第二十三話「祝福の風は夜天の元に」 人の集まる場所には、それ特有の空気というものがある。 首都圏にある大きな交差点、セール中のデパートや百貨店、集合住宅、オフィス街に学校、競技場。どこであろうと変わらないのは人が多い事。日中は当たり前にして、集合住宅では深夜にさえ自宅に帰り付く誰かが居るものだ。 八神家はそんな集合住宅と呼べる場所にあり、加えて今は日中。人がいる空気が満ちている筈の場所と時間帯にも関わらず、そこは不気味な程に静かだ。 闇の書の防衛プログラムがどこかへ転送してしまったらしいが、なんとも不思議な事だ。 何故そんな事をする。一般人が驚異の対象で無いのならば放置しても構わぬ筈だ。そういった考えを抜きにしても、近付く敵から主を守る為に創られた防衛プログラムがこんな事をするんだろうか? 疑わしきは罰せよ。それが最も安全なのだ。敵では無い、という認識なら捨て置け。敵かも知れない、という認識ならば殺せ。手段を問わずただ主を守る為の存在にはそれくらい極端な方が良く働いてくれるだろう。だというのに、まるで一般人を戦闘に巻き込まない為のこの配慮。もしかすると人為的介入なのでは無いだろうか。 「すずかちゃん! あったで!」 月村すずかは、考えても仕方の無い事を考えていた。けれど不意にはやてに名前を呼ばれた事で我に還る。 「今行くね!」 多分だけど、これは防衛プログラムに取り込まれたヴォルケンリッターの誰かのやった事なんじゃないだろうか。それならば納得出来る。そうやって考えを終了させ、はやての居る部屋へと向かった。 「机の上にあったんや」 「これで、防衛プログラムを止められるんだね」 「うん、そやな。ほな、早速戻ろか」 「ワード・オブ・アームズ! トゲ付きナックル!!」 アリサ・ローグウェルが大声と共に創り出したのは、大型のナックルダスター。金属製のそれを握り込む様に装備し、拳による突きの威力を高める武器。トゲ付きナックルを両手に装備した彼女は、正面から襲い来る魔力弾の嵐を両の拳で片っぱしから叩き潰していた。 「なぁ、毎回思うんだがもう少し武器っぽい名前は考え付かないのか?」 「なによ、これが一番分かり易いでしょ。格好付けた名前言って、想像力不足でちゃんと創れなかったら意味無いじゃない」 「そうなんだけど。なんというか魔法で創った武器への憧れ的なものが、なぁ」 「憧れより実用よ。道具は使ってなんぼなのよ」 会話の間も途切れなく迫る魔力弾。弾幕とはこの事だろう。ハンマーでも無く剣でも無く、拳を強化する武器を選んだのは数に対抗する為だ。 ハンマーや剣は広い範囲を一度に攻撃出来るけれどそうそう連続で振れるものではない。迫る魔力弾を潰す優先度を計り間違えれば一発食らい、あっという間に連続で叩き込まれてしまう。どんな武器を選ぼうがまともな使用法を教わっていないアリサには、それを使いこなす事は叶わない。ならば、潰したい目標に手を伸ばすだけ、という感覚で使える武器が一番いいという判断。 仮にハンマーや剣を選んだとしても、ヴィータやシグナムの様に使いこなせないのであれば意味は無いのだ。 「にしても、あいつら凄かったんだな」 「そうね。あんな事出来たんだ」 二人が言っているのは、サイキョーブレードを携えたイキョウだ。如何に対物対魔に優れた剣でも使いこなせなければ意味がない。そういう意味では、イキョウは一流なのだろう。 イキョウは自分に向かって来る魔力弾のみならず、自分に当たらず地上に落ちようとしている魔力弾も全て潰している。建造物に余計な被害を与えない為だ。アリサ・ローグウェルは自分に当たらない魔力弾まで潰している余裕はないので、それも含めてイキョウが潰す。そう考えると、次にどうすればいいかを考える能力と実行に移す自信、思い切りの良さは格別のものがある。 「にしても、一体どれだけ撃つんだよ」 「もっとずっとたくさんじゃない? あれにはすっごい量の魔力があるんでしょ?」 「持久走は苦手なんだけど」 「文句言わないの。はやてとすずかが来るまででしょ」 そうやって二人が会話をしていると、地上に人影が二つ見えた。間違い無く、はやてとすずかだ。 「おーい! 夜天の書、持って来たで!」 はやてが大声で叫ぶと、イキョウが真っ直ぐに向かって行く。勿論、向かって来る魔力弾は潰しながらだ。 「ローグ! アリサ! これからちょっとはやてに説明するから、その間は魔力弾全部潰して置いて!」 「無茶言うな! 今だって手一杯だ!」 「そうよそうよ!」 イキョウからの無茶な要請に抗議する二人。だが生憎と立場はイキョウの方が上だった。 「こっち来て分離。その後ローグがソウガを出せるだけ出して投げまくる。弾幕には弾幕で対抗して。1分稼げばいいわ」 「この。失敗して地面にクレーターとか出来ても知らないからな!」 説得は無意味。むしろ説得しながら魔力弾の相手なんて、今の二人には出来る筈がなかった。仕方無く要請を呑む二人。地上に降りたアリサ・ローグウェルは分離し、ローグとアリサになる。 「私はどうすればいいの?」 「アリサは応援。ローグが全部防いだらほっぺにちゅー。男の子はこれでやる気を出すわ」 「あのね、そんな事で……」 「じゃあやるか。あんな弾幕、俺の敵じゃない」 「うわ! やる気出した!!」 なんとも即物的な、けど確実に効果のある方法でやる気を出したローグ。 それを見て単純だなーと思いつつも、イキョウははやてへと向き直る。 「よっし。じゃあこれからアイツをどうにかする手順を説明するわ」 「うん。どうすればいいんや」 「はやて、あなたがその書と契約して本当の主になりなさい。そして管制人格を呼び起こすの」 「管制人格って、なんなんや?」 「シグナム達みたいなものよ。プログラム生命体。管制人格は文字通り書の全てのシステムの全管理をしているの。そいつにあれの暴走を止めさせるのよ」 「そんな事出来るの?」 「当たり前よ。全部に対する決定権を持つのが管制人格なんだもん。それが出来無けりゃ、名前負けじゃない」 「それでなんとかなるんやな。みんな助けられるんやな!」 「ええ。なのは達はエーティーが助け出す。ヴォルケンリッターは一人残らず管制人格の権限で呼び戻す。それで元通りよ。ただ」 「ただ、なんや?」 「これはあなたが魔導書の主になる事を前提とした手段。大きな事件を起こした魔導書の主ともなれば、管理局が黙っちゃいないわ。それでもいい?」 「なんや、そんな事。またみんなと暮らせるんなら、軽いもんや」 イキョウの説明は、はやてにとっては意味不明な言葉の羅列かも知れない。きっと、どうすればいいのかを十全に理解はしていない。けれども、また家族としてみんなと暮らしたいって思いが強くて。他の事はあんまりにも軽く見えた。 「じゃあすぐに始めるわよ。すーちゃん、私を使って」 「私が?」 不意に名前を呼ばれたすずかが疑問の声を挙げた。 「そ。ローグもそろそろ限界みたいだし、実を言うとずっと融合状態で居るのは疲れるの。効率的にはそっちの方がいいわ」 「うん、分かった」 融合状態から分離した二人を前に、すずかは手を伸ばす。左手をサイが、右手をキョウが取る。やがて、と思う間もなく、二人の姿が霧の様に空気中に溶けて行く。数秒を用いて、すずかは二人をリンカーコアという形で体内に取り込んだ。 「サイ君、キョウちゃん。セットアップ」 すずかの声に呼応して全身が光に包まれる。纏うのは空色のバリアジャケット。両手に携えるは真円の青い盾。 ここに再び、魔導師としてのすずかが姿を現した。 「私がはやてちゃんを守るから。だからはやてちゃんも頑張って」 「大丈夫、任せとき」 「うん」 すずかは盾を持ち上げ、移動する。向かう先、ソウガを次々と創り出しては魔力弾目掛けて投げ付けているローグの横に立った。 「ローグ君、交代! 後は任せて!」 「すずか! うし、頼んだ!」 ローグが右手に持っていた剣を投擲すると同時、後ろへ跳んだ。タイムラグはほぼ無く、すずかがその場に代わり立つ。 前方に残る魔力弾は見えるだけで30。まだまだ発射されてくるだろう。となれば、やる前から投げ出したくなる数だ。だがすずかはそんな手数に怯えず、盾を前方に突き出す形で構える。そして。 「サイ君、キョウちゃん、お願い!」 【よし、いくわよ】 【ああ!】 姉弟の声と共に、盾を中心として魔力の波が広がる。魔法というプログラムの形を持っていない、純粋魔力の波だ。 すずかの手にした盾は、如何に巨大といえども防げる範囲は子供二人分がせいぜい。大人数を、しかも弾幕を全て防ぐとなればそれなりのサイズが必要。文字通りの壁が。 すずかは最初にこの盾を手にした時、まるで壁の様な盾だと思った。だけど今はそれでは足りない。壁の様な、では駄目なのだ。名が体を忠実過ぎるくらい現わさねば意味がない。しかし、形だけの魔導師であるすずかは魔法を使用出来ない。だからデバイスの管制人格であるサイとキョウが魔力の波を放出し、盾の範囲を飛躍的に広げ、それをすずかが持って移動する事で誤魔化す。 「ん……ってぇい!」 魔力波を含めた現在の盾の範囲は半径10メートル。それを頭上に掲げる様に構え、迫る魔力弾を地上に落とさないように走る。その姿だけ見れば滑稽なんだろう。まるで雨漏りする天井から降る雨粒を受け止めるが如く、何も無いただの地面を傷つけぬ様に走る。夜天の書の主となろうとしているはやてを守るだけならばその場に留まれば済む。けれど、すずかはそれが嫌だった。 ここはたくさんの人が集まる場所だ。生活する場所だ。勝手に壊していい場所じゃない。そんな、なんとなく壊されたくないなんて理由で、すずかは動いていた。 はやての掌が魔導書に触れる。ほんの数時間前までは闇の書、今では夜天の書という名で呼ばれる魔導書。 愛おしい、という感情は持っていない。大切だとか、大事だとか、無くしたくないとか、はやてはそういう感情をこの書に対して持ってはいない。 家族と呼べるだけの人達との出会いをくれた事には感謝している。それはもう、一生大事にしても足りないくらい感謝してる。けれど同時に、この魔導書が原因で今家族が失われそうで、友達が危険な目にあっていると考えればどうしても複雑だった。 だから変えよう。自分の手で。もう誰にも闇の書とは呼ばせない。プログラムを暴走させてしまう不安定な代物じゃなくて、誰かの大事な人を守ってあげられる代物へ変えたい。いや、正確には戻すと表現すべきなのかも知れない。でもはやてにはその"戻す"という事はイメージできなかったから、やっぱり"変える"でいい。そして変えて、助けて欲しい。家族を、友達を、好きな人を。 「お願いや、夜天の書。私と契約して欲しい。暴走した防衛プログラムを止める為に、みんなを取り戻す為に、力を貸して」 はやては小さな声で願いを口にする。契約とは双方の同意によって成立するもの。八神はやての願い、目的に管制人格が共感すれば、契約は成立する。要はどれだけ気が合うか、という事だ。 はやてには自信があった。夜天の書の管制人格とは絶対に仲良くなれると。だって夜天の書の管制人格は、度々生真面目過ぎるけど優しい騎士の、子供っぽいけどカッコいい騎士の、優しいけれど頼りになる騎士の、逞しくも安らげる騎士の、家族なのだから。 【主はやて。いいえ、今はまだ八神はやて、と呼ぶべきか】 声が聴こえた。頭を振り回した時みたいに脳がちょっと揺れる錯覚を覚えて響く、聴いた事の無い声だった。この声の主が、管制人格。 「始めまして。私は八神はやて言います。って、もう知ってるみたいやけどな」 【親しき仲にも礼儀あり、だったか。地球という世界の言葉にそういったものがあると記録されている】 意外にも、そんな切り返しをされたものだからはやては一瞬戸惑った。けれど、これはこれで親しみやすいというものなのかも知れない。 「確かにそやな。じゃあ改めて。私は八神はやて。夜天の書の管制人格さん、私と契約してくれへんか?」 【異論は無い。ただ】 「ただ、なんや?」 【可能であれば名前で呼んで欲しい】 「うん。私もそうしたい。名前、教えてくれるかな?」 【以前の名は、闇の書と呼ばれている間に付けられたものなので、なるべくならば遠慮したい】 「じゃあ、一番最初に貰った名前は? 最初は今と同じで、夜天の書やったんやろ」 【余りにも長い間、闇の書の名で呼ばれて居た為だろうか。忘れてしまった】 「そっか。じゃあ私が名前を付けてもええかな?」 【私からもそう提案しようと考えていたところだ】 「なんや、気が合うなぁ」 【ああ。では、名前をくれるか? 八神はやてが主である夜天の書、その管制人格の名前を。それをもって、契約は成立する】 「そやな、なんやパッと思い浮かんだもので悪いんやけど」 【構わない。直感やインスピレーションは計算されたものではないが、それ故に素直だと記録している】 「難しいなぁ。ん、じゃあいくで」 はやては一旦言葉を切る。そして息を一つ吐き、一つ吸い、言った。 「祝福の風、リインフォース。今からリインフォースが、君の名前や」 「了解した。これにより契約は成立。八神はやて。貴女をこれより我が主と認める」 「ありがと」 まるで水を打ったように静かで、空に映える夕陽の様に穏やかで、けれど夜天に浮かぶ月の様にそれは確かなもの。 契約は完了した。 「出て来てくれるか? リインフォース」 「ああ。今、行こう」 【すーちゃん! 下がって!】 「うん!」 相も変わらず飽きもせず疲れもせず、防衛プログラムは魔力弾を馬鹿みたいに撃ちまくる。それを全てとまではいかないものの防ぎ、地上の被害を最小限に抑えているすずか。 キョウの指示に従い一歩後退。魔力波を広げた盾を高く掲げて振り落ちる魔力弾を防いだ。 「今の、全部防げた?」 【大丈夫。一発も行って無いぞ。本当に、これが俺達の使用二回目とは思えないな】 「けど、何回かは失敗しちゃったよね?」 【気にしないの。確かに幾つかは後ろに行っちゃったけど、壊れたのは地面だけ。建造物とかは無傷よ。それより、もう体力やばいでしょ。建造物は壊れても修理出来るんだから】 「うん。でもやっぱりなんか嫌だから、もうちょっと頑張る」 キョウの制止も聞かずにすずかは全力で駆け、振り落ちる魔力弾全てを盾で防いでいる。もう息は上がっていて、呼吸も少し辛い。両腕は痺れて来るし指はジンジンと鈍い痛みを訴えて来る。足だってそうとうに痛い。けれどすずかは止まろうとしない。だって、嫌だと思ったから。空にそびえる黒い球体、防衛プログラムをなんとかした後、ここに住んでいる人達が帰って来た時、自分の生活する場所が壊れてたら、嫌だと思ったから。 「うっ……く」 そうやって漠然とした思いで動くすずかだったけど、限界が来た。指に力が込められなくなって来たし、足元もおぼつかない。盾を投げ出して座りこみたい気分。 けれど頑張る。そう思って奥歯を噛み締めて一歩を踏み出そうとした時、不意にすずかの視界が開けた。 盾を落としたのだ。 【すーちゃん! 横に跳んで!!】 気付けば真正面には一発の魔力弾。無論、当たれば無事では済まない。 キョウの叫びも虚しくすずかの足は動かない。当たる。誰もがそう思った刹那、「ソウガトウセン!」掛け声と共に煌めく閃が一筋翔けた。 「っぶねぇ」 どうやらローグが遠方から援護したらしい。投擲されたソウガによって魔力弾は潰されて消えた。すずかはその隙に盾を取り直し、肩で支える様にして構えた。 「ありがとう、ローグ君」 「いいって。気にするなだぁ!」 余所見をしたからだろう。ローグはものの見事に魔力弾を一発、肩に食らって呻いた。 「だ、大丈夫?」 「あ、ああ。へーきへーき」 如何にバリアジャケットがあるからといって痛くない筈は無い。それでも見栄を張るのは、男の子の悲しい性なんだろーか。 「思いの外、苦戦している様で。月天王殿」 「え?」 ローグの背後に見知らぬ女性が居た。やや大きめな双眸がまるで他者の視線を吸い込むかの様に不思議で、銀色の髪と肌にフィットする。ローグには形容し難い衣服を纏った女性。綺麗な人がそこにいた。 【りっちゃん!】 その女性が姿を現すのとほぼ同時、キョウが大声を挙げる。大声と言っても念話なので、辺りに響いたりはしなかったけど。 「その呼び方、キョウか?」 【そーよそーよ、私キョウ。サイも居るわよ】 【久し振りだな、りっちゃん】 「ああ。二人共息災そうで何より」 「サイ君とキョウちゃんはリインフォースと知り合いなんか?」 【当たり前でしょ。1000年くらい前から愛称で呼ぶくらいに仲が良いわよ】 「さて、それでは状況を説明して欲しい。どういった状況なのだ?」 【あー、その前に良い?】 「何か?」 【りっちゃんってさ、喋り方変えた?】 「分からない。過去の記録は全てデータが破損していて読み出せない。私の言葉に問題が?」 【いや、ないけど。私としては違和感があるのよね。こう、硬いのよ、今の喋り方は】 「変えるべき、なのか?」 リインフォースはキョウと会話しつつも、はやてをちらりと横目で見やる。するとはやては、私に聞かれても困る、といった表情で首を横に振った。 【んー、確かに違和感あるな。昔はもっとこう柔らかめな、優しいお姉さん的な喋り方かだったよーな。あ、もちろんキョウとは全然違うから】 【それは私が優しいお姉さんじゃないって事? いい度胸ね、サイ】 【そうは言って無いだろ。だがキョウが優しいお姉さんでない事は事実だ】 【今度ヒールでも履いて足の小指をぐりぐりしてやろうかしら】 「ふふ。二人は本当に、変わりませんね」 【【そ、れ、だーー!!】】 「さて、これで説明はお終い。理解出来た?」 「ええ。つまりは、ヴォルケンリッターを呼び出した上で暴走した防衛プログラムを鎮圧すれば良いのですね」 「そ。出来る?」 リインフォースという事態を解決する為の最重要人物が加わった事により、一同は作戦会議を開始した。 すずかはサイ、キョウとの融合を解き、今は全員が非戦闘態勢である。 先程まで雨の様に降り注いでいた魔力弾は、リインフォースとはやてが合流した数分後、何故か突然止んだ。これについては、恐らくは内部で誰かがプログラムに多大な負荷をかけたのではないか、という事が予想されている。この場合の誰か、とは当然ながら内部に突入したエーティーであり、防衛プログラムに多大な負荷が掛ったという事は彼女が暴れまわっているという事だろう。暴れ回れるだけ元気ならば、一応は順調に進んでいると見ていい。 「ヴォルケンリッターを再び呼び出すのは簡単です。夜天の書で守護騎士プログラムを実行すれば良い。ただ、現状は闇の書の防衛プログラムにヴォルケンリッターのデータが取り込まれています。なので、ヴォルケンリッターを再び呼び出すには彼女達のプログラムを闇の書の防衛プログラムでは無く、夜天の書で管理する必要があります」 「ちゅう事は、みんなを呼び出すにはあの黒い玉から助け出さないといかん訳か」 「そうです。その方法ですが、現在内部に居る、エーティーさんでしたか。彼女では無理です。防衛プログラムの構造を知るものでなければ誤って破壊してしまう恐れがあります」 「破壊て、みんなが死んでしまうちゅう事か? それじゃあどうするんや。みんなが死ぬなんて絶対に嫌や」 「そこはリインフォースお願いすればいいわ」 キョウが有無を言わさぬ様子でそう言い切る。今のリインフォースは言わば生まれたばかりの状態なので無茶では、と思われたのだが、彼女は当然という顔で引き受けた。 「しかし問題があります。今の私にはデバイスがありません。防衛プログラムから守護騎士プログラムを抽出するには私が近付かなければなりませんが、現状では厳しいでしょう。それに、魔法の制御もままなりません」 「シグナムさんみたいに自分のは無いの?」 「なにせ言語プログラムさえ不確かな状態です。魔法は夜天の書そのものに記録されていますので問題ありません。ですが、デバイスの様に過去に私専用として使用されていたプログラムは全て使用不可能と考えるのが妥当でしょう。」 「ごめん。なに言ってるか全然分かんない」 会話の内容が理解出来なかったのか、アリサが手を挙げてギブアップ宣言をした。しょうがない、という表情でキョウが噛み砕いて説明する。 「今のリインフォースは自分用のデバイスが使えない。デバイスが無いと助け出す為の魔法が使えない。けど助け出すのはリインフォースしか出来ない。分かった?」 「なーんか釈然としない説明の仕方だけど、分かったわ」 不満そうながらも渋々納得するアリサ。これは後で質問攻めになるかなぁ、とローグやすずかは思ったり。 「そこで、ローグ君に協力して欲しいのです」 「俺に?」 「ええ。夜天の王と月天王は過去に約束を交わした。どちらかが危機に瀕したならば、全力でそれを助けると。その時に、お互いの魔導書内の特定のプログラムに互換性を持たせているのです」 「月天物語内の一部の魔法はリインフォースさんも使えるって事?」 「そうです。なので、トウガをお借り出来ればと」 「トウガ? ソウガじゃなくて?」 「双つから成る我、ではありません。統治された我、です」 「そっちの方は私達でやっとくわ。こっち方面で役に立たないご主人様は、大人しくはやてのご機嫌でも取ってなさい」 「うわ。釈然としない」 あんまりにも一方的な物言いだけど、真実だけに何も言い返せない。これは質問攻めが二人に増えたなぁ、とすずかは思ったり。後で質問攻めを受けるのは誰になるんだろう、とか考えたり。 「リインフォース、扱い方覚えてる?」 「ええ。昔に相当修練を積みましたし、眼を瞑れば先代月天王殿の扱い方さえ瞼に浮かびます。問題はありません」 今リインフォースが手にしているのは、薄水色の発光球体である。一定のリズムで静かに明滅を繰り返すそれは神秘的で、ちょうど占い師が水晶玉を使って他人の未来でも見透かそうという雰囲気だ。それだけに知らぬ者には近寄りがたく、知る者には安心感を抱かせる存在となっている。 すずかは後方へ。サイとキョウはすずかを守る為にその横に並び立つ。アリサとローグは融合し、アリサ・ローグウェルの姿を取り、はやてはリインフォースのすぐ後ろに居る。 「なぁ、私ここにいて邪魔にならへんかな?」 「大丈夫です。それに、ヴォルケンリッターを助け出す、より確実な手段は、主に協力して貰う事なのです。主は必要とされているからここにいるのですよ」 リインフォースの言葉に安堵を覚えるはやてだったが、不安を完全に拭える訳では無い。 魔力を光の線として捉えるくらいの能力はあるものの、基本的には一般人であるはやて。夜天の書の主となった今も、それは変わらない。なんでも、リインフォースとユニゾンという行為をしたり、他の魔導師の様にバリアジャケットとデバイスを用いればはやても戦えるらしいのだが、現在のはやての身体状況では危険なのだそうだ。 そんな風に、将来有望と匂わせながらも今は役に立たないという状態。 まだ完全に拭い切れぬ不安のまま、沈黙を続ける黒い球体を見る。 あの中に、家族が居る。助け出せるのは自分では無くみんな。そう思うと、なんだか切ない感じがした。 「エーティーが戻って来るみたいだな」 「分かるんだ?」 「一応、主と守護騎士の間柄らしいから。なんとなく分かる」 アリサとローグの会話から、決行が間近だと分かる。 エーティーがなのはとフェイトを連れて防衛プログラム内部から脱出した時が、ヴォルケンリッター救出のタイミングなのだ。 それが今、訪れる。 黒い球体の、のっぺりとした不気味な面。飲みこまれて沈んでしまうそうなそれに一点、真白い穴が穿たれた。エーティーか、なのはか、フェイトか、ユーノか、誰のものかは分からないが魔法による攻撃。 「来た。エーティーと、なのはとフェイトにユーノもだ」 ローグの呟きのすぐ後、エーティーから念話が届いた。 【ごめん。フェイトとなのはとユーノはすぐに見付けたんだけど、ヴォルケンリッターは誰一人として見つからなかった】 【大丈夫。そっちの方はなんとかなるらしい。今は戻って来てくれ】 【オッケ。分かった】 念話で指示を受けたエーティーはそれをフェイト、なのは、ユーノに伝える。四人は眼にも止まらぬ速度で飛行し、一同の集まる場所へと向かう。 「それでは。主はやて、いよいよです」 「うん」 「家族を助けに行きましょう」 リインフォースとはやてが向かう。闇の書という忌むべき力から、大切な人達を助け出す為に。 第二十三話 完 次『風は時に強く翔ける』 |