第四話「剣を重ねて」






「ローグ、俺達と勝負だ!」
 サイはいきなり現れて勢い込んで宣言した。一人に対して宣戦布告しているのに"俺達"と戦えという事は、二対一でやれって意味だろう。問答無用に卑怯なその言葉を、ローグはあっさりと受け入れた。
「いいぞ。やろう」
「ローグ、いくらなんでも二人同時に相手するなんて無理だよ」
 彼の答えに当然ながら反論するフェイト。フェイトはサイとキョウと戦った経験があるからこそ、底知れぬ二人を同時に相手にする事を危険と見なす。
「そうは言ってもな、この状況じゃ二人同時に相手しないとなんないだろ」
けれどフェイトの意見は覆し様が無い数の差で押し込められる。五対三という状況では、ローグが二人同時に相手にしてもまだ釣り合いが取れない数だ。この状況では、誰が誰と戦うなど選んではいられないだろう。
「それよりお前は自分の心配をしろ。そっちの三人はどんな魔法使ってくるか全然分からないんだから」
 剣を持った騎士、鉄鎚を持った騎士、武器らしい武器を持たない騎士。その中の誰一人として、情報が無い。手に持つ武器からある程度は予想出来るが、結局はどんな武器を使うか程度しか分からない。未知の相手と戦うという事は、相当に厄介だ。
 その状況を改めて認識して、フェイトが言う。
「ユーノ、私が二人を相手にするから」
「でも、フェイト」
「いいから」
 ユーノの反論は認められない。それはフェイトがユーノを頼りないと思っているから、などという訳では無く、フェイトが自分に対してほんの少しの怒りを感じているから。
 友達だと言った、なのはと自分は友達だと、あの日名前を呼び合った。その友達の危機なのに、自分は何も出来なかった。
 自分が知らない内に起こったのであれば仕方が無い。そう言ってしまえばそれまででしかないが、それでもフェイトは自分が許せない。せめて危機の際に隣に居れなかったのなら、一番に駆け付けたかった。でもそれも出来なかった。
「私はなのはの友達だ。だから、なのはを狙うあなた達は絶対に止める」
 だからせめて、彼女が傷付き倒れている今、自分が守りたい。そう願った。
「分かった。けど無茶は禁物だよ」
「うん、分かってる」
 フェイトの心中を察してか、ユーノが引き下がる。その折を見てシグナムが会話に割って入った。
「相談は終わったか?ならば始めさせてもらうが」
「ご丁寧に、どうも」
 剣持つ騎士の言葉にフェイトが短く応える。どうも、とは待っていた事に対してか、それとも戦いの開始に断りを入れた事か。どちらかの判別はフェイト自身にもつかないが、一つだけはっきりしている事がある。
 この三人の騎士と名乗った者達、その中の誰か、あるいは全員が。
「行くよ、バルディッシュ」
 Yes sir――
 なのはを傷付けたという事だ。
「はぁっ!」
 鎌を模るバルディッシュが眼にも止まらぬ速度で振るわれる。弧を描き迷う事無く剣の騎士シグナムを狙うそれは、フェイトの手元からシグナムの首までの最短距離を駆ける。
 その攻撃を後ろに体を逸らす事で避けるシグナム。避けられるのは予想通りで、避ける事が出来るのも予想通り。双方最初の一撃で攻め入るという無謀は侵さず、それは自分の刃に絶対の自信を持ちながらも、生き残る事を前提とした者同士の戦い。
 シグナムが、銀色に輝く刃に月光を反射させながら薙ぐ。それをフェイトはいとも容易く避た。数秒の間が空き、双方構える。
 剣と鎌が交錯する。時折金属的な、それでいてどこか違和感の残る音を発しながら幾度も剣と鎌が交錯する。全身をフルに使って剣を振り、鎌を引く。振る度にぶつかる度に二人の腕を衝撃が襲い、それが心地良いとまで思わせる刺激となる。
 剣と鎌がその刃を鳴らす度に、閃光の連鎖が断続的に発生し、二人の間に瞬きの内に存在する武器が相手を同じ人種だと告げている。
 どちらもが何か大切なものを背負って戦っている。これはそういう覚悟を持った者の刃だと知らしめる。
 金色の閃光が走り、銀色の閃光が走る。ぶつかり、削り、弾け、音鳴らす。地に足を付け、根を張る様にへばりつき、決して押し負けぬ様に全力を持って態勢を維持する。両脚という軸を最大限に活用し、腰を、肩を、腕を、刃を回転させる。腰の回転は胴体や様々な部位を伝い肩へと進み、肩の回転が腕を振り回し、腕の振りが刃に力を与える。
 金属が弾ける音がする。
 全身を使っての斬撃の応酬。一歩も引かぬ進まぬ戦いは完全な互角。雷を放つ暇など在ろう筈もない、呼吸すら面倒になる速度。
「くっ」
 この手は、失策だった。
 最初に剣の騎士へと挑みかかるべきでは無かったと今思い至る。
 戦況は悪くない。刃と刃を交える限りは互角。で、あるならば違う一手を投じて相手のペースを乱し、そこから切り崩せば良い。だが、この騎士の剣の腕を相手にしては違う手を投じる隙が無い。今でこそ思い切り刃を振るえているが、続けていればいずれ体力が尽きる。それがどちらが先か、そんなものは体格を見れば明らかだろう。
 フェイトは特別体が大きくない、体格としては極普通の小学生だ。対して剣の騎士の体格は、鍛え抜かれた騎士のそれである。服の上からでも分かる。鍛錬を重ねた肉体を持ちながらに女性的なラインを崩さぬそれの、無駄の無い運用。フェイトとて鍛えてはいるが、まだこの剣の騎士の域までは程遠い。時間をかけて鍛えた肉体と精神、それによって生まれる絶対的な体力の差は、まだ子供であるフェイトには到底覆せない。時間をかけて鍛えた方が絶対強いなんて事はあり得ないが、それによってどうしても生まれる差はあるものだ。
 だから急がないといけない。自分の体力が尽きる前に何かをしなくてはいけない、なのに。
「悪いな。こんな倒れるくらいの怪我をさせる気はなかったんだけど。でも、あたし達にはこれしか出来ないんだ」
 鉄鎚の騎士が、なのはを襲おうとしている。
 二人を同時に相手にすると言ったのに、今剣の騎士と刃を交えているフェイトにはそれが出来ない。どうにかこの状況を変えようとしても、どうすればこの剣の騎士の隙を突けるのかが分からない。
 ヴィータが気を失っているなのはを襲おうとしている事でフェイトは焦り、その焦りが集中力を欠き、思考を乱す。だからフェイトは何時まで経ってもシグナムとの競り合いを変えられず、むしろ徐々に押され始める。そんなどうしようもない状況で足を止めたまま刃を振るうしか無い。

 ――なんて体たらくだ。

 フェイトは思わず心の中でそう呟いた。友達を守ると言ったのに、それを示せないでいる。危機に隣に居られないばかりか、一番に駆け付ける事も出来ず、しかも傷付き倒れているのに守れもしない。

 ――なんて弱い。

 フェイトはそれが嫌だった。自分の言った事を貫けぬ自分が、友達を守れない自分が、弱くて情けない自分が嫌だと思った。

 ――それでも引けない。

 けど自分を嫌だと思う事は、なのはを裏切る行為だから絶対にしたくない。自分を友達だと言ってくれた彼女は、自分の名前を笑顔で呼んでくれるんだ。自分を嫌うという事は、その笑顔を裏切る事だ。それをしない為に、高町なのはの友達だと胸を張って言う為に、フェイト・テスタロッサは自分を嫌だなんて思っちゃいけないんだ。何時でも自分はこれでいいんだと、誇れるフェイトでいなければいけない。
「ふっ!」
 それは過剰な思いだろうか?きっと、自分を嫌うな、何時でも自分を誇っていろなんて言われればそれは過剰だろう。そんな常に自信満々な人間なんてきっと居ない。誰だって自分の嫌いな所が少しくらいある筈だ。それはとても人間らしい事だと思うから、多分正しい。
 けど、魔導師で居る時、魔導師として行動する時だけは別なんだ。自分の魔法の使い道、それを信じて貫けるフェイト。そうでなければいけない。
 魔導師で居る間だけは、なのはの笑顔を裏切らぬ自分でいなければ。

「サンダァァァァァァァァァ!!!」

 ――今此処に居る資格など無い。

「スコールッ!!!」

 雷鳴が夜空を照らす。シグナムの剣を受けたバルディッシュから伝わる衝撃を余す事無く体で受け、痛みで悲鳴を上げそうになるのを我慢しながら照らした。
 思いっ切り叫んで、思いっ切り魔力を込めた雷は周辺一帯を巻き込んで炸裂して、シグナムはおろかヴィータも巻き込んでいた。
 けどそれでも、鉄鎚を持った騎士は止まらない。
 ヴィータだって必死なんだ。自分の騎士としての誇りとかそんなのどうでもよくて、ただ主の為に戦う。
「なのはぁーーーー!!!」
 床に横たわるなのはに伸ばされるヴィータの手。その光景がフェイトにはいやらしい程遅く見えた。






「サイ、キョウ、お前ら帰ったんじゃ無かったのかよ」
「実は本気でやっちゃっていいってお許しを貰ってな」
「それで、私達は舞い戻って来たという訳なのです」
 ビルの中で戦闘を始めたフェイト達とは別に、ローグとサイ、キョウは屋上へと来ていた。強い夜風に三人共の髪が靡いて、少々鬱陶しく感じられる。
「じゃああれか、お前らさっきは本気じゃ無かったのかよ」
「いや。俺個人、キョウ個人としては本気だった」
「んー、じゃあコンビで戦うともっと強いとかか」
「ううん、それも違うよ。私達はね、二人で一人なの」
 どうにもはっきりしない。二人で戦うというからには、コンビプレーの凄さで見せてくれるのだろうとローグは予想していたが、どうやら違うらしい。個人で前回以上強くならず、コンビでの戦闘とも違う。二人で一人とは、とても息のあったコンビの事を指して言うものだと思っていたが、この二人にとっては違うらしい。
「もう少しはっきり教えてくれよ。どういう事なんだ?」
 その言葉に、二人がクスリと笑った。
「こういう」
「事だよ」
 突然手を握り合う二人。まさか姉弟でこれからデートでもあるまいし、何をするかと思って見ていれば、とても信じられない光景を見せられた。
 ぐにゃりと、二人の握られた掌が粘土を混ぜ合わせるみたいに一つになった。そこからはあっという間だ。掌がくっついたと思えば次いで腕、胴体、脚、顔。体を構成するありとあらゆるパーツが融合し、一つになって行く。心一つに融け合って行く。
 その映像は衝撃的で、ローグは実際の人間がクレイアニメみたいな事になったらこうなるのか、なんて呑気に考えている。
やがて、完全に二人が一つになると、多重声音が響いた。
「うん、準備完了」
「おいおいおいおいちょっと待て。俺も結構非常識だがな、お前達のはちょっと恐いぞ!」
 男性とも女性とも取れる中性的な顔立ちに艶やかな腰まで届く長い髪。細いのにがっしりとしたイメージが感じられる体。高めな少年の様な声に女の子の声が混じった多重声音。ロングスカートにケープを羽織った様な形の、赤と青、二色のバリアジャケット。両腕は剣の形になっておらず、人間のそれだ。
「私達はこういうものなの、納得して。体がどうこうとかで世界有数の理不尽であるあなたに言われたくないしね」
「…………分かった。けど一つ質問がある」
「なに?」
「お前は男なのか?女なのか?性格はキョウの方みたいだけど」
「あ、やっぱり気になる?」
「そりゃあな」
「私は女よ。どうも融合すると私の影響が強く反映されるみたいでね」
 おどけた風に彼女が言う。ふと、ローグは彼女をなんと呼べばいいのか知らない事に気付いた。
「それで、名前は?キョウでいいのか?」
「イキョウよ。一応分けてあるの」
 おどけた風で無く、特に真剣でも無く、当然の事として名乗るイキョウ。ふと、ローグは思った。
「サイとキョウだからイキョウか、"サ"はどこ行ったんだ?」
「私が無理に外したの。サイがこの状態をサイキョウなんて名前で呼ぼうとするから」
「そりゃまた、えらく自信たっぷりだな」
「もういいでしょ、私はイキョウ。さあ行くわよ」
「おう、行くぞサイキョウ」
「そっちで呼ぶなー!」
「難しい奴だな」
 ローグはぼやきながらソウガを構え、バリアジャケットを身に纏う。イキョウは両手で何かを包み込むように握りしめる。
「バニシングステップ!」
「来て」
 容赦など微塵もなく、開始早々に接近して攻撃を繰り出すつもりだったローグは、しかし出鼻を挫かれる。彼女の生み出した剣の存在によって。
 加速魔法であるバニシングステップは、当然の様に移動、主に接近を目的として使われる。その速度は加速魔法を使用したフェイトを上回る速度を実現する。あくまでも、極短時間ではあるが。
 それが、その速度が途中で減速した。魔法の効力が弱体化し、減速したのだ。
 キョウが使用していた対魔剣ディスペルートはAMFの剣だ。あくまでも魔力の結合を弱める力は刃にしか無く、広範囲に渡るものではない。
 で、あれば、この現象はおかしい。相手がサイとキョウが融合した者であれば、対魔剣と対物剣を同時に使う事も出来るだろうとは思うが、それ自体が強化されるとは思っていなかった。
 実際、ローグのその予想は正解だ。イキョウが生み出した剣はサイとキョウが先の戦闘で使ったもの、アンチマテリアルとディスペルートそのものと言っていい。能力は強化されていない。ただ、一つだけ違う点があるならば、それは二本では無く一本の剣だという事だ。
「この剣はね、生み出す時に一瞬だけ強力なAMFを広範囲に渡って展開する。あんまり短い一瞬なもんだから強力な魔法を無効化する事は出来ないけど、加速魔法を弱体化させる事くらいは出来るの」
「なんて卑怯な武器だ。というかお前等、まだ武器の名前とか覚えてないのに新しくするな!混乱する!」
 ローグの抗議は屋上に吹く風と共に散り、彼女は翳す。腕が変化したものではなく両手で握りしめられている、形としては極普通の剣を。
「あなたは勝てない。この剣の前には如何な弾力も無効、如何な硬度も無効、如何な密度も無効。それでいて同時に魔力結合を弱める刃。どんな盾も魔力障壁も破る攻撃特化の剣よ」
 どんな無機物だって斬れるし、攻撃魔法もそのほとんどが無効化されるだろうその剣。赤い柄と青い両刃、少々の装飾をあしらった華美ならぬ美しい剣。
「サイとキョウの、サイキョーブレードにね!!」
「…………駄洒落?」
「う、五月蠅い!サイのネーミングセンスに文句を言ってよね!」
 叫び、駆けて迫るイキョウ。それを迎え撃つ事をせず、ローグは距離を保つ為に離れる。
「あ、こら逃げるな!」
「お前の剣の謳い文句が本当なら、まともにやりあう馬鹿はいないだろ!」
 ローグの言葉に妙に納得させられたイキョウが剣を振り上げ、床に突き刺す。物を物と思わない剣はあらかじめ剣を突き刺す隙間が用意されてたみたいにするっと入り込む。その刹那、イキョウが呪文を唱える。
「刃、生まれよ分身!対魔ならずとも対物ならずとも、それは刃!草原を模る刃!ステッペンブレード!!」
 イキョウの言葉と同時に、刃物が次々に床に生え、走って迫る。
 草原に生える草を刃に見れば、それはなんて凶悪な光景だろう。
 唱える者の眼前、之より行く先全てに刃の草。その全てが人を串刺しにせんと床から突き上げてくる。鋭く速く固く突き挙げる、串刺し求める草原。
「くっ、アウトクラッシュ!」
 人間に対しての恐怖でも、彼にとってまで恐怖となとは限らない。走り、イキョウから離れようとしていたローグは大きく上げた足で地面を蹴る。踏みしめる床に刃の草原が生える直前、強大な衝撃によって床そのものが破壊される。刃という攻撃手段を伝える媒体が余りに脆過ぎた故イキョウの魔法は敗北。だがしかし、目的は遂行された。
「うわ!」
 屋上の床を踏み砕いた事で足場を無くしたローグは真っ逆さまに落ちるしか無い。距離として一階分でしか無いが、それは致命的な隙を生み出す事となる。彼は空を飛べず、空に留まる手段は障壁を足元に展開するしか無い。だが、障壁とは壁。即ち触れられる魔法。それを切り裂くのは、物質と魔法の双方を無に帰す剣。
「せぇぇぇぇぇい!!」
「ソウガ、エイセン!」
 足場を無くしたローグは落下しながらもソウガを振る。だがその双剣は断たれ、刃はローグの脇腹に食い込み、通り抜ける。
「ぐっっのぉ!」
 脇腹に壮絶なまでの異物感。自分の体の中を別のものが通る事を実感してしまうなんて、歓迎出来る事では無い。
 その異物感が体中を走る痛みから気を逸らしてくれるのならばまだしも、存在感は異物感よりは痛みの方が上だ。ともすれば、自分の意識を侵食するそれらを無理矢理に押し込め、ローグは反撃を試みようとイキョウへ強い視線を向ける。
 その刹那。
 ずぶりと、胸に痛み以上の異物感が走った。
「あっ……」
「ごめんね、痛いでしょ」
 サイキョーブレードなんてふざけた名前の剣、その刃がローグの胸を貫通していた。



第四話 完


『手段を選ぶくらい悠長でいられない』






あとがき
 えーと、なんかごめんなさい。
 新キャラが出て早々に合体しちゃいました。色々紛らわしいですよね!けどこうしないとこの状態の出番てほとんど無いんです!
 えー、全力で我が道を突き進み過ぎてますけど、まだ先は結構あるんでどうかよろしくお願いします。





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