第十七話「"戦わない"を背負って"戦う"」 「あんたは本当に何がしたいのか分からないな」 「それはそうだろう。何がしたいのかを隠して行動しているつもりだからな」 正面切って睨み合い、視線をぶつけあっているのはローグとイリス。そのすぐ後ろにフェイトとなのはが居る。 彼女達の立つ遥か後方では、ヴォルケンリッターとシャドウウコモンの戦いが繰り広げられていた。 フェイトはちらりと戦いの光景を見ると、自分達へ流れ弾やそれに類するものが飛んで来ないだろうと予想して一歩前に進み出た。ローグよりも前の、デバイスもバリアジャケットも使わないなのはをイリスの視界から隠す位置へ。 「イリス・ブラッディリカ・サタン・サクリファイス。時空管理局嘱託魔導師として、あなたを拘束します」 「ふむ。君は管理局所属では無かったと記憶していたんだが、私の勘違いだったか?」 「つい先日まではそうでした。ですがバルディッシュの強化と闇の書事件への捜査協力という事から、私は嘱託魔導師となりました」 「なるほど。己の目的の為には手段を選ばないその姿勢、随分と共感出来る」 フェイトの淡々とした言葉とイリスの淡々とした言葉。どちらも感情の薄い声で喋っているにも関わらず、それはとても同じ様で違って聞こえる。フェイトの言葉は、目の前の危険を止める為に戦うという感情。イリスの言葉は、目の前の事などどうでも良くてただ一つの目的の為だけに動くという感情。それはどちらもが、熱意として受け取れる感情だ。 「なら君達にも相手を出してやらねばな」 そう言うとイリスは右手を挙げた。 まるで右手に握っていた糸を引っ張り上げる様な動作で動いたそれに釣られて影が地面に浮き出る。そして、イリスの召喚した竜、シャドウコモンが現われた。 「同じ竜が二匹……って訳じゃないな。俺やヴォルケンリッターの人達と同じか」 「いやなに、そちら程に完璧ではないよ。私も月天物語の管理下にあるがね、その能力を制御出来てはいない。これはかつての私の友であった竜、コモンのデータを私が劣化コピーした存在。割と多大な魔力を食うもので、生憎とさっき出したのと、こいつと、他には一匹しか創造出来なかったがな」 イリスの前に現われたシャドウコモンは低い唸り声を挙げてフェイトを威嚇する。どうやら彼女を最初の標的と定めた様だ。それに対する様にフェイトはバルディッシュを構える。いや、正確にはフェイトの構えるデバイスはバルディッシュでは無い。今は名前が違うから、その呼び名は相応しくない。 「フェイトちゃん、戦うの?」 後に居るなのはが小さく言った。分かっている。なのはだって分かっているんだ。これは避けられない戦い。自分の命を狙う者が眼の前に居るのに抵抗も何もしないのは、生存行為の諦めだ。だからなのははそれをするなとは言えない。例えフェイトに戦って欲しくないと願っていても、誰にも戦って欲しくないと願っていても、それは言っちゃいけない言葉だ。 「なのは」 そうやってどうするべきなのかを悩むなのはに、ローグは言った。 「フェイトがやる気なんだ。いいんじゃないのか?」 「でも、私はフェイトちゃんにも戦って欲しくない。ヴィータちゃんにだって。どっちにも戦って欲しくないから、話し合いが出来ればって思って、来たんだよ」 結局無駄だったけどね、となのはは自嘲気味に呟いた。 「俺は無理に全部の戦いを止めなくてもいいと思う。誰にだって戦ってでも守りたいものはあると思うし」 それは、とても強い意思を持つ人達を現した言葉だった。戦ってでも守りたいものがある、というのはきっと誰にでも言える事で、違うとすれば戦う手段だ。ローグウェル・バニングスという魔導師の手段は、魔法という武力を用いた戦いだった。フェイト・テスタロッサも同じく。思えば、なのはの周りにはそういった人達ばかりが居た。 別に武力行使が好きって訳じゃ無い。ただ単に、自分の守りたいものを守る手段が武力だっただけだ。そんな事はなのはだって分かってて、武力を使ってでも守りたいものがあるのはなのはも同じだった。まさに今、竜と戦わんとしているフェイトの事だって、守りたいものの一つだ。けどなのはは武力を好きになれない。その気持ちがフェイトやローグよりほんの少しだけ強かったから、"戦うな"って言葉を口にした。 「だからお前はさ、本人が望まない戦いを止めればいいと思う」 「望まない戦いなんて、初めから誰もしないよ」 言ってからなのはは気付いた。今まさにそれをしている人達が居るじゃないか。そう、ヴォルケンリッターっていう人達が。 「シグナムさんも、ヴィータも、シャマルさんもザフィーラさんも、誰もこんな戦いは望んでない。こんなのあいつを悲しませるだけだから」 「…………うん、そうだよね。前に会った時のヴィータちゃん、なんか辛そうだったもんね」 「望まない戦いをしてる人達は、多分自分達だけじゃどうにもならないからそうなってるんだ。だからお前はそういう人達に手を貸してやればいいんじゃないか? ま、俺なんかが言う事じゃ何の役にも立たないと思うけど」 それは傲慢な願いだろうか? 他人の掲げた願いの叶え方を示すなんて。多分、傲慢だ。けどそれでも、彼はまだ子供だから、これ以上の言い方は見つけられなかった。だから変に飾るよりもそういう言い方をした。この言葉はなのはに伝わるだろうか? 伝わらなかったとしても、この言葉が間違いだったとしても問題は無いだろう。だって人は間違いからたくさんの事を学べるから、この言葉は違うとなのはが思ったなら、きっと彼女は別の答えを見付けられる。その踏み台くらいになってくれれば、この言葉は大いに意味を果たしたって言える。 なのはは星だから。訳の分かんない状態に放り込まれたローグに道を示してくれた星。一人心の中で泣いていたフェイトに光を届けた星。色々と頑張ったから、そろそろ自分の進む道を星の光で照らしてもいいだろう? まだ子供だから、きっと呆れるくらいに曖昧な道だけど。それは多分、将来に彼女が見る光景の一欠けらくらいにはなってくれる。 「ローくん! フェイトちゃん!」 なのはは大きな声を挙げた。それは、ともすれば風に掻き消される声だけど、強い。 「私はヴィータちゃん達の事、ヴィータちゃん達が抱えてる事をなんとかしてあげたい! その手伝いがしたい! だから、戦っちゃいけないって言いたいから、私は今戦えない」 喧嘩するなって言ってる本人が喧嘩してたら説得力も何もあったもんじゃない。だからなのはは、ヴィータ達に望まない戦いはするなって言う為に今は戦っちゃいけないんだ。せめて相手がこっちの話を聞いてくれるようになるまでは。なのはの戦わないって宣言は、この闇の書事件が解決すれば終わるのか、はたまたその先もずっと続くのか分からない。けど今は出来ない。 だから、精一杯ワガママにお願いする。頼る事を知らないで、無茶苦茶なまでに一人で突っ走ろうとしてた人が、ワガママなお願いを。 「二人共、お願い! イリスさんを、シャドウコモンを止めて!」 なのはの願い、要約。邪魔者をぶっ飛ばせ。それは得意分野だ。こちとら喧嘩っ早い男の子。 「ああ。任せろ」 それがローグの応え。 「ヌシは安請け合いをし過ぎるな。苦労するぞ、そういうのは?」 「残念だけど、これが俺の性格だからさ」 なのはの願い、要約。私を手伝って。お願いされなくたって、私は手伝う。初めての友達の、本気のお願いだから。応援しなきゃ、嘘だよね。 「大丈夫。私が全力で手伝う」 それがフェイトの応え。 「ああ、いいね。そのひた向きさは、私には無いものだ。羨ましいよ」 「別に、友達が頑張ろうとしてる時に手伝うのって、普通じゃないですか?」 イリスはローグとフェイトに一言ずつ述べた後、なのはに向き直り、口にした。 「君も随分と己に忠実だ」 イリスは薄く笑う。なのはの願いが大層お気に入りらしい。 「笑っていていいんですか?」 「うむ、シャドウコモンも待たされたお陰で鬱憤が溜まっているらしい。盛大にやってくれよ」 そう言うなりイリスは足元に広げた影の中に溶けて消えた。 「って、帰るのかよ!!」 「ローグ、そっちに構ってないで。来るよ!」 フェイトの警告とシャドウコモンの動きはほぼ同時だった。 鋭利な竜の爪を用いての連続斬撃。一振りでアスファルトに深い溝を刻み、建築物の壁を抉る破壊力。防御障壁を展開したとて、それもろとも吹き飛ばす強靭な腕力による攻撃は相当厄介だ。 しかし、竜と対峙するのはどちらもがスピードを武器に戦う事を得意とする魔導師である。ローグはシャドウコモンの爪を屈んで回避し、加速魔法バニシングステップを用いて一瞬で距離を開けた。 その光景を確認するなりフェイトが雷を放つ。手加減も即時発射の為の魔法発動プロセスの省略も何も無し。会話中からチャージしていたサンダーレイジを叩き込む。 轟音。まるで、という表現の似つかわしくない、本当に雷そのものの直撃を形容した轟音が響き渡る。幸いとシグナム達を包囲していた管理局員達が様々な結界を張り巡らせていたお陰で音は結界外部に漏れない。もしも漏れていたら一発で消防だ警察だの大騒ぎになっているところだ。 サンダーレイジの効果の程を確認すべくフェイトが落雷地点を注視する。爆発によって巻き上げられた煙がもうもうと立ち込めるそこでは、煙以外の全てを視認出来ない。しかし刹那、生物のものにしては少々凶悪過ぎる鋭い眼光が見えた。眼光から放たれる視線の一直線上、フェイトはそれを直視する。生物として圧倒的存在である竜との睨み合いは、当然ながらフェイトの負けだった。 「――っ!」 Vanishing step step step―― フェイトは睨み合いに負けた一瞬後、ローグの腕に抱き抱えられて居た。そこはさっきまで彼女が居た場所からかなり離れていて、さっきまで居た場所には彼女の代わりにシャドウコモンのものと思われる尾が突き刺さっていた。 「あ、ありがと」 「気にするな。それより、あれちょっと硬過ぎないか? なんでピンピンしてんだよ」 「分からないけど、もしかしたら電撃に耐性でもあるのかも」 「耐性ねぇ、そうなると弱点で攻めるのが良いんだろうけど」 ローグは考えた。もしこの場所にゲームに出て来る魔法使いが居れば、一人で全属性の魔法覚えてたりするんだろうなー、と。生憎とそんな便利かつ万能な奴はこの場に居ない。居ない、となれば呼べばいい。 「フェイト、少し時間稼げるか?」 「どのくらい?」 「3分くらい」 「分かった。2分以上は保たないから」 あっさりと1分も切られてしまったのだが、時間を稼いでくれる分だけありがたい。そう自身の中で完結するとローグは一歩後ろに飛び退く。 文句も何も言わないままでの後退を、2分だけ時間を稼ぐという事の了承と受け取ったフェイトは己の手にあるパートナーを呼ぶ。 「いきなり本番になっちゃうけど、頼んだよ」 Yes sir―― バルディッシュの、いや、新しいバルディッシュの返事を受けてフェイトは頷き、術式を編み上げる。 それは強化処理を施されたパートナーの新しい姿。そう言えば、新しい名前を聞いたけど口にするのは初めてだ。 「バルディッシュアサルト――――アタッカーフォーム!!」 フェイトの手の中、鎌を模ったハーケンフォームであったバルディッシュが形を変える。元は一つであったボディが二つに分かれ、それぞれがフェイトの両脚へと装着される。 相手を蹴り倒す事のみを目的とした、踵と爪先に重装甲を据えた、ブーツの様な形状。脛の半ばよりは足首に近い個所から爪先までを覆った武器。両脚のくるぶしの辺りに備え付けられているリボルバーを使用する事でベルカ式カートリッジシステムを駆動させる。相手を倒すのでは無く、破壊する為の力。 両脚を包むその感触は不慣れ、という訳でもない。このアタッカーフォームはかつてのペンデュラムフォームから開発されたものだ。それの発展型と言える形状なら、動かしやすくなったという事はあっても動かしにくくなったという事は無いだろう。 トントンとアスファルトを爪先で叩く。履き慣れない靴に足を収めようとするそんな行為が、一回毎アスファルトにヒビを刻む。そうやって数度感触を確かめた後、フェイトは走り出した。 Sonic Move―― 腹の底まで響く重低音の連続が、まるで重機が地面を打つ様な音を想像させる。フェイトが加速魔法を用いて駆ける音。強固なバルディッシュによる踏み付けとフェイトの全力での蹴り付けで足元を常に破壊しながら突き進む。 緩やかな円を描く軌跡は、遠目から見る者には一種の美しい光景になるだろう。けどこんなとんでもないスピードとパワーを持って迫られれば、大抵の者は怖気づく。だが相手は身体だけでなく精神までも強靭な竜なのでそんな事も無く、迫り来るフェイトを迎え撃たんと牙を向いて口を大きく開き、腹の底から純粋魔力を吐き出す。 「――――ァァッ!!」 真正面広範囲に展開されるブレスは高速で突撃するフェイトには避けようがない。だから無理に避けるのでは無く、防ぐ事もせずに、フェイトは地を一層強く蹴って跳んだ。 「せぇいっ!!」 重機が高所から落下した様な、腹の底に響く音がした。 音の発生源はフェイトでは無く、シャドウコモンでも無く、どこからだと言うならばブレスからだった。だがそれも正確では無いだろう。正しくはシャドウコモンの放ったブレスと、アタッカーフォームとなったバルディッシュの合間。純粋魔力の吐息と堅牢魔力障壁の衝突だ。 ブーツとなってフェイトの脚を覆ったバルディッシュは、足の裏部分に障壁を展開。フェイトはそれを蹴りぶつける事でブレスを防いだのだ。だがこのままではまだ拮抗状態。恐らくは魔力が足りず突き破れなくて、このままではいずれどちらかが先に力尽きて倒れる。 ならば、先手を打つ。 「カートリッジ! ロード!!」 フェイトの言葉に応え、バルディッシュがカートリッジを排出する。リボルバーが回転し、カートリッジに込められた魔力がフェイトへと、バルディッシュへと流れ込む。そしてフェイトはその魔力全てを右足へと注ぎ、魔法を唱えた。 「アウトクラッシュ!!」 その効力とは、名が指し示す通り外部破壊。この場合の外部とはブレスであり、破壊とはその純粋魔力を崩壊させる事を指す。圧倒的魔力付与を施された蹴りによって堅牢魔力障壁が蹴り飛ばされ、それがブレスを破壊しながら前進する。 ぐしゃぐしゃとぐしゃぐしゃとブレスを潰しながら進み貫き制覇する。やがて障壁はシャドウコモンの顔面まで辿り着き、それを押し潰さんとする。が、あろう事かシャドウコモンはその障壁に牙を向き噛み付き砕いた。 ブレスも障壁もお互いにダメージを与えるには至らなかった。故にフェイトもシャドウコモンも次なる一手を模索し、一瞬でそれを終えて行動に移す。 双方が選択した解答は同一。平坦なフィールドにおける全身を最大限に稼働出来る空間での近接戦闘。即ち殴り合い。 先手とばかりに行動したのはシャドウコモン。フェイトの体など一薙ぎで引き千切る大刃の爪を振り下ろす。狙い違わず、爪はターゲット目掛けて一直線に降り立つ。 この爪を避ける事はフェイトの機動力であれば容易い。しかし次なる手に何かしらの策を弄されているとすれば迂闊な行動には出られない。ならば、とフェイトは前方僅か上方から迫る爪に対して一歩踏み込んだ。 緩やかに金色の線が風に流される。爪による斬撃を紙一重で避けたフェイトの頭髪が数本切り裂かれたからだ。そしてその髪は次の瞬間にそこに無かった。爪を避けたフェイトがさらなる一歩を踏み込み、その動作による空気の振動が吹き飛ばしたから。 完全にシャドウコモンの巨大な図体の懐へと飛び込んだフェイトは、がら空きの腹に攻撃を叩き込むのでは無く、伸ばし切って無防備となった腕、その肘を狙って自身の肘を叩き込む。グキッ、と打ち据えられた肘から骨と骨がずれる音がした。間接が外れたか、はたまた折れたか、どちらにせよ大きなダメージである事は間違いない。ここぞとばかりにフェイトは追撃を敢行する。 無防備に立ち尽くすシャドウコモンの膝を鋼鉄のブーツで蹴りつける。肉と骨が軋む嫌な音がした事を確認した後、フェイトは両手で野太い腕を掴み鉄棒の要領で自身を回転、その勢いを利用して左足を顔面に叩きつける。勿論、先程魔力障壁を噛み砕いた牙の生える口は避けて、眼を狙って。 刹那。バルディッシュのリボルバーが数度回転、カートリッジが排出される。 Plasma Smasher―― 爆音が響き、閃光が走った。 「これで――」 フェイトは攻撃を終えると跳び退き、シャドウコモンと距離を取った。鋭い視線は油断無く、先程猛攻を加えた相手を見据える。 「――終わってはくれないよね、やっぱり」 視線の先には、無傷とまではいかないものの戦闘に支障なんてまるで無さそうに咆哮するシャドウコモンの姿があった。 元よりフェイトの役目は時間稼ぎ。だとしても辛い。攻撃に使用した肘には違和感があるし、なんだか足までちょっと変。思いっ切り叩きつける事でダメージを与えられはしたものの、それはお互い様という結果に終わった。 誰か弱点でも教えてくれないかなーと考えても、そんな都合の良い展開は訪れない。仕方無しに自分で宣言した2分は時間を稼ごうと腹を決め、フェイトは戦闘を続行する。 そこから先は一方的な展開だった。殴られ蹴られた事で学習したのか、シャドウコモンはフェイトを遠ざけて戦っている。長い尾で払い、突き、叩き付ける。ブレスを撒き、散らし、破壊された建築物の瓦礫を投げつけ、翼で強風を巻き起こした。 執拗なまでに繰り返されるその行為に、さしものフェイトも近接戦闘専用のアタッカーフォームを使い続ける事は出来ず、バルディッシュをハーケンフォームへと変化させて対応した。 尾は避け、ブレスは障壁で防ぎつつ届かない距離まで下がり。投げ付けられる瓦礫は魔力刃で切り裂き落とし、強風は建築物の影に隠れてやり過ごした。 一方的に追い詰められている錯覚に囚われるフェイトは挫けそうにもなる思考を追いやって戦い続けた。牽制で時折放る雷が通じないのはともかくとして、結構本気で放ったハーケンセイバーやプラズマスマッシャーがまるで効果を成さない。 本当に呆れる頑強さだった。そんな風にほとんど一方的に攻められているものだから、危うく攻撃を貰ってしまいそうになる場合もある。投げ付けられる瓦礫ならまだ可愛いものだ。あの極太の尾による突撃なんて受けた日には、入院確定だろう。 そんな思考が災いしたのか、何時の間にかフェイトの眼前にはシャドウコモンの尾が迫っていた。呆れるくらい速くて暴力的に迫るそれを防ぐ術も避ける術もフェイトには無い。だがこの時、既に時間は2分以上経過していた。 「ヴォルト!!」 戦いの場に響くにしてはやけに澄んだ声。まるで歌う為にある様な、綺麗な声が雷を呼んだ。呼ばれた雷は主の命に従い狙いを通りのルートを想いの丈に沿った速度で駆けて命中。シャドウコモンの尾を弾き飛ばした。 「いやだから、雷は効かないんだってば」 「五月蠅いわね。ヴォルトは私愛用の弾丸、咄嗟に出ちゃうのよ。文句あるならあなた撃つ? 貸すからやってみなさいよ」 「俺はガンシュー苦手なの。明後日の方向に飛ぶとまで言わないけど、狙いがずれるんだよ」 「ガンシューって?」 「ゲームだよ。ゲームセンターとかにあるやつ。実際の銃みたいなの使って画面に向かって引き金引くんだ」 「ゲームと実戦を並べ無いの。死にたいの?」 「元一般市民を舐めるな。銃を使う機会なんてそれくらいだ。それよりさ、その特別な弾丸って前はなんか違う呼び名じゃなかったっけ?」 「誰にだって触れられたくない過去はあるのよ、察しなさい」 何故だろう。さっきまで緊迫感溢れる戦闘だった気がするのだが、この二人の会話を聞いていると、そんなものどうでもいいから遊ぼうぜ、とか誘われてる感がある。フェイトは半ば以上に唖然となってその光景を眺めていた。まるで不思議な光景。見知った顔であるローグが、金髪ポニーテールの少女と会話している。 ああいや、それ自体は不思議じゃない。不思議なのは、金髪ポニーテールの少女の顔に見覚えがある事。覚えがあるのは、どんな時だろうか? そう、確か前にあの顔を見たのは、今朝、鏡の前で身支度を整えていた時だ。 そうやって眼を奪われているフェイトを無視してシャドウコモンがローグへと向き直る。 「あ、あいつこっち向いたぞ。撃て、撃ちまくれ」 「ええい、命令するな。言われなくても撃つわよ」 「うし、頼んだ。俺は休憩する」 「するな。剣でも投げてなさい」 「えー。だって、月天物語からお前のデータ引っ張り出して構成して……いろいろと疲れたんだけど。超特急だったし」 「わーかってますって。感謝してるわ、そこんとこは……………もしかしたら」 「もしかしたら!? もしかしたらってなんだ! そもそもお前はあれだけ盛大にどこか行っちゃった癖にあっさりとまぁ戻って来てさ」 「何よ、駄目なの? 私が戻って来て不利益あるの? 問題あるの? 嫌な過去を思い出すの?」 「お前居なくなった後の微妙な鬱期間を返せって言ってるんだよ!」 「――――ァァッ!!」 「「うわっ!!」」 何時までも続く謎の掛け合いに我慢しきれなくなったのか、シャドウコモンがローグと謎のリボルバーキャノンに対してブレス攻撃を見舞った。驚くも油断はしていなかったらしい一人と一丁は危なげながらそれを回避する。 「えーい、続きは後よ。今は邪魔者退治」 「おう! 撃ちまくれ!」 金髪ポニーテールが持つリボルバーキャノンが一定のリズムで砲撃を吐き出す。風、土、炎、雷、と四発。全ての弾丸がシャドウコモンに命中し、その度に屈強な竜は呻き声を挙げる。だが、どれも効果はそれほど見込めない様子だ。 「だからヴォルトはいらんて!」 「つい出ちゃったのよ! ついね! ごめんなさいねーだ!」 どうやらあの二人は組ませると軽口を叩き会わずには居られないらしい。戦闘中だというのにその余裕には恐れ入る。 そうやって20発程の弾丸を撃ち終えた後、シャドウコモンは相も変わらずピンピンとしていた。 「ちょっと待て! 全然駄目じゃねーか!」 「五月蠅い! あんたが、どれかはきっと弱点だから、って言ったんでしょーに!」 「ローグ! それと……」 二人にに何事かを話そうとするフェイトだが、どうやら金髪ポニーテールの方をどう呼べばいいのか分からないらしい。 「あ、こいつか? こいつは……」 そこまで言ってからローグは詰まった。彼女の正体を考えればこそ、勝手にその名を明かす訳にはいかない。 「私はエーティーよ。そう呼んで」 彼女はそう名乗った。フェイトと、フェイトと同じ顔の少女が並ぶ光景は、傍から見てるローグからすればかなり不思議な光景だ。夏の怪談特集とかで紹介されればドッペルゲンガーとか言われるかも知れない。普通に双子だって言われる可能性のが高いけど。 「あ、はい。分かりました。それで……」 「それと、敬語は無し。ローグに話すみたいにしてくれた方がありがたいな」 フェイトはその提案に一瞬だけ眼を丸くしたが、すぐに、そういう性格なんだろうと判断して続けた。 「多分なんだけど、あの竜の皮膚はかなりの耐魔力性を持ってるみたいなんだ」 「つまりあれか、俺の攻撃は全部通じないと」 フェイトが直に戦ってみて得た予想を告げる。雷だけでなく風や炎までろくに通じないのであればそう考えるのも不思議では無く、当然とも言える考えだった。その上直接の殴る蹴るもほとんど受け付けない。全身が魔力そのものであるローグからすればまさしく天敵と言える。 「よし、じゃあもっと撃つわよ」 「お前、フェイトの話を聞いてたか?」 「聞いてたわよ。要は防御が物凄く硬いんでしょ? ならやる事は一つじゃ無い」 やる事は一つ、と。その言葉が指すのは、彼にとっては割と今更な事でもあった。 「あー、そうだな。硬いとかそんなの関係無しに、俺に出来るのは一つだけ」 一点突破の精神で貫く。それが彼のやり方であったし、彼の持つレアスキルでもある。 ローグは右足に魔力を集中させていく。全力で、全てとも言えるだけ魔力を注ぎ込む。 「30秒だけ釘付けにするから、それまでに用意ね」 ローグは頷きだけで返すと行動をイメージした。跳んで、蹴る。それだけを。その様子を横から眺めるフェイトは知っていた。ほぼ確実に、ローグだけでは貫き切れないと。だからフェイトも並んで構える。バルディッシュをアタッカーモードへと変え、予備のカートリッジを装填。魔力を集中させる。 ローグもエーティーもその行為に対して何も言わなかった。時間稼ぎと称した戦いで一番疲弊しているのだから、本来は止めるべきなのだろう。けどフェイトは自分からやりたいって示したんだから、それが本気である以上は不用意にとめるのは無粋以外の何物でもない。 少しして二人の攻撃準備が整った。 「さて、後はあなた達の頑張り次第だからね」 エーティーの射撃が止んだ。攻撃役の二人に前を譲る形でエーティーが下がる。一瞬、一人と二人がすれ違う。 二人は、これから攻撃に移るからかやや緊張した面持。 一人は、とある確信に満ち満ちた表情をしていた。勝った、という表情を。 シャドウコモンが、浴びせ続けられていた弾丸の嵐が止まった事を知り、攻撃の態勢に入った。腹の底から純粋魔力を吐き出すブレス攻撃の用意。 それを見たフェイトとローグが共に構えを取る。 フェイトの右足、アタッカーフォームのバルディッシュのリボルバーが回転し、3発のカートリッジが排出される。集約されるは雷。フェイトを象徴する様な、鮮烈で美麗で脳の奥に焼き付く雷光。バリバリパチパチと弾き散らす魔力のスパークが眼に痛くて耳にやかましい。 それは、そう、本気になるフェイト自身を煽り立てる五月蠅いまでの雷光の声。 ローグの左足、フェイトの様に武装などしていない極普通の部分。けど彼の脚は、全身は普通じゃないから、その力は外見に囚われない。 意識すれば意識した分だけ魔力が流れ込み結合され集束され圧縮されぶっ壊すという意思が現れる。究極の一点―オーバーハング―と名付けられた能力がある。彼はそれを持っているから、ただ一つに集中するという事にかけては誰にも負けない。例えそれがまやかしの能力でも。 二人は声を掛けるでも無く、念話でタイミングを合わせるでも無く、同時に駈け出した。一歩、二歩、三歩と足を前に踏み出す毎に加速して行く二人。ソニックムーブとバニシングステップを用いて最大限まで加速した二人は、やはり意識してタイミングを合わせる事無く同時に跳んだ。 「ローグはここ一番でだけ、魔力運用が極端に上手い。きっと、自分にオーバーハングっていうレアスキルがあるって言われて、その存在を信じているから」 シャドウコモンは二人を狙い、ブレスを放つ。二人はほぼ同時に跳び、フェイトは右足を、ローグは左足を前に蹴り出した。 「けど、オーバーハングなんて、あんなのはただの誇張表現。ただ一点のみに集中する特殊な能力なんて無い、それはいわば心の話。誰でも持っている、一つの事に熱中して集中して心酔してのめり込む様を指した誰かの悪戯な言葉。魔法は精神に深く根付くから、確かに才能なのかも知れないけどね。ま、だからこそここ一番でだけ強い」 フェイトとローグ、二人揃っての蹴りにブレス攻撃は見る影も無く破壊された。元より具体的な形なんかないけど、そんなレベルじゃ無く消滅させられたと言っていい。圧倒的を通り越した卑怯なまでの破壊力を乗せた二人の蹴りは、そのままシャドウコモンのどてっ腹に突き刺さる。 「究極の一、オーバーハング。他の全てを捨てて一つの事に取り組む、病的なまでの集中。私もそうだもんね、病的なまでに、しつこい」 エーティーの自嘲気味な言葉は爆発音に掻き消された。それはシャドウコモンが膨大な魔力を乗せた蹴り二人分を受けた事により崩壊を起こした際の爆発であり、戦いの終わりを告げる音だった。 「ねぇ、フェイト。私はあなたを見ててもいいの? こんなしつこいだけの私が」 第十七話 完 次 『異郷の守り手』 |