奇麗事を並べ立てた愛のプロパガンダ……

 薄ら寒いメッセージばかり垂れ流すメディア……

 恐れないで叩き壊せ、末期的な現実を……



 Asche zur Asche

 Case File.6 『 Utopia 』




「珍しいですね。執務官の方が自ら足を運ぶなんて」
「そんなに?」
 フェイト・T・ハラオウンは訓練と事務整理の合間を縫って無限書庫を尋ねていた。
 名目上は資料整理の途中経過確認及び受け取りと言う事にしてある。
 書庫内を眼鏡をかけた黒髪の女性の後についていく。彼女はここの副司書長、実質的なユーノの補佐と言う事だ。
「ええ、大概はどの部隊にもこちらからお届けする形ですから」
 しかし、その本当の理由は言うまでも無くユーノと会って少しでも話をしたいからだ。
 あんな風に変わり果ててしまった原因が知りたい……。今思えば、どうしてなんとも思わなかったのだろう?
 どれだけ有能な魔導師だろうと、なのはもフェイトも、そしてユーノも9歳の子供だった。
 故に、なんの疑問も抱かず、空気のように受け入れてしまったのだろう。そして気付いた時にはもう遅かった。
 ここの仕事は、ただひたすら事件に対して必要な資料を探し出し、要求した部隊に提供する事と、まだ手の届かない未開のスペースを文字通り『探索』する事ぐらいしかなく、単純作業の繰り返しに過ぎない。
 任務をこなすたびに非凡な才と実力を遺憾なく発揮し、華々しい活躍を称えられ偶像化されるなのは達と違って、ユーノにそんな機会など存在しない。
 日の光を浴びる事の無い彼らが密かに『引き篭もり』と揶揄されている事もフェイトは知っていた。
 だが、ユーノはそんな事など気にせず自分の仕事に誇りを持って全うしているだろう、と高を括っていたのだ。
 無論、それはフェイトだけではない、他の知り合いの面子もみんなそうだった……。だからこそ、あの豹変した様を初めて見たときは、性質の悪い夢を見ているのかと錯覚した程だ。
 そして二人きりのレストランと先日の任務で聞いた、彼の嘘偽りない本音はフェイトの心をえぐるには充分過ぎた。
 どんなに怒る姿を見たことがなくても、どんなに優しくて穏やかでも、表に出さない感情など人間ならばいくらでもあることに気づく事ができず、こみ上げた悲しさの後に浮かんだのは自分の馬鹿さ加減を呪いたい腹立たしさだった……。
「ハラオウン執務官? どうかなさいましたか?」
 副司書長が考え込んだ自分の顔を覗き込むようにして聞いてくる。
「着きましたよ。司書長はこのブロックにいるはずです」
「どうも、案内して頂いて有難う御座いました」
「気にしないで下さい。これも仕事の内ですから」
 去り際にフェイトに向けて副司書長は笑顔で返して来た。のだが、その笑顔には『なにか』を心の奥底に隠したような、裏のある感じの笑顔だった。その感情は間違いなくフェイトに対しての物だったことだけは理解できる……
 無重力に等しい書庫を漂っていると、歪んだ視界に納まる巨大なスペースに押し潰されそうな錯覚をフェイトは覚えた。ここから特定のデータを取り出す事は、砂の中に落ちている小さなビーズを探し出すようなものだ。
 それが本人たちの言うほど簡単な事ではないのが、この空間にいるだけでも伝わって来る。それでもここの内情を知らない人間は多く、司書たちが限られた時間の中寝る間も惜しみ、それこそ死に物狂いで見つけ出したデータに難癖をつけて見下しているような奴等の方が感謝する人間よりも多い。
 もしフェイトがユーノの立場だったら……、上層部からの疑問の声に対しここの重要性を説きながらも、周囲から後ろ指を差される部下からの不満を聞かされ、板ばさみにされる事に耐えられるだろうか?
 きっと出来ない……何もかも己の内に溜め込み、肉体も精神もボロボロに磨り減っていくだろう。
 そしてユーノは壊れた。
 自分の事を誰にも理解されず、助けを求める事も出来ず、日に日に心を病んでいき……。
 フェイトは思う。自分達昔馴染みの誰にもユーノを責めることは出来ないのではないかと。確かに管理局からの誘いに乗ったのはユーノの意思だが、図らずも除け者にして孤独に追いやったのは他ならない自分達だ。
 だからと言って、これは子供のケンカなんかじゃない。「ごめんなさい」の一言で済むほど簡単ではないだろう……。
 けれども、かけられる言葉が分からない。
 いくつ目か数えるのも億劫になるだけ棚の角を曲がって、本に囲まれながら浮いている人影を見つけた。
 開かれた無数の本の中心で微動だにせず浮いているのは、まさに今までフェイトが探していた青年だった。
 しかし、様子がおかしい。そう思って近づいて見ると、ユーノは寝息を立てていた。
 それでも検索魔法が発動し続けている事に驚くが、これでは危ない。寝ている間は体がもっとも無防備な状態を晒している。こんな状態で魔力を消費し続けていると言う事は、自分の限界を超えた消耗をしても自覚が無いと言う事だ。
 最悪、命に関わるほどの衰弱をしてしまう危険性がある。
「ユーノ! 起きて! ユーノッ!」
 体を揺すりながらフェイトは叫んだ。
「……ん? 誰……ッ!!!!!!!」
 ユーノが意識を取り戻した事に安堵のため息を付いたのもつかの間、フェイトは突き飛ばされて背後の本棚に背中から激突した。加速度はそれほど高くなかったので大した痛みは無いが、不意の衝撃までは緩和できるものでもない。
 更にユーノはフェイトの襟元をつかんで自分の側に引き寄せる。
 息がかかるほどに近づいた顔に胸が高鳴る事は無く、むしろ腹の底から冷えていく悪寒が走った。
「何の用で来たんだ……?」
 憤怒を絞り出すような低い声で、ユーノは凄んでくる。
 フェイトはその目をまっすぐに見返して、その問いに答えを返した。
「ユーノに会いに来た……」
「ふざけるな」
 どっ! と言う音と共にフェイトは本棚に叩きつけられ、肺に残っている空気を痛みと共に吐き出さされた。
「ふざけてなんかいないよ。ユーノと話がしたいから……ユーノを助けたいから……」
「それがふざけてるって言ってるんだ。助けたい? 何からさ? なのはのエゴイズムがすっかり染み付いてるんだな。
 だったら、もう僕の前にその顔を見せるな。僕は君がこの世界で一番大嫌いなんだよ……ッ!」
 そう言ってつかんだ手からフェイトを解放した。
「出て行けって言ってるんだッ!! まだ居座るんだったら、撃ってもいいんだよこっちはッ!」
 ユーノは《ベレッタ M93R》を模したアームドデバイス《ホワイトナイト》をフェイトの眼前に突きつけてくる。
 だが、フェイトはそれでも怯まなかった。銃を握る右手に両手を優しく乗せて口を開く。
「私が嫌いならそれでいいよ。でも、みんなユーノを信じてるんだよ?
 なのはだってきっと……それだけはわかって欲しい……」
 それだけを言い残してフェイトはユーノに背を向けた。

「おつかれさまです。結果の方はどうでしたか? 執務官」
「今回は充分なデータが集まってなかったようなので後日改めて来ます。それと、司書長にお伝え下さい『無理はしないで』って。さっきも眠りながら魔法を発動させてたみたいで、このままだと近い内に病気になってしまいます」
 フェイトは副司書長にそれだけ言って去ろうとしたその時……
「待って下さい。執務官、これを……」
 渡されたのは寮内のカードキーだ。
「司書長の部屋の合鍵です。普段は司書長が自分の机に入れてあるんですけど……拝借させて頂きました。
 多少は何か分かると思います。あんな痛々しい姿の司書長は見てられません……」
 それは嘲笑の意味ではない、本当の意味で病んでいると分かるからこその気遣いだった……。
「ひょっとしてあなた、ユーノのこと……」
「いえ、あの人にとって私なんか眼中にありませんよ。単に頼れる部下の一人でしかないです」
「ごめんなさい……」
「なんで謝るんですか? さっさと行って下さい」
 彼女の言葉にはとうに悟って諦めたと言う事がひしひしと感じ取れた……。

 フェイトは遅くなると六課のほうへ連絡を入れて管理局の独身寮へやって来ていた。
 副司書長から借りたカードキーをユーノの部屋のドアに通す。
 来るのは今日が初めてだったが、なのは曰くきれいだけど難しい本ばかりの部屋らしい。
 だが、ドアを開けた瞬間、酒気混じりの悪臭が真っ先に鼻を突いてきた……。
 焦る気持ちを抑えながらも部屋の電気をつけてリビングルームに向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。
 無数の弾痕が刻み込まれた壁、周りに乱雑に散らばった空っぽの酒瓶、部屋の隅にかけられたサンドバッグには黒く変色した血の跡が点々とこびり付いており、床にも手から滴り落ちたのだろう同様の血痕が見られた。
 ベッド以外の家具は、銃撃によって見る影も無いほどボロボロにされ、机に飾られた表彰状は破かれ、あるいは燃やされ、それを獲得した要因であろう論文は滅茶苦茶で、物取りにでもあったかと思うほど荒れていた。
「酷い……」
 だが、そんな感想を漏らしたこの部屋はユーノ自身が自暴自棄になってこんな風にしたのだ。
 ふとゴミ箱が目に入る。放り込まれていたのは一冊の情報誌、以前取材を受けた記憶のあるものだ。
 例によって例の如く、それもボロボロにされている。特に自分たちの写っているページの破損具合が一番酷い。
 それを見ただけで分かる。ユーノがどれだけ自分たちに対して劣等感を持っているかが……
「誰だッ!!」
 不意を着くような大声に思わずフェイトが振り向いた先にはユーノがいた。
「部屋のセキュリティに反応があると思ったら……今度はなんのつもりだよッ!!」
「副司書長さんが合鍵を貸してくれたんだ。ユーノがどうして私やみんなを嫌いになったか確かめたくて」
 フェイトの言葉に対してユーノは有無を言わさずにベッドの上に押し倒した。
「どこまでおちょくれば気が済むんだよ……?」
「おちょくってなんかない! だってわたし……ユーノのこと」
 どすっ! と腹に鈍い衝撃が走った。それがユーノの拳が入った音だと気付くのは一拍した後だった。
「もういい、ウザいんだよ……、君にとって一番奪われたくないモノを、略奪してやる……ッ!!」



 ここの間の話はオトコノコ祭のアレで、読むのは自己責任でお願いします



 朝が来た。
 フェイトはまどろんでいた意識を下腹部に感じた痛みで覚醒する。白いシーツには真新しい赤の斑点が染み付いていた。隣にはまだ目を覚まさないユーノの姿が。二人は生まれたままの姿でベッドに横たわっている。
 本当ならば望んでいたはずのことではある。だが、こみ上げるのは互いに虚しさだけで……
「ユーノ……」
 彼が浮かべている寝顔は昔と何も変わらない少年のような顔つきだ……。
 フェイトは無言でその体を抱きしめる。何の隔ても無いユーノの体温を感じながら……。
「好きだよ……ユーノがどんなに嫌っていても……私はずっと好きでいるよ……」
「フェイト?」
 不意に耳に入った声に、慌ててフェイトは手を放した。
「ごっ、ごめんなさい!! な、なんでもないの!」
「そんな事はいい! それより今のって……」
 聞かれていた……考えても見ればユーノだって朝は早いのだ。
「いや、そんなわけ無いよな。服、貸すからさっさと帰ってよ……そして僕にはもう近寄るな。顔も見たくない」
 ユーノはため息を付きながら、さっさと服を着替えてしまう。
「あ、それと。合鍵は渡す人間がいないから近い内に捨てるつもりだったんだ。さっさと捨ててくれよ」
 それだけを言い残してユーノは部屋を出て行った。
 フェイトは机に置いてあるカードキーを見つめる。捨てるんだったら自分が持っていてもいいと言う事だ。
 そう解釈して、フェイトはクローゼットから自分に合いそうな服を探し始める。
 ユーノに破かれた制服の処理をどうするか考えながらも、この鍵に一縷の望みが見えたようで少しばかり安堵した。



>>To Be Continued



 あとがき

 でも僕は地獄ユーノのこと覚えてます! 忘れてません!
 などと、どこぞのライダーな台詞から始めて見ます。久々に更新できました地獄ユーノ。
 何だかんだと言って告白してしまったフェイト、フェイトの告白に揺れ始めるユーノ。
 そして次回は朴念仁なのはと告白及び関係済みフェイトが修羅場に突入する予定です。
 あとはやっぱ恐竜ださないとなぁ……あとはユーノはセッコを派手にブチ殺させようかと……





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