溜め息の訳を聞いてみても……、自分のじゃないから解らない…… だから…せめて…知りたがる……、解らないくせに聞きたがる…… 真っ赤な空を見ただろうか 薫風が、道を歩く二人の魔導師の頬をなでて過ぎ去ってゆく。 「高町さん。今日は、どこへ行くつもりなんですか?」 濃紺のショートヘアの活発な少女、スバル・ナカジマをつれて、高町なのははとある場所へと向かっていた。 ミッドチルダで起きた、大規模な空港事故……その事件に巻き込まれた被害者で、それ以来自分を助け出してくれたなのはを目標として陸戦魔導師の道を歩んできたと本人の口からは聞いていた。 しかし、なのはは彼女の事をハッキリとは覚えていなかった。ただ単に救い出した被害者の一人と言う認識しかなかったのだ。 歴史人物の逸話のように、一度で10人の話を耳に聞き、話の内容を即座に理解して回答する事が出来ないのと同じで、大勢の被害者がいた中でそのうち一人の事を正確に、鮮明に覚えていることなど不可能なのだ。 それでも、なのはは彼女を落ち込ませないように出来る限りの誠意で答え、改めて名前を覚えた。 今のなのはにとっては、とても素直で飲み込みの早い教え子であった。 それは良い事だと思っているが、同時になのはは彼女の内に密かに眠っている危険性も察知していた。 彼女にその事を伝えるのが、今目指す場所へと彼女一人だけ連れて行く目的だ。 「スバル……」 そして、そこへ行くまでの間に教えておかねばならない事を、できるだけ柔らかく伝える為に話を切り出した。 「なんですか? 高町さん?」 スバルは自分だけが特別と言う事で、来た時からずっと機嫌がいい。当然今も…… 「わたしの事は、どこまで知ってる? 言ってみて」 「はいッ!」 スバルはハキハキとなのはの事を口に出す。PT事件から闇の書事件、そして空港の大火災…… しかし、彼女は気付いていない。その全てが、ありのままの『真実』ではないことに…… 「もういいよ」 そう言われると、スバルは残念そうに口を閉じる。まだ語り足りないと言った所か? 「ダメ……でしたか?」 「ううん、そんな事は別に無いよ。ただ……思ってた事と大体一緒だっただけ」 不安そうに自分の方を見るスバルになのははそう返した。 「じゃあ、スバルは私が戦って勝てなかった人がいるって言うのは、聞いたことがある?」 なのはがそう言い放った瞬間、スバルは目を丸くして口を金魚のようにパクパクと開いて、一時固まった後…… 「ええええええええええッッ!?」 驚きの大声を張り上げた……。 「そんな! 嘘ですよね!? 高町さんは誰もが認めるエースじゃないですか! そ、そりゃあハラオウン執務官や、ヴィータ副隊長には負けた事があるって聞きましたけど、後に勝ってるでしょう!?」 自分が知らない事などある筈が無いと言わんばかりにスバルはなのはに食い下がってきた……。だが、それよりも、憧れである最強の魔導師に勝てない人間がいるなど思えないのだ。いるとしたら、憧れの人よりも更に上の存在がいる事になるが、そんな人間など聴いたことが無い。 ひょっとして、この人は自分の事をからかっているのか? と言う考えが思い浮かんだが、この人が無意味な嘘をつくような人ではないと願いたいし、そんな素振りも見えない。 「7年前にあった事件なんだけどね。知らないのが普通だよ。公表はされていない事件だから……」 なのはは表情を険しい物に変えて、スバルに話し始めた……。 「ここでさっきの質問に答えるよ。これから行くのはね、ある人のお墓……。だけど、墓石も…墓碑銘も…棺桶も…そして遺体も無いの……」 なのはの口調は沈んでいた。 「7年前の事件って言うのに関わってたんですか? その人……」 「そうだよ。私はその時初めて出会ったの。私自身を真っ向から否定する人に……」 信じられなかった……PT事件で、首謀者プレシア・テスタロッサに利用されていたフェイトの心を開き、闇の書事件、空港の大火災をたった一人の犠牲者も出さずに解決した伝説のエース。強さと優しさを兼ね備えた最高の魔導師を否定する人間がいたことを……。 「ガキって言われた……。力になりたいからお話を聞かせて欲しいのに、偽善者って言われた……」 「非道いじゃないですか! 高町さんは魔導師の鑑みたいな人なのに、それを偽善者だなんて!」 なのはは、この場にいない人物に激昂するスバルに対して、首を横に振った。 「みんながみんな、同じように見てくれるわけじゃないんだよ。それにその人もただ私をそう呼んでたわけじゃない」 スバルはなのはの話にしばらく耳を傾けていた。 「その人はね。私と違って敵になった人を殺す事をいとわない人だったの。その人には私みたいに、人を殺さないで済ませられるだけの力が無かった」 「じゃあ、ただの嫉妬で言ったんですか?」 「ううん。それもあったけどあの人はね、きっと私よりも優しくて純粋な人だった……。人を殺す自分に苦しんで、殺さなきゃ自分が死んじゃう現実に苦しんで、何よりも自分が誰も救ってあげられない事に苦しんでたんだよ」 そんな彼女の目には、なのははあまりにも恵まれすぎた人間として映ったのだ。そう、彼女はまさしく、なのはの『影』だった。 強大な魔力と天賦の才能に恵まれ、奇跡さえも引き起こし、人生の全てが『光』に満ち溢れたなのはに対して、同じ理想を持ちながらも、世界の全てに裏切られ、自分の行いが何一つ報われる事無く、苦渋を舐めさせられ続けた『影』だった。 そんな二人が戦う事はある意味で必然だった。 「凄かったよ。まず、魔力を全力で出せなくさせられてね。それで凍らされたり、毒を撃ち込まれたりして、畳み掛けるように殴りつけられて……」 「卑怯じゃないですか!」 戦いの概要を聞いていたスバルは思わず叫んだ。 「違うよ」 なのははやっぱりかと察した。スバルはなまじ武道をかじっているが故に、かつての自分と同じ認識をしている。 父や兄、姉の剣術をまっとうな武道の類だと思っていたなのはは『戦いとは真正面から、互いに礼節を持って行う物』と言う認識が染み付いており、それを疑う事は無かった。 フェイトの時もヴォルケンリッターの時も戦いは常に真正面からだった。 だが、その認識が甘いと言う事に気付かされたのがその戦い。あらゆる状況を利用し、策で相手を貶め、相手の思考や想いまでも戦局を思い通りに動かす駒として利用する。 なのはは戦闘に対する認識につけこまれ、瀕死の重体にまで追いつめられたのだ。 「それで、私は勝てなかった。誰にも負けないと思ってた『想い』で負けちゃった……」 なのはの口調は終始重いものだった。 「でも、今戦ったらきっと高町さんが勝ちますよね!?」 スバルの言葉は悲鳴にも似た一種の懇願だった。この魔導師のこんな惨めな部分など見ていたくないと言うような…… 「ううん、もう決着は付けられない。再戦も出来ない……だって」 そして、なのはは言い放つ。スバルにとっては最も知りたくないだろう現実を…… 「私が……殺したから……」 たった一言、その一言で、スバルは放心しかけていた…… 「ころ……した……? うそ……、そんな……うそだって……嘘だって言ってくださいッ!」 だが、無情にもなのはは首を横に振る。 「嘘なんかじゃないよ……。私はその人を殺した時に、死ぬまで勝てなくなったんだ……」 スバルの中で、憧れのエースという存在が、音を立てて崩れ落ちて行く…… 「本当の私はこんな人なんだよ……幻滅した?」 「わかりません……」 「今は、それでいいよ。憧れてる人がいるっていいことだと思う。でもね、それってその人のいい所しか見られなくなっちゃうんだよ。 だから、私のイヤな部分も知った上で目標にして欲しかったんだ……」 そこまで言ってなのはは足を進め、スバルもそれについて行く。 「そうだ。高町さん、なんでその人はお墓も無くて、事件も公表されてないんですか?」 スバルはしばらくして、まだ聞いていない答えに気がついた…… 「わたしのせいなんだ……、管理局最高のエースが『人殺し』をした事があるって、そんな『事実』が知られたら、管理局と魔導師のイメージが落ちるからって。だから、その人の名前も戸籍も消されて最初からいないことになって、そんな事件も起きなかった事になってる……」 都合の悪い真実は闇に葬られる……。 聞いた事やイメージは沸いても、現実にあった事として直面するのは初めてだった…… 「だけど、私は忘れない。いつかその人の事も私との関係の事も、あの事件の事も多くの人に知ってもらう為に、たとえ何十年かかっても管理局のもっと上まで登りつめていく。それが、今の私の目標……」 大きな人だと、スバルは改めて思う……。 『その人』の事を最初はなんて人だと思ったが、おそらくなのはをここまでの人物にして見せたのも、その人の死が関わっているとしたら、生きている間に一度会って見たかったとさえも、今のスバルには思えていた。 あとがき えー、今回はある意味『予告SS』です。SGSの完結後がどうなるかと言う話でした。 もう、名前出してないけどバレバレですね。だけど、どういう経緯を経てそこに行き着くのかを楽しみにしててもらいたいというのが、古○任○郎をはじめとする倒叙系ミステリーが好きな作者の言い訳だったり…… それと書いた理由としてもう一つ、スバルってなのはの事を500%美化して見てると思うのです現時点で。 某死神漫画でも『憧れとは、理解から最も遠い感情だよ』と言うセリフを某隊長が言っておられます。 本編ではどう理想と現実の違いを受け止めるかが、スバルと言うキャラに感情移入できるかどうかを決める事になると思います。 タイトルはBUMP OF CHICKENのシングル『涙のふるさと』のカップリングです。 冒頭のこの歌詞聞いて、まさしくなのはだと私は思いました。 |