第十五話「ちょっとした覚悟」






 時刻は夕食時。道すがらに何軒もの家の前を通る時、食欲をそそる良い匂いが立ち込める時間帯。そんな腹を減らしてくれる匂いを堪能する事は無く、アリサとローグを乗せた車は窓を閉め切ったまま走り続ける。運転手は当然ながら、バニングス家の執事である鮫島。後部座席に座るアリサとローグは、これから向かう先に待つ人物について様々な話をしていた。
 人物、というのは少々大袈裟な表現かも知れない。何せこれから会いに行くのは、ローグにとってはある程度気心の知れた、アリサにとっては初対面の相手なのだ。
「で、その八神はやてっていう子との出会いは? 関係は? どうしてこんな事になってるの?」
 矢継ぎ早という言葉が良く似合うスピードでアリサが次々と質問を投げかける。そんなに連続で言われても答えられないので、ローグは手で落ち着け、と制する。次いで、少しだけ考えて、最も簡潔かつ的確に八神はやてと自分の関係というか間柄を示す言葉を探した。
「八神はただの友達だよ」
 ちょっと考えた末、結局はこの言葉に落ち付いた。それ以外にローグにとってのはやてを示す最良の言葉は見つからなかったし、存在もしなかった。例え彼女が彼に友達以上の好意を持っていたとしても、彼は彼女に友達以上の好意を持ってはいないから。
「ふーん。ま、いいか」
 なんとも素っ気ない返事をした後、アリサは黙り込んでしまった。物憂げ、と言えなくもない表情。そんな小学生には余り似合いそうにない格好で、アリサは何事かを考えている様だった。
 唐突にそんな格好になられては、ローグとしては話しかけ辛い。だからと言ってこのまま黙っているのも退屈である。鮫島と何か話していればいいと言えばそれまでだが、生憎とローグは鮫島と盛り上がれるような話題は知らない。なので、話しかけ辛い雰囲気を振り切って声を掛けてみる事にした。
「なぁ、アリサ」
 しかし、アリサはまともに相手をしてくれない。
 言葉を掛けても手を振って適当にあしらう様にするだけだし、ほっぺた摘まんでみても払いのけられる。髪を引っ張れば手をはたかれ、手を握れば慌てた風に振り解く。そんな反応が面白くてローグの行為はついついエスカレートしていく。
 彼が普段から身に付けているメガネをアリサにかけさせてみたり、腕を絡ませてみたり、その姿勢のまま肩に頭を乗せたり、後部座席が広い事を利用してこてんと寝っ転がって膝枕と色々だ。
「うがー! いい加減にしなさーい!!」
 流石に怒ったらしい。アリサは不満げな表情で息を荒げて言葉を続ける。
「あんたねぇ! 人が考え事してるっていうのに何よ!」
「考え事する前に、俺と話してたろ。一方的にやめるなよー」
 もっともな言葉に、アリサは押し黙るしかない。けどなんか悔しいので言い返そうと考えを巡らせる。しかし、やっぱ状況的にどう考えてもローグの言い分の方が正しい。だったら屁理屈でもこねくり回してみようかとするも、生憎とそんなパッと浮かびやしない。そうやってアリサがしばし黙っていると、また考え事でも始めたのかと思ったローグがアリサの頬をつまむ。
「だーかーら、黙りこまない」
 むにゅぅっと、まるで餅の様にその頬が伸びる。痛くない程度に引き伸ばされた頬は、徐々に赤みを湛えて行く。
「だからやめなさい! あんたがこーいう事を気軽にポンポンとやるから気になるんでしょーが!」
「ん? 何がだ」
「だ・か・ら、こうやってすぐにぺたぺた触って来るの!」
「嫌か?」
「嫌じゃないけどさ。こういうのを他の子にもやってると思うと、なんか嫌。なのはとかフェイトとかすずかとか、そこはまだ許せるけど、私の知らない相手はなんかすっごく嫌!!」
 アリサの、良く聞くと恥ずかしい発言についてほんの少しだけ考え込むローグ。数秒くらい何事かを思い返す様にして、一度頷く。
「俺、アリサ以外にはした事ないんじゃないかな。こういう事」
「そう? 私はなんかしょっちゅうやってる気がするんだけど」
「いーや、してない。今出来る限り思い出してみたけど、多分してなかった。アリサにしかしないさ、こんな事」
 そう言いながらローグはアリサがかけているメガネを外し、身に着け直す。そうしたら今度はアリサの手を握った。
「握手くらいはすると思うけどさ、それとこれは違うから」
 途端に、アリサの顔が赤面する。"それとこれ"っていうのが何を指すのかは大体予想が付くけれど、なんていうかこのセリフは、余りに子供らしくない。そして覚えがあった。
「ローグ、私の本棚にあった漫画読んだでしょ」
「あ、ばれた?」
 先程のローグのセリフは、そのまんまアリサの持つ少女マンガのセリフである。
「何がしたいのよ、漫画のマネなんかして」
「好きかと思って。そういうの」
「確かに好きだけど、なんてーかそういうのされると…………」
 暗に、照れる、と言いたいのだろうか。ローグにもそれはなんとなく分かっているが、敢えて言わないでいる。
 そうこうしている内に、二人共が黙ってしまった。お互いに相手の言葉を待つ様な状態なので、今の態勢は見詰め会う形に近い。そうしていると、数日前に暗い部屋の中、二人で一緒のベッドで眠った事を思い出した。そういや、あれはまるで恋人同士みたいに抱き合った状態じゃなかっただろうか。
 そんなところで一転。アリサの思考は飛躍する。
 先程ローグが、アリサの持つ少女漫画の中のセリフをマネしたのだが、恋愛を主軸とした物語にはテンプレ挿入されるキスシーンがある。しかも、件の少女漫画では、主人公の「それとこれは違うから」NEXTキスシーンなのだ。妄想炸裂。少女は恋に憧れるお年頃。as眼の前に好きな男の子。
 もしかしたら他人の眼もあるかもしれない走る車の中。鮫島は運転してるんだから前を見ている、バックミラーは知りません。車はそれなりの速度で走っているんだから外の誰からも見えやしない。そんな打算的考えなどあろう筈も無く、アリサの顔がローグの顔に接近して――「お嬢様、お坊ちゃま。着きました」――瞬間的に離れた。
「おや、どうされました?」
「ああ、いや、なんでも無いの」
 ちっ、残念。ああいや訂正、二人ハ家族ダカラ健全デスネ。
「それでは、時間になりましたらお迎えに上がります故」
「別にそんなのいいのに。鮫島さんだって大変だろうし」
「なりません。夜道は危険です。必ず、時刻通りに迎えに来ますので」
 ローグの発言に、鮫島は異を唱える。ローグとしては鮫島の苦労を考えての事だったのだが、彼の職務を考えれば余計な事なのだろう。それに、純粋に心配する気持ちも勿論多分にある。
「それでいいわ。でも、早くに来すぎないでよね」
「ご心配無く。その場合は車の中でお待ちしていますので」
 もう何を言っても無駄なのだろう。なんだか痒くなるくらい心配されている二人は困った顔で、でも嬉しそうな顔で鮫島を見送る。
 そうしてローグの案内に従って二人は八神はやての住まいへと向かう。



 ピンポーンというありきたりなチャイムの音を鳴らしてから少し待つ。どうでもいいことだが、このピンポーンとかいう音は誰が考えたんだろう? いや別に不満がある訳では無い。例えばこのチャイムの音が、ドロリとかだったら不快だし、ホラー系の映画でも見てた日には最悪だ。かといってズギューンとかいう音も勘弁願いたい。刑事ドラマじゃないんだから。人死にが出るぞ。
 そうなると、やっぱりチャイムの音はピンポーンでいいのだろう。うん。ピンポピンポピンポーン。
「連打しないの」
 と、ボケにツッコミを入れられていると扉が開いた。開いた人物ははやてで、彼女は少々前かがみになりながら右手でドアノブを掴んで扉を開けている。玄関の段差を車椅子の前車輪が半分くらい降りているので、倒れない様に左手で壁に手を付いてバランスを保っている。
「お、いらっしゃい。そっちの子がこの前言ってたローグの従姉のアリサちゃんやな」
「ああ、そうなんだが……器用だな。いや、パワフルなのか」
「そんなにパワフルやあらへんよ。私、女の子やし。それにちょうど今日は一人やから、退屈してたとこなんや」
 退屈なのとパワフルなのは無関係です。暇な時は常に筋トレしてますとかなら別だが。
 そんな風に玄関先で和やかな会話が行われている隣、アリサが少々驚いた顔をしていた。そしてローグの腕を掴み、引き、はやてから若干の距離を取る。
「ちょっとローグ、車椅子に座ってるなんて聞いて無いわよ」
「あ、言って無かったか?」
「言われて無かったわよ。どうすればいいのよ。私、車椅子の子と話した事何て一度も無いんだからね」
 ひそひそとした声で話し始める二人。急にそんな事をされては、はやてとしてはどうすればいいのか分からずに固まるしか出来ない。
「別に、どうもしなくていいだろ。八神は特別気にしてる訳じゃないからさ、ちょっと大変そうだと思った時に手伝ってやれば、それでいいと思うぞ」
「それは…………確かにそうね」
 ローグの言わんとする事は分かる。他者と比べて特別な部分というのは、良くも悪くも目立ってしまう。事情を知らない者が出来るのは、きっとちょっとした手伝い程度だ。だから変に特別扱いなんかしないで、困ってたら手伝えばいい。それだけの事。アリサはいきなり出会ったからちょっと動揺しただけで、冷静になれば別に難しくもなんともない事に気付いた。
「えーと、お二人さん、もうそろそろええかな? ちょっとこの態勢キツなってきて……」
「おぉっと、悪い悪い」
 車椅子に座ったまま前屈みの姿勢で居れば辛いのは当たり前。そろそろ持久力的に限界だという所でローグが扉を代わりに押さえる。
「ありがと」
 ローグに続く様にアリサがはやての近くへと歩き進む。そして今だ前屈みの態勢で居るはやてを軽く押して車椅子にしっかりと座らせた。そして意を決した様に、口を開く。
「もうローグから聞いてると思うけど、自己紹介するわね。私はアリサ・バニングス。アリサって呼んで」
 始めて言葉を交わす相手というのは、緊張するものだ。事前にその人の事を聞いていたって、どうしてもある程度は。それは相手も同じだろうから、精一杯明るい調子で声をかけた。もっとも、彼女の周囲に居る者達から言わせれば、アリサは努めて明るい調子を作る必要など無いくらいなのだが。
「うん。私は八神はやて。はやてって呼んでな。よろしくな、アリサちゃん」
 簡単な自己紹介を終えたアリサは、ローグと共に八神家のリビングへと通された。
「それでさ、さっき言ってた今日は一人って、どういう事だ? シグナムさん達は居ないのか?」
「んー、なんかシグナム達は忙しいみたいなんや。今日の内は戻れへんかも、って言ってたな」
 なんとも不可解だとローグは思った。ヴォルケンリッターの面々は、他の何よりもはやてを大事にしている。それは以前自分に言葉を投げかけてくれたザフィーラの行動を見れば明らかだ。そのヴォルケンリッターが誰一人としてはやての傍の居らず、それも日付が変わるまで帰って来れないときた。事がそれほど大きいのか、それとも別の理由なのか、何にしてもそこに良い予感を感じ取る事は出来ない。
 しかしローグの疑問は次のはやての言葉である程度解消した。
「けど、今日はローグが来る言うたら、全部任せたって言ってたで」
 全部任せた、とは、つまり何かあった場合ははやてを守れと言う事なんだろう。本人に何の連絡も無しに勝手に決める辺り、信頼されているととってもいいのだろうか? まぁ、自分達が不在の時は守ってくれ、とは前に一度頼まれているのだから、そう不思議な事でも無いのだろう。
「ねぇ、シグナムさんって誰?」
 そんな彼の思いなど知る訳も無く、アリサはいきなり飛び出た新しい人物について尋ねる。はやての事情を大筋でも説明するとなると、相当に骨が折れそうだ。






 アリサとローグがはやての家へと辿り着いたのとほぼ同時刻。次元空間航行艦船アースラに、なのはとフェイトが呼ばれていた。
「なのは、フェイト、見てくれ」
 クロノがテーブルへと置いたもの。それは、シグナムとの戦闘で大破したバルディッシュ。そしてヴィータとの戦闘でダメージを負ったレイジングハートである。レイジングハートが大破した理由は、ヴィータの攻撃が待機状態のレイジングハートを直撃した為。バルディッシュが大破した理由は、シグナムとの戦闘の直接的ダメージでは無く、許容限界ギリギリのラインまでフェイトがイヴィルアイの能力を行使したからである。イヴィルアイによる魔力的肉体的強化は、使用者だけでは無くデバイスにもダメージを与える。強化された力を制御する際の負荷によるものだ。
「修復が終わったんだね。レイジングハート、もう大丈夫なの?」
 なのはが嬉々として待機状態のレイジングハートを手に取る。赤い宝石の様なレイジングハートは、以前と同じ声色で主へと声をかける。気の所為だろうが、心なしかこれまでよりも光り輝いている様に見える。
 All light――
 フェイトもなのはと同様に声を掛ければ、パートナーはそれに応える。
「バルディッシュも、もう平気?」
 Yes sir――
「修復は、共に君達の希望を最大限に取り入れて行っている」
 クロノの言葉を受けてエイミィが説明を始める。
「実際に作業を手掛けた人はちょっと忙しくてこれないから、私が代わりに説明するね」
 エイミィは馴れた手付きで手元の機器を操作し始める。程無くして、テーブルに並んで腰掛けるなのはとフェイト、それに対面する位置に腰掛けるクロノの間に映像が表示される。
「バルディッシュに追加した機能はフェイトちゃんのこれまでの戦闘データから算出したデータを元に作成したものなの。バルディッシュは元々フェイトちゃんに合わせて作られたみたいだけど、今回の作業で行われたのは今のフェイトちゃん専用のデバイスにする為の調整かな。レイジングハートの方は、なのはちゃんの希望通りに修復だけになってるから」
 エイミィが流暢に語り出す。
「それで、肝心のバルディッシュの調整された点なんだけど」
 エイミィの言葉に続いて、映像が切り替わる。映しだされたのは、バルディッシュとおぼしき黒い具足の映像。
「フェイトちゃんの足を使った格闘技を主体にした、今までのだとペンデュラムフォームって言ってたモードを強化したんだ」
 エイミィはその言葉を少し困ったような表情で伝えた。出来るならば女の子が殴り合いなどして欲しくない。そういった表情だった。
 エイミィが少々言い辛そうにしているのを気取ったのか、クロノが説明を引き継いだ。
「君達は先日、ヴォルケンリッターの内二人と戦闘を行い、魔力蒐集を受けた。一度収集を受けた者が再び襲われるといったケースは現在出ていなので、攻撃を受ける可能性は極めて低い」
 以前、ヴォルケンリッターのシグナムとヴィータと戦ったなのはとフェイト。なのはもフェイトも、過程はどうであれ敗北という形になり、共に気絶している間に魔力蒐集行使を受けた。その証拠といえるかは分からないが、二人のリンカーコアは通常ではありえない程に疲弊していた。
 この日は、二人のリンカーコアが完全に回復したかどうかの検査も兼ねてなのだ。
 回復したかどうかの報告なんてものは一言あれば事足りる。それに続いてクロノが行ったのは、レイジングハートと強化されたバルディッシュについての詳細の説明だった。
 シグナムに敗北したバルディッシュは、己が主を守る為に自身の強化を求めた。その強化を行ったのは管理局の施設でなのだが、管理局としては保護観察対象であるフェイトのデバイスの強化をそのまま認める事は出来なかった。その交換条件として提示されたのが、今回の一件の鎮圧への協力だった。断る理由など無く、フェイトとバルディッシュは了承し、ここにその結果がある。
 そしてレイジングハートは、なのはの目的を叶える為に変わらない事を選択した。戦う力を強化した者が"戦うな"なんて言っても説得力なんて無いから。レイジングハートとバルディッシュについて説明した後、ここから先が本当に重要な事だと言わんばかりに、クロノの眼が細められる。
「実は大分前からユーノとアルフが無限書庫で君達の持つ能力の事を調べていてね。闇の書の事と並行してだったから進行状況は芳しくなかったんだが、最近それについてようやく詳細が分かって来たんだ」
 無限書庫とは、管理局に関わる全ての世界のデータが集まる場所といっても過言では無い、途方も無い程に巨大なデータベースだ。そこならば今まで詳細が分からなかった二人のレアスキルについての情報もあるだろうと踏み、闇の書についての情報と共にユーノが捜索をしていたのだ。捜索範囲が膨大なだけに、通常は一人でやる事では無いのだが、ユーノはそれを押して捜索を始めたのだ。最初こそかなり苦労したものの、関係書物が見つかればそれを足がかりにどんどん新たな情報を発見して行った。人手が必要な時はアルフや、なんと管理局の提督という人とその使い魔達までもが手伝ってくれたらしい。どうやらその提督と使い魔達は、クロノの知り合いという事だ。
 そうやって色々な人達に協力して貰った結果が、なのはとフェイトに届けられたのだ。
 クロノの発言に、なのはとフェイトの顔に若干の驚きが浮かぶ。ユーノがそんな事をしていた事自体も十分に驚きだが、本当にそんな途方も無い範囲から望む情報を得られた手腕に素直に感心した。
 二人は黙って、クロノが先を話すまで待った。
「まずフェイトのレアスキル、イヴィルアイ。これは非常に稀な力だ。レアスキルと呼ばれるくらいなんだから当然だが、その中でも大分特異なものに分類される。ユーノも、以前から名前と大雑把な能力は知っていたみたいだ。特筆するべきは第三の能力、既に死んだ真竜の力を呼び出す、ドラゴンフィードバック」
 なのはとフェイトの前面に表示されている映像に、黒い竜が映し出される。
「この竜は、真竜だ。なのはは真竜がどういった存在なのか知らないだろう。君の世界で言うなら特撮映画とやらに出て来る怪獣を思い浮かべて貰えばいい。それに対して映画の中の軍隊の力がどれ程通用するか、想像してくれ」
 なのはが頭に思い浮かべたのは、特撮映画に登場する怪獣が戦車や戦闘機を腕の一振り、尻尾の一薙ぎで破壊して行く光景。それはまるっきり正解とは言えない想像だが、完全に間違っていると言う事は出来ない想像だった。
「真竜・ヴィクスという竜は非常に凶暴な性質を持った竜だった。本来みだりに生物を殺していい道理は無いんだが、生憎とこの竜を殺す理由を過去の魔導師は持ってしまった」
 クロノの言葉に反応するかの如く、映像が切り替わる。二人の見た事が無い、民族衣装の様なマントを羽織った人達。
「ル・ルシェの民。竜と深く関わりを持つ民族であり、竜を召喚する力を持った者もいた。過去、ル・ルシェの民の中の一人、リィリカという少女がその精神を病んだ」
 次いで表示された映像は数人分の大人の死体らしきものと、その傍で泣き崩れる少女の姿。なのは達に残酷なものを見せない為であろう、映像にははっきりとそれと認識出来ない様に処理が施されていた。
「今からどれ程前の事なのかは分からない。が、少なくとも管理局が組織として成り立つ前の出来事だ。当時、ロストロギアや次元犯罪者を取り締まる者達の集まり、今の管理局の前身の様なものだと思うが、そういった人達の集まりがあった。その中の一人である魔導師が次元犯罪者を追っていた。そして魔導師が次元犯罪者を捕まえる際に戦闘に巻き込まれ死んだ人達が居る。それがリィリカの家族だ」
 二人はそこまで話を聞いた時点で理解した。酷くどうにもならない感情が沸き上がる。
「リィリカの家族が巻き込まれて死んだ時、魔導師も、所属していた集まりも誠心誠意謝罪の意を示した。ル・ルシェの民もそれを受け入れ、許した」
 次元犯罪者を放って置けば誰がどんな事件に巻き込まれるのか分からない。それはもしかしたら自分の家族に降りかかるかもしれない災い。捕まえる際に事が戦闘にまで発展するだけの相手なら尚更だ。だからそれを、犠牲を理解した。
 だが、そんな大人の理屈が子供に通じるとは限らない。だって子供にとっちゃ、ただの理不尽な出来事だから。
「魔導師の集まりを、次元犯罪者達を憎んだリィリカがどんな事を願ったのかは分からない。だが結果としてその願いは、ル・ルシェの民に置ける竜の巫女としての能力を解放した」
 映像が、切り替わる。
「そうして呼び出されたのが真竜・ヴィクス。ヴィクスは集まりに所属する数十人の魔導師達を相手に戦い、大陸一つを丸ごと壊滅させた」
 映し出されたのは残酷な光景。山がプリンの頂上をごっそりスプーンですくったかの様に抉れ、大地に幾つものクレーターが穿たれている。森は焼け、湖に水は存在せず、動植物の大量の死骸が居並ぶ。やはり映像処理は施されているが、映像の持つ雰囲気だけで分かる。これは繰り返してはならない光景だと。
「最終的には、オーバーS相当の魔導師が、恐らくは数人で共同戦線を張ってヴィクスを殺す事で決着になった。魔導師のランクと人数は予測でしか無いが、ヴィクスが討伐された時の情報によれば、ほぼ正解といっていい」
 映像が消される。場には重い沈黙だけが残り、その中でクロノが発言する。
 今の説明はあくまでも状況を理解し易くする為だけのもの。もう過ぎた事に無理矢理頭を悩ませる必要は無い。
「フェイト、君はこれだけの力を持った竜の眼を持っている」
「けど、私の力はそんなに強くないよ。大陸一つを壊滅させるだなんて」
「ああ、もちろんそうだ。フェイトが今使える力は、前回使用した時のデータを見た限りではヴィクスのほんの一部」
「じゃあ、もしフェイトちゃんがその力を全開で使ったりしたら……」
 なのはの言葉に、クロノが静かに頷く。
「間違い無く、フェイトの体は破壊される。それこそ、取り返しのつかないくらいに」
 その意味をフェイトがしっかりと噛み締めるまで数秒待ち、言う。
「フェイト、君の力はこんないも持ち主に不義理だ。それでもそれを使い続けるかい?」
 答えは難しく、すぐに解答を導き出す事など不可能だろう。あくまでも通常の場合は。
「それでも、使わないといけない。シグナムは止めないといけない」
 あの誇り高き騎士が、他者の力を、魔導師にとっては血肉と同じリンカーコアを狙い傷付けてまで果たそうとする目的。理由が何であれ、させてはならないとフェイトは思った。
 今回バルディッシュに強化を施して貰ったのには、そういった理由がある。シグナム達ヴォルケンリッターが成そうとしている事を認めてはいけない。フェイトとバルディッシュの共通の意思の元、強化処理は施された。
「次になのは。君の持つレアスキル、カスタマイザーについてだ」
「うん」
 今度は映像は表示されない。機器の駆動音は何も無く、ただクロノの唇だけが動く。
「君の力は、パソコンでいうところのショートカットアイコン作成機能だと推測されている」
 一応はなのはに分かりやすく例えているつもりだろうが、生憎と意味を理解しかねる。
「魔法というプログラムを起動させる為に最短のショートカットを脳の中に作成する力。通常は魔導師が様々な手順を踏んで起動させる魔法を、スイッチ一つで動かすという事だ」
 炎を創るのであれば、それに見合った原料が必要だ。氷を創るのにも、それに見合った原料が必要だ。砲撃魔法や魔力刃、それだって決められたプロセスを正確にこなした末に得られる結果。つまりは十分な原因を持ってして結果を生み出す。
 だがなのはは違う。魔力を使用して手順を踏まずに砲撃魔法を撃ち放つ。物体に作用する重力、それは常に一定なのに、本来の値以上に重力が掛るという結果へのショートカットをなのはは行使する。もしそれでも足りなければ、本来自分にある機能を一時的に停止し、その機能を動す為に使っていた力を使う。呼吸をするのだって無意識下で筋肉が動く、それを停止させてその分の労力を回すのだ。
 スターライトブレイカー。集束型の砲撃魔法、その集束する力。なのははそれを増大させる。原因を踏んだ上で、過程を踏まずに結果に辿り着く。あるいは、十分な過程を踏んだ上で、本来得られる以上の結果を導き出す。
 どんな形にせよ、高町なのはは継ぎ足し削ぎ落とす。必要な手順を削ぎ落として実現させる、あるいは必要な手順を満たして限界以上の結果を実現させる。
「これだけ聞けば万能の力だ。だがこの世に万能や究極なんて無い。致命的な欠陥がある」
 映像が表示される。人間の頭蓋骨の内部、脳の映像をデフォルメしたものだ。
「この力は、使用者の知っているもののみを対象とする。なのはは重力や速度というものは知っていても、攻撃力というものはとても曖昧にしか知らない」
「うん」
 重力であれば理科の授業やインターネットから得られる知識である程度まで理解出来るだろう。速度も同じだ。だが攻撃力というものは余りにも曖昧だ。それは物と物がぶつかった時の衝撃の強さなのだろうか? それともぶつかった物の硬度の差か、それとも相手に損害を与える事に関わる事象全てか? だとして、相手に損害を与える事に関わる事なんて想像し切れない。
 第一、どれをどうとったって、なのはにはそれが"攻撃力"っていうものだって絶対的な自信が無い。学会で発表して認められた訳でもなければ、メディアを通じて世界に知らしめた訳でもない。なのはには、それがそれであるという絶対の自信なんか持てない。だからなのはの知識に"攻撃力"という項目は不安定で曖昧で、定まらない。
「だがその力はそんな曖昧にしか知らない力すら対象に取り、原因以上の結果を導き出す。原因と結果という因果には従順で、だけどそれは等価じゃない。1+1から10を生み出すのが君の能力だ」
 映像が切り替わる。ミッドチルダの文字で幾つもの文章が綴られ、棒グラフが添えられたものだ。
「そして様々な情報を元にシミュレートした結果、君の脳はたった一ヶ月の間に常人の3倍の速度で消耗しているという予測結果が出た」
 それは、あってはならない力故に。
「僕達は君が、カスタマイザーを使い始めた後に知り合った。だから確実な事は言えないんだが、力を使い続ける限り君の脳は、推定で常人の3倍を超える速度で消耗する。つまりは、同い年の他の人達の3倍早く脳が死に近付く。強大な力を行使すればするだけこの消耗は早まり、君は肉体が老衰し切るよりもずっとずっと早く脳が疲れ切る」
 君は自分の寿命を削ってその力を使っていたんだと宣言される。
「それは、能力を使わなければ収まるの? なのはの消耗は」
 この言葉を口にしたのはフェイトだった。
 問題の当事者であるなのはよりも先に、フェイトは問うていた。
「ユーノが見つけた資料からは、能力の概要しか分からなかった。過去に使用した者がどうなった、といった記述は無かった。だからこれはあくまでも僕の予想だ」
 それでも、とフェイトは促した。少なくとも自分達よりはこの事について詳しいであろうクロノの意見だから。
「恐らくは、使用を止めさえすればなのはの脳の消耗は常人のそれと同等へ戻る。データでは、カスタマイザーをフルに使用して戦闘をしていた時と今では明らかな差が出ている」
 そう言ってクロノが表示させた映像には日付の振られた棒グラフが描かれていた。
 日付の始めの方はとても高い位置にあったものが、最近のものになるにつれてどんどんと低い位置のものになっている。グラフの始めの方の日付はP・T事件の真っただ中だった。
「この能力については、使用を控えれば特別な問題は無いだろう。今後、さらに詳しい資料が見つかる事もある。けどそれとは別に、なのは、君に聞きたい事がある」
「聞きたい事って、何?」
「君はベルカの騎士相手に戦わない事を主張したと聞いた」
「うん」
 その事に関しては怪我をして運び込まれた際に散々説明した。レイジングハートが受けたダメージが少ない割にはなのは自身のダメージは相当なものだった。となれば、なのはが無抵抗で攻撃を受け続けたという信じられない事実が予想されるのは難しくない。もしレイジングハートを構えて戦っていたのならば、接近戦が主体とも言えるなのはの戦闘スタイルからして、ダメージは双方に向く筈だからだ。
 どうして反撃しなかったのかと方々から問い詰められれば、説明しない訳にはいかなかった。だからなのはは言ったんだ。私は戦いたくないから、攻撃してしまえばもう取り返しは付かないと思ったからだと。
「君はとても強い能力を持っている。それは大きな弊害を伴うものだけど、そんなのは他人には関係が無い。だから――」
 クロノは一度言葉を切ってから続けた。
「――だから君の制止の言葉を快く思わない者達は、君に怒りを覚えるだろう。"そんなものを持っていながら何を"といった風にだ。君が望んだ能力では無い、いわば生まれつきのものを指して妬まれ、戦いを制止する言葉を一蹴される。それは辛い。それでも君は、戦うなと言い続けるかい?」



第十五話 完

『共通の敵』






あとがき
 今回は後半から説明のターンです。能力とか調子に乗って勢いで名前つけたもんで、結構苦労しました。
 というか前回といい今回といい、動いて無いです。暴れてません。という事で次回は戦闘する方向になります。いい加減にもうちょっと進行早くしないとですね。
 ではまたー。





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