翡翠の守護神 第二話 今日も機動六課では、厳しい訓練が行なわれていた。 「はい、じゃあ午前中の訓練はここまで! お昼を食べたら模擬戦をやるからそのつもりでね!」 六課の戦技教導官であるなのはの声が訓練場に響き渡る。はい、と大分疲れたような声で新人四人は返事をすると同時に、へなへなとへたり込んだ。 「何だぁ、だらしねぇなぁ。これくらいの訓練でへばってるようじゃ、まだまだだな。」 グラーフアイゼンを肩に担いだヴィータがふんっと鼻を鳴らす。その様子になのはは苦笑した。 六課の隊舎への道を四人は並んで歩く。 「はぁ、それにしても今日も朝からハードだったわねぇ。」 汗をふきながらティアナが言った。それにエリオが相槌を打つ。 「そうですね。でも、訓練が厳しくなればなるほど自分たちがどんどん強くなれるってことですからね。僕は厳しい訓練は望む所ですよ!」 そう言うエリオを、キャロが眩しそうに見つめる。 「エリオ君は凄いね。私はこれ以上厳しくなったら、ちょっときついかも。」 そんなキャロに笑顔でスバルが話しかける。 「大丈夫だよキャロ! なのはさん達はちゃんと考えて訓練メニューを作ってくれてるし、それに─────」 と、スバルは言いかけたまま喋るのを止めた。 何だろう? と思った三人は、スバルが向いている方に視線を向ける。 四人はちょうど隊舎の入口が見える場所まで来ていた。そしてそこには、建物に入ろうとする二人の人間の姿があった。 片方は女性であった。十五、六歳位の少女である。翡翠色の長い髪を大きなリボンでまとめている。 そしてもう一人は……男性か女性か判別しない。とにかく綺麗な顔をした人物だった。 ハニーブロンドの髪を後ろで束ねており、眼鏡をかけ…… 「って、あれはユーノさ……」 んじゃないの? とティアナはスバルに問いかけようとしたのだが、それは出来なかった。 何故ならスバルは既にマッハキャリバーを起動して、最高速でユーノに向かって突撃していたからだ。 建物に入ろうとしていたユーノは、誰かに呼ばれたような気がして足を止めた。 「……? ラクス、何か言った?」 「いや、私は何も言っていないぞ。『私』はな。」 「ふーん、そう。誰かに呼ばれた気がしたんだけど。」 そう言ってユーノはおかしいなぁと頭をかいた。 「ところでユーノ。」 「何? ラクス。」 「危ないぞ?」 何が、と聞こうとしたユーノ。しかし…… 「せーんせ─────いッ!!」 そう叫びながら突撃してきたスバルに真横から抱きつかれて吹っ飛ばされたために、何も言えなかった。 いや、抱きつかれたなどというような生易しいものではない。 マッハキャリバーの最高速で移動して、減速せずにそのまま激突したのだ。 例えるならば、横から大砲の直撃を食らったようなものだ。 常人ならば只では済まないところだが、幸いというか何と言うか、ユーノは常人ではなかった。 「フローターフィールド!」 ユーノは即座にフローターフィールドを展開させた。スバルがぶつかった部分にまず展開して衝突の衝撃を和らげ、次いで自分が吹っ飛ばされた方向に複数展開し、徐々に勢いを殺していく。 やがて勢いを完全に殺すと、ユーノはスバルを抱いたままくるんと一回転し、すとんと着地した。 「えへへー。お久しぶりです、先生!」 ユーノに抱きついたまま輝くような笑顔を浮かべるスバル。その髪をわしゃわしゃと撫でてやりながらも、対照的にユーノは苦笑を浮かべた。 「久しぶり、スバル。といっても一週間ぶりくらいだけどね。」 そう、この一週間は無限書庫の仕事が多かったため、スバルとの授業は休みになっていた。 ユーノに髪を撫でられて気持ちよさそうに目を細めていたスバルだったが、そのユーノの言葉に唇を尖らせた。 「何ですか、その言い方はー。私にとっては一週間も長かったんですよ? 早く授業を受けたいのに!」 そう言ってユーノにずい、と顔を近づけるスバル。身を引きながら、あははとユーノは笑う。 「うん、もう少ししたら仕事の方も落ち着くと思うから、そうしたら授業は再開するね。」 「本当ですか!? じゃあ是非仕事を終わらせて……。」 「……ってこのバカ─────ッ!!」 ユーノとスバルの会話は、走り寄ってきたティアナによって中断させられた。彼女はスバルの後ろから思いっきり蹴りを入れたのである。 「きゃんっ!?」 成す術なく倒れたスバルのお尻にストンピングをしながら、ティアナは激しい怒りをスバルにぶつけた。 「あんたはッ! 一体! 何やってんのよッ!!」 「な、何って……。ただ、先生とお話してただけ……。」 「アンタその前にユーノさんに吶喊かましたでしょうがッ!! ユーノさんだったから何とか無事だったものの、普通の人だったらえらい事になってたわよ!? 分かってんの!? ええ!?」 その剣幕にユーノも驚いて言葉を無くしている。だが、あまりにもなティアナの剣幕と涙目になったスバルを見て、流石に彼も仲裁に入った。 「ま、まぁまぁティアナ。僕は何とも無かった訳だし、今日はもうその辺で勘弁してあげてよ。ね?」 にこやかに言うユーノ。だがティアナはきっ! とユーノを睨むと、その怒りの矛先をユーノへと向けた。 「何を言ってるんですか! 大体ユーノさんはスバルに甘すぎるんです!」 「え? そ、そうかな?」 「そうですよ! この子は確かに悪い子じゃないですけれど、でも調子に乗っちゃう所があるんですから! そこの所をちゃんと理解して、締める所は締めていただかないと!」 ティアナは勢いのままに、ユーノにも説教を始めようとする。だが、それは阻止された。あまりにもなやり方で。 腰に手を当てて怒るティアナの後ろから、にゅっと手が伸びてきた。ユーノとスバルは?マークを浮かべたが、やがてそれは驚愕の表情へと変わった。 その手がティアナの胸を、ぐわし! と鷲掴みにしたからである。 「ひゃああああああああああっ!!?」 いきなり胸を鷲掴みにされたティアナは悲鳴を上げるとその手を振り解き、ばっとその場から離れた。 ティアナの胸を揉んだ人物は、悪びれた様子もなくしれっと言った。 「そのぐらいにしておけティアナ。怪我人がでた訳でもないのだし、良いではないか。スバルには次から気をつけてもらえば済む話だろう。そう目くじらをたてるな。」 その人物……ラクスは、至極真面目な顔でそう言った。確かに言っているのはもっともな事なのだが、両手の指を描写不可能な程わきわきさせながら言っているので色々と台無しになっている。 「あ、あんたねぇ! 人の胸をいきなり揉んでおいて、何もっともらしい事言ってんのよ!!」 胸を揉まれたティアナは少し涙目になりながら怒鳴った。それでもラクスは動じない。 「いや、普通に仲裁に入っても貴方をなだめるのは難しそうだったのでな? 効果的な方法をとらせてもらった。それに、前から貴方の胸は素晴らしいと『師匠』から聞いていたからそれを確かめる意味もあって胸を揉ませてもらったのだ。」 表情を全く変えずにそう言うラクス。ティアナは眩暈を感じながら、溜息混じりに言った。 「あんたって娘は……。大体その師匠って誰よ? そんな事を言うなんて、相当のろくでなしよね。」 「私の師匠か? 八神部隊長だぞ。以前逢った時に胸の話で意気投合してな? 『よっしゃ! 私があんたを一人前の乳職人、おっぱいマイスターに育てたる! 今日から私のことは師匠と呼んでな!!』と言ってくれてな。全く貴方達は良い上司の下で働けて幸せだな。」 今度はティアナだけでなく、ユーノも一緒に溜息をついた。幼馴染の悪癖は全く直っていないようだ。しかも、それが自分のデバイスにまで影響を与えているとは夢にも思わなかった。 「あのねラクス。いくら女の子同士とはいえ、他人の、その……む、胸を揉むなんて、失礼以外の何物でもないんだから、ティアナに謝りなよ。」 しかしそう言うユーノにラクスは不思議そうに首を傾げる。 「何故だ? 師匠からは素晴らしい乳を発見したら必ず揉め、揉まないのは乳に対する冒涜だと教えられたのだが。」 ユーノは頭痛を抑えるように額に手を当てた。まさか彼女がラクスにここまで悪影響を与えているとは思わなかった。 (これはこの後、はやてにしっかり釘を刺しておかないといけないなぁ……。) はぁ、と溜息をつくユーノ。再度ラクスに言い聞かせようと口を開こうとしたが、それより先に口を開いた者がいた。 「駄目だよラクス! ティアの胸を揉んでいいのは本当は私だけなんだから!! 八神部隊長にも自重してもらいたいくらいなのに、あなたまで揉みはじめたら私が揉む時間と機会が減っちゃうよ!!」 そう叫んだのはスバルであった。ユーノは開きかけた口をそのままあんぐりと開けながらスバルを見た。 「何!? それは聞き捨てならんなスバル! 良い乳は皆の共有財産だ!! お前一人に占有などさせんぞ!!」 あまりの事に頭がついていかず何もいえないユーノを尻目に、ラクスは一人、妙な方向にテンションを上げていた。 いや、彼女だけではない。スバルもまた、アレな方向にヒートアップしつつあった。 「何言ってるんだよラクス! 私は訓練校時代からずっとティアの胸を揉んでるんだから! 新参のあなたなんかにティアの胸は渡さないよ!!」 スバルはそう叫び、きっとラクスを睨みつけた。ラクスもその視線を受け止め、逆に睨み返す。 そうして二人は睨みあっていたが、いきなり何か硬い物で頭を殴られた。 「きゃんっ!?」 「あいたぁっ!?」 あまりの痛さに二人はその場にうずくまり、殴った人物……ティアナを恨めしそうに見上げた。 「何するのさティア……。クロスミラージュのグリップで殴るだなんてひどいよー……。」 涙目で訴えるスバル。ティアナはそんな彼女を一瞥すると、ふんっと鼻を鳴らして言った。 「何言ってるのよ。あんた達がずっと馬鹿な話をしてるのが悪いんじゃない。自業自得よ。」 「むぅ……。私達はあなたの胸が素晴らしいと言っているだけなのに……。何故分かってくれないのだ?」 「分かる訳ないでしょそんなこと!! 分かりたくもないわよ!!」 そう言ってティアナはラクスを叱り付けた。流石のラクスもしゅんとなっている。 ようやく場が収まったことに、ユーノ・エリオ・キャロはほっと安堵の息をついた。 「先生、でも今日はどうしたんです? わざわざ六課に来るだなんて、何かあったんですか?」 六課の隊舎の中を歩きながら、スバルはユーノに尋ねた。ちなみに先程怒られたことからすっかり立ち直っている。 「うん。ちょっとはやてに頼まれてた資料を届けに来たんだ。別に直接送っても良かったんだけど、みんなの様子も見たかったしね。それでラクスと一緒にやってきたって訳さ。」 ユーノはにこっと笑いながら言った。その笑顔を見て、スバルも笑顔を浮かべる。 「そうだったんですかー。でも、わざわざ来てくださって、私嬉しいですよ!」 そう言ってスバルはユーノの腕にじゃれついた。ユーノは苦笑しながらも、反対側の手でスバルの頭をわしゃわしゃと撫でた。そうしてまたスバルは嬉しそうにはにかんだ。 その様子を二人の後ろから見ていたティアナはふぅと溜息をつきながら呟いた。 「それにしてもスバルってば、ユーノさんに本当に懐いているわね。……でも、あれじゃあ先生と生徒じゃなくって、何と言うか……。」 言葉を濁したティアナの後を受けるように、エリオがおずおずと呟いた。 「……ペットと飼い主、みたいですか?」 そのエリオの言葉にティアナは驚いた。 「エリオ……。あんたも言うようになったわねぇ……!」 ティアナに呆れたような声を出され、エリオは慌てた様子で弁解をした。 「す、すみません! 別に悪気は無いんですけど、その、つい……。」 エリオの慌てた様子を見て、キャロはくすくすと笑った。 「まぁ正直私もそう思ったんだけどね。あの子、何と言うか犬っぽいし。」 ティアナは苦笑しながら言った。そう言われたエリオ・キャロ・ラクスの三人は、ユーノにじゃれついているスバルを改めて見た。 ……気のせいか、犬耳と尻尾が見えた。尻尾はちぎれんばかりに振られている。何と言うか、違和感は全く無かった。 「ん? みんなどうしたの?」 急に後ろの面子が黙ったので、ユーノが声をかけてきた。スバルもユーノの腕につかまったまま不思議そうな顔で見ている。 「い、いや何でもない。……と、師匠の部屋はこちらだな。ではユーノ、行こうか。」 そうこうしているうちに、部隊長室と食堂への分かれ道に来ていたようだ。スバルは名残惜しそうにユーノから離れながら言った。 「ちぇっ。もうお別れかー。……そうだ! 先生、仕事が終わったらお時間ありますか? 良かったら私たちとお昼食べて、それから模擬戦も見て行って欲しいんですけど!!」 「模擬戦? ……ひょっとして、君達となのはの?」 そう尋ね返すユーノに、新人たちが頷いた。 「そうか、それは面白そうだけど……仕事がね……。」 そう言ってユーノは考え込んだ。 「お願いします! 先生に是非見て欲しいんです!」 「そうですね。実は僕も前からユーノさんには見てもらいたかったんです。何とかなりませんか?」 スバルとエリオがユーノに懇願する。ティアナとキャロは口には出さないが、どちらかといえば来て欲しいという気持ちを持っていた。 「何、大丈夫だスバル、エリオ。今から休みをとれば良いんだからな。」 そうしれっと言ったのはラクスであった。ユーノは困ったような顔をして彼女に言った。 「でもラクス、今からそんな……。それに司書のみんなに負担をかける訳には……。」 しかしラクスは半目になってユーノの言葉を遮るように言った。 「ユーノ。お前自分が有給をどれだけ溜め込んでるか知ってるか? そのせいでリンディ提督やレティ提督からいつも説教されているだろう。まぁ貴方だけが説教されるのならまだいいが、貴方が居ない時は私やアルフがいつも代わりに謝っているのだぞ? その苦労を考えたことはあるか? んん?」 思いもかけない方向からの攻撃に、ユーノは少し慌てながら言った。 「い、いや、君やアルフには本当に感謝しているよ! いつも申し訳ないなぁって思ってはいたんだ、うん!」 「そうか? だったら今日の午後だけでも有給をとってはくれるのだろうな?」 「え? い、いや、それとこれとは話が……。」 「くれるだろう?」 「だ、だから……。」 「く れ る だ ろ う ?」 「うう……分かったよ……。」 がっくりと項垂れながら携帯端末を取り出すユーノ。それを横目で見て、ラクスはスバルとエリオに笑いかけながらぶいっ!とVサインを送った。 滞りなく有給の許可を得たユーノは、それじゃ後でとスバル達に別れを告げ、ラクスと共に部隊長室へと向かった。 やがてそこに辿り着いた二人はドアにノックをし、部屋へと入る。 「おお、ユーノ君! ラクス! 久しぶりやな!」 「お久しぶりですユーノさん、ラクスちゃん!」 「久しぶり、はやて、リイン。」 「師匠! 逢いたかったです!! リインも元気そうで何よりだ!」 久方ぶりの対面を果たし、挨拶を交わす一同。ラクスとはやてはハグまでしている。 「じゃあはやて、これが頼まれていた資料ね。」 そう言ってユーノは持ってきたディスクをはやてに渡す。 「はい、確かに。……それでユーノ君、これは後で目を通すけど、その前にユーノ君の見解を聞かせてくれへんか?」 真剣な顔になってはやては言った。それに軽く頷いて返すと、眼鏡を押し上げながらユーノは言った。 「……そうだね。無限書庫でも頑張ってはいるんだけれど、正直レリックに関する記述は殆ど見つかっていないんだ。だからこれは、僕の憶測だと思って聞いてもらいたいんだけど……。」 そして一旦言葉を切り、はやてが首肯したのを見てユーノは続きを話し出した。 「僕はレリックは、何かの動力源のようなものじゃないかと思うんだ。」 「動力源?」 首を傾げるはやてに、ユーノは更に説明した。 「うん。レリックは所謂超高エネルギー結晶体なんだよね。そんな物が作られた理由を考えると、動力源と考えるのが妥当だと思うんだ。もっとも、何の動力源かは分からないけれどね。」 そう言ってユーノは肩を竦めた。それを見たはやては、厳しい目で言った。 「けど、ユーノ君も考えてるんやろ? 兵器……しかもロストロギア級のものの動力源が一番考えられるって。というか、私らが考えなあかん可能性やって。そうやろ?」 そんなはやてを真剣に見た後、ユーノはふっと微笑んだ。 「流石だね、はやて。もうすっかり部隊長なんだね。見直したよ。」 そう言われたはやては、頬をぷぅっと膨らませるとユーノに文句を言った。 「ひどいなー、ユーノ君。私を試したんか? 長い付き合いやっちゅうのに随分な仕打ちやないの。私拗ねちゃうで?」 ユーノは苦笑しながらそんなはやてを宥めるように言った。 「いや、そんな気持ちではなかったんだけどね。でも気分を害したんなら謝るよはやて。ごめんね?」 はやてに向かって両手を合わせながらぺこり、と頭を下げるユーノ。それをじとーっと見ていたはやてであったが、ユーノと目が合うと、お互いに吹き出し、それを見ていたラクスとリインも一緒になって笑った。 「だが、兵器の動力源というのも今ひとつ決め手には欠けるのだがな。」 笑いが収まった後、ラクスは真面目な顔になって言った。その言葉にユーノも頷く。 「そうなんだよね。あれだけのものを動力にしようとするなら余程の兵器になるんだけれど、そんなものを製造・制御出来る技術を持った組織や犯罪者なんてそうそういないしね。」 そう言いつつも、ユーノの脳裏には、一人の男が思い出されていた。 (彼ならばあるいは……。いや、でも彼がこの件に関わっているという証拠はまだ無いし、そんな憶測を話すわけにもいかない、か。) 「ユーノ君、どうしたんや? 怖い顔して。」 そうはやてに尋ねられ、ユーノは意識を引き戻された。見ると、一同心配そうにユーノを見つめていた。 「ごめんね。ちょっと色々な可能性を考えていてね。もっとも、どれもまだ情報が足りないから何とも言えないなぁって思っていたんだ。」 そうユーノは弁解する。嘘は言っていないが真実も言っていない。 確かに情報が足りないから何とも言えないのは事実だが、しかし考えていた可能性は一つだけ、ユーノに因縁のあるとある男が絡んでいるかどうかだけだったのだから。 「……ま、今はそういう事にしておこか。その代わり、裏付けがとれたらすぐに教えるんやで? ええな?」 はやては人差し指をぴっ、とユーノに向けるとそう言った。自分が嘘は言っていないが真実も言っていない事を彼女は完全に見抜いている。 その事に、そこまで分かってくれる幼馴染がいて嬉しい気持ちと、何だかあっさり見抜かれて悔しい気持ちがないまぜになり、ユーノは嬉しさと悔しさが入り混じった複雑な表情で了承の返事をした。 「さて、仕事の話はこれくらいにして皆で昼飯をとらへんか? 六課の食堂は、結構品揃えが充実しとるで?」 暫く話をした後、はやてはそう言ってうーんと伸びをした。 「それは楽しみだね。あ、そういえばスバル達も食堂でお昼をとるって言ってたなぁ。」 立ち上がりながらユーノがそう言うと、リインが嬉しそうに言った。 「じゃあスバル達と一緒に食べるですよ! 皆一緒に食べた方が、きっと楽しいですー!」 そう言ってリインはくるりと宙返りをすると、そのままユーノの頭の上に着地し、ちょこんと女の子座りをした。 「それじゃ、早速食堂へ向けて出発です、ユーノさん!」 「はいはい、お姫様の仰せのままに。」 少しおどけた調子で言うユーノ。それがおかしくて、また笑いが起こった。 「あ、先生ー! こっちですよー!!」 食堂でそれぞれの昼食を購入したユーノ達の姿を見つけたスバルがぶんぶんと手を振ってきた。そちらの方に向かうと、フォワード陣の近くのテーブルになのはやシグナム、ヴィータも一緒に座っていた。 「久しぶりなのは、シグナムさん、ヴィータ。皆元気そうだね。」 「久しぶりユーノ君! こうして顔を合わせるのは本当に久しぶりだねー。」 「久しぶりだなスクライア。息災なようで何よりだ。」 「おうユーノ! 久しぶりだな! 目の下に隈を作ってないのを見ると、今日は元気みてーだな!!」 三者三様の挨拶……特にヴィータの挨拶に、ユーノは苦笑する。悪気は無いのは分かっているが、今のは流石にちょっと効いた。そんなに自分はしょっちゅう目の下に隈を作っているだろうか? そんな事を考えながらどちらのテーブルにつこうかと考えていたユーノは腕をぐいっとつかまれ、強引に椅子に座らされた。 無理矢理座らせたその人物……スバルはにこにこしながら言った。 「先生は今日はこっちですよー。ラクスも早く座りなよ!」 だが、それを見たなのはが少し拗ねたような口調で言った。 「あー、ユーノ君、そっちに座っちゃうのー? 久しぶりだっていうのにつれないなぁ。」 そんななのはを見て、ユーノは苦笑する。 「ごめんよなのは。でも、今回はスバルの方が先約だったから。次はそっちに座るからさ、ね?」 「うん、分かったよ……。……でもスバルはいいなぁ。ユーノ君に授業までしてもらって、いっぱい逢う事が出来て……。私なんか、ユーノ君とお昼を食べるなんて一体いつ以来だか……。」 俯きながら呟くなのは。後半は殆ど聞き取れないくらいの声だったため、内容を聞いた者は居なかったが、付き合いの古い者達はなのはが少し不機嫌になっているのを察知し、内心で苦笑していた。 「そういえば、みんな六課にはもう慣れた? 初めての事ばかりで大変だろうけど。」 ユーノは 食事をしながら新人達にそう尋ねた。 「そうですねー。でも、もう大分慣れましたよ! 皆さんとっても良くしてくれますし!」 ユーノの隣で食事をしていたスバルが代表して答えた。他の面子も頷いている。 「そうか、それは良かったね。はやて、六課も上手くいきそうだね。頑張った甲斐があったんじゃない?」 「そうやね。まだ発足したばかりやけど、それでも隊員達の士気も高いし、結束も固いでー。無限書庫のチームワークにも負けてはいないと思うで?」 そう言うはやてに、ラクスが腕組みをして不敵に笑いながら言った。 「いやいや師匠、確かに六課の結束は固いようですが、それでも無限書庫の結束の固さにはまだまだ及びませんよ。」 「へぇ、無限書庫って、そんなにチームワークが良いんだ。初めて知ったなぁ。」 ティアナがお茶を飲みながら言った。ラクスはそれに頷くと説明をした。 「そうか、無限書庫のチームワークの良さは結構有名なんだぞ? ちなみに結束が固い理由は二つ挙げられる。一つは司書長殿の人望が厚いこと。」 そう言ってラクスはユーノをちらりと見た。ユーノは照れているのか、頬をぽりぽりと掻いている。 「そしてもう一つは……共に潜り抜けた死線の多さだ。最近は大分まともになったとはいえ、それでも忙しい時は何日も徹夜が続くからな……。そんな状況を何度も経験すれば、それは結束も連帯感も高まるというものさ……。」 話しながら段々と悲壮な顔になっていくラクスを見て、新人たちは内心冷汗をかいた。割とポーカーフェイスなラクスがここまで辛そうな顔をするとは。正に恐るべし無限書庫、といった感じである。 「あ、そ、そういえばスバルさんも無限書庫のお手伝いをしてるんですよね!? ユーノさん、スバルさんの働きぶりはどうですか?」 沈んだ空気を変えようと、キャロがユーノに問いかけた。ユーノは飲んでいたお茶を下ろすと笑顔で言った。 「うん、スバルは良くやってくれていて、とっても助かってるよ。アルフも褒めてたし。」 ユーノに褒められて、スバルはくすぐったそうに笑っている。だが、それを見て、ラクスが少し意地の悪い笑顔を浮かべながら言った。 「確かにスバルは良く頑張ってはいるな。後はもう少し落ち着いてくれると有難いのだが。ウイングロードを展開して書庫内を駆け巡るのは構わないし、その方が整理も早く進むのは間違いないが、その度に梁や書棚に激突するのは勘弁願いたいな。」 そうなのである。スバルはウイングロードで書庫内を駆け巡っているのだが、時々やる気が空回りしてしまうのである。勢い余って梁や書架に激突して、梁を壊したり本をぶちまける光景はもう何度展開されたか分からない。 最近は大分慣れて来たようで、そうなる事は減ってはいるが。ちなみにスバルの激突は、実は無限書庫内ではユーノの検索魔法と並んでもう名物になりつつあり、司書達はそれを見るたび「またか……。」と苦笑を浮かべるのである。 「ちょ、ちょっとラクス! 何もそんな事をわざわざ言わなくってもいいじゃない!」 流石に焦るスバル。エリオとキャロは笑顔だが、ティアナはじと目でスバルを睨んでいた。 「スバル……あんたユーノさんに迷惑かけて……!」 「まぁまぁティアナ、そう怒らないであげてよ。ラクスが言ったのは……まぁ、事実だけど、助かっているのも本当なんだから。ね、ラクス?」 「まぁな。済まなかったなスバル、ちょっとした悪戯心だったんだ。許してくれ。」 ユーノのフォローにラクスも同意し、スバルにぺこりと頭を下げる。それを見たスバルは慌てて言った。 「い、いやいいよそんな! 確かに失敗してるも事実だし! 」 それを見たユーノは微笑んだ。確かにスバルは失敗することも多いが、しかしその明るさと元気の良さは、無限書庫内の雰囲気を明るくしていた。 スバルは無限書庫のムードメーカーになりつつあり、その明るさに、多くの司書は救われていた。またスバルは皆に妹のように可愛がられており、たまにする失敗もご愛嬌といった感じであったのである。 「さて、じゃあそろそろ皆模擬戦の準備を始めてね。」 食事を終えて一服していたところで、なのははそう言った。新人たちは返事をすると、顔を引き締めた。 「そうか、じゃあ僕らも移動しようか。なのは、それにスバル達も頑張ってね。怪我にだけは気をつけて。」 ユーノの言葉に、なのはも新人達も笑顔で頷く。それに頷き返すと、ユーノ達も移動した。 場所は変わって訓練場。ビルが立ち並ぶそこで、既にバリアジャケットを身に纏ったなのはが説明を始める。 「じゃあそろそろ始めるよ。ルールはいつも通り、私に一撃を加えるか、みんなが全員撃墜されるかで終了。準備は良い?」 なのはの問いかけに、はい、と返事をする新人達。陣形を組みながら、ティアナはスバルに言った。 「じゃあ頼むわよスバル。ユーノさんが来てるからって、良い所を見せようなんて思って先走らないでよね。」 だが、その言葉にスバルはにししと笑うと言った。 「大丈夫だよティア。もしそんなことしたら先生に怒られちゃうよ。それにね、先生にはいつも言われてるんだ。『自分や仲間の置かれている状況を把握し、その中で自分は何ができるか、何をするべきかを冷静に判断しなさい』ってね。だから、私はそれをちゃんと実践しようと思う。そうすれば、結果的に先生に良い所を見せられるしね!」 「何よ、結局良い所見せようと思ってんじゃないの……。でもそれ、良い言葉ね。私も参考にさせてもらうわ。」 クロスミラージュを構えながらティアナは言った。それに笑顔を返すと、スバルもなのはに向き合う。 「準備は良いみたいだね。それじゃあ……いくよ!!」 そう叫んだなのはの周りに、アクセルシューターが十数個展開される。それらがスバル達に襲い掛かり、模擬戦の火蓋は切って落とされた。 「始まったみたいだね。さて、どうなるかな?」 データ収集で忙しい副隊長陣から離れた所で観戦していたユーノはそう呟いた。いくらリミッターをかけているとはいえ、相手はあのなのはだ。新人達が勝てる可能性は正直低いだろうが、それでも頑張って欲しかった。 「そうやなぁ。実際、四人がかりでもまだ厳しいとちゃうか? 正直、勝つか負けるかいうより何分持つかって考えた方が現実的やろなぁ。」 はやては腕組みをしながら言った。厳しい言葉ではあるが、しかし事実を表しているとも言えた。 だが、その後ろから近づいてきた人物は、違う見解を述べた。 「そうとは限らないよ、はやて。」 風になぶられる美しい金髪を手で抑えながら、その人物……フェイトは言った。 「やあフェイト、久しぶり……でもないかな? 二、三日前に逢ったばかりだもんね。」 ユーノはフェイトの方へ振りむくと、笑顔で言った。フェイトも笑顔で答える。 「うん、そうだねユーノ。でも六課で逢うのは久しぶりじゃないかな?」 それは確かに、と頷いてまた笑うユーノ。その様子をはやては少し羨ましそうに見ていた。 フェイトは執務官という立場上、無限書庫を利用する機会が多く、それはつまり、ユーノと頻繁に逢えるということと同義と言える。 もちろん仕事なのだからそんなに親密な時間を過ごすことはないが、それでもお茶をしたり、食事を一緒にとったりする機会は、六課の面子……なのはやはやてよりも遙かに多いと言えた。 (フェイトちゃんはええなぁ……。ユーノ君と沢山逢えて……。) だが、はやてはその思考をとりあえず意識から外した。フェイトに聞きたいことが出来たからだ。 「フェイトちゃん。さっきの言い方やと、新人達が結構やるような意味に聞こえたけど、本当にそう思うんか? 確かにあの子らの才能や可能性は凄いもんやと私も思うけど、今の段階じゃまだ……。」 そう言うはやてに、フェイトは頷きを返しながら言った。 「もちろんはやての言うとおりだよ。リミッター付きとはいえ、そう簡単になのはに勝てはしないよ。けれどね、同時にあの子達もなのはにそう簡単にやられはしないと思うよ。訓練の成果も少しずつ出てきているし、何より……。」 そこでフェイトは言葉を切り、ユーノをい悪戯っぽい目で見つめるとこう言った。 「ユーノ先生が直々に教えている子もいるし、ね?」 そう言われたユーノは苦笑しつつ言った。 「そんな風に言うのはやめてよフェイト。僕はスバルにそんなに大した事は教えてないんだから。」 だがその言葉にフェイトは反論した。 「そんな事無いと思うよ? 私は色々とユーノに教わったから分かる。ユーノは教えるのが凄く上手なんだ。ユーノに教えてもらうのって、とっても楽しいんだよ? 自分がどんどん成長していくのが分かるんだもの。何と言うか、ユーノは自分が教えている事以上の事を、教えられる方に伝えてくれるんだ。上手くは言えないけど、でもなのはやはやて、スバルもきっと同じ気持ちだと思うよ。」 「お、それ分かるわフェイトちゃん。最初は全然分からんかった事も、ユーノ君に教えてもらうとどんどん分かるようになっていくんや。勉強なんて嫌やったのに、ユーノ君が教えてくれるのはとっても楽しかった。同じ生徒として、その感覚はよう分かるでー。」 フェイトの意見にうんうんと頷くはやて。だが、ユーノは優しげに微笑んだ後、言った。 「違うよ。それは君達が優秀で、しかもちゃんと努力したからさ。僕が君達にしてあげた事なんて、ほんの些細な事。君達の先生だなんて、おこがましいよ。」 そう言うユーノを無言で見つめた後、フェイトとはやては深い溜息をついた。その様子を見たラクスが苦笑しながら言った。 「二人とも私より付き合いが長いから分かっているだろう。ユーノはこんな男だ。こんな頑固で、しかも朴念仁にそんな事を言っても無駄だと思うぞ。」 「酷いなラクス、そんな言い方はないだろう。僕はただ、事実を……。」 「はいはい分かった分かった。頑固な朴念仁は黙っていろ。」 手の平をひらひらふりながらラクスにそう言われ、ユーノは不機嫌そうに唇を尖らせた。 「……そういえばユーノ、私達の先生なんておこがましいって言ったけど、じゃあスバルはどうなの? やっぱり先生って感じじゃない?」 そんなユーノの様子を笑いながら見ていたフェイトだったが、ふと気付いたように言った。 「いや、そんなことはないかな。スバルは僕の生徒だし、僕はスバルの先生だなって思うよ。柄じゃないけれどね。」 少し照れながらユーノは言った。その言葉に、驚いたようにはやてが言った。 「ええ!? 何で私らは生徒じゃなくって、スバルは生徒なん!? そんなん差別やないか!!」 「いや、差別って訳じゃあないけどね。君達はなのはも含めて皆僕なんかよりよっぽど優秀だし、僕が君達に出来ることなんてたかが知れてる。精々が無限書庫でのバックアップぐらいだろうね。」 そう言ってふっと空を見上げると、ユーノは続けた。 「だけど、スバルは違う。あの娘も確かに凄い才能の持ち主だけれど、どうにもまだまだ荒削りであぶなっかしいんだ。だから、僕がしてあげられる事は多いと思うし、またしてあげたいと思う。……ちょっと恥ずかしいけど、だからスバルの事は生徒だと思うし、僕もスバルの先生でいなくちゃって思うんだ。」 にこやかに言うユーノ。だが、それとは対照的にフェイトとはやては少し暗い表情を浮かべていた。 (ユーノ……。どうしてそう思うの……? 私達が、私がどれだけ貴方に救われたか分かる……? 貴方が私達に出来る事がたかがしれてるだなんて、そんな事絶対にないのに……!) (ユーノ君……。どうして自分がいなくても私等は大丈夫みたいな事言うんや……。私等には、私には、貴方の力が……貴方自身が必要なんや。だから六課設立の時にも貴方を引き抜こうとしたのに、断って……。傍にいて支えて欲しいし、私も貴方をあの時のように支えてあげたいのに……!) 心中でユーノへの想いを募らせる二人。その様子をラクスは複雑そうな表情で見つめていた。 二人が何を考えているのかはおおよそ分かる。自分も同じ気持ちを抱いているからだ。どうして彼は聡明なのに、こうした人の心の機微には疎いのだろうと内心溜息をつく。 だがそれと同時に、ユーノがこの幼馴染達をいかに大切に想っているかもラクスは痛いほど分かっていた。だって自分と彼が出逢えたのも、彼が幼馴染達を護るための力を欲したため。彼が修行のためにあの遺跡に訪れたからこそ、自分と彼は出逢い、彼は大切な人達を護れる『力』を得る事が出来たのだから。 だが、ユーノの気持ちを幼馴染達に話す訳にはいかない。彼の真の力は、彼女達を護るための『切り札』。そして切り札が切り札たりえるのは、その存在が隠されているため。ユーノの想いを説明するのは容易いが、しかしそれでは彼女らを護りたいというユーノの想いが無になってしまう。 (彼の『翡翠の守護神』としての力が公になれば、ユーノの想いも理解してもらえるだろうが……しかし……。) ユーノが『翡翠の守護神』としての力を振るう時があるとすれば、それは機動六課が、大切な人達が危機に陥った時。 そんな時は来て欲しくない、とラクスは切実に思った。ラクスにとっても機動六課に所属している人々は、かけがえのない大切な人達なのだから。 (それでも、いつかは分かる時が来るかもしれないな……。それまでは、ユーノや皆のフォローは私がせねばならない、か。……まったく、マスターが頑固で朴念仁だとデバイスが苦労する。世話が焼けるよ、本当に。) 腕組みをしながらちらり、とユーノを見上げる。ユーノはフェイトとはやてが落ち込んだことの原因が自分にあるとは全く思わないようで、二人の心配をしていた。 そんなマスターを見ながら、ラクスはやれやれといった感じでありながらも、どこか優しい表情を浮かべていた。 「……む? そうこうしている内に動きがあったようだな。」 ラクスがモニターを呼び出しながら言った。ユーノ達もそれに注目する。 「エリオとキャロは既に撃墜……。残っているのはスバルとティアナだけか……。やっぱりちょっと厳しかったみたいやね。」 はやては残念そうに言った。だが。 「……まだだよ。」 ぽつり、と呟いたユーノに、皆が視線を集めた。 「……まだ撃墜された訳じゃない。だったら、まだ打つ手が、打てる手があるってことさ。諦めちゃ駄目だよスバル。いつも言っている事を思い出すんだ……。」 「……まだ諦めないよ。『自分や仲間の置かれている状況を把握し、その中で自分は何ができるか、何をするべきかを冷静に判断する』……。こういう状況だからこそ、これを実践しなくちゃ……。」 スバルはそう呟いていた。既に満身創痍の状況ではあるが、その目に諦めは無く、代わりに不屈の闘志が静かに燃えていた。 「まったくあんたって子は……! いいわ、ワンチャンス……あんたに賭けるわ。」 ガシュン、と最後のカートリッジをロードしながらティアナは決然と言った。それに頷くと、スバルは静かに上空のなのはを見つめた。 既になのははアクセルシューターの発射準備に入っている。それを見ながらスバルは心の中で呟いた。 (見ていてください先生……。今こそ授業の成果を……!) 「いくよマッハキャリバー!! ティア、援護を!!」 「了解!! クロスファイヤー、シュートッ!!」 「させないよ! アクセルシューター、シュートッ!!」 ウィングロードを展開させ、スバルはなのはの元へと駆け上がる。アクセルシューターが襲い掛かるが、ティアナの放った光弾がそれを迎え撃つ。 「流石にティアナ……。射撃は正確だけど、でも!」 なのははアクセルシャーターを操り、ティアナのクロスファイヤーを次々と撃ち落していく。更に残りのアクセルシューターで、スバルを迎撃する。 「スバルッ! 気をつけて!!」 ティアナが叫んだ。それを聞きながらもスバルの思考は不思議と冷静だった。彼女は今、ユーノと行なったとある授業を思い出していた。 それはスバルがユーノの真の力を知った少し後のことであった。 「じゃあ今日の授業は、僕の空間把握についてやろうか。」 「後ろから来る攻撃も見切るアレですね! 待ってました!!」 目を輝かせるスバル。そんなスバルを微笑ましそうに見た後、ユーノは説明を始めた。 「といってもいきなりああいう風には出来ないからね。まずは基礎的な事から。いいかい? よく目の前に集中するっていうけれど、実はそれだけじゃ駄目なんだ。」 「? じゃあどうするんです?」 「目の前を見つつ、体中の感覚を開放する感じ、かな。目だけで見るんじゃない。体全体を使って周りを『感じる』んだ。それが第一歩。もっとも、とても難しい一歩だけどね。」 スバルはユーノの言葉を聞いていたが、やがて頭をわしゃわしゃとかきむしり始めた。 「全然分からないですよ先生!! 本当にそんな事出来るんですか!?」 そういうスバルに、ラクスが意地の悪い笑顔で言った。 「何を言っているんだスバル。目の前にいるだろうが、それをやってみせた奴が。」 「で、でも……。」 「まぁまずはやってみようよ。これは口で言われるより、自分で感じた方が分かると思うよ。」 それからスバルはその感覚について自分なりに試行錯誤し始めた。 無限書庫での手伝いの時にもそうしようとしていたら、逆に注意が散漫になって書架に頭からつっこんだこともあった。 訓練の時も、なのはの砲撃やヴィータの攻撃をもろに食らって失神してしまうこともあった。 だがそれらの失敗をする度に、スバルは少しずつ、ユーノが言う境地に近づいていったのである。 そして今。集中力がかつてない程研ぎ澄まされたスバルは、ユーノほどではないにしろ、空間把握を行い始めたのである。 (分かる……! なのはさんのアクセルシューターが、どこから、どれくらいの速さで来るかまでが大気を伝わって肌に伝わってくる……!) スバルはなのはを見据えながらも迎撃行動を行なった。リボルバーナックルを振るって打ち落とし、ラウンドシールドで弾いていく。 「!? スバル、あなたいつの間にそんな……!!」 そのスバルの防御に、なのはも驚きを隠せない。やがてアクセルシューターを全て防ぎきったスバルは、なのはに肉薄した。 「でやあああああああああああああッッッ!!」 ガシュン、ガシュンとカートリッジをロードし、スバルが渾身の一撃をなのはに放つ。 「ぐううううううっ!?」 プロテクションEXを発動させてスバルの攻撃を受け止めるなのは。両者の力は拮抗し、ナックルとプロテクションの間に激しい火花が散る。 「凄いねスバル! ここまでやるなんて思わなかったよ!」 「あ……りがとうございますっ……!」 「でも……。」 そう呟くと、なのははくすり、と笑った。 「まだまだかな?」 訝しげな表情をしたスバルだったが、ぞくり、と背筋を走る悪寒に身を震わせた。 全て消滅させたと思っていたアクセルシューターが二つ、まだ残っていた。それが身動きをとれないスバルに向かってくる。 「……まだまだぁっ!スフィアプロテクション!!」 しかしスバルはスフィアプロテクションを発動させてそれを防ぐ。何とか防ぎきったが、しかし代わりに攻撃の方へ力は注げなかった。 だから、スバルは目の前に展開する桜色の輝きを、ただ悔しさが溢れ出る表情で見ているしかなかった。 「ディバイン……バスターッッッ!!」 なのはの使い慣れた大砲が、スフィアプロテクションごとスバルを吹き飛ばした。その下方では、魔力切れで撃墜扱いとなったティアナが、悔しそうに唇を噛み締めていた。 「全員撃墜かぁ。スバルは惜しいところまで行ったんやけどなぁ。」 桜色の魔力光を眺めながらはやてが言った。それにフェイトが同意する。 「うん、そうだね。私はあのアクセルシューターの隠し玉を防ぐとは思わなかったよ。あれはユーノが教えたプロクテクションだから出来たんだね。だからこそなのはもディバインバスターを使わざるを得なかったんだと思うよ。」 スバルにはちょっと気の毒だけど、とフェイトは内心で付け足した。 「でもまぁ、ここまでやれれば御の字だろう。授業の成果が見られて良かったな、ユーノ先生?」 ラクスはユーノの顔を覗きこみながら言った。それに笑顔を返しながらユーノは言った。 「そうだね。本当にスバルは頑張ったよ。後で何かご褒美をあげなきゃね。」 そう言うユーノを見ながらはやては尋ねた。 「で、この後どうするん、ユーノ君?」 「そうだね。折角だからこのまま模擬戦のデータのまとめ作業を手伝おうかな。その後は……そうだね、久々に皆で夕食を一緒に食べる、なんてのはどうかな?」 「わぁ、それ良いね! なのはやフォワード陣も誘っていこうか!」 嬉しそうにするはやてとフェイト。ユーノもそれを微笑ましそうに見ていたが、自分の携帯端末がコール音を奏ではじめると、少し離れた所で話し始めた。 やがて戻ってきたユーノは、申し訳なさそうな顔になっていた。 「ごめん二人とも。無限書庫からの連絡で、大量の資料請求が来ちゃったから今日の休暇は別の日に振り替えてくれってさ。」 そう言うユーノに、はやてはがっかりした様子で言った。 「そうかー、残念やな……。せやけど誰やろ、そんな大量の資料請求をするなんて……。」 そのはやての言葉に、冷汗をたらしながらフェイトは言った。 「ユ、ユーノ? ひょっとして請求したのって……。」 「……奴に決まっているだろう。人の義兄上を奴呼ばわりするのは心苦しいが……しかし今回ばかりは、な。」 ユーノの代わりにラクスが答える。はやてとフェイトの脳裏には、万年バリアジャケット姿の仏頂面が映し出されていた。 「それじゃあ皆によろしくね。また来るから。」 「それでは師匠、フェイト、またな。……これから徹夜か、少し辛いな……。」 ユーノは笑顔で手を振りながら、ちょっとへこんでいるラクスを連れて無限書庫へと転移していった。残されたはやてとフェイトは同時に溜息をついた。 「あーあ、久しぶりにユーノ君と夕食を食べられるかと思ったのに……。恨むでクロノ君……。」 「そうだね、これはちょっとお仕置きかな……?」 二人の美女は、その容姿にそぐわない低い声で笑い出した。 後日、この二人に某教導官が加わり、某提督への制裁が行なわれたが、それはまた別のお話。 どうもお久しぶりですー。翡翠の守護神、第二話をお届けいたしましたー。 日常でのユーノとスバルとラクスを書こうと思ったのですが、色々膨らんでしまってこんなにグダグダになってしまいました……。次はもっと上手くまとめたいと思いますー。 それにしても、ラクスをもう少しキャラ立ちさせようとしたら、何故かはやての弟子で乳職人二号になってしまいまいた……。確かにキャラ立ってるといえるかもしれないですけれど……良いのかなぁ……。 それでは翡翠の守護神第三話でまたお逢いしましょう。ユーノと因縁のあるキャラが登場します。ちなみにオリキャラではありませんが、ユーノとの因縁はオリジナル設定です。何となく分かる方もいらしゃるかもしれませんね。それではー。 |