誰もあの人の本当の部分を理解していない……あるいは解ってて目をそらしている……
 あの人は、世界に於ける《絶対の真理》を誰よりも体現している……それは……



『Other World プロローグ』


「ねー、ティア〜? 明日の休暇、どこに行く?」
 掛けられた声にティアナは振り向くと、後ろで楽しそうに服を選んでいる同僚が能天気な笑顔で聞いてくる。
「よかったら私と一緒に…」
「行かない」
 スバルが全て言い終わる前に返す刀で斬って落とした。
「そ、そうなんだ……。で、でもさぁ一人より二人の方が楽しいよきっと」
「だから、どこにも行かないって言ってるでしょ? ここに残るわ」
 ティアナは冷ややかな口調でスバルを突き放す。
「えっ!? だって折角のオフなのに?」
「あたしには遊んでる暇なんか無いのよ。才能溢れる《どっかの誰かさん》と違ってね」
 刺すような視線にスバルは一瞬たじろぐ。
 スバルはこの相棒(と自分は思っている)のこのところの態度に戸惑っていた。
 あの日の模擬戦でなのはに撃墜されて以来、彼女の様相は一変した。
 特に大きな問題は起こっていない。訓練はきちんとこなしているし、なのはに反発していると言うわけでもない。
 むしろ、なのはの訓練だけでなく実戦の動きまでも、その一挙手一投足を逃さないように観察している様は鬼気迫るものがあった。彼女から伝わる敵意とはまた違う別の感情にスバル達三人は恐怖すら覚えていた
 どこかクールで人を突き放す雰囲気に変化は無いどころか、前にも増して近寄り難くなっていく。
 顔を向かい合わせているだけで、鋭利な刃物を喉元に突きつけられているような気さえもしてくるのだ。
「つーわけで、せいぜい楽しんできなさいよ? その間にあんた達みんなゴボウ抜きしてあげるから」
 これだ……。以前の彼女では考えられない言動。喩えるとすればポジティブに堕ちている……
 行動そのものはプラスのベクトルでも、考え方はマイナスのベクトルに働く、健常とは決して言えない状態だ。
 だけど、スバルは今のティアナを理解する術を知らない、故にただそれを見ているだけしか出来なかった……


 翌日、午前中にティアナを除く三人は首都の方へと出かけて行った。彼女はスバルにも言った通り早朝からずっと一人残って部屋で執務官試験の筆記過去問題集を解いていた。それと同時にゾディアックの戦闘データを元にシュミレーションプログラムを起動させ、戦闘のイメージトレーニングを進行させている。
 相手はもちろん、自分が超える目標となった《管理局の白い悪魔》こと高町なのは。管理局に対してもミッドチルダに対しても証明しなくてはならない物が増えた。
 《流星のランスター》と呼ばれた兄ティーダの名誉、そしてそれを受け継ぐ自分の存在、そして特別な才能の無い《雑草》の強さ。そのためには何者にも負けることの無い《絶対的な力》が必要なのだ。
 強くなって力と呼べるあらゆる力を手に入れれば、全ての存在が自分を認めひれ伏す。負け犬は糞以下だ。
 刃向かう敵を蹴散らしていけば、自ずと強くなる道が切り開けるはずだ……。
 ティアナはそんな風に確信していた。自分が呪縛に囚われかけているとも気付かずに……

 不確定の状況を想定した敵の位置を割り出す問題を解きつつ、なのはの射撃魔法の機動を銃撃で捻じ曲げ、次元世界保護法第79条第3項の回答しつつ、フェイクシルエットを展開してそれを囮に射撃魔法を構築、狙いは全て心臓、肝臓、頭部、その他全て一撃必殺の急所狙い、任務に於ける負傷した民間人への対処法を書き込みつつ、先ほど展開した魔力弾を囮に本命の幻術と射撃魔法の応用による新しい術式を展開……。
「ちっ! がら空きの背後からアクセルシューターで殺られたっ! そう来なくっちゃ倒し甲斐がないわ!」
『むしろ殺す気満々だっただろ?』
「当たり前じゃない! 生ぬるい攻撃じゃなのはさんは仕留められないし、超えられないんだから!」
 昼前まで彼女はずっとこんな調子だった。
 筆記試験の勉強が終われば次は実戦訓練。例のターゲットを借りて外に出る。
 絶えず自分の周囲を飛び回るターゲットに銃の狙いを定める。ひたすら地味な反復練習。しかし、それこそが実戦に於ける最も大事な事でもある。強大な魔力を持ち合わせない自分が出来るのは、圧倒的な火力で敵を圧倒する事ではない。どんな状況でも瞬時に狙いを定めて最小限の消費で致命的な一撃を撃ち込む事だ。
 そして、クロスミラージュに隠されたもう一つの形態、モード2《ダガーモード》。あれで近接戦闘を挑むなら、スバルのように真正面から敵に向かうような真似は出来ない。
 縦横無尽、空間を球状に扱い、上下左右前後から敵を翻弄する。どこかの言葉で言えば『蝶のように舞い、蜂の如く刺す』、しかしそれだけのスキルは今のティアナに存在しない。
 それに関してはまだまだこれからだろう。もっと、実戦経験が欲しい……理想を言えば『殺らなければ殺られる』と言う緊張感と危険性が付き纏う命懸けの物がいい。高町なのはを超えるためなら、何だってして見せる覚悟はある。
 気がつけばもう日は暮れていた。そろそろあの3人も帰ってくる頃だ。
 ティアナは自主訓練を切り上げて隊舎へと引き返す。体は酷使するだけでは強くはならない。相応の時間を休息に当てなければ身体機能は向上しない。魔力の絶対量はこれ以上増えなくても、効果的に無駄なく使えるようになれば多少の気休めにはなる。あの日に見せられた記録で解った事があった。
 結局幼少の彼女は自分のように実戦での無茶ではなく、ただの過労が祟っての負傷だった。
 自分の失敗とは根本的に違う。違い過ぎる。ただ『こじつけただけの気休め』だ。結局、『才能が無いカス』は分をわきまえろと言う事ではないか? 自分の敵は高町なのはでもなければ次元犯罪者でもない、《才能》、《伝説》、《エース》、《ストライカー》、華やかな子供騙しの《称号》こそが自分がブッ潰すべき最強の敵なのだ。
 それを成し遂げるためには、まだまだ自分は足りない。クロスミラージュを使うだけでも精一杯で、ゾディアックの機能を充分に活かすまでには至らない。
「……なってやる! ……強くなってやる! ……《伝説》をッ! ブッ潰してやるーーーーーッ!!!!!!!」
 バーミリオンの閃光が黄昏の空を切り裂く。ティアナはひたすら叫びながら、一度は飛ぶ事の敵わなかった空を撃ち落とさんばかりの勢いでトリガーを引き絞り、魔力の弾丸が天を突く流星となって昇り続けていた……


 続く


 あとがき

 と言う訳で、完全にデフォルメ化してしまいました地獄ティアナ。
 地獄ユーノと違って、パラレルじゃありません。TV本編とは違う道を歩ませていこうと思いましてその最初がこれです。
 時間軸は今夜(6月3日深夜、テレビ和歌山)が1番早く放送される10話、ティアナは一人残ったと言う事で。
 とある評価投稿サイトの意見読んでよくよく考えて見たのですが、7話でティアナそこまで悪いことしてないんですよね。
 ヴォルケンがてこずる相手に援護なし、2人だけの状況でホテルと民間人に被害出しちゃいけない、それに元々任務自体が命懸けなんだから、気負いはあったものの多少の無茶はしても仕方ないって意見は尤もでした。
 タイトルのネタはファイナルファンタジー]の挿入歌『Other World』。最初にティーダがザナルカンドでブリッツボールするムービーで流れた曲です。あのムービー初めて見たときはあまりのリアルさに衝撃を受けました。
 ちなみに『伝説をブッ潰す』ってのは漫画版ロックマンXに出てくるヴァヴァの台詞です。
 次回はTV本編ではアリエナイ世界観を出して意向と思います。





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