第十三話「魔法少女」






 サイとキョウの張り巡らせた結界の中、ローグウェル・バニングスとイキョウは戦っていた。
「それじゃ、いっくよ!」
 魔法だろうが無機物だろうが見境無く両断する剣が振るわれる。圧倒的なその速度のそれを避けきれず、ローグは僅かながらの切っ先を右腕に受けた。そしてそこから右腕が崩壊して行く。魔力結合を解かれたのだ。肩から肘までを残し、肘から掌までが体から分離する。その様をスローモーションで眺めれば、次にどうするかが自然と頭の中に流れ込む。
 腕、肘から先を再構成する。空気中に無数滞在する魔力素を取り込み、それらを強引に繋げて形を整える。その腕で双剣の一振りを握り、振る。
「ソウガエイセン!」
「無駄だよ」
 魔力を帯びたソウガが、イキョウへと向かう。だが、その刃はイキョウの持つ剣に触れた途端に、泡を握り潰す簡単さで潰えた。
 それでも、またソウガを創り出し、振る。
「せっ!」
 渾身の一撃。それも、魔法だろうが無機物だろうがお構い無しに消滅せしめる至上の理不尽の前には無意味。どれだけ強大な魔力を付与した一撃とて、超濃密なAMFの集合体とも言えるサイキョーブレードの前では霧と同じ扱いだ。そのふざけた名前がこれ程憎らしく感じる瞬間は無いだろう。
 だが諦めない。例え武器の性能と己の性能で負けていようが、まだ消える訳にはいかない。故に、ローグはイキョウを打ち倒すべく奇策という手札を切る。いや、正確には奇策では無い。これは前回の反省点を活かした上位手段。キョウとビル内で戦った際、僅かにだが足止めに成功した手。それを、方法を変えて展開する。
 力強く地を蹴り、距離を開ける。そして肺の中にある空気全部を震わせて声を出す。
「来い!」
 前回は双剣を投擲するという方法を試し、結局はその剣の前に敗れた。だが剣というものは刃の届く範囲にしか攻撃出来ない。正面から打ち合って叶わぬ相手を攻略するには、対応範囲外を攻めるという方法が最も分かりやすいだろう。
「ユウダチ!」
 想像するのは、夕陽に映える雨。ただし、振るのは雨粒では無く、剣。
 ローグはイキョウと接近戦を繰り広げる最中、時間をかけて空中に用意していたデバイスの端末を顕現させる。月天物語へ空間座標を入力する事で顕現する端末、ソウガ。指定する座標の数はおおよそ200。それを同時に、イキョウの頭上へ。
 ユウダチとは、雨降るが如く剣降る魔法。
「上からか。でもどんなに攻撃範囲が広くても、私に当てるにはこのサイキョーブレードの攻撃範囲に入らなければいけないのよ。意味が無いわ」
「来い!」
 その程度、理解出来ぬ馬鹿では無い。
「メブキ!」
 芽を出す武器は、大地割る刃。
 指定する空間座標、イキョウの足元。その数は200、タイミングはユウダチと同時。その範囲は半径25メートルの円。一歩や二歩で出られる範囲では無い上下の挟撃。
 メブキとは、草木芽吹くが如く剣芽吹く魔法。
「上下二方向。なるほどね」
 突如として空と大地に現われた魔法陣。あと数瞬もすれば鋭利な刃を無数に生み出し、魔法陣の上に立つ者を串刺しにするだろう。
 ローグのありったけの魔力を使用して生み出した一発勝負。
 イキョウは焦らず状況を確認する。上空からの攻撃は安定した足場で構える限り全て切り伏せられる。ならばまずはその足場を確保する為に地面に生える邪魔な刃を、アスファルトと一緒に消滅させる。
 そう判断して刃を地面に向けて振り下ろそうとした時。聞こえた。
「魔力構成分解! 空気中に散らばる素との同化! ローグウェル・バニングスの全情報を指定座標にダウンロード! 届け!」
 言葉の意味する事は、魔力素移動。形を捨てて形を得る魔法。自分の体を一回破壊してまた創り出す魔法。自分自身を、新しい同一の別人へと変える。ローグにとって忌むべき手段。それでも、アリサの元へ辿り着くまでに負ける訳にはいかない。
 それを許諾するくらいなら――「俺は! 俺じゃなくていい!」――この世に在る価値は無い。
 決めたなら、貫く。
「っ!」
 上空からの攻撃では防がれる。地面からの攻撃をしても防がれる。それならそこに自分自身の直接攻撃を加える。持てる手段全てを投じて邪魔者を打つ。
「一点!」
 サイキョーブレード構えるイキョウ。その刃は天と、地と、正面と、三方向全てには対応出来ない。上空からユウダチが振るタイミング、大地からメブキが突き刺すタイミング。どちらよりも速く、魔力素移動を行使したローグがイキョウの真横に立つ。右足に、全力で魔力を込める。
「突破ぁ!!」
 突き抜く。全力の一撃、全力の魔力脚。
「サイ!」
「おう!」
 それを阻む様に声がする。
 恐らくはサイとキョウが融合して成ったイキョウという形を捨てて二人へと分離しようとしている。だが、それよりもローグの蹴りは速い。
「ソウガの指定座標への顕現、俺達も使えるんだ」
 指定される座標は、たった一つで良い。
 ローグの蹴りの軌道上。イキョウの真横。丁度右肘の辺りに。たった一点にソウガを創り出す。
 ミシリと、イキョウが創り出したソウガから音がする。
 ローグの蹴りを受けて砕ける音だ。ローグの勝機が砕ける音と、同じだ。
「!」
 イキョウが剣を振り降ろし、アスファルトを破壊する。それに伴い、描かれていた魔法陣も消滅。これで、地を媒体として剣を呼び出す魔法メブキは防がれた。
 まだ空からユウダチが降り注ぎ、イキョウに届くまでには幾分かの時間がある。雨など、のんびりと降るものだ。特に、卓越した魔導師の思考の前では。
 ローグが敗北を悟るのに、1秒の半分も必用無かった。イキョウが掌を捻り、剣を振り上げ切り裂くまで、1秒の半分も無かった。だから、ローグは自分が負けると分かる前に意識を断たれた。
「魔力構成体でも、痛みで気絶する。ほんとに、変なところで人間みたいね。痛覚なんて遮断すればいいのに」
 イキョウが感慨深げに呟く。
 彼女にイリスから与えられた命は、ローグウェル・バニングスを殺す気で攻撃しろというものだ。そんな事をして本当に死んでしまえば、数百年来の月天王を失ってしまうというのに、イリスはその命を絶対だと定めた。
 イキョウにはそれを疑う事は出来ても、逆らう事は出来ない。管理者代行権限というのは、無情なものだ。
 まあいい。どのみちこの疑似肉体では物理的魔力的攻撃で死ぬ事は無い。例えその疑似肉体全てをAMFを用いて魔力素へと還したとて、結局彼の人格は月天物語と言う魔導書の中。だからイキョウは、本当に殺すつもりで行動する。
 即ち、倒れ伏す相手の頭部目掛けて剣を振り下ろす行為を。
「ぅ……っ」
 ローグが痛みで呻き声を挙げる。どうやら完全に意識を失ってはいないらしく、眼は薄く開かれている。ただその焦点は何処にも定まっていない。
 そんな光景に構わず、イキョウは剣を振り下ろそうとした。だが唐突に、ローグの眼の焦点が合った。ある一人の少女の姿を見詰めた。
「ローグ!!」
 イキョウには余り耳慣れない声が聞こえる。金色の髪をした少女。年の頃はローグと同じくらい。顔を見ればすぐに分かる。サイとキョウのクラスメイト。
 ここはサイとキョウが作りだした結界の中である。一般人の入り込めぬ筈の場所に、何故アリサが居るのか? 数瞬の間考えを巡らすも、答えは出ない。アリサ・バニングスは魔法を使え無い筈なのだ。
 眼の前に立つアリサからは魔力反応は一切感じられず、結界を破ったり通り抜けたり出来る様な道具も持っている様には見えない。結界内に他の人物が入って来た様子も無い。アリサが誰か魔導師と共に訪れたのであれば、アリサだけが現れるのはおかしい。
 彼女がどうやって結界内に入って来たのかは不明。訪ねても素直に答える訳も無いだろうから、イキョウは脅威にはならないであろうアリサを無視して事を進めようとした。
 右手で剣をしっかりと握りしめる。
「ちょっとあんた! 何してんのよ!」
 イキョウはアリサの言葉に耳を貸さずに右手を振り上げた。
「無視しないでよ!」
 尚もアリサは声を張り上げるが、イキョウは無視を続ける。
 ふと、ローグが掌を地に押し付けて立ち上がろうとしている姿が見えた。アリサの声に反応して動けるところまで意識を持って来たらしい。立ち上がられては面倒なので、イキョウはアリサの声を抑えるべく言葉を返す。
「初めまして、アリサ」
 サイとキョウとしては顔を合わせた事があるが、イキョウとしては初めて会う。彼女は律儀に初見の挨拶をすると、アリサの言葉を待った。
「あなたは誰? どうしてローグは倒れてるの!」
 サイとキョウの面影があるイキョウ。だが姿形が全く同じ訳では無いので、アリサは気付かない。そんな動揺を尻目に、イキョウが手にした剣を強く握り締める。
「ローグはこれから死ぬの。見ない方がいいわ」
 脅しの言葉だ。実際に殺す事は出来ない。だけどそれをそれだと認識出来ない者にとっては、脅しは事実と同じ。言外に、一般人の出る幕など無いと告げ、イキョウは剣を振り上げる。
 対象に刃を届ける為、一歩進み出る。
「させない」
 何時の間に近くまで移動していたのか、アリサがイキョウの前に立つ。
「あなたも不幸ね。月天王に愛されたばっかりに、こんな最期を迎えるなんて」
 彼女にとっての重要事項は、月天王を殺す気で攻撃する事。障害は排斥しなければいけない。
 そう、脅す。



 彼は、目の前の光景に愕然とした。
 アリサが、剣を持つイキョウの前に立って両手を広げている。
【なんでだ】
 心の中で叫ぶ。現実に存在する喉は、体が言う事を聞いてくれないから動かせない。
【どうしてだ!】
 イキョウの一撃に体を破壊され、その痛みで意識を混濁させた。そしたら何故か視界の中にアリサが入って来て、声まで聴こえて。その次は庇われる態勢になっている。
【どうしてアリサがここにいる!】
 理由なんて分かり切っていた。自分を迎えに来たと分かっている。
 アリサの事なら、他の誰よりも知っているから。だから余計に怖い。眼の前で死なれる事が怖い。自分が原因で大切な人が死ぬのは怖い。それは恐れだ。
【もう、嫌だ】
 ローグの内側に溜め込まれていたストレスが溢れ出す。
 一般人から魔導師になった日、あの日から嘘を吐き続けて来た。自分は本物のローグウェルだと言い続けて来た。それが嘘だと分かったのはほんの少し前の日の出来事。それが引き金になって、今までアリサに嘘を吐き続けて来たという事で生まれたストレスが溢れ始めた。今、それが限界に達したんだ。
【誰かが死ぬなんて嫌だ! アリサが死ぬなんて嫌だ! こんなんじゃ、誰も幸せになんてなれない!】
 ぶちまける。これまで抱えて来た不平不満。
【アリサと一緒に居たいだけなのに、それがなんでダメなんだ! 俺だって、こんな事に巻き込まれたくは無かった! どうしてこんな事ばっかり起こるんだよ!!】
 もう過ぎた事を悔やむ声に応える声があった。



 Answer――

 月天物語。一冊の魔導書の声が。

 King――

 王と成れ。そう言ったから。

【それでアリサを救えるなら、俺がまだ戦えるなら、成ってやる! 王にでもなんでも! 成って見せる!】

 受け入れた。



「じゃあ、さようなら。アリサ・バニングス」
 とっとと退けと思いながらも、イキョウは脅しの言葉を吐き続ける。
 しかしアリサは退かない。このままでは剣に切り裂かれて死んでしまうというのに、退かない。
 まさか本当に殺してしまう訳にもいかず、イキョウはどうするべきかと思案した。その刹那。
「エッジハンマー!」
 衝撃が走る。腹部に、脳に、感情に衝撃が走る。
 腹部に受けたものは3トンの質量を持つ状態まで拡大召喚されたエッジハンマーの一撃によるもの。脳に受けた衝撃は、あり得ない詠唱速度によって繰り出された魔法という事実に対してのもの。感情に受けた衝撃は、ついさっきまで動けなかった筈の相手が起き上がり、あまつさえこんな魔法を行使しているに対して。
 咄嗟に発動した防御魔法を濡れた紙みたいに易々と貫いた衝撃に、体を"く"の字に折り曲げてうずくまり、咳き込む。けれど痛みを無理矢理に押し込めてその状態からすぐに立ち直る。そうしなければ瞬く間に攻め入られ、今度は自分が敗北する事になるからだ。視線強く、見据える。
 不屈とも言える魔導師の姿を。
「どうしてまだ起き上がるの? あなたは勝てないのに」
 イキョウの問いに、ローグで無くアリサが答えた。
「そんなの決まってるじゃない。ローグはあたしの事大好きだからね! ピンチになったら必ず助けてくれるのよ!」
 誰よりも自信満々に、何よりも絶対的に、宣言する。
「アリサ、お前」
 アリサの背後。声をかけるローグに振り向かず言った。
「私はあなたが大好きで、あなたも私が大好きなら、本物とか偽物とかどうでもいい!」
 ローグを、一発で捻じ伏せる言葉。
「約束より何よりも、今楽しい時間が一番欲しい!」
 約束。その言葉が彼に一瞬の迷いをもたらせば、アリサはそれをぶち壊す言葉を放つ。
「ローグウェルっていうのは! 私を一番好きでいる人の名前で! 私が一番好きな人の名前だから!」
 名前が先に在るんじゃない。人が在るから名前が与えられる。人が、名前に意味を与える。
 そしてその名前は、彼にこそ相応しい。絶対に変わらないものとして決めた。
「恥ずかしい奴だな、お前は!」
「五月蠅い! ちゃんと名前で呼びなさい!」
 大きく息を吸い込んで。
「アリサ!」
「ローグ!」
 いっせーのー、で。
「「好きだ!!」」
 告白をする。
「それで、もういい?」
 邪魔する無粋な奴が居たなら。
「よく」
「ない」
 二人で戦ってぶっ飛ばす。
「じゃあ、二人共切り裂いてあげる」
「「オッケー!返り討ち!」」
 既に決まった事だ。
「サイキョーブレード! 月天王を、分解して!」
 イキョウが対物にして対魔の剣を使うなら。
 ローグとアリサは気合一直線の正面突破。ただ心の赴くままに障害は排除する。
 彼女が右手を伸ばすと同時に彼は左手を伸ばす。二人の右手が重なれば、それはどっちでもあるものに成る。

 DUAL SYSTEM Set up――

「ディープインパクト!」
 無敵の剣、サイキョーブレードに真正面から魔力拳が立ち向かう。AMFの効力を持つ剣が、無機物を断する剣が相手。常であれば敗北するは必至の魔力拳。
 その条理は、容易い。
「う……そ……」
 打ち砕かれる。剣が、イキョウの唯一にして最大の一手が、敗北する。
 剣の刃は数多なる鋼の欠片へと砕かれて空中に舞う。キラキラと陽光を反射するその様が戦いの場にはとても不釣り合い。けれどそんな事を考える程の余裕を、イキョウは持っていなかった。
 これまで無敵であったイキョウのサイキョーブレード。如何な魔法だろうと如何な無機物だろうと、その刃に触れれば全て無意味。そう組み上げられたルールが敗北する。即ち、相手はそれ以上に強いルールを持つという事。
「少女漫画の受け売り! 恋する乙女は無敵!」
 刃を殴り壊したアリサが口にする。余りにも単純なそのルール。それと同時に口にする。
「お前は負ける! 俺とアリサに! お前は勝てない!」
 アリサの口から発せられるローグの言葉、声。走る魔力、胸の中其処に在るリンカーコア、無駄に自信満々な言葉、妙にやる気の無い言葉、近付いて殴る蹴るくらいしか出来ない魔導師の感情。全部が全部、アリサ・バニングスから感じられた。
 少女は、群青色のバリアジャケットを身に纏う。ミニスカートに、半袖のジャケット、長いソックス。前の開いた短めのケープを身に着け、髪に赤くて腰元まで届く長いリボンを巻き、風に靡かせる。
「アリサ・バニングス。あなた、何を!」
「誰がアリサ・バニングスですって?」
 名前を呼ばれた筈のアリサは、しかしそれを否定する。
「今の私はアリサ・ローグウェル! 魔法少女アリサ・ローグウェルよ!」
 かつて無い自信最高潮の表情で、嬉しさ限界はち切れた顔で言う。ローグウェルという魔力構成体、言わば魔力そのもの丸ごとをリンカーコアという形式で取り込んだ。今の彼女はアリサであって同時にローグウェルでもある。そういう、魔導師。
「そんなルール! 私は認めない!」
 イキョウがサイキョーブレードを再び生成し、彼女を切り付ける。だがその刃は骨を断てず、肉を避けず、あまつさえ髪の毛一本傷付ける事は無かった。
 無敵の筈の剣は、アリサのバリアジャケットに阻まれている。直接触れるもの全てを傷付ける事無く。
「あなたの剣、魔法も物も切り裂くらしいわね」
「なんで、どうして切れないの! どうして!」
 癇癪を起こした様にイキョウが叫ぶと、アリサが回答する。
「私と私が着ていた服は物質。ローグは魔力。リンカーコアとかいうものの形でローグを取り込んだのが今の私。そのバリアジャケットには、物質と魔力つまり魔法の両方という扱いになる。だから斬れない! らしいわよ」
 なんていう強引。なんていう無茶苦茶。
 けど純然たる事実。青と赤を混ぜて出来上がった紫は、青だけを消す方法でも赤だけを消す方法でも、その両方を同時に消す方法でも消せない。
「之無限の言葉、其れ無限の形、此処に同位する武器と成れ!」
 魔法でも物質でも、人間でも魔力構成体でも無いアリサ・ローグウェルが唱える。彼女の唯一の魔法を。
「でっかいでっかいでっかいでっかい、でぇーーっかいハンマー!」
 アリサの口を介して叫ぶローグの声。言葉をそのまま武器にする。
「ワード・オブ・アームズ!」
 生まれたのは、アリサの右手に握られているのはでっかいでっかいでっかいでっかい、でぇーーっかいハンマー。手に持つ柄の部分だけが通常と言えるサイズで、けれどその頭部は信じられないくらい大きい。キングサイズのベッドの倍近くはあるだろう、重量を考えるのが嫌になるサイズ。物理法則とかもうなんか馬鹿らしい。
「そんな大きいだけの武器で何をする気よ!」
 素人然とした、でかければ強いという考えを笑う。
「嘘」
 ワード・オブ・アームズが、でっかいハンマーが消える。魔力で編み上げられたハンマーは消える際に魔力素となり周囲に散布される。本来不可視である筈の魔力素は何故かキラキラと輝く粒子の形を取っていた。それに紛れ、アリサ・ローグウェルの姿がイキョウの視界から消える。
「えっ!」
 一歩進み、イキョウの懐へと跳び込む。
 ただの一瞬も必要無い。それが二人のバニシングステップ。
 アリサの体の一部、右拳が光る。
 アリサにはワード・オブ・アームズ以外の魔法は使えない。だが、アリサの内部にリンカーコアという形で存在するローグは魔法を使用出来る。ちょうどデバイスが魔導師に代わって魔法を使用する様に。
 空飛ぶ事を夢見る人、模るは砲撃拳。
「大地からの――」
 下げた腕が地面すれすれに近付く程の前傾姿勢。その状態から右足に力を込め、大きく一歩を踏みこむ。
 強大な衝撃がアスファルトにヒビを刻み、けれど砕ける事無く少女の肉体を支える。ひょっとすれば崩れてしまう足場の上、アリサ・ローグウェルは右拳を振り上げた。
「――飛翔!!」
 瞬間、耳を劈く轟音。特大の純粋魔力による攻撃は、イキョウに体がバラバラになる錯覚を与えるくらいの強い衝撃を生む。砲撃を真似て、腕一本を丸々砲撃魔法へと変換して打ち出す大地からの飛翔は、イキョウを殴っても止まらず余りある魔力を走らせる。大気中を駆けてたゆたう魔力素を取り込み強大化しながら上空へと一直線に進む攻撃は、やがて周囲と外界を隔てていた結界を破壊して空へと消えた。
「俺達の」
「私達の」
「「大勝利!」」
 魔法少女アリサ・ローグウェル。邪魔者は一切合切を排除する魔導師。
 見方を変えれば、ただのワガママなだけの子供。
 アリサがバリアジャケットの構成を解除し、普段着に戻る。そうすると何時の間にかローグがアリサの傍に立っていた。どうやら分離は自動らしい。
「さ、帰ろう。みんな心配してたんだからね」
「ああ、そうだな」
 二人は歩き出す。なんとなく手を握り、別に示し合わせるでもなくお互いの顔を一瞥した。
 でも照れるからすぐに逸らして、真っ直ぐ前だけ見て歩きだした。
 ただ、二人は興奮の余り気付いていなかった。結界が張り巡らされて外界との関連性を遮断されていた筈の場所に、アリサが辿りつけたその理由が不明なままだという事に。




 月村すずかは、高町家から走り去ったアリサ・バニングスを追っていた。自分が口出しできる問題でも、首を突っ込んでいい問題でもないのは分かっているが、それでもどうしても心配で、気付けばアリサ同様に走り出していた。
 アリサの向かった方向など分からないから、とにかく勘に頼って走った。そんなやり方で目的地に辿り着けるのならこの世に地図など必要無いし、そもそも今回は目的地すら定かでは無い。アリサとローグの居る場所こそが目的地なのだ。だから、目的の人物に出会う事は無かった。ただし代わりに、砲撃拳によりその体に深いダメージを負った魔導師に出会った。
「久しぶり、でいいのかな? すーちゃん」
「よっ」
「キョウちゃん、サイ君」
 アリサ・ローグウェルに敗れ、融合も解けた二人。疲れ果てた様にすずかを見る。
「その傷、救急車を!」
 サイとキョウ、二人の姿を見てすずかが携帯電話を取り出す。サイは右肩が不自然に消滅していて、キョウは脇腹が深くやはり不自然な形で消滅していた。これが、通常の肉体を持たないという事なのだろうか? 二人は血を流してはいないが、さりとてローグの様に形作るのが容易な体ではないのだろう。
「待って。いいの、呼ばないで」
「でも、その傷じゃ死んじゃうよ!」
 何故か制止するキョウが、すずかには信じられない。
「お前、俺達が普通じゃないって知ってるだろ。病院じゃ治らないさ。それに、ぶつけただけだから大した事無い」
「でも!」
 すずかだって、頭の何処かで理解していた。姉弟の家に招待された時にはもう、普通ではないと知っていた。通常の人間が受ける治療でどうにかなるかと言われれば、無理だと思ってもいる。けど、怪我人を見て放って置くなんて選択肢はすずかには無い。
「平気よ。こんなので死んじゃう訳無いわ」
「俺達の事を思ってくれるなら、ちょっと頼み事を聞いてくれないか?」
「なに、何なの? 私に出来る事ならなんでもするから」
 言葉の途中でキョウに強く腕を引かれた。思わず転びそうになるけど、それを目一杯の力で堪えて、すずかはキョウを正面から見据える。
 息も掛かりそうな距離で、キョウはこう言った。
「あなたの体を私達に貸して」






 部屋。暗い部屋。外は快晴と言って差し支えない天気なのに、家に辿り着いた二人はカーテンを閉め切った部屋、アリサとローグの二人がベッドの上にダイビングする。アリサは仰向けに、ローグはうつ伏せになってベッドの上にぐってりと伸びる。
 ここに来て、疲れが出た様だ。二人共が普段はやらない様な事ばっかりやってたんだから、疲れるもの当然か。
 それでも折角仲直り、というかまぁ、好き同士になったんだからと思い、アリサは甘える事にした。
 アリサがローグの肩に頭を擦り寄せると、彼はくすぐったそうに身を捩った。
「逃げないの」
「逃げてない」
 ローグが気だるげな声を出す。どうやら声も出すのも面倒というレベルで疲れているらしい。
 けれどアリサはお構い無しに行動する。ローグの腕に全身で抱き付き、自分と同じ金色の髪に顔をうずめた。
「なにしてんだよ」
「汗の臭いとか、しないね」
「俺は汗とかもうかかないんだよ」
「そっか」
 ローグがそういう体になってしまった事を、アリサは既に知って、認めている。
 彼はその事を気にしていた様だが、よくよく考えれば馬鹿らしい。
 汗をかかない? 結構じゃないか。夏にどれだけ動いたってシャツが背中に貼り付く事が無くなる。洗濯物が減る上に着替える手間まで減る。そう考えれば、別に悪い事ばかりでは無い。
 まあ、でも、そういう普通な事が出来ないのが、今の彼の体なんだ。きっとどこか気後れしてしまうんだろう。普通という枠から意図せず外れてしまうのは、思いの外居心地が悪いのだ。望んで得た状態ならまだしも、望まぬ状態な上に、自分ではどうしようもないときた。誰だってちょっとした疎外感とかそういったものを感じる。
「でもね」
 アリサが金糸の海から顔を上げて言った。
「なんだよ」
「そういうの気にするローグって、なんか可愛い」
「…………」
「あ、照れた?」
 アリサに可愛いと言われて不意に黙る少年は、さらなる追撃に顔を赤くした。なんでだろ、男の子としては可愛いという評価は不本意な筈で、やっぱりカッコいいと言われたい筈なのに。だけれどどうしてか、可愛いと言われて嬉しくて、顔が熱い。
 熱を持ったのは顔だけでなく全身で、それは瞬く間に心まで熱くして、目の前の少女の事ばかりを意識させる。
「ちょっと、黙ってないでなにか言ってよね。なぁに、怒ったの?」
 アリサは黙り込んでいるローグに不満を漏らすが、生憎とその不満に対する返答をローグは持っていない。
 女の子がぬいぐるみに心奪われるように、男の子がロボットに心奪われるように、ローグはアリサに心奪われて。すごいって、可愛いって、カッコいいって、そう思ったものを前に言葉は出て来ない。
 アリサは拗ねた表情でローグを見詰める。
 唇はちょいと曲げられて不満げで、頬は子供二人分の体温で温められて少し朱に染まり、瞳は真っ直ぐに眼の前に居るローグを捉えて。家族故の贔屓目を差し引いてもに二十分に可愛いその顔に、頬に、ローグはそっと自分の唇を付けた。
 一瞬だけ、気を張っていなければ触れたなんて気付けない一瞬。瞬きも出来ない間だけ触れて、ローグの唇は離れた。
 アリサがそれに気付いたのは、ローグが眼を閉じて寝息をたて始めた少し後。
「なによ、馬鹿」
 アリサは不貞腐れた表情でローグの頬に唇を触れさせて、一枚の毛布で二人を包んで眼を閉じた。



第十三話 完


『日常が幸せ』






 あとがき

 はい、かなり自由で好き放題な展開になってまいりました。最初っからそうでしたけどね。
 ストーリーは大体折り返しというところで、これから闇の書関係の方面もちゃんと進んで行く予定です。
 しっかりと終わらせるべくこれからも頑張って行きますので、お暇でしたらお付き合いお願いしまーす。





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