第十一話「力の抜き方と込め方」






 ローグとアリサが、イリスから本当の事を告げられた。アリサがすずかに、勇気を貰った。ローグがはやてに助けられ、ヴォルケンリッターと知り合った。
 まだ幼い少年少女達にとってはあまりに濃密な一日の翌日。ローグウェル・バニングス、アリサ・バニングス、月村すずかの三人は学校を休んでいた。
 けれども、生徒が三人休んだくらいで変わりはしない学校の日常は、今日も営まれていく。
 キーンコーンカーンコーンと、学生であれば誰もが耳に慣れ親しんだ定番のチャイムが授業の終わりを告げる。この日最後の授業を終え、生徒達は皆開放感に包まれていた。
 まだ帰りのホームルームが残っているというのに、帰ろうとする者が居れば、それを止めようとする者もいる。ゆっくりと帰り支度をしている者もいれば、あくせく体を動かして瞬く間に準備を終えて、今か今かと帰りのホームルームを待つ者もいる。その中に紛れる様に、友達と何処かへ遊びに行く話をしている者もいる。新しいゲームを買っただの、ウチの近所の犬が子供産んだから見に行こうとか、そういった日常的風景。
 そんな中、なのはとフェイトの心中はとても複雑だった。先日戦った魔導師達、本人達は"騎士"だと言っていた者達から連絡があった。連絡手段は魔法の概念の欠片も無く、コンビニで買える便箋に簡素に書かれてなのはとフェイトの机の上に置かれていた。

 ――放課後、道を用意して待つ。

 道とは恐らく戦いの場への移動手段。周囲の事と時間帯を考えるのならば、戦闘に適した別の次元世界へ通じるもの。それを用意して待つ。つまりは戦おうという事だ。なのはとフェイトは、この誘いに乗る事にした。はっきり言って無謀である。
 相手は最低でも自分達と互角の実力を持つ者達。通常であれば、事件性もある今回の一件は管理局に伝えて判断を仰ぐべきだろう。幸いにして、二人にはクロノやリンディと言う仲間がいるから連絡手段が無いという事は無い。
 だが二人は敢えてこの選択をした。それは、事を大きくする前にもう一度話をしたかったからだ。管理局が本格的に今回の一件に関わるとなれば、民間人であるなのはや保護観察対象であるフェイトはもう手が出せない。だから、なのははフェイトに頼み込み、もう一度だけ彼女達と話がしたいから協力して欲しい、と伝えた。フェイトはそれを受け入れたのだ。例えそれが特大の無茶だと分かっていても、なのはは突き進む以外に方法を知らない。フェイトはどうするのが正解か分からない。
 騎士達が今回なのはとフェイトに戦いを申し込んできたのは、恐らく蒐集行使が目的だろう。今の段階では闇の書に関わる事だとしか分かっていないそれ。ユーノが管理局でも最大の規模を誇る図書館とやらで調査に当たっているらしいのだが、やはりそう簡単に知り得る事では無いらしい。蒐集行使の手段は分かっても、それを行う理由は分からない。
 騎士達の行動は、闇の書という名の魔導書を軸として行われていると予想される。
 なのはとフェイトは、魔導書という媒体には一つだけ心当たりがあった。月天物語。天に浮かぶ月の魔導書。ローグウェル・バニングスが偶然に手にした、未知の存在。持ち主であるローグが特異な存在である為、彼の存在も月天物語の存在も管理局には知らされておらず、あくまでもなのはとフェイトとユーノの三人のみが知っている魔導書。
 ローグに聞けば何か分かるのかも知れないと思ったのだが、生憎とローグはこの日休みである。担任の教師が告げる理由によれば、風邪らしい。偶然なのか、アリサとすずかも同じ理由で休みだった。帰りにでも見舞いに行こうとしたなのはとフェイトだったが、どうやらそれは叶わないらしい。
 見舞いにいけないのが残念であれば、魔導書について尋ねられないのもまた残念。まぁ、魔導書について聞けたとしても彼はなのは同様に意図して魔導師になったのでは無いのだから、恐らくは有益な情報は得られなかっただろう。ユーノからある程度は魔法に関して教わったなのはよりも、彼の魔法に関する知識はずっと少ない。
 結局のところ、蒐集行使が意味する事など何一つ分かってはいないが、多くの魔導師達が蒐集行使を受け、被害に遭っている為、警戒を強めている。これが現時点での管理局の立ち位置。そして、なのはとフェイトに伝えられた事だ。
 実際に蒐集行使が危険かどうかは別にして、それが原因で事情を知らぬ魔導師達が襲われるというのは見過ごせない。戦いは、止めるべきものだ。
「フェイトちゃん、行こうか」
「うん」
 なのははホームルームが終わるやいなやフェイトに声をかけ、クラスメイトに挨拶をしつつ教室を出た。
 普段は楽しい帰り道も、この日は詰まらない。行った先に戦いが待っているとなれば、楽しい気分になれる筈も無い。
「ねえ、なのは」
「なーに、フェイトちゃん?」
 けれど努めて普段通りの声色で、普段通りに話しかける。暗い気分になったって良い事なんて一つも無いし。だったら空元気みたいなものでも、せめて楽しくいきたい。それにほら、話し合いの末に和解するとかいう結末も、考えられなくは無いし。
 だからなるべく普段通りの、楽しい会話を装う。クロノやリンディがこの様子を見たらこう言うだろう。"こんなの子供のする事じゃない"って。そんな不自然な会話だけど、今は必要な事に感じられた。
「家に帰ったらさ、お菓子とお茶を用意するね。帰ったら疲れてるだろうからさ、甘いものでも食べようよ」
「え……」
 フェイトの思わぬ言葉に、なのはは思い出した。自分は、こんなにも良い子と一緒に居るんだ。
「ふふ。それ私が先に家に着いたらどうする気なの?」
「あ、そっか」
 これから先に痛くて辛い事があるんだろうけど、絶対に負けちゃ駄目なんだ。そう、なのはは決めたから。フェイトの為、誰かの為に、戦いなんてしちゃいけない。もし戦いがあるなら、それは止めないといけない。だって戦いなんて、争いなんて、こんなにも笑顔を曇らせる嫌なものだから。
「じゃあさ、先に家に着いた方がお茶とお菓子を用意するの。それならいいでしょ?」
「先に着いたのになんだか罰ゲームみたいだね、それ」
「あぅ」
 強い決意を持ちながらも、フェイトの可愛い反応に、なのはが小さく笑う。意地が悪いのは分かっているけど、笑みが消えてくれない。
 これだ。こういう、なんだか無性に大事にして、鍵付きの引き出しに仕舞って置きたい時間があるから、それを持ち続けて見続けたいから、やっぱり戦いなんて事はやっちゃいけないんだ。
「いいよ、それ。賛成。先に帰った方は自分の好きなお菓子を用意出来るしね」
「なのは」
「うん、私わざと遅く帰ってフェイトちゃんに用意して貰うから。期待してるよ」
「なのはぁ〜」
 これから先に起こる大変な出来事を前に、ちょっとだけ楽しい時間。それが過ぎれば、後は矢継ぎ早だった。
 指定された場所に着いた時に迎えたのは、シャマル。彼女の魔法でなのはとフェイトは別の次元世界へ飛ばされた。




 予定外、だった。てっきり騎士達とは複数対複数という、集団戦を行うのだとばかり思っていた。だが事実は、剣を持った騎士シグナムとフェイト。鉄鎚を持った騎士ヴィータとなのはがそれぞれ一対一で戦うという状況になってしまった。シャマルがそうなる様に転送したのだろう。それはフェイトの思惑からずっと外れた状況だ。
 今のなのはは、戦う事の虚しさや無意味さを訴えて止めようとするべく、戦闘行為を行わない。そんな状態で戦いの場へと赴けば、どうなるのかは明白だ。これまで蒐集行使を受けた人間に死者は出ていないが、それでも誰もが少なからず外傷は受けていた。フェイトはなのはを守るつもりで彼女に同行したのだ。しかし、蓋を開けて見れば、それはどうやっても叶わない状況だった。
 一対一での戦い。三対二と言う、数の上で有利な戦いが出来る筈の騎士達が取った選択は、余りに正々堂々とした、まさに騎士としてのそれである。こうなった以上は、フェイトの取る行動は一つしか無い。なのはの元へと向かう為にただ全力でシグナムを撃破する。しかし、だからといっていきなり攻撃を仕掛けるのではただの戦闘狂にしかならない。
「何故こんな事をするんですか?」
 まず模索するべきは和解の道。戦闘とは、それが不可能だった末のぶつかりあいなのだから。
「こんな事とは、どの事だ?魔力蒐集か、それともこの戦いか」
「魔力蒐集という行為についてです。何故こんな事を? 誰かを襲ってまでやる意味があるんですか?」
「これまで襲った者達には悪いと思っている。だがそれでも、罪を重ねてでも欲しいものがあるのだ。忠義に生きるべき騎士としては恥ずべき強欲なのかも知れない。だがそれでも、我等ヴォルケンリッターはこの道を選んだのだ」
 和解という結果には、どうやら辿り着けそうにない。シグナムは確固たる意志を持って、目的を持って行動している。それを崩すのならば、最低でも相手の状況を理解した上での言葉でなければ届くまい。だがそれはフェイトにもなのはにも不可能な事だ。
「ではもう一つ、いいですか?」
「ああ」
「どうしてこんな戦いを? 私達が管理局に伝えるとは考えなかったんですか?」
「勿論、その可能性は考えた。だが、それでも私達はここでの戦いを選んだ」
「何故ですか?」
 フェイトは問うた。余りにも不自然なこの行動の理由を。魔力の蒐集が目的ならば、わざわざ呼び出すなんて真似をせずに夜にでも襲いかかればいいのだ。なのになのはとフェイトに考える時間を与え、管理局へ伝える隙すらも与えたこの選択の意味は。
「私が、君と正々堂々と戦いたかったからだ。無論、ヴィータも高町なのはに興味があった。だからだ」
「そんな……理由なんですか」
 呆気に取られる。まるで研究者が、気になったから調べてみたという風に。まるで街を行く若者が、表紙の絵が好きだったからという理由で漫画を手に取る様に。極端な言い方をすれば、思慮に欠ける理由。熟考の末では無く、感覚での行動だ。
「なに、万一管理局に伝えられた場合の逃げ道は確保してある。考え無しとは違う」
 それでもリスクは大きいだろう。逃げ道を予測され、塞がれてしまう可能性だって考えた筈だ。
「確かに、これは我々にとって愚かな選択だ。万事を期すならば、避けるべき行為。だがしかし、主の為思えばこそ多少の危険を冒してでも君達の魔力を蒐集したい。蒐集とは思いの外に単純なもので、強力な魔導師から蒐集すればそれだけ目的達成に近付くのだ」
 成る程、とフェイトは頷いた。それならば合点が行く。つまり、危険を冒して呼び出してまでも得たいほどフェイトとなのはとは魅力的な蒐集対象なのだ。で、あれば、尚更この場で負ける訳にはいくまい。
「今日は本気でやらせて貰うぞ、テスタロッサ。前回とは違うのでな」
 前回、夜空での戦いでは、一般人の眼から自分達を隠し通す為の結界が破壊されていた。故に、人目に付きやすい空と言う場でシグナムは全開の戦いを避けた。しかし、何処とも知れぬ次元世界であるならその心配は無用。
 フェイトがバルディッシュの魔力刃を斜に構え、シグナムがレヴァンティンの刃を垂直に構える。相対距離は30メートル以上。如何に速度を持ち得る者といえど、一瞬で肉薄するには至らない距離。
 戦闘開始の合図は無い。あるとすれば、それは先に行動を起こした者の第一動作。
 フェイトが、右足を一歩前に出す。その刹那。
「はっ!」
 シグナムがレヴァンティンを一閃する。間合いの外、というには余りに遠い。魔力弾でもなければ届きはしない距離での一閃に、一見すると意味は無い。けれど、レヴァンティンの刃からはしかと攻撃が繰り出されていた。魔力を込め、一定以上の速度を与えて振り抜く事で生じる衝撃波だ。肉眼で正確に捉える事の出来ないそれの進行に、フェイトは臆さず真正面から突っ込む。
 地面を破壊しながら突き進む衝撃波。土を、石を、破壊して巻き上げて撒き散らして進行するその様はまるで猛獣。轟音を鳴らして土気色の煙を起こす凶暴な衝撃波の中へとフェイトは飛び込んだ。刹那、一瞬だけ金色の光が見えた。雷光と言える程強く無く、しかし夜道の街灯の様に静かでは無い。
「はあああああああっ!」
 聞こえて来たのは声。衝撃波に正面から突っ込んだフェイトが、衝撃波にぶつかる事無くすり抜けたのだ。防御魔法で防いだのでは無い。衝撃波は何にも当たる事無く標的を見失って何処かへと進み消えてしまった。地を進む攻撃であれば空を飛べば回避出来る。しかしそれをシグナムが見過ごす筈は無い。故の地上疾走。
「バインドの応用か。全く、道外れた使い方をする」
 シグナムはどこか楽しそうな口調で呟き、真正面から突っ込んで来たフェイトに応戦する。レヴァンティンの一閃と、バルディッシュの一閃がぶつかる。弾ける金属音、腕を伝い全身を痺れさせる衝撃が足を地面に押しつける。両者が同時に力を込めて、鍔迫り合い状態から己が手の中にある戦友を振り抜く。魔力を持った斬撃はぶつかる時だけでなく離れる時にさえ強い衝撃を周囲へ飛ばす。一瞬だけ眩く輝いた魔力光が眼を焼くけれど、お互いに視線を外しはしない。
「カートリッジ、ロード!シュランゲバイセン!」
 シグナムはカートリッジシステムを用いてレヴァンティンをシュランゲフォルムへと変化させ、すぐさま鞭状連結刃を振り回す。
「魔力の急激な増大……でも、そのくらいなら」
 初めて目の当たりにするベルカ式のシステムにほんの僅か戸惑うフェイトだが、それに怯えるようでは勝てない。初見とて、すぐさま対処法を見出さなければいけない。あれがフェイトの予想通り、急激な魔力の増大を行うシステムであれば対処法はある。
 うねり、くねり、予測不可能な鞭状の動きを見せるレヴァンティン。直線で無く曲線の動きは、生物のそれを連想させ、故に軌道を読むのは難しい。
 筋を見切って回避出来ないのならば、紙一重の回避を。大振りで広域な攻撃であれば、直接殴れる程に接近する。フェイトは強く一歩を踏みだし、加速魔法ブリッツアクションを使用。刃の荒れ狂うレヴァンティンの攻撃射程に自ら飛び込んだ。
「勝負だ、テスタロッサ!」
 シグナムが気合の咆哮と共に腕を振るう。動力は腕から掌、そして握られる刃へと伝わる。まるで意思を持って自ら動いているかの様な複雑な軌道を描き、フェイトへと迫る。ブリッツアクションを使用している間は攻撃を当てられない。狙うならばその効力が切れた瞬間。
 フェイトの動きが超高速から高速へと切り替わる。驚いた事に、シグナムはフェイトがブリッツアクションを使用していた間もその姿を一時たりとも見失っていなかったらしい。だが頭を乱す事無く冷静にフェイトは思考する。攻撃するならばこの瞬間、加速魔法が途切れた瞬間だと分かっていた。絶妙なタイミングと狙いで迫るレヴァンティンの刃を避ける事は恐らく出来ない。だから、フェイトは自分自身の眼の前にリングバインドを出現させた。
 バインドを握り、右足を強く地に叩きつけ、バインドを手放す。次いで叩きつけた足を軸にその場で一回転。前へと突き進む己の勢いを回転に乗せて消した。これまで高速で前進していたフェイトが、止まる。
 高速で進行していたフェイトに狙いを定めていたレヴァンティンの刃は目標を見失い、地面に激突。それでも止まる事無く土を抉り続ける。そして、フェイトがバルディッシュを一閃。シュランゲフォルム故の刃の連結部を叩き、破壊する。
「お前は無茶をするな」
「あなたの攻撃を貰うよりは、だいぶ痛くないですよ」
 バインドを強く掴んだ故に擦れて痛めた掌をぶらぶらと遊ばせながらフェイトはそう言った。高速移動中にバインドを利用して回転、前に進むエネルギーを全て発散させての急停止。急な速度の変化で目標を見失った相手の攻撃はフェイトには当たらない、というなんとも強引な手法。最初に放たれたシグナムの衝撃はを避けた手段もこれと同じ様な考え方で、巻き上げられた石をバインドで固定してそれを使い鉄棒で前方に回転をする要領で回避したのだ。高く跳び上がる事無く、衝撃波が巻き挙げた煙に紛れての回避だったのだが、そちらもシグナムには見抜かれていた様だ。
 だが、勝機は訪れた。レヴァンティンを破壊し、シグナムまでの距離も近い。レヴァンティンは魔力を使用する事によってまた形作られるだろうが、それには僅かながら時間を要する。その前に、攻め込む。
「ドラゴンフィードバック」
 フェイトの眼にイヴィルアイの光が灯る。かつて存在した竜の身体能力と魔力をそのまま自分に上乗せするという、肉体の耐久力を度外視した危険極まりない手。本来ならば使うべきではないが、しかし戦いを拒否して行わない今のなのはの元へ一刻も早く向かうべく、フェイトは躊躇いを見せない。
 ブリッツアクションを併用し、シグナムですら全く捉える事の出来ない速度で駆ける。強く握り締めたバルディッシュを振る。
「ぐっ!」
 シグナムはその攻撃を本能的に察知。これまでに培われて来た騎士としての直感なのだろうか、それは見事にバルディッシュの魔力刃を、僅か残ったレヴァンティンの刃で受ける事に成功した。しかし、その衝撃でレヴァンティンの刃は完全に破壊し尽くされ、バルディッシュの魔力刃も砕けた。
「カートリッジロード!」
 機械音が二度響く。シグナムが二発のカートリッジを連続使用し、魔力を増幅させる。一発目の魔力を使用して一瞬でレヴァンティンを修復、二発目の魔力を使用して修復した刃に力を乗せる。
 フェイトはシグナムのその動作と時を同じくして、魔力刃の破壊されたバルディッシュを上空へ投げる。そして、両の拳にありったけの魔力を注ぎ込み、殴る。
「紫電一閃!!」
「はぁっ!」
 紫電一閃とフェイトの拳が衝突する。威力は互角、ともすれば拮抗状態になる筈だが、フェイトの拳は一つでは無く二つだ。フェイトは反対側の拳をシグナムの腹へ向けて突いた。一直線なその攻撃を身を捻って避けるシグナム。その動作でレヴァンティンとフェイトの拳は離れ、両方が自由になる。
 機械音が響き、カートリッジがロードされる。再び突き出される拳と、再び振るわれる紫電一閃。またも互角の威力がぶつかり合い、やはりフェイトは反対側の拳を突き出す。そしてシグナムはそれを身を捻って避ける。
 機械音、拳、剣、拳、回避。単純なこのプロセスが繰り返される。フェイトの拳は何度繰り出してもレヴァンティンに阻まれ、シグナムに回避される。防戦一方ではあるがシグナムは確実にダメージを防いでいた。
 膠着状態、では無い。フェイトが突き出す拳に上限は無いが、それと互角の威力を持つ紫電一閃を瞬間的に放つにはカートリッジが必要だ。しかしカートリッジは有限。どれ程の弾数を所持しているかフェイトには知る由は無いが、それが数十だとか数百だとか、そんな途方も無い数で無いのは分かる。それだけの数があれば最初から使用し、圧倒的攻撃力を常に繰り出して来ただろうから。これがカートリッジに対するフェイトの対処法、同威力による手数の圧倒。
 何度繰り返されたかは分からないプロセスがまた終わる。通例、次はフェイトの拳がまた突き出される場面の筈だった、しかしフェイトはそれをせずに上空から降って来たバルディッシュをキャッチ。横薙ぎの攻撃を繰り出す。甲高い金属音が鳴る。バルディッシュの魔力刃の無い部分が、レヴァンティンとぶつかっていた。勿論、紫電一閃は使用されていない。
 リズムが、崩れた。
「フォトン――」
 フェイトの眼前にフォトンスフィアが出現する。数は一。シグナムは至近距離に用意されたそれを防ぐ為に防御魔法パンツァーガイストを展開する。
「――ランサー!」
 炸裂音。本来であればパンツァーガイストに防がれる単発のフォトンランサーだが、ドラゴンフィードバックの効力によって強化された状態での行使によりパンツァーガイストを破壊して見せた。それでもシグナムには微塵のダメージも無い。当然だ。これはさらなるリズム崩しの手段なのだから。
 何度も何度も連続で繰り返した単純作業的動作を急激に変えられれば、誰だって戸惑う。フェイトはその隙を突いて攻撃する。強化された拳、紫電一閃と同等の威力を持つそれをシグナムの腹目掛けて叩き込もうとして――「惜しかったな」――フェイトの腕はシグナムに掴まれ、止められていた。
「え…………」
 そんな筈は無い。フェイトの持つレアスキル、イヴィルアイは太古の竜の力を宿す能力。それによって強化された状態であれば、カートリッジでも使われなければ圧倒出来る筈だった。
「時間切れ、だろうな。それだけの強い力だ、限界がくれば無意識下で体が抑制を掛ける」
 シグナムは淡々と語る。彼女は見抜いていた、この能力の最大の弱点を。
 カートリッジとは、己の負担を抑えつつも一時自身を強化する手段。
 ドラゴンフィードバックとは、己の負担など切り捨てて一時以上の間自身を強化する手段。
 負担のある力、効力が切れれば反動があるのは当然だ。気付けばフェイトの頭は酷く朦朧としていて、全身に倦怠感が漂う。四肢に込められる力は最低限で、走る事もままならないだろう。
「急いたな。何が理由かは知らんが、冷静さを見失ったままでは勝てん」
 フェイトが能力を使用してから3分。ここが、この時間が限界だった。
 シグナムはフェイトが能力を使った時点で長時間は保たないと予測し、それを計算に入れて戦闘をしていた。これは、技術面では無く精神面での、フェイトの敗北だ。
「わ、私は!」
 指一本動かすのも億劫な状態で尚戦おうとするフェイト。しかしシグナムに軽くあしらわれ、地に膝を着いてしまう。
「私は、なのはを……」
 惨めだった。なのはを守る為にとこの場に同行し、自分の予測の未熟さから守る事の叶わない状況に置かれ、戦いでは自分を理解し切れぬが故に負けた。あるいは、自分が必要以上に急いていた事に気付けていれば、このレアスキルをもっとよく理解して使いこなせていれば、結果は違ったかも知れないのに。
「今回は私の勝ちだ。済まないが、貰うぞ」






 フェイトとシグナムが命を賭けた戦いをしていた頃、なのはもまた命を賭けた戦いをしていた。直接的なものとは少々意味合いが違うが、それは紛れも無く戦い。いや、立ち向かう事だ。
「くそっ。なんでだよ」
 鉄鎚の騎士ヴィータの心中は、穏やかじゃ無かった。
 頭の中身が熱い。精神が高ぶって、どうしようもなく動揺している。それは真っ赤で熱い血がヴィータの足元に円形の模様を描いているからだろう。
 その真っ赤で熱い血が何処から来たものなのか、考えるまでも無く眼の前にいる魔導師の肩や腕や足からだ。どうしてそんな事になっているかと考えれば、そりゃ鉄鎚を持った人、ひいては穏やかじゃない心中の持ち主である自分、ヴィータが攻撃したから。攻撃を、皮膚が破けるような衝撃を受ければ人は血を流すというのは、水は冷たいもの、お湯は熱いもの、くらい当然だ。
 それは良い。それは別に問題じゃない。
 ただ、一つだけどうしても納得出来ない事がある。
「お前、なんで何もしないんだよ!」
 ヴィータの声が虚しく風に浚われた。
 シャマルの転送魔法によって戦いの場へと送られて来たなのはに、ヴィータは牽制とばかりに複数の小型鉄球による遠距離攻撃魔法、シュワルベフリーゲンを放った。当然、なのははそれを防ぐなり避けるなりするとヴィータは睨んでいた。しかし、結果はこの通りだ。なのはは複数の小型鉄球の攻撃全てを防ぐでも無く避けるでも無く、受けたのだ。何を思ってかは分からない。だが、事実としてなのはは全ての攻撃を受けた。どんな目的があるにせよ、無茶苦茶だ。
 数拍分の静寂。
 後に、なのはが口を開いた。額から落ちる血を開いた口の中に入れぬ様に手で拭い取り、真っ直ぐにヴィータを見詰めて。
「ねぇ、その力を使って誰かが喜ぶの?」
 額の血は全て拭えておらず、僅かになのはの顔を赤く染める。口や眼に入らなければ取り敢えず無視だ。見る事と喋る事が出来れば、なのはの目的は果たせるんだから。
「うるせえ!そんなの居ないに決まってんだろ!誰も喜ばねえよ!」
 それに過度に反応して、痛みに涙する。
「じゃあ、やめればいいじゃない!そんな辛そうな顔してまで戦っても、あなたの主って人は喜ばないよ!」
「お前に、お前に何が分かる!あいつの事を何も知らないお前に!」
 言葉を奥底から吐き出す度に、相手に向けて言葉が拳に代わり叩き込まれる。空飛ばず、杖持たず、ただ言葉で殴る。
「分からないよ!私はまだ、あなたの名前すら知らない!けど!」
 なのはは、赤黒いバリアジャケットの少女の体から流れる血は止まらない。特に額から流れる血は何度拭っても止まらない。傷は頭にあるんだから、特に酷い傷で無くても血はたくさん出る。だからといって無視していい筈も無く、なのはの頭はだんだんと朦朧としてきて、体に力が込められなくなってきていた。握っていた筈の拳は、何時の間にか解けていた。
「けど、なんだってんだ!」
 常より赤いバリアジャケットを纏っていたヴィータ。その彼女の身に纏うものは、普段のそれよりも尚赤い。そして濁った様に黒い。
 ヴィータは無防備ななのはを攻撃しようとして、その度に躊躇った。目的から考えれば、殴ってしまえばいいのだ。魔力蒐集を行うのなら、抵抗されぬ様に気絶させてからやるのが最もイレギュラーの確率が少ない方法。だからとっとと頭でもなんでも殴って気絶させてしまえば終わるのに、ヴィータはそれを躊躇った。そうこうしている内に、なのはが口を開く。
「こんなに必死になってるあなたが慕う主が、優しい人じゃない筈無い!!」
 がつっ、とヴィータの頭を違和感が襲う。数瞬後に、それは言葉で殴られた衝撃だと気付く。言葉に対して殴る事で返答とする。
「だから!あなたがこんな事してるって知ったら絶対に悲しむ!そんなの、そんなの嫌でしょ!」
 何も、何も言い返せない。これまでは何か言われる度に言い返してきた。それは礼儀みたいなものだと思っていた。正面から戦う者として、相手の言葉には言葉で返すべきだと思っているから。けどここにきて、主は優しいんだって言われて言い返せなくなった。ヴィータにとって、それはとても正しい事だったから。「うるせえ」と罵倒する事も出来ない。グラーフアイゼンを持ち出して、鉄鎚でなのはの体が耐え切れぬ事厭わずに叩き付ける事など簡単だった。
 なのにどうしてか出ていたのは手で、今圧倒的に勝っている筈の自分の拳が受け止められていた。
「何も言わないって事は、本当だって事だよね」
 見透かされている。それが悔しくて、苦しくて。
 ヴィータは鉄鎚を放り捨てて、なのはへと拳を繰り出した。
「うるせー!!」
 別に強く殴った訳じゃない。殴られた側からすればちょっと痛い程度の、さして力を込めていない拳だ。
 けどそれすらも今のなのはには辛くて、そんな緩い衝撃でなのはの足は支える力を無くして崩れて、同時に失血で朦朧としていた頭も考える事を放棄した。
 最後に僅か残る意識で、なのはは一言だけ言った。
「ねぇ、名前を教えてくれるかな?」
 ヴィータは荒い息を吐いている。やった事は魔法の行使を一度と、拳を一発見舞っただけ。だっていうのに酷く疲れていて、取り乱した頭で声を出した。
「ヴィータだ」
 足元には気絶して、倒れたなのはが居る。
 ヴィータは、はやての為という目的の元に魔力を蒐集。その後は別に放置したって構わない、そんな相手の筈だ。傷は浅い。血も何時の間にか止まっている。このまま放置しておけば、シャマルが使用した転送魔法の魔力反応を察知して管理局がいずれ来る。放って置いても死ぬ事はまず無く、問題無い。
 でもヴィータは、傷着いたなのはを抱え挙げて飛んだ。向かう先はシャマルが用意した転送ゲート。



第十一話 完


『教えて』





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