第二十一話「簡単にいかない事ばかりで」






「次、右の方。あぁ、もうちょいだけ左や」
「この辺りか?」
「うん、そうや」
 はやての指示に従ってローグが手を動かす。
 今行っている作業は魔導書、月天物語ととある人物とのリンクを切る作業。
 とある人物とは、イリス・ブラッディリカ・サタン・サクリファイス。ロストロギア、無限の心臓により、供給される魔力と月天物語を用いて使用されている肉体維持魔法により1000年の時を生き続けている魔導師。イリスと月天物語のリンクを切るという事は、イリスを殺す事に直結する。
「ねぇ、本当にいいの?」
「何が?」
 はやてとローグの作業を見守るキョウとエーティー。
 エーティーが尋ねた疑問は、当然のものだった。
 本当にイリスと月天物語のリンクを切ってもいいのかどうか。キョウにとってそれは、1000年来の友人を殺す行為だ。それを容認、もとい、自ら行う様に提案するなんてとても正気の沙汰とは思えない。
「本当にイリスを殺してもいいのかって事。私としては嫌いな方だけど、何も殺さなくてもいいとは思うの」
「嫌い? なんでよ。イリスって自分勝手だけど、ちゃんと相手の触れちゃいけないとことかは避けてるし。嫌う程の理由は無いと思うけど」
「そう、なんだけどね。あいつは私のジュエルシード集めを邪魔したり、色々あるの。だからどうしても好きになれなくて。というか、嫌いになる理由が無いなら尚更よ。どうして殺す様な事をするの?」
「簡単よ。イリスは何かを企んでいる。そしてそれは、私達とあなたの主の脅威となる可能性がある。だからよ」
 エーティーの視線がローグに注がれる。
 魔力を線として捉える眼を持つはやての指示に従い、作業をこなす姿。それだけ見れば本当にただの子供で、世界を変えかねないトンデモな魔法を秘めた魔導書、月天物語の主には到底見えない。
 けれど彼がそうである事は事実で、だからこそキョウは友人に対して冷徹な行為を辞さない。
「それに、月天物語とのリンクを切ってもイリスは死なないわ。少なくとも1年くらいは生きてる。もっとも、肉体維持用の魔法を月天物語に頼れなくなるから、その分自分で肉体維持に魔法を使う。結果として、イリスは肉体維持以外に魔法をほぼ使えなくなる。肉体維持には物凄い労力を使うからね。誰も傷付けない安全な無力化よ」
 キョウは語る。
 この作業はイリスを殺すにあらず、無力化する術だと。そうでなければ余りに残酷だ。まだ年齢が10にも届かぬ子供が誰かを殺す為の作業をするなど、あってはならない。
「こうまでしないといけないくらい、危険なのね」
「ええ」
 イリスという魔導師は、本来は現代に月天王を誕生させる為に行動する魔導書の管理者代行だった。だが彼女は何故か魔導書の主が真に制定され、月天王と成る事を自ら認めたローグに対して攻撃行為を行った。守護騎士であるキョウはこれを反逆行為ととらえ、今回の無力化を行う事を決定したのだ。
 闇の書から防衛プログラムを取り除いた後、休憩の後にサイとキョウはこのイリスの無力化を提案した。
 無力化を行うに当たって、月天物語内のシステムを改変する必要がある。それは管理者であるローグにしか行えず、しかし幼い魔導書の主は魔法についての知識が乏しい。故に、サイ、キョウ、エーティーという関係者と、魔力を線として視認出来るはやてによるサポートの元で作業は行われている。
 その作業ももう終盤。もう数分もすればイリスは無力化され、闇の書と月天物語に関する厄介事はほぼ全て解決する事と成る。
 管理局をどうするか、とかの問題は残っているが、そちらに関しては事を起こしてしまったヴォルケンリッターと、巻き込まれてしまったはやてがどうにかするしかない。無論、今回八神家に集まった者全員が有事の際は手を貸すつもりでいる。これだけバラエティに富んだ者達が味方なのだ。ちょっとした苦難程度はどうにでもなる。
 キョウとエーティーが取り留めもない会話を続けていると、ローグとはやてが大きく息を吐きだした。どうやら、作業は終わったみたいだ。
「終わったの?」
「ああ、多分これでいい筈だ。ちょっと見てくれ」
「オッケ。貸して」
 キョウが月天物語内のプログラムにアクセスして現在の設定を確認する。彼女が見る限りは当初の予定通りに変更されており、イリスとのリンクは切断されている。
「問題ないわ」
「これでイリスが何かして来る事はないんだよな。なんか変な感じだよ。あれだけ色々とやってた相手がこんな形で、なんてさ」
「楽な方がいいじゃない。それとも、死ぬ程大変なバトルの末に相手の実力を認めあって"やるじゃねぇか"、"お前こそ"、なんて形で友情を育みたかったの?」
「昔の少年漫画やなぁ」
「そうじゃないけどさ。なんか、あっけない感じだ」
「そんなものよ。どんなに強い魔導師も、獣も、軍師も、ご飯食べなきゃ力が出ないでしょ? そういう事なの」
 キョウが出した例えは、なんか分かる様な分からない様なものだった。






 作業を終えたローグ達は居間で待つなのは達の元へ向かった。
 面倒で小難しい厄介事は終わったので、ここからはみんなで騒いではしゃいでお楽しみの時間だ。その為の準備は既にしてある。後は全員集合の後、お楽しみタイム開始の号令を挙げるだけ。
 これからは足の痺れに怯えず、家族と友達と毎日を過ごせるのだ。そうはやてが心躍らせて居間への扉を開いた瞬間に見たのは――あんまりにどす黒い――球体。
「え」
 予想外の事に対し、はやては単音を挙げた。
 現実に存在するのが信じられない姿をした物体。かなりの大きさを持っており、天井に届きそうな巨体。完全な球なので当然縦横は均等。天井に届きそうであり、壁にひっつきそうなサイズ。
 球体がその表面に波紋を広げ、波紋の中心から棒状の物体が伸びた。物体、と表現するのが正しいのかは分からない。棒状のそれは、まるで液体の様に見えたからだ。球体に突き刺さる一本の棒。それはまるで棒付きキャンディの様に見えて、けれどそのどす黒さに恐怖を覚える。
 棒が、球体の表面を移動してはやてへ先端を向ける。
 表面に波紋。棒が、飛んだ。
「ディスペルート!」
 黒い横薙ぎの線を煌めく縦薙ぎの線が遮る。
 気付けば床には球体の表面にあった筈の黒い棒。ごぼごぼと沸騰したお湯の様に沸き立つそれは数秒も経たぬ内に蒸発した。
「斬ったのに一瞬で消せない……AMFへの対抗。あれは魔法じゃなくて、魔力素そのものの集合? 違う。あれは、多分……」
 信じられないといった様な表情をしつつ、キョウがぶつぶつと何事かを口内で呟く。
 考えるより慌てるよりも優先すべきは攻撃の届かぬ場所への移動と判断したのか、キョウは全員を廊下へ押しやって扉を閉める。
「おい、あれは」
 ローグが焦った様に声を挙げる。事態の意味不明さに困惑した頭で必死に把握しようと考えを巡らせる。
「確証はないけど、闇の書の防衛プログラムよ」
「切り離して動けなくしたんじゃないのかよ」
「したわよ! 理論上、あれはもう動かない筈の代物なの」
「じゃあなんで!」
「知らない。そんな事は後回しよ」
 質問をことごとく一刀両断され、ローグはキョウに解を求める事を諦めた。
 ではどうする? 今は何をすべきだ? ああ、答えは簡単だ。この場でキョウに訪ねて答えが出ないならばサイに訪ねても恐らくは同じ。つまり、原因は不明。一瞬に満たない思考でローグは決断した。
 この部屋に、突入する。
「入るぞ。キョウ、手伝ってくれ」
「無茶言わないでよ。あれは魔導書を守る為に作られたプログラムなのよ。一人でどうにかなる相手じゃないわ」
「じゃあエーティー、援護射撃頼む」
「いいわよ。家を壊してもいいならね」
「八神、悪いけどやらせてもらう」
 ローグの有無を言わさぬ言葉の連打。
 サイとキョウは呆気に取られ、はやては無言で頷くしかない。
 この場の中でローグとエーティーだけがまともに頭を動かして次の事を考えていた。
「だから、待ちなさい! 行ってどうにかなると思ってるの!?」
「知らない。どうにかなるかなんて分からない」
「じゃあ……」
「この部屋には、居間にはアリサが居るんだ。すずかも、なのはも、フェイトも、みんな!」
「私としてはフェイトが無事ならそれでいいけど、他の人を見捨てる理由も無いしね」
 ローグとエーティーは躊躇いを見せない。それはこの二人が、物凄く単純な理由でこれまで戦っていて、これからもそうしようとしているから。アリサを、フェイトを、大切な人を守る為に戦おうとしているから。
「ソウガ、セットアップ!」
「アルアイニス、セットアップ」
 双剣のデバイスとリボルバーキャノンのデバイスが魔導師の手に握られる。ローグは前傾姿勢で突撃の構えを取り、エーティーは弾丸をリボルバーに込め、さらには次に装填するべき弾丸を口に咥える。
「ちょっと待ちな――」
 廊下には狭いリボルバーキャノン。強引にその銃口を居間の扉へと向け、引き金を引く。
 アルアイニスの銃口から、爆弾でも爆発したかの様な轟音が響く。誰もが音に意識を奪われる刹那、魔力弾は銃口を飛び出して扉をぶち破り、その先にある球体へと向かう。しかして、エーティーの放った魔力弾は黒い球体の表面に波紋を広げて内部へと吸い込まれた。まるで水面に投げた石が沈む様に。
 それを確認する前にローグは走り出し、手にした双剣に魔力を流し込む。刃が発光する。苛烈な魔力の流入により激的な反応を起こした刃は強力な力を纏い、魔法を執行する。斬撃魔法、ソウガエイセンを。半端に硬い程度の物体ならばバターを熱したバールで押し潰す容易さで破壊する斬撃は、黒い球体の中を刃が通り抜けるに終わった。まるで水面にナイフを走らせた様に。
「――さい! って、もう突っ込んでるし!!」
「なぁ、キョウちゃん」
「なに!? 無謀な主の所為で余裕無いんだけど!」
「さっきチラッと奥の方見えたんやけど、な。人影、二人分くらいしかなかったんや」



「なんだよ、こいつは!」
「防衛プログラムなんでしょ。取り敢えず正攻法で攻めても無駄っぽい事だけは分かったけど」
 魔力斬撃も魔力弾もまるで効果が無い。突撃時に攻撃を無効化された後、続けざまに魔力弾を11発、魔力斬撃3回に魔力剣投擲を6本。どれもこれも効果は見られなかった。
 球体が出した棒をキョウが切り裂けたのは、彼女の持つAMFの剣の能力が故だろう。となれば、黒い球体は間違い無く魔法の産物。ただし、かなり特殊な。
「転送魔法、宇宙の果てに!」
「さっきからやろうとしてるよ! けどおかしいんだ。遠くどころか、この家の外に転送しようとしても出来ない。座標が定まらないんだ!」
「妨害か。やってくれるわね」
 ローグの転送魔法が使用出来ないのは、黒い球体が座標を指定出来ない様になんらかの妨害魔法を行使しているからだろう。となればやはり頼れるのはキョウ。しかし、あの守護騎士はビビっている。ならばこいつを片づけるには一工夫必要という事だ。
「ローグ、フェイト達は何処!?」
「分からない! 誰も見当たらない。居るとしたらあいつの後だ!」
 ローグがソウガを放り捨てて右手を地に着ける。陸上競技のクラウチングスタートに似た態勢になり、両足を意識して加速魔法を行使する。
 ジュッ、と何かが擦れる音がした。マッチを擦る音、それを本来のものよりずっとずっと大きくした音。バニシングステップを使用したローグの踏み込みが、床との摩擦で熱を発した音だ。一瞬にして超高速状態へ移行したローグは獣の様に地を駆け、子供一人通るのがやっとな壁と黒い球体の隙間を通り抜けて背後に回る。
 そして目標二人の手を握り、そのまま壁に突撃した。
 木材や鉄材を破壊する音が連続して鳴り響く。何枚かガラスも割ったみたいで、高音が何度か聞こえた。そして次にドタドタという音がして、居間の隣の部屋の扉が開いた。
「エーティー、逃げるぞ!」
 居間の隣の部屋から出て来たのはローグ。脇にはアリサとすずかを抱えている状態だ。
 常人離れした超高速でかっさらわれたからだろうか、それとも気絶しているのか、二人は心なしかぐったりしている。
「ちょっと、フェイトは!?」
「居なかった!」
「じゃあ私はまだやる!」
「まだって、お前……」
 エーティーの言葉にローグは反論出来ない。
 彼女にとっての最優先事項はフェイトなのだ。彼女の存在する理由は、フェイトが幸せに暮らす手助け。例えアリシアだと、姉だと名乗っていなくてもそれが理由なのだ。だからローグはやめろと言えない。仮に自分がエーティーの立場であれば、見つからないのがフェイトで無くアリサであれば、同じ事を考えたから。
 戸惑いは数秒、しかして、それは隙と成る。
 ローグへ向かって黒い球体の放った無数の棒が射出される。突入の際に壁を破壊し、風通しの良くなった状態では壁は無い。切り落とすべく振るう武器も無く、両脇の二人には万一にも当てさせる訳にはいかない。いざとなれば、自分の身を盾に。そう考えた刹那。
「サイッキョー、ブレェード!」
 白銀が幾重にも閃光を描いた。まるでフラッシュの様な刹那に信じられないだけの数。白銀が収まった後には、黒い棒など一本も残っていなかった。
「まったく、無茶をする主ね」
「キョウ! じゃなくて、イキョウか。助かった」
「それじゃ逃げるわよ。転送魔法をお願い。あいつにじゃなくて私達になら出来るでしょ」
「ああ」
 イキョウの指示で転送魔法の発動準備に入るローグ。足元に魔方陣が広がり、群青色の光を放つ。
「ちょっと、あんたのその剣ならあいつを斬れるんでしょ! やってよ!」
「飛ばしたのは斬れるけど、本体は無理! いいから、逃げるの! フェイトを助けられなくなっても知らないからね!」
 イキョウの言葉を聞いて眼を見開くエーティー。歯がギリリと音をたてる程強く噛み締め、引いた。
「八神、お前もだ!」
「けど、シグナム達は……」
「そっちも全部助けるから! 今は撤退よ!」
 イキョウがローグとはやての間に入り、両手を伸ばして両者と手を繋ぐ。次の瞬間、エーティーがローグの魔法陣の上に乗る。
「ブラックゲート、オープン!」
 魔法陣があった場所が、群青色の魔力光が真っ黒に塗り潰される。同じ色でありながら球体のものとは確かに違う黒色に飲み込まれ、六人はこの場を後にした。






 黒い球体から逃げた後、気絶していたアリサとすずかに怪我が無い事を確認した一行は、誰も居ない夕陽星公園へと移動し、青い芝生の上に居た。
 八神家から大分離れたここからでは、あの後、どうなったのかを窺い知る事は出来ない。
「一体どういう事だよ。防衛プログラムは闇の書から切り離して無力化したんじゃないのか?」
「した筈……なんだけどね」
 ローグの問いに、キョウは自信なさげに応えた。
「切り離したから動いたって事じゃないのか?」
「切り離したから、ねぇ。仮に防衛プログラム自体が闇の書から切り離された事を感知出来ても、動く為の魔力無しでどうやって動くっていうのよ」
「知らないよ。けど実際に動いてる。だったらこれが一番辻褄の合う答えだと思うけど」
「だからって……」
「はい、ストップ」
 防衛プログラムが何故動いたか。それについて意見を交わす姉弟の間にエーティーが割って入った。
「理由なんて後回し。そういうのは専門家にでも任せてればいいのよ。あなた達の役割は何? 月天王の守護騎士なら、主を守る事が役目でしょ。だったら主の安全を確保する為にあの忌々しい球体を止める方法を考えなさい」
 もっともな意見に姉も弟も反論出来ない。
 エーティーとは、今はサイとキョウと立場は同じなのだ。ローグの手によって疑似肉体を構成され、月天物語内部から人格データをロード、定着させられた存在である彼女。一応の名目上に過ぎないが、エーティーの扱いは月天王の守護騎士なのだ。
 もっとも、彼女にそんな事情は関係無いし、ローグの方もそういった立場で縛る事をしようとは思っていない。エーティーはただ彼女の意志の元に、フェイトの為に戦う。その為には貴重な戦力である姉弟をどうでもいい事について論議させる余裕はない。
「状況を整理したいわ。キョウ、説明出来る?」
 促され、渋々ながら口を開くキョウ。
「言った通り、あの黒い球体はさっき闇の書から切り離した防衛プログラムが起動したものよ。みんなが居た筈の居間にアリサとすずかしか居なかったのは、二人がリンカーコアを持たなかったから。魔力蒐集の対象にならず、脅威にもならないからよ」
 防衛プログラムがどうやって起動したのか、それは分からないが、確固たる魔力供給源が無い状態で長時間の起動は出来ない。恐らくはそれを補う為にヴォルケンリッターを蒐集し、魔導師故に脅威に成り得るなのは達はなんらかの方法で無力化した、というのがキョウの見解だ。
 なのは達を無力化した方法は、どこか遠くへ転送したか、それとも結界内にでも閉じ込めたのか。少なくとも殺されているという事は無いだろう。短時間で、誰にも気付かれずにそんな事を行うのは不可能だ。
「なのは達は防衛プログラムの内部に囚われていると考えた方がいいわ。どこかへ転送しても応援を呼ばれる可能性がある。結界に閉じ込めても何時破壊されるか分からない。一番安全で有事の際に対処し易いのは、自分の眼の届く範囲に置いておく事だから」
「あの球体の内部って事ね。助ける方法は?」
 エーティーが最も重要な事を問う。あれを破壊する手段なんてのは周囲の被害を考えなければ幾らでも考えられるだろう。だが、内部に囚われている人間を助け出すのはそう多く手段があるとは限らない。
「突入して引っ張り出せばいいのよ。あの球体に生半可な攻撃は通じない。だからって大火力をぶち込めば、囚われてるみんなが危険よ。けど大気中の魔力素を取り込む為の器官はある筈。でないと、魔力切れを起こすからね。自分の疑似肉体をバラしてそこから入ればいいわ」
「すっげぇ強引だな、おい」
「一番確実じゃない。換気用の窓は空気を入れ替える為にあるのよ?」
 会話の切れ目を見計らい、ローグが別の疑問を持ち出した。助けるべき相手は、囚われた人達だけでは無いのだ。
「それで、じゃあ蒐集されたっていうシグナムさん達はどうすれば助けられるんだ?」
 魔法に関する知識の無い自分が口出しは出来ない。そう考えて、言うに言えなかった言葉をローグが代弁した。はやてとて勿論友達を助ける手段は気になるが、それと同じだけ家族を助ける手段も気になるのだ。
「ヴォルケンリッターを助ける方法ね……八神はやてが今後、魔導師として生きて行くなら可能よ」
「どういう事だ?」
「単純な事よ。八神はやてが闇の書、今はもう夜天の書って呼ぶべきね。夜天の書の主になって、防衛プログラムに干渉。後にあいつが蒐集したヴォルケンリッターのデータを引っ張り出して構築すればいいの。そこはローグがエーティーを呼び出した手順に似ているわ」
「防衛プログラムに干渉って、それならわざわざ突入して助けなくても、夜天の書の主が命令すればあれは止まるんじゃないか?」
「ダメよ。あれは"闇の書"の防衛プログラムだもん。一度切り離されれば別物扱い。魔力ダメージを与えて弱体化させた状態なら、元が一緒だから干渉出来るけどね」
 ここまで説明されて全員がどうすべきかを考えた。
 やる事はとても単純。黒い球体の内部に突入して、中に囚われている人達を助け出して、その後全員でぼこぼこに袋叩きにして弱らせて、最後にはやてが夜天の書を使ってヴォルケンリッターを助け出す。
 工程は僅かに3。言う程簡単ではないが、不可能でも無い。
「八神。いいか?」
 ローグが、主語を抜いた質問をする。それは内容の気まずさから。
 八神はやての家族を助ける為に、八神はやては魔導師と成らなければいけない。今回だけでいい、そう考える事も出来るだろう。けれど実際は今回だけなんて言葉は叶わない。闇の書事件には管理局が関わっている。夜天の書と闇の書は同一では無いが、深い関わりを持っている。夜天の書を一度でも使用すれば、管理局ははやてをそっとしておいてくれる事は無いだろう。何より、助けだしたのがこれまで幾度となく蒐集行為を行ってきたヴォルケンリッターなのだ。どうしたって関わる事になってしまう。
 それが心配だった。せっかく闇の書の呪縛から解放されて、足も回復していくだろうって時に厄介な事に巻き込まれてしまう。それははやてを追い詰めてしまう事になりそうで。
「当たり前や。私は夜天の書も闇の書も、よう分からん。けど、よう分からんけど、それを使って私が頑張ればまたみんなと暮らせるんやったら、私はどんな事でも出来ると思うんや」
 ローグの質問に大した意味は無かった。八神はやてもまた、大切な者の為に困難に立ち向かおうとしている。ならば、本人がそう言うのならば、周りの者が出来る事は一つ。
「よし。じゃあ……」
 ローグがはやてへ向けて手を差し出す。
「みんなで助けに行こう。これ以上、闇の書とかそういった難しくて訳分かんないものの所為で大変な目に会うのは嫌だからな」
「うん。そやな」
 はやては、笑ってその手を取った。
「なーにを仲良く手なんか握ってるのかしらー」
 といったところでアリサがお目覚めになったらしい。
 アリサの後ろではすずかが服についた埃やらを落としている。
 これで役者は揃った。
 後は事を起こすだけ。






 一向は黒い球体から仲間を救い出すべく八神家へ向かった。脱出してから一時間と経たぬ内に戻って来たので、大きな変化は無いと踏んでいたのだが、どうやら状況認識が少々甘かったらしい。
 黒い球体はそのサイズを肥大化させていた。最初に見た時は一室に収まる程度の大きさだったものが、今では集合住宅地に影を落とす程に巨大化している。
 つまり、黒い球体は巨大化していて、おまけに八神家から飛び出して空に停滞していた。
「おい、あれはどこのボスキャラだ? シューティングゲームか何かか?」
 ローグが呆れながらそんな事を言った。どす黒い球体がその表面から無数の魔力弾を用いて弾幕形成し、挑みかかる魔導師達に襲い掛かる様。そんなものが容易に想像出来てしまうのだから、この例えはあながち外れでは無い。
「誰も騒ぎださないの? 警察とか、呼ばれないのかな?」
 すずかが思った事を口にする。正直言ってこの状況で警察が来てもどうしようも無いし、避難しろとか言われそうで良い事は何も無い。だがこれだけ異常な光景を目の当たりにして誰もなんのアクションも起こさないというのは不自然だった。
「この周辺に人間はおろか、犬猫が居る感じもしないわ。多分あいつがまとめてどこかに飛ばしたんでしょうね。一般人は脅威にならないから、殺されたり囚われたりはしてない筈よ」
 キョウが予想を述べた。
 確証が無い以上はどうとも言えないのだが、取り敢えずそれで納得する他は無い。
「じゃあ一応予定通りに。俺はアリサとサイキョーと一緒にあいつを相手する。エーティーはその隙に突撃。すずかははやてと一緒に夜天の書を取りに行ってくれ」
 全員が頷きで返す。
 ここに、闇の書事件を解決する為の最後の戦いが始まった。



「アリサ、飛行魔法の調子はどうだ?」
「んー、なんか変な感じ。ふわふわして、まるで地に足が着いて無いみたい」
 そりゃ空を飛んでたら地に足は着かないだろう。そう言いいた衝動を堪えて、ローグはアリサの中から前方の敵を確認する。
 信じられない程に巨大化した防衛プログラム。今は沈黙しているが、どんな事を切っ掛けに動き出すのか分かったもんじゃない。
 ローグとアリサは月天物語の力を用いて融合。アリサ・ローグウェルとなり空中で戦闘開始を待っていた。
 本来は飛行魔法を使用出来ないローグだが、アリサの体内でリンカーコアという形で存在するこの状態に限っては、普段使用出来ない魔法を使用出来る。
 ローグが飛行魔法を使用出来ないのは、魔法のコントロールが上手く出来ないからだ。召喚以外の魔法に関してはほぼ使えないという不出来な魔導師なローグだが、リンカーコアの姿で居る時は自分の体を動かす事を考えなくてもいい。つまり、真っ暗で静かな部屋の中でただひたすらに瞼を閉じて瞑想する様な、集中する事の出来る環境下にあるのだ。その状態でのみ、ローグは飛行魔法を行使し、拙いながらにコントールする事でアリサの肉体を大地から離す事が出来る。
 ようやっと、といった風に飛ぶアリサ・ローグウェルの隣では、サイとキョウが融合した守護騎士、イキョウが居た。
 魔法も、無機物も、その一切を両断消滅せしめる魔剣、サイキョーブレードを持った頼れるやつ。ふらふらと空中でバランスを崩しそうになる己が主を見て、溜め息を吐いた。
「まさかここまで下手とはね。先代は泣いてるわよー」
「五月蠅い! 人にはなぁ、苦手なものがあるんだよ!」
「うわわ! ローグ、ちゃんとバランス取りなさいよ!」
 ちょっとした軽口に反論した拍子にバランスを崩す程度の飛行制御能力。地上から援護させた方がいいのではないかと思わなくもないが、射撃魔法も苦手と来てはどうしようもない。
 そうこうしている内に地上に流れる金色と黒光りする物体が見えた。
 地上を走るエーティーとアルアイニスである。
 打ち合わせではイキョウ達が球体の注意を引き付けている間に突入する手はずだったのだが、余りにもなんの行動も起こさない球体に対して予定変更。まずエーティーが突入し、その後もし暴れたら相手をする事にしている。
 地上を高速で疾走するエーティーは球体の真下に来るとアルアイニスを待機状態へと変え、収納する。そのままバリアジャケットを解除し、身に纏う衣服の構成を解除し、同時進行で疑似肉体の構成も解除する。
 視線を真上に停滞する憎いあんちくしょうに定めたなら、頭の中で飛べ、とイメージする。そして座標の指定。球体の中央部、あらかじめ算出して置いた空間座標をアルアイニスの本体へと送る。エーティーのデバイス、アルアイニスの本体は彼女の手元には無く、彼女が持っているリボルバーキャノンへと姿を変えるそれは端末なのだ。アルアイニスの本体があるのは宇宙。青い空の向こう、真っ暗闇の深淵に存在する本体を使用する。
 エーティーの疑似肉体が全て魔力素へと構成分解される。バラバラになった魔力素は最早必要無い。アルアイニス本体が指定する空間座標に向かい周囲の魔力素が集合、つまりは防衛プログラムの内部へと移動する。防衛プログラムに外敵では無い魔力素を遮断する機能は無い。内部へと侵入した魔力素は中央部へと到達。中央部の指定座標にて魔力素は人間の形を構成する。
 1秒に満たぬ時間の先、エーティーは人間としての形を手に入れる。
「さって、無事に入れたはいいけど」
 呟き、周囲を見渡す。
 見えるのは、視界に収まり切らない青い空、緑の草原、小鳥のさえずり、風に靡く木々の葉。
「のどかね。これが防衛プログラムの内部? まさかリフレッシュルームみたいな場所でも無いだろうし」
 自分以外に誰も居ないからだろうか、エーティーは思ったままの言葉を次々に音にしていく。
 首を回し、耳を傾け、サーチ魔法を行使しても自分以外の誰かが居るかどうかを確かめられない。
 酷く場違いな光景。そんな中に置かれ、ひとまず歩き出そうとした時、風に乗って声が聞こえて来た。
 耳慣れた、聞き間違う筈の無い声。大切な妹の声。
「ああ、そっちなの。待ってて。今行くから」
 そう言って、エーティーは歩き出した。



第二十一話 完
次『私は姉か、別人か』






あとがき

はい、いつものごとく自由奔放にひた走った展開や設定になっております。
二十話、二十一話と戦闘がほぼ無いので、そろそろなんか動かしたり壊したりしたい状態です。で、やりたいからって戦闘シーン入ったら、またいつものごとく趣味に走った事をし出すと思います。アグレッシブに。
Cross A'sももう終盤。だっていうのにまだいろいろとありそうな感じになっていますが、ここからそんなにしない内に終わる予定です。とはいえ、また戦闘シーンで長くなるんでしょうけど。
それでは、また次回にでも。





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