そいつはただ、閉じ込められていただけだ…… 長い長い時をずっとずっと一人きりで流れてきた…… だけど、ようやく外へ出る事が出来た…… Asche zur Asche Case File.5 『時の暴君』 結界全域から重力がなくなり、飛行魔法を展開できないスバルとティアナはビルの淵につかまって、自分の体が飛んでいかないようにこらえるくらいしか出来ない。 フェイトはなのはがスバル達を結界で保護したのを一瞥して、大丈夫な事を確認すると暴走を開始したジュエルシードに向けて一直線に飛んだ。 ジュエルシードに向けて手を伸ばすと、暴走している魔力が近づくモノを焼き尽くすほどに高まっているのが触らずとも充分に理解できた。フェイトの脳裏に10年前の光景が蘇る…… 躊躇している暇はない。放って置けば結界を貫いて時空震が現実を侵食し、無に帰してしまう。 フェイトは暴走するジュエルシードを握り締めた。溶解した鉄塊と思わせるほどの高熱がグローブ越しのフェイトの掌に焼き付けられる。どれだけ強化されたBJだろうと、空間さえも揺るがす大魔力の前には紙切れも同然だった。 それでもフェイトはありったけの魔力をジュエルシードへと込める……少しずつ奔流が治まって行く。 刹那…… 『GUOOOOOOOOAAAAHHHHHHHHHHHH!!!!!!!』 咆哮が空間の全てを揺るがす……。 次元の裂け目から飛び出し、自分たちのいる場所から離れたビルの屋上に着地してようやくその場にいた彼女等は、そいつの全体像を視界に納めた……。 全長は目測でおよそ3〜4メートル、生物の肉をやすやすと噛み千切る牙だらけの口はそれを支える大顎が決して穏やかでない気性を物語る。細身ながらも逞しい後ろ足に長い尻尾。 爬虫類と鳥類の特徴を混ぜ合わせたそいつの造形を人は《恐竜》と呼ぶ。だが、奴の外見は生物のそれではない。全身を真紅と白銀に輝く装甲で覆われた姿はむしろ魔導兵器のそれに近い。 「フェイトさん! 大丈夫ですかっ!」 消耗し切ってろくに動けないスバルをなのはに任せ、ティアナがフェイトの方へと駆け寄ってきた。 フェイトはバルディッシュにジュエルシードを封印したところだった。 「私は大丈夫。それよりも私の限定解除申請をクロノ提督に送るから、なのはと一緒に結界の外へ撤収を……」 『認められないよ』 頭の中に声が聞こえる。たった今口に出した人間のものだ。 『今こっちでも情報をキャッチした。さすがこの事態はイレギュラーだ。僕が直接そっちへ向かう』 「えっ!? でも……」 『あのフェレットもどきと少し話がしたいからな』 念話はそこまでで切れる。 (兄さん…怒ってた?) 平静を装っているようで、クロノの声がどこか怒気を孕んだものだったのに気付いたのは、やはり義兄妹故のことだからだろう。 紅い恐竜はしばらく何をすることもなく、数十メートル先にあるビルの屋上から、眼下の世界を見下ろしていただけだったが……。 『GYAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHH!!!!!!!』 咆哮を上げた瞬間、その口の中へと膨大なエネルギーが収束し始める。 『フェっ! フェイト隊長! アンノウンからエネルギー反応をキャッチ! 攻撃力推定……Sランクですっ!!!!!』 ロングアーチから通信が届く! その数値にフェイトは驚愕していた……。 あの恐竜は単純な計算ならなのはに匹敵する火力を保有していると言うのだ。それだけの威力を有する砲撃にこの結界が耐え得るのか? 更にこんな短い時間で関連データが集められるわけがない。 もしも奴の砲撃が、なのはのSLBと同等の結界破壊補正が付いているとしたら? 最悪の事態として予想されるのは、この辺り一体最低でも半径一キロメートルの区域が灰燼に帰す……。 自分の中で可能な限り思考力を総動員して最高速で回転させる。しかし、そんな事をせずともはじき出された選択肢は一つだけだ。フェイトはそれを躊躇無く実行に移すためにその場から恐竜へ向けて飛び立っていた。 砲撃の中心部へフェイトの体は弾丸の如き高速で飛び込んでいく。 相手のほう外力は上なら、砲撃魔法では止められない。なら撃たれる前に発射口を直接潰す。 あと20メートル。口内のエネルギー集束はまだまだ限界を見せない…… あと15メートル。恐竜の形状あるいは姿勢が変化していく…… あと10メートル。恐竜の首から尻尾までが一直線に伸び尻尾からは放熱ようと思われるフィンが開き軸となる両足が固定される。そして咆哮が耳に入ると同時に、フェイトの視界が真っ白に染まった…… 遥か後ろ、数キロメートル離れたビル街が核爆発に等しいエネルギーと共に灰色の砂漠に成り果てていた。 フェイトは目の前で起きた事が未だに信じられなかった。 「ユーノ……?」 そう、フェイトには背後の光景など見えてはいない。ただ眼前で起きた一瞬の出来事に釘付けだった。 「あいつ……。僕の結界を……」 ユーノはフェイトに一瞥する事も無く、目の前の敵を見据えている。 バリアを構築する為に突き出していた左腕が服ごとボロボロに焼け焦げていた…… 砲撃の斜線上に重なったフェイトとの間にユーノは割り込み防御壁で防ごうとしたが、なのはの全力を防ぎきる結界を力押しで突き破ったのだ。ユーノは咄嗟にフェイトの襟首をつかんで斜線上から離脱していた。 再び咆哮が街に響かせると恐竜は結界を突き破り、背中から突き出た二対のジェットノズルから噴煙を撒き散らしながら異常なほどのスピードで、いずこかへと飛び去っていった。 「ユーノ! その腕……」 フェイトが声をかけると、ユーノは彼女の事を忘れていたと言わんばかりの表情で振り返った。 「ご……ごめんなさい。私のせいだよね?」 「別に。君に死んでもらったら困るだけだ」 その一言にフェイトは胸を高鳴らせる。だが、その期待は一秒と持たずに裏切られるのは必然だった…… 「君は僕が叩き潰すんだ。簡単に死ぬなんて絶対に許さない……」 その目はフェイトの事を友人として見てはいない……ユーノにあるのは純粋で底無しの敵意だけ…… 「フェイト! 無事か!?」 突然聞こえた第三者の声に2人は視線を動かす。漆黒のバリアジャケットに身を包んだ若き青年提督の姿がそこにあった……。 クロノは二人の無事を確認すると、2人のいるビルへ着地する。 「ユーノ! お前がどうしてこんな場所にいる!?」 怒声に近い声を上げてクロノはユーノに向かってズカズカと詰め寄ってくる。 「ただの暇つぶしだよ。無限書庫の勤務は終わらせてある……。 それとも他人のプライベートにまで干渉する権利がお前にあるのかァ? ハラオウン提督?」 ユーノはクロノの事をただならぬ因縁で繋がった怨敵のような目で睨みつけ、あろう事か皮肉まで吐く。 「お前……何があったんだ? 悪い物でも食ったか? ロストロギアの事故にでも遭ったのか?」 「はっ! はははははっ! あっはははははははっ! あはははははははっ!」 ユーノはクロノの質問に昔ではありえない哄笑で返していた。 「何がおかしいッ!?」 「僕は正常だよ……。ただ考え方が変わっただけさ……。ただの便利屋扱いされて終わるのは真っ平だってね!」 むき出しの敵意をクロノに見せ付けるように、ユーノは息がかかるほど顔を近づけた。 眉間に皺を寄せ、犬歯まで見せた凶暴な笑みがクロノの視界に飛び込んでくる。 「ああそうだ……お前は昔からウザかったよッ!」 その一言が空気を凍りつかせた…… 「いつだってお前は僕を見下してたからなァッ! お前にとって僕は人間じゃなくて下等生物だったわけだ? 提督の椅子ってのはさぞかし座り心地がいいんだろうよ!? 司書室の固い椅子とは大違いなんだろう?」 壊れている……そう思わせるには充分なほど卑屈で毒々しい言動だった……。 「どこへ行くんだ?」 ユーノは踵を返す。 「無限書庫に戻るんだよ。さっきのアイツを調べるんだ……」 「待ってユーノ! 教えて! 何をするつもりなの? せめてその怪我の手当てを……」 フェイトは必死に引きとめようと左腕をつかんだ……同じように火傷と裂傷を負った手で…… 「放せよ」 ユーノはフェイトを突き飛ばした……。 今のユーノが触らせるわけがない……拒絶されるのが分かっていても、フェイトはそうせずにはいられなかった…… 「あの砲撃を見て一つ分かった。アイツは僕と一緒だよ……次元の狭間に閉じ込められ続けてようやく外へ出てきて、自分の力を見せ付けたがってるんだ」 《ホワイトナイト》を天に向けて、ユーノは言い放った。 「だから、アイツと真正面から殺し合って……あいつを僕のものにしてやる……ッ!」 くぐもった声からは、おぞましいほどの凄みが滲み出る。震えと冷や汗が止まらない……。 「そしたらクロノ……フェイトより先に僕と戦ってよ? 今度は……僕がお前を叩き潰して見下してやる!」 恨み、妬み、どす黒い感情が次から次へと瘴気のようにあふれ出して見えた。 ユーノは転移魔法を構築し、一瞬の閃光とともに姿を消した……。 「どうして……どうしてこうなっちゃうの?」 こんなに愛しているのに……返ってくるのは憎悪だけ……フェイトの中に10年前の悪夢が蘇り始めていた……。 続く あとがき 久しぶりの地獄ユーノでした。今回の新キャラの恐竜、おもちゃは出ないのでご注意を(笑 ビジュアルイメージは未来戦隊タイムレンジャーの『ブイレックス』とかゾイドジェネシスの『バイオヴォルケーノ』とか でもさっきの砲撃イメージはジェノザウラーの『荷電粒子砲』だったりしますけど…… どんどん力に溺れて行きます地獄ユーノ。そして女泣かせになってます。でもって終いにゃクロノにまで敵意むき出しなわけですが。 これに関しては作者の自分も本編で思うところがあったので言わせて見ました。 果たして10年もこき使われててユーノにプライドはなかったのか? フェレット呼ばわりされているのが冗談に思えない事が全く無かったと言い切れたのか? どんどん出世していく上に所帯持ちになって人生順風満帆なクロノに嫉妬心を抱かなかったのか? 空白の期間には思春期の頃だってあったのに、流石にそれはないだろうって事で、地獄ユーノはクロノに対しては特に強い劣等感を抱いていたけどそれは表に出して無かっただけの話として書いてます。 |