無感情な愛しい人よ どうかまだ狂わずにいてね……

 地獄へ堕ちてゆくしかない 僕の姿を見つめていて……



  Asche zur Asche

 Case File.7 『 CREATURE』



 クロノ・ハラオウンが例の正体不明の恐竜型兵器を追って、ハイウェイ跡に駆けつけ最初に見たのは、爆炎が赤々とビルを燃やしている光景だった。ビル自体は廃墟であったがため大きな被害は無い。
 だが、クロノが見たのは現実を疑いたくなるようなものだった。
「やぁ、奇遇だねぇ……コウモリ提督さん」
 炎上するビルを背景に現れた影は、馴れ馴れしげに、皮肉を込めた声でクロノの事を呼んだ。
 《フランキ スパス12》ショットガンの銃身を右手につかんで肩を気だるげに叩きながら、ユーノ・スクライアが近寄ってきた。
 そして、もう片方の腕には歪な形をしたボールのような物がある。
 こちらに近づいて来るにつれてはっきりとした形を視認したクロノは、その正体を確認した瞬間愕然とするしかなかった。
「ユーノ、お前それは……」
 それは、人間の生首だった……。水色の髪を持つ少女らしいあどけない顔つきは、口元と首からポタポタと血の雫を滴らせ、目蓋を閉じて二度と覚めない眠りに着いた後だった。
 首の切り口からは人工血管や金属骨格が露出しており『彼女』がただの人間で無い事を物語っていた。
「ああ、この戦闘機人(ガラクタ)か……。せっかく気分良くアイツと戦ってた所に水差してくれたもんだから。叩き潰してやったまでさ。でも別にいいだろう? ガラクタに人権なんか無いんだから……ククククッ……」
 ユーノはそう吐き捨てて、口元を異様に歪ませた笑みを浮かべながらクロノを見る。
 二人の間には格差など無い。だと言うのに、ユーノの目は下から睨み上げていた。立場が上の者に向ける劣等感と嫉妬と卑屈に満ちた瞳の色であった……。
「まあいいや。この首、お前にやるよ。自分の手柄にするといい。こいつのAIデータをえぐり出して解析すれば、無限書庫より手っ取り早くて即物的で正確なデータが手に入るだろう?」
 ぽいっ、と投げられた戦闘機人の首がクロノの足元に転がった。
「あーあ……。少しは治まったイライラが、お前の顔見たらぶり返してきたよ!」
 ユーノはクロノの耳元で、ドスの聞いた声を染み込ませるかのように呟きつつすれ違う。
「ガジェットも逃げた後だし、久々にオーバーホールするか、帰るよ《ホワイトナイト》」
「待てよ……言いたい事だけ言って、逃げる気か?」
 逃げる、その言葉にユーノは足を止めた。
「逃げる?」
「そうだろ? 人の話も聞こうとしないで目をそらし続けてるんだ。それが逃げてる証拠だろうが」
 クロノは思いつく限りの罵倒をユーノにぶつけようと、頭の中で挑発の言葉を選んだ。
「確かにそうだね。さすが言葉遊びは一級品だ。上手に立ち回って出世しただけはあるよ。コウモリ野郎ぉッ!」
 だが、ユーノもたじろぐどころか笑いながら斬り返して来た。
 童話に登場したコウモリと言えば、いがみ合う動物と鳥の間を口八丁で有利な方に寝返り続け、最後にはどちらからも見向かれなくなった末路をつづった物だ。クロノとてそれだけで提督に出世したわけではなかったが、それでもリンディ・ハラオウンや聖王教会などのコネクションが有利に働いた事は事実だろう。
 故にユーノが言っている事もある意味では否定できなかった……。
「挑発して先に手を出させたいんだろうけど、その手には乗ってやらないよ。
 大方、六課の誰かから頼まれたんだろ? 僕が邪魔だから社会的に排除してくれとかさ」
「いい加減にしろッ!! 今のお前がどれだけあいつ等を傷つけてるか、分かってるのかッ!?」
 クロノはユーノの胸倉をつかみ上げ、腹の底から声を張り上げて怒鳴りつけた。
 つかみ上げた手がぶるぶると震え、歯をガチガチと鳴らしているのは怒りだけではない。なぜなら、フェイトの想いを分かっているからだ。彼女から相談を持ちかけられた事だって一度や二度では無い。
 未来の弟になるかも知れない人間だからこそ、今の豹変を信じたくなくて、現実の理不尽さが許せない。
「じゃあ、僕がお前等にどれだけ苦渋を舐めさせられたか分かるのか? 前にも言っただろ? 僕は利用されるだけの生活にいい加減うんざりなんだ」
「だから、ガジェットを破壊するのか? 自分の衝動で戦闘機人を殺したのか? お前がやってるのは、ただの犯罪行為だって、何故理解しないんだッ!?」
 クロノの怒号に近い叫びにもユーノは顔色一つ変わらなかった……、それどころかクロノを嘲笑っているかのようで。
「もう、どうでもいいんだよ。何をやっても報われない、誰も振り向かない、僕はこんな世界はうんざりだ」
 それだけを言い残して、ユーノは転移魔法と共に消える。その虚無的な口ぶりに、クロノはある事を想像した。
 もしもそれがユーノの思惑と一致したのなら、クロノはユーノを逮捕、最悪の場合殺さなくてはならない……
 願わくば、的外れであって欲しいとクロノは思った。
 だが、ユーノの行動を振り返って考えるほど、深く読もうとするほど、その目的と動機と理由のつじつまが合ってしまう。
「お前、まさか……あの恐竜で……」
 独り言のように呟きながらも、クロノはその先を口に出す事が出来なかった……。



「あの、本日はどのようなご用件で?」
 数日後、ユーノは機動六課に顔を出していた。
「無駄かもしれませんが、一応この間依頼されたデータを届けに。アポはちゃんと取ってあるんだけど?」
「あ、はい、ユーノ・スクライア様ですね。応接室の方でお待ち下さい」
 マニュアルの域をでない受付嬢の応対に作り笑いで返しつつ、ユーノは案内された道順を歩くと、
「いたっ!」
 廊下の角に差し掛かった辺りで、自分の足に何かがぶつかった。
 首を下に向けて見ると、左右異色の瞳(オッドアイ)が特徴的な小さい女の子の姿があった。
「大丈夫か?」
 ユーノはしゃがんで女の子の肩を抱え、助け起こした。
「うん、ありがとうございましたっ!」
「走ると危ないよ、気をつけな」
 女の子に対してユーノは素っ気ない態度で返した。
「あっ! ヴィヴィオちゃん。こんな所にいちゃダメですよ。なのはママとフェイトママのじゃまになっちゃうから」
 女の子をヴィヴィオと呼んだのは六課のスタッフらしい眼鏡を掛けた長髪の女性だった。
「ザフィーラと一緒にお部屋に戻ろうね?」
「はーい」
 ニコニコと笑う女性は、女の子をザフィーラの方へと誘導してユーノへ向き直る。
「ユーノ・スクライア司書長ですね? 応接室までご案内しますよ。はやてさんが来るまでの間お相手を頼まれましたので、同行しますよ」
「失礼ですが、あなたは?」
「シャリオ・フィニーノと申します。えーと、立場上はフェイトさんの補佐官ですね」
 彼女の話によると隊長三人とも、まだ時間が取れないらしく自分が代理と言う事で来たらしい。
 応接室まで案内されて、ユーノは調べたデータを集めたディスクを手渡す。
「確かに受け取りました。早くこの事件が解決するといいんですけどね。なのはさん達にとっても、ヴィヴィオにとっても」
「あの女の子、誰なんです?」
 ユーノはシャリオに問う。しかし、それもまた誤解によるすれ違いを生む事になるなど知る由もなかっただろう。
「レリック絡みで追われてて、この間なのはさん達が保護したんですよ。それでフェイトさんが後見人になって、今じゃなのはママ、フェイトママって呼んでるのが微笑ましいんですよ♪ いっそのこと、なのはさんとフェイトさんの娘になったらいいのにってぐらい、似合ってますよね?」
 シャリオがこれ以上は無いとでも言うような笑顔で語っていた。まるでそれがさも当然の事であるかのように……。
 そしてそれはユーノにとって、これ以上ない侮辱だった……。


 データを渡し終えて、部屋を出たユーノは足早に廊下を歩いていた。
 渡す物は渡した、そしてもうここに用は無い。誰にも会わずにここを去り、あの恐竜が姿を現すまであの暗い書庫の中でデータを探して日々を過ごすだけだ。なのは達と話をしたかったが、そんな気もすっかり失せた。
 結局、期待するだけ無駄だったと言う話だ。そう自己完結していたその時だった。
「ユーノ君?」
 声のした方を向くと、そこにはユーノが本当なら求めて止まない女性の姿があった。
「やっぱり、ユーノ君だね? 会いたかったんだよ? ずっと……」
 なのはは眩しすぎるほど屈託のない微笑みを浮かべてユーノをまっすぐに見つめる。
「ちょっと会ってない間に雰囲気変わって驚いたけど、今日はどうしたの?」
 でも、その笑顔が今のユーノにとっては仮面を着けているように見えた。
「ユーノ君に話したい事があるんだ。この前から六課で面倒見てる子でヴィヴィオって言うの」
 その一言、あの女の子の名前、それがとどめの一撃だった……。
「ああ、聞いたよ。君とフェイトの娘にするんだってね」
「えっ……?」
 ユーノの返した言葉に、なのはは理解できないと言った表情(かお)をする。無論、なのはは本当に理解できなかった。
「前から良い仲だとは思ってたけど、まさか間に娘ができるなんて思ってもみなかったよ」
「なにを、いってるの……?」
「別に、聞いたとおりの事を言ってるだけだよ。可愛い娘ができて良かったね? 3人仲良く暮らせばいいじゃないか」
 なのははユーノの目の色から以前までは無かった色を感じ取った。それは『諦め』の色だ。高町なのはは、もう手の届かない遠い所に行ってしまったと言わんばかりの……。
「それじゃあね、なのは。フェイトとオ・シ・ア・ワ・セ・ニ……」
 殆ど悪態に近い言葉遣いで、なのはは一方的に突き放され、ユーノは振り返る事無く立ち去って行った。
 なにがどうなれば、こんな事になってしまうのか? なのはには分からない……。
 そして、ユーノもまた何を信じていいのか分からない……。
 小さな勘違いから、なのはとユーノの間に生じた亀裂が、埋めようのない深い溝へと広がっていく……。
 なのははまだ知らない。ユーノとフェイトの関係も、あの二人の間で何が起きているのかさえも。
 だが、全てがフェイトから明かされる時は、一歩ずつ近づいている……


 >>To Be Continued



 あとがき

 お待たせしましたお久しぶりです。やっとこさ地獄ユーノ更新ですが……修羅場は次回まで先送りとなりました。
 つーか、戦闘機人セッコは戦闘シーンすら無しでアッサリ首だけになってしまいましたが、戦闘シーン及びこの6番の首も次回までのお楽しみと言う事で。たぶん地獄ユーノは同じ声の奴は皆殺しです。
 それから、クロノを『コウモリ野郎』呼ばわりは別に声優ネタのつもりはなかったんすけど、結果的に……
 でも喩えに使った童話は電王第1話に出てきたバットイマジンのモチーフで、今はゴーオンジャーのヨゴシュタインですが、要らん知識ですね。
 えーと、あとは酢飯のネタは掲示板に書き込んで下さった(トラブルで消えてしまいましたが)ので知った『シャーリーはなのフェ信者』から急遽思いついた。おかげで地獄シリーズのトラブルメーカーが板に付きましたよ。





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