『翡翠の守護神』 時空管理局にある無限書庫、その司書長室。そこで今、とあるやりとりが行なわれていた。 「先生ー。」 「……。」 「せんせー。」 「………。」 「せんせせんせせーんーせーえー。」 「…………。」 司書長室にいるのは二人。一人はこの部屋の主らしい青年で、机の上で書類を片付けている。 そしてもう一人はその机の前にしゃがみこみ、顎を机の縁に乗っけている少女。ちなみにさっきから『先生』を連呼しているのはこの少女だった。 青年は先程から続けられている少女の呼びかけを無視して仕事をしていたが、やがてそれも限界だと悟ったのか、苦笑を浮かべながら少女に言った。 「そんなに『先生』を連呼しないでよスバル。もう少しで終わるからさ。」 しかし少女はぷーっと頬を膨らませるとこう言った。 「でも先生ー。さっきから『もう少しで終わる』なんて言ってますけど、これでもう三回目ですよ? 私はちゃんと時間通りに来たのに、あんまりな仕打ちじゃないですかー。」 そう言って少女……スバル・ナカジマは、青年……ユーノ・スクライアをジト目で睨んだ。 その『生徒』の様子に、ユーノは再び苦笑する。 身を乗り出すと、ユーノはスバルの頭をくしゃくしゃと撫でた。 「分かった分かった。じゃあ本当に後少しで終わらせるからさ、書庫の方へ行って、アルフやラクスの手伝いをしていてくれないかな?」 頭を撫でられくすぐったそうにしていたスバルは、「えー」と不満そうにしていたが、ここで自分がユーノに嫌がらせをしていても『授業』の開始が遅れるだけだと分かったのか、ぴょん、と立ち上がった。 「……ま、仕方無いですね。それにこちらは教えてもらっている立場ですし……。分かりました! スバル・ナカジマ、無限書庫のお手伝いに行ってきます!」 そしてびっ! と敬礼をするスバル。ユーノも微笑みながら、敬礼を返す。 ドアから出て行く前に、「本当に早く来てくださいね!」と念を押して、スバルは無限書庫へと向かった。 その後ろ姿を見ながら、ユーノはふと、彼女がここに来た頃のこと、そしてその後の様々なことを思い返していた。 「……弟子になりたい? 僕の?」 「はい! そうです!」 それは今から数ヶ月前のこと。同じ司書長室で、ユーノはスバルの訪問を受けていた。 「スクライア司書長って、なのはさんの魔法の先生なんですよね!? 私、なのはさんの事を尊敬してますから、その先生であるスクライア司書長のことも尊敬してます!! それで、是非私にも色々と教えてほしいなぁ、って思いまして!!」 目をきらきらと輝かせながら機関銃のようにまくしたてるスバル。その剣幕に押されながらも、ユーノは言った。 「い、いやでも、なのはやフェイト達に教えてもらっているんだから、僕に教わることなんか無いと思うけど……。」 「そんなことはありません!!」 バン、と机を叩いてスバルは立ち上がった。拳を握って力説する。 「六課の隊長陣はみなさん言ってます! 『防御や補助ならユーノ(君)に敵うものはそうはいない』って!! 攻撃魔法を殆ど使えないのに総合Aランクというのがそれを証明してます!! だから私、是非そちらの方を教えて欲しいんです!!」 そう言ってユーノを真っ直ぐ見つめてくるスバル。その真っ直ぐな目を見ながら、この娘はどこか、なのはに似ているな、とユーノは思った。 (真っ直ぐなところとか、良く似ている……。流石は師匠と弟子、かな?) 自分となのははあまり似なかったけれど、とユーノは胸の裡でひとりごちる。 「その……どうでしょうか、スクライア司書長……。駄目、でしょうか……?」 不安そうなスバルの声が聞こえ、ユーノははっとした。見ると、先程の勢いはどこへやら、スバルが不安そうな眼差しでこちらを見つめていた。 どうやらつい、自分の世界に入ってしまっていたようだ。彼女の不安を和らげるべく、ユーノは優しく微笑んだ。 「いや、そんなことはないよ。僕も、機動六課の役に立ちたいしね。ただ……。」 そう言って再び考え込むユーノ。 機動六課の役に立ちたいという気持ちに偽りは無い。防御や補助魔法も、自分が教えられる部分も少なからずあると思う。 何よりそれらを教えることで、目の前の少女の生存率が高まるならば、それはむしろ教えてやるべきなのかもしれない。 (……あの時のような気持ちを味わうのは……僕達だけで十分だ。) 思い出すのはなのはが重傷を負った時のこと。 あの時自分がついていれば。なのはにもっとレベルの高い防御魔法を教えることが出来ていたなら。 それは考えても詮無いこと。しかし、分かっていても、そう簡単に割り切れるものでもない。 だからこそユーノは、この少女に魔法を教えることに異論は無かった。むしろ教えたかった。しかし。 「……時間が取れれば、の話だね……。」 一時期に比べれば、無限書庫の労働環境は著しく向上したと言って良い。司書も増え、以前のように徹夜が何日も続く、という事は減っている。 しかしそれでも無限書庫が、依然として管理局内でダントツに忙しい部署であることに変わりはなかった。 更にユーノは考古学者としても有名であり、それ絡みの出張も多かった。 そんな中で、この娘にどれだけの事をしてやれるか、中途半端なことを教えて混乱させるようならいっそ教えない方が良いのか……それがユーノが考え込んだ理由であった。 しかし、そうして考え込んだユーノに声がかけられた。 「何を悩んでいるんだユーノ。教えてあげれば良いではないか。」 「ラクス……。」 ユーノは自身の脇に立った少女を見上げた。 その少女は十五、六歳くらいの外見をしていた。翡翠色の長い髪と瞳を持ち、髪は後ろで大きなリボンでまとめている。 胸はスバルに比べると小さかった(スバルが立派すぎるだけ、ということもあるが)が、しかしバランスのとれた、しなやかそうな体をしていた。 綺麗な娘だな、とスバルは思った。 「良いではないか。貴方も教えたいのだろう?」 「うん……。だけど時間が……。」 「そんなもの、何とか調整して作りだせば良いだろう。それに、彼女に手伝ってもらうという手もあるぞ。」 そう言った少女……ラクスは、スバルの方へと顔を向けた。 「え?」 スバルはきょとんとしている。 「え? ではないだろう。教えてもらおうとするなら、それなりの対価が必要になるだろう? それを彼の仕事を手伝うことで支払ったらどうだ、といっているんだ。」 「で、でも私、無限書庫の業務なんてやった事無いし……。」 「何、それはこちらでちゃんと教えるから心配するな。それに無限書庫の手伝いは、君の所の隊長陣は全員経験済みのはずだぞ。隊長がやっていたことを、部下の君がやらないというのはどうなのだろうな?」 そんな事を言われたスバルは、胸にめらめらとやる気の炎が灯るのを感じた。 「もちろんです! なのはさん達がやっていたというなら、私だって頑張ってやってみせます!! だから司書長! どうか私に……!!」 そこまで言われてはユーノも引く気はない。ふっと微笑むと、右手を差し出した。 「分かったよナカジマさん。至らない所もあると思うけど、これからよろしくね。……ああそれと、僕の事は『ユーノ』と呼んでくれて構わないよ。」 「分かりましたユーノ先生! じゃあ私のことも『スバル』と呼んで下さい!!」 そう言って眩しいくらいの笑顔を浮かべて、握手をしたユーノの腕をぶんぶんと振るスバル。 「先生、ねぇ……。」 学会でそう呼ばれることはあるが、どうにも馴染めないその呼び名で呼ばれ、頬をかくユーノ。そんな彼の様子を見ていたラクスがからかうように言う。 「良いじゃないか。頑張れよ? ユーノ『先生』!」 彼女はユーノの肩をぽんぽんと叩いた。ユーノは困ったように肩をすくめる。その様子に、スバルはそういえば、とユーノに尋ねた。 「あの、ユーノ先生。そちらの方は……?」 「ああごめんごめん、紹介が遅れたね。彼女はラクシュミ。僕のデバイスさ。インテリジェントデバイスで、実体化機能も持っているんだよ。」 「ラクスで良い。よろしくな、スバル。」 「はい、よろしく! ですけど凄いですねユーノ先生! 実体化出来るインテリジェントデバイスなんて、そうはないですよね? どうやって手に入れたんですか?」 スバルにそう言われたユーノは、あははと笑ってその質問をはぐらかした。 その日から、ユーノによるスバルへの授業が始まった。 教えるのは、主に防御魔法とバインド系。あくまで直接戦闘に役立つもの中心である。 「スバル、君の持ち味はあくまで近接戦闘の攻撃力だ。だから、僕が教える防御魔法やバインドは、あくまでもその長所を生かすためのもの。それを忘れないでね。」 「はい! 分かりました先生!」 スバルはなかなか優秀な生徒であった。最初の方こそ戸惑う部分も多かったが、段々とユーノの教えを理解していった。 そして何より、スバルはユーノのことをどんどん気に入ってきていた。 彼の教え方は非常に上手く、とても分かりやすかった。 そして彼の人柄も、当然好きになっていた。いつも優しい笑顔を浮かべているユーノ。そんな彼と一緒にいると、自分も穏やかな気持ちになれた。 その気持ちが更に加速したのは、彼の仕事風景を目撃した時だった。 無限書庫の中空で、検索魔法と読書魔法を同時展開していたユーノを見たスバルは我が目を疑った。 翡翠色の魔方陣を展開していたユーノの周りに浮かぶ書物は数十冊にも及んでいた。 それらが瞬く間に開かれ、ページをめくられ、閉じられ、各分類ごとに飛んでいく。 その光景をスバルは唖然として見つめていた。 「どうだいスバル、凄いモンだろう?」 その声に振り向くと、アルフが立っていた。驚いているスバルをにやにやしながら見つめている。 「す、凄いです……! どうしたらあんな風に出来るんですか!?」 「どうしたら、って言ってもねぇ……。誰もあんな風には出来ないよ。なのはもはやても、うちのフェイトもね。こういう言い方、ユーノは嫌うけど……やっぱり天才なんだよ、あいつは。もっとも、なのは達の影に隠れちまって中々評価されてないんだけどね。」 やってる事は、なのは達よりある意味凄いんだけどねぇ。そう言ってアルフは肩を竦めた。 スバルはぼんやりしながらその言葉を聞いていた。彼女は目の前で展開している光景に、翡翠色の光に、そして、いつもとは違う精悍な顔つきをしているユーノに暫くの間、目を奪われていた。 そんな事があって暫く後。その日の授業を終えたユーノとスバルは帰り支度をしていた。 その時、ふと思い出したかのようにユーノがスバルに言った。 「……あ、スバル、悪いけど、次の授業は休みにさせてもらって良いかな?」 「えー!? 何でですかぁ!?」 スバルは非難の声を上げる。最近では、授業を受けるのと同時に、単純にユーノに逢う事も楽しみになってきていたスバルにとって、授業の中止というのは何より堪える事だった。 その様子に申し訳なさを感じながら、ユーノは理由を話し始めた。 「いやね? ちょっと気になる遺跡があってね。その調査に行かなければならないんだよ。」 「遺跡の調査、ですか……。」 それを聞いたスバルはしゅんとなった。遺跡の調査じゃ自分に出来ることなんて無いし……と、溜息をつく。しかし。 ……いや待てよ? とスバルは思い直した。遺跡には危険なトラップやガーディアンがわんさかいるだろう。いかに防御に秀でたユーノとはいえ苦戦は免れないはず。ならば、自分がボディーガードとしてついていけば良いのではないか。 これは我ながら名案だ! と思ったスバルは早速ユーノにその旨を伝えた。 ユーノは当初渋い顔をしていたが、スバルの熱意に押され、根負けする形で同行を認めた。 それがよほど嬉しかったのか、スバルは思わずユーノに抱きついていた。 スバルが嬉しさ爆発といった様子で司書長室を出ていった後。ラクスはユーノに話しかけた。 「……良いのかユーノ? 貴方はその遺跡で……。」 「……まぁね。本当はそうしたかったけど、でも今回は仕方が無いさ。あまり奥には入らずに帰るとするよ。まぁ、スバルの実地訓練だと思えば良いさ。ある程度の実戦形式でないと、成果が分からない部分もあるしね。」 そう言うユーノに、ラクスは優しそうに微笑んだ。 「……何? 僕、何か変な事言った?」 「いや。ちゃんと『先生』しているのだな、と思ってな。」 ひどいなラクス、と膨れるユーノを、ラクスは面白そうに見つめていた。 そして遺跡調査の日。ユーノ・スバル・ラクスは目的の遺跡へとやってきた。 「ここですか? 先生。何か凄そうですけど……。」 そう言ってスバルは身を震わせた。目の前の遺跡からは、何か禍々しさが感じられたからだ。 しかしユーノは慣れたものなのか、平然として答えた。 「うん、そうだね。中々の雰囲気だね。やっぱり遺跡はこうでなくっちゃね!」 腕組みをしながらうんうんと頷くユーノ。尊敬する師の意外な一面を見てあんぐりと口を開けるスバルにラクスが囁いた。 「あまり気にするな。これは彼特有の病気みたいなものでな……。自分の気に入った遺跡を見つけると、一人で勝手に調査をしてしまうんだ。しかも一人のくせにその遺跡の秘宝やらロストロギアやらまで回収してしまうものだから余計にタチが悪い。遺跡捜索の特別チームなんかより彼一人の方が遥かに成果を上げてしまうんだからな。」 はぁ、とスバルは感嘆とも呆れにもとられるような溜息をついた。 その様子を見ながら、ラクスは心の中でこう付け加えた。 (……もっとも、彼が一人で遺跡に潜るのはそれだけが理由ではないのだがな。) 「さて、それじゃあ行くよ!」 一人テンションが高いユーノを先頭に、スバル・ラクスの順に遺跡に入る。 遺跡はオーソドックスな地下神殿のようだった。石畳が敷かれ、石柱が並ぶ通路を三人は進む。 「そ、それにしても本当に薄気味悪いところですねぇ……。」 既にバリアジャケットを纏ったスバルが震える声で言った。ちなみに暫く前からユーノの服の裾をつかんだまま離そうとしない。ボディーガードとして来たのに、それをすっかり忘れているようだ。 そんないつもと違うスバルの様子に少しおかしさを感じながら、ユーノは言った。 「うん、そうだね。ところでスバル、ちょっとごめんよ?」 言うが早いかユーノは素早く振り向くと、反応し切れていないスバルを抱きしめるようにして屈みこんだ。 「! 先生!! 何す────ッ!?」 るんですか、と言おうとしたスバルは息を呑んだ。 屈みこんだ二人の頭上を何かが高速で通りすぎたからだ。 ユーノは器用にスバルを横抱きにして距離をとる。そこでようやくスバルにも何が起きているのかが分かった。 自分たちの進む先に、傀儡兵が出現していた。それも、先程まで自分たちがいた場所の近くに。 何故こんな急に出現したのだろう、といぶかしむスバルに答えるように、ユーノが口を開いた。 「うーん……。やっぱりさっき踏んだスイッチがトラップだったんだろうなぁ……。」 「せ、先生! そんなトラップを発動させておいて、しれっと言わないで下さい!!」 と、抗議をしてスバルは気がついた。今自分がユーノにどんな体勢で抱かれているかを。 先程抱きしめられた状態から、更に横抱きにされた。つまり、今スバルはユーノにお姫様だっこをされている状態なのである。 それに気がついたスバルは、かぁっと顔を赤くした。 (せ、先生って意外に逞しい体をしてるんだな……。) 思わずそんな事を考えてしまう。それを誤魔化すために、スバルはやや大げさにユーノに抗議をした。 「せ、先生! いつまでこんな格好でいるんですか! 早く下ろして下さいよ!!」 「あ、ごめん。」 騒ぎまくるスバルとは対照的に、冷静にスバルを下ろすユーノ。その態度にどこか釈然としないものを感じながらも、スバルは戦闘態勢に入った。 「先生! ここは私に任せて下がってください!!」 「了解、フォワードは君に任せる! その代わりバックアップは……任せて! ラクス!」 「分かったユーノ!!」 そう叫ぶとラクスの体が光に包まれる。その光はユーノの左手首に集まると、翡翠色の宝玉が煌く腕輪となった。 「よし! いくよスバル、ラクス! チェーンバインド!!」 ユーノが魔法を発動させると、数十本もの翡翠色の鎖が通路の中を飛び交い、傀儡兵の所へ殺到し、次々と縛り上げていく。 その中を、マッハキャリバーを駆ってスバルは突き進んだ。 「でやぁっ!!」 リボルバーナックルが振るわれる度に、傀儡兵は一体、また一体と砕かれていく。 ユーノがチェーンバインドで縛り上げ、動きを封じられた傀儡兵をスバルが確実に撃破していく。見事なコンビネーションであった。 (それにしても……先生は本当に凄いや……!) また一体、傀儡兵を撃破しながらスバルはそう思った。 敵を即座に無力化しているのも凄いが、その無力化した敵を、スバルが攻撃しやすいポジションに連れてくるのである。 おかげでスバルは、思う存分その高い攻撃力を発揮することが出来た。 (この調子なら、すぐに全滅させることが出来そうだな……。) あまりにこちらが優勢な展開に、スバルがつい油断したその時。 スバルの背後に、別の傀儡兵が迫っていた。 「!」 スバルが気付いた時には、その傀儡兵が剣を振り上げたところだった。 (くっ……! そうだ! 先生から教わった防御魔法を……!) 咄嗟にスバルはユーノから教わった防御魔法を展開しようとする。 しかし、実戦の最中ゆえか、うまく構成を走らせる事が出来ない。 (間に合わない!) ぎゅっ、とスバルは目を瞑る。しかし、衝撃と痛みはやってこない。 うっすらと目を開けると、その傀儡兵が翡翠色の鎖に縛り上げられ、そしてバラバラに砕かれた所が見えた。 「……まだまだ、だね。授業では上手く出来ていたけれど、やっぱり実戦では難しいみたいだね。」 そう言って翡翠色の鎖を振るいながらユーノは言った。 その、いつもの授業の時とまるで変わらない態度に、スバルは安堵し、思わず膝を突きそうになった。 しかし。 「……駄目だよスバル。戦いはまだ終わっちゃいないんだ。」 その声に、スバルははっとする。今まで自分が聞いたことの無い、ユーノの凛とした声だった。 「君には、守りたいものがあるんだろう? 目指している目標があるんだろう? だったら、こんな事ぐらいで膝をついちゃあ駄目だ。君はまだ戦える。そうだろう?」 そう言って、スバルを真剣な目で見つめるユーノ。 スバルは少しの間ユーノと見詰め合っていたが、ふ、と目を逸らすといきなり両頬をばしん! と叩いて気合を入れた。 そうしてすっくと立つと、ユーノを真っ直ぐ見据えて言った。 「もちろんです! まだまだやれますよ!!」 そう叫んだスバルを優しい目で見ながら、ユーノは彼女の頭をぽんぽんと撫でた。 「よし、じゃあやろうか。スバル、さっきも言ったけど、バックアップは任せて。……大丈夫、君の背中は、僕が『護る』から。」 そう言ってユーノはにっこりと微笑んだ。 その笑顔を見たスバルの胸が、とくんと高鳴る。 何故か気恥ずかしさを感じたスバルは、ロクに返事もしないまま、傀儡兵の群れに再度突撃していった。 (……不思議だな。) 突撃しながらもスバルは、不思議な安心感を得ていた。 それは、パートナーであるティアナとコンビを組んでいる時にも感じたことの無い感覚。 ユーノが自分の背中を護ってくれている。たったそれだけのことなのに、勇気が無尽蔵に湧いてくる。 (不思議だな……。背中が……とても暖かいや。) そして暫く後。ユーノ達は傀儡兵を全滅させていた。 「ふぅー……。何とかしのぎましたね。……ところで先生、一つ訊きたいことがあるんですけど。」 「うん? 何だいスバル?」 「……あのトラップですけど、先生わざと発動させたでしょ? 大方私の防御魔法の実地訓練に使おうと思ったんじゃないですか?」 スバルの詰問に、ユーノはいたずらがみつかった少年のような顔をして、頬をぽりぽりと掻いた。 「まいったなぁ……。いつ気がついたんだい?」 「先生に助けられた後ですね。ここまでしっかりとフォローをしてくれる先生が、うっかりとトラップを発動させる訳がないなぁって。」 肩を竦めて言うスバルに、ユーノはバツが悪そうに言った。 「ごめんよスバル。確かにあのトラップは君の成長を見るのにちょうど良いかなって思ったから発動させたんだ。大した罠じゃなさそうだったし。……でも、君を危険に晒してしまったのはいけなかったね。ちょっと反省してる。」 「大丈夫ですよ。この通りぴんぴんしてますしね。それよりどうします? この先に進み─────」 <<─────マスター! スバル! 気をつけろ!! 何か妙な反応が……!>> 二人の会話を遮って、ラクスが叫ぶ。そのただならぬ様子にユーノは即座に状況把握のために周囲一帯に調査魔法を走らせる。その結果分かったことは……。 「……トラップ!? しかもキーは傀儡兵の全滅か……! くそっ! 一杯食わされた!!」 突然悪態をついたユーノに驚くスバルに、ユーノは早口で事情を説明する。 「ここには二重のトラップが仕掛けられていたんだ! 一つは傀儡兵の出現、そしてもう一つはそいつらを全滅させると発動するもの! 正直何が起こるかわからない! 急いで避難……!?」 しかし、ユーノが説明している間に、急速に高まった魔力が二人を包む。転移魔法も間に合わない。 「せ、先生ー!!」 「スバルー!!」 二人は離されないように懸命に手を伸ばすが、その手が触れ合う前に、二人は強制的に転移させられた。 「きゃん! 痛ったぁ……。お尻打ったぁ……。」 スバルはとある部屋の中空に転移させられていた。そのまま重力に従って落下し、尻をしたたかに打ってしまったのが現在の状況である。 「先生とは……やっぱりはぐれちゃったか。それにしても……ここ、どこだろ?」 立ち上がったスバルは辺りを見回した。 かなり広い部屋である。奥の方には祭壇があり、何かが祭られているようである。 しかしもっと気になるのは、その祭壇を守護するように鎮座している巨大な石像。 自分の優に数倍以上はあるであろう巨体を眺めながら、スバルは嫌な予感をひしひしと感じていた。 その予感を裏付けるかのように、石像が揺れ始める。 獰猛な四足獣の姿をした石像の目に、紅い光が灯る。 「やっぱりそうくるよね……。」 油断なく身構えながらも、スバルは石像が放つプレッシャーに押しつぶされそうになる。 (先生……! どうか早く、こっちに来てください……!!) そのスバルの想いを嘲笑うかのように、石像……遺跡のガーディアンは、咆哮を轟かせ、スバルに襲い掛かった。 「……ラクス! スバルの位置は特定出来たかい!?」 <<そう焦らせるなマスター! 今やっている! もう少し待て!!>> 一方ユーノとラクスは通常の部屋へと転移していた。 実は先程発動したトラップは、無差別に対象を転移させるものだった。 普通の部屋や通路に出るなら良いが、壁の中などに転移させられれば即死である。 そのため、ユーノとラクスは咄嗟にトラップを書き換え、通常の部屋へ転移するようにしたのである。 僅かな時間しかなかったためにトラップを無効化することは出来なかったが、それでも一瞬の間に構成を解析し、書き換えることが出来たのは、ユーノとラクスだったからだといえよう。 と、スバルの位置を補足したラクスがユーノに告げる。 <<マスター! スバルの反応を補足した! しかしここは……!>> 「どこなのラクス!?」 <<遺跡の最深部……祭壇の間だ! しかもガーディアンの反応もある! 既に起動して戦闘に入っているようだ!!>> その報告に、ユーノはぎり、と奥歯を噛み締める。 しかし熱くなっては何も出来ない、何も救えない。 無限書庫での勤務や、遺跡での『修行』を思い出し、心は熱いまま、しかし思考は冷静な状態に己を律する。 「……祭壇の間の正確な座標が分からない以上、転移魔法は使えない。ラクス! 祭壇の間までの最短ルートを算出して!」 <<そう来るだろうと思って、既にルートの算出は完了している。すぐにでも行けるぞ!!>> 『相棒』の頼もしい言葉にユーノは少し微笑んだ。しかし、すぐに顔を引き締める。 薄暗い通路の先。がしゃり、がしゃりという音がする。暗闇には、無数の紅い光点が揺れている。 しかしユーノはそれを見ても全く怯まなかった。すぐに魔方陣を展開する。 「悪いけど、さっさと退場してもらうよ……。大切な『生徒』が、僕の助けを待ってるんでね!!」 そう叫ぶと、ユーノは翡翠色の魔力光を煌かせながら、傀儡兵の群れに突撃していった。 「うわあぁぁぁっっ!!」 悲鳴を上げながらスバルは吹き飛ばされる。ガーディアンの攻撃を何とかシールドで受け止めたのだが、衝撃を吸収しきれなかったのだ。 (くっ……! やっぱり私のシールドじゃあ……! でも先生が教えてくれたシールドは上手く展開出来なかったし……!) 肩を押さえながら、何とか立ち上がるスバル。 そう、ユーノが教えてくれた防御魔法は、構成が非常に緻密であった。 その分防御力は格段に跳ね上がるのだが、展開が非常に困難であったのである。 スバルも最初は全く展開できず、できても時間がかかりまくっていた。 それでも授業を受けているうちに、何とか実戦に耐えうるレベルの時間で展開出来るようになっていたのだが、先程の傀儡兵との戦闘の際に上手く展開出来なかったのが尾を引いて、展開出来なくなってしまっていたのだった。 (しかもこいつ、やたらと硬いし……!) スバルも伊達になのは達と訓練を重ねていた訳ではない。ガーディアンの隙を見つけては、攻撃を何度も叩き込んでいるのである。 しかしこのガーディアンの防御力は異常に高く、カートリッジを使用した攻撃でも、表面を削るぐらいにしかダメージを与えられていない。 その時、動きが止まったスバルに対し、ガーディアンはその口を開けた。 その奥に、魔力が集まっているのがスバルにも感じられた。 動きが止まってしまったスバルを、高出力の砲撃魔法で攻撃するつもりらしい。 スバルも動こうとするのだが、蓄積したダメージの所為で足が動かない。 (くそぉっ……! こんなところでやられたくないよ……ッ!!) 思わず目に涙が滲む。その時、不意にある記憶が蘇った。 『大切なのは、諦めないこと。自分は絶対に出来るって、信じることだよ。』 それは、授業を始めたばかりの頃のこと。ユーノが教えてくれた防御魔法を全く展開することが出来ずに、思わず悔し涙を浮かべたスバルにユーノが言ったこと。 「上手く出来ないのは仕方がないよ。始めたばかりなんだからね。でも、出来ない出来ないってただ思うより、どうして出来ないのか、自分に何が足りてないのか良く考える方が上達も早いよ。」 「でも、私情けなくて……! 先生が折角教えてくれてるのに……!」 そう涙ぐむスバルを優しげな顔で見つめ、頭を撫でてやりながらユーノは言った。 「だからこそ、だよ。出来ないから僕の所に教えてもらいにきてるんでしょ?」 「……でも……。」 「その気持ちは良く分かるよ。でもね、大切なのは、諦めないこと。自分は絶対に出来るって、信じることだよ。自分を疑いながらやったって、上手くいきっこないからね。」 「でも私……そんなに自分を信じるなんて……。」 「じゃあさ、僕を信じてよ。僕は、スバルならちゃんとこの魔法をマスター出来ると信じてるし、だからこそこうやって教えてるんだから。……それともスバルは、僕のことなんか信じられない?」 悪戯っぽい表情でそう言ってくるユーノに対し、スバルは慌てて否定する。 「そ、そんなことないです! 私、先生のことは信じてますから!」 「そう? じゃあもう一度やってみようか?」 そしてユーノとスバルは再び授業を行い、そしてその日、時間はかかりながらもスバルは初めてちゃんと魔法を展開出来たのである。 「……そうだ、忘れてた……。いけないなぁ私……。」 そう言ってスバルは苦笑する。そして、きっ、とガーディアンを睨んだ。 まだ終われない。自分はこんな所では終われない。 だって自分には、守りたいものがある。目指している目標がある。それに……! 「……先生の授業を全部受けてないもんね……! また先生に色々教えてもらうためにも、お前なんかに負けるもんかッ!!」 そう叫んだスバルは、防御魔法を展開する。 それは自分が今まで使っていたものではなく、ユーノに教わったもの。 「ラウンドシールドッ!!」 スバルが魔法を展開したのと、ガーディアンの口から攻撃魔法が放たれたのは、ほぼ同時であった。 紅い閃光がスバルのシールドを直撃する。その衝撃に、スバルは吹き飛ばされそうになった。しかし。 「くっ……! 負けるもんかあぁぁぁぁっっっ!!」 気合を入れて、押し返す。ユーノが教えてくれた構成で展開したシールドは驚くべき堅固さでもってスバルを守っていた。 (流石は先生のシールド……! これなら何とか……!) しかし無常にも、ガーディアンが放った閃光はまだ収束せず、それどころか最後の一押しとばかりに威力を増してきていた。 シールド自体はヒビも入っていなかったが、代わりにスバルが持ちこたえられなくなっていた。足に力が入らない。 「う、うう……。うわぁっ!!」 遂に吹き飛ばされるスバル。何とか攻撃は防ぎきったが、そのまま吹き飛ばされて壁に叩きつけられれば良くて重傷、当たり所が悪ければ即死である。 それでも体に力が入らない。スバルは目をぎゅっと瞑り、思わず叫んでいた。 「せっ……せんせぇ────っ!!」 「うん、何だい?」 はれ? とスバルが思うのと同時に、体が翡翠色の魔方陣……フローターフィールドによって受け止められていた。 「せ、先生……?」 「うん、遅くなってごめんねスバル。でも、良く頑張ったね。さっきのシールド、本当に良く出来ていたよ。」 頭を撫でてやりながらそう言うユーノ。その優しい雰囲気に、スバルはじわり、と涙が浮かぶのを感じた。 「ぐすっ……。で、でもひどいじゃないですか先生! 見てたんならさっさと助けて下さいよ!!」 「ご、ごめん。でも、僕が突入した時には、丁度スバルが吹っ飛ばされた所だったから……。」 頭をかきながら言うユーノ。立ち塞がる傀儡兵達の群れを突破し、祭壇の間へと駆け込んだユーノが見たのはシールドを展開しながらも吹き飛ばされたスバルであった。 即座にフローターフィールドを展開し、スバルを受け止めた、という訳である。 「それにしても……あれがこの遺跡のガーディアンか。中々強力そうだね。」 ラウンドガーダー・エクステンドをスバルにかけながらユーノは呟いた。 「そ、そうなんです! とにかく硬くて、でも攻撃力も高くて……! いくら先生でも一人じゃ……!」 そう言って立ち上がろうとするスバル。しかしそんな彼女をユーノは制した。 「大丈夫だよスバル。それに僕は一人じゃない。ラクスがいるさ。」 <<そうだぞスバル。私を忘れるな。>> 明滅しながら抗議をするラクス。しかしスバルはうろたえたように言った。 「た、確かにそうだけど……。でもラクスは、主に調査や回復、結界補助なんかに特化したデバイスなんじゃ……。」 そんなスバルの様子に、まるで笑いをこらえるような感じでラクスが言った。 <<いやスバル。それを言うなら、『それらもこなす』、と言ってほしいものだな?>> 「え、え……?」 ラクスの言い様に、困惑を隠せないスバル。そんなやりとりを苦笑しながら聞いていたユーノだが、ふと顔を引き締めていった。 「二人とも、それぐらいにしておいて。……そろそろ来るみたいだから。」 ユーノの言葉に驚いたスバルが見ると、先程のガーディアンが、再び紅い閃光を放とうとしているところだった。 「せっ! 先生っ!?」 慌てた様子のスバルに、落ち着いた様子で答えるユーノ。 「大丈夫だよスバル。……ただ、一つお願いがあるんだ。これから起こる事は、誰にも話さないでくれるかな?」 「え? あ……はい、分かりました……。」 脅威を前にしているのに、あまりにも自然な感じで話しかけるユーノに、スバルも呆気にとられて何となく返事をしてしまう。 ありがと、とスバルに礼を言ったユーノは、ガーディアンに向き直った。 「さて、じゃあいくよ! ラクシュミ! セットアップ!!」 <<了解、マスター!!>> ユーノの左腕に装着された腕輪が、光に変わる。光はそのまま広がり、とある形をとった。 その形とは……盾、であった。大きさはユーノの手首から肘までを直径とした真円と同じであり、その中心には翡翠色の宝玉が埋め込まれている。 ユーノはその盾をかざし、魔法を展開する。 「ラウンドシールド!」 すると盾から翡翠色の魔力が噴出し、シールドを形どった。 その直後、ガーディアンが再び紅い閃光を放った。そのままシールドに激突する。 ここまでは先程と同じ。しかし違うのは、ユーノが完全にその攻撃を防いでいることだった。 ただでさえ硬いユーノのシールド、それがラクスを使用することによって、数倍以上の堅牢さを持つようになったのである。 ガーディアンの攻撃をあっさり防いだユーノにスバルは驚愕し、ガーディアンも心なしかうろたえているように見える。 (だ、だけどなんでラクスはあんな形態に? それとも……まさか!) スバルはとあることに思い至った。自分がラクスを見ているのは、人間形態か腕輪の時。故に、セットアップした状態が腕輪なのかと思っていたが、実は腕輪が本体で、セットアップした状態が盾なのではないだろうか? そんなスバルの驚愕を他所に、ユーノは戦闘を続けていく。 「それじゃあ今度はこっちの番だね。僕の大切な生徒を傷つけたこと……その身をもって贖ってもらうよ! ラクス! ラウンドスラッシャー、ドライブ!!」 <<了解! ラウンドスラッシャー、ドライブ!!>> 突き出したユーノの左腕で、ラクスが翡翠色の魔力光を噴出させる。 そのまま魔力とラクスは高速回転を始め、それはすぐに円形の、翡翠色の魔力の刃と化した。 ギュイイイィィィィンッッ……!! まるで威嚇するかのようにラクスが唸りを上げる。その様子に、ガーディアンは一歩、二歩と後ずさりをした。 ユーノは身を低く屈め、ふっ! と息を鋭く吐くと、ガーディアンへと突撃した。 「! は、速い!?」 スバルはユーノのスピードに驚愕した。マッハキャリバーを駆る自分よりも速い。 よく見ると、ユーノは両足から魔力を噴出させていた。つまり、ちょうどホバーのように移動していたのである。 そのまま滑るように接近するユーノを迎撃せんと、ガーディアンは鋭い爪を振りかざした。直撃すれば、ユーノの体は細切れになるであろう。 しかし、その一撃は届かなかった。ユーノが左腕を一閃させると、その爪は綺麗に両断されていたからだ。 「ええ!? あ、あの爪を一撃で!!?」 ユーノの驚異的な戦闘力に、ただただ驚くしかないスバル。 「はああっっ!!」 高速移動しながらユーノはガーディアンを斬りつけた。ガーディアンの体は、ユーノに切り刻まれてボロボロになっている。 「本当に凄い……! こ、これなら勝てる!!」 しかしそう言った瞬間、スバルはふとある事に気がついた。 ユーノが戦闘直後に切り落とした爪が見当たらない。嫌な予感がして爪を捜して辺りを見回したスバルは……考えるより先に絶叫していた。 「せんせぇっ!! 逃げてえっ!!」 その悲鳴を聞き、ガーディアンがニヤリ、と嘲笑ったようにスバルには見えた。まるで、『もう遅い。』とでも言っているかのように。 ガーディアンの爪は、ユーノの死角に移動していた。どうも遠隔操作出来るタイプだったらしい。 その爪が、一斉にユーノへ向かって殺到する。 次の瞬間、ユーノは串刺しになっていた……筈であった。 しかし! 「せ、先生!!」 スバルの顔が輝く。ユーノは完全に死角を突かれたにも関わらず、まるで『視えて』いるかのように全てをかわした。 しかも、すれ違いざまにラクスで斬りつけ爪を全部沈黙させるという芸当までしてみせた。 そのままユーノは距離をとり、スバルのそばまでやってくる。 「ふぅ、ありがとうスバル、助かったよ。」 「いえ、そんな……。で、でも先生、よく全部かわせましたね! まるで見えているようでしたよ!!」 <<まるでじゃない。マスターには全部『視えて』いるんだスバル。>> 「……え?」 ラクスの言葉に驚くスバル。 そう、ユーノには『視えて』いたのである。それは、無限書庫での過酷な日々がもたらした副産物であった。 無限書庫で常に限界のマルチタスクを行なっていたユーノは、戦闘においてもその能力を発揮しだしたのである。 具体的に言うならば、自分が張った結界内の事を、全て知覚する、ということである。 これだけだと普通に思えるかもしれないが、ユーノの場合はその範囲がケタ外れであった。 彼の場合、大体半径百メートル以内のことは、全て知覚できている。しかもラクス無しの状態で、である。 常人であればその膨大な情報量に、良くて発狂、悪ければ脳細胞が破壊されて死に至ってもおかしくはない。 だがユーノは違う。その膨大な情報を処理し、戦況をコントロールすらしている。 「す、凄すぎです……! せ、先生! それ私にも教えて下さい!!」 「うん、おいおいね。でもその前に……。」 ユーノはそう言ってガーディアンに向き直った。 ガーディアンは既に倒れる寸前であったが、最後の力を振り絞り、口腔内に魔力を集め始めた。 しかも、その量はこれまでの比ではない。自らの全ての魔力を注ぎ込んでいるようだ。 「せ、先生! 何か凄いのが来そうですよ! どうするんです!?」 「どうするもこうするも……迎え撃つだけさ。」 ユーノはすっと一歩前に出ると、左腕をガーディアンに向けて真っ直ぐ伸ばし、腰を落とした。 「いくよラクス! ラウンドスラッシャー、フルドライブ!!」 <<了解! ラウンドスラッシャー、フルドライブ!!>> すると、今まで以上の魔力がラクスから噴出された。魔力刃も数倍の大きさになり、その回転数も跳ね上がっている。 ユーノは狙いを定めると、すっと息を吸い叫んだ。 「くらえ! エメラルド・フロージョン!!」 <<シュート!!>> ドシュン! という、まるで戦艦の主砲のような射撃音を轟かせ、ラクスが射出された。ユーノの左腕と繋がっている翡翠色の鎖を伸ばしながらガーディアンに迫る。 と、同時にガーディアンも最後の紅い閃光を放つ。 二つはちょうどユーノとガーディアンを挟んだ中央でぶつかりあった。しかし、拮抗したのはほんの一瞬。 ラクスがあっさりと紅い閃光を蹴散らしながら突き進んでゆく。そして。 ザンッ!! そのままガーディアンを縦に一刀両断にした。さらに。 「これで……とどめっ!!」 ユーノはそう叫んで鎖を思いっきり引っ張った。 するとラクスは高速回転しながら戻ってきて、今度はガーディアンを横に両断する。そのままラクスはユーノの元へと飛来し、左腕に収まった。 四つに分かたれたガーディアンからは、魔力が失われていき、目からも光が消えた。流石にここまでされては完全沈黙である。 「わぁい! やりましたね先生!!」 スバルは嬉しさのあまり、ユーノに抱きついた。ユーノはいきなり抱きつかれたのと、思ったよりもずっと柔らかく、女の子らしいスバルの体の感触に、思わず顔を赤らめた。 「う、うん、何とかね。それよりスバル、ちょ、ちょっと……。」 「え? わ、わわ、すみません……。」 スバルも赤くなってユーノから離れる。しかし、ユーノの赤くなった顔を見たスバルは、何故だか少しだけ、嬉しかった。 「それにしても先生、そんなに強かったのに、何でランクがAなんですか? 見た感じ、なのはさんやフェイトさん達と互角なように感じましたけど……。」 スバルの問いかけに、ユーノは少し考えた後、「この事も内緒にしておいてね?」と前置きした後、その理由を話し始めた。 「闇の書事件が解決した後、僕はみんなの助けになるために、無限書庫で働き始めた。けれど、無限書庫で働いていても割り切れない想いがあってね。その頃にはもう僕となのはやフェイト、はやて達の間には大きな力の差があってね。僕はもう、戦闘では足手まといにしかならなくなっていた。だからこそバックアップにまわっていたんだけど、正直忸怩たる思いがあってね。ずっと戦う力を欲しがってた。」 「……。」 スバルはじっと、黙ってユーノの話を聞いていた。ユーノはその様子を少し伺った後、続きを話し始めた。 「……決定的だったのは、なのはが大怪我を負った時。あの時ほど、自分の無力を呪った事は無かった。僕が傍にいれば。傍にいられるだけの力があればって、ね。だから僕は、僕なりの修行をし始めた。それが、一人で遺跡の発掘・調査を行なうこと。己の命を賭けて感覚を研ぎ澄まし、命の危険をいち早く察知しそれに対処する。クロノやフェイトとは違うタイプでのスタンドアローンを追求したんだ。そしてその修行をしていたとある遺跡で、僕はラクスに出会った。」 スバルはラクスへと目を向けた。彼女は人の姿を再びとっていた。そして、ユーノの後を引き継いでラクスが話し始めた。 「……私はロストロギアだ。元々私はとある戦争における主力兵器の試作型として生み出された。だが、高性能を得た代わりに、私は自身の魔力と波長が合う者にしか扱えないデバイスとなっていた。当時私を扱える者は一人もおらず、結局私はそのまま封印されてしまったのさ。」 どこか寂しそうにラクスは言った。その頭をそっと撫でてやりながら、ユーノが再び話し始めた。 「でも、僕とは最高に波長があってね。一応ロストロギアだからリンディさんやレティさんに相談したんだけど、別に危険で邪悪な娘じゃないし、何より僕が扱うならってことで、僕に託してくれたんだ。もっとも、そのことは秘密だったけどね。知っていたのはリンディ提督、レティ提督、クロノ、それにマリーさんだけだよ。」 今はスバルが仲間入りふだけどね、そう言ってユーノは笑った。 (なのはさん達も知らない先生の秘密を、私は知ってるんだ……。) そう思うとスバルの胸は不思議と暖かくなった。自身でも知らぬ間に、スバルは優しくはにかんでいた。 そんなスバルの様子に気付かずに、ユーノは続ける。 「彼女を得てからの僕は、強くなった。望んでいた力を手に入れることが出来た。……だけど、その時ふと、思ったんだ。じゃあ僕はこれからどうするんだ、ってね。無限書庫での勤務を止め、なのは達と共に戦うことが、本当に彼女達の助けになるのか、冷静に考えたんだ。……もちろんそんな訳ないよね。なのは達と戦うことは他の人にも出来るけれど、無限書庫を使いこなせるのは……うぬぼれる訳じゃないけれど、僕ぐらいしかいない。だったら、僕は今までどおり無限書庫でバックアップを務めることが、結局みんなの助けになるって……やっと、本当に納得することが出来たんだ。」 静かに語るユーノに、スバルが遠慮がちに尋ねた。 「じゃあ……強くなったのは、無駄だった……って先生は思うんですか?」 そのスバルの問いに、ユーノは微笑んで首を振る。 「……いや、そんなことは無いよ。強くなったからこそ、僕はやっと自分の役割に納得出来たんだ。以前のままなら、きっと力を求めることだけに固執してしまっていただろうから。……それにね。」 少し恥ずかしそうにユーノは言った。 「これはちょっと自惚れちゃってるかもしれないんだけど……僕は、自分を『切り札』だと思っているんだ。今、機動六課にはなのは達が集まっている。けれどもし六課に不測の事態が起きた時、それを助けられるのは外部の人間だ。だからこそ、僕は敢えて六課に参加しなかった。そしてランクを更新しないのも、必要以上に目立って余計な仕事を増やさないため。全ては『もしも』の時のための……保険なのさ。」 ユーノの話を聞いていたスバルは胸が熱くなるのを感じた。ここまで想ってくれる友人がいるなのは達が、少し羨ましかった。 「そっか……。少しなのはさん達が羨ましいです……。こんなに想ってくれる人がいて……。」 「そんなに大したことはしていないさ。それにスバル、君はちょっと勘違いしているよ? もちろんなのは達が危なければ僕は必ず動くけど、だからといって、他の六課の人達の危機に動かないわけじゃないよ?」 「え? じゃ、じゃあ、もし私がピンチになったら……。」 「当然助けに行くさ。だって僕は君の『先生』で、君は僕の大切な……『生徒』だからね。」 そう言ってにっこりと微笑むユーノ。その笑顔にスバルはしばし見蕩れ、そして再び嬉しさのあまり抱きついた。 「でもですねー。あんなに強いなら、やっぱり二つ名は持っていた方が良いですよね。」 帰り道、スバルがそんな事を言い出した。その言葉にユーノは首を傾げる。 「そ、そうかなぁ?」 「そうですよ! 『管理局の白い悪魔』、『金色の閃光』、『夜天の主』、やっぱりインパクト抜群です! 先生もそんな二つ名を持った方が絶対良いですよ! というか、私が速攻で考えたのがいくつかあるんですが!!」 そう言ってスバルは嬉しそうに自分のアイデアを披露する。 「そうですねぇ……。何しろ『切り札』ですからね、『管理局のリーサルウェポン』なんてのはどうでしょう?」 「い、いや、僕そんなに大した存在じゃあないし……。」 「いやスバル、ユーノは普段は無限書庫にいるのだから、これの方が相応しいぞ。ズバリ、『無限書庫のデンジャラスフェレット』! これでどうだ!」 「ちょっとラクス!? 僕別にフェレットじゃないよ!?」 いきなり参加してあんまりな名前を出してきたラクスに抗議するユーノ。 そんな二人を見てくすくす笑いながら、スバルは本当に自分が推したかった名前を告げる。 それは、ラウンドシールドを展開して自分を護ってくれたユーノの背中を見て思いついた名前。翡翠色の魔力を放ちながら全てを『護る』、彼にこそ相応しい称号。 「それなら……『翡翠の守護神』というのはどうでしょう?」 「翡翠の……守護神? それはまた大層な……。」 思わず苦笑するユーノとは対照的に、ラクスはうんうんと頷いていた。 「良いな、実に良い二つ名だ。ユーノ、貴方はどうだ?」 「だから、そんな大層な名前をつけられても……。」 「スバル、どうやらユーノも気に入ったようだ。彼の二つ名はそれでいこう。」 「了解!」 「ちょっと! 僕の意見は無視!?」 二人に思いっきりツッコミを入れるユーノ。しかし二人は完全にユーノを無視し、二人で盛り上がっている。 そんな二人を困ったように見ていたユーノであったが、ふと表情を引き絞めた。 (翡翠の守護神、か……。なら、もっともっと強くならなくちゃ、ね。……もっとも、そんな称号が知れ渡ることが無ければ良いんだけど……。) ユーノのその称号が知れ渡るのは、彼がその力をみんなの前で振るった時。それは同時に、機動六課が危機に陥った時でもある。 そんな時など永遠に来なければ良い。自分の大げさな二つ名は、目の前で楽しそうにじゃれる二人の少女の胸にだけ仕舞ってあれば良い。 ユーノはそう思っていた。しかし、その願いはそう遠くない未来に砕かれてしまうことになるのだが、それはまた別のお話。 「……とっとっ。色んなことを思い出してたら時間を食っちゃったな。早く行かなくっちゃ……。」 そう言ってユーノは自らの戦場へと赴く。そこで彼を待つ、少女たちの下へと。 どうも初めまして、earlyと申しますー。 しかしもともとラジオパーソナリティでの『ユーノ×スバル』の支援SSとして書き始めたのにいつのまにやらスーパーユーノタイムになっている始末……。これ読んでユースバに目覚めてくれる方がいらっしゃいますかね……? それとラクスのデバイス状態は、G−WINGさんのイージスちゃんと被る、というかパクった格好になっちゃいました……。 そのつもりは無かったのですが、この場をお借りしてお詫びします。すみませんでした。 それと、ラウンドスラッシャーは完全にパクリです。元ネタは某ロボット大戦にでてくるとある機体の固定武装ですね。分かる方には分かるかと思いますー。 他にも小ネタはありますが、分かる方がいたら嬉しいですー。 それではこれからも頑張りますので、よろしければまた読んで下さると嬉しいですー。ではー。 |