稲妻が光る 闇と光 ぶつけ合う真実
 嘘も見栄も無い 固い意志が 勝ち取れる何かを

 追いかけ求めているのは 甘い夢じゃない
 信じる物が在る限り 痛みと生きる


『brave soul』


 闇夜の静寂をかき消す、絹を裂くかのような悲鳴が響く。
 クラナガンの闇夜をネオンで染める摩天楼の一角には、鮮血を撒き散らして倒れる犯罪者の姿があった。
 真っ赤に塗りつぶされたビルの屋上で、瀕死の重傷を負わされた仲間を見て、そしてそれを引き起こした張本人から目をそらせずに、ガタガタと震えていた。
 ティアナ・ランスターは愛銃を油断泣く相手に向けて、白い息と共に言葉を発する。
「殺しはしないわ……けど、その体に刻み込んであげる……」
 幾層(いくそう)にも重ねて精製されたバーミリオンの魔力弾が、クロス・ミラージュの銃口を向けた先に姿を現す。
「ランスターの弾丸の強さと!」
 銃撃。
「速さと!」
 銃撃。
「恐ろしさを!」
 銃撃。
 腕が、足が、胴体が、非殺傷設定など施(ほどこ)していない純粋な敵意の塊を喰らって血を噴き出す。
 更に飽き足らず、クロス・ミラージュのダガーモードを作動させて、胸を、背中を何度も何度もズタズタに斬り刻んだ。
 それは、舞い散る花びらのように艶(あで)やかで、返り血を浴びた彼女の姿は悪魔ではなかった……
 最近、同業者の間流れていた噂に偽りはなかったと犯罪者の方は納得していた。
 管理局に身をおきながらも、非殺傷設定を行使せず、こちらの理不尽に対して更なる理不尽を叩きつける。
 出会った犯罪者はただの一人も五体満足で捕まりはしない、かと言って殺されもしない。
 弄ぶかのように犯罪者をなぶり者にする様は『紅の妖魔』と呼ばれていた。
 そして、誰もがバリアジャケットや魔力の色を想像する異名の真の意味は、相手の返り血を浴びて体を真っ赤に染めた姿なのだと悟った。
 紅なんて生易しいものじゃない。あえて言うとすれば、そう……

 

血まみれの妖魔(ブラッディ・エビル)

 




 高町なのははその日、地上本部の方へ教導に出向いていた。
 午前中の予定を消化して、昼食をとりに行こうかと考えながら廊下を歩いていたのだが、そこで見覚えのある人影を見た気がして無意識に眼で追っていく。
 そこは廊下の一部にソファーと灰皿を設置され、天井の換気扇が全開で作動している喫煙者用の特別スペースだ。
 さっき見たと思われる人影を見つけて、なのはは己の目を疑った。
 二つに纏め上げられた亜麻色の長髪は見間違えようがない。彼女、ティアナがそこにいるだけなら特に問題などなかっただろう。だが、彼女が口に銜(くわ)えているものが問題だった。
 白と黄土色の二色に分かれて紙で巻かれた細いスティック。先端には火が点いて、特有の臭いがする煙を出している。
 言うまでもない、タバコだ。しかも吸い方からして初めてではないだろう、初めて間もないなら、いきなり肺まで煙を循環させる事はおろか、ふかすだけでもむせて咳き込むだけだ。
 なのははそれを見て止めさせなければならないと思い立つ。あんなものを体が出来ていない内から吸っていれば、肺が悪くなり必然的に持久力も落ちる。好ましい状態ではない。
「ティアナ……」
 なのはが声を掛けると彼女もこちらに気付いたようで、微妙に機嫌の悪そうな表情をなのはに向けてきた。
「久しぶりだね」
「……なにか用でも?」
 タバコの煙を吐きながら、ティアナは素っ気なく返す。
「あ、いや。そこで見かけたから、ちょっとね。それより、なんでそんな物吸ってるのかな?」
「別に、吸いたいから吸ってるんです。周りの声がウザ過ぎるんで」
 確かに喫煙者の中にはストレスを発散させる為に吸っている人間もいないわけではない。だが、何がティアナにそうさせるのか? なのはには分からないでいた。
 そして自分には、共感することも理解する事も、出来はしないものだと思い知らさせる事になる……
「ホント、なのはさんって凄いですよね。私たち六課のメンバーにぴったり会った仕事を導き出してくれたんですから」
 その言葉には、言葉通りの賛美の雰囲気は微塵も存在していなかった、そうそれは寧ろ……
スバル達の咬ませ犬の次はフェイトさんの引き立て役。大した魔力も才能も無いあたしにはお似合いです。
 なんせ、エース・オフ・エースの腰巾着って呼ばれる身ですからね……クスクス」
 ティアナは渇いた笑い声を出しながら切れそうなタバコを灰皿に押し付け、新しいタバコを銜えて火を点けた。
「え……。何を……何を言ってるの? わたしは、そんなつもりなんか」
「隠そうとしなくてもいいですよ。どうせあたしなんか、その程度の存在なんでしょう?」
「違うよ。わたしは本当に、ティアナのために一番いい道だと思って」
おためごかしは聞きたくありません。それに、口先でなら人間は何とでも言えるんですよ。
 あたしのためとかそんな綺麗な言葉だけ並べといて、結局あたしを利用するために丸め込みたいだけなんでしょう? あたしが執務官になっても持ち上げられるのはなのはさん達だけ。
 だって、ただの執務官なんて山ほどいるけど、エース・オブ・エースは貴方たちしかいないんですから。
 何があってもあたしはその手の上で踊らされるだけの道化師(ピエロ)、それだけでしょう?」
 それだけを言い残して、ティアナは喫煙所から去って行った。取り残されたなのはは、ただただ自分がしてきた事に対する疑問と後悔が頭の中を渦巻くだけだった……。


「ティアナは本当に飲み込みが早いね。試験を受けられる日も近いよ」
「ありがとうございます……お世辞でも嬉しいですよ。私ごときでも」
 ティアナ・ランスターは、自分が補佐をする立場になった執務官のほめ言葉に対して、軽い冗談でも聞かされたと言った感じの態度で渇いて冷め切った調子の言葉を返す。
(なにも、そこまで卑屈にならなくていいのに……)
 フェイトは内心、ティアナの卑屈さには悩んでいた。時折見せる冷たい態度、疑心をむき出しにした言動、機動六課が彼女にとって全てがプラスになったとは言い難い。
 むしろ、マイナス面の方が遥かに大きい気がする。才能も実力もある人間ばかりの環境で自分だけが突出した物を持たないと思い込ませてしまえば、それも必然かもしれない。
 最近になっては影で『妖魔』なんて囁かれている事もフェイトの耳には届いていた。
 犯罪者に対する余りにも苛烈な仕打ち、罪の重い者も軽い者も、過去の自分のように複雑な事情を抱えた者でも、ティアナは全て同じように血祭りに上げていた。
 幾度の懲罰もティアナを諌めるだけの効果はない。
 ティアナは死ぬまで走り続けるだろう、止まる事も休む事もない、こびり付く血を幾度洗い流そうと、他人の血だけではなく、戦い傷付いた自分自身の血でそれが追いつかない程に、体を染めあげる。
 出口の見えない迷路を、迷う事も壁にぶつかる事も構わず全力でこぎ続ける、不毛な自転車操業だった……。
 一歩間違えてしまえば、精神が完膚なきまでに壊れてもおかしくない。それだけに、この危ういバランスを保てているだけでも御の字と言っていいだろう。
 裏を返せば、いつ人格が反転して狂い出すか分からない。さながら制御装置の無い爆発物を扱っている気分だ。
 ティアナは一時才能の無さに苦しんで暴走した経緯がある。その時に生じたなのはとのわだかまりは解けたとは言い難い。
 シャーリーとシグナムがやった事を後で聞いたが、むしろそれは『身の程知らずは何をしても無駄』と言わんばかりの追い討ちだった。切っ掛けさえあれば、ティアナは二人への報復を決行しても不思議ではないのだ。
 そんな彼女の心は誰も理解できない、誰も癒せない、誰も救えない……
「ティアナは……そんなに私たちを怨んでいるの?」
「さぁ……どうでしょう? 今の待遇は嫌いじゃありませんよ。私には『甘すぎる飴』ですけどね。
 どうせ、結果が出せなければSLBかザンバーで跡形も無く抹消される『鞭』が待っている訳ですし、失敗しても兄さんの元に逝けるなら何も恐くなんかありませんよ」
 何の臆面も無く、ティアナはしれっと返した。
 本当に、世界はこんなはずじゃない事ばかりだ。彼女が執務官になれたとして、この底知れぬ憎しみは癒されるのだろうか?
「ごめんなさい……」
「あなたの部下になってそのセリフを聞くのは何度目だと思っているんですか?
 別にフェイトさんのせいじゃありませんよ。兄さんが死んだのも、私がこんな所にいるのも全部兄さんと私が『弱い』せいです。だったら周りを黙らせるだけ強くなれれば、誰に教わっても良いんですよ。私にとってはなのはさんも、フェイトさんも強くなるために利用させてもらっているだけです」
「そんな……力だけが全てじゃないよ!」
「力で全てを手に入れた人が良く言いますね? 管理局があなた方を持て囃すのは心じゃなくて、力があるからでしょう?」
「違うッ!!」
 フェイトは普段の彼女の雰囲気とは想像しがたい声を上げた。
 その一喝で周囲の空気は一変し、沈黙が場を支配する。
「どんなに力があっても、心が病んだらどこまでも堕ちて行くんだよ! 私はそんな人をよく知ってる……。私よりも強い、けど私の姉さんを死なせて道を踏み外してしまった人を……」
 初めてフェイトは赤の他人に母プレシアの事を話した。
 魔法の次元跳躍さえも可能にする類稀な魔力に加え、技術開発局の局長として勤めるだけの豊富な知識を持ち、聡明で優しい人物であった。
 だが、愛する娘の死が彼女の全てを狂わせ、最後は闇に堕ちた。
 フェイトはプレシアから受けた虐待の日々も、最終的にはフェイトを生み出した事も否定して虚数空間へと消えて行った最後も、昨日あったことのように思い出せる。
「だから、私は母さんのように闇に染まろうとしているあなたを放っておけないんだ」
 話しているうちにようやく分かった。フェイトはティアナにプレシアを重ねていた事が……。
 それがただのエゴに過ぎなくとも道を間違えないように導きたかったのだ。
「フェイト……さん」
 ティアナは今度こそ何も言えなくなった。
 愛によって狂った悲しい一人の女の話。シグナムやシャリオのような強引なこじ付けでも、誘導でも、洗脳でも、プロパガンダ的演出でもない、まっすぐな言葉で伝えられた事実。
「私が言えるのはこれだけ……、あとは自分で考えて答えを出しなさい。
 結局決めるのは自分がどうしたいかだから、ティアナが力を求める事を私は否定する権利は無いしね」
「……失礼します」
 ティアナはフェイトに深く礼をして、執務室から立ち去って行った。


「心が病めば、闇に堕ちる……か」
 今の自分が『妖魔』と呼ばれている事は知っている。しかし、恐怖しか生まない強さに何の価値があるのだろうか?
 もしかしたら、自分が受けた仕打ちを捻じ曲げて他者に擦り付けているだけでは無いのか?
 今の今までそんな事は考えもしなかった疑問がティアナの中に芽生え始めていた。自分は何かを見失っているのかもしれない。なら……
「しばらく、考えてみよう……」
 兄の事も、今までの自分の事も、フェイトに言われた事も踏まえて考えられそうな事はいっぱいある。
 本当に強いとはどう言う意味なのか、ティアナの模索はようやく始まったと言った所だろう。



 あとがき

 ヴァイス×ティアナのクリスマスSS書いていて、『一方その頃ティアナは……』のパートで書いていたはずが、
 思った以上にティアナとフェイトの部分が膨らんで、短編が一つ出来ちゃいました。これは、私も予想外の事です。
 考えて見れば、フェイトだったら愛する人を失ってしまう悲しみも、無力に対する絶望も、ティアナと共感出来る部分はなのはよりずっと多くて、いろいろと説得力あるんだと気付きました。
 ぶっちゃけた話、地獄シリーズだとなのはさんって『ただのお邪魔虫』だねって(←笑えない
 今回の曲ネタは『最遊記RELOAD』に登場するライバルキャラ紅孩児のキャラソン『brave soul』です。
 最近、最遊記がマイブーム、はっきり言ってヤオイなんて飾り。話がそれ以前にちゃんと出来てるんです。

 今回の加筆部分について、これは地獄具合をどう広げようかと考えていた内の一つです。
 あっちの方でやるにはマイルドだったので無理と言う結論に達したネタです。
 しかし、使わないのも勿体無かったので、急遽こちらに加筆いたしました。
 本編の地獄ティアナは人殺し自体楽しんでますが、こっちのティアナは悩み苦しんでる鬱憤晴らしと言った方がいいです。
 このティアナだったらディーノ君が自分の部隊に即スカウトするな、うん。
 しかし、このサイトの登場人物、リラにディーノにティアナにヴァイスにと喫煙者が意外と多いなぁ……。











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