第十六話「共通の敵」






 時計の針が午後8時を指した。
 以前に助けて貰ったお礼と称してはやての家へとやって来たローグと付き添いのアリサ。礼に来たはずが何時の間にか夕食をご馳走になり、何故か風呂までもらう事になってしまった。まぁ、子供が畏まって"この前はどうも"なんて言って菓子折を差し出すよりかは遥かにまともな光景だろう。
 ローグとしてはシグナム達にも挨拶やら礼の言葉やらあったのだが、日付が変わるまで帰って来ないと言われてはそれで納得するしか無い。むしろ日付が変わるまで帰って来ないなら、自分が居る間だけでもはやてを寂しがらせないように楽しませる方が礼になるだろう。
 そうやって過ごす内に知らず知らず長居していた様子。もうそろそろ鮫島が迎えに来る時間だ。
「あいつら、遅いな」
 そんな時間だというのに、「二人でお風呂に入る」と言って風呂場に向かったはやてとアリサは一向に戻って来る気配を見せない。呼びに行っても多分無駄だろうし、大人しくテレビでも見て待っていようとしたところ、不意に強い魔力を感じ取った。
「これは…………シグナムさん達か?」
 ローグが感じ取った魔力には覚えがあった。直接相対した事は無いが、これはシグナムとヴィータとシャマルの魔力。ザフィーラの魔力は近くで感じたりした事は無いが、もう一人分魔力反応があるのでそれだろう。つまりはヴォルケンリッター全員分の魔力である。そしてその他にも結構な数の魔力反応。20はくだらないだろうその魔力は、いずれもローグが会った事の無い魔導師のもの。ローグは性質上、魔力の質や感覚といったものに敏感だから、間違える事はまず無い。
「んー」
 眼を瞑り、時間にして数秒程考え込む。時計の秒針が一周の半分も進まない間、ローグは努めて高速で思考を展開して考えた。この場での最良の行動とは何か。
「行くか」
 彼が眼を開いた時、そこに迷いは無かった。シグナム達ヴォルケンリッターの様子を見に行く事を最良だと判断したのだ。念話が届く距離では無いし、かといって別の通信手段も無い。ではやはり、直接言って確かめるのが一番だろう。厄介事でなければ戻ってくればいいし、厄介事であれば以前の礼もあるので助けに入る。
 そこまで考えてから、ローグは電話を借りる事にした。生憎と家主は風呂なので勝手に借りる事になるが、場合が場合なので良しとする。
 ピッピッピッと押し慣れない番号をプッシュする。以前学校の連絡網か何かで見ただけの番号なので合っているのかすら怪しいのだが、物は試しである。コール音が受話器から聞こえて来てから数秒、何度か会った事のある女性が電話に出た。確か、少々ドジなメイドの人だ。この人が出るという事は、どうやら番号は間違っていないらしい。
「あ、月村さんのお宅ですか?」
 こうしてローグはアリサとはやてに万が一が無い様にして、家を出たのだった。






「ヴィータ、上だ!」
「分かってるよ!」
 シグナムがヴィータに警告の言葉を発し、それに答えながらヴィータは手にした鉄鎚を下方から上方へと振り上げる。鉄鎚は数発の魔力弾を全て弾き散らし、爆発させる。
「ったく、キリがねぇな」
「しょうがないでしょ。相手は管理局なんだから」
「ボヤいている暇があるなら戦いに集中しろ。ここでやられる訳にはいかん」
 ヴィータの言葉に即座に反応するシャマルとザフィーラ。ヴィータはうんざりした様に返事をすると、自分達をぐるりと円を描いて取り囲む十数人の魔導師達を見据える。
「折角早く帰れると思ったのによ」
 知らず知らずの内にまた言葉が零れる。
 ヴォルケンリッターはこの日、第97管理外世界地球よりかなり離れた次元世界にて、巨大生物を相手に魔力蒐集を行う予定だった。それというのも、以前になのはとフェイトと戦った辺りから管理局が警戒を強化した為だ。
 真昼はヴォルケンリッターの面々も表立って行動は出来ない為警戒は薄いが、その代わりと言わんばかりに夜になれば大量の管理局員が一般市民に紛れて巡回をしている。既に闇の書というロストロギアの存在や、それに纏わるヴォルケンリッターの存在等の情報を手に入れている管理局からすれば、当然の行動とも言える。そういった理由もあり、彼女達は夜毎に地球より離れた次元世界へ赴いて魔力蒐集を行っていた。
 この日は普段よりも取り分けて遠くの次元世界へ行く予定だったので、本来は日付が変わるまで戻って来れない筈だった。だが幸か不幸か、出先の次元世界に管理局の魔導師が居た為に引き返して来たのだ。魔力蒐集は出来なかったが、はやての待つ家へ帰れると考えたヴォルケンリッターは内心で喜んでいた。その矢先に地球で管理局の魔導師に見つかり、結界を張られたとなれば、愚痴も出ればボヤキも出るというものだ。
 幸いにして高ランクの強力な魔導師は居ない様子。ただ厄介なのは、明らかに応援が来るという確信の元で彼等が時間稼ぎの戦法を取っている事だ。もし高ランクの魔導師がやってくれば、ヴォルケンリッターとて切り抜けるのは容易では無い。
 ヴィータは油断無く魔導師達を見回しながらシグナムに声を掛ける。
「シグナム、カートリッジどれだけある?」
「レヴァンティンに装填されているものが残り3。その他の手持ちが10だ」
「あたしのと合わせて20くらいか。じゃあ、余り使うなよ」
「出し惜しみしろ、という訳では無いな?」
「ああ。もしもの時の保険だ」
 ヴィータが考えているのは、至極単純な事。もしも高ランク魔導師が応援にでも来ようものなら、カートリッジの連続使用で一気に切り抜ける腹積もりだ。
 それに気付いたのだろう。シグナムは小さく笑って、言った。
「ではそんな無茶はさせないようにしなければな。ヴォルケンリッター、烈火の将として仲間を危険には晒せん」
「それはいいけど、シグナムも無茶しないでね」
 二人の会話を聞き付けたシャマルが口を挟む。幾ら仲間の為とはいえ、それで無茶をして大怪我でもすれば本末転倒だ。
「三人共、喋っている場合では無い様だ」
 会話に割り込む形でザフィーラが喋った。その眼はある一点を見据えている。
 もしこの時の彼の顔を見ていた者が居たらこう答えるだろう。苦虫を噛み潰した様な、と。
 ザフィーラの言葉を受け、三人が彼の視線の先を見やれば、そこには考えうる限り最悪と言っていい光景があった。
「…………フェイト・テスタロッサ」
「あいつ、高町なのは」
「まさか、あの子達が来るなんて」
「どうやら最悪の状況らしいな」
 管理局の応援としてやって来たのは二人。高町なのは、フェイト・テスタロッサである。
「シグナムさん、ヴィータちゃん、シャマルさん、えーと…………」
「ザフィーラだ」
 最初に口を開いたのはなのは。順々に名前を言って行くが、唯一面識の無いザフィーラの名前の部分で詰まった。その折、ザフィーラは自らの名を伝えた。隠す事に意味は無いし、何より彼女の真意を知りたかったから。
「ザフィーラさん。四人共、戦闘行為をやめてください」
 なのははバリアジャケットを身に纏っていなかった。レイジングハートも待機状態で首から下げられている。それだけならば、まだ理解は出来る。前回の戦闘で、なのははヴィータに戦いは止めようと何度も口にした。それこそしつこいくらいにだ。だから彼女がその意思を曲げていないと証明する意味でも、バリアジャケットを纏わずレイジングハートは待機状態なのだ。だが、事もあろうになのははその状態でフェイトよりも前に居た。
 無謀である。相手はこれまで幾人もの魔導師から魔力蒐集行為を繰り返して来たヴォルケンリッターだ。なのはとて、一度蒐集行為を受けた事でそれは身に染みて知っている筈だ。例え同じ人物から二度蒐集行為は成されないだろうと推測されていても、危険である。だがそれで尚、なのはは無防備な自身を晒して前に出る。
「私は話し合いに来ました」
 ヴォルケンリッターを足止めしていた局員達に動揺が走る。彼女達は、なのははヴォルケンリッターを捕える為に応援として来た筈だ。なのに戦いに来たのでは無く、話し合いに来たと言う。
「私は、という事は、テスタロッサは戦いに来たと受け取ってもいいのか?」
 まるで上げ足を取る様にシグナムが言った。これは決して彼女が姑息だとか、意地が悪いだとかという理由からでは無い。なのはの覚悟を見たいが為だ。
 シグナムの言葉に応えたのはなのはではなくフェイトだった。
「それは違います。私も戦いは望んでいません」
「私とお前は既に二度剣を交えた。それでも、私達を戦わずに止められると思うのか?」
「過去に戦った事があるからと諦めれば、全ての世界が戦いで満たされてしまいます」
 フェイトは刃を持ちながらも戦わない事を望むと言う。そこにあるのはなのはとは方向性の違う、けれど確かな意志だった。フェイトだって戦う事が良い事じゃ無いなんて知っていて、けど譲れないものの為には戦わないといけない場合がある事も知っている。これは、きっと武器を持つみんなが抱えるジレンマなんだろう。
「なのはは武器を持たないで戦うなって言って、フェイトは武器を持って戦うなって言う。お前ら! どっちなんだよ!」
 ヴィータはまるで耐えかねた様にそう言った。彼女の言葉は、この場に居る全員の気持ちを代弁した様なものだ。
 管理局員達だって、別に戦いたい訳じゃない。相手が危険なロストロギアに関わりがあるから、誰かを傷付ける行為をしているからヴォルケンリッターを追っている。
 なのはは言葉と行動の通りに戦いを全面から拒絶して、フェイトは戦う意思と戦わない意思のどちらもを持っている。ヴォルケンリッターはフェイトと近いのだろう。争いなんて望んでいないはやての為に争いをしているんだから。
 場に緊張した空気が流れた。一触即発とは違う、もっと異質な空気。嵐の前の静けさとも異なり、例えるなら――「なんか凄い場面に出くわしたな」――迷い。
「えっと……ローくん?」
 そしてそんな誰もが迷う場面に、今はもう迷いとは一番縁遠いだろう人が現れた。その人はなんだか出るタイミングを間違った、という風な表情をしている。
 シグナム達の様子はどんなもんかと来て見れば結界が張ってあったので、どうしたもんかなーと悩んでいた。取り敢えず、と結界に触れてみたら、なんともあっけなく何の問題も無く入り込めた。そうやって現われたのは、この場に居る者ほとんどにとって顔見知りの少年。
「おー、なのは。お前がレイジングハート無しで飛んでるとこ初めて見たな」
 まるで場にそぐわぬ空気。街中で偶然友達に出会った時みたいな気軽な空気で、ローグは眼のすぐ上に掌を置いて頭上からの光を遮ってなのはに話しかける。視界を良好にする為の遮る光なんて、月明かり程度しか無いので、それはただのポーズなんだろう。
 彼にして見れば、なのはは本当に偶然出くわした相手。そして返事をするなのはも、どこか落ち着いた様子だ。
「それはいいけど、どうしてローくんがこんなところに居るの?」
「ちょっとな。シグナムさん達を連れ戻しに」
「シグナムさんって…………」
 ローグのシグナムに対する呼び方に、フェイトが反応する。さん付けで呼ぶなんて、それはどう考えても知り合いかそれ以上である場合の呼び方。
「ああ、実は前にちょっとお世話になったんだ。そういや、あの時はアリサが二人の世話になったんだって?」
 アリサが世話になった、というのは、なのはとフェイトがアリサとすずかに対して魔法の事を教えた時の事だ。なのは達はその時ローグが何処に居たかは知らないが、まさかヴォルケンリッターと一緒に居たとは思いもしなかった。
 これには管理局員達も驚いたようだ。ローグがなのはやフェイトと当たり前に話している事から、魔導師なのだろうと彼等は予想した。とすれば、魔導師がヴォルケンリッターと仲が良いのは妙だ。
 彼女達は蒐集行為をしているのだから、魔導師であれば良い感情は持たない筈だ。自分の身に危害を加えるかも知れない相手と仲良くなんてやってられない。けどそれでもローグとヴォルケンリッターは敵対しておらず、しかも世話になったという。ローグの行動もセリフも全部が全部、彼女達と親しいという事を示している。
 余りにも普段通りの姿でいる彼。それにじれったいものを感じたのか、フェイトが自分でも気付かぬ内に口を開いていた。
「ローグ」
「なんだ?」
 こんな状況でまさか、何となく呼んだだけ、なんて言えない。フェイトは仕方無しに一つだけ質問を投げかける事にする。
「あなたは、どっちの味方なの?」
 それは、答え次第で場の情勢を一気に左右する質問だった。ローグは数秒考えた後、悪びれる風も無く答えた。
「両方。それじゃ駄目か?」
 結局、ローグウェル・バニングスという魔導師の登場は場に決定的な変化をもたらさなかった。ただ単に、余計に事情を複雑にしただけである。
 本人としては、ヴォルケンリッターが厄介事に巻き込まれていた場合は手伝ってはやての家へ帰れる様にしようと思っていたのだが、この状況ではどうしようもない。迂闊に闇の書の主であるはやてと知り合いであると判断される言葉を口にすれば、自分が疑われるからだ。ここは、ヴォルケンリッターの気まぐれで以前に助けられた事がある魔導師、という風を装わなければいけない。
 少なくとも、管理局員達が居る間は。
「ふーむ、こうも場が動かないと退屈だな。ここは分かり易く、共通の敵でも出してやろうか?」
 そんな折である。この場に居る全員にとって共通の敵と言い切ってもなんら違和感の無い人物が姿を現したのは。
「勢ぞろいって訳だな、イリス。またあんたの企みか?」
「その通りだ」
 建物の影から歩いて現れたのはイリス。なのはとフェイトは困惑の表情を浮かべ、ヴォルケンリッターは苦しそうな悲しそうな表情を浮かべ、管理局員達は一様に首をかしげ、ローグは冷静で居る。
 企みを肯定したイリスは、述べる。
「さて、見事に私の思惑通りに動いて管理局に見つかってくれた君達には感謝しないとな。お陰で高町なのはも、フェイト・テスタロッサも、おまけにヌシまで引っ張って来れた。いやはや、こうも上手くいくとはな」
 イリスが額に手を当て、喉の奥で声を殺して笑う。時折漏れる笑い声が、場に緊張感を走らせていく。
「今日私達が向かった次元世界に管理局の魔導師が居たのは、お前の仕業か」
「ああ。ちょいと情報を流してやってな」
 イリスを睨み付けるシグナムだが、その強い視線は不敵な笑みで軽く流されてしまう。イリスが聞いてもいないのに自分が何をしようとしているのか話しを始めた。どうせ誰かが問うただろうが、自分から言い出すというのはなんだか芝居がかっている。
「今日ここに集まって貰ったのはな、退屈だから遊んでもらいたいんだよ」
「生憎とこの場に居る誰一人とてお前の遊び相手を勤める暇な者は居ないぞ」
「そう言うな。待ちの姿勢というのは意外と疲れるんだぞ。ついつい手を出したくなるが、台無しになる事を恐れて出来ない。ストレスが溜まるんだよ」
「それで?」
「うん、だからな。こいつと遊んでくれよ。私は見物しているから」
 シグナムとの問答を長く続ける気は無いのだろう。イリスは右手を頭上に掲げ、指を鳴らした。パチンと軽快な音が響き、アスファルトに真っ黒な影が落ちる。夜空に映える月の光を遮る物体は無い、影の出来る筈の無い場所に影が生まれた。真っ黒な、光なんて全部飲み込まれてしまいそうな真円の黒い影。
 何が起こるのかと全員がその影に視線を落とした刹那、にゅうっと何かが伸びて出て来た。影の中からだ。その伸び出て来た何かは、よくよく見ると腕だった。勿論、人の腕では無い。指の先から肘までが最低でも3メートルはあるだろう巨大な腕。その腕の先端にある指、付属する爪はとても鋭くて、なのははまるでゲームに出て来るドラゴンのものに見えた。その実、爪はドラゴンの、竜のものだった。
「竜召喚。シャドウコモン」
 自身の名を呼ばれた竜は雄叫びを挙げて影の中から這い出して来た。獰猛な瞳と鋭利な爪、巨大に過ぎる翼。海鳴市という通常の街並みにはとても似合いそうにない、ファンタジーがそこに居た。
「コモンって、あいつはもうずっと前に死んだ筈じゃないのかよ!!」
 その姿に、名前に、ヴィータが声を張り上げる。
「だから言ってるだろう、シャドウコモンだと。こいつはコモンの影だ。決して本物では無い」
 まるで出来の悪い生徒を見る眼でヴィータを見たイリスは、楽しそうに笑った。
 イリスの言葉は真実なのだろう。ヴィータが記憶に刻み込んでいるコモンという名の竜は、強くは無いが心優しい竜だったのだから。けど今雄叫びを挙げたこいつは一目で凶暴だと分かる姿で、場に居る全員を眺めている。まるで獲物を品定めする様に。
 誰もが一瞬だけ状況に置いて行かれていた。それも当然だ、状況の転じ方が急過ぎる。それでもこの時動くべきだった。少なくとも、最初に獲物だと見定められた管理局員達だけは。
「――――ァァッ!!」
 突然にシャドウコモンが放った声は、声として成立していなかった。喉の奥、腹の底から絞り出す様にして竜の牙の間、口腔から出たそれは、純粋魔力のブレス攻撃となり、管理局員の数人を焼き払った。幸いにして死者は出ていないが、誰もが身を貫く痛みに呻く。
 置いて行かれた者達全員が事態を把握し、動く。
「あのブレス……本当に、コモンちゃんなのね」
「影使いであるイリス、竜の巫女であるイリスだからこそ可能な事か」
「行くぞ。シグナム、ザフィーラ。あいつは死んだんだ、これ以上働かしちゃならねぇ」
「ああ。既に死んだ者を呼び起こして良い道理は無い。それがコモンであれば、我々の手で葬るべきだ」
 シグナムとヴィータは互いの顔を一瞥すると僅か頷き、同時に空を走り出す。ワンテンポ遅れてザフィーラもそれに続き、三人で近接戦闘をしかける態勢を取った。



「レヴァンティン!」
 シグナムが自身の剣に声を掛ける。剣は主の呼びかけに応えてカートリッジを一発排出。鞭状の連結刃であるシュランゲフォルムへと姿を変えた。
「グラーフアイゼン!」
 シグナムとほぼ同士、ヴィータも鉄鎚へと声を掛ける。カートリッジを一発排出し、ロケット推進による強大な攻撃力と加速力を併せ持ったラケーテンフォルムへと形を変えた。
 上空から迫る二人の魔導師の姿を捉え、シャドウコモンが唸り声を挙げた。感覚から先程の管理局員の様にはいかないと分かっているのだろう。避けられた場合の隙が大きいブレス攻撃をする事はせず、巨大で長大な尾を動かし、攻撃を仕掛ける。
 シュランゲフォルムのレヴァンティンに勝るとも劣らぬ立体的な動き。うねり、くねり、地を這う蛇の体の様に予測の出来ない軌道を描いてシグナムへと迫る。それを防ぐ術は今のシグナムには無い。なので避けるべく尾の動きを予測しようとするのだが、余りに複雑な動きの為にそれは叶わない。だからシグナムは避ける事など考えずに突き進んだ。
「おおおおおおっ!」
 誰もが無謀に見えたその行為は、シグナムのすぐ後ろにくっつく様に移動していたザフィーラの援護によって叶えられる。ザフィーラはシグナムと入れ替わる様に前に出て、迫る尾を展開した魔力障壁で弾く。そしてすぐさまシグナムがザフィーラと位置を入れ替え、レヴァンティンを振る。
 うねり、くねり、風の様に予測不可能な動きはやがて渦を巻いて行った。レヴァンティンは、頭の先から尾の先まで全長にすれば10メートルでは足りないシャドウコモンの体、その周囲を渦巻いて縛り付ける。刃は竜の強靭な皮膚に阻まれてダメージを与えるには至らないが、今は迅速かつ強靭かつ臨機応変に拘束する事が目的である。
「ヴィータ! 今だ、喉を!」
「わぁってるよ!!」
 叫び声に叫び声で返し、ヴィータはグラーフアイゼンを振り上げる。的は大きく、外す筈がない。容赦などせず、一撃で倒す腹積もりで叫び声以上に声を張り上げて気合を込める。
 狙うはシャドウコモンの喉。かつて共に戦った竜だからこそ分かる。コモンという竜は、かつての戦いで喉に大きな傷を負っていたのである。彼の竜の影は、その傷までも再現している。つまりは、明確な弱点部位。
「ラケーテンハンマァァァァァ!!!」
 グラーフアイゼンの推進装置が起動し、まるで爆発した様に速度が膨れ上がる。加速直前に一発、加速中に更に二発のカートリッジをロードして魔力を高めた超加速による一撃。叩き込むべく真っ直ぐに突き進む。
 その一撃は当たればシャドウコモンを破壊するに到る威力を持っている。だからこそレヴァンティンによって拘束された竜はこの攻撃をなんとしても避けるべく足掻く。シュランゲフォルムのレヴァンティンに全身を螺旋状に拘束され、尚且つシグナムの全力で引き絞られている状況でデカイ図体を持った竜が攻撃を避ける事は困難。まだ防御魔法を張り巡らせた方がマシな結果になるだろう。
 だがシャドウコモンはそんなのお構い無しに身を捻り、全開の力を込めて暴れる。その力はレヴァンティンによる拘束を振り解く事は出来なかったが、それを持つシグナムを振り回すには十分だった。勿論シグナムは踏ん張って耐えようとするが、幾らなんでも力で叶う筈の無い体格差である。だからシグナムは踏ん張って耐える事をせず、別の手段を取った。
「予想通りだ。コモン、君はやはり君なのだな。だからこそ、我々が討つ!」
 シグナムは全力を込めてレヴァンティンを握りしめ、カートリッジをロードする。自身に魔力を走らせ漲らせ、苛烈なる気合の元レヴァンティンと一緒にシャドウコモンを振り上げた。
 まさか拘束状態から投げられるとは思いもしなかったシャドウコモンは、暴れる事を一瞬だけ忘れて驚愕する。
「鋼の軛!!」
 その隙を突いてザフィーラが拘束魔法を使用した。地上から突き上がる何本もの拘束条がシャドウコモンを突き、空中で固定する。
「曲っがれえええぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 狙うべき相手が動きを封じられたタイミングでヴィータが声を張り上げた。これまで一直線にシャドウコモンを狙って直進していたヴィータの進路上に、当然ながら相手はもう居ない。だからヴィータは一直線に突き進むその最中、思いっ切り腕を振ってグラーフアイゼンの推進装置の向きを無理矢理に変え、鉄鎚の矛先がぶつけたい相手の正面に来る様に回転する。
 奇跡的とも言える位置取り。狙うべきシャドウコモンの喉へ一直線に向かう方向へと、グラーフアイゼンは転換する。
 刹那、爆音。推進装置がここぞとばかりに吹き上がり、暴力的な加速を実現する。最早ヴィータはこの砲弾の付随物、中核たるは鉄鎚なのだ。やがて、衝突。
 肉を割る不快な音と、骨を砕く嫌な音がした。手に伝わる感触も気持ちのいいものでは無い。ましてそれが、かつて共に戦った竜であれば尚更だ。ヴィータはそういった感情を全部グラーフアイゼンの一撃に込めて、振り抜いた。



第十六話 完

『病的なまでに』





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