あの日僕の心は音も無く崩れ去った……
 壊れて叫んでも消し去れない記憶と……
 暗闇が瞳の中へと流れ込む……
 もう色さえ見えない明日へと沈む……


 StrikerS Other World

 Part.4『Colors of the Heart』


 罵声の混じる歓声の中、結界を張り巡らされた空間でティアナは銃を構える。
 廃材を利用してこしらえられた簡素な闘技場。壁の上には時折移りが悪くなるモニターが、逐一ティアナと相手の動きを別のアングルから観客に分かるようリプレイを混ぜて流されている。
 もう一つのモニターには戦っている自分達のプロフィールと『ランク』、そして賭け率(オッズ)が表示されていた。
 無造作に積まれた瓦礫の山が視界を妨げる一筋縄ではいかない造られた戦場にティアナは放り込まれている。
(集中するんだ……もっと、もっと!)
 ティアナの視界からは認識できない所から、相手はこちらが隙を見せるのを待っている。この『闘技場』は何もかもが特殊だ。互いによく見えるような状況で『いざ尋常に勝負』と言う古い歴史に見るモノとは違う。
 こんな風に視界の悪い戦場だけでなく、高低差の激しい戦場や足場が少なく不安定な戦場など、一筋縄ではいかず臨機応変な対応力さえも必要となるこの戦いの場所に、ティアナは今身を置いていた。
(……来る!)
 ティアナは瓦礫の山を背にした場所から移動すると、少しの差でティアナのいた場所の背後が射撃魔法で吹き飛んだ。この瓦礫の山を盾にする考えは今の相手に通用しない、壁などお構い無しに自分を狙ってきた。
 相手に飛行魔法が無いのがせめてもの救いだ。あれば今ごろ自分の銃撃など届かずに遠くからじわじわとなぶり殺しにされている。鳥に食われる虫ケラのように……
 地べたを這いずっていてはいつまでたっても埒が明かない。なら飛べないまでも、相手より有利な場所を確保し、そこから攻めるだけだ。ティアナは突き出た柱や取っ掛かりを利用して瓦礫の山を駆け上がる。
 地上より格段に見通しが良くなったそこから……
『クロスファイア……』
 バーミリオンの魔力が周囲に7発の弾丸を練成する。
(……跡形も無く、消し去ってやるッ!)
『シュート……』
 相手の魔力とデバイスの反応を読み取り、7発の弾丸が狙いを定めて瓦礫の隙間を縫い追尾していく。
 一発目が相手の左腕を撃ち飛ばして鮮血を巻き知らし、闘技場内に悲鳴が上がった。
(泣け! 叫べ!)
 大の男がみっともない。試合の前に自分の姿を見た際に余裕の笑みを浮かべていたのが今や恐怖の一色に染め上げられている。
(もっと無様に! もっと惨めに!)
 今度は二発目が右足を吹き飛ばす。それから立て続けに残りの五発が五臓を突き破り、相手は血溜まりの中に沈む姿がティアナの目に写った。
『勝者、ティアナ・ランスター!』
 アナウンスが流れる中で、ティアナの体は震え出し……
「あっ……ははははは……あはははは……」
 口元が亀裂が入ったように歪んで、目尻が溶けたように垂れ下がり……

「あはははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!」
 聞くもの全てを狂わせるかのようなおぞましい笑い声を張り上げる。
 また一つ、力を手に入れて前進する実感を得た悦びが今のティアナにそうさせていた……


 控え室に戻ると、ティアナは真っ先に掛け金を捌くディーラーの席へと急いだ。
「ああ、来たか。あんたの取り分だ」
 素っ気ない調子で札束を渡される。
 しかし、ティアナがここへ来た理由は金のためだけではない。
『外へ出るための最短距離を突っ走るならここが一番早い。とは言っても危険もデカいけどな。
 この闘技場でバトルを勝ち抜いてポイントを溜めて、ここ独自のルールで設定された『ランク』を上げていくんだ。
 最下級の『Eランク』から初めて最上は『SSランク』、バトルに勝つごとにポイントは溜まって行くが、負けか引き分けでポイントは下がる。SSまで上がればここを取り仕切る連中からクラナガンに上がる為の通行手形が手に入る。
 だけど、ここじゃなくてもそいつを手に入れる方法はあるし、無理に命を磨り減らす必要もねえ』
 ジョーカーはそう言っていたが、今のティアナにとってはここほど魅力的な場所はなかった。
 外へ出られる上に戦いを通して自分の実力を磨き上げられる、さらには金も手に入りここでの生活の足しになる、ハイリスクだが同時に見返りも大きい。
 ティアナは迷う事無く賭けの材料にされると分かってここの『グラディエイター』に登録したのだ。


「ジョーカーちゃん。最近、あの娘とはどうなの?」
「あの娘?」
「ティアナよ」
「さあな。若さゆえの過ちってヤツで危ねえ橋を渡ってるみたいだよ……」
 カフェ《XTC》のカウンター越しにジョーカーとレイロンは語り合っている。彼女がこの街へ来て2週間が経っていた。
 ジョーカーはバーボンの入ったグラスを片手に、彼女の顔を思い浮かべた。
 間違った方向へ進むのなら止めてやりたい。しかし、今の彼女には周りなど見えていない、口先で何を話そうとも相手に話を聞く意思がなければ話し合いなど成立しない。故に様子を窺うしか出来る事が無い。
「よく言うわ。ジョーカーちゃんだって、あの娘と大差ないじゃない」
「なんとでも言えよ」
 からんからん、と音が鳴る。2人がドアに目線を向けると、そこにはついさっきまで話していた人物が姿を現した。
「ただいま……レイロン。あ、ジョーカーも来てたんですか」
 ふらついた足取りでティアナはカウンターに歩み寄ってくる。
「お客さんまだ来るでしょう? すぐに手伝う準備するね」
「大丈夫よ。今日はフロアに出なくていいから休みなさい」
 疲労困憊と見ただけで分かる、空ろな眼をしたティアナの肩をレイロンが担いで二階へ上がる扉を開ける。空いていた寝室をティアナはレイロンの厚意で貸してもらっていた。
 ジョーカーの住む部屋では、間違いが起こってしまう可能性があると本人が断ったのだ。
 闘技場で戦う予定が無い日はフロアに出てウェイトレスをやっている。それを境に男性客の評判が途端に良くなり、レイロンにして見れば万々歳といった所のようだ。


 ティアナは寝室へ向かう前に髪をどうにかしようと洗面所へと向かった。
 立っている自分の姿が目の前の鏡に写る。
「……酷い顔」
 髪はボロボロで艶が無くなり、肌は青白く幽霊のよう、目は以前よりも光をなくし虚ろになっているのが一発で分かる。
 原因は分かっている。闘技場で戦うようになってからだ。最初は殺さずに勝つことで戦い抜こうとしていた……。
 だが、その誓いはあっけなく破るしかなくなったのだ。相手を血の海に沈め、二度と立ち上がることのない体にして息の根を止めたのが11日前の戦い。
「どうして? あたしはあれからずっと、相手を壊す事ばかり考えてる……」
 ティアナは相手を殺さずに仕留める事を止めた……、効率良く合理的に、相手の機能を破壊して停止させる事を前提に戦闘の図式を組み立てていくようになった。
『随分と無様ね!』
 ふと声が聞こえる。その声の主は鏡の中の自分自身……。
『いつからそんな風に被害者面するようになったワケ? 教えてあげるわ、あんたは楽しんでるのよ! そう、殺した事を悔やんでる『フリ』をしてても心の底では手に入れた力を振りかざす場所を求めてる!』
「違うッ! あたしはッ!」
 ティアナは目をそらそうとしたが、鏡の中の自分はそこから飛び出して耳打ちする。
『強くなるために仕方なく殺した? なに寝言言ってんの? いい加減に認めなさい! あんたは人間を血の海に沈める事に赤黒い悦びを覚える《あばずれ女》だってことを!』
 狂気をむき出しにした笑い顔を向けながら、ティアナをいたぶる事を愉しむように語りかけてくる。
『あの時あんたは誓ったんでしょ? あの女を超える悪魔になる事を! あんたはあたし、あたしはあんた!
 そしてあんたもあたしも、この領域に足を踏み入れたのよ! こうなったのは誰のせいでもない! あたしたちが選んだ道なの! 逃げられやしないわ! この闇の中で、もがき苦しみながら生きていくのよ!』
 鏡の中の自分が上げる勝ち誇ったような哄笑が耳障りなほどに良く響いた。

 ばりん!

 ティアナは鏡を殴りつけていた。写りこんだ自分の顔に亀裂が入る。
 そして、思い知るのだ。彼女が言った事を否定できない。こうやって命を奪う事に苦しみながらも、他人を圧倒的な暴力で這いつくばらせることにどす黒い快感を覚える自分自身がいる事を……
「あたしは……あたしはもう、光溢れる空へは昇れない……」
 ティアナはもう諦めていた。あの頃に追い求めた理想を、夢を……
「だから、暗闇の空を飛んでやる……あたしをここへ落としたあいつらを、同じ地獄の底へ引きずり込んでやる……」
 かつての居場所、そこにいた仲間たちが頭を過ぎる。だが、奴らは自分を棄てた。事故に見せかけて無用となった自分を排除する為に、あの状況になるように仕組んだ。
 今頃は自分の代わりに有能で使える魔導師の一人や二人軽く補充されているに違いないとティアナは考えていた。
 もうティアナにとっては彼女等と過ごした時間など焼き捨ててしまいたい過去の遺物に過ぎなかった……


 続く


 あとがき

 地獄ティアナ、とうとう人間の血で手を汚し、しかも六課の面子に裏切られたと解釈しちゃいましたよ。
 なのはさんの言葉を信じなくさせるなら、こう言う形がいいかなと。
 この後のティアはナンバーズを容赦なく惨殺したり、なのはと戦うためにスバルを刺したりさせようと思ってます。
 といっても展開飛び飛びでワケわかんねえな事態に陥ってますな……。

 とりあえず闘技場の簡単なルールとして
 1.勝てばポイントが入る
 2.勝ち方次第でポイントが変動する
 3.敗者の生死は問わない
 4.魔法を使える人間は使えない人間とはマッチメイクされない

 とまあこんなものです。
 個人的には地獄に堕ちたティアナが重要であって闘技場はオマケなので。
 次回は六課視点でティアナ抜きの休日バトルとなります。





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