悪夢の中で涙は枯れ果て、芽生えた憎しみだけを信じてここまで来た……

 

 

 StrikerS Other World

 Part.6 『 黒き鼓動 -T- 』

 

 


 この日、機動六課は初めてレリック事件の裏で暗躍しているのだろう未知の敵に出会った。
 事件の顛末はこうだ。エリオとキャロ、そしてディルカの三人が首都の方へ出かけていた。
 その際にディルカが常人と異なる魔力の波動を感知し、二つのレリックケースを引きずった少女を保護した。
 そして、彼女の持ったレリックを追ってカジェット・ドローンが地下水道を通って首都へ進入しようとしていた。
 高町なのは、フェイト・T・ハラオウンが、ガジェット2型を迎撃するために空戦と戦力を分断された機動六課は、八神はやての能力限定解除によってこれを退ける……はずであった。

 クラナガンのなかでも1・2を争う高さを誇るビルの上に、場違いな人影が佇んでいた。
 黒の革ジャンにハーフカーゴパンツ、肘と膝には防護用のパッド、足元は軍用のジャングルブーツで固めた、女性としては色気の欠片も無く、快晴の青空によってくっきりと現れる『影』のような衣装を纏った少女……。
 かつて長かった亜麻色の髪は首の辺りでバッサリと切り揃えられ、前髪の一部は触れた者全てを侵す『毒』を思わせる紫色のメッシュが入っていた。
 ビルの上を駆け抜ける強風が革ジャンと髪をバサバサと揺らす中でティアナは革ジャンのポケットから一枚のカードを取り出した。
「クロス・ミラージュ……セットアップ」
 キーコードと共にカード状のデバイスが待機状態から戦闘形態へと変形、発動させる。白銀の二挺拳銃がティアナの両手に納まった。
「始めるわよ……。あたし達はこの世界そのものを敵に回すの。もう二度と後戻りなんか出来ない、いや、するつもりもないんだけどね」
『どうしても……どうしてもあなたは、あの方々ともう一度話をしようとは思わないのですか?』
 ティアナの手に握られた拳銃は、最後の望みにかけるように己の主に問い掛けた。
「は? あんた今頃になってそんな事言うんだ? ま、あんたは元々あたしのデバイスじゃないもんね。用はいつでもあたしを裏切れる『狗(イヌ)の首輪』って事よね」
 毒づく彼女に、クロス・ミラージュはなんとも言えない気分になる。確かに自身は元来ティアナ・ランスターのデバイスとは言えない。しかし、彼女の能力を最大限活かす為に作られた。
 彼女以外の人間に100パーセントの性能を引き出す事は出来ないはずなのである。決して今の主が言っているような意図のために作られた訳がない。
 ましてや、機動六課の面々がそんな事をするはずがないと、クロス・ミラージュは考えている。
「いいわよ別に、あんたが監視役でも驚きはしない。今のあたしにはゾディアックのサポートも、あんたの代わりもあるんだし、好きな時にアイツ等の所に戻ればいいだけ。
 大した魔力もないセンターガードの代わりはいくらでもいるけど、あんたの部品とデータはまだ価値がある。あたしなんかよりずっといいマスターに使って貰えるわ、きっとね……」
 ティアナは自虐と自嘲の混じった笑みを愛銃へと向ける。クロス・ミラージュは、そんなはずはないと叫びたい気持ちでいっぱいだった。この作られた無機質な0と1の集合体に過ぎないプログラムにすぎないとしても……。
 この主がどれだけ自分を使いこなそうと鍛錬を重ねたか、疑いながらも前に進もうとしているか、それが歪んだ想いでも偽りが何一つない事を、一番近くで見て来たから……。
 だから、主が自分よりも無価値な存在であるはずがないと信じている……。
 今、ティアナたちのいる数キロ先の空域では、2人のエースがその華やかな名に相応しく空を舞い、ガジェットを迎撃している。ガジェットの方は何者かによって幻術をかけられているようで、幻影の数が本物の3倍はあるにもかかわらず、あの2人は殆ど一人相撲を取らされている。
「あーあ、バッカみたい。火力で吹き飛ばす事と正面から叩くこと以外頭に無いんだ」
 ティアナは拳銃を構え魔力弾を一発だけ精製し始めた。
 拳ほどの大きさをしたバーミリオンの魔力弾が、次第にクロス・ミラージュの銃口と大差ないほど収縮していくに合わせて、幾層にも魔力をコーティングさせた一発。
 対ガジェット用の魔力徹甲弾『バリアブルシュート』を更に自己流で強化した物だ。
 単純に拡散していた魔力を一点に小さく集約させただけだが、それだけで貫通力は飛躍的に上がっている。生半可な障壁なら貫き通すほどに。
 魔力の少ない自分に過ぎた破壊力は必要ない。必要な物は目標の急所を一撃で確実に射殺すだけの、貫通力に優れた精密射撃。ティアナはなのはとは全く違うタイプの魔導師だと言う事に気付かされた。
 そして、あんな風にヘラヘラ笑いながら相手をあしらうような真似もしない。
「『ロックオン・スナイプ』……」
 いつもならばこれに『オプティックハイド』をかけて透明化させるところだが、今はあえてこのまま撃つ。見えないようではメッセージにならないからだ。
「あたしは帰ってきた……悪魔を越えるためにッ!」


 撃っても撃っても、敵の数が一向に減らない事に高町なのはとフェイト・T・ハラオウンは、これが敵の罠であることぐらいは気付いていた。
 しかし、限定による著しい魔力の制限から高威力の魔法を乱発する事は出来ない。
 敵に対して決定打を与えられず、こちらの魔力は消耗する一方、これでは敵の思う壺だ。
(こうなったら、私かなのはの魔力限定を解除してもらうしかないよね)
 フェイトは念話をなのはに繋いだ。
(どっちかと言えば私の方がいいよ、私なら『スターライトブレイカー』で幻術ごとなぎ払える!)
 あとはフェイトに撃つまでの時間を稼いでもらえば良い、それがなのはの考えだった。
(……わかった、けどやるなら一発で決めて)
 古傷に響く事をフェイトは懸念したが、自分の魔法は対人戦闘向きであり対物破壊に於いてはなのはより劣る。
 そして、なのはが連絡を送ろうとしたまさにその時、背後から迫る一筋の閃光がなのはを貫いた!
「ッ!?」
 フェイトもなのはも、予想外の方角からの攻撃に身を固くする。
 なのはの傷は体の左側、鎖骨の下辺りを貫通した事から、小さな銃創に近い。そこから滲み出た血が純白のバリアジャケットに真紅の点を作り出した。
 あの細い一撃に、強固な部類に入るはずのなのはのバリアジャケットを、いとも簡単に突き抜けるほどのエネルギーが凝縮されていたのだ。
 この幻術さえも敵にとっては囮、本命はこの精密な狙撃によって自分たちを葬る事かと思われた。
 自分達の眼前でもだえる影を見つけるまでは……。
 あの一撃をバーミリオンの魔力弾と看破できたのはこの場には一人しかいなかった。なのはでもフェイトでもない、この場にいたただ一人の人物。そいつは……。
『ギャアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!』
 絹を裂くような悲鳴に等しい叫び声を戦闘空域に響かせ、空気をわななかせた。
 フェイト達から数十メートルほど離れた場所に浮遊していたのだ。
 ボディラインに密着した防護服にマントを纏い、ダークブラウンの髪を結んだ眼鏡の女性だ。幻術によって姿を隠していたようで、疲弊していく自分たちを間近で見てほくそ笑んでいたようだ。
 だが、今の一撃が纏った幻術を剥ぎ取った。たった一発にそれだけの威力があったと言うのではない、いわゆる狙いどころが良かったとでも言うべきだろう。
 あの一発が彼女の右目を打ち抜き、抉り取っていたのだ。眼鏡は砕け散り、眼球が在るべきそこには小さな穴がぽっかりと穿たれ、赤黒い空間を作り出していた。
「ククッ……! やりますねぇ、白い悪魔!」
 女はなのはに笑みをむけながら口を開いた。
「あの大した力の無い銃使いを、狙撃手に育て上げましたか。しかも自分を私に対する目隠しに使うなんて予想しませんでしたよ」
 女が右目の無くなったまま笑うおぞましい様相で言った事になのはは愕然とした。
「アレは、あなた達の差し金じゃなかったって言うの?」
「さぁ? どうでしょう? 実はこの私も幻影で、本物は既に接触済みだったりして……」
「!?」
 その言葉になのは達が逡巡した隙をこの敵は見逃さなかった。
 一瞬の判断の遅れが転移の式を構築させるだけの間を生み出し、すかさず仲間のいる座標を入力する。
 撹乱に関してこの敵の能力は一級品と言う事だ。二人が反応から行動に移ったその時には既に転移された後だった。


 一方その頃、スバル、ギンガ、エリオ、キャロ、ディルカ、そしてリィンフォースの6人は、事件の重要参考人と思しき二人の人物を確保する事に成功していた。レリックのケースも今はエリオの手の中にある。
 片方は紫の長い髪が特徴的な黒衣の少女、そしてもう一人はリィンフォースと同種の存在だろう燃えるような赤髪をした女性型の管制人格であった。
「胸クソ悪いぜ……何も知らないガキを利用するんだからな」
 二人を一瞥して、拳をもう片方の手に打ちつけながらディルカは吐き捨てるように呟く。
 ディルカは父親だったことのある人間だ。故に子供を犯罪に利用する事に他より強く嫌悪の念を見せていた。
 他の4人も当然ながら良い顔はしていない、特にエリオとキャロは自分と同年代の子供が犯罪に手を染めている事に複雑そうな表情を浮かべている。
「いろいろとややこしい事を聞かなきゃなんねーけどよ。拷問とかするほどウチの隊長はシビアじゃねーから、まぁ安心しろや。巷じゃ悪魔だの夜の王だの言われてっけどな♪」
 ディルカはしゃがみこんで黒衣の少女と目線をあわせて、おどけた調子で口を開いた。
「にしたってお前の虫怪人、強いな。このオレでもちょびっとてこずったぜ」
((あの強さでちょびっとって……))
 スバルとギンガは驚いた顔でディルカを見る。先ほどの戦闘、ディルカはエリオを圧倒した人型の蟲と肉弾攻撃だけで互角に渡り合ったのだ。
「ガリュー……」
「あん?」
「あの子の名前……」
 少女はディルカの問いに答えたようだった。
「へー、良い名だ。事件が終わったらまた戦わしてくれよ。それに、悔しいと思ってんのがここにいっからな」
 そう言ってエリオの頭をつかんで少女の顔に近づけた。エリオと少女の顔が接近し、互いにまじまじと見つめあう形になる。
「あ、あのディルカさん!?」
「コイツけっこう負けず嫌いなんだぜ? だから、終わったら一緒に特訓に付き合ってやってくれな」
 その瞬間、二人に物凄い視線が突き刺さった。発信源はキャロだ。
「今は、そんな事話してる場合じゃないでしょう!!」
 端からみれば微笑ましいとしか思えない光景に誰もが油断していたその時、たまたま足元に視線を動かしていたギンガだけが、その影に気付いた。
「足元になにかいます!」


 ティアナは一発を撃った直後にその場所から離脱し、廃墟街の方へと移動していた。
「次はレリックを奪うわ。ゾディアック、サーチできる?」
 左腕に着けられた銀のブレスレットにティアナは問うた。
『ああ、任せな。しっかし敵サン泡食ってたな? こっちは狙って出来たことじゃないのに』
「相手がビビッてくれれば好都合よ。ハッタリで警戒させられるしね」
 いくらティアナでも、数千メートルの距離で正確に的に当てる事など不可能に近い、否、どんなに優れたスナイパーでもだ。
 あくまで敵の眼球を撃ち抜けたのは、なのはの胸部を貫通して弾道がわずかながら屈折したと言う偶然が生み出した結果に過ぎなかった。更に言えばなのはに命中したのも偶然であった
 それでも、敵が自分に対して人間離れした狙撃のスキルを持っていると誤認してくれれば、遠距離攻撃を仕掛けようなどとは考えないだろう。
 中途半端な距離にいれば撃墜される恐怖心を抱き、これから敵は自分と対峙すれば可能な限り有視界戦闘を挑もうとするはずだ。そう言う意味で、今回の一発は思わぬ幸運に恵まれた。
 戦闘における最大の恐怖は、敵に関する誤情報を握らされる事だ。恐怖が疑心を招き、その疑心が更なる恐怖を生み出す。ティアナは血と暴力の渦巻く場所で、それを効果的に見せる方法を手に入れていた。
『見つけたぜ』
 ゾディアックの言葉を聞いて、ティアナは足を止めた。
 その視線の先にはレリックと共に、消し去りたい過去の影が群がっていた。


 ギンガの声がエリオの耳に届いた時は既に遅かった。
 エリオの真下から人影が不意を突くように飛び出し、レリックのケースを奪い取ったのだ。
 全員の顔が緊張を取り戻す。その間にもディルカやギンガは自分達の迂闊さに腹を立てていた。
 勝ち誇った笑みを浮かべているのは、スバルとそう変わらない年頃の少女であった。
 宙を舞う彼女からレリックを奪い返そうと誰もが身構えたその時、6人がいる方向とはまったく別の場所から魔力の弾丸が彼女を貫いた。
「誰が撃った!?」
 ディルカの叫びに答えられる人間は誰もいなかった。
 血飛沫が紅く染め空に放り出されたレリックケースが、さらに別の方向から飛ぶように現れた人影の手に渡り、スバル達の眼前に着地する。
「どいつもこいつも、バカばっかりね」
 誰もが、現れた影の正体に開いた口が塞がらず、ただ呆然として見つめている。
「……………………ティア……?
 その中でたった一人、つかえた物がとれたような気の抜けた声で彼女の名前を呟いた。
 
 

 >>To Be Continued


 あとがき

 色んな意味で長かった……とうとうスバル一行の前にティアナが姿を現しました。
 とは言っても肝心の戦闘シーンが殆ど無いのはどう言う事なんだろうね。
 ぶっちゃけ、ティアが狙撃で一発撃つのにどんだけ文量使ってんだって話ですね……
 次回はライダーバトルならぬ六課バトルの幕開けです。
 あー、地獄ユーノの方ではセッコもといセイン死んじゃってますが、こっちはまだ生きてます。
 彼女にはまだやってもらわないといけない事があるので。
 最後にタイトルですが、ゲキレンの理央のキャラソンから持ってきました。
 ティアはライオンになります。そして、『この世界にカバさんはいない……』(※宮野真守風)
 まぁ、ぶっちゃけStS本編がメタルマックスみたく『あんたは強え、あんたは正しい』な世界だしー
 それでは皆さん、また会う日まで……





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