフォースの自己破壊しかなかったことはヴィータにも判っている。 けれども、判っていても納得はできなかった。その想いを、はやてがリインフォースに訴えてくれたことが嬉しかったのだ。 それなのに―――。 それなのに、どうして―――。 例えそうするしか方法がないとしても、だったら尚のこと―――! 「―――!?」 不意にヴィータは、鋭い視線を背後に向かって投げつけた。 追ってくる魔力反応がある。それはある意味、ヴィータの予想通りの相手だった。 元々、突撃による敵主力戦線の突破ないし粉砕に重点を置くヴィータの機動力は、決して高くはない。 突破力としてある程度の機動力は必要としても、より強く求められるのは楔となって打ち込まれる衝撃力であり、反撃に耐えうる堅牢な防御。 楔が穿った穴から傷口を広げるのは、後方からより高い機動力を生かして戦場に踊り出る騎士の役目。 穿った穴が塞がる前に戦線を蹂躙する炎の魔剣の使い手こそが、小戦闘集団ヴォルケンリッター随一の快速を誇るのは当然の帰結であろう。 「シグナム―――!」 叫んだヴィータの視界を、螺旋を描いて迫る連結刃が掠めた。 紫電を帯びた連結刃は真紅の防御フィールドを切り裂き、削り取られた魔力の粒子がおびただしい火花となってヴィータを照らす。 しかしヴィータは亀裂の奔るフィールドには目もくれず、絡みつく連結刃にグラーフアイゼンを叩き付ける。 瞬間、圧搾された魔力エネルギーに真紅の炎が点火。噴き上がった高温・高圧のガスが、のたうつ大蛇の横腹を焦がした。 高ランク魔導師の防御シールドすら破砕する鉄槌の一撃は、レヴァンティンとて耐え得るものではない。 赤熱した破片は噛み付いた大蛇の牙を無理矢理引き剥がし、ヴィータは虚空を蹴ってその牙から離脱する。 だが、その間にレヴァンティンの主は、自らの優速を活かしてヴィータの背中をすり抜け、前方に回り込んでいた。 或いは、最初からソレが狙いであったかのように―――。 華麗に身体を反転させて、白と紫を基調とした騎士服を纏った少女がヴィータの行く手に立ち塞がる。 ヴォルケンリッターが将――“剣の騎士”シグナムが。 「戻れヴィータ。今ならまだ間に合う」 鋭い眼差しから放たれる静かな烈気がヴィータを射抜いた。 正眼に構えられたレヴァンティンの切先はゆらりと揺らし、しかし決してヴィータから離れない。 仮に押し通るつまりならば――斬る。 無言で威圧する炎の魔剣が本気で牙を剥くというのなら、いくらヴィータでも無事ではすまないだろう。 「どけよシグナム。邪魔すんな……」 だが、ヴィータもただでやられるつもりは毛頭もない。 グラーフアイゼンのグリップを握り直し、ヴィータは顔を伏せたまま押し殺した声を絞り出した。 無骨なハンマーヘッドの尖端に、次元空間の歪んだ光が鈍くに輝く。 立ち塞がるあらゆる障害を、ただ粉砕するために生まれた“鉄の伯爵”をゆっくりと担ぐ。 「お前の行為に、主はやてがどれほど哀しむことになるか判って―――」 「どけっつってんだよっっっ――――!」 叫ぶと同時に、ヴィータは足元の魔法陣を蹴りつけた。 攻防一体――攻性と守性を自在に切り替えられる“剣”という武器に対し、ヴィータの“槌”は攻性こそがその本領。 受けるのではなく攻めてこそ、グラーフアイゼンの能力は最大限に引き出せる。 対するシグナムのレヴァンティンは、いわゆる“後の先”――敵の攻撃力を持って、敵自身の動きを封じる構え。 だが、それは“退く”という意味ではない。 むしろ相手の動きに合わせて、カウンターを打ち出すことであり―――。 「この莫迦者がぁ!」 吐き捨てると同時に、シグナムもまたヴィータに向かって踏み込んだ。 脳天から振り下ろされるグラーフアイゼンと真正面からぶつかる――寸前、その刀身を斬撃に重ね合わせ、下方へと受け流す。 衝撃力において勝るグラーフアイゼンの、その威力そのものを利用した最小限の動きのみで鉄槌の軌道を外へと逸らせたのだ。 「レヴァンティン!」 シグナムの叫びにシリンダーが駆動し、異音と同時にカートリッジが吐き出される。 《 そして一瞬の遅滞もなく、体勢を崩したヴィータの胴をシグナムの『陣風』が真横に薙ぐ。 無論、それはヴィータの騎士服そのものまで切り裂かないように威力設定されたものだったが、その配慮は無意味に終わった。 ヴィータは直感と鍛え抜かれた反射神経で仰向けに身体を捻り、迸る『陣風』の衝撃刃を紙一重で躱しきった。 レヴァンティンの剣尖が掠めたのは、辛うじてヴィータの防御フィールドの表面のみ。 そしてヴィータは捻った回転が生み出す遠心力をハンマーヘッドに上乗せして、逆袈裟気味に薙ぎ上げる! 「うおりゃぁぁぁっっ―――!」 「ちぃっ!」 鋭い舌打ちが、轟音によって掻き消された。 シグナムが咄嗟に張った魔法陣の楯――パンツァーシルトが、その一撃を阻んだのだ。 だが、ヴィータは構わずグラーフアイゼンを無理矢理押し込む。 眩い火花で互いの形相を照らしながら、ハンマーヘッドは紫色に輝く三角形の壁へと尚も浸徹し――無数の亀裂が走らせて粉砕した。 「甘い―――!」 その叫び声は、しかしヴィータではなくシグナムのものだった。 確かにグラーフアイゼンは障壁を砕いた。無数の破片を撒き散らし、その鉄槌はシグナムのレヴァンティンをも叩き付けた。 だが――鞘の存在を忘れていた。 刹那の間合いから繰り出された鞘が、ヴィータのみぞおちを激しく打ち抜く。 「かはっ―――」 「せやぁ!」 更にレヴァンティンを返すシグナムを、ヴィータは息を止めながらグラーフアインゼンで振り払う。 2人は甲高い金属音を3度まで交差させ、ようやく間合いを取るように飛び退いた。 互いに初合で倒すことを考えていながら、それが無理であることを誰よりも承知している2人だった。 シグナムとヴィータ―――。 “剣の騎士”と“鉄槌の騎士”―――。 共に同じ主に使え、共に同じ戦場を翔けてきた2人だからこそ、互いの実力を知り尽くしている。 或いは、本人以上に―――。 (クソッ……。頭に血を昇らせれば少しは太刀筋が狂うかと思ったけど、んなわきゃねぇーか。 けれども、どうする? レヴァンティンの方が速さじゃ上だ。いくら威力が大きくても、一振りのモーションが大きいあたしの方が不利だ) (ヴィータめ……。咄嗟の反射神経は、やはりわたしやザフィーラをも上回るか……。 なによりあの破壊力は厄介だ。どれほど連撃を重ねて追い込んでも、あの一撃で形勢を逆転されかねん) (だけでも……ウダウダと考え込むのは―――) (しかし、カウンターを怖れて踏み込むのを躊躇うのは―――) ((流儀じゃない―――!)) 「やるぞ、アイゼン!」 《 ヴィータは直上に加速しながら、自らの正面に四つの鉄球を放った。 本来、ベルカ式魔法は接近戦に特化し、接触した物体に魔力を付与することを基本としている反面、魔力を遠隔操作することは不得手とする。 故に魔法を単独で飛ばすことはほとんど想定せず、遠隔攻撃は必然的に投擲や有線武器の延長上となる。 だが、ヴィータは違う。 ヴィータとグラーフアイゼンの組み合わせは、ベルカ式が不得手とする遠隔誘導弾を高いレベルで実現できる。 《 グラーフアイゼンのコマンド音声に応え、ヴィータは渾身の魔力で鉄球を叩き付けた。 弾かれた鉄球は紅の光を帯びると猛スピードでた虚空を翔ける。 それは命を与えられた飛燕のように加速して、円弧を描きながら回避運動を取るシグナムを追い詰め、次々と炸裂した。 だが、爆炎が静まるよりも先に、ヴィータは炎の乱流に向かって突撃した。 自らが作り出した火球を睨み、鋭い声でコマンドを叫ぶ。 「グラーフアイゼン、カートリッジロード!」 《 グラーフアイゼンのスロットが突き上がり、三連装のカートリッジシステムがメカニカルな駆動音を響かせる。 点火と同時に紅のバックファイアがヴィータの横顔を照らし、ハンマーヘッドの両端から“スパイク”と“ノズル”が姿を顕す。 「ラケーテン―――」 叫んだ声に、ノズルから噴き出す爆音が重なった。 「ハンマァァァッッ――――!」 そして、加速―――。 ロケット噴射の力を利用した驚異的な推進力を得て、ヴィータは垂直に落下する紅の砲弾と化した。 その一撃はあらゆる障壁を打ち砕き、その破壊力は要塞線を粉砕する重攻城砲すら凌駕する。 一度は高町なのはのプロテクションパワードの前に弾き返されたが、あの時とは既に違う。 あの屈辱をバネにした、血の滲むような鍛錬によって格段に向上した魔力運用は、ラケーテンフォルムの推進力をも増大させていた。 運動エネルギーが増大すれば、その貫徹能力は飛躍的に威力を増す。 簡単な図式。 故に、ヴィータは加速する。例え標的が“仲間”であると“家族”であろうと――否、だからこそ加速する。 怒りにも似た哀しみを、雄叫びの内側に覆い隠すために―――。 「紫電―――」 と、爆炎を突き破ってシグナムがヴィータの正面に飛び出した。 その手に握られたレヴァンティンは既にカートリッジを吐き出し、炎熱効果によって噴き出す炎が刀身に踊り―――。 あらゆる敵を断ち切る絶技を構え、美しいほど激しく燃え上がった鋭い双眸がヴィータを捉える。 それは武器と武器、ましてや管理局が机上で計算した高攻撃ランク同士の必殺技のぶつかり合いなどではない。 2人の少女の意思と意地が、窮地すら顧みずに発露した激突に他ならない。 戦いとは常に、人間同士の意志の激突である証のように―――。 「一閃―――――!」 刹那、巨大な爆発が巻き起こり、轟音と閃光が次元空間を駆け抜けた。 集束したエネルギーは夜を昼に変えんばかりの光となって、無機質な世界に鮮烈に染め上げる。 やがて光りが収まり、粒子となった魔力の爆煙が晴れたその中心に―――。 三つ人影が、浮き上がった。 「なっ―――」 レヴァンティンを振り下ろし、絶句するシグナムと―――。 「お、おい……」 目を丸くして左肩の傷を押させるヴィータと―――。 「相変わらず無茶が過ぎるようだな、ヴィータ」 振り下ろされたレヴァンティンを杖状のデバイスで受け止め、苦笑を滲ませるグラナートの3人―――。 「お、おい……。なんでじぃーさんが、こんなところに―――」 ヴィータは呆然とグラナートを見上げ、目を瞬かせた。 と、次の瞬間、思考の片隅で不可解な光景が、ヴィータの心を大きく揺さぶった。 どくん、どくんと耳朶を打つ鼓動。 焦りと懐かしさが混同したような、不可思議な感覚。 ヴィータが観たのは、真冬の戦場の光景だった。 凍えるような漆黒の空と、いつもと変わらない孤独な戦い―――。 (あまり無茶をするな、ヴィータ) 無骨な騎士甲冑を纏わされていたヴィータの髪を、その細い指先がくしゃくしゃに掻き乱す。 血なまぐさい戦場には、余りにも似つかわしくない白い肌の男。 当然だろう。彼は王宮に仕える宮廷魔導師であり、本来なら最前線に出てくるような人種ではないのだから。 それなのに彼は、いつだってやわらかく細い指でヴィータの髪をくしゃくしゃにするのだ。 荒涼とした夜の世界で、彼の存在は小さな灯火のようなものだった。 そして頭を撫でられるたびに湧き上がってくる感情の正体がわからなくて、ヴィータは決まってその手を振り払った。 胸にチクリと突き刺さる、小さなトゲの存在を自覚しながら―――。 「じぃーさん……グラナート………そんな……生きていたのかよ……?」 呆然と呟いたヴィータの言葉に、グラナートの瞳がさざ波のような光が走った。 小さく開いた口は何かを発しようとしながら、けれども何も発しないまま閉ざされる。 そしてそれは、ほんの一瞬の出来事でしかなかった。 「貴様、何者だ!?」 シグナムの誰何に、凝固した空気を脆く砕ける。 一瞬の邂逅は瞬く間に霧散し、グラナートが瞳を歪めて声の主に向かって軽く嘲笑する。 「久しいな、シグナム。もっとも、お前は私を覚えておらぬだろうがな」 「………」 シグナムは一瞬だけ、怪訝そうに眉をひそめた。 だが、直ぐにその双眸は鋭さを取り戻し、改めてグラナートを睨めつける。 その意味に気付いたヴィータがグラナートを庇うようにグラーフアイゼンを構え直したが、その腕をグラナートが掴んだ。 「お前は下がれ、ヴィータ。それからその“写本”は、私が預かっておこう」 「けど、シグナム相手にじぃーさん1人じゃ!」 「なに、少しシグナムと話がしたいだけだ。それに私は―― その言葉を言い終えるよりも速く、その閃光は真下から突き上げるようにシグナムを襲った。 「なっ―――」 次の瞬間、シグナムの右腕から鮮血が噴出した。 だが、それでも咄嗟に身を引き、瑠璃の剣尖が腕の腱を切断するのを防いだのは、むしろ賞賛に値するだろう。 「行きなさい、ヴィータ。ここは我らに任せて、その“写本”をグラナート様に―――」 「っっっ―――」 エリスの声に、ヴィータは戸惑った。 ここから逃げる。 最初からそのつもりであったにも関わらず、ヴィータは戸惑ってしまった。 逃げることが悔しいからではない。逃げることと断ち切ることとが、同義であるからだ。 (いいのか? 本当に、断ち切ってしまっていいのか―――?) 断ち切る――はやてとの家族の“絆”を。 だが―――。 ヴィータは血が滲むほど唇を噛み締めると、“写本”をグラナートの胸に押し付けるように手渡した。 そして直ぐさま踵を返し、長い三つ編みを振り乱すように足元を蹴り付ける。 シグナムと、その遥か後方に居るはずの八神はやてに背を向けて、今はこれしかないのだと自分自身に言い聞かせながら―――。 後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、ヴィータは再び逃走した。 「そうか、お前か……。我ら“ヴォルケンリッター”の名を語り、主はやてを害した道化は―――」 シグナムはレヴァンティンを八相に構え、瑠璃色のストールを纏う少女を見据えた。 儀礼用の騎士服にも似た、軽装の騎士甲冑―――。 如何にもスピードを重視したようなその姿は、実際にフェイトをして「疾い」と言わしめている。 だが―――。 「速度だけで、わたしに勝てると思わぬことだ―――!」 初撃を仕掛けたのはシグナムだった。 警告もなく、手加減もない。 主はやてを襲い、傷つけ、誇り高き“ヴォルケンリッター”の名を語る敵に、剣を納める理由すら見当たらない。 常人であるなら、踏み込まれたことすら気付かぬであろう速度で間合いを踏破し―――。 「せぇぃ―――!」 唸りを上げて大気を断つレヴァンティンが、真っ直ぐにエリスの頭上に降り注いだ。 同時にエリスも身体を捻り、瑠璃色のストールを翻して逆手に握られた鋭い刀身を斜に奔らせる。 「破っ――――!」 短い裂帛の声に、二条の閃光が重なった。 時計周りのワルツを踊るように踏み込んだエリスの左手が一閃、レヴァンティンの側面に火花を散らしてその太刀筋を脇へと逸らす。 それは奇しくも先にシグナムとヴィータが演じた再現だったが、“後の先”に回ったエリスの反撃はより峻烈だった。 散った火花がシグナムの驚愕を照らした次の瞬間、身体ごと回転させたエリスの右手の剣が、内から外へと伸び上がる。 逆手に剣を握るエリスの剣技は、クロスレンジにおける連撃こそが本領。 同じ『剣』というアームドデバイスを手にこそすれ、一撃の威力に重点を置くシグナムのソレはとは根本的に異質なものなのだ。 紫光が散らせ、シグナムは辛うじて左の籠手でエリスの剣を受け止める。 仮に一撃の重さがレヴァンティンと同等であったなら、シグナムの左手は籠手ごと断ち切られていただろう。 「―――」 「っ―――」 火花を浴びた2人の眼差しがほんの一瞬、交差した。 と、エリスの口元に浮かんだ微笑に気付いた瞬間、シグナムは獣のような雄叫びを叫んだ。 「でやぁぁぁっっ―――!」 腕に受けた激痛を無視したまま、シグナムは強引にレヴァンティンを逆袈裟に斬り上げた。 戦場に幾度となく血風を撒き上げてきた魔剣が唸り、エリスの刃をその身体ごと弾き飛ばす。 2人の隙間を埋めるように瑠璃の魔力光が砕け、圧倒的な剣気に翻弄されながらエリスは後方と飛び退った。 細かい破片にストールの一部を切り裂かれ、エリスは微かに眉を動かしたが、その瞳に恐怖や驚嘆の色は微塵も浮かんでいない。 即座に体勢を立て直し、エリスは再び二刀を逆手に構える。 (―――なんだ!?) 微かな違和感が、シグナムの思考を掠めた。 だが、激しい戦闘の最中に浮かんだ疑問は即座に消え失せ、シグナムは愛剣に向かってコマンドを叫ぶ。 「絡み取れ、レヴァンティン!」 《 「ヴァイスナハト! シュヴァルツナハト!」 《 2人の少女の叫びに、3本のデバイスの音声がほぼ同時に重なった。 火花を散らして駆動するシリンダーからカートリッジが吐き出され、爆発的に溢れ出す魔力が2人の少女を包み込む。 刹那、レヴァンティンの柄の根元が爆発した。 噴き出す紫光がジグザクの機動を描いて虚空を貫き、不可視に近い速度と角度を以ってエリスの周囲を取り囲む。 高度な魔力運用と神業的な剣技の両立の先にしか成り立たない、幾重にも張り巡らされた連結刃による絶技の檻――シュランゲバイセン・アングリフ。 それは大気を叩いて敵の起動を封殺し、包囲した空間内に魔力を満たす空間攻撃に他ならない。 だが、次の瞬間、脱出不可能なはずの大蛇の顎から、エリスの姿が掻き消えた。 在り得ないはずだった。 真円の戦輪と化した自らのデバイスを連結刃に叩き付け、その輪の中から包囲網を潜り抜けるなど、誰に予測できようか。 シグナムは驚嘆し、驚嘆しつつ即座にシュランゲフォルムを引き寄せる。 敵の機動力を封殺するはずだった長大な連結刃は、しかし今やシグナム自身の動きを縛る鎖でしかない。 そこへ空気を裂く不気味な音が奔り、シグナムの首筋をちりりと焦がす。 深く蒼い円環の刃が鋭角な弧を描き、斜め頭上から襲い掛かってきた。レヴァンティンの刃は未だ収容中であり、跳んで躱すこともできない。 一瞬、左手の柄を握り締めたシグナムだったが、その考えはコンマ数秒以下の僅かな時間で切り捨てる。 微かな――ほんの微かな違和感と直感が、シグナムに刹那の決断を迫らせたのだ。 「っ―――!」 シグナムはギリギリまで真円の戦輪――ツヴァイナハトを引き付け、左足を引いて微かに身体をスライドさせた。 長い頭髪が幾本か舞った。仮に早すぎれば誘導補正によって直撃を浴び、遅すぎれば言わずもがなだろう。 咽を掠める刃を感じながら、しかしシグナムの意識は既にそこにない。 細く絞った眼差しが虚空を滑り、振り向きざまに左手に握った鞘を自らの信ずる方向へと奔らせる。 そこに発生させた防護シールドの傘の上を異音が叩き、金属製のブーツに覆われたエリスのつま先が鋭く食い込む。 光の壁が砕け、無数の破片がシグナムを覆った。 「ぐっ―――」 左腕の骨にまで達した重い衝撃に、シグナムの眉が苦しげに歪む。 追加効果の魔力付与を乗せた蹴りはバリアを砕き、咄嗟に突き出した鞘をも変形させて――ようやく止まった。 直上の戦輪ばかりに気を奪われていれば、或いはバリアのみを展開させていたのなら―――。 だが―――。 「惜しいな。後少し、一撃の重さがあればこの鞘ごと私の腕をヘシ折ることもできただろうに―――」 「ええ、そうね。でも、貴女はきっと、その時は別の方法でわたしの攻撃を防いたでしょう」 そしてエリスがクスリと微笑を浮かべる。 柔らかな――まるで懐かしい友人との再会を喜ぶような、こぼれるような笑み。 と、同時にバックステップで間合いを離し、足元から飛燕のように舞い戻ったツヴァイナハトとピンポイントでその身を重ねる。 一連の攻防の中で、最初からシグナムに躱され、その場に戻ってくることが判っていたかのように。 しなやかな腕を鋭く回転する戦輪の中に通し、静かに瞳をシグナムに向け―――。 不意に、瑠璃の残像を残してその姿が忽然と掻き消える。 (左―――) 反射的に左に開こうとしたシグナムの身体が、しかし即座に静止した。 思考を凌駕するコンマ数秒以下の蒼光が神経を駆け抜ける。 自らの信じる直感――自らの信じる理合の命じるがままに右背面に退き、身を捻り、虚空に向かってレヴァンティンを突き入れる。 「そこかぁ―――!」 短い金属音に交じって、驚嘆するエリスの声がシグナムの鼓膜を叩く。 弾いたのは投擲する寸前のツヴァイナハト。 左に跳んだはずのエリスの刃を右背面に弾き飛ばし、エリスの即頭部へと回し蹴りを放つ。 「っ―――!?」 だが、次の瞬間にエリスの姿は既になく、放った蹴りが虚空を薙ぐ。 (なるほど。今のがテスタロッサの云っていた動きか……。確かに疾い―――。 しかもこの疾さは、テスタロッサのソニックフォームのような物理的な疾さだけではない。この動きは、むしろ――――) 「でやぁぁぁ―――!」 シグナムの肩が跳ね上がり、銀光が瞬いた。 知らずにその顔に喜色に滲む。焦燥を越え、恐怖をもすら凌駕する――甘やかな戦慄。 お互いが握り締めているものが命を奪う武器であると知りながら、それ故に湧き上がる高揚感が、シグナムの鼓動を熱く叩く。 火花が舞い散る。 二合、三合、四合と―――。 響きあう鐘の音のような剣打の嵐が大気を揺らし、峻烈な眼差しが複雑に絡む糸のようにもつれ合う。 噛み合う銀光の魔剣と瑠璃の戦輪―――。 掠めた剣尖が魔力フィールドを引き裂き散らし、割けたエリスの騎士服から赤い血潮が幾筋も噴き上がる。 だが、エリスのしなやかな腕は円弧の刃をもって不規則な軌道を描き、シグナムの身体に同レベルのダメージを刻み込む。 (だが――しかし―――――) 戦慄と悦楽、歓喜と絶望の中で―――。 (この手合いの感覚は――なんだ?) 戸惑いが、シグナムの胸を揺らす。 目の前の少女は主はやてを害し、ヴォルケンリッターの名を語る“敵”ではなかったのか―――? だが、だとしたらこの心地良さはなんなのか―――? フェイト・テスタロッサと剣を交えた時とはまた別種の、愛しさにも似た感情が細波のように押し寄せる。 知っていた―――。 シグナムはこの感覚を、微かではあるものの覚えていた―――。 (“彼女”は“自分”を知っている。“自分”は“彼女”を――知っている―――?) 心ではなく、騎士として生まれたこの身体が覚えている―――。 例えプログラムとしての記憶ファイルが閉ざされていようとも、この腕とレヴァンティンが覚えている―――。 戸惑いが小さな瞬きとなって思考を掠め、それは致命的なタイムラグとなってシグナムを襲った。 突き入れたレヴァンティンの刃に、測ったようにツヴァイナハトの輪が噛み付く。 「せやぁ!」 絡め取ったレヴァンティンを、エリスがすかさず横に引く。 レヴァンティンを離すわけにもいかず、引かれるままにシグナムの体勢が一瞬、大きく崩れた。 「終わりです、 エリスの叫びに重なって、死の予兆を孕んだ風がシグナムの胸を切りつけ、そして―――。 「なっ―――」 シグナムは自らの胸に視線を落とし―――。 「なぜ――――」 掠り傷すら刻まれていない非殺傷の一撃に、激しい憤りすら覚え―――。 「なぜ手加減をした、エリスっ―――!」 叫んだシグナムの両腕と両脚に、4個のミッドチルダ式の魔法陣が絡み付く。 それは強固な鎖のようにシグナムの動きを束縛し――刹那、全身の神経を引き千切るような凄まじい衝撃が駆け抜けた。 「スタンバインド……。悪く思うなよ、シグナム。お前を大人しくさせるのは、これくらいの術が必要だからな」 「き……さま……」 シグナムはかすれる眼差しで、正面に現れた魔導師を睨み付けた。 グラナート―――。 ヴィータにそう呼ばれ、逃がした銀髪の男―――。 噛み付くようなシグナムの眼差しに、グラナートは細い眉を微かに動かした。 「ほう? まだ意識があるとは、流石だな。ならば、少し私の話を訊け」 「断る!」 シグナムは叫んだ。 捕囚の辱めを受けたとはいえ、その心が折れたわけではない。 両手を縛るバインドが不気味に軋み、瞳の中の炎が激しく揺れる。 「ふむ……。私には積もる話があるのだが、しかしお前がそんな態度ではなにも話せんではないか」 「話すことなど、最初からない!」 「やれやれ。その愚直なまでの一途さ……変わらぬか。愚かと笑いはしまいが、どうにかならぬものなのか?」 「貴様、なにを言っている……?」 「では、率直に訊こう。シグナムよ。お主には今の主の元を離れ、真の『闇の書』の主に為に剣を握る意思はあるか?」 「莫迦な……」 グラナートの瞳に鋭利な光が奔り、シグナムは呻いた。 この初老の男は、なにを言おうとしているのだ? 「私の主は八神はやて1人であり、主はやてこそが『闇の書』の真の主だ! それに『闇の書』は既になく、我ら“ヴォルケンリッター”は最後の夜天の王たる八神はやてのみに忠誠を尽くすと決めている!」 「では、あくまでもこの“写本”の存在は認めず、また我らの邪魔をするというのか?」 「それが主はやてのおんためであるなら、騎士の剣にかけて貴様たちを――斬る!」 「そうか……では、致し方ない。管理局の魔導師が、もう直ぐそこにまで来ているような状況では、これ以上の話し合いは無意味か」 「管理局の魔導師―――」 シグナムは束縛されていない首を巡らせ――背後から接近する桜色の魔力光を見つけた。 「シグナム――“烈火の将”よ。私を赦さぬというのなら、それもまたよかろう。だが、全ては『闇の書』のためだ」 いいながら、グラナートは『闇の書』の“写本”を無造作に開いた。 中から現れたのは、白紙の頁。 まだ一行すら埋まっていない、真っ白な巨大ストレージ―――。 「邪魔をされるわけにはいかぬのだ。今は静かに、眠りにつくがいい―――」 瞬間、シグナムの背筋に悪寒が奔った。 「見つけた――シグナムさん!?」 遥か遠方の光景に、なのはは自分の眼を疑った。 あの無敵のような強さを誇るシグナムが、バインドに繋がれ拘束されているなど、俄かには信じ難い光景だった。 一体、何があったのだろうか―――? 「シグナムが捕まっちまうなんて、こりゃ相当ヤバイよなのは。フェイトをいじめた連中、相当のてだれだ」 「うん。そうみたいだね。でも―――」 一緒についてきてくれたアルフの声に、なのはは頷く。 確かにその通りだろう。フェイトの強さはなのはが一番知っていて、そのフェイトがなかなか勝てない相手がシグナムなのだ。 見たところ、正体不明の魔導師は2人で――ヴィータの姿は見当たらない。 「アルフさん。先にシグナムさんを救出しようと思うんですけど、構いませんか?」 「逃げたヴィータは後回しってわけかい? オッケー。それで行こう」 「それじゃあ、レイジングハート」 《 なのははレイジングハートを砲撃仕様のバスターモードに組み変えると、その場に停止して巨大なミッド式魔法陣を足元に展開させた。 杖の柄には既に環状魔法陣が展開され、砲撃に使用される魔力の集束と加速を始めている。 「やるよ、レイジングハート。集束率を絞って範囲は狭く、速度と威力は全力全開―――!」 《 更に2本のカートリッジを排莢して、 超長距離攻撃からの攻撃でも有効な威力と弾速に加え、バリア貫通能力まで付与させたディバインバスター・エクステンション。 この一撃こそが「砲撃魔導師・高町なのは」という特異な少女を、最も端的に表現する特徴的な魔砲に他ならない。 「ディバイン―――――」 呟き、瞳を閉じるなのはの脳裏に、レイジングハートから送られる射撃補正映像が映る。 モードはもちろん非殺傷設定。狙うのは、なのはが最も苦手とする高機動タイプの魔導師。 牽制と制圧――常識外からの攻撃である以上、結果がどちらに転がったとしても反撃はないだろう。 上手くいけば一撃で終わるし、シグナムを離して逃走してくれる可能性だって高い。 否、むしろそうなる可能性を期待して、なのははトリガーを叫んだ。 「バスタ―――――!!!」 瞬間、桜色の閃光が周囲を埋め尽くし、迸る光の束が一直線に次元空間を打ち貫く。 エクステンション――伸張の名を与えた砲撃は、例え掠めただけでも膨大な魔力を削り取るだろう。 ましてや、直撃ともなれば昏倒は免れない。 非殺傷モードとはいえども常識外の爆風と衝撃が火球を作り、そこに存在していた魔導師を確実になぎ倒す―――。 「―――って、あれ?」 ――はずだったのだが、桜色の閃光は虚空のみ駆け抜けた。 「外したのかい、なのは?」 どこか呑気な声で、アルフが訊ねる。 「!? 違う、外したんじゃないです! 今のは―――」 躱された―――。 撃ってからの反応時間と、実際に退避する時間を考えれば、現実的には不可能に近い。 だが、彼女は躱した。 直撃を受ける遥か手前で、その姿が掻き消える光景をレイジングハートが捉えていた。 「気をつけて、アルフさん! 来ます!」 「了解―――!」 アルフの叫び声に合わせるように、その少女はなのはの前に飛び込んできた。 迷いのない鋭い動き。 初めて観るタイプの未知のデバイスが蒼光を放ち、滑るようになのはの咽元に滑り込み―――。 刹那、桜色の光が刃を弾き、甲高い金属音がなのはの咽元から刃を分つ。 《 溢れる桜色の膜が、少女の攻撃を完璧に弾き返した。 目前に発生したフィールド魔法に弾き返された少女の表情は、明らかに困惑していた。 それほどなのはの防御魔法は、圧倒的な強度を誇っているのだ。 もっとも強固な分、その構築と維持には莫大な魔力を消費するため、いつまでも膜の内側に閉じこもっているわけにもいかない。 「なのは―――!」 そこへアルフが拳を光らせ、少女の背後から踊りかかった。 ほんの僅かな反応の遅滞の後、すぐさま反撃に移れる辺り派、さすがに狼の血を宿した使い魔だろう。 だが、瑠璃の少女は足元を蹴ると忽然と姿を消し、直上に逃れた。 「逃がすものか―――!」 「アルフさん!?」 追い掛けるアルフをさらに追おうとしたなのはを、しかしアルフは制する。 「なのははシグナムの方を頼む!」 「は、はい!」 シグナムの方向を一瞥し、なのは大きく頷いた。 フェイトたちに比べて圧倒的に“重い”機動しか有さないなのはでは、高速機動戦は厳しい。 ならばその間にシグナムの救出を――と、判断したのは、少なくとも間違った判断ではなかっただろう。 しかし、だからこそ瑠璃の少女はそれを赦さなかった。 少女はアルフを軽く引き離す加速力で間合いを詰め、なのはの背中に向かって戦輪を投擲した。 「きゃあああっっっ!」 防御フィールドの出力を落として飛行魔法に魔力を注いでいたなのはは、完全に不意を突かれた。 咄嗟にレイジングハートが上方のフィールドを強化したものの、その衝撃の全てを受けきれたわけではない。 防ぎきれなかった余波と衝撃が強かに背中を打ち、なのはは呼吸を詰らせた。 瞳に涙を滲ませ、弾かれたように振り返ったなのはの視界に、しかし瑠璃の少女の姿はない。 「遅い―――」 斬撃は、次は足元から襲い掛かってきた。 切り裂かれた粒子がキラキラと輝き、なのはの背筋に戦慄が奔る。 一撃一撃は、確かに軽いだろう。全周に対して防御に徹すれば、そう易々とは撃ち抜かれない自身はある。 が、それは根本的な解決策ではありえない。 「これじゃあ、手も足も出ない状態と変わらない―――だったら! レイジングハート、アクセルシューターセット!」 《 物々しい金属音の響きにコックが開閉し、中から空になったカートリッジが跳ね上がる。 なのはは瞳に決意を浮かべ、防御フィールドの中でレイジングハートを構え――心の中で標的を指向する。 「アクセルシューター、シューーートッッッ!!!」 叫ぶと同時に、12発の誘導弾――アクセルシューターが猛然と飛び出した。 その内の2発が直ぐさま瑠璃の少女を貫くかに思えたが、貫く瞬間、またしてもその姿が忽然と掻き消える。 思わぬ加速に入った少女の背後を、しかしアクセルシューターは執拗に追い掛ける。 半自動誘導方式で標的を追うプログラム改修によって、ある程度のスタンドアロン機能が追加されているのだ。 それはなのはの動体視力で捕らえきれない、フェイトのソニックフォームへ対策として考案した、いわば苦肉の策だった。 知覚の範囲外に動きによってロックオンを外されては、せっかくの誘導弾も無効化してしまう。 だから自動誘導で追い回すだけ追い回し、加速に終末点が訪れた瞬間――そこを狙うのだ。 (焦ったら負け……焦ったら負け……焦ったら負け……焦ったら負け……) 同じ言葉を呪文のように何度も唱え、少女の出現位置を探し出す。 背中か、頭上から、足元か――必ずコチラの死角を突く角度から、奇襲を仕掛けてくるに違いない。 と、少女はなのはの予想に反して、忽然と正面に姿を顕した。 その手には戦輪ではなく、逆手に握られた二刀の刃。 その刃がクロスするように光を放つと、防御シールドから悲鳴のような異音が響き、表面に四本の亀裂が奔った。 (って、四本―――!?) なのはは戦慄した。 一振り――に、しか見えない瞬間に、両手の刃が計4回もの斬撃となって、フィールドを割らんと放たれたのだ。 それは抜刀術のように鋭く、しかも威力を拡散するのではなく細く集束することによって、フィールドの一点に過負荷を与えた。 決して重くない一撃を一点に集束し、重ね合わせることによって局所的にダメージを増大させる。 槌で叩くのではく、錐で突き刺し孔を穿ち、そこから全体を崩壊させる算段なのだとしたら―――。 「させない―――!」 刹那、桜色の12個の球体が、12本の槍と化して少女の身体に襲い掛かる。 上下左右それぞれの方向による、同時波状飽和攻撃―――。 だが、瑠璃は驚きもしないまま、両手の双剣を静かに構えなおし―――。 光が――散った。 瞬きすら忘れたなのはの目前で、12個のアクセルシューターが一瞬にして全弾撃墜された。 砕け散った魔力光を浴びて、しかし少女は眉ひとつ動かさずになのはを見据える。 それが当然の結果だといわんばかりに、誇ることもなく紅潮することもなく―――。 静かに――ただ静かに、双剣を構え直す。 「こぉのぉぉぉ―――!」 と、2人の間に犬歯をむき出したアルフが割り込み、少女に躍り掛かった。 「これ以上、好きにさせてたまるかぁ!」 鋭い怒気を瞳に宿したアルフの拳が、豪雨のように少女を襲う。 呆れるほどの高密度の連撃に魔力が飽和し、予期せぬ爆発がアルフの長い髪を激しく揺らす。 しかし、爆煙の中で瑠璃の光が瞬いた。 咄嗟に身を低くしたアルフの頭髪を、煙を切り裂くように現れた瑠璃の刃が掠めるように数本を切り裂く。 意図的に姿勢を崩したアルフは、倒れ込むと同時に片手を魔法陣について跳ね起きた。 「ちきしょう! いい加減にくたばれってんだい!」 柳眉を逆立て、アルフは吐き捨てた。 そこへ爆炎から飛び出した少女の右手が、アルフの咽に向かって真っ直ぐに伸びる。 急所を狙った瑠璃の刃は、しかし余りにも的確すぎる動きだった。或いは、軽率というべきだったのかもしれない。 アルフはすれ違いざま、右手を使って刃の上から被せるようにその腕を掴んだ。 掴んだと同時に身体を巻き付け、そのまま強引にその腕を折り砕いた。 「っ―――!」 ――折り砕く、はずだった。 「な……いつの……間に……?」 呟くアルフの口から、苦悶の声と血の泡が同時に噴き上がる。 「アルフさん――――!」 叫んだなのはの瞳に映ったのは、アルフの脇腹に深々と突き刺さった瑠璃の刃。 いつの間にか左腕から消えていた、対を成す二つの夜の、その一刀。 アルフの身体が、グラリと傾き―――。 「アルフさんっっっ―――――!!!」 なのはの悲鳴が大気を揺らし、ほぼ同時にその思考に別の声が飛び込んだ 《《退け、高町なのは――――!》》 それはシグナムからの思念通話だった。 なのははハッとして、シグナムの捕らわれていた方角を見やる。 《《今は退け! お前1人ではとうてい勝てぬ! 戻って対策を練り直せ――――》》 「シグナムさん、でも―――」 《《戻って主はやてを頼む! そして伝えてくれ! “剣の騎士”が侘びていたと―――! それからテスタロッサに――――》》 「シグナムさん!」 弾かれたように、なのはは顔を上げ叫び―――。 そして――なのは見た。 シグナムの身体が光に包まれ、微粒子のように吸い込まれてゆく光景を―――。 ――《 無機質な声が、なのはの耳に錆のようにこびりついた。 |