人間のままでは、悪魔に勝てない……

 なら、どうすればいいのだろう?

 一度止まって考えれば簡単な話だった……

 人間のままで勝てないなら、人間じゃなくなってしまえばいい……


 夢も希望もかなぐり捨てて、身も心も化け物になってしまえばいい……



 StrikerS other world


 Part.5『妖魔、生まれる』



 全てが信じられない光景だった……。
 一人の陸戦魔導師はこれは悪夢だと思いたかった……。これは現実なんかじゃない、もうすぐ朝が来て気だるさと共にベッドから起き上がり、いつもと変わらない日常が始まるのだ。と……。
 だが、大量の出血と共に力と体温の抜けていく実感がその妄想を否定する。
 夜空にそびえ立つクラナガンのビル街、その屋上に自分たちはいた。
 自分たちは、今回特別に編成されたガジェットドローンを追っている陸空混合の魔導師部隊だ。日は浅いものの、この地上の平和を護るために心を合わせ、徐々に連携が取れてきた矢先に訪れたスクランブル。
 自分たちはガジェットを追っていたはずであった。だが、今目の前にいるのはガジェットなどではない。
 暗闇の中にあろうと輝きの失せない亜麻色の髪、両の手に構えているのは拳銃型のデバイス、黒一色で統一されたバリアジャケットの上はライダースジャケット風にあしらわれ、下はタイトスカートに軍用のブーツ、膝には金属製のパッド、体のラインで辛うじて女性と分かるが、あまりにも無骨で色気の欠片も無いシルエットだった。
 振り向いた彼女の瞳には、十代前後と思われる歳相応の輝きなどは無く、この暗闇こそが己の居場所だと主張するかのような……。おおよそ、このクラナガンで平々凡々とした健全で文化的な日常生活を送っている人間ならば、こんな目付きをするように育つなどありえないと言い切る自信があった。
「まるで手応えが無いわね……。そんな程度でエリート中のエリートと言われる空戦魔導師を名乗る気?」
 彼女が口を開く。吐き出した言葉には侮蔑と皮肉だけではない、期待外れに近い落胆の混じった物だった。
 だが、彼女の抱いた期待と落胆の正体は分かるはずもなく……
 心の奥底など、いかなる魔法を用いても読み取る事など出来はしない。
 彼女の周囲には、任務を共にする同士であった空戦魔導師の死体が、ただの骨肉と内臓と糞尿の混ぜ合わされた塊と成り果て、横たわっていた……
「空を飛べるからって、それが何? 満足に飛べないあたしごときに殺される程度の力だったら、空戦魔導師なんかエリート扱いする意味無いじゃない。ねぇ、そこのあんた……あたしの言う事って間違ってるのかなァ?」
 バーミリオンの魔力が彼女の周囲に集束する。構成された術式から発せられる光は普通の魔導師が魔法を使う際の白色ではなく、この闇から溶け出したようなドス黒い光。
 否、光などとは呼べない。瘴気の如く彼女から吹き上がる魔力は、自分に敵対する全ての存在を喰らい尽くさんとばかりに蠢いている、どこまでも深い深い闇の思念……。
「答えなくてもいいわ。あんたの頭は冷やすんじゃなくて、跡形も残さず吹き飛ばすんだからッッ!!!!
 魔力の弾丸が自分に向けて放たれる光景が、生きていた時の最後の景色であった……
 この部隊の最初の報告は空戦魔導師と陸戦魔導師を合わせた一個小隊がたった一人の魔導師に全滅させられた。
 空戦魔導師は一人残らず死亡、陸戦魔導師は死人こそ出なかったものの全員が魔導師は愚か日常生活にも支障をきたすほどの重傷を負わされると言う最悪の結果となった……
 それはまるで全ての魔導師を憎み、特に空を飛ぶ者を嘲笑うかのようであった……
 夜空に響く狂気の哄笑は車の騒音に紛れて人の耳に届く事は無く、全ては文字通り闇に呑み込まれた……
 そして、そのビルの屋上に残された紅く毒々しい血文字のメッセージが後々発見される事になるのだ。


『悪魔と殺し合うために私は帰ってきた : 暗闇に棲む妖魔』



◆       ◇        ◆        ◇         ◆




 ティアナがMIA指定、実質上死亡の報告がされて50日の時が経っていた……。
 高町なのははその夜もいつもの通り訓練メニューを組んでいた……。3人ともが才能に恵まれている、素直で自分の意図を分かってくれているだけに教えた事を飲み込む速度も当然速い。
 めきめきと実力を伸ばし、別の部隊と共同で任務に当たっても恥ずかしくないだろう。
 そして思う……。短期間でこれほど実力を伸ばす事に、どれだけ『才能』と言うファクターが関わってくるのだろうか?
 自分がどれだけ特異な存在だったかは、この10年間で周囲の反応から嫌でも理解させられた。
 だが、それがどんな影響を与えているのかまでを深く考えた覚えは無い。あの時の事を除けば……。
「リラさん……」
 なのはは自らの手で全てを奪い取った女の名を呟く。
 彼女を殺さずに済んだのなら、あの夢の光景が実現したなら、今の自分にどんな反応をしたのだろうか?
 笑うのだろうか? 怒るのだろうか? それでも彼女の方がティアナの事をよく理解してやれたと思う。
 あの二人には『抗い様の無い絶望をその身に刻んだ経験がある』と言う自分に無い共通点があった。
 彼女は才能が無い事を知りながらも、戦いの中に身を置く覚悟を揺るがせた姿をなのはは見た事が無い。
 逆境の中を潜り抜けてきた人間には自分のような温室育ちが持ち得ない強さがある。言って見れば、彼女の強さは目に見える力ではない精神の奥底にあったのだと思う。
 そう言う意味で、なのはは余りにも恵まれ過ぎた。ただ安穏とした暮らしをして、魔法の事も何も知らず、だと言うのにAAAと言う桁外れの力を持った存在。
 ミッドチルダで生まれて魔導師になろうと真剣に生きてきた人間が、自分を見て何もかもが馬鹿馬鹿しく思えても仕方が無い。それだけで武装局員1000人よりもなのは1人の方が存在する価値があると見なされるのだ……
 そこに綺麗事や理想論が入り込む隙間は無い、現実は無情で残酷だ。
 Bランク試験のあの日、はやてはティアナの事だっていい素材と見なした。それに関してはなのはも異論は無かった。
 きっと資質を伸ばしてあげられると思っていたのに、現実は全く逆の結果に終わったのだ……。
 才能の前には努力など意味は無いと言う認識を植えつけた挙句の果てに、どうしようもない場所まで追い詰めた。
 なのはとティアナでは見えているものも見てきたものも違い過ぎた……。
 ただそれだけの事……その『それだけ』が何よりも重く圧し掛かる……。この事件が無事に解決してまた元の鞘に納まったとして、またティアナと同じ、ないし似たようなタイプの人間を教える事になるかもしれない……。
 そんな機会が再び訪れた時、ティアナと同じ失敗を繰り返さない自信が無い。機動六課の日常は永遠ではない。いつか終わる。なのはは初めて、自分の見据える未来が恐ろしいと感じている。
 こん、こん……。
 おもむろに部屋のドアがノックされる。
 感傷に浸っている場合ではない。一応メニューは組み終えてある。そろそろ部屋に戻らないとフェイトあたりが自分の体を気遣って色々とうるさいのだ。
「入っていいよ。もうすぐ終わるから」
 だが、開かれたドアから姿を見せたのは想像とは違う人物だった。
 確かにフェイトと同じ金髪に紅い目、しかし彼女以上の背丈と黒服でフェイトとは間違えようが無い。
「ディルカさん……、どうしたんですか?」
「ちっとばかし話があってよ。お前にとっては朗報は凶報かは微妙だけどな」
 その左手には何かの書類が握られていた。
 手渡されたそれの内容は、もっとも古い記録で5日ほど前から発生した傷害殺人事件だった。
 被害者は既に50人を越えている。いずれも管理局に所属する魔導師。役職も年齢も性別もお構いなしの無差別としか言えない。唯一の区別として、空戦魔導師は一人残らず死亡、陸戦魔導師はいずれもが生存している。
 犯人の意図は断定は出来ないが、魔導師の中でも空戦魔導師に対してただならぬ負の因縁を持っているようだ。
「ちなみに死体の写真は元から持って来てないぞ。見たらお前、しばらく飯が食えなくなっちまいそうだからな」
 被害者の証明写真を見てなのははちょっとした既視感を覚えた。明確に思い出せないがどこかで会った覚えがある。
 だが、どこでだっただろうか。最近ではなく何年も前で様変わりしている人間も少なくない。
「経歴のとこを見てみな。それならはっきり分かるだろうからな」
 ディルカに言われた通り、経歴の蘭に目を走らせる。そこには信じがたい事実が記載されていた。
 この被害者たちは全員自分が教導を担当した事のある人間だったのだ。
「ある意味分かり易いぜ、この犯人……間違いなく狙っているのはお前だ」
「私に恨みがあるなら、私だけを狙えば済む話じゃないですか……、関係の無い人までどうして巻き込んで……」
「そいつがそう思ってないって事だ。あと入院中の陸戦魔導師から証言も聞いてきた。そいつは自分の姿を隠しもせずに挑んできたらしい。オレンジ色の魔力をした二挺の拳銃を使う女だとよ。どっかの誰かさんに良く似てるな」
 ディルカの説明になのはは絶句していた。
 生きていた……、生きていてくれた……。なのに、その事実を喜ぶ事が出来ない。何があったかは知らない。知りようがない。しかし、一つだけ分かる事があった。
 この犯人がティアナだとして、もう自分が知っているティアナ・ランスターはあの日に死んでしまったと言う事だ……



 >>To be continued



 あとがき

 サイト作って約1年が経とうとしているのに、俺のテンションはStSの酷さで下がりまくりです。
 どうにかこうにか1話を小出しにして、後々から加筆加筆と積み上げていかないと、更新が何時まで経ってもおっつかないと言う自体に陥ってしまっています。
 まぁ、暇と言うよりテンションの問題ですけどね。自分がどれだけ絶望と怒りを糧に出来るかの話。
 つーわけで地獄ティアナですが、自称の異名で悪魔に対抗した『妖魔』と言うのを使って見ました。バリアジャケットもイラスト描けないからアレですけど、上から下まで見事に真っ黒ですと。やっぱイラスト描ける方が羨ましいです……orz。
 ティアナがなのはの教え子を虐殺すると言うのは、TVシリーズでなのはに教わった空戦・陸戦魔導師がガジェットと戦っているのを見て思いつきました。同時に『普通の地上部隊の魔導師→逃げ惑う』のに対して『なのはに教わった魔導師→それなりに善戦する』と言うなのはさんSUGEEEEEEな図式に例の如くイラつきましたけど。
 ティアナが殺してる意図は「なのはが教えた魔導師より自分の方が強い」と言う当て付けです。故に8話事件のアノセリフのパロディも入っているわけですが、ティアナは自分が強くなった事を実感する為だけに殺してます。
 で、堕ちる所まで堕ちたわけですが、下手したらクロスミラージュが手斧に変形したりするかも。
 ちなみに言うと、もしかしたら地獄ティアナはエリオの見た未来と違う結末を歩むかもしれません。今の所まだ不確定ですが、安易に和解するような終わりにしたくなくなってきたと言うか、なのはをどん底に突き落としたいと言うか……。
 まあ、なんだかんだでこんな本編のファンにケンカ売ってる男に付き合ってくださってるだけで読者の皆様には感謝です。





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