第十四話「日常が幸せ」 朝。快晴と呼んで差し支えないスカイブルーの下、これまで通りの五人の姿があった。 学校に程近い通学路。片側二車線、大きめの道路の端にある歩道を横一列で歩く五人は、全員が同じ学校の同じクラス。 一番右を歩くのはなのは。隣を歩くフェイトとお喋りをしながら意気揚々と歩いている。この光景が楽しくて仕方無い、といった風だ。 右から二番目を歩くのはフェイト。なのはと喋りながらも、ちらちらと横を気にしている様子。楽しい時間だけど、どうしても気になるものがある、といった感じ。 五人の中央を歩くのはすずか。右隣を歩くフェイトがなのはと喋っているので、左隣を歩くアリサとお喋りをしている。話題らしい話題も無い、思い付くままの会話。 すずかの隣に居るアリサは、すずかと喋りながらもその左手は別の人に触れている。もうなんか当然というか、お前らもうそろそろ開き直ってるだろ、と言いたくなる。アリサの左手は、ローグの右手をしっかりと握っていた。 横一列五人の一番左端、ローグは顔を赤くして内心で身悶えていた。公衆の面前で女の子と手を繋ぐなんて、恥ずかしいに決まってる。相手が好きな子であれば尚更だ。そしてそんな恥ずかしさに身悶えながらも、ローグは度々注がれるフェイトの視線が気になって仕方が無かった。 ローグとアリサがサイとキョウを撃退してから数日。五人はサイとキョウが現れる前の、ただの小学生と同じ生活をしていた。 何事かを企んでいるイリスは姿を見ていないし、夜毎現れるヴォルケンリッターに対する管理局の捜索と追跡は、怪我をしているなのはとフェイトは参加していない。アリサに至っては、単に今まで知らなかった事を知っただけだし、すずかも変化無し。 クラスからサイとキョウの姿は消えたが、その事に気付くクラスメイトは居なかった。名簿からもその名前は消されていて、教師も誰一人として覚えていなかった。あの二人の存在は、学校においては無かった事になっている。 仮にではあるが、五人の周囲は平和だった。そう、日常が平和だ。 例えそれが、嵐の前の静けさでも、平和に変わりは無い。 学校の昼休み。アリサとローグはフェイトに呼び出されて体育倉庫に来ていた。 「もう直ってるんだな」 以前フェイトが破壊した扉は真新しいものへと変えられていた。よくもまああれだけ派手に壊したのに問題にならなかったものだ。 「直したのは管理局の人だけどね」 隠れていたのだろうか、フェイトが突然に姿を現した。 「フェイトか。何の用だ、こんな場所で」 「一緒にお昼ご飯って訳じゃないわよね。なのは達置き去りだし」 「二人共、呼び出しちゃってごめんね。けど、どうしても今すぐにしないといけない事があるの」 アリサとローグの質問にはっきりとは答えず、フェイトは少しだけ暗い表情をした。 呼び出されていきなりそんな表情される覚えが全く無い二人は慌てたけど、フェイトを心配した言葉が紡ぎだされる前に、フェイトは謝罪した。 「ごめんね、ローグ」 その意味不明さと唐突さを前に硬直する二人。 いきなり正面切って言う勇気は無いので、フェイトは少し遠まわしに言った。だからこの硬直するという反応は正常だ。 数瞬後、フェイトは躊躇った様にローグの胸にふれて、撫でた。 優しく、そこにある傷の痛みを和らげる様に。 「ここ……だよね。私が刺しちゃったの」 それを聞いて、ローグだけはようやく合点が行った。フェイトが謝っているのは、初めて会った日の事。 アルフと共にジュエルシードを捜索していたフェイトをローグが目撃してしまい、その事を誰かに話される前に、フェイトがローグの口を封じた時の事。 ローグの体を、フェイトが貫いた時。 死人に口無し。最も確実で残酷で過激で酷い方法を取った時。 心臓を、魔力により強化した手で刺し貫いた。 フェイトはその事を謝っているんだ。例えあの時の自分が正常な精神状態に無かったとしても、事実は変わらないのだから。 「刺したって、一体何の事?」 一人だけ話についていけないアリサ。 それはそうだろう、"刺した"なんてのは、余り日常的に使われる言葉じゃ無い。食材と調理器具を眼の前にした料理でもする場面ならばともかく、こんな体育倉庫前なんかじゃ聞く機会は無いだろう。 「気にするな。俺はこうして生きてる訳だしさ。それにあの時はジュエルシードを使ってたからちょっと暴走気味だったって、最近聞いたんだ。ま、そうじゃなくても怒ってなんかいないけどさ」 ローグにそんな事を吹き込んだのは、恐らくなのはだろう。確かに、ローグと初めて会った時のフェイトは、プレシアに必要とされたいという願いと、ジュエルシードという強大な力に翻弄されて自分を見失っていた。いっそ別人だと言ってもいいくらいに違っているだろう。 「けど私がやったっていう事実は変わらないんだよ。だから、謝らせて。そして、償わせて」 フェイトは切なる願いを込めてそう言った。本気で償いたいと願った。 「ねぇ、さっきから何の話? 全然分からないんだけど」 アリサの何度目かの質問の後、フェイトが意を決した様に口を開いた。元より、この為に呼んだのだ。 ローグに最も近い人だから、アリサには謝って置きたくて。 「私が初めてローグと会った時。私はローグを刺して、一回殺したの」 「イリスが言ってただろ。あれだよ」 そこまで言われて、アリサは気付いた。イリスは確かに言っていた。フェイトがローグを殺したと。あれは本当の事だったんだ、とアリサの胸中に複雑なものが沸き上がる。 「怒るなよ。俺は生きてるんだしさ」 「怒ってなんかないわよ。それに、一回殺したとか言われても、私には全然分かんない」 アリサの反応は当然だろう。一般常識の内側にある者には、一回殺した、とかそんなの理解の範疇外だ。ニュアンスとしては、誤って怪我をさせてしまいました、と言っているに近い。 理解出来そうで全く出来ないそんな言葉に、アリサはただただ複雑な表情をする。 「こんな事を気にし続けても仕方ないだろ」 「気にするよ! だって私は、一歩間違えてたらローグの命を、アリサの大事な人を一生奪う事になってたんだよ!」 それを聞いてアリサの心臓が跳ねる。フェイトの動揺が伝染したみたいに。 「だから私は償いをしたいの。けど、どうすればいいのか分からなくて」 命がどうとか、責任がどうとか、子供にとってはまだ早過ぎる、余りに重い事。いいや、子供とか大人とか関係無く、重くて大変な事だ。誰もどうすればいいのか分からない。 「取り敢えずさ」 そんな中、アリサが言葉を口にした。正直、意外だった。アリサがこの話を聞いた場合、怒るか、ただ聞いているだけのどちらかになるというのがフェイトの予想だったから。 余りにも静かな、冷静なアリサの言葉は続く。 「分かんないなら後回しでいいんじゃない?」 「後回しって、そんな……」 人を一回殺した。その事に対する償いは、フェイトにとって今すぐ必要な事だと、フェイト自身は思っている。だから後回しにするなんて考えられなかった。 「だってさ、子供の私達にそんなの分かる訳無いじゃない。ローグ、分かる?」 「いーや、全然。正直そんな事よりはテストに出る問題の答えを知りたい」 「何言ってるの、自分の事なんだよ」 フェイトはほんの少しだけ怒っていた。ローグは自分の命を軽く見ている。軽い命なんて無いのに、自分の命を軽く見ている。きっとそうだ、そう思ってのフェイトの考えは、次のローグの発言で否だと分かる。 「後回しでいいだろ。命がどうの、償いがどうのなんて難しい事なら、分からない内に無理に答え出しても逆効果じゃないか?」 「そうよ。良く言うじゃない、今出来る事をしろって。それってさ、今出来ない事は今しなくてもいいって事じゃ無い? ちょっと違うかな?」 アリサの言葉に、フェイトは押される。なんだか、それでもいいと思えてしまう。 フェイトには、二人の言葉に共感する部分とそうでない部分がある。 「それは…………そうかも知れないけど。でも私は、今償いたい」 「俺はフェイトに謝って貰ったから、十分だよ。償うなんて大袈裟だ」 「そうよ。私も最初は驚いたけど、それだけだもん。ローグが怒って無いなら、私が怒る理由は無いもの」 「アリサはそれでいいの? 私はもしかしたら、アリサの大好きな人を奪ってたかも知れないのに」 フェイトの質問の内容よりも、大好きな人という発言に対して顔を赤くするアリサ。恥ずかしい事を言われたけど答えない訳にもいかず、アリサはなるべく単純になる様に言葉にした。 「だって、ローグは私の事大好きで私はローグの事が大好きだもん。だからどっちも黙ったまま消えたりしないの」 所々が消え入りそうな程の小声になっていたが、確かにアリサはそう言った。 なんて根拠の無い理由だろう。どんなに相手の事が好きだって、黙って消えない保障なんて無い。災害や事故なんてものが世界にはありふれているから。けどきっと、そんなものも覆すくらいの自信があるんだろう。恋は盲目というのは、本当らしい。 「てゆうか、自分で言ってて恥ずかしくないか?」 「死ぬ程恥ずかしいわよ…………って帰ろうとしないの!」 恥ずかしさからか、密かにエスケープしようとしたローグを捕まえるアリサ。 「帰ろうとはしてないさ。ただ物影に隠れようとしただけだ」 「あんま変わんないから」 余りにも普段通りな二人に、フェイトはどうすればいいのか分からなくなる。 フェイトが次の言葉を探していると、不意に肩に手を置かれた。 「ともかくさ」 ローグだった。フェイトよりもほんの少しだけ背が高い少年は、真面目な顔で真っ直ぐに言った。 「俺は生きてるから。フェイトが自分の気持ちにキリが付けられそうな方法見付けたらさ、その時に声かけてくれ。無理しても損だろ?」 「そうよ。もし相談があれば、私でもなのはでもすずかでも、相手はいるじゃない。フェイトの為だったら全力で手伝うから」 二人は言う。急がなくても良いよ、と。 「…………うん」 そうだ。何を急いていたんだ。 謝るべき、償うべき相手はすぐ近くに居る。なら焦るな。待つって言ってくれてるんだし、折角なら自分も相手も一番納得出来る答えを探そう。 「ほーら、さっさとお昼ご飯食べて遊ぶわよ。すずか達を待たせてるんだからね」 差し出されたアリサの手を取って、フェイトは歩き出した。晴れ晴れとした気持ちとはいかないが、それでも幾分かすっきりはした。事は、今後次第。焦らずしっかりゆっくりと考えて、でも遅過ぎない程度に、納得のいく答えを見つけよう。 【フェイト】 フェイトが心の中で決心を固めた時、ローグから念話で呼ばれた。 【何?】 【今は俺の事はいいからさ、なのはの事を見ててくれよ。あいつ、きっとこれから大変だから】 【大丈夫。言われなくても、分かってるよ】 フェイトもローグも、まだ終わっていない事を知っている。 今はただ休んでいるだけで、そう間を置かない内に再開されるだろう。 目的不明の魔導師、イリス。闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。どっちも忘れていい問題じゃないから。 昼休みの喧騒の中、すずかは一人で弁当を前に座っていた。 アリサとローグとフェイトは何時の間にか消えているし、なのははさっき誰かに呼ばれて行ってしまった。楽しい筈の昼休みの時間は、一転して微妙に退屈なものになってしまった。 別に一緒に弁当を食べる相手に困っている訳じゃない。教室の中にある複数のグループの中のほとんど全てに、すずかは入って行ける。それだけクラスの中に友達が多いのだ。それをする事に問題は無い。けどなんでか、普段は約束するまでも無く当たり前に一緒に弁当を食べている相手が一人も居ないとなると、少し寂しい。 ああ、でもローグ君だけは基本的に男の子の友達と食べていたっけ。そういった思考がすずかの頭の隅を掠めた。 【暇なの?】 ぼーっと考えを巡らせるすずかの頭の中に、声が響く。最初は戸惑っていた感覚にも、今はもう慣れた。 【そうかも】 頭の中で返事をすると、今度は別の声が返って来た。 【ならとっとと食えばいいじゃないか。待ってても遅くなるだけだろ】 【甘いわね。健気な女の子は待つものなのよ。激しい雨の中、駅前ロータリーで恋人を待つみたいに】 頭に響く声の内、少女のものがやや興奮気味になっていく。これは、この前見たドラマの再放送が見事に影響している、とすずかは思った。中々に影響され易いみたいだ。 【弁当食うの待つだけで、んな大袈裟な】 呆れたように言うのは少年の声。少女がボケて少年がツッコミを入れるというのは、この二人の基本パターンというのは、ここ数日で得た知識だ。ただし、ボケとツッコミが入れ替わる場合もあるらしい。 いい加減にお腹も減って来たし、幾らなんでもそろそろ食べ始めないと昼休みが終わってしまう。 すずかは自分の食べるペースが周りのみんなに比べて少しばかり遅いので、そう考えた。 教室に居る友達連中はそのほとんどが食べ終えてしまっていたので、仕方無しに一人で食べ始めようとしたところ、ドタドタと騒がしい音が廊下から聞こえた。 騒音と言って差し支えないそれに紛れて、フェイトの慌てた声やアリサの大きく明るい声、ローグの意地悪な言葉が聞こえて来た。ひとまず、一人で食べなくても良さそうではある。 「今日はちょっとだけ、急いで食べないとね」 「こんな場所に呼び出してどうしたの、ユーノ君?」 「ごめんね、お昼休みなのにさ」 「それは大丈夫だよ。お昼ご飯は、ユーノ君が一緒に食べてくれるんだよね?」 昼休み開始早々にユーノから念話で呼び出されたなのは。ユーノの声はどこか急いでいて、しかも緊張した様子の声だったので誰にも告げずに急いで駆け付けたのだが、着いて見ればユーノはとても落ち着いた様子だった。 何だか勢いで弁当を引っ掴んで来てしまったが、何も言わずに来たのでは待っていて貰えないだろうと思い、折角だからユーノを誘う事にした。 なのはの提案に何故だか少し慌てた風に反応するユーノが、少し可笑しかった。 「ともかくさ、お昼ご飯の事は後でいい?」 「うん。いいよ」 「ありがとう。それじゃ本題なんだけどね、管理局の方でやってたレイジングハートの修復が終わったんだ。バルディッシュも一緒に」 一週間ばかり前、シグナムとヴィータとの戦闘で敗れたなのはとフェイト。その際にダメージを負ったレイジングハートとバルディッシュはクロノの計らいで管理局側で修復して貰える手筈になっていた。 レイジングハートは修復のみ。バルディッシュは、同時に強化改造も施されているらしい。レイジングハートが強化されていないのは、なのはの考えとそれに賛同したレイジングハート自身の考えでもある。 パートナーが自分の元を離れて、長いとは言えないものの決して短くない日数が過ぎた。修復が終わって帰って来るとなれば、嬉しいに決まっている。 「良かった。最初に聞いてた日数より経ってたから、ちょっと心配してたんだ」 「それは、ごめん。担当していた部署に立て続けに他の仕事が入っちゃったみたいで。しかも急務だから断れないらしくて。それで、修復完了が今日。なのは達への受け渡しが明日の予定になっているんだ」 「そっか。じゃあ明日には帰って来るんだね」 「うん」 なのはの弾んだ調子の声に、ユーノまで嬉しい気持ちになる。 ふと、なのはが気付いた様に声を挙げた。 「そうだ、バルディッシュも明日帰って来るならフェイトちゃんにも伝えないと」 ぽん、と両手を胸の前で合わせてそう言った。可愛らしい仕草に、必要以上に可愛いと思いつつ、ユーノはなるべく冷静に会話を続ける。 「フェイトにも直接伝えようとしたんだけど、どうしても外せない用事があるみたいでね。だから念話で用件だけもう伝えてあるんだ」 「あー。そういえばフェイトちゃんてば、お昼休みになった途端に消えちゃってたっけ」 思案顔という程でも無い、ちょっとだけ考え込んだ表情も、ユーノを惹き付けて離さない。 何時からだっただろう? ユーノが高町なのはという少女に恋をしたのは? 最初に出会った時は、自分よりもずっと凄い魔法の才能を持った少女だと、ただ驚くばかりだった。その次に感じたのは、無理をしがちな人、という印象だったと思う。 ジュエルシードの封印に協力してくれて、とても感謝していて、でもたまにある突飛な行動や無茶をしがちな所が危なっかしく思えた。放って置けないと思ったけど、魔法の技術とかそういったものを鑑みれば、ユーノがなのはを守る事は出来ない。ユーノが今扱える魔法はだいぶ特殊だから役に立つ時は立つんだけど、凡庸性は高くないんだ 事件の最後には、なのはとフェイトの二人によってジュエルシードは全て封印された。思えば、ユーノがなのはに対する気持ちを恋だと感じたのは、事件が終わった後だった。色々な事後処理の関係で、何度かなのはと連絡を取る機会があったユーノは、その度に胸を高鳴らせていた記憶がある。事実、今日レイジングハートの事を伝える為に直接来たのは、なのはに会いたかったからなのだし。 だから今もユーノはドキドキしている。自分が恋をしている相手、なのはが眼の前に居るから。 「……ぇ、ねぇ、ユーノ君!」 「え! な、何?」 「もう、ちゃんと聞いてた?」 「あ、ごめん。聞いて無かった」 何やらご立腹な様子のなのは。当然か、考えに没頭していて何一つとして彼女の言葉を聞いていなかったのだから。 「だから、今日のお話がそれで終わりなら、一緒にご飯食べようって言ったの」 「あ、うん。今日の連絡はこれで終わり。ご飯なら付き合うよ」 と、そこまで言ってからユーノは気付いた。 弁当なんか持ってない。 流石に一緒にご飯食べようなんて誘われるとは思わなかったので、そんな用意はしてない。昼は何処かのコンビニでおにぎりでも買うか、でなければ後で適当に店で食べようとしていたのだ。 「あー、僕、お昼ご飯持って無いや。ごめんね」 苦笑いしながらとても残念そうな表情で謝るユーノ。折角誘ってくれたのに、付き合えないとは。しかもだ、相手はユーノが恋してるなのはなのだ。そりゃあ本当は誘われた時点で小躍りしてしまいたいくらいに嬉しいさ。だけど一緒にご飯食べる為に最低限必要な食料というものがなければどうしようもない。どうする? いっそ野生動物でも狩るか? ああ、そういえば飼育小屋にウサギとか鶏がたくさん居たなぁ………… 「じゃあ私のお弁当分けてあげようか」 「え?」 てっきり、そっか残念だね、とでも言われてはい終了とでもなるのかと思ったが、そうでは無いらしい。 「そんな、悪いよ」 何を言っているんだ。ユーノは本気で自分に対してそう思った。 なのはにお昼ご飯に誘われて、けど自分は何も食べ物を持ってないから諦めて、けどなのはが弁当を分けてくれると言っているんだ。何処に断る理由があるのだろうか。ここで遠慮がちに引いてしまえば、なのははユーノに気を使わせまいと引き下がるかもしれない。ダメだ、それはダメだ。好きな女の子と二人で弁当タイムなんて美味し過ぎる。弁当ではなく展開が。いや、勿論弁当も美味しいと思っている。まだ食べてないからあくまでも想像だが。 「気にしないで。ユーノ君はこれからまだやる事あるんでしょ? ここで食べとかないと倒れちゃうよ」 なのははそう言っていそいそと準備を始めた。 直接座っても問題なさそうな芝生とかそういったものは無いかと辺りを見回す。キョロキョロとクリクリと忙しく動き回るまんまるな眼がある一点で止まり、指差す。 「お、ちょうど良い所に誰かの忘れものはっけーん!」 なのはが効果音でも付きそうな勢いで指したのはビニールシート。ピクニックにでも使うものなのか、大人が五人くらい座ってもまだ十分にスペースがあるだろう大きなものだ。 「誰も居ないみたいだし、借りちゃおうよ!」 なのはに手を引かれるがまま、ユーノはビニールシートの上に座らせれる。 「私のお弁当って大きくないから、二人で分けると足りないかも知れないけど我慢してね」 手を握ってしまった事にドギマギするユーノを尻目に、なのはは意気揚々と弁当箱を広げる。 「はい、どーぞ」 ずい、と圧倒的な存在感を持って突き出されたのはなのはの握る箸。そして卵焼き。 「え、これは……」 「卵焼きだよ。ミッドチルダには無いの?」 「いや、あるけど……これをどうするの?」 「食べるの」 「誰が?」 「ユーノ君が」 ユーノの思考、フリーズ。再起動まで約30秒。 1……10……20……30。ユーノ再起動。 「ぅえーー!」 「む、その反応は何? お母さんの作った卵焼きは食べられないの?」 なのはの突飛な行動にユーノは混乱する。卵焼きを食べろって、その卵焼きを挟んでいるのはなのはの箸で、しかもその箸を握っているのはなのはで、つまり食べさせて貰う形になっている。 ユーノの心情を考えれば、動揺するのは当然だ。 「味が不安?」 差し出された卵焼きを何時まで経っても食べないユーノに業を煮やしたなのはが、パクッとその卵焼きを半分食べた。 ゆっくりと味わって食べて、頷く。 「うん、大丈夫。美味しく出来てるよ。はい」 そう言ってなのはは半分食べられた卵焼きをユーノの前に差し出す。 好きな子に食べさせて貰うにプラスして間接キスの最強タッグ。 ユーノはこの卵焼きを食べてしまいたいと思った。だが、こんなまるで恋人みたいな事するのは、感情が邪魔をする。 「あ、もしかして甘い卵焼きは嫌い?」 この際甘かろうが酸っぱかろうが辛かろう熱かろうが冷たからろうが痺れようがなんでもいいです。ユーノは混乱している。 「っき、嫌いじゃ無い! 食べるよ!」 バクリ、と勢い良くユーノは食らいついた。 「どう、美味しい?」 少し不安そうな表情で聞くなのは。 ユーノとしては、正直言って味まで気が回りませんという状態だったので、ひとまず頷いていた。 「良かった。じゃあこんどはこっちのどーぞ」 そう言ってなのはが差し出したのはタコさんウインナー。期待した眼で見つめるなのはの視線に逆らえる訳もなく、ユーノはそれも食べる。すると、すぐさま次のものが差し出される。 自分ばかり食べていては悪いと、なのはに食べさせようとするユーノ。まだお仕事あるだろうからたくさん食べないと、と言ってどんどん箸を突き出して来るなのは。二人のお昼の時間は、終わるまでずっとこの攻防を繰り返したのだった。 第十四話 完 次 『ちょっとした覚悟』 |