PM 21:30 クラナガン国際空港税関前

 この日の税関にはある意味これ以上なく目立つ一人の青年の乗客がいた。
 ホイールの付いたスーツケースを普通に引けばいいものの肩に担いで歩いている。黒い長袖Tシャツに革パンと言うラフな服装。長い金髪を女物の黒いリボンを使ってうなじの辺りで縛っている。
 粗暴な雰囲気を嫌でもかもし出す顔つきに、紅い目が全てを不敵に見透かしているような。そんな男だった。
 周囲の乗客は間違いなくこう思うだろう。

『堅気の人間ではありえない』と……

「目的は観光ですか? それとも、ビジネスですか?」
 しかし、税関も税関であくまでプロだ、乗客一人に気圧されていては勤まらない。あくまで平静を保って業務をこなす。
「戦闘……!」
 臆面も無く言い切った男に税関の顔は緊張が走った。まさか、テロリスト? 
「ってね♪ こう見えても嘱託魔導師でよ、管理局に呼ばれてんだ。ほれ、パスポート。悪りィなビビらして」
 ストリートで幅を利かせる悪童のような、歯を見せた豪快な笑みを浮かべてパスポートを手渡した。


 StrikerS Other World

 Part.3『The Dark Warrior』


 すっかり寝静まっている機動六課の隊舎を目の前にして、ディルカ・ムルシエラゴは溜め息を付いた。
「これじゃ入れねえじゃねーか……。最近の小学生より早い寝つきのようで」
 閉まっている正門の隣、警備員室のドアを叩いた。
「警備員! 門開けてくれや! ……ってもういねえのかよ!?」
 座り込むと腹が盛大な音を立てる。そう言えば機内で寝てたため機内食を食いそびれていた。
 概算しても10時間は何も食べていない。無論、その気になれば1週間飲まず食わずでも耐えられる体ではあるが、それでも食い扶持の当てが外れたのだからショックは大きい……
 クラナガンに戻るにしても距離がある上に、ホテルにチェックイン出来る時間はとうに過ぎている。
「こりゃ、野宿か……」
 途方に暮れかけたその時、懐かしい声が聞こえた。
「ディルカさん?」

「ふぁひがふぉよ(ありがとよ)、あおわあや(あのままじゃ)もぎゅふふりゅふぁへに(野宿するハメに)ふぁっふぇふぁべ(なってたぜ)!」
「がっつかなくても大丈夫ですから……」
 なのはにそう言われて租借しているエビチャーハンを飲み込む。腹が減っていたので食堂へ案内してもらったのだが、やはり担当の人間は既に引き上げており、自分で作らなくてはならなかった。
 別に自分ひとりでも大丈夫だったのだが、なのはが手伝ってくれたので実際の半分の調理時間で作れた上に、少なくとも味付けは自分で作るより格段に良く出来ていた。
「ごくん……! あー食った食った。で、オメーなんで一人起きてたんだよ高町?」
「ちょっと、寝付けなくて。夜風にでも当たろうかなって」
 エビチャーハンの皿を空にしたディルカはコップの水を飲み干してから、厨房へ片付ける。
「嘘だな……寝付けねえぐらいで、そこまで沈んだ表情をするかよ?」
 なのはを真っ直ぐに見据えるディルカの紅い目と声がなのはを両断する。
 この男は嘘が下手な割りに人の嘘には敏感であっさりと見破ってしまう。自分がかつてフェイトに対してプレシアの夫であったことを隠していた経験から、『何かを溜め込んでいる』様子は些細な違いでも気付いてしまうようだ。
「オレがここに呼ばれた事と関係あるのか?」
 今のなのはにはディルカの問いを誤魔化す事は出来そうに無い。諦めてなのはは口を開いた。
 ついこの間、任務に失敗してMIAとなってしまったティアナの事。そして、戦力を欠いてしまったスターズの戦力補充として、はやてが即戦力になりうる実力者と見込んでディルカが呼ばれた事を……。
「わたしは……あの子に何もしてあげられなかった!」
 いつから歯車は狂って閉まったのだろうか?
 ホテル・アグスタの一件以来、ティアナは自分の失敗を責めて、自分の体を酷使するほど過剰なトレーニングを己の身に課していた。挙句の果てに訓練内容から逸脱した行動をとり、自分だけでなくパートナーの命も危険に晒す行為に出てしまったのだ。模擬戦闘ならともかく、実戦で同じ事をすればその先に待つのは避け様の無い『死』だ。
 だから、なのはは彼女を諌める為に、後々その無茶が間違いだと分かってくれると信じて容赦なく撃墜した。
 しかし、その結果は……
 確かにティアナはなのはに逆らう事もなく、無茶な行為にも出なくなったが……
「ティアナは、私の想いを理解してくれたんじゃなかった。前にも増して力を求めるようになってしまっていました。
 あの子は……私の『力』に魅入られていたんです! 訓練も! 模擬戦も! 任務も! 全部あの子にとっては『力を手に入れる手段』に取って代わっただけなんです!」
 思い出しただけでも、なのはは辛かった……。どんどん踏み込んではならない領域にまで足を踏み入れかねないほどに、力に対する執着と狂気に染まる様を間近で見ている事が……。

『私が欲しいのはエースだのストライカーだの、そんな子供騙しの呼び名じゃない。私が欲しいのは、あなたの持つ『悪魔』の称号だけです。なのはさんが教えてくれたんですよ……? 刃向かう敵を容赦なく叩き潰して蹂躙する、圧倒的な『力』こそが正義だって! だから私はあなたを超える『悪魔』になって見せます!』

 これが、彼女が訓練中に残した最後の言葉……
 そしてそれを正す事が出来ないまま、彼女は余りにもあっけない死を遂げた……。
 初めて才能を見出し手塩に掛けて育てたいと思った弟子を、他でもない自分の手で誤った方向へと進ませ、あまつさえ命を落とした。自分に従わなかった者の末路などと言えるはずも無い。
「わたしが……わたしがティアナを殺したんです! 考えが甘かった! あの子の事を分かってあげられなかった!」
 なのははテーブルを叩きながら、うなだれて叫ぶ。
 うわずりの混じった声を発するなのはの目からは涙がこぼれ落ちていた。
「おい、高町」
 ディルカに呼びかけられて、なのはは顔を上げる。歪んだ視界に、ぼやけた彼の顔が映る。
「お前、今オレが何考えてるか分かるか?」
 なのはは一時動きを止めたが、やがて首を横に振る。
「じゃあ逆に、お前が何考えてるか、オレに分かると思うか?」
 再び首を横に振る。
「そうだよ。結局こう言うことだ。魔法があっても他人の気持ちなんて分かりゃしねーんだよ。
 念話だって口で話すのと何も変わらねーんだ。それにな、言葉も行動も『受け手』が違えば伝わる意味も違う。
 自分が思ってたことと違う意味に伝わっちまうなんてよくある話だ。誰もお前を否定しねーし肯定もしねーよ。
 事実が残るだけだ。それでもお前が自分の責任だと思うなら、その子にした事を忘れるなよ。絶対にな……」
 ディルカの一言一言が胸をつく。どんなつもりで言っているのか分からない。だから自分で解釈するしかない。
 その言葉の意味がたとえディルカと違っていても、それはディルカの責任ではなく、解釈したなのはの責任だ。
「ありがとうございます……ディルカさん。気を遣ってくれたんですね」
「さあな、お前がそう思いたけりゃ、そう思ってろよ」
 ディルカはそれだけを言い残して、割り当てられている自分の部屋へと向かっていった。


 あとがき

 つーわけで今回は六課サイドの話となりました。ある意味で全ての引き金になってしまったなのはが人の見えないところで苦悩する。立派に育てたかったのに間違いを犯すのを止められず後悔してしまうと言うアリエナイ話でした。
 冷静に見れば『話せば分かり合える』と言うのも間違いではないでしょう。
 しかし、分かり合えるかどうか、相手に理解してもらえるかと言うのは受け手がどう感じたかで変わってしまう。
 幾らなのはが歩み寄ろうとしても、ティアナにとっては『なのはの心』ではなく『なのはの力』こそが求めるものだった。
 だから、結局のところなのはとティアナは分かり合えず終いになってしまったわけです。
 2人が再会する時は、互いにそれまでとは違う自分になっていなければTV本編のようにはなれないと言う事です。
 次回はまたオルデュールサイドの話になると思います。それでは





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