誰が、こんな世界を願ったのだろう?
 人間なんか信じたって無駄な事に過ぎなかった。
 裏切られた人間はその怒りをどこへぶつければいい?
 過去を変えられるとしたら僕は……



 Asche zur Asche


 Case File.2『AGITATOR』


 胸を突き破る孤独が見えるよ…
 オカシクなるまで既に秒読みさ…
 死んでしまえば楽になれるの?
 "愛して欲しい"って言っちまえばいい……


 ユーノ・スクライアは眼を覚ました。眼に入るのは久しぶりに仰ぎ見る自室の天井。
 ベッドから体を起こして見渡す自分の部屋は、物取りにでもあったように物が散らばり、壁には無数の弾痕が刻み込まれている。しかも、それは物取りなどではなく自分自身の手によるものだ。
 片付ける気など全く起こらない。模様替えと呼ぶにはあまりにも凄惨な光景、それが今の彼の部屋だった。
 着替えて出勤の準備をする前に、腹筋、背筋、腕立て伏せその他諸々のトレーニングをやる事が日課となっていた。
 無限書庫で働くようになってから落ちた体力を元々以上に高める為には常人の3倍は最低でも行う必要があり、初めて一週間は普通に生活する事さえも億劫になった覚えがある。
 それでも、今のユーノは止める気になれなかった。武装隊から貰って来た古いサンドバッグをひたすら力任せに殴って蹴ってを繰り返す。基本をアルフから教わっただけでこれと言った型は無い。
 お陰で今のユーノの手は皮がズル剥けた跡や、青痣、時には流血や骨折が絶えなかった。
「……《ホワイトナイト》」
『Ja!』
 《ベレッタM93R》がユーノの右手に具現化する。そして、左手には買ったばかりの真新しい雑誌が握られている。
 見出しはこうだ。

『3人のエース・オブ・エース新設の精鋭舞台! 機動六課に迫る!』

 中身は記者が何を見聞きしたのか疑いたくなるほど、都合のいい嘘を大いに混ぜ込まれ、真実に激しいぼかしのかかったパルプマガジンにも劣る代物だ。無論、それが彼女たちの真意でない事ぐらいは分かる。
 だが、そんな事はユーノにとって些細な事でしかない。そもそも何を書かれているかなど大した問題ではないのだ。
 ユーノはその雑誌を前方山なりに放り投げる。
 表紙には仲良く笑顔で並んだなのは、フェイト、はやての3人がでかでかと写っていた。
『Scream von Heiligem(聖者の絶叫)!』
 トリガーを引き絞り魔力を帯びた弾丸が雑誌に向けてぶっ放される。表紙に写る彼女たちの明るい笑顔に弾丸が風穴を開けて壁を砕く。マガジンに装填していた20発の弾丸を撃ち尽くしたそこには、ボロボロの紙屑と成り果てた雑誌が床に散乱していた。しかし、それでもユーノは止まらない。
 何度もマガジンを取り替えて部屋にあるものを手当たり次第に銃撃を繰り返す。部屋に火薬の爆裂音が響き、壁や柱に刻まれる弾痕は増え続ける一方だ。銃を撃つことに快楽を覚えるその様はトリガーハッピーと言っていい。
 こんな事を繰り返しているうちに、ユーノの部屋は戦火に晒されたような変貌を遂げたのだ……

 着替えた服は以前のような落ち着いたものではなく、穴の開いたジーンズや革パン、トップの方もレザー系が大半を占めている。それから、髑髏や悪魔、獣など派手で攻撃的なデザインのシルバーアクセを好んで付けるようになった。
 管理局の制服をその上から申し訳程度に羽織って仕事場へ向かうのが最近の事だった。
「さてと、今日も評価されない無駄な事を、日陰で地味に頑張らせてもらおうか。《ホワイトナイト》」
『無駄なのですか?』
 待機状態である弾丸のペンダントに戻った《ホワイトナイト》が聞き返してくる。
「ああそうさ。端から見れば、大した事ないようにしか見えないんだよ。どいつもこいつも所詮は前線で戦っているヤツだけの功績だと本気で思い込んでる馬鹿ばっかりだ。どうせ僕たちは日なたに出る事はないんだよ」
 以前のユーノならこんな言葉は口にしない。顔も見えないような不特定多数の人間を揶揄する事もないし、自分自身を皮肉気に見下す事も無かっただろう……
『私はまだ分かりません。何故スリンガーが私を作ったのか……』
 彼のアームドデバイスはまだ生まれてから二ヶ月と言う所だ。ユーノには攻撃魔法のスキルが無い。
 そこで考えたのがアームドデバイスの使用、勝手の違うベルカ式に合わせるには苦労したが、結果として射撃魔法と同等の攻撃力を手に入れた。ベルカ式の射撃魔法はミッド式のような純粋な魔力ではなく、ヴィータの鉄球、シグナムの弓矢と言ったように、構成する為には媒介が必要だ。
 そうする事によって消耗する魔力の負担を軽減する事が可能なのだ。元々射撃の用途の少ない分武器や肉体の強化に特化したベルカならではの応用が媒介を用いると言う発想に至っている。
 何より『弾丸』と言うものは一度発射されれば瞬間的に音速に近い速度に達し、肉眼ではまず見えない。
 見えない上に高威力と言う利点にユーノは眼を付け、地球から幾つかの拳銃及び散弾銃を取り寄せ、カートリッジシステムに適合しつつ弾丸を撃てるよう整備班に強力を仰いで改造し、完成させたのが《ホワイトナイト》だった。
 《ホワイトナイト》には《ベレッタ M93R》拳銃形態の他にもう一つ、《フランキ スパス12》を元にした散弾銃形態がある。
 何より、剣や槌と違って相手を破壊する感触が手に残らないのだから、『物を壊す』のも『人を殺す』のも同じ感覚で出来るからだ。そう言う意味でユーノは自分の新しい武器に銃を選んだ。
「撃ちたいなぁ……」
『もう、何百発も撃っていますよ?』
「違うよ。ガジェットドローンでも、レリックでも、とにかく壊したいんだ。なんなら手頃な犯罪者でもいい。
 そいつ等を君と一緒に壊して殺して戦って、僕たちの力を見せ付けてやりたいんだ」
 誰かが話しているのを小耳に挟んだ覚えがある。

『結界魔法と本調べしか能が無い、ただの便利な道具だ』と。

 そして、考えるようになった。彼女たちも自分自身をそんな風に見てるのではないか? と。
 人間は一度疑心を抱いてしまえば、どこまでもネガティブな想像しか出来なくなってしまう。
 たとえ意図がなかったとしても、口先だけで誤魔化そうとしているようにしか見えなくなり、最後の最後には『信じる』ことさえ馬鹿げていると思い込んでしまうのだ。
 ユーノはまさに今、人間不信へ至る階段を一歩一歩登っていた……


『おはようございます! 司書長!』
「お早う。今日も便利屋扱いされるかもしれないけど。頑張って行こう」
 ユーノはこうして、いつもの戦場に身を投じる。
 機動六課から頼まれたガジェットドローン及びレリックの資料以外にも様々な部署から資料を請求されている。
 少なくとも、ユーノにはストライキを行う気は全くない。それは子供じみた駄々と同じだ。
 いつもと同じように仕事をこなしつつ、いざとなれば武装局員さえも圧倒する戦闘力があると認識させる事が、今のユーノにとっては重要なのだ。
(……なのは、僕は強くなるよ。フェイトよりもね、そしたら振り向いてくれるかな?)
 もう、ユーノには何も見えていない……。ここにいるのは、力と妄執に取り憑かれた哀れな男だ……


 一方その頃、機動六課では……
 スターズ及びライトニング部隊の訓練がなのはの指導の下に行われていた。
 はやては、書類整理に一杯一杯らしくロングアーチの面々と一緒に悲鳴を上げている。
 フェイトは報告書の整理をしていたのだが……
「これって……」
 報告書に眼を通す中で、フェイトは一つの違和感に気付いた。
 それは、数日前から昨日と同じようにガジェットドローンが破壊されていると言う報告だ。しかも、その全てがベルカ式魔法、あるいは物理攻撃の類で破壊されていると言う。
 フェイトは昨日の出来事を思い返した。破壊されたガジェットドローン、いるはずの無い人物。
「まさか……」
 一つの疑問が頭から離れない……、そして、考えたくも無い結論が導き出される。
「整理の続きをお願い!」
 フェイトは残りの整理を事務官の部下に任せ、本局の方へ連絡を取った……


『スクライア司書長! 司書長に通信が来てます』
 聞きなれた悲鳴混じりの慌ただしい空気が通信機越しに伝わって来る。
『こっちに回して。ユーノ・スクライアですが?』
「あ、ユーノ? 私、フェイトです」
 わりとすんなりと通信が繋がったことに驚きつつも、フェイトは名乗るんだが……
『何の用?』
 ユーノの方は露骨に無愛想な態度に一変する。一体自分が彼に何をしたのだろうか? フェイトには知る由も無い。
「あのさ、たまには一緒に食事でもどう? ちょっと話したい事があるんだ」
『なんでさ? 僕なんか相手にする暇があるなら、なのはとデートでもしてたら? それとも、S+ランクの執務官って他の部署を冷やかすほど時間があり余ってるのかい?』
 改めて、本当にこの先にいるのがあのユーノ・スクライアなのかと思う……。
「ユーノ……とにかくお願い。どうしても確かめたい事があるの……」
 しばらく、会話が硬直する。時間が止まってしまったようだ……。公事ならともかくこう言うプライベートで会話を長続きさせる事にどうも自分は不得手だ。
 どうしようかと頭の中で思考が堂々巡りをしているとユーノの声が聞こえた。
『じゃあ、店は僕が決めさせてもらうよ?
 クラナガンにある『MOON TEARS』ってレストラン。君の車にマップデータを送るから、11時半ごろでいいかな?』
「分かった。ありがとう」
『せいぜい、なのはにバレない事を祈るよ。ま、SLBで塵にされるのは僕だろうけどね』
 吐き棄てるように言い残して、ユーノは通信を切った
「本当に、どうしてしまったの? なんでみんなを突き放そうとするの……?」
 その疑問に答えてくれる人間は誰もいない……


 約束の時間の15分前に、フェイトは目的のレストランに到着していた。
 入ってみると、星空を意識したような壁のデザインが印象的で、テーブルを照らすのは満月を模したライトだ。
 床は真っ蒼な絨毯が敷き詰められ、寒色がメインだが不思議と暖かい空気を店から感じる。
「いらっしゃいませ。御一人様ですか?」
「いえ、あとでもう一人来る予定です」
「お二人様ですね。お煙草はお吸いになられますか?」
「いえ、吸いません」
 そこまで聞いたウェイトレスが席の状況を確認してから、少し気まずい顔をしてフェイトへ向き直る。
「申し訳ございません、ただ今禁煙席の空きがございませんのですが、喫煙席でもよろしいでしょうか?」
「あ、そうですか。わかりました」
「ではご案内いたしますね」
 案内された席は他の客から最も遠い位置の席で、可能な限り配慮しての席選びだったのだろうと納得する。
「では、ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
 メニューと2人分の水を出してウェイトレスは厨房の方へと下がっていった。
「先に来てたんだね」
 しばらく待っていると、ユーノが案内されて来たが、フェイトはその格好を見てユーノなのか一瞬疑った。
 蛇革製らしき上着に、革のパンツ、首に弾丸のペンダントを下げ、シルバーリングとブレスレットがギラギラ輝いている。伸びていた髪はばっさりと短くなっていて、眼鏡もかけていない。
 先日も一度見ているが改めてその豹変振りに驚きを隠せなかった。
 ユーノは何の気なしにブザーでウェイトレスを呼び出すと、ブラックコーヒーとパスタを、フェイトはハンバーグステーキと紅茶をそれぞれ注文する。
 そして、おもむろにズボンのポケットから蓋を開けるタイプのオイルライターを取り出し、煙草に火を点けた。
「煙草……前は吸ってなかったよね」
「イライラが紛れるんだ。効果は雀の涙ぐらいだけどね。で、今日はなんで僕なんか呼んだの?」
 料理が来るまでの間に話を付けたいのだろう、ユーノが切り出した。
「ユーノ……、正直に答えて……。今ならまだ間に合うかもしれない」
 フェイトの言葉にユーノは首をかしげる。
「私はユーノの事を信じたい……だから、答えて。ユーノはレリックを悪用している黒幕と繋がっているの?」
「だったらどうする? 確かに僕がいなくなれば、なのはとの付き合いを邪魔するヤツはいなくなって、事件も解決して一石二鳥ってワケだ」
 鼻で笑うようにユーノは言う。
「違う! 私となのははそんな関係じゃないよ!
 なんでそう思うの? あんなになのはの事を想ってたのはユーノの方じゃない!」
 フェイトは思わず席を立って叫んでいた。周囲の事も店の中と言う状況も、ユーノの態度で頭からすっ飛んでいた。
「どうして……、そんな風になっちゃったの? 私たちが知ってるユーノはそんな人じゃなかったのに……」
 そんなフェイトを見たユーノはため息を付いて口を開いた。
「その君たちが知ってる僕でいるのに嫌気が指したんだよ……。そう思ったのは最後に会ったあの時さ。久しぶりにみんなで集まってはっきり分かったんだ。どこにも僕の居場所なんか無いってね」
 数ヶ月前、機動六課が正式に発足する少し前の事だ、それを祝う為に昔のアースラにいた面子が集まった……。
 みんなが昔に戻って騒いで、これから先も想い出に残るぐらい楽しいひと時のはずだった……。
「僕は今、変わりたいんだ。もっとずっと今よりも強くなりたい、あんな弱い自分はもう嫌なんだよ。
「変わる? それは、みんなを突き放すことだと本気で思ってるの?」
「それに近いかな? 変わるって簡単だよ。自分が認めたくない過去や弱さを棄てればいいんだ。
 でも、人って言うのはなかなかそれが出来ない。未練がましくしがみ付いたって、得なんか何も無いのにさ」
 フェイトは愕然とする。そして疑問が繋がった。
 ユーノは自分たちに対して激しいコンプレックスを抱いていたのだ。自分だけが何も変わってないと思い込んで、己を卑下し、周りにいる自分たちを妬む卑屈な性格に変わってしまった。
「ユーノ……それは違うよ。絶対に違う……。何もかも棄てればいいってわけじゃないよ。
 そんな事をしなくても、ユーノは立派だし変わって行ける。だって、ユーノはいつだってみんなを支えてくれたじゃない」
「気休めなんか聞きたくないね。中途半端に同情されるくらいなら嫌われる方がずっと楽だ。
 それと、一つだけ質問に答えておくよ。僕はレリックとは無関係だ。犯罪に手を染めるほど堕ちたつもりは無いよ」
 ユーノはそれだけを言い残し、料理が来るのを待たずに自分の分の勘定を置いて店から出て行く。
 フェイトは泣いていた……。それは同情でも憐憫でもなく、昔の優しいユーノに戻って欲しいと言う願いだった.……


 続く


 あとがき

 順調に下降中、地獄ユーノ第二段。
 G−WINGさんとか、SISさんとか、影の人さんの影響でこの2人にハマりかけています。
 さて、これから先どうなるのか。と言うか、なのはが絡んで来なさそうってぐらいこの2人が主役張り始めて来ました。
 ただ一つだけ言えるのは、これは『ユーノとなのはが破局する物語』であると言う事だけです。

 追記:キングダークさんの感想で『勘定』が『感情』になってた事が発覚しました。
     字間違えただけで、地獄ユーノきゅんが一気にセコいやつに……。





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