第二十四話「風は時に強く翔ける」






 リインフォースが一歩前進し、薄水色の発光球体を持った右手を天に掲げる。
「先代殿、ローグ君。トウガを、お借りします」
 ぐっと、リインフォースの五指がトウガに食い込む。さして力を込めている訳では無い。先程まではまるで壊れ物を扱う様に優しく包む様に、今はボールを投げる直前の様にしっかりと握っている。リインフォースの握力は女性のそれではあるが、魔力によって強化すればスポーツ用のボールどころか鉄球だって握り潰せる。しかし今は握り潰す程の力必要はない。トウガは、手から零れ落ちぬ様に握る程度の握力で潰れる不定形なのだ。
「主はやて、すぐに露払いを致します。主の移動はローグ君の転送魔法により行いますので、驚かれない様」
「大丈夫や。運んでくれるのはローグで、待ってくれてるのはリインフォースなんやから」
「その信頼、確かに応えてみせます」
 そう言うとリインフォースは走り出した。
 爪先に力を込めてスタートダッシュを切り、一歩毎に驚く程加速して行く。高速移動を可能にする魔法は使わない。否、使えない。そんなものに回す演算能力があるのならば、その分は全てトウガの制御に回すべきなのだ。なにせこれは本来、魔導師がデバイスのサポートを受け、他の魔法行使を極力抑えた状態で使用する武装。単体での行使は頭をパンクさせる結果になりかねないのだ。
 それでも扱ってみせる。主と自分の願いの為ならば。意気込む思考に気付き、リインフォースは内心で苦笑した。彼女は、一度も浸った事の無い空気をこんなにも欲している。それがどうにも痒かった。
「一つ二つ三つ四つ!!!」
 リインフォースは走りながらも数字を口にした。けれど今の段階ではそれは何も実行に移される事無く、彼女は構わず走り続ける。
 防衛プログラムは敵が迫って来たと認知したのか、魔力弾を発射する。しかしエーティーが内部で暴れた為にその魔法プログラムは正常に動作せず、弾幕を張れるだけの数を出していた先程と比べれば遥かに少ない。
 リインフォースは隙間だらけな魔力弾群の中央を跳躍して突破。防衛プログラム――黒い球体――に接近したところで、トウガを持った右手を地面に向ける。
 次の瞬間、薄水色に発光する球体は形を失い、伸びて行く。ぐんぐんぐんぐんぐんぐんと伸びる薄水色は最早球体では無く、太さはリレーに使用するバトン程度の、丸みを帯びた発光する棒。トウガの伸身は止まらない。どこまでもどこまでも伸びて、やがては地面に到達。リインフォースが跳躍した距離はおよそ50メートル。トウガはそれと同じだけの長さにまで達した。
 だがまだ伸身は止まらない。ぐんぐんぐんぐんと伸び続ける薄水色は地面からリインフォースを押し離していく。その速度たるや、まるで高速移動魔法を使用したかの様な高速。あっという間にリインフォースは空中に浮かぶ防衛プログラムを押し越す。これが一つ目の変化。
 超長の棒であるトウガが、地上から30メートル程の位置で曲がった。かなりの急角度だ。直角とまではいかないものの60度以上の角度で曲がる。出来あがったのは、リインフォースの手から真っ直ぐに地上へ向かって伸び、地上30メートル地点で横に折れた棒。ちょうど平仮名の"へ"の字の様な形。これが二つ目の変化。
 三つ目の変化はそのすぐ後。"へ"の字を構成する二本の棒。その短い方が直線では無く曲線に、丸みを帯びて行く。四つ目の変化は三つ目の変化の最中に行われた。短い棒が曲線となった丸文字の"へ"、その曲線部分が薄い刃へと変わった。
 リインフォースが数えた通り、四つの変化で出来上がったのは、巨大な鎌だ。
「自己形状統治型無限変形魔力武装、統治された我。私の願いを、聴き届けよ」
 言葉の終わりと同時に、鎌となったトウガの刃が引かれる。余りにも巨大な鎌はそのサイズに似合わぬ速度で防衛プログラムへ襲いかかる。高圧縮魔力刃は球体の外皮を裂いて容易く侵入し、内部を斬り進み、あっという間にリインフォースの手元へと引き寄せられた。だが、リインフォースは腕を引いておらず、手首を動かしてもいなかった。
「伸縮を幾度繰り返し空を翔け。刃は独楽の如く回りて円を描け。軌道なぞるは操り手の繰り事成れ。其よ、この手の中にて双つに分かれて反芻せよ」
 捲し立てる様な詠唱。大規模な魔法を用いる時に辿る手順は瞬く間に完了し、実行される。
 リインフォースがトウガ持つ右手を横薙ぎに振ると、引き寄せられ短くなった筈のトウガの柄にあたる部分が伸びる。一瞬にして最初に鎌を形成した状態と同じ形状になる。そして右手の中にあるトウガの柄に左手で触れ、その先端部分を引き千切った。千切ったトウガの欠片を左手で握りしめて横薙ぎに振ると、欠片は右手に握られている超長大な鎌と同じ形状となった。
「この技の名は確か――」
 リインフォースの様相が変わる。口調や物腰の様に穏やかなものだった瞳が、まるで猛禽類のそれになった様に凶悪な面を見せる。穏やかな風は凶暴な風に変わった。
「――ああ、忘れましたね」
 リインフォースの両手が動く。右手の鎌を右から左へ薙ぎ、左手の鎌を上から下へ薙ぐ。右手を左から右上へ。左手を下から左上へ。両手を×の字に交差させて振り下ろし、次いで肩の高さまで持ち上げて水平に薙ぐ。右手の鎌と左手の鎌、その先端同士をぶつけると二本の鎌はまるで最初から一本だったかの様にくっついた。長い棒の両端に三日月の様な刃が付いた形状になったトウガ。リインフォースは柄の中心部分を持ち新体操のバトンに似た動作で回転させる。ゆっくりとした回転から徐々に速度を上げる。回転初速は扇風機の"弱"ボタンを押したくらいのものだったが、今では"強"ボタン程度まで上昇している。しかもそこで速度の上昇は止まらず、もっともっと速くなる。さながら、高速道路を走る自動車のタイヤ。肉眼では捉え切れない速度の回転に達した鎌を、リインフォースは投げた。
 1秒程の空白。
 現実に存在する事を疑うくらいの超長大な物体が投げられたというのに何も起こらない。常識で考えたなら、50メートル超の物体を投げた場合それ相応の風が巻き起こる筈だ。けれどそういった自然に起こるだろう現象は何一つ起こらず。代わりと言わんばかりに、黒い球体が切り刻まれる。その光景は、圧巻と言う他は無かった。防衛プログラムが形を成した黒い球体はそれ自身が非常識なサイズだ。遊園地の観覧車が円では無く球になったくらいの。そんな大きな物が、まるでミキサーにかけられた果物の様に切り刻まれていく。



「あれ……なによ」
「俺が知るかよ」
 アリサもローグも、ただただ圧倒されるばかりだった。二人が想定した事があるのは、人対人の戦い。同じくらいの体格の人間が殴り合ったりする、ケンカ程度のもの。格闘技の世界でだって、身長や体重で戦う相手を区分けされる。フェザー級だの、ライト級だのというやつだ。けれどこれは、そんな区分け出来る規模じゃない。リインフォースが単独で防衛プログラムと戦って初めて、自分達が相手にするのは想像の外にあるものなんだと実感した。
「対城戦や対軍戦とは違う。相手は巨大なだけでなく、それ単体で動く。どっしり根を張り構える城や、部隊規模で動く軍では無く、あくまでも個。だからこそ、ただ個の動きを封じ込めればそれでいい」
「サイ?」
「あのトウガは、そういった目的で創られた武装だ」
 何時の間にかアリサ・ローグウェルの近くにはサイが居た。どうやら、見なれぬ光景に戸惑う二人に説明をする為らしい。
「城は動かない。だから大火力で焼き尽くせ。軍は臨機応変に動く。だから将を討て。巨大は強いが単独。しかして巨大故に力は強く、一挙手一投足全てが周囲に大きな影響を及ぼす。だから封じよ。特定の形状を持たず、使用者の手で無限に変形し、あらゆる状況に対応した使用法が出来る。だからあれは強い」
「うーん。なんか見れば見る程卑怯な武器だな。伸び縮み自由で分裂したり合体したり。まるで粘土だ」
「粘土ね。近いかも知れないな」
「てゆーか、あんなのがあるなら私達にもちょうだいよ」
「ローグがあれをちゃんと扱えるだけの演算能力を持ったらな。今のままじゃ伸ばす事も出来ないと思うぞ。あれの制御はそれだけ難しいんだ」
「難しいってどれくらいだ? 飛行魔法くらい?」
「そんなもんじゃないって。そうだな、フェイトがバルディッシュに協力して貰って、他の魔法を使わずに扱って、ようやくあれの半分くらいは出来るんじゃないかな」
「そんなに難しいのかよ、あれ」
「ああ。硬さとか長さとか伸びる速度、タイミング、どこでどう変化するか、変化する"どこ"ってのは何を基準にどう計るのか。そういったもの全部を計算するんだ。あの速度で」
 サイが視線で示した先を見れば、リインフォースはトウガをナイフの形に変化させ、発射していた。数は、数えたくない。敢えて例えるならば、田舎町の良く晴れた夜空にある星の数くらい。そのくらい、数えたくない。
「一生使えなくていいや」
「まー、そう思うよな、あれは。で、そろそろ出番だから準備しといてくれ」
「出番ってーと、八神を飛ばすのか」
「ああ。りっちゃんもそろそろ、限界みたいだから」



「ふっ……く」
 頭が痛い。視界の端が霞んで来た。息が荒くなる。汗が止まらない。
「そろそろ、限界みたいですね」
 リインフォースは呟きつつ自分に呆れた。自分ではこの程度か、と。
 実際のところ、リインフォースはよくやっている。これは彼女以外の誰にも出来ない事である。
 トウガは本来、超大容量ストレージデバイスである月天物語のサポートを受けて使用する武装だ。月天物語にはそれ専用のサポートプログラムが組まれているが、直接の契約者でも守護騎士でも無いリインフォースにはその恩恵は本来の半分程度しかない。自分が持ち主でない武装を、不十分なサポートで扱うには十分な結果。防衛プログラムには既に十分過ぎるダメージを与えている。
 黒い球体の表面に不可視状態で幾重にも張り巡らされた防御障壁。なのはの砲撃魔法でも破るのは容易くないそれを根こそぎ破壊し、球体を何度も両断する事で修復を余儀なくさせ、魔力を消費させた。防衛プログラムは無限の再生能力を持っている。しかしそれは何もダメージを負った次の瞬間には修復し終えているというものでは無い。
 リインフォースはなるべく外部を攻撃し、修復の為に魔力を流させた。ヴォルケンリッター達守護騎士プログラムが取り込まれているのは中心部。度重なる攻撃のダメージを修復しようと、防衛プログラムは全力で球体外部に魔力を流していた。
 出来る事ならば機能停止させる程にダメージを与えて、修復に専念しなければならない様にしてやりたかったのだが、それは叶わない様だ。今の状態では万が一に、守護騎士プログラム抽出時に妨害される恐れがある。その時、危険に晒されるのがリインフォースだけならば、彼女にとっては問題なかった。しかしこの作業を確実に成功させるにははやての協力が不可欠。守るべき主を危険にさらす事は不本意だ。だが、それを推してでも、やらねばならない。
「今です!! 主の転送を!!」



 リインフォースの声、それと同時に発せられた念話を受け取り、ローグが転送魔法を使用する。
「八神、行くぞ!」
「うん。行って来ます」
 アリサの内部からローグがプログラムを起動させると、空中にブラックゲートが出現。防衛プログラムと同じ黒だが、こちらは不快感を抱かせるような存在では無い。
 ブラックゲートの中を通っている時は、真っ暗なトンネルの中を進む電車に乗っている感覚に近かった。どれだけの速度で、どれだけの距離を進んでいるか分からない真っ暗なトンネルの中。そもそも、転送が移動なのかも分からない。前方に光が見えた気がした時、はやての転送は完了した。
「主!」
 空中に出現したはやてを、リインフォースが抱きかかえる。はやての揃えた両足の下と背中に手を回す。所謂一つの、お姫様抱っこである。
 車椅子は無い。転送の段階で省いたのだろう。あっても困るだけなのでむしろ好都合なのだが。
「リインフォース、私はどうしたらええ?」
「見て下さい。防衛プログラムの中央。主ならば見える筈です。守護騎士プログラム各個々人の魔力の様相を映した光の線。そこが彼女達の居場所、私達が向かうべき場所です」
「うん、分かった」
 はやては言われた通りに視線を向ける。黒い球体の中央部。はやての眼には、魔力の集合体は光の線の集まりとして見える。それは八神はやてという普通の少女に備わった唯一の異変。闇の書の影響か、はたまた月天物語の影響か。どちらでもいい。これが誰かの役に立つものであるなら、理由なんてどうでもいい。家族の為になるのならば尚更だ。しかし。
「見えへん」
「主?」
「見えへん! さっきまで見えてたのに。ローグを見たらちゃんと光の線が見えた。リインフォースもそうや。サイ君も、キョウちゃんも見えたのに!!」
「落ち着いて下さい! あれは外敵から身を守る為のプログラム。主の様な能力への対策をしていても不思議ではありません」
「じゃあどうすればいいんや」
「見るんです」
「でも!!」
「大丈夫、出来ますよ」
「そんな無責任な!」
「無責任ではありません。あなたは私が、守護騎士達が愛する主です。だから分かります、大丈夫です」
「リインフォース……」
 なんで、だろうか。リインフォースは自分の発言のあやふやさに驚いている。なんの根拠も無く、理由も無く大丈夫という言葉を無責任に放り投げる。それを、無責任な言葉を放り投げられた相手は励まされているのだと解釈し、どうしてか挫け掛けた精神を奮い立たせる。
 もしこれで失敗したなら、この場で再び勇気づけるのは不可能だろう。それはつまり、ヴォルケンリッターの救出失敗に繋がる。ああ、なんて無責任だろう。どうしてこんな言葉を吐いたんだろう。
 理由は分からない。プログラムとは、本来は効率を優先し、確実に物事を遂行する事こそ使命。リインフォースに与えられたプログラムという役割は、夜天の王の補佐。今はまだ心身ともに未熟な主を、手助けする事。今この状況で確実なその手段は、防衛プログラムの完全破壊である。はやてをどこかへ逃がし、全戦力を持って殲滅する。後に、はやてを夜天の王の名に相応しい魔導師へと導くのが、最も効率的で確実だ。危険を冒してまで守護騎士プログラムを助けるよりは、後で別に組み直した方が安全である。だが、それでは駄目だと何かが判断した。
 きっと、リインフォースのどこかにバグがある。けれどこのバグは愛おしい。残して置きたい異常。いや、これが彼女の望む自分であるならば、それは異常を超えた正常だ。
 だってそれはほらこんなにも。
「さぁ、主。家族を助けましょう!! 今までは守られていただけかも知れませんが、その分だけ今頑張るんです!! 格好の良いところを、見せてあげましょう!!」
 無根拠に盛り上がれる。
「うん!! やったるで、たまには格好良いところ見せんとなんや情けないからな!!」
 根拠? 理由? 効率に確実性に将来性? そういうプログラム?
 今だけ全部捨てる。無い。そんなものは全部無い。バグ上等! バグがあるから家族を助ける可能性が生まれたなら、助けられるなら、むしろ欲しい!!
「私達の家族……返してもらうで」
 はやての視線が黒い球体を射抜く。そして見る。
 シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。それぞれが持つ光の線、体内を走る魔力。人の形を取り払われた状態でありながらも個々を示すサインは失われていない。これならば、ヴォルケンリッターのみを抽出する事が出来る。
「見えた!」
「全員の位置を明確にイメージして下さい。誰がどこにいるか、頭の中に描いて。ヴォルケンリッターは今は人の形をしていません、魔力球の形を取っています。それを踏まえた上で想像を!」
「任せとき!」
 みんながあそこにいると、想像する。近くに、手を伸ばせば届きそうな距離。ほんの少しの間、防衛プログラムが動き出してみんなが取り込まれてから大した時間は経っていない。けれどもうこんなにも欲しい。たかだか半日に満たない時間程度では、離別という言葉は使えないかも知れない。ああ、ただちょっと渋滞に巻き込まれて帰りが遅くなるだとか、時間で見ればその程度しか離れていない。
 でももしかしたらもう二度と会えないかも知れないという可能性がはやての喉を乾かす。そら、手を伸ばせ。伸びろ。腕の長さなど無視して、物理的限界とか忘れた、知らない。伸びろ。眼の前に居る人達が、欲しいんだ。伸びろ。伸びろ。伸びろ。伸びろ――トウガ。
「せぇっ!」
 リインフォースがトウガを前方に突き出す。発光球体の形状に戻っていたそれは、彼女の抱くはやてのイメージを投影し、掌の形になる。手を伸ばして、掴んで、引き寄せる。その為の掌。
 成人男性を丸ごと包めるくらいの大きな掌となったトウガは瞬く間に黒い球体表面に接近。抵抗や防御といった表現が垣間見える事無く、貫く。
 僅か数秒の間、ヴォルケンリッターを防衛プログラム内部から抽出したトウガはリインフォースの手を離れ、発光球体の形状となり空中に静止した。
「成功です」
「ぃやった! これで、これでみんなとまた……」
 はやてが感極まって涙目になり、喜びの言葉を口にしようとした矢先。防衛プログラムが外敵から身を守るべく攻撃を再開した。先程までトウガを使用していたリインフォースにはもうほとんど魔力が残っていない。障壁を張ろうともすぐに破られてしまうだろう。
 どうすべきか。思案する刹那、頭上から声が聞こえた。
「ようやく私達の出番ね!」
 アリサの声。待ちわびたと言わんばかりの自信に溢れた声は、彼女の年齢や魔導師としての経験とかそういったもの以上に頼もしく思えた。恐らくはこれが、友人という相手に対する感覚なんだろう。リインフォースは見上げる事も無く言う。
「お任せします」
「ワード・オブ・アームズ!! ダブルペンデュラム!!」
 アリサの声と共に創造されたのは、指輪に糸が結われており、糸の先端に菱形の金属が付属した振り子。指輪は両手の中指にそれぞれはめられているので二つある。
 彼女が両手を左右に広げると、ペンデュラムの糸が伸びてリインフォースとはやての前方に輪を形成する。先端の菱形金属が触れ合い、魔力によって固定される。そして輪の内部に薄い壁が生まれる。
 それとほぼ同時に防衛プログラムが攻撃を開始した。相も変わらず魔力弾を撃つだけの単調な攻撃だが、それでも数は相当なものだ。必然的に、魔力弾に耐えるとなればかなりの強度が要求される。外見的には余りに薄く、頼りない円形障壁。しかしてその壁は数で攻め、削り破壊せんとする魔力弾をものともしない。
「主はやて、ここは彼女達に任せて降りましょう」
「うん。ローグ、アリサちゃん、頑張ってなー!!」
「OK。任された」
「はやてはさっさと行った方がいいわよ。きっと寂しがってるから」
 二人の声を背に受け、はやてとリインフォースは地上へ降りた。






「主はやて。御無事で何よりです」
「悪かったな、勝手に離れてよ」
「ごめんね。そしてありがとう。こうして戻って来られたのははやてちゃん達のお陰だわ」
「只今戻りました」
「み、みんな! もう平気なんか」
 地上へ降りたはやてとリインフォースを出迎えたのはヴォルケンリッターの面々だった。
 誰もがはやてに心配を掛けて申し訳ないと思いつつも、再び会えて嬉しいという感情が垣間見える。
「もう既に居るという事は、サイとキョウがやりましたね?」
「ああ。あの二人が一足先に我等を呼び出してくれたのだ」
 シグナムの返事を聞いて、やや離れた位置に居るサイとキョウを睨むリインフォース。
「無粋ですね。再会ぐらい、この手でやらせてくれてもいいでしょうに」
「そう言うな。あの二人とて考え無しではないのだぞ」
「分かっています。今は悠長にしている時では無く――」
 言葉の最後を一旦切り、頭上を見上げるリインフォース。
「――事態の解決が先です」
「そういう訳だから、ごめんね。私達はちょっとお仕事してくるから」
「すぐに終わらせて来るから、それまで待っててくれよ」
 口々にそう言うヴォルケンリッターに、はやては笑顔でこう返した。
「うん。終わったらまたみんなでご飯食べよな。私、腕によりをかけて作るから」






「おー、行った行った」
「これでようやく終わるかな。闇の書」
 リインフォース、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。夜天の守護騎士が防衛プログラムを打ち倒すべく飛び上がる。
 先に戦闘を開始している月天王と合流し、外見的に悪役っぽい相手と戦う様は、サイとキョウには懐かしく見えた。
「なーんかさ、1000年くらい前を思い出すわ。夜天と月天が肩並べて共通の敵と戦ってる光景って」
「その月天王の守護騎士である俺達はここでサボってて、夜天の王は体調不良により見学。1000年前と全然違うじゃないか」
「細かいとこは良いの。要は、一緒だって事が重要なんだから」
 外見的には自分達となんら変わらないサイとキョウが感慨深げに話す様は、なのはやフェイトにはとても悲しく思えた。子供が背伸びして大人ぶった物言いをしてるんじゃない。あの姉弟は、外見的には子供だけど内面的には大人なのだ。そう、自分達よりもずっといろんな事を見聞きし、取りいれて来た。
「イリスは……まだ生きてるかな?」
「さあ? 生きててもまともに動けないだろうし、もういいんじゃないか。仮に元気でも、あいつにこの光景を見せる勇気は無いな」
「だよねー」
 月天王とヴォルケンリッターが肩を並べる光景とは、外見と内面の違う姉弟だけでなく、イリスにも懐かしさを抱かせる光景だろう。ただ、彼女にとっては懐かしさよりも悔しさとかそういった感情の方が強いだろうが。
 イリスがこの光景に対して抱く感情をの原因を、ヴォルケンリッターは覚えていないだろう。サイとキョウが初代夜天の王と会い、分かれた1000年前。その頃から今までずっと生活を続けて来た姉弟に対し、二代目三代目と何人もの夜天の王に仕え、何時からか夜天の書は闇の書になり、幾度も眠って覚めてを繰り返して来た守護騎士達。
 出来るなら、知らない方が良い。このままイリスがいなくなって、自分達を含めて誰も古代ベルカの戦争時代の詳細に触れなければ良い。幸いにして、今代の月天王は自分に関わりがなければノータッチ主義者だ。わざわざ面倒事が起こりそうな事はしないだろう。
 そう。みんな忘れて、覚えている人は居なくなって。無かった事になれば良い。だって覚えてても誰も得をしない事だから。
「お。もう終わるかな?」
 ふと、シグナムが弓矢を構える姿がキョウの眼に入った。あれはシュツルムファルケン。詳細を省いて言えばシグナムの切り札的な魔法。あれが出るという事は、大威力で一気に決める算段だろう。
 もう終わる。もう、戦ってばっかりの面倒な旅は終わるのだ。
「随分と落ち着いてるわね」
「エーティーか。今日はご苦労様。悪かったわね、いろいろとやらせちゃって」
「別に。フェイトを助けに行くのを誰かに任せたくなかっただけだからいいわよ」
「そう。で、そのフェイトと、あとなのはにユーノはどうしてる?」
「今はすずかが状況を説明してる。これで、あの言葉を聞かなくても済むわ」
「あの言葉って?」
「望まない戦いはうんたらってやつ。なんかレアスキルがどうとか、色々あるみたいだけど、戦いを望んでる奴が居るなんて思ってるのかしらね」
「居るでしょ。少なくとも、今空で戦ってるのはみんな望んでるわ」
「あれはまたちょっと違うでしょ。なんていうかこう……そう、あれは困難に立ち向かうとかそういうものだと思う。戦うってのは、なんかあれと違う気がするの」
「要は捉え方しだい。みんな価値観が違うから、なのはの考え方もありなんじゃない? あなたには、それが合わないだけ」
「別に否定しないわよ。けどね、戦うなって体張って止めようとするやつの隣に居たら、フェイトがいらない怪我をするんじゃないかって思うっちゃうの」
「シスコン」
「うるさいブラコン」
「ちょっ! なんでここでサイが出て来るの!?」
「なんでって、そう見えるから」
「そんな訳ないでしょ。というか、シスコンは否定しないのね」
「大切だからね。フェイトの事」
 二人の間に風が流れた。どうやら上空で大きな衝撃か何かが発生したらしい。という事は決着は付いたのだろう。
「で、戻すけど。なのはが戦うなって言う事に不満でもあるの?」
「無いけど、ああいう突っ走る子は見てて怖いのよ」
「ならあなたが助けてあげればいいじゃない」
「どうして私が……なのはの周りにはフェイト以外にもたくさんいるじゃない」
「私達のご主人様はアリサ一本道だからね。はやては家族サービスの精神が旺盛だし、すーちゃんは一応一般人。戦うとか、同じ目線で見るのは難しい。だからあなたは適任でしょ。それに、そうすれば残る理由になる」
「キョウ。あなた……」
 エーティーは射抜く様な視線でキョウを見詰めた。怖いくらいの強さを持った視線を、しかしキョウは怯む事無く涼しい顔で受け止める。
「消える気だったんでしょ。闇の書事件が終われば大きな脅威は無くなる。イリスも、さっき私達が無力化した。そうなれば、今現在に於いてフェイトを直接的危険に晒す者は居なくなる。あなたが居る理由は、全部無くなった。だからあなたは消えようと考えている」
「そうよ。私は元々、母さんの研究で蘇った。言わば反則よ。その反則が、魔力構成体っていう不死身の疑似肉体を手に入れたローグの手を借りて、無理矢理に生きている。私は居なくなるべきよ。今ならまだ私がアリシアだって事を知ってるのは一部だけ。このまま消えれば、全部済む事でしょ」
「違うわね。あなたはもう消えていい身分じゃない」
「なんでよ。今なら、私は誰とも深く関わらないままに……」
「あなたは、表舞台に上がってしまった」
 キョウの一言にエーティーが息を呑む。
「元から消えるつもりなら、あなたは誰の目にも触れないように裏方に徹するべきだったわ。でもね、あなたにはもう友達と呼べる人達がいる。それが出来なかったのは、一緒に居たいからでしょ」
 全部知った様な、心の中を見透かされている様な言葉を受けて、エーティーは意外なほどそれをすんなりと自分の本心なんだと思った。他人に自分の心境を言い当てられるなんて、あんまり気持ちの良いものでは無いのに。もしかすると、自分は誰かに言われる事で納得したかったのかも、なんて考えが彼女の頭を過ぎった。
「不思議……なのよね」
「何が?」
「私は、直接会った事無い時から既になのはやはやてを心のどこかで信じてた。まともに言葉を交わしていないのに。それどころか、なのはが戦いを嫌って、止める様に他人に呼びかける事を不思議に思っていない。その場面に一度も出くわして無いのに、それを知っていた。なんでかな、それがなければきっと裏方で居れたのに」
「守護騎士って主とリンクしてるからね。ある程度は主の感情が私達に反映されるの。だから、それは当然」
 そっか、とエーティーは納得した。
 でもなんだか同時に寂しかった。自分の今の感情の一部を否定された気がして。
「けどね、主の感情が反映されるのはほんの少し。プールの水に一滴だけお酢を入れるみたいなもの。そんな程度じゃプールの水は酸っぱくならないでしょ。主の、ローグの感情があなたに与えた影響は、なのははそういう子だ、はやてはそういう子だって納得出来る、後から植えつけられた先入観だけ。でなけりゃ、私達は全員がアリサスキーよ」
 ね、そうでしょ? そうやって笑うキョウに、エーティーは薄い笑みで返した。
「ふふっ。そうかもね。じゃあ、まだ居ようかな」
 エーティーは頭上を見上げた。そこにあるのは、真っ黒いだけの何か。なんて表現すればいいのか、そう、例えるならばぐずぐずになったコロッケである。ラーメンとかソバとかうどんとか、汁の多い麺類にコロッケを入れると汁を吸ってぐずぐずになる。そんな感じに、元黒い球体はぐずぐずになっている。もう一息。
 もう終わる。それを確信したエーティーは、すぅっと眼を閉じた。
「ここ、割と楽しいし」
 闇の書事件は、こうやって幕を閉じた。



第二十四話 完
次『命永らえ恋する乙女』






 あとがき
 リインフォースの格闘戦を書けなかったのが心残りです。相手がでかすぎた。せめて人型ならなんとか……





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