翡翠の守護神 第三話





巨大なラボ内に、コンソールを操作する音が響き渡る。
コンソールをかなりの速度で操っていた人物は、やがてその手を止めると、ぽつりと呟いた。
「素晴らしい……!」
その人物の前に表示されたのは、機動六課の隊員達のデータであった。なのは・フェイト・はやてやヴォルケンリッターのものはもちろん、新人のフォワード達のものまである。

「あらドクター、またそのデータを見てらっしゃったんですか?」
その声に、ドクターと呼ばれたその人物……白衣を纏った長髪の男……は、振り返った。
「ああウーノ。フフ、そうだね。素晴らしいデータというものは、何度見ても飽きないものさ。」
笑いながら言う男に、ウーノと呼ばれた女性と、もう一人……眼鏡をかけ、髪を大きな二つのおさげにまとめた少女は苦笑する。

「だが……実を言えばあと一人、どうしてもデータが足りない人物がいるのだが、ね。」
そう言うと男は、再びコンソールを操作し始めた。それを聞いた眼鏡をかけた少女は、その言葉に首を傾げた。
「データが足りない人物、ですかぁ? でもぉ、機動六課に関するデータは隊員達はもちろん、後見人である提督達や、聖王教会のものまで集めた筈ですけれど……。」
実際にデータ収集作業を行なった眼鏡の少女は、何か自分に落ち度があったのかと首を竦めた。その様子を微笑みを浮かべて眺めながら、ウーノは言った。
「大丈夫よクアットロ、貴女の仕事にぬかりは無いわ。ただ、ドクターがデータを欲しがっている人物というのは、多分……。」

ウーノが何かを言いかけたその時、男の手が止まった。画面上に写しだされたのは、眼鏡をかけ、ハニーブロンドの髪をした女性と見紛うような、一人の青年であった。
「やはり彼の事でしたか……。ドクターは本当に彼に御執心なさっておりますね……。」
苦笑を浮かべながら呟くウーノとは対照的に、クアットロは腑に落ちない顔をして首を傾げた。
「この人って……無限書庫司書長、ユーノ・スクライアですよねぇ? 何でこの人のデータが必要なんですかぁ? それに、彼のデータも一応集めた筈ですけど……。」
その言葉通りに、クアットロはユーノに関するデータも集めていた。
六課の後見人ではないとはいえ、六課の隊長陣との関係はやはり無視出来るものではなかったし、その防御・結界展開・情報収集などの能力は抜きん出ていたため、クアットロもきちんとデータを集めていたのである。

しかし。
「でも……それでもドクターがそれほど気になさるような相手ではないと思うんですけれど……。」
クアットロは腕組みをして考え込んだ。確かに要注意人物の一人であることは間違いないと思うが、最近は無限書庫に篭りっきりであるし、戦闘面での脅威は感じられない。
情報戦ではひょっとしたらてこずるかもしれないが、管理局内には自分が敬愛する『姉』が入り込んでいるのだ。その姉と連携をとれば、情報戦においても負けはしない。そうクアットロは考えていた。

「フフフ……クアットロ。確かに君の考えはそれほど間違ってはいないよ。ただしそれはあくまで、彼を知らない一般的な見方において、ではあるがね。」
まるで彼女の考えを見透かしたかのように男は言った。その言い方に、クアットロは思わず言った。
「彼を知らないって……どういう事です? ドクターは何かご存知なのですか?」
クアットロのその問いに、男は振り返ると、口元をにぃっと大きく歪めて言った。
「そうだね……良く知っているよ。ある意味では、機動六課の面々よりもね。……私の予想では、彼こそが計画の最大の障害になる筈だよ。このままいけば、ね。」

その男の物言いに、クアットロは驚きを隠せなかった。
「ドクターがそこまで入れ込む方がいるだなんて驚きですわ……! でもそうなると、この方の詳細なデータを至急収集しないと……。」
そう言うクアットロに、男は笑みを浮かべながら言った。
「それなんだがね、実はちょっとした『ゲーム』を思いついてね。君も正直彼がそこまでの脅威に成りうるかは半信半疑だろうし、その考えを改める良い機会になれば、と思ってね。」
自分を見つめてくる二人にそう言って笑みを浮かべると、男は再びコンソールを操作し始めた。
「さて、久しぶりに遊ぼうかユーノ・スクライア……。フフ、果たして君は、どれぐらいの力を身に付けているのかな? 今から楽しみだよ……!」






「何だって? 僕に遺跡調査に行けって?」
『ああそうだ。君に頼みたい。』
無限書庫司書長室にてラクスと共に事務仕事を行なっていたユーノの元に、クロノから通信が入った。
また資料の請求かと思いきや、その内容はユーノへの遺跡調査の依頼であった。

「詳しい経緯を教えてくれるかい?」
そう言うユーノに、クロノは画面の向こうで頷きながら言った。
『もちろんだ。事の発端はニ週間程前に遡る。とある遺跡でレリックのものと思わしき反応があった。ただ、反応は一瞬であったために、機動六課を派遣する前に調査隊が遺跡に入ったのだが、これが壊滅した。』
「壊滅……か。」
その内容に、ラクスが顔を曇らせる。その様子を見て、幾分和らいだ口調でクロノは言った。
『大丈夫だ。壊滅とはいえ、死人は出ていない。だが今回の事を受けて、その遺跡への機動六課の派遣が決定した。ただ、今回はどうも……きな臭い感じがして、な。」
「きな臭い……か。確かにね。」

ユーノはその遺跡のデータを見た。遺跡自体は別段珍しいものではない。故に、違和感があった。何故この遺跡でレリックの反応が発生したのか。何故このレベルの遺跡に、調査隊を壊滅させる程の防衛機能が存在するのか。
自分が考えた事をクロノも考えたのであろう。そう思ってその事を告げると、クロノは頷いた。
『その通りだ。だから今回、僕の一存で六課に遺跡発掘のエキスパートをつける事にしたのさ。』
「それが僕……というわけ?」
『他に誰がいる? ユーノ・スクライア司書長殿。』
そのクロノの物言いに、ユーノは露骨に顔を顰めて言った。

「その言い方はやめてよクロノ。君にそんな風に呼ばれると、何だか馬鹿にされた気分になるよ。」
『それは心外だ。僕としては、心からの敬意を込めているのだがな。』
「心からの敬意を込めてくれるなら、資料請求の際にももう少し敬意を込めて欲しいね? 毎回毎回凄まじい量の資料請求をしれっとした顔でしてくれてさ。」
『それとこれとは別問題だ。何より、君達なら出来ると信頼しているからこそ頼っているんじゃないか。』
「へぇそう、そういう事言うんだ。今度カエラとビエラに会ったら言っておくよ。『君達のお父さんは真面目な顔して嘘をつく酷い人なんだよ。君たちはそんな大人にならないでね。』ってさ!」
『おい! 子供にそんな事を吹き込むのは反則だろう!! 大体真面目な顔して嘘をつくのは君の方じゃないか!!」
「何だと!!」
『何だよ!!』

二人のやりとりを見ていたラクスははぁと溜息をもらした。最新鋭戦艦の艦長たる前途有望な提督と、管理局の全ての情報を司るとまで言われる無限書庫司書長のやりとりとは到底思えない。
どちらも他の人間相手ならば極めて紳士的に、冷静に応対するのに、互いが相手だとコレである。でもまぁこれはむしろ……。
「喧嘩するほど仲が良いとは、良く言ったものだな。」
ぽつり、とラクスは呟いた。だが二人はそれを聞き逃さずに、同時に叫んだ。
「『仲良くなんてない!! 馬鹿な事を言うな!!』」
(……滅茶苦茶息が合っているじゃないか……。)
これ以上突っ込んでも疲れるだけだと判断したラクスは、やれやれとばかりに肩を竦めた。

『……まぁそれはともかく、だ。とにかくそういう訳で、君も六課についていって欲しいんだ。』
咳払いを一つして、クロノは言った。ユーノは腕を組んで少し考えていたが、やがてクロノに尋ねた。
「まぁ別に構わないけれど……でもどうして僕なのさ?」
その問いに、クロノは仏頂面で答えた。
『まず第一に、機動六課との連携を取り易い事。気心の知れている面子なら色々とやりやすいだろうしな。二つ目に、さっきも言ったが君自身が遺跡の専門家である事。正直、君以上に遺跡に精通した者などそう多くはいないだろう。……と、いうのが表向きの理由だ。』

「……表向き、だって?」
ユーノは思わず問い返していた。クロノは仏頂面を更に厳しくして言った。
『……そう、表向きだ。裏の理由は……もし、不測の事態が起こったとしても、君なら……君とラクスなら大丈夫だろう、という事だ。さっき君にも言ったように、今回はきな臭いからな。念には念を入れて、という事だ。』
「成る程、ね……。確かに……。」
ユーノはそう呟いた。

ユーノとラクスの本当の力……「翡翠の守護神」としての力を知る者は、現在五名しかいない。
リンディ・レティ・クロノ・マリー、そしてスバルである。
この中で、特にクロノはユーノの力を最も良く知っているといえた。何故なら、ラクスの調整後の最初の戦闘……模擬戦ではあったが……の相手を務めたのはクロノであったのだから。

『君の本当の力は良く知っている。いや、今はもっと腕を上げているのかな? とにかく、君とラクスならば護衛の心配もいらないし、万が一の時にも安心出来る。』
そう言ってくるクロノに、ラクスが苦笑交じりに言った。
「おいクロノ、言っておくが私達は今の所、『総合Aランクの結界魔導師』と、『実体化が出来るだけの只の平凡なインテリジェントデバイス』なんだからな? あまり期待をされても困るぞ。」
『……ユーノはともかく、君は実体化出来る時点で平凡という形容詞とはかけ離れている気がするがな……。』
こちらも苦笑交じりにクロノは言った。だがその顔をまた引き締めると続けて言った。
『……君が言いたい事も良く分かる。僕や母さん達が六課を表から守る立場なら、君達は裏から護る……非常時のための「切り札」である、というユーノの考えには僕も賛成している。そう軽々しく君達の力は振るわれるべきではない。だが、今回は非常時とまではいかなくても、不透明な部分が多い。出来るなら、念には念を入れておきたいのさ。』

そこまで言うと、クロノはユーノを見つめた。ラクスも主がどう判断するのか、彼を見つめている。
二人の視線に晒されたユーノは、ふっと息を吐くと、シニカルな笑みを浮かべて言った。
「分かったよクロノ、引き受けさせてもらうよ。……その代わり、僕が居ない間は無茶な資料請求はしないこと。いいね?」
そのユーノの言葉に、流石のクロノも苦笑を浮かべて言った。
『分かった。それは約束しよう。「翡翠の守護神」がいない間に無茶な請求はしないさ。』

その言葉に頷きかけたユーノは、仰天した顔でクロノに食いついた。
「おい! 何で君がその呼び名を知ってるんだ!?」
『マリーから聞いたのさ。何でも、どこぞのデバイスが自分の主のその呼び名をこっそり広めようとしているらしいな。もっとも、限られた人間の中だけだがな。』
「と、いってもその面子じゃ……。」
『ああ、母さんとレティ提督は僕より先に知っていたな。「ユーノ君も立派になって嬉しいわ!」と二人して喜んでいたぞ。』

それを聞いたユーノは思わず天を仰ぎ、ついでじろり、とラクスを睨んだ。ラクスは彼と目が合うや、脂汗をたらしながらさっと目を逸らした。
これは後でお仕置き確定だね、と考えつつ、ユーノはクロノに釘を刺した。
「いいかいクロノ! 誰にも言っちゃ駄目だからね!?」
『分かっている。だがそんなに照れるな。結構似合っていると思うぞ「翡翠の守護神」?』
そうクロノに言われたユーノは嘘をつけ、と内心で毒づいた。

これ以上その事について話しても不毛になりそうだったので、ユーノはぐっとこらえて細かい日程の調整をした。去り際に『じゃあな翡翠の守護神。』といってくるクロノにロクに挨拶も返さずに通信を叩き切ると、ユーノとラクスは再び事務仕事を再開した。
しかし、ユーノは頭の片隅で考えていたことがあった。
(今回の事件……あんな遺跡にレリックの反応だなんて、やっぱりおかしい……。そうなると恐らく、これは罠の可能性が高い。問題はターゲットだけど、普通に考えれば六課だよね。だけど……。)
そこまで考えたユーノの脳裏に、一人の男が浮かんだ。
ラクスと出逢った遺跡において初めて遭遇した、白衣の男。次元を超えて指名手配されており、フェイトが追っている犯罪者。

そして、自分を自らと『同じ』だと言い放った男。

『君は……私と同じだね。フフフ、嬉しいよ。自分と同じような存在に出逢えるだなんて、思ってもみなかった。これだから世界は面白い……!』
『僕は……貴方とは違います! 同じな訳がない……ッ!!』
『フフフ……若いねユーノ・スクライア。まぁ、今はそれでも良いさ。だが……その内に段々と理解してくるだろう。自分が何者で、どういった存在であるのかを、ね。もし自分が何者であるかを理解したなら、私の所に来たまえ。君ならいつでも歓迎するよ。』
『誰が……誰が貴方の元へなんか行くものか!! 僕はなのは達と……みんなと共に歩むんだ!! そのために、僕は……!!』
『ま、今はそういう事にしておこうか。フフ、また逢おう、ユーノ・スクライア。次に逢う時には、そのデバイスを少しは使いこなせるようになっていたまえ。……折角『選ばれた』のだから、ね……。』
『何!? 何を言って……!』
『フフフ、それは次回逢う時のお楽しみにしておこうか! さらばだ、ユーノ・スクライア! フフフハハ……ハーッハッハッハッ……!!』

彼の残した高笑いは、今でも耳にこびりついている。
その後、その男は何度か自分にちょっかいをかけてきたが、ここ暫くは何もしてこなかった。
故に思う。……今回の事件の黒幕は『彼』で、そのターゲットはもしかすると……。

「……どうしたユーノ、凄く難しい顔をして……やっぱり怒ってる……のか?」
そのラクスの声に、ユーノははっと我に返った。目の前には、心配そうに、そして申し訳なさそうに自分を覗き込むラクスの顔があった。
「……いや、怒っていないよ。だけど、頼むからあんまり言いふらさないでね? その呼び名をさ。」
そう言ってユーノは苦笑しながらも、ラクスの頭を優しく撫ぜた。
「そう……か? 本当に私は似合っていると思うのだが……。まぁ貴方がそう言うなら控える事にしよう。」
ラクスはそう言うと、優しく髪を撫ぜるユーノの手の感触に、くすぐったそうに目を細めた。
そんなラクスを優しげに見つめながらユーノは思った。
(まぁ……それは流石に考えすぎ、かな?)
そう考えたユーノのもう片方の手は、しかし強く、固く握り締められていた。




それから数日後。ユーノとラクスは問題の遺跡に来ていた。
「ここがその遺跡か……。レリックがありそうな所には見えないが……。」
「うん、でも良い遺跡だね。仕事じゃなければ、じっくりと探索する所なんだけどなぁ。」
そう言ってユーノは遺跡の入口を眺めていた。
こんな時でも自分の趣味を炸裂させる自分の主にラクスは思わず苦笑してしまう。
「全く貴方という人は……。ほらほら、今日は仕事で来ているんだから、さっさと打ち合わせを済ませるぞ。ほら、早く!」
「いたた、痛いよラクス。そんなに引っ張らなくってもちゃんと行くってば!」

そうしてラクスに引っ張られながらユーノはベースキャンプへとやって来た。
ベースキャンプではリインUとシャマルが話をしていたが、やってきた二人を見ると、二人とも笑顔を浮かべた。
「ご苦労様ユーノ君、ラクス。それにしてもお久しぶりね。」
「お久しぶりですシャマルさん。他の皆は?」
シャマルに挨拶を返しながらユーノはそう尋ねた。

「今は付近の哨戒に出てるわ。一応念のためね。」
「そうでしたか……。あ、リインも元気だったかい?」
ユーノが優しくリインの頭を撫でながら言うと、彼女は嬉しそうに笑いながら言った。
「はい! リインはいつだって元気ですよー!」
そう言ってくるくると宙を舞っていたリインUは、ぺたんとラクスの頭の上に着地した。

「おいリイン。いつも思うのだが、何で私の頭の上に居座るんだ? ああいや、別に止めろという訳ではないんだが……。」
不思議そうに問うラクスに、リインは明るく答えた。
「だってラクスちゃんの髪の毛、すっごく綺麗なんですものー! それに本当はリインはユーノさんの頭の上に乗りたいんですけど、そうするとはやてちゃんや皆が怒るですから、ラクスちゃんに乗ってるですー。」
そのリインの言葉に全員が苦笑する。と、その時ウインドウが開き、聞きなれた声が聞こえてきた。

『こらー、リイン! 余計な事言ったらアカンよ? 大体人様の頭の上に気軽に乗っかったら駄目や、っていつも言うてるやないの!』
その声の主は、機動六課部隊長、八神はやてであった。リインは驚いてラクスの頭の上でぺこぺこと土下座した。
「はわわーはやてちゃん! ご、ごめんなさいですー! つい……。」
「まぁまぁ師匠、私なら気にはしていない。そんなに怒らないでやってくれ。」
リインの謝る様子にラクスも助け舟を出した。それを聞いたはやては苦笑する。
『まぁラクスがそう言うならええけどな。それはそうとユーノ君もご苦労さん。なんや、クロノ君に無理矢理ねじ込まれたんやって? 災難やったなぁ。』

そのはやての物言いに苦笑いをしながらユーノは言った。
「そんな災難という程ではないけどね。元々遺跡調査は僕の得意とする所だし、一緒に仕事をするのが君達なら余計な気苦労をしなくていいしね。そういえば、今回は君たちもサポートしてくれるの?」
ユーノがそう問うと、はやてはえへんと胸を張って答えた。
『そうや! 機動六課が誇るバックアップ、ロングアーチがしっかりとサポートさせてもらうでぇ!』
そうはやてが言うと同時に、別のウインドウが開く。
『そうですよ! 大船に乗った気持ちでいて下さい!!』
『こらシャーリー、勝手に喋るなってば!!』

新たに開いたウインドウに映った人を見て、ユーノは笑顔を浮かべながら言った。
「久しぶりだねシャーリー、グリフィス! 君達も元気そうで何よりだよ。」
『はい! お久しぶりですユーノさん!』
『本当にご無沙汰しています、ユーノさん。折角久しぶりに話が出来たのに、シャーリーが相変わらずで済みません……。』

モニターの向こうで恐縮しているグリフィスを見て、ユーノは思わず苦笑した。
「君も相変わらず苦労性みたいだねグリフィス。もうちょっと気楽にいって良いと思うよ?」
『はぁ……分かってはいるんですが、どうも性分といいますか、中々上手くいかなくて……。』
そう言って頭をかくグリフィスを、ユーノは他人事の気がしない気持ちで見つめていた。

そう、シャーリーとグリフィスともユーノは顔見知りであった。なのは達やレティ提督達を通じて知り合い、その後も資料の請求などで二人が何度か無限書庫を訪れる度に、話をしたりしていたのである。
特にグリフィスの事は、苦労性の所といい、何だか他人の気がしていなかった。同類相憐れむ……と言えば良いであろうか。

『そうやー。グリフィス君はもうちょっと気楽にやればええねん。優秀なんやから。』
『そうそう。そんなに肩肘張ってると、将来ハゲちゃうかもしれないんだから。』
ユーノの言葉を受けて、はやてとシャーリーが言った。ユーノとグリフィスは同時に苦笑する。
「いや、多分グリフィスの気苦労の原因の最たるものである君たちはもう少し色々と考えた方がいいと思うけど……。」
『二人がもう少し自重してくれたら、僕の負担も大分軽くなるんですけどね……。』

『何やのその言い方。まるで私らが悪いみたいな言い方やないか。ひっどい言い方やなぁ、なあシャーリー?』
『まったくです! 私達はみんなの緊張を解そうとして、わざといつも明るく振舞ってるのに!』
そう言って頬を膨らます二人をまぁまぁと宥めた後、ユーノは他のロングアーチメンバーにも声をかけた。

「そういえば今回初めて会う人もいるみたいだね。良かったら挨拶をさせてもらえるかな?」
ユーノがそう言うと、新たにウインドウが開いた。
『は、初めまして! アルト・クラエッタ二等陸士です!!』
『お、同じくルキノ・リリエ二等陸士です!! ス、スクライア先生の御高名はか、かねがね……!』

緊張しきって挨拶をする二人に、ユーノは優しく笑いかけた。
「ああそんなに緊張しないで二人とも。アルトさんに、ルキノさん……だね? 初めまして、僕はユーノ・スクライア。無限書庫の司書長を務めています。正式な局員じゃないから、僕の事はユーノと呼んでくれればいいよ。」
気さくにそう言うユーノであったが、アルトとルキノは逆に驚いてしまった。
『そ、そんな! あの無限書庫司書長を務める方を、そんな名前で呼ぶだなんて!』
『そ、そうです! そんなのいくらなんでも……!』

だがそう言う二人にラクスが声をかけた。
「何、気にする事はない。何より彼自身がそういった堅苦しい態度を苦手としているんだ。本人がそう言っているのだから、その通りにしてやってくれ。」
『あ、は、はい……。』
『あの、貴女は……?』
おずおずと問うルキノに、ラクスも表情を和らげて言った。
「ああ、自己紹介が遅れて済まないな。私はラクシュミ。ユーノのデバイスだ。ラクスと呼んでくれ。皆そう呼ぶからな。」

『はぁ……。』
呆然と頷く二人に、更に笑いかけるとユーノは言った。
「まぁ、とにかくこれからよろしくね、アルト、ルキノ!」
彼はわざと初対面である二人のファーストネームを呼び捨てにした。その笑顔と気さくな口調に、アルトとルキノもつられてしまう。
『は、はい! よろしくお願いします、ユーノさん!』
『バックアップは任せて下さい、ユ……ユーノさん!』

その二人の返事に満足そうに頷くと、ユーノはシャマルの方へと振り返った。
「それじゃあシャマルさん、リイン。皆が帰ってくるまで、状況を説明してもらえるかな?」
そう言うユーノに、シャマルとリインは顔を引き締め頷いた。
「分かったわ、それじゃあ説明するわね。……この遺跡なんだけど、実は不可解な部分が多いの。」
「不可解?」
そう言って眉を寄せるラクスに、リインが言った。
「はい。実は私とシャマルで遺跡に調査魔法を走らせたんですけど、ある一定の階層より下は魔法が届かなかったんですー。と、いうより、無効化された……と言った方が良いかもしれません。」

「君とシャマルさんの調査魔法が無効化されただって……? 調査隊が全滅した事といい、この遺跡にそれほどレベルの高い防衛機能は存在していないはずなのに……。」
そう言うとユーノは腕組みをして考え込んだ。
遺跡の調査・発掘のエキスパートである彼は、その遺跡を見れば、それが大体どの時代に作られたもので、どんな目的で建造されたか推測出来るのである。
その自分の感覚を信じるならば、この遺跡はそれほど古くないし、過去に重要な儀式などに使われていた訳でもない。ましてやレリックが存在しているなど、あり得ない遺跡であるのだ。

だが実際にはここからレリックの反応はあったし、調査隊は壊滅している。と、言う事は……
(やっぱり罠、か……。しかしこの二人の魔法を無効化するとは余程の……。)
現在分かっている遺跡の見取り図を見ながらユーノは思考した。故に、気付かなかった。自分の背後から、気配を殺して近づいている者がいる事に。

その人物は、自分に気がついたラクス達にウィンクをして人差し指を唇に当て、「しー」というポーズを取ると、そっとユーノの背後に立った。
そして息を静かに、大きく吸い込むと、次の瞬間、思いっきり大声を上げてユーノに抱きついた。
「せ─────んせ────────────────いッッッ!!」
「うっひゃあああああああああああああああああああああッッッ!?」

ユーノはいきなり抱きつかれた事と大声を出された事に、それはもう驚いた。
そう、背後からユーノに近づいていた人物とはスバルであった。
仕事中や戦闘中であればユーノは検索魔法を応用して、かなり広範囲の事を知覚出来る。自分が張った結界内であれば、その全てを把握出来ると言っても過言ではない。
しかし、いかにユーノとはいえ四六時中周囲に気を配っている訳ではない。そこをスバルは狙ったのである。
まぁ意識して狙ったという訳ではない。彼女は最初は普通に挨拶代わりに抱きつくつもりであったのである。だが、集中し過ぎて自分が来た事に全く気付かないユーノの背中を見て、つい悪戯心が湧いてしまったのである。

「えへへ! 先生を驚かすことが出来て嬉しいですよ♪」
そう言ってユーノの背中にすりすりと頬擦りをするスバル。ユーノは肩越しにそんな教え子の姿に苦笑しつつも言った。
「全く、心臓が止まるかと思ったよ……。……ところでスバル、君が来たのは分かったから、とりあえず離れてくれないかな?」
だが、ユーノにそう言われたスバルは膨れっ面をして言った。
「えー、もうですか? もうちょっとくらい良いじゃないですかー。」
スバルはそう言いながらユーノを抱きしめる腕に力を込めた。

「い、いや、あの、ちょっと……。」
更に強く抱きしめられたユーノは狼狽する。実はさっきから、大きくて柔らかくて瑞々しい弾力を持つ二つの塊の感触を背中に感じてしまっているのである。
いつもなら抱きつかれてもこちらから上手く離してやっているのだが、背中から抱きしめられていてはそれも出来ない。
非常に気持ちよくて幸せで、しかしある意味とても困ったこの状況をどう打破したものかとユーノが考えた時、ちょうど救いの天使が現れた。

「ほらほらスバル、ユーノ君が困ってるじゃない。お仕事の邪魔しちゃ駄目だよ?」
そう言ってスバルを引き離してくれたのはなのはであった。スバルは少し残念そうな顔をしていたが、仕事の邪魔をしてはいけないという言葉が効いたのか、大人しく離れた。
「助かったよなのは。スバルも悪気は無いんだろうけど、ちょっと困っちゃうね。」
頭をかきながらそう言うユーノをなのははにこやかに見つめていたが、すっとユーノに近づくと、彼にしか聞こえないような声で囁いた。
「……後で『お話』聞かせてもらうからね? ユーノ君♪」
その言葉を聞いた瞬間、ユーノの手が止まった。ぎこちない笑みを浮かべながら彼はなのはの顔を見る。

なのはは笑顔であった。だが、ユーノの目にはその背後にドス黒い怒りのオーラが噴出しているのが見てとれた。
だらだらと脂汗を流しながらユーノは震えそうな声で言った。
「い、いやなのは。アレはもう、不可抗力というか、何と言うか……で、でも、僕が悪い訳じゃあ……。」
「うん、分かってるよユーノ君♪ ちゃんとフェイトちゃんもはやてちゃんもすずかちゃんもアリサちゃんも呼んで、一緒に一晩中お話聞いてもらうから♪」
それって海鳴五人娘によるオールナイト・スーパー説教タイムじゃないかと叫びそうになったユーノであったが、すんでのところで持ちこたえた。
(うう……。なのはには後でちゃんと謝らないと……。でも僕何も悪い事してないのに……それに何でなのは達はこういう事ですぐ怒るんだろう……?)
悄然とした顔でユーノはそんな事を考えた。そして、そんな主の表情を見て、彼が何を考えているのかを察したラクスは思わず苦笑する。
(そのにぶい所がなのは達にとってはもう十分「悪い事をしている」……ということなんだがな。全くいつ気がつくのか……。)

「……それじゃあ皆帰ってきたわね。なのはちゃん、シグナム、報告を聞かせてもらえるかしら?」
ユーノ君御愁傷様、と内心で呟きながらシャマルが言った。その言葉を受け、なのはもシグナムも顔を引き締めると報告を始めた。
「スターズ分隊が受け持った方は、特に異常は無いね。怪しげな施設も何もなかったよ。」
「ライトニングの方もそうだな。……ただ、何も無いのが逆に引っかかる気もするのだが……。」

そのシグナムの呟きに、ユーノが反応した。
「シグナムさん、引っかかるとは?」
「ああ、この遺跡の防衛機能と周りの寂れ具合にちぐはぐな印象を受けてな。まぁ、遺跡なんだからそういうこともあるとは思うのだが、ちょっと引っかかってな。」

それを聞いたユーノの顔が自然と引き締まる。それを見たヴィータが言った。
「おいユーノ、そんなすげー怖い顔してどうしたんだよ? 何かあんのか?」
そのヴィータの言葉にユーノはすぐには答えなかった。やがてゆっくりと顔を上げると、眼鏡をくい、と持ち上げながらユーノは言った。
「……確定は出来ない。けれど……この遺跡は、十中八九罠だと思う。」

「ええっ!? そうなんですか!?」
ユーノの言葉にスバルは驚いた。それとは対照的に、隊長陣はやっぱりかという表情を浮かべていた。
「まぁ明らかにおかしいですもんね。……というか、アンタもその可能性くらいは考えておきなさいよ。」
ティアナがそう言いながらスバルの頭を軽く小突く。スバルは気まずそうに笑いながら頭をかいた。

「で、どうする? 罠だと分かってる所にみすみす飛び込むのは得策とは言えないが……。」
腕組みをしながら言うシグナムに、ユーノは言った。
「ええ、確かに。……ですが、レリックの反応があったのは事実です。ここは僕が潜ってみようと思います。」

「確かにユーノ君だったら大丈夫だと思うけど……でも、一人で行くつもり?」
心配そうにそう言うシャマルに、ユーノは苦笑しつつ言った。
「まさか、そんな無茶はしませんよ。新人四人と一緒に行こうと思っています。」
いきなりそう言われたスバルを始めとする新人四人は、そのユーノの言葉にとても驚いた。

「え!? わ、私達ですか!?」
キャロがユーノに尋ね返す。それに笑顔で頷くと、ユーノは言った。
「そう、君達さ。大丈夫、君達はもっと自分の力を信じて良いんだよ。頼りにしてるからね?」
ウィンクをしながら言うユーノ。それに応えてスバルが力強く拳を握りながら言った。
「もちろんですよ! 任せて下さい!」
ティアナ・エリオ・キャロもそれに同意を示すように頷く。その様子にまた笑みを浮かべると、ユーノはなのはに言った。
「じゃあなのは、僕達はこれからすぐに遺跡に潜るよ。君達は遺跡周辺の警戒をお願いね。これが本当に罠なら、遺跡の外にも動きがあるはずだから。」
「うん、分かった。フェイトちゃんもすぐにこっちに到着するはずだから、そのまま一緒に警戒についてもらうよ。ユーノ君達の帰る場所は、私達でちゃんと守っておくから。」

なのはは笑顔で言った。だが、すぐに真剣な顔に戻るとユーノの手を握りながら言った。
「ユーノ君、本当に気をつけてね。無茶は本当に駄目だからね?」
「ふふ、なのはに無茶するなって言われるだなんて、ね。」
「ユーノ君!!」
なのはの言葉に、ユーノは軽い調子で答えた。だが、そんな彼になのはは声を大きくする。
その様子に軽く苦笑をした後、すぐに真面目な顔になってユーノは言った。
「……ごめんね。でも、本当に大丈夫だから。僕が出来る事、すべき事を……してくるだけだから。」
そう言うと、ユーノはそっとなのはの手に自分の手を重ねた。彼女を安心させるかのように。




「……さて、それじゃあ行こうか。ラクス、セットアップ!」
ユーノがそう叫ぶと同時にラクスの体が光の粒子へと変わり、ユーノの左手首に移動した。
やがて光の粒子は翡翠色の宝玉が煌く腕輪へと形を成した。その腕輪をそっと撫でるとユーノは言った。
「じゃあ皆、行くよ。気をつけてね。」
『はいッ!!』
新人達の返事を頼もしく聞きながら、ユーノは遺跡へと入っていった。

とはいえ、シャマルとリインUの調査魔法が及ぶ範囲内においては危険が無いのは分かっていた。
問題は、彼女らの魔法が無効化された階以降である。そしてユーノ達は、その問題の階へとやってきていた。
「ふぅん……。明らかに空気が違うねえ……。」
ユーノは軽い口調で言ったが、それとは裏腹に厳しい表情を浮かべていた。スバル達も緊張した顔つきになっている。

「それじゃあちょっと調査魔法を走らせてみようか。ラクス、行くよ。」
<<了解、マスター。>>
ラクスの返事を聞いたユーノは目を閉じ、魔法の構成を始めた。その構成の緻密さと作り上げる速さにキャロが感嘆の声を上げる。
「凄い……! こんなに緻密な構成を、瞬時に組み上げるだなんて……!」
「流石はユーノさんだね。他の人だったらこうはいかないよ。」
キャロの隣でエリオはそう言いながら、ユーノを尊敬の眼差しで見つめていた。

程なくして調査魔法を組み上げ終えたユーノは、それらを展開した。ややあって、その結果が分かったのか、ユーノは呟いた。
「成る程……これは……。」
目を閉じたまま呟くユーノの様子を訝しんだティアナが声をかけた。
「ユーノさん、どうしたんです? 何か分かったんですか?」
ユーノは閉じていた目をゆっくりと開くと、ティアナの問いに答えた。
「うん、ちょっとね。それで悪いんだけれど、君達は上に戻っていてくれないかな? ここから先は……僕一人で行くよ。」
穏やかな声でユーノは言った。だが、流石に言っている事が事なので、新人達はすぐには納得しなかった。

「何でですユーノさん!? いくら遺跡のエキスパートである貴方でも、ここから先を一人で行くだなんて、あまりに危険すぎますよ!!」
ティアナが猛然と噛み付いた。だが、そう言われたユーノは厳しい顔をして言った。
「いや、多人数で行く方が危ないんだ。今調査魔法を走らせてみて分かったんだけど、ここのトラップは凄いんだよ。君達を連れていく余裕は無いんだ。僕一人なら何とかなりそうなんだけどね。それに……。」
「……それに? 何です?」
「多分、上の方も大変な事になっているはずだよ。」
そのユーノの言葉を裏付けるかのように、シャーリーから通信が入った。
『大変です! 遺跡周辺に多数のガジェットが出現しました!! 今なのはさん達が迎撃に出ていますが、正直手が足りません! フォワード陣は至急応援に向かって下さい!!』

「……皆聞いたね? ここからは別行動だ。君達は急いでなのは達の応援に向かって。僕はこのまま遺跡に潜って調査をしてくるから。」
「で、でも……。」
そう言うユーノに、キャロが心配そうな目を向ける。それに気付いたユーノは笑顔を浮かべて言った。
「大丈夫だよ、キャロ。無理はしないさ。それに僕は一人じゃない。ラクスも一緒さ。」
<<そう言う事だ。何、マスターが無茶をしようとしたら、私が止めてみせる。心配するな。>>
だが、それでも一同はすぐには決断出来なかった。と、その時遺跡が揺れた。ぱらぱらと天井の一部が崩れ始める。

「……どうやら迷っている暇は無いね。それじゃ僕は行くよ。皆も気をつけてね!」
新人達を見回したユーノは、そう言うが早いか遺跡の奥へと駆け出した。慌てて後を追おうとした一同であるが、トラップが発動したのか、急に天井から壁が落ちてきて行く手を遮った。
「くっ!これじゃあ……!」
「どうするんです、ティアナさん!?」
エリオは行く手を遮る壁に歯噛みをし、キャロはティアナに指示を仰ぐ。
「……仕方が無いわね。ユーノさんとラクスは心配だけれど、確かにユーノさんは遺跡のエキスパートだし、この状況じゃあ後は追えないしね。私達は上に戻って隊長達の援護に向かうわよ!」

その言葉にエリオとキャロは頷き、元来た道を駆け出した。だが一人だけ、その場を動かない者がいた。
「スバル! 何やってんのよ!! 行くわよ!!」
ティアナが大声で叫んだ。だが、その声を聞いてもスバルは動こうとしなかった。
(あの目……先生のあの目は……!)

「スバル!!」
ティアナがありったけの声で叫ぶ。その声にスバルはようやくティアナの方を向いたが、しかし彼女の方に向かおうとはしなかった。
「ごめんティア! 私、先生の後を追うよ! 一人……じゃなかった、二人だけだとやっぱり心配だし!!」
スバルはそう言うとユーノが通った道を塞ぐ壁を破壊し、その奥へと進んでいった。

「ど、どうするんですティアナさん!? スバルさんまで行っちゃいましたけど……。」
キャロがあわあわとしながらティアナに問う。ティアナは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、深い溜息を一つつくと、苦笑を浮かべて言った。
「しょうがないわ。ユーノさんはともかく、スバルは思ったら即行動だもんね。それに、確かにユーノさんとラクスだけを行かせるのも危ないし。ユーノさんのフォローはこのままスバルに任せて、私達は急いで戻ってなのはさん達の援護に回るわよ!」
「了解です!」
「分かりました!」
エリオとキャロの返事に頷きを返したティアナは、二人と共に来た道を引き返していった。

「マッハキャリバー、先生の位置は分かる!?」
<<スクライア司書長の位置は何とか捕捉出来ています! しかし移動スピードが尋常ではないためすぐには追いつけません! トラップを解除しながらこの速度で移動するだなんて……!>>
「流石は先生とラクスだね……! でも私達も急ぐよ! 少しでも早く先生と合流しなくちゃ!!」
<<了解です、マスター!>>
ユーノが進んだ道を、スバルはマッハキャリバーを駆って進んでいた。途中にあったトラップはユーノが根こそぎ無力化していったのでそれに悩まされる事無く進んでいたのだが、それでもスバルはまだユーノに追いつく事は出来なかった。
(早く追いつかないと……! 先生が一人で戦い始める前に……!)
スバルはぎりっと奥歯を噛み締めると、マッハキャリバーに更に魔力を込めながら、奥へと進んでいった。





スバル達と別れて少し後、ユーノは遺跡の最深部とおぼしき場所へと辿り着いていた。
「どうやらここがこの遺跡の最深部のようだね。何かあるとすればここの筈だけれど……。」
そう呟くユーノに、溜息混じりにラクスが言った。
<<マスター、私達の間に隠し事は無しにしようじゃないか。貴方はここに何かがあると分かっているのだろう? だからこそ、スバル達を置いて一人でここへやってきたのだろう? 違うか?>>
そう言われたユーノは苦笑しつつ頭をかいた。
「やれやれ、やっぱり君には気付かれちゃったか。ごめんよ、隠すつもりは無かったんだけど……。」
<<いいさ。それで、貴方は一体何に気付いたんだ?>>

「うん。それはね……この事件自体が僕へのパーティーへの招待状で、そしてここが……そのパーティー会場だってことに気付いたのさ。」
<<……それはまた随分と悪趣味なパーティーだな。主催者の見当はついているのか?>>
そう問うラクスに、ユーノは厳しい顔をして頷きながら答えた。
「十中八九、『彼』だと思う。」
<<『彼』……? まさか、あの変態科学者か!?>>
驚きつつそう言うラクスに、ユーノは無言で頷いた。ラクスは舌打ちをしながら言った。
<<あのストーカーめ……! ここの所大人しくしていると思っていたら、こんな大仰な手を打ってくるとはな……!>>

ラクスの物言いにユーノは小さく笑ったが、再び顔を引き締めると言った。
「この事件が発生した時からそんな気はしていたんだけれどね。確信したのは、さっき調査魔法を放った時さ。通常のトラップもあったけれど、僕の魔力にのみ反応するよう設定されているものもあったからね。」
<<成る程……。ついでに言うならそれらは増援を呼ぶタイプのもので、更に出現場所は遺跡の入口付近だったという訳だな?>>
「御名答。流石は僕のパートナー。」
そう言ってユーノは笑った。

そう、ユーノがなのは達を連れてこなかった理由の一つがこれだった。遺跡から脱出しても、入口付近で待ち伏せされては非常に危険だ。それを回避するため、万が一の可能性を考えてユーノは居残り組の方に隊長陣を残したのである。
だが、ラクスは苦笑をしながら言った。
<<だがそれだけではあるまいマスター? どうせ、他の者達を巻き込みたくなかったのだろう? もし何かあった時、付き合いの長いなのは達だと貴方が一人で何かしようとするのを察知されてしまってついて来てしまうだろうから、上に残してきたんだろう? 違うか?>>
そのラクスの問いかけに、ユーノも苦笑しながら答えた。
「まあ、ね。確かにそうさ。今回のターゲットは僕だ。僕のやっかい事に、なのは達を巻き込みたくはないからね。」
<<だから……一人で立ち向かおうというのか、マスター。>>
そう言うラクスに、ぽんと宝玉を叩きながらユーノは言った。
「一人じゃないさ。さっきも言ったろ? 君も一緒さ、ラクス。」

<<そう言ってくれるのは有難いがな。だが……ふふ、残念だったなマスター。貴方の目論見は外れたようだぞ。>>
楽しげにそう言うラクスに、ユーノは首を傾げた。
「? 何の事だいラクス?」
<<なのは達より一緒にいた時間は短いが、それでも貴方の思惑に気付いた者がいた、という事だ。そら、やってきたぞ。>>
ラクスの言葉に後ろを振り返ったユーノ。すると、今来た道の奥の方から空色の魔力光が近づいてくるのが見えた。
その魔力光を発している人物は、あっと言う間にユーノに近づくと、そのまま彼に抱きついた。

「やっと追いつきました! 先生!!」
「ス、スバル!?」
そう、その人物とはもちろんスバルであった。ユーノは抱きついてきたスバルの肩を掴んで自分から離すと、声を荒げて言った。
「どうして来たんだ! 上の方が大変な事になっているのは君も分かっているだろう!? なのに何で僕の後を追ってきたのさ!?」
珍しくユーノに怒鳴られたスバルは思わず目を瞑り、身を竦ませた。しかし、それでも彼女は目を開き、ユーノの目を真っ直ぐ見据えると言った。

「すみません、先生……。でも、私気付いちゃったんです。先生が、私達に隠して何かに立ち向かおうとしてるって。」
「何だって? 何を根拠にそんな……。」
「だって! 先生、あの時と同じ目をしてました! 初めて先生がその力を私に見せてくれた……そして、その力で私を助けてくれた、あの時と同じ目を!!」
スバルの言葉に、今度はユーノが沈黙した。スバルはユーノの目を見据えたまま、更に言葉を続けた。
「正直、私も上手くは言えないんですけれど……でも、何となく分かったんです。先生は、何かを隠してるって。そして、きっと自分とラクスだけで何とかしようとしてるって。」
「…………。」
「先生は優しいから……そして強いから、私達を巻き込まないようにするために、敢えてああ言って二人だけで来たんでしょうけれど……でも、やっぱりそんなの間違ってます!! 先生にだって、フォローしてくれる人が必要な筈です!! 私じゃあんまり役に立たないかもしれませんけど、でも……!!」

スバルはそこまで言って口篭った。自分の中にある想いを上手く言葉に出来ない。彼に伝えたい事が沢山あるのに、上手く言葉に出来ない自分にもどかしさが募り、スバルは俯くとぎゅっと唇を噛み締めた。
と、ぽん、と自分の頭に何かが乗せられた感触に、スバルは思わず顔を上げた。
するとそこには、穏やかに微笑んでいるユーノの顔があった。
「先生……。」
思わずそう呟いたスバルの頭を、ユーノは優しく撫でながら言った。
「僕の負けだよ、スバル。まさか、付き合いの短い君に気付かれるとは思わなかったよ。」
そのユーノの言葉に、どこか得意げにスバルは答えた。
「えへへ、甘いですよ先生! 確かになのはさん達に比べれば付き合いは短いですけれど、でも私は今現在唯一の先生の『生徒』なんですから! 先生の事は、少しは分かってるつもりです!」

そう笑顔でスバルは言った。その笑顔をどこか眩しげにユーノは見つめていたが、やがて顔を引き締めると言った。
「さっきはごめんよ、スバル。怒鳴ったりなんかして……。そして、改めてお願いするよ。僕に、力を貸して欲しい。」
ユーノにそう言われたスバルは一瞬嬉しそうな顔をした後、同じく顔を引き締めると言った。
「私こそすみませんでした。先生の指示に従わずに勝手に来て、しかも言いたいこと言っちゃって……。でも、先生が必要としてくれるなら、私の力……喜んでお貸しします!!」

<<さて、話が纏まった所でそろそろパーティーの準備をした方が良さそうだ。主催者の使いが目を醒ましたようだからな。>>
ラクスの言葉に、ユーノとスバルは同時に部屋の奥を見た。するとそこには、赤き光が灯り、何かの起動音も同時に聞こえてきた。
「そうだね、それじゃあ準備をするとしようか。ラクス、セットアップ!!」
ユーノの掛け声と共に、ラクスが光の粒子となり、腕輪からその真の姿である盾へと変わっていく。

やがて完全に盾へと姿を変えたラクスをそっと撫でると、ユーノはきっと敵を見据え、スバルに告げた。
「じゃあ行くよスバル! 油断しないでね!」
「はい! 特訓の成果を見せてやりましょう!!」
元気良く答えるスバルに、ユーノは苦笑した。」
「特訓の成果、か……。まさか、本当に実戦で使う時が来るだなんてね……。」

そう言いながらもユーノはスバルとフォーメーションを組む。スバルがフォワード、ユーノはその後方に位置した。
ユーノの位置は、フルバックというよりは、センターガードに近い位置であった。
このフォーメーションは、スバルとユーノの特性を生かしたものとなっている。
二人の持つ最大の攻撃魔法の内、威力が高いのはユーノの『エメラルド・フロージョン』である。
だが、ラウンドスラッシャーをフルドライブさせて放つこの大技は、ユーノ自身の消耗も激しく、多用は出来ない。
それに比べてスバルのディバインバスターは、射程こそ短く、威力もなのはのそれと比べるとやや劣るが、それでも強力な事に変わりはなかった。
更に、スバル自身の高い魔力もあって、ある程度の無茶も効く。
それらを加味し、更にお互いの特性を考えた結果、このようなフォーメーションが組まれる事になったのである。
ユーノがややセンターガード寄りの位置なのは、ラクスを手にした事によって戦況へのより柔軟な対応が可能になったためである。

元々ユーノもある程度の攻撃魔法も使えはしたのである。
だが、周りに攻撃魔法のスペシャリストが多すぎた、例えば射撃魔法にしてみても、なのはのものを対戦車ライフルかバズーカ砲だとするならば、ユーノのものは、精々が護身用の小型拳銃といった所である。
故に、ユーノは己が得意とする防御・結界・補助魔法を駆使して戦ってきたのである。

だが、ラクスがユーノのパートナーとなった事で状況は変わった。
元々攻撃魔法以外の魔法は極めて高いレベルを持っていたユーノである。
そこに、高い攻撃能力を持ったデバイスが加わった事により、ユーノは恐ろしくレベルの高いスタンドアローン型の魔導師へと成長を遂げたのである。

そうは言っても弱点が全く無い訳ではない。彼自身の魔力量は相変わらず人並程度だったため、大出力の魔法を連続して使用する事は出来なかったし、戦闘可能時間もなのは達より短いと言えた。
これは魔法の構成を見直し、より無駄を省いた構成を行う事で多少はフォローする事が可能であるが、しかし根本的な解決には至らない。
そんな訳で、単騎でも戦えるようになったユーノではあったが、やはり誰かと共に戦う事でその真価を発揮するタイプであるのは変わらないと言えた。

そんな時、ユーノはスバルから、自分と彼女の戦闘フォーメーションを考案して欲しいと頼まれたのである。
スバルに言わせると、以前のようにユーノと遺跡に行く事があった時にまた戦闘が起こった場合、二人のコンビネーションを強化しておけば、戦闘においてより確実かつ安全に脅威を排除できるだろうとの事であった。
ユーノはスバルと再び遺跡発掘に行く機会などそうそう無いだろうとは思ったが、必死に頼み込んでくる教え子の熱意に根負けする形でスバルとのフォーメーションを考え出した。それが前述したフォーメーションである。

もっとも、これは決してユーノとスバル「専用」のフォーメーションではない。お互いに相手が変わっても応用出来るものであるし、むしろユーノはその事を前提に考えていた。
スバルがユーノや現パートナーであるティアナとずっと組む事など恐らく無いと、ユーノは考えていた。彼女の希望進路は特別救助隊である。もし仮にそこへ進んだ場合、組む人がいつも同じ人ばかりとは限らない。
だが、自分のスタイルを確立していれば。そして自分のスタイルだけでなく、自分と組む相手が、自分のスタイルを見て、どういう風に動き、思考するまで把握出来れば。
どこにいっても、誰と組んでもすぐに対応出来るようになるだろう。そう、これもユーノのスバルへの「授業」の一環と言えるのである。

閑話休題。ユーノとスバルはフォーメーションを維持しながら相手に向かって言った。分析を終えたラクスが二人に言った。
<<分析終了だ。相手はガジェットV型だが……該当するデータは無い。付加ユニット付き……多足歩行型で、重装備型だな。注意しろ!>>
『了解!』
二人は同時に叫ぶとスバルはマッハキャリバーを、ユーノは足裏から翡翠色の魔力を噴出させ、それぞれガジェットに迫る。
「けど、カスタムタイプという事はまだ何かありそうだね……。ここは様子を少し見て……。」
そう呟いていたユーノの眼前で、スバルがスピードを上げてガジェットに突撃する。それに驚いたユーノは叫んだ。

「スバル! 不用意に近づいちゃ駄目だ!!」
「でもこのままじゃ埒があきません! 私がこのまま仕掛けますから、先生はフォローをお願いします!!」
振り向いてそう叫ぶとスバルはそのまま突撃した。スバルが止まりそうにないと判断したユーノもその後を追う。

「くっ! しかし速い……!」
マッハキャリバーを駆りながらスバルは呟いた。V型は大型で重装甲であるため動きはそれほど速くないのだが、しかし今交戦しているものは多足ユニットを装備しているとはいえ、かなりの高速で動いていた。
「速い……けど、これならッ!!」
スバルはウイングロードを展開すると、そのまま天井付近まで駆け上った。そして、そのまま急降下し、上からV型を攻撃しようとする。
だが、その時ガジェットがAMFを展開した。スバルのウイングロードが、みるみる内に消されていく。
「やっぱりね……! だけど、それも計算の内!!」

スバルはそう叫ぶとウイングロ−ドを蹴って飛びだそうとした。進行方向が分かってしまうウイングロードの特性を逆手にとり、そこから飛び出す事で不意を突こうとしたのである。
しかし。
蹴ろうとしたウイングロードは、既に消滅していた。スバルは不恰好な体勢でそのまま落下してしまう。
そしてガジェットは、落下するスバルに照準を定めていた。マウントされたミサイルランチャーと、複数の熱線、更に二本のベルト状のアームが彼女を襲う。

AMFが展開されている今、スバルは防御魔法を使う事も出来ない。絶体絶命の状況であったが、しかし彼女は身の危険を微塵も感じていなかった。何故なら。
「スフィアプロテクション!!」
その叫び声と同時にスバルの体を翡翠色の魔力が包み込む。それはガジェットの放った攻撃を、全て完璧に防いでみせた。
「先生!!」
嬉しそうに叫ぶスバルをユーノは飛行しながら横抱きに掻っ攫うと、追撃してくるアームをラウンドスラッシャーを展開したラクスで薙ぎ払った。

強力なAMF下においても普段と全く変わらずに魔法を使うユーノ。それは、彼が今まで行なってきた訓練の成果であった。
なのはが重傷を負った時から、ユーノは遺跡などで様々な修行を行なっていた。その結果、分かった事が幾つかあった。
まず分かったのは、彼自身に攻撃魔法の才能は無い、という厳しい事であった。全く使えない訳ではないが、先にも述べたように、決して強力なものではなかった。
更に、魔力量も今以上は増えそうにない、という事も分かった。元々魔力量は先天的なものに左右されるため、ユーノは半分諦めてはいたのだが、それでも事実は厳しかった。

だが、彼はそれでも挫けなかった。苦手分野を克服する事が出来ないのならば、得意分野を更に伸ばそうと考えたのである。
それは、魔法の構成・処理の高速化、そしてそれによる緻密さの上昇である。
具体的に言うと、例えばラウンドシールドの構成速度を上げる。構成速度が上がるなら、より緻密で複雑な構成を瞬時に行なえる。そうして展開されたラウンドシールドは、通常のものより数段上の防御力を持つ、と言える。これを全ての魔法に応用しようとしたのである。
ユーノの魔法の構成・処理速度は、無限書庫での活躍を見れば分かるように元々群を抜いていた。彼は、それに更に磨きをかけたのである。

もっと疾く、もっと細かく、と。

その修行の一環として、ユーノはAMF下での訓練も行なっていた。遺跡の中ではAMFをトラップとして使用しているものも多く、ユーノはそれを見つけてはわざと発動させ、己の命を危険に晒しながらの命がけの修行を行なっていたのである。
AMFは、魔力結合を阻害する。ならば、AMFが発動している状況でも魔法を発動させる事が出来れば、それは通常時においては驚異的とも言える魔力処理が行なえるのではないか、ユーノはそう考えたのである。
最初の頃は流石にまともに魔法を発動させる事が出来ず、ボロボロになって帰って来る事もしばしばであった。
だが、修行と無限書庫での勤務を続ける内に、AMF下でも段々と魔法の発動を行なえるようになってきた。
修行を開始してから数年後には、AMF発動下でも、一般の魔導師よりも遥かに速い速度で魔法を展開出来るようになっていたのである。

そしてその頃、ユーノはラクスと出逢い、パートナーとした。
これによってラクスのサポートを受ける事となったユーノは、神速と呼べる魔法の発動速度を手に入れた。AMFという枷も、厳しい修行を乗り越え更にラクスを手に入れたユーノにとっては何の影響も無いとまで言えた。
スバルも授業の時に、AMF下で普通に魔法を使う(しかも恐ろしく速い)ユーノを見て、流石に仰天したものである。

それを知っているスバルは、万が一AMFを展開された事によって自分が窮地に陥っても、ユーノならば絶対に助けてくれると信じていたのである。
「さっすが先生! 信じてましたよ!!」
笑顔でそう言いながらすりすりと頬を寄せてくるスバルにユーノは言った。
「それはどうも。だけど、不用意に突っ込みすぎだよスバル! いくら状況を打開するためとはいえ、無茶し過ぎだよ!?」
そう言うユーノに申し訳なさそうな顔をしたスバルは、それでもはっきりと言った。
「すみません……。でも……本当に信じてましたから。先生なら……『翡翠の守護神』なら、ちゃんと私を護ってくれるって!」
スバルの真っ直ぐな眼差しを受けたユーノは、思わず赤面して顔を背けてしまう。そして思い出したようにスバルを立たせると、その前に立って言った。

「そ、それはともかく! 確かに君の吶喊のお陰で色々と分かったからね。奴を仕留めに入るよ!」
「え? 色々って……何が分かったんですか?」
そう問うスバルにラクスが答えた。
<<そうだな。例えば……あのガジェットがレリックを動力源にして動いている、やっかい極まりないものだとかな。>>

そう、ユーノがその事に疑いを持ったのは、ガジェットがAMFを展開した時であった。
通常のガジェットに比べて強力かつ広範囲に渡るAMFの展開。しかもその範囲は現在ユーノ達が戦闘を行なっている部屋を越え、上の階層まで届いていた。
そう、シャマルとリインの調査魔法を無効化したのも、この強力なAMFの成せる業であった。

更に強力な武装、通常型を遥かに凌駕するスピード。
疑念は確信へと変わり、スバルを救いながらもユーノはガジェットの内部を検索していたのである。
その結果、発見したのである。見つからないように隠蔽処理を施されたレリックが、ガジェットの中に埋め込まれているのを。

その事を聞いたスバルは仰天する。
「え?……ええっ!? レ、レリックを動力源にして動いてるって、それじゃあ下手に破壊したりしたら……!」
「……僕らどころか遺跡そのものも吹っ飛ぶだろうね。」
<<跡形も無くな。>>
しれっとそんな危険極まりない事を言う主従に、スバルが思わず突っ込みを入れる。
「な、何をしれっと言ってるんですか!! それじゃああいつを倒す事なんて出来ないじゃないですか!!」
そう叫ぶ生徒を肩越しに見ると、ユーノは微笑んで言った。
「大丈夫さ。手が無いように見えて、攻略法というのは意外とあるものなんだよ?」
そうして彼は、スバルに念話でこれからの作戦を伝えた。スバルはAMF下であるため念話を使えず、目を丸くしているだけだったが、やがて目に力を漲らせると、力強く頷いた。

「よし! じゃあいこうかスバル!」
「はい、先生!!」
ユーノとスバルは再びガジェットに突撃した。しかし、スバルは今度は先程のように先行せず、ユーノとのフォーメーションを維持していた。
真っ直ぐ突っ込んでくる二人に対し、ガジェットは容赦の無い砲撃を見舞う。
だが、ミサイルの雨も、熱線の嵐も、翡翠色の盾を貫く事は出来なかった。
「でえぃッ!! リボルバーシュートッ!!」
ガジェットの懐に飛び込んだスバルがカートリッジを消費し、衝撃波を叩きつける。

ガジェットの足を狙ったその攻撃は見事に命中し、片側のユニットを大破させた。距離をとろうとしたガジェットを、今度は翡翠色の鎖ががんじがらめにして動きを封じた。
「悪いけど、逃がさないよ。ラクス! ラウンドスラッシャー、フルドライブ!!」
<<了解! ラウンドスラッシャー、フルドライブッ!!>>
ラウンドスラッシャーをフルドライブさせながら、ユーノがガジェットへと接近する。最後の抵抗か、ガジェットは狂ったように乱射を行なったが、その全てをスフィアプロテクションで難なく防ぐとユーノはガジェットにラクスを突き立てた。
「食らえッ! エメラルド・フロージョン!!」
<<シュートッ!!>>
エメラルド・フロージョンの零距離射撃。ラクスはガジェットを貫通し、更にまた戻ってきて貫通し、ユーノの左腕に収まった。ガジェットはゆっくりと崩れ落ちると、爆発、四散した。

スバルはそれを、厳しい表情で見つめていた。やがて燃え盛る炎の中から見慣れた翡翠色の魔力光が現れると、スバルは顔を輝かせ、一直線にその光へと駆け出した。
「先生っ!! ちょっと心配しちゃいましたよー!!」
そう叫んで抱きついてきたスバルを、ユーノは優しく抱きとめながら言った。
「ごめんごめん。でも、レリックを安全に回収するにはこうするのが一番だったからね。」
そう言ってユーノは、握り締めた手を開いた。そこには、ユーノの結界に包まれたレリックがあった。

そう、ユーノがエメラルド・フロージョンの零距離射撃を行なったのは、レリックを安全に確保するためであった。
強力なAMF下でもユーノは問題なく魔法を使えたが、それでも高速で移動する物体の、更に中枢部分に位置するレリックにシールドを張るのは容易ではなかった。
故に、ユーノはスバルにガジェットの足を止めるように指示したのである。スバルがそれを成した後には自分がバインドでガジェットの動きを封じ、接近する。
流石に肉薄すれば、ユーノの技量を持ってすればレリックの位置の把握、更にレリックを結界で保護する事は可能であった。その後、エメラルド・フロージョンでガジェットを撃破した、という訳なのである。

「でも、正直こんな事出来るの先生だけですよね……。」
<<全くだ。翡翠の守護神の面目躍如という所だな。>>
スバルとラクスにそんな事を言われたユーノは、困ったように頭を掻いて言った。
「そんな事はないよ、それに、僕だけの力じゃない。スバルとラクスがいてくれたから、何とか……!?」
だが、そう言いかけたユーノの顔が、急に強張った。それと同時に部屋全体が……いや、遺跡全体が鳴動を始めた。
「な、何!? 何が起きてるの!?」
辺りを見回して叫ぶスバル。その時、通信が入った。

『ユーノ君! スバル! 聞こえる!?』
通信の主はなのはであった。ユーノは通信が繋がる直前にラクスを腕輪の状態にすると、なのはに向かって言った。
「なのは! 一体どうなってるの!?」
『ユーノ君! 無事だったんだね! 良かった……! それはともかく、急いで脱出して! 遺跡が崩れ始めてるの! 何かの仕掛けが作動したみたい!!』
(あのガジェットを倒すと、こうなる仕掛けだったのか……。証拠隠滅にしては派手すぎるね。相変わらずこういう仕掛けが大好きみたいだね……!)
ユーノは内心の想いを表に出さないように努めながらなのはに言った。
「分かった! すぐにそっちへ飛ぶよ! 座標を送って! スバル、一緒に行くよ!」
「はい、先生!!」
そう言って自分に抱きつくスバルを受け止めたユーノは、最後にガジェットの残骸をちらりと見た。だがそれも一瞬の事、すぐに彼とスバルはベースキャンプへと飛んだ。






「……以上がこの『ゲーム』の顛末だ。残念ながらガジェットのカスタムタイプぐらいでは彼らを倒す事は出来なかった訳だが、中々貴重なデータが取れたと思う。さてクアットロ、君の感想を聞かせてもらえるかな?」
「率直な感想を言わせてもらうならば……そう、『化物』……と呼ぶに相応しい存在ですねぇ、彼は……!」
巨大なラボ内に、再び男とウーノ、クアットロは集まっていた。目的は、ユーノ・スクライアの戦闘を、ガジェットを通じてリアルタイムで観る事であった。
だが、そのあまりに常軌を逸した力に、男以外は驚愕の表情を浮かべていた。
「私も同感です。彼の幼馴染達……隊長陣が相当の実力を持っているのは分かっておりましたが、まさか彼まであのような力を持っているとは……。正直予想外でした。」

そう言うウーノに、男は笑いかけながら言った。
「確かに予想を大幅に上回る成長ぶりだね。あのデバイス……おっと、こう言っては彼女に失礼か。とにかく、彼女をちゃんと使いこなしているようだしね。」
「そうです、そのデバイスです! 確かに彼自身も凄いですけれど、あのデバイスも半端じゃありません! ドクターはあれがどういうものなのか御存知なのですか!?」
そう詰め寄るクアットロを楽しげに見やると男は言った。」
「そうだね、まだ完全に把握している訳ではないが……大体は分かっているよ。」
「じゃあ、是非教えて下さい!! あれは一体なんなんです!?」

男は暫く黙っていたが、やがてニヤリ、と笑みを浮かべると言った。
「内緒だ。それにいつも言っているだろうクアットロ? 知識は自分で調べて得る事が大切なんだ。君はどうもそこら辺がまだ分かっていないね。」
「でも……!」
尚も食い下がるクアットロに、男はやれやれといった具合に肩を竦めると言った。
「仕方が無いなぁ。それじゃあ一つだけヒントをあげよう。彼女はね、少なくとも『とある戦争における主力兵器の試作型デバイス』なんていう、そんな生易しい存在じゃあないよ。それだけは覚えておくといい。」
「は、はぁ……。」
どう反応していいものか分からない顔をしているクアットロの頭を優しくぽんぽんと撫でると男は言った。

「まぁ、ゆっくり調べたまえ。まだ時間はあるからね。それにしても……彼は本当に、私にいつも驚きを与えてくれる。流石は私が自分と同じだと認めた存在だね。」
「え? ドクターと同じって、それじゃあ……。」
そう言うクアットロに首を振って男は言った。
「いや、彼は私と同じように『作られた』存在ではないよ。そういう意味で『同じ』だといったのではないんだ。そうだね……お互いの考え方が、そして何より求める物が同じなんだ。どうしようもなくね。だから彼と私は同じ存在なのさ。最も、彼は強硬に否定するだろうがね。」
そう言って男はくっくっと笑った。そんな男を、ウーノは少し困ったような、だがどこか優しげな笑みを浮かべながら、クアットロは苦笑しながら見つめていた。

「さて、ではゲームも済んだ事だし、君たちの妹達の様子を見に行こうか。クアットロ、君の手並みも見せてもらうよ。」
「はい、分かりました!! 実は前々から練っていたプランがありまして、是非ドクターにそれについてのご意見を頂きたと思っていたんですよー!」
そう言ってクアットロは先に部屋を出て行った。その様子に苦笑しながらも、男もその後を追おうとした。だが、ウーノに呼び止められる。
「……ドクター。」
「何だいウーノ?」
「貴方は彼の成長を喜んでいらっしゃるようですが、今の彼は極めて危険な存在と言えます。正直、そんなに喜んでいられる状況では……。」
「君は心配性だね、ウーノ。もっとも、そこが君らしいといえばそうなのだがね。」
くっくっと笑いながら男は言った。その様子に憮然としながらもウーノは言った。
「ドクター、笑い事では……!」
「大丈夫。だからこそ今回の戦闘データが役に立つのさ。確かに祭りの最中に彼がいきなり乱入してきたら損害は甚大だろうが、でもこのデータのお陰で彼の力を計算に入れた上でプランを立てられる。もっとも……彼の力があれで全てではないだろうけどね。」

「何ですって……? まだ隠している力があるというのですか!?」
驚くウーノとは裏腹に、男は平然と言った。
「当然だね。彼はあのガジェットが私の差し金だと分かっている筈だ。ならば、あの戦闘がモニタリングされている事も先刻承知だろう。だったら切り札を見せる訳がない。それに……確かに彼女を使いこなしてはいるが、まだ真の力を引き出せてはいない。隠しているのかもしれないが、『ヴィシュヌ』まで使いこなすには至っていないと思うよ。むしろ、その存在もまだ知らないかもしれないな。」
そう言う男をウーノは驚いて見つめていたが、やがてくすくすと笑い出した。
「やっぱりドクターはドクターですね……! 安心しました。」
「まあね。それに、今は力を隠しているが、いずれは彼も表舞台に立つ事になるだろう。そうなればより対策も立てやすくなるさ。」
「表舞台に立つでしょうか、彼が……。」
「立つさ。私が立たせる。」
その言葉に込められた熱量に、思わずウーノは男の顔を見た。
「今頃は恐らく、あの執務官によって私がこの件に絡んでいる事が機動六課に知らされている事だろう。私が表舞台に引っ張り出されたというのに、彼だけが裏方では不公平だ。……そうは思わないかね?」

そう言って笑った男の顔をウーノは暫くみていたが、やがてくすり、と笑うと言った。
「ドクターは……本当に彼がお気に入りなんですね。……少し、羨ましいです。」
「何、私の愛情は君たちにもちゃんと注がれているよ。ただ……彼は特別なのさ。彼にとっての私も。きっとね。……さあ、早くクアットロの所へ行ってあげよう。そうしないと拗ねてすまうかもしれないからね。」
「はい、ドクター。」
そう言っててその白衣の男……ジェイル・スカリエッティは歩き出した。
(それにしても……「翡翠の守護神」か。フフ……随分と素敵な二つ名を持ったものだね。相手にとって不足は無いよ……!)
そして彼は、獰猛な笑みをその顔に浮かべた。

「翡翠の守護神」ユーノ・スクライアと、「無限の欲望」ジェイル・スカリエッティは、この後直接・間接を問わず幾度も激突する事となるのだが、それはもう少し先の事である。










どうもー、earlyでございますー。という訳でお待たせしました、翡翠の守護神第三話をお届けしますー。
しかしかなり長くなってしまって済みません……。約55kbって……。次回以降は上手くやりたいですー。

さて、今回は皆さん予告で分かった通り、ユーノとドクターの因縁話第一話といったところですー。
ユーノとドクターが絡むお話は結構あるようですが、このお話では完全にドクターの片思いですねぇ。
イメージとしては、某00の最終回を連想していただければかなり近いと思いますー。

さて、では翡翠の守護神第四話でまたお逢いしましょう。
次回はStS本編前半の山場ともいうべき7・8・9話を再構成してみたいと思いますー。
おそらく数話にまたがって展開されると思いますが、よろしければお付き合い下さい。では!




……でも次が第四話になるとは限らないんですよねぇ……。番外編2の可能性もあるし……。でもそうすると文○さんや津○さん以外の出演者を探さないと……。いや、でもこの二人で十分濃いからいいかな? 最近チャットに来るようになったサ○モ○さんも資格はあるのですが……でもまぁそれは番外編3までとっておきましょうかねぇ……。





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