あの日僕は、絶望的な暗闇で、不条理な世界を見つめていた……

 焼け付く日差しを浴びながら死を思う……

 何度も何度も繰り返しまた、苦しみに自ら足を踏み出していく……


『ANSWER』(ティアナとユーノ)


 ……この世界でたった一人の大事な人が埋められていく。
 私はそれを、ただ泣きながら見ていることしか出来なかった……


 私には『力』が無かったから……


「ごめんなぁ……」
 誰かが、私に話しかけてきた……。私より少し年上……会った事は多分ない……
「ホントなら……オレが……先輩じゃなくてオレがこうなるはずだったんだ……なのに!」
 この人も泣いている……、兄さんの知り合いみたいだ……管理局の人?
「ごめんな……、オレ……先輩に何も返せないばかりか、妹の君にまでこんな」
 そこまで言って、この人は私を抱きしめる……。震えてた……
 この人もきっと一緒だ……。力が無い事に苦しんでいた……


「兄さん!」
 ティアナは目を覚ました……。誰もいない寮の部屋……、相方のスバルはもう訓練に出ている時間だろう。
 六課の前線部隊から外されて3日目……、そろそろ誰もいない部屋にも慣れて来た。
 デバイスの整備でもしておこうかと思っても、《クロスミラージュ》の姿は机には無い。
 目を閉じれば、あの光景が思い浮かぶ。何が起きたかはハッキリと思い出せない……ただ、実戦なら死んでいただろう。仮借ない砲撃……。良く分かった……、どれだけ足掻こうと才能の前には全てが無意味である事が……
 訓練通りに戦っても勝てる気がしなかった。だから裏をかいて接近戦に持ち込んでも容易く止められた……。
 どれだけ訓練を重ねても、強くなっている実感がわかない……、当たり前だ。強くなってなんかいなかった。
 きっとあれは《最後通告》……。なのはは自分にこう伝えようとしたのだ。『お前なんか要らない』……と。
 涙はもう枯れている……、なんの感慨も沸き起こらない。ただ無気力なまま時間だけが過ぎていく。
 寝転がっていたら、腹が盛大な音を立てた……。そう言えば2日間もまともに食事をしていない……。
 頭で何を考えていても、食欲と言う物は常に正直で、仕方なくティアナは廊下に出た。
 おぼつかない足取りで白昼の日差しが差し込む中を歩く。誰ともすれ違う事は無い……
(あれ……?)
 何かがおかしいと感じた時には、もう遅かった……。だんだん、視界が歪んで、光も影もなくなって、真っ白になった床が自分の顔に迫って来て……。
「危ない!」
 誰かに受け止められた。細いけど……どこか逞しい……。
「に…い……さん……?」

「貧血ですね……、それに消化器官の様子から見て、ここ2〜3日何も食べてなかったみたいで」
 聞き覚えのある声がする。目を開けて見ると、医務室の天井が見えた。
「それであの娘、あんなにやつれて……と言うより、この時間なら皆と訓練してるはずじゃ?」
 視線をずらすと、医療責任者のシャマルともう一人見知った男性が会話している。
 確か、《ホテル・アグスタ》で見た覚えがある。確か考古学の専門家で無限書庫の司書長……。
「ティアナは……今メンバーから外されているの」
 シャマルの言葉が、ティアナに現状を再確認させる。
「体の傷はともかく……心の傷は、どんな魔法でも治せませんから……」
 ティアナはベッドから這い出ようと体を起こす。この場にいたくなかった……。
 だが、おぼつかない足取りはバランスを崩し、そばにあった機材ごと彼女は倒れこむ。
 それに気付いて二人ともティアナの元へと駆け寄ってきた。ユーノは彼女の手を取って引き起こし、再びベッドに寝かせる。ティアナはそれに抗う事も出来ず、大人しく身を任せる。
「寝てなくちゃ駄目ですよ! ただでさえ弱ってるんです。場合によっては麻酔かけて強制的に点滴をうちますよ?」
 シャマルは医者特有の奇妙な威圧感でティアナを諌める。
「じゃあ、シャマルさん。僕はこれで」
「あ、ちょっと待って! もうすぐあっちの方へ行かないといけないんです。
 よければ見張ってて貰えません? 食事がもうすぐ来るはずですから」

 結界的に医務室はユーノとティアナの2人きりになる。
 が、どうにも沈黙が場を支配し、間が持たない……。空気に耐え切れなくなったティアナは口を開く。
「スクライア司書長はどうしてここに?」
「資料の方を届けにね。そしたら、君がふらつきながら歩いてるのを見かけて、ここまで運んできた」
「そうですか……ご迷惑をおかけしました」
 ユーノはそれを聞いてため息を付く。
「この場合。素直にありがとうって言ってくれた方がいいよ。僕が好きでやったんだ」
 話しているうちに病人用の食事が届く。久々の食事は妙に美味に感じた。
「それにしても、ずいぶんな無茶をしたね。少し昔を思い出すよ……」
「昔の、なのはさんですか?」
 懐かしい想い出を切り出すユーノにティアナは問い返した。しかし、ほぼ確実にその類かと思いきや憶測は外れる。
「いや、違うよ。昔会った魔導師で、ちょうど君みたいな人だった」
 ユーノはおもむろに、左腕に付けた銀のブレスレットを見つめる。
「私がですか?」
 誰の事なのだろうか? ティアナは考えても答えには辿り着かない。
「なのはが、たった一回だけだったけど、勝てなかった人なんだ……」
 からかっているのか? ティアナは苛つく。それだけ凄い魔導師が自分に似ているはずがない。
「きっと、司書長の勘違いです。私なんかただの凡人ですから、そもそもここに来たのも何かの間違いですよ!
 どれだけ訓練しても強くなった気がしない! 体のいい《実験台》か、《咬ませ犬》にされたって事でしょう!
 スバルも、エリオも、キャロも、私とは違って才能も将来性もある! あの3人がいれば、私なんか用無しです!」
 殆ど初対面も同然の相手にティアナは激昂している。それでもぶつけずにはいられなかった。
「そんな所がよく似てるよ。その人は、リラさんは才能に恵まれた人じゃなかった……
 それでも、自分に出来る事があるって信じて、いつも自分の道を突き進んでた。人を殺す事がどれだけ辛くて重いことなのかをよく知ってたんだ。なのはとは何度も何度も対立した」
 その話は衝撃的だった。人を殺したくない、多くの人を助けたい、なのはと同じ理想を持ちながらも、殺さざるをえない現実を突きつけられ、最後の最後には自分の理想にさえ裏切られた魔導師。
「最期の最期まであの人は運命に抗って、もがきあがいてたよ……これはそんな彼女が使ってたデバイス」
 ユーノはそう言って、彼女のデバイス《ゾディアック》を見せる。
「リラさんは戦い抜いたよ。どれだけ無力だって罵られても、才能が無い事に苦しんでもね」
 ふと、ユーノはゾディアックを外し、ティアナの手に乗せる。
「ゾディアック、僕は君との契約を破棄し、ティアナ・ランスターを次の所有者と認定する」
『いいんだな? ウィザード・ユーノ?』
「ああ、僕は戦う機会が少ないのは知ってるだろ。僕が持ってても宝の持ち腐れだ」
『了解したぜ!』
 ゾディアックは光を放ち、ティアナの左手首にはめられた。
「これは今から君の物だ。どう使おうと君の自由だよ」
「あの……どうしてここまでしてくれるんですか?」
 ティアナは思わず、ユーノに聞き返していた。
「君となのはの為に一肌脱ごうかなって……。
 それに君がリラさんと重なって見えて、放って置けなかったってのが本音だよ」
「好きだったんですか?」
「一時ね……」
 ユーノはそれだけを言い残して、医務室を去って行った。

『つーわけだ。これからよろしくな』
「よろしくって言われても、私にはもうデバイスが……」
 部屋に戻った頃には日が傾いていた。もう少しすればみんな戻ってくるだろう。
 ティアナは新たな自分のデバイスとなったゾディアックと対話をしている。
『別に乗り換えろなんて言ってねーよ。けど、俺には今まで俺を使ってきた《14人分の戦闘経験》がデータとして詰まってる。そいつを上手く引き出せば、あんた自身に効果的な戦いを導き出す手伝いぐらいはしてやれるぞ』
 ティアナはその言葉に驚く。偽りでなければこのデバイスは攻撃用だけでなく戦略、戦術レベルでも重宝する。
 卓越した才能も、特別な魔法も、強大な魔力もない自分が対等に渡り合う手立てが、目の前にあった。
「このままじゃ終わらない……終われない……」
 ティアナの瞳に、再び活力が戻ってくる。
「証明するんだ。ランスターの弾丸は全てを打ち抜く。《流星のランスター》は負け犬なんかじゃない!」
 その目には、今までとは違う輝きが芽生え始めていた。
『まるでスコーパー、いやもっとヤベェ……。ウィザード・ユーノ、あんたとんでもねえヤツに俺を渡しちまったな』
 十二宮のデバイスは密かにかつての主達を思い返してつぶやいていた。

 その日もまた訓練を終えて、なのは達は隊舎へと戻ってくる。
「あの、なのはさん?」
「何、スバル?」
 歩きながら、スバルはなのはに問い掛ける。
「ティアの事で少し……」
「まだ駄目だよ。あの子が自分で間違いを認めない限り、同じ事を繰り返す」
 なのはがそう答える中、全員が足を止めていた。
「ティア!?」
 そこにはちょうど今話していた人物の姿があった。
「何の用?」
 あえて、なのはは突き放すような口調で問う。
「お聞きしたい事と、お話したい事が一つずつ……。私が『リラさん』と同じに見えますか?」
 なのはとスバルの顔色が微妙に変化する。何故彼女の事を知っているのか? 話した覚えは無かった。
 エリオとキャロには話の意味がさっぱり読めてこない。3人の様子を傍観している。
「そうですか……。じゃあもう一つ、ここから先は才能の無い《雑魚の戯れ言》として聞き流してくれていいですよ」
 ティアナはいきなり頭を下げた……
「二度とあんな真似はしません。もう一度チャンスを下さい」
「顔を上げて、目を見せて。本当に誓える?」
「あなたの下で強くならせてもらいます……」
 ティアナは言われたとおり頭を上げて、なのはに目を合わせる。
「《才能》って言う言葉が、裸足で逃げ出すくらいまで……」
「ティ、ティア?」
「ティアナさん……」
「……こ、恐い……」
 なのは意外の3人が、ティアナの目つきを見て身震いが走った。
 厳しい空気は変わらないが今までのティアナとは違う。焦りと気負いの目ではない。
 目に映る全てを冷徹に見据える眼差しは、見た者全てを斬り裂くような、鋭利に磨ぎ澄まされ凍て付いた刃だ。
「証明します。凡人でも天才を倒せるって事を……。その為だったら、どんな訓練でも耐えて見せます!」
 数日前までの彼女とは明らかに違う……。言動そのものはキレたように聞こえるが、その視線はどこまでも自分達が童動くのか、一挙手一投足はおろか、目蓋の動きや呼吸の音さえも気取られていると錯覚させる。
 怖気が走るほどに冷徹にして冷淡な空気を彼女は纏っていた……
「次にやったら……そんなものじゃ済まさないよ」
 前とは違う危うさを感じ取りながらも、なのははこう答えるしか出来なかった。
「望むところです! 才能も伝説もランスターをコケにするヤツらも、まとめて足元に這いつくばらせてやりますよ……」
 本当なら喜べるのかもしれない、だが、誰もが激変したティアナの様相に言葉が無かった。

「やあ、なのは……」
 ユーノはなのはの部屋に呼ばれていた……
「ユーノ君、どうして? どうしてあれを渡したの!?」
 なのははユーノの顔を見るや、開口一番に激昂した。
「私に、今度はティアナを殺せって言うの!?」
「違うよ……」
 ユーノは首を横に振ると、つかみかかったなのはの手を柔らかく外す。
「あの娘がリラさんと重なったのは確かだけどね。君はリラさんの事を今も背負い続けてる。違うかい?」
 黙るなのはにユーノは続けた。
「僕はなのはにいつまでもリラさんの事を引きずって欲しくない。今度はあの時とは違う道を、間違いを犯さないように導いてあげればいい。そうすれば君のためにも、あの娘のためにもなると思ったんだ。
 あの娘、言ってたよ……『強くなってる気がしない』、『才能が無い自分なんか、咬ませ犬で実験台だ』って。なのはは確かに最高のエースかもしれない。でも、教え子に信じて貰えなかったら教える意味が無いよ……
 ティアナはリラさんと同じ、劣等感に苛まれて能力を疑ってる……。僕としては彼女ばかりを責められないと思うよ。
 一介の考古学者がでしゃばって悪いとは思うけどね。よく考えた方がいい」
 なのはは、ユーノが語った事に衝撃を隠せなかった……。
 教える立場なら、相手のことを分かっていなければ話にならない……。ティアナがそんな風になっている事に気付かなければならないのは自分の方だった。ユーノが聞いた事もティアナの性格なら自分に向けて言えるはずが無い。
 今になって気付けたのも、極限まで追い詰められて、吐き出した相手が偶々ユーノだっただけだ。
 これまでは不特定多数の人間に教導を行う事が常だったが、個人を教えるのは勝手が違う。
 その壁になのははぶち当たったと言う話だ……。
 何も分かっていなかった。気付かぬうちに傲慢になって、相手が分かっていると思い込んで自分の理を押し付けた。
 教え子から信頼されていないようでは教導官失格、打ちのめして成長させるなどとどの面を下げてどの口がほざく?
 結果的には要らぬ疑心を招いただけになってしまった。
 そして、ティアナはおそらく如何なる時も、自分に対し敵意をむき出しにして来るだろう。
 模擬戦さえも下手をすれば凄惨な殺し合いになりえる。今のティアナはリラの生まれ変わりとしか喩えようがない。
「わたしも……変わらなきゃね」
 なのはは小さく呟く。ティアナの事も、自分の事も、二度と間違えない為に彼女もまた歩き出す……



 あとがき

 えー、なんと言っていいものか。とりあえず8話見て思いついた事を書き殴って見たと。
 ある意味『地獄ティアナ』かなぁ……、いやそんなつもりないんですけどね
 リラが持ってるゾディアックの裏設定も出まくりです。ネタとしてはダイの大冒険に出てくる『竜の紋章』
 あれは先代の騎士の戦いの経験が、次の騎士に紋章と一緒に継承されていくから、生まれつき戦闘の天才と言われてますからね。あとはメガレンジャーのメガレッド、戦えば戦うほどデータが蓄積されて性能が上がっていく。
 まあ、それが当時思われていたパソコンの性能だったらしく、万能且つ戦闘力が高い戦士でした。
 というわけで、この話続きません。ここで完結です、それでは





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