呼吸と同じ数だけ泣いたその後に、待ち受けてたのはこの先永遠に続く君なしの世界……

 幸せはいつだって失って初めて、幸せと気付くたいせつなこと……

 今だってきっとまだ間に合うはずだから、願いはたった一つどこまでも追いかけるよ……


『BEYOND ALL SPACE & TIME Side:E 後編』



 リラに連れられてやってきた部屋には既に2人の女性がいた。
「遅かったわね。あれっ?」
 キーボードを叩く手を止めて二人の方を向いたのは 部隊長の席に座っている大人のほうの女性。
 制服に包まれたすらりとした長身にバランスの良いプロポーション、紫色の目が妖しく輝き、ショートボブ気味に切りそろえられた亜麻色の髪は前の一部に紫色のメッシュが入っている。
 きつそうな眼差しがエリオにとってはどこかで会った覚えがあるのだが、どうもイメージが噛み合わない。
 ストッキングではなく短めのソックスをはいており、露出された左足がダークグレーの鎧に包まれたようで、色気の欠片も無い。こちらに歩いてくるだけで片方はカツッ、カツッ……と、もう片方はガチャリ、ガチャリ……と左右違う足音がエリオの耳に異様な空気を感じさせる。袖から出ている右手も同じように無機質なモノだと見ただけで分かった。
 その女性はおもむろにエリオの頭を冷たい右手で撫でて来る。エリオはそれにビクリと驚きながらも受け入れた・
「エリオじゃない? って事はあれから10年経ったのか」
「あ、あの、どうしてそれを!? あなたは……」
 どうして目の前の女性が自分の名前を知っているのか、エリオには理解できない……
 こんな雰囲気を放つ女性は知らないわけではないが、イメージが違い過ぎる……
「これなら分かる?」
 そう言いつつ女性は幻術を使ったのか、突然伸びた後ろの髪を頭の両側へと持ってきて下げて見る。
 いわゆるツーテールと呼ばれるヘアスタイルである。それを見せられてエリオはようやく気付いた。
「ひょっとして……ティアナさん?」
「ご名答♪ 今は嘱託魔導師兼、執務官候補生兼、《ゴミの街の便利屋さん》ってとこね」
 最後の方が微妙に気になったが、エリオはそれ以上に複雑な気分になった……
 またしても、別人に近い過去の人物との再会、ここが自分の知っている世界でない事を再確認させる……
「はっは〜ん♪ さてはエリオ、大人になったあたしに一目ぼれかな〜?」
「ちっ! 違いますよ! ただその……昔と全然違うな〜って……なんて言うのか」
 おどけた口調で聞いてくる大人のティアナに口ごもりながら否定する。
「ひょっとして、なにかヤバイことでもあった?」
「いえ、そんなことは別に……」

「嘘だッ!」

 いきなりそう怒鳴られて、エリオは言葉を失う。自分の知っているティアナとは思えないほど威圧的な叫びだった。
「なんてね♪ お生憎様、10年前ならともかく今のあたしに嘘で勝とうとしてもそうはいかないわよ? ホント、子供のあんたはいつだって生真面目なんだから……」
 また口調が元に戻ってやれやれと言った感じにエリオの事を見る。
「いきなり10年も未来に飛ばされて、不安になってるんでしょ?」
 その一言が、エリオの胸を貫いた。
「いくら将来有望の魔導騎士でも、中身はまだまだ子供なんだから、あたしだって同じような事を体験すれば簡単に受け入れろって方が無茶よ。人間だったら当然」
 そう言ってまた、ティアナはがちゃがちゃと音のする右手でエリオの頭を撫でる。
「あの、ティアナさん……その手と足は一体?」
「ああこれ? 昔ちょっとね……若さゆえの過ちってヤツかな……」
 それだけ言って、ティアナは微笑を浮かべる。
 自分の中にある良い部分も悪い部分も、全てを知った上で受け入れるような含みのある笑顔だった。
「何があって、そんな風になったんですか?」
 エリオは目の色を変えてティアナに迫った。自分の同胞が何を以ってそんな体になってしまったのか?
 大いに興味をそそられる。
 それは俗っぽい野次馬根性などではなく、この未来を変えてしまいたい衝動だったのかも知れない……
「過去へ戻っても、この事は絶対に話しちゃダメだからね? てゆーか、あんたが過去のあたしに話してもきっと何も変わらないわ。あの頃のあたしは色々と投げやりになってたからね……」
 自嘲気味な笑いと共に、ティアナは自分にとっての昔、エリオの視点から見ればそう遠くない未来の話を……
 ホテル・アグスタの一件でスバルに誤射した失敗以来、ティアナは自分の体を酷使する過剰なトレーニングを自分自身に課していた。そして、その挙句に訓練内容を逸脱した無茶な戦法を模擬戦で決行した事が、なのはの逆鱗に触れ、仮借ない砲撃を浴びせられて文字通り『撃墜』された。
 それは後々なのはが自分と同じように重症を負って欲しくなかった故の行動であったが、撃墜されたティアナにとってそんな想いなど理解する余地などなかった。ただ自分の無力さを味わわされ、自主訓練のメニューは輪をかけて過剰で自虐的になって行ったのだ。
「あたしは恐かったのよ。兄さんみたいに無能呼ばわりされて棄てられるのが……」
 だが、なのはの目にはティアナの行動がそんな風には映らない。何の反省も無く過去の自分以上の無茶で無鉄砲な行動を起こしているようにしか見えていなかった……。そして、その頃のなのはは夢にも思わなかっただろう……
「あたし自身も気付いてなかったんだけどね。自分の『心が壊れ始めてた』なんてさ……」
 確かになのはは模擬戦で撃墜する際に『体は壊さなかった』。
 だが、なのはは《ティアナの心》を粉々に、跡形も無く、完膚なきまでに壊してしまった事に気付けなかったのだ。
 そして、最初の誤解は波紋のように広がっていき、なのはは無情な決定をティアナに告げる。
 後はもう下り坂を雪玉が転がっていくようなものだった。
 任務中の事故で、ティアナはオルデュールと呼ばれるクラナガンの暗部とも言えるスラム街へと迷い込んだ。
 ティアナは自分が六課から排除されたと思い込み、妬みと憎しみを糧に地獄の底から這い上がって来たのだ。
「で、この腕と足はなのはさんと戦った時に、《自分で》撃ち飛ばして斬り落としたのよ……」
「……………………ッ!!?」
 さらりと言い放ったティアナの言葉にエリオは絶句していた。
 自分の手足を自分の意志で切り離すなど、とてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。
「そんな……どうして? どうしてなのはさんと戦って手足を失うんですかッ!?」
「言ったでしょ? 投げやりだったって。何を話されても信じられなかった。で、地獄のような場所で戦い抜いても結局は限定解除も非殺傷設定の解除もないそのままの状態であしらわれて……自分じゃなのはさんの本気を出させも出来ないんだって思うと、もう怒りを通り越して惨めになって来てね、斬り落として爆破魔法の触媒にしちゃったわ♪」
 終始ティアナの口調は明るくおどけた調子だったが、エリオにとってはそれが背筋が冷たくなるような話だった……。
「でまあ、結構人とか殺しもしたし、なのはさんだけじゃなくてスバルとかあんた達にも怪我とかさせたし、治療が終わってこの義手と義足付けた後にもいろいろとあって、ルーテシア達と一緒にムショん中行って来たわよ。
 あんだけやっといて『よくあたし等、実刑判決《懲役5年》で済んだなぁ』って今でも不思議に思うくらいだしね。作業自体は一番ハードな奴をやらされたけど、なのはさんの訓練とかオルデュールの闘技場に比べりゃ楽だったわ」
 そう、ティアナはエリオに自分が犯罪者になった事があると言っているのだ……
 最後にティアナは自分達が死刑さえも考えられた状況から、可能な限り軽い刑になったのは、なのは達六課の人間と地上本部のゲイズ中将が(一部まっとうではない方法で)尽力してくれたお陰だと言う事を追記した。
「昔のオルデュールと違って、こっちの方は思ってたほど酷い世界でも無いもんよ。それにねエリオ?」
「あ、はい!」
「肩肘張んなくていいわ。これは今のあんたにも言えることよ? 不安かもしれないけど、世界は自分が思ってるほど優しくは無いけど、逆に《酷くも無い》って事……ちょっと待って。あ、キャロ? エリオならあたしのとこにいるけど。
 て言うかさ、あんた考えなさ過ぎ! こっちに来た時にはとっくに脅えた棄て犬みたいな目ェしてたわよ?」
 どうやら、ティアナはキャロと念話を介して通信しているようだ。
 通信を終えると、ティアナはエリオに「キャロを待ってなさい」と言って机に戻り、誰かを呼んでいるようだった。
 エリオは今しがたティアナに言われた事を反芻する。世界は自分が思うほど優しくは無いが酷くも無い……。
 彼女が伝えようとする全てを理解するには至らなかったが、ティアナなりに気を遣ってくれていることは分かった。
「なぁにさっきからボーっとしてんの!」
 ばぁん! と響くほどの勢いで背中を叩かれてエリオはよろける。後ろを見ると、今まで存在を忘れかけていたリラともう一人、彼女より少し年上と思われる黒髪に紫紺の目をした少女がいた。
「リラはいろいろと過激すぎるわ。少しは自重なさい? 《魔王の申し子》と呼ばれたくないならね」
「うぅ……プレシア姉はいいわよねぇ、《紫電のライジン》ってカッコイイ通り名があって」
 プレシアと呼ばれた少女はリラをたしなめつつも言い返された言葉に余り良い顔をしていない。
「苦労自体はリラと大差ないわ。母さんの現役時代なんて殆ど分からないのに、勝手に期待されるのよ?」
 エリオは二人の会話を傍観している事しか出来ない……。
 どうも二人とも自分が見知ったような雰囲気があるのだが、もちろん会ったことなどないはずである。
「あ、そうだ。ごめんなさい無視してしまいましたね。10年前のエリオさんですね? わたしはプレシア・テスタロッサ・ハラオウンです。今の貴方とは親戚のような間柄ですが、子供の頃のエリオさんに会うなんて思わなかったから」
 そう言うと、プレシアは礼儀正しく丁寧にお辞儀をする。
「プレシア姉は堅苦しいよ。あたしはもう名乗ってるけど、リラ・T・スクライア。TはタカマチのTね。
 あたしの事はリラ様と呼びなさい!」
「こら、エリオさん困ってるじゃない」
 プレシアが鋭いタイミングでリラの頭をはたく。
 そう、エリオは固まっていた……つまりこの二人は自分の上司の娘に当たると言う事だ。
 しかも大人になった自分と面識があるらしい……。正直どう対応していいのか困る。
「もう、またヘンな顔! さっきティアナさんに言われたばっかじゃない!?
 過去とか未来とか、あたし等が誰だとか、んな事気にしないで普段のアンタらしくすればいいのよ!
 あたし等だって、誰もアンタが昔のエリオ兄でも気にしたりなんかしてないんだから!」
 翡翠色の目をまっすぐに向けて、リラはずけずけと顔に息がかかるまで近寄ってエリオに言い迫った。
(そっか……そう言うことだったんだ)
 エリオはふと気付く。今までエリオは自分がここにいてはいけないんだと思い込んでいた。だけどここの人はみんなエリオを歓迎してくれようとしているのに気付けなかった。ティアナに、リラに言われて、ようやくそれに気付けたのだ。
「ありがとう、リラ……」
 自然と、柔らかい微笑と一緒にその言葉が口から出た。
 時代なんか関係ない、10年後の世界だろうがエリオにとっての《今》がここにもある。ただそれだけの話なのだ。
 それを気付かせてくれたリラへの純粋な感謝の意をエリオは口にしていた。
 のだが……
「あれ?」
 エリオがリラの顔を見ると熟した林檎のように真っ赤でうつむいていた。
「どうしたの? リラ?」
 気を遣ったつもりで下から顔を覗き込んだのだが、逆効果であることをエリオは自覚していない……
「う……」
「う?」
うるさあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!!!!! べっ、べべべ別にれれ礼なんか言われる覚えは無いわよ!
 た、ただあたしは、あああアンタみたくウジウジしてんのが、むむむむムカツクだけって話であって!」
 いきなり叫んだと思えば、しどろもどろに喋るリラにエリオとプレシアは思わず飛びのいた。
「とっ! とにかく、キャロ姉が来たらさっさと行きなさいよね!」
 それだけ言ってリラはプイっと踵を返し、その場から立ち去ろうとしたら椅子に足を引っ掛けて派手に転倒してしまう。
 見ていられないと言わんばかりに二人でリラを助け起こす。
「本当に大丈夫? 熱があるんじゃない?」
 更に赤みを増すリラの額に手を当てる。当の本人は頭や耳の穴から湯気が出そう雰囲気なのだが、エリオの方はそんな状態に陥っているなどとは全く気付いていなかった
 しかも、そんな状況に追い討ちをかける最後のカードがこの場に足音を立てて最悪のタイミングで襲来する!
「エリオ〜? 迎えに来たよ〜♪」
 ドアを開いた先にはキャロの姿が、そして目の前にはリラの額に手なんか当てちゃってて、なにやら仲よさそうな感じのエリオがいる。
(こ……この状況はもしや……)
 その場に於いて、存在が自己紹介シーンからずっと存在が空気化していたプレシアの体に寒気が走っていた……


 続く


 あとがき

 なんかもういろいろと難産でした。と言うか話の前半が『ずっとティアナのターン!』『スーパーティアナタイム』です。
 リラ二世に続いてプレシア二世が登場しました。そして思う、俺のSS次世代キャラに死人の名前使いすぎ……
 とりあえず、地獄ティアナのストーリー構想なんかのネタも入ってます。次回は大人スバルかなぁ
 そしてティアとスバルに衝撃の事実を(not百合カップリング)!
 下手したら大人キャロ編は次回でも終わらないかもしれません、ついでに言うと戦闘は多分ナシです。





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