第六話「友達とは守り合うもの」






 フェイトの、自身を傷付けてまではなった雷撃はシグナムを怯ませる事に成功した。だが、それだけでは叶わない。ユーノによる治療を受け、眠るなのはに迫るヴィータを止める事は叶わない。
 フェイトの声無き叫びに反応する事無く、ヴィータはなのはのバリアジャケットに胸に飾られたリボンの辺りへと手を伸ばす。
「ねぇ……」
 そっと声がする。優しい様な、怖い様な声。それは聴く人によって性質を変える声。まるで感情の様な、流動する音声。
声を発した少女は迫るヴィータの手をやんわりと包み込む様に握る。さっきまで気絶していた筈なのに、何時の間に眼を覚ましたのだろうか?よくよく考えれば当然かも知れない。だって近くであんなに騒いでいたんだから。
 本来であれば振り解く事など容易いなのはの手を、何故かヴィータは振り解けないでいる。
「何でなの?」
 少女は、怪我をして眠り込んでいた筈のなのはは、何故こんな事をするのか?と問う。無論、その言葉は目の前のヴィータに向けられたもので、それと同時にフェイトと対峙するシグナムに向けられた言葉だった。
「どうしてこんな事するの?」
 なのはがヴィータ達に問う理由は、何も自分が怪我をさせられたからでは無い。別に怪我をさせられた事を怒っていない訳じゃないけど、それは今優先すべき事に比べれば余りにも小さい事だった。
「戦いなんかやめて。お願いだから」
 なのははそれが嫌だった。
 ある日突然魔法と出会って、それからは戦ってばかりの日々だった。ジュエルシードだのなんだのと戦う理由ばかりがぽんぽんぽんぽん飽きもせずに出て来ては、なのはの周囲の人達を巻き込んでいく。
 かつてジュエルシードを追い求めていたフェイトにしたって、戦いそのものを望んでいた訳じゃない。あれはそれ以外に目的を達する方法が無かったからそうしたんだ。けど、今はその目的すら無い。それなら、戦いなんかしなくて済む筈だ。 痛い思いをせず、させずに済む筈なのに。
「戦ったって、痛いだけでしょ?」
 別に今は戦乱の世だとか、天下統一がどうとかそんな時代じゃない。直接殴り合わないで終わらせる方法なんて幾らでもある筈なのに。どうしてこんな事を望む?
「うるせー!そんなの分かってるよ!けど、こうしなきゃなんねーんだよ!」
 なのはの言葉に怒りの籠った叫びで応えるヴィータ。その声にはどこかやるせない、出来るならば戦いなんてしたくないという思いが垣間見れた。
「分かってるなら!なら理由を話してよ!」
 尚もなのはは抵抗を続ける。ヴィータの戦う意思への抵抗を。
「私に出来る事ならなんでもするから、こんな事はやめてよ」
 なのはは抵抗を続ける。その本心の奥底から。
 そんな態度が気に食わないのか、ヴィータは吐き捨てる様に言った。
「ならお前の魔力を蒐集させろ」
 ヴィータは脅しのつもり、という訳では無いにしろそれに近い感情を込めて言い放った。しかし、蒐集という意味がなのはには分からなかったから余り効果の程は望めなかった。だから一つだけ確認した。
「それって、命に関わる事なのかな?」
 先の怪我の所為か、治癒系統の魔法を施されても未だに痛む体を無視して声を出した。ヴィータは不機嫌そうに無言で首を左右に振る。
「ならいいよ。蒐集の意味は分からないけど、それであなたが満足して帰ってくれるなら」
 この言葉はヴィータとシグナムにとって意外なものだったが、フェイトにとっては差して意外でも無かった。この言葉を予想していた訳ではないが、なんとなくそんな気はしていた。なのはならば、周囲が驚く事さえ平気でやってのける。それが彼女の本気で欲しいものの為ならば。
「白い魔導師よ、それは本当か?」
「シグナム!こいつの言う事を信じる気かよ!」
 なのはの言葉を余りにも正面から受け止め過ぎた対応をするシグナム。ヴィータはそんなの信じる事は出来ないとばかりに反論する。
「信じる、というのは間違いでは無いが、私とて考え無しでは無いぞ。これは交渉だ」
「私が魔力蒐集っていうのをされれば、あなた達は帰ってくれるの?」
「話が早くて助かる。私の考えは今君が言った通りだ。付け加えるなら、先程居た少年二人と黒い魔導師、彼女には今後一切手を出さないと誓おう」
「ちょっと待てよ!勝手に話を進めるな!」
「そうだよ、なのは!こんな事…………」
 自分達を完全に蚊帳の外へと追いやった会話にヴィータとフェイトが割り込む。だが、二人の言葉は既に判断材料にもならない。
「今は私達が交渉しているのだ。ここは黙って任せてはもらえんか?」
「フェイトちゃんも。私は大丈夫だから、ね」
 静な断りの言葉の中にも明確な形を感じ取ったヴィータとフェイトは黙り込むしか無い。なのはもシグナムも、どちらもが目的を成し遂げる為に一途になっている。
「シグナムさん、でいいんですよね?私はそれで構いません」
「自分で言っておいて申し訳無いのだが、私が嘘を吐いている可能性を考えれば君達は大分不利だぞ。本当にいいのか?」
「大丈夫です。ヴィータちゃんもシグナムさんも、嘘を吐いている様には見せません。それに、なんだか私の友達と似ているんです。目的の為なら形振り構わないところが」
 シグナムはその言葉に小さく笑いを洩らすと、抜き身のままだったデバイス、レヴァンティンを納める。フェイトがまだ鎌を模ったバルディッシュの魔力刃を納めていない状態での行為は、明らかな戦闘放棄だ。
「騎士としては君と決着をつけたいところだが、生憎とそれ以上に大事なものがある。なのは、だったか。騎士の誇りに掛けて決して彼女を傷つけはしないと誓おう。どうかこの交渉を認めて欲しい」
 向き直り、フェイトを正面から見据えるシグナム。武器を納め、約束を提示した。それは軽々しく破る事の出来る口約束でしか無いけれど、本気の眼で本気の言葉で口から出ただろうそれは、フェイトを黙らせるに十分な説得力を持っていた。
 でも。
「私はあなたの言葉を信じたい。今この場で魔力蒐集という行為を行えば二度となのはに手を出さないという、その言葉を信じたい。でも、私はなのはと友達になった日に決めたんです」
 フェイトはバルディッシュを構え、シグナムにレヴァンティンを構える様に促す。それはフェイトの決意そのものだった。
「私に出来る限りの事をして、なのはを守る。そして一番確実な方法を取ります」
 フェイトは知っている。たった一つを必ず守り通すなら、他の全てを捨て去る覚悟が必要だと。フェイトにそんな覚悟は、多分どんな人間でもそんな覚悟は持ち得ないけど、それらしい事くらいは出来る。
 そう、他の全てを捨て去って危険要素全てを取り除くのでは無く、目の前にある危険だけその悉くを薙ぎ払うという事ならば。不可能では無い筈だ。
「あなた達の行為はこの海鳴市に余計な大事を起こします。ユーノが調べたところ、闇の書というものと関わりがあると言っていました」
「その、ユーノとは?」
「なのはの治療をしていた男の子です。あちらであなたの仲間と戦っている」
 フェイトはそう言って窓ガラスの無くなった窓の下、ビル周辺の路地を走りまわる二人の姿を見た。
 シグナムがフェイト視線を追えば、視界に緑色の魔力光を放つ少年がいて、シャマルがその少年からひーこら言って逃げ回る光景が見えた。
「なるほど、あの少年からは強い気迫の類を感じなかったと思えば、そういう方面が専門か」
「外見は物静かそうですけど、侮っていると痛い眼をみますよ」
 かつてユーノと直接対峙した事のあるフェイトだからこそ重みのある言葉。それを聞いたシグナムはさして戦闘が得意という訳でもないシャマルが上手く逃げ切る事を祈りつつも、レヴァンティンを構える。
「しかし、闇の書の事まで知っているとなると、交渉の余地は無いか」
「ええ。だからシグナム、私はあなたを倒します」
 闇の書という存在について、フェイトは詳しく知っている訳では無い。ユーノが調査して判明したのは、それが大きな災いの種と成り得るロストロギア、その可能性だけだった。
 だがそれだけの理由があれば十分に過ぎる。フェイトはなのはと、そしてこの海鳴市で知り合った友達を守る為に、戦う。
「ヴィータ。シャマルの方を頼めるか?」
「いいけど。そいつはどうすんだよ」
 ヴィータが床に座り込んだままのなのはを指差して言う。
「問題無い。私が勝ち、魔力を蒐集させて貰う」
 シグナムは言外に付け加える。後の事を考えろ、と。
 現状でヴィータがなのはを狙えば、フェイトはそれこそ死に物狂いで防ごうとするだろう。それは自分達と同レベルの魔導師の身を顧みない行動であり、つまりは何が起こるか分からないのだ。加えて、なのは自身が抵抗をするという可能性もある。
 ともすれば、いっそこの場は逃げてしまい、別の相手からの蒐集行為を繰り返すというのが最も安全な策だろう。
 だが、フェイトが眼光鋭くシグナムを見詰め続ける間はどうにも逃げられそうにない。ならば、今はシャマルを助け、シグナムが一対一でフェイトと戦うというのが最も危険が少ない筈だ。
 ヴィータはシグナムの考えに納得したのか、黙ってシャマルとユーノの元へ行ってしまう。
 それを見送ると、シグナムが口を開いた。
「フェイトだったな。私はなのはには手を出さない。約束しよう」
「感謝します」
 フェイトは短く返答し、神経を研ぎ澄ませる。
 戦いが再び始まる合図は、窓から招かれた一陣の風だった。



 夜空を金色の刃と銀色の刃が走る。
「せいっ!」
「はぁっ!」
 弾ける刃の音、響く声、風切る音。その全てが平穏な筈の街の空に不釣り合い。これまでの戦闘で結界が破壊され、建造物の中でも無いこの場所では何時誰に見られるか分からない。そんな危険を承知で二人は戦っていた。
「サンダーレイジ!」
 一直線に飛ぶ雷を、シグナムはレヴァンティンの一閃によって散らす。思いの他威力は低く、速度だけであれば十分に敵を撃てるレベルだ。だが牽制と考えるには放つまでの時間が長く、隙も大きい。
 ならば。
「ふっ!」
「せいっ!」
 ならばそれは牽制では無く陽動。雷撃に紛れて横合いから回り込んでいたフェイトの振る魔力刃の一撃を、シグナムはレヴァンティンで受け止める。
 攻撃の威力とは受けるまで分からないものだ。ならば攻撃を受けるまでの威力とは、受ける側の予想や予測によって計算されるもの。時間が掛り、魔力反応が大きければ大きい程に威力は大きく、対処は困難だと予測出来る。
 けど、それを受け、防いでみたところ予想よりずっとずっと大した事の無い威力だったらどうだろう?それは別に防御障壁を貫く威力がある訳で無く、動きを封じたりする特別な効果がある訳でもない。強いて言えば、速度があるというだけの魔法。
 予想外とは、一瞬だとしても人の思考を迷わせ、動きを鈍らせる。
 フェイトは思考の迷いと動きを鈍らせる目的で敢えて普段以上の時間を掛けてチャージしたサンダーレイジを放った。しかも、威力を極力抑える事で魔力消費も同時に抑えてだ。それを受けた隙を突き、シグナムを切り崩す策だったのだが。
「こうまで完璧に防がれると、ちょっとショックですね」
「いや、かなり危ないタイミングだった。君は良い腕をしているな」
 苦し紛れに軽口を叩き、相手の油断を誘っても微塵も揺らがない。シグナムは、フェイトの攻撃を防いだ事に慢心なんて見せないで、あくまでも本気の視線で見つめる。
 小手先の戦術なんて通じない。通じるとすれば、それはきっと努力や技術に裏打ちされた技巧のみ。
「バルディッシュ、ペンデュラムフォーム!」
 Yes sir――
 フェイトの声に応じてバルディッシュが右足首を拘束する。がっちりと足首を締め上げるその役割は、乱暴な扱いをした場合の関節の負荷を抑える為の必要最低限の用意。
 拘束具から魔力刃が展開される。それは鎌を模った刃よりも短く、一見すると足首に纏わり付く飾り。しかしその魔力刃は濃密な魔力の結合により鎌以上の強固さと鋭さを誇る。
 フェイトの提示する見慣れぬ武器に、シグナムは油断する事無く構える。
 二人の間に緊迫した空気が流れ、合図も無く、同時に動いた。
 先手を切るのはシグナム。フェイトまでの最短距離、一直線を出来得る限るの速度で飛ぶ。それに対し、フェイトは全く動く事無くただ視線をシグナムに向ける。
 迎え撃つつもりだと判断したシグナムは、到底曲がれる筈の無い最大速から直角に曲がった。
「紫電!」
 物体の移動速度は速ければ速い程急な方向転換は困難だ。人間には信じられないような速さで空を飛ぶ燕は、どんなに曲がろうとしたって空中で直角には曲がれない。
 けどシグナムは、自分の右隣に展開した魔力障壁を蹴り、無理矢理に方向を変えたのだ。
 一度、二度、と三角跳びの要領で空中を直角に跳ねるシグナム。それは最高速度で正面から突っ込んで来るシグナムを迎え撃つというフェイトの策からすれば、予想外の出来事だ。
「一閃!」
 一瞬の内にジグザグの軌道を描いてフェイトに肉薄したシグナムは、レヴァンティンの刃に炎を纏わせて上段から振り下ろす。
 例え障壁を展開されたとしてもそれごと斬り伏せる自信はある。近付けば雷を放つよりも剣の振りの方が速い。身を捻って避ける事は可能かもしれないが、それならば連続して攻撃するまでだ。
「ふぅっ!」
 だがフェイトは、シグナムの渾身の一撃を足首から成る魔力刃を用いて受け流した。
「――っ!」
 まるで柳が風に吹かれるように、魔力刃の上を紫電一閃が滑って行く。
 足とは、人間の部位としては地面に最も近く、つまり下方にある。下方にある足が、足首を拘束したバルディッシュから展開される魔力刃が、上段からの攻撃を受け流すという事は足を頭の位置以上に高く上げているという事。あるいはフェイトが逆立ちしているかのどちらかだろう。
「これで!」
 フェイトは自身の足元に絨毯を敷く様に魔力障壁を展開していた。そしてそこに手を付き、逆立ちをして上下反転。飛行魔法を使えるにも関わらずのその態勢には、しかと意味があった。フェイトは空中を自在に飛び回り攻撃するよりも、地に足を着けた瞬発力の在る攻撃を選んだのだ。もっとも、地の代わりになっている魔力障壁に着いているのは手だが。
 シグナムの攻撃を受け流したフェイトは反撃に出る。
 フェイトの右足首、バルディッシュの刃が振るわれる。
 首を狙ったそれをシグナムは上体を逸らして避けるが――「ぐっ!」――彼女の腹部にはフェイトの左足が叩き込まれていた。衝撃はそれ程のものでもないが、確かなダメージを受けた上に態勢を崩されたシグナム。
 次いで、右足。
「っ!」
 魔力刃の一撃を受ければただでは済まない。だからシグナムは痛む腹部を抑えたい衝動を堪えて再び避ける。
 だが避けた瞬間に脇腹に左足が襲い掛かる。フェイトの左足をなんとか腕で防ぐシグナム。そのまま、フェイトはさらに右足を振った。逆立ちの姿勢のまま、器用に。
 今度は腕では無く、レヴァンティンを用いて受け止める。そうしたら次に来るだろうフェイトの左足の一撃に備え、背後へ跳んで距離を取る。
 攻撃の届く範囲外へと移動されたと知ったフェイトは、逆立ちの姿勢を解除。足元の魔力障壁を踏みしめて思い切り跳ぶ。
 全力での真っ直ぐな跳躍は、背後へと跳んだシグナムよりも速い。力を込めて思い切り前へと跳ぶのと、距離を僅か開ける為に後ろへと跳ぶのではその差は歴然だ。
 その追撃にシグナムは慌てなかった。正面から来るのであれば多少姿勢が悪くとも防ぎ切れる。剣の腕に自信と誇りを持つ騎士は、正面切っての斬り合いに怯む姿を見せない。
 フェイトは、身構えるシグナムの脇をすり抜けて彼女の後方へと跳ぶ。
 驚き、振りかえったシグナムが見たものは、展開された魔力障壁に足を付き、今にも跳び出さんとしているフェイトだった。
「紫電……」
「サンダーレイジ!」
 フェイトの右掌から雷が放たれる。
 紫電一閃による攻撃を放とうとしていたシグナムは止む無くそれを中止して防御魔法パンツァーガイストを展開し防ぐ。その隙に、フェイトはシグナムに接近。 背後から迫る右足の魔力刃をレヴァンティンで受け止め、不利な体勢から渾身の力を込めて振る。甲高い金属音がして弾ける双方の刃。一拍に満たない間を置いて、それらが再び振るわれる。
「フォトンペンデュラム!」
「紫電一閃!」
 フォトンペンデュラムと紫電一閃がぶつかり、激しい閃光と共に空中で爆発を起こす。
 その閃光が晴れる頃、フェイトとシグナムは距離を置き、対峙していた。
「驚いたな。その魔法、それなりの時間がかかると思っていたんだが」
「この使い方は正しい使用法では無いので、その受け取り方は正しいです」
「いいのか、そんな事を教えても?」
「あなたはもうほとんど確信しているみたいでしたから。教えても変わりはありません」
「成程」
 フェイトが先程から"サンダーレイジ"と呼称している魔法は、正確にはサンダーレイジでは無い。行うべき手順を幾つか省き、本来は広域型である魔法の範囲を狭め、無詠唱でバルディッシュからではなく掌から放つ雷。 サンダーレイジの凡庸性を追求した使用法。接近戦を好むフェイトが牽制等を目的に使用するもので、なのはと出会う以前から使い続けている。これだけ違うと最早別物だというのは言うまでもないが。
「おい、シグナム!」
 次なる手をどうするか、そう思考を巡らせるフェイトとシグナムの下方からヴィータの声が聞こえて来た。どうやらユーノに追いかけられていたシャマルを連れて逃げて来たらしい。
「それでは、私は失礼するとしよう」
 シグナムの言葉にフェイトは何も返さない。ただ無言で見詰めるのみだ。
「止めないのか?私達を逃がせば、またこの街で騒ぎが起こるかも知れんぞ」
「自分の実力はわきまえているつもりです。まだ本気を出していないあなたと、あの赤い魔導師を同時に相手には出来ません」
「そうか。ならば去るとしよう。ところで、君の名前を教えてくれないか?」
「私の名前、知ってますよね?」
「君の口から聞きたい。でなければ、名乗った事にはならないからな」
 律儀なのか几帳面なのか神経質なのか、少なくとも三つ目は無いだろう。ともあれ、別に名前を教える事に文句は無かった。
「フェイト・テスタロッサです」
「ありがとう。私はシグナム。次に会う機会があれば決着をつけよう」
「ええ。必ず」
 フェイトの言葉を合図にするかの様に、シグナムはヴィータの元へと飛んで行く。その背中を見送りながら、フェイトは深く息を吐く。
 Sir――
「ああ、大丈夫だよ、バルディッシュ。ちょっと魔力の使い過ぎで疲れてるだけ」
 そう言って足首の拘束具となっているバルディッシュを待機状態へと変え、手に持つ。バリアジャケットに包まれる右足首、そこは赤く腫れあがり、熱を持っていた。紫電一閃を受け流した際の高熱と衝撃にやられた足首。恐らくは後一撃、二撃程受ければ耐えられなかっただろう状態。
「次は、これを使ってでも」
 そう言うフェイトの両目には、竜の瞳の輝きがあった。






「イリス、学校に居るっていう魔導師が次の王なら最初に言えよ。結構ビビったんだからな」
 サイの発する非難の声を無視して、異端の魔導師は口の端から言葉を漏らす。
「いいね、上出来だ」
 フェイトとシグナム、ヴィータが浮かぶ夜空のさらに上空。イリス・ブラッディリカ・サタン・サクリファイスその人は喜色満面だった。
 ローグウェル・バニングスは敗北を知り、フェイト・テスタロッサは目の前の敵に夢中だ。
 唯一、高町なのはだけが彼女の予想とは違う方向に向かいつつあったが、それはそれで面白いのかも知れない。
 ほとんど全ての出来事が、彼女の思惑に沿って進んでいた。
「うわ、無視かよ」
「諦めなさい。イリスは自分勝手なんだから」
 弟のげんなりした表情にフォローを入れる姉。ちゃんとフォローになっているかどうかは、この際関係無い様だ。
「そんなに上手く行ってるのか?」
 仏頂面になって、サイが質問を投げかける。
「ああ、そうだ。ヌシは敗北を知った事でより一層不安を募らせる。大切な人が死ぬ不安だ。それを払拭する為に次のレベルへ進むだろう」
「そして、フェイト・テスタロッサは既に次のレベルへ入りかけているって事?」
 サイの隣、キョウが問うた。
「そうだ。親友の"大丈夫"という言葉があって尚、その感情は落ち着きを持たない。心のタガが外れかけた彼女の、本気の力だよ」
 喜びに満ちて、イリスは言った。これまで背後に浮かぶ二人を振り返りもせず話していた彼女が、踊る様に優雅な動作で振り返る。ただ振りかえるだけの無造作な動きが、何故かそう見えた。
「サイ、キョウ。これからも頼むぞ」
「ま、いいけど」
「その代わり、頼みがあるの」
「言ってみろ。今の私は上機嫌だからな、多少のワガママは聞き入れるぞ」
 そう言うイリスの耳にそっとキョウがつぶやく。その言葉を聞き、イリスは顔を歪ませて笑う。
「ああ、それは面白いかも知れん。驚く顔が眼に浮かぶな」
 また何か良くない事を考えている。サイはこれまでの経験から、キョウが企みイリスが笑うと、ろくでもない事が起こると知っていた。
 しかも。
「明日は準備して、明後日から実行だー!」
 キョウの喜びに満ちた声が夜空に響く。時たまとんでも無い事をしでかしてくれる姉に溜め息をつきながらサイはやれやれと肩を竦める。
 どの道目的を達成する為にはまだまだやる事が山積みなので、次の行動を勝手に考えてくれるのは楽でいい。
「という事でサイ、準備よろしくね」
 だが、事ある毎に準備とか面倒な事を押しつけるのは勘弁願いたい。



第六話 完


『どうすればいいの?』






あとがき
 どうも、相変わらず戦闘ばっか書いてますギャバです。
 なんかローグの側を間に挟んじゃったんで分かり難くなってそうですね。反省せねば。
 フェイトとシグナムの戦闘の方も、フェイトが格闘ばっかしだしましたし。このSS内では格闘とかの肉弾戦多めの、本来の戦い方から掛け離れたのやってますんで。空中で地上戦みたいな事してるのは、空飛んでくるくる動き回るよりも床を蹴って跳んだ方が速そうだ、という妄想の元でやってます。本当に自由だ、自分。
 えー、こんな感じではありますけどまだかなり続くんでお付き合いをお願いしますー。





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