第二十七話「雷光の竜」






 月天物語の内にあるデュアルシステムを用いて、二人から一人へと融合を果たしたフェイトとエーティー。ユーノから提案されたヴィクスへの有効な攻撃方法。それを試すべく、鋼鉄のグローブとブーツへと変化したデバイスを携え、単身で巨大な竜へと挑む。
 集束型砲撃魔法にも耐え得るヴィクスへ通じるだろう攻撃は、最も単純で直接的な方法だった。即ち、殴って蹴ってぶっ飛ばす。魔法が通じなければ直接打撃。魔力刃では無く、あくまでも打撃。魔力を肉体の内に流し強化し、さらにそれを近接格闘戦用の形態へと成ったデバイスで覆い、その上ソニックフォームという高速機動を加えた最大の打撃特化形態。
 攻防は一進一退を極めていた。
 フェイト・A・テスタロッサ。彼女が拳打を撃ち込めばヴィクスはくぐもった声を挙げて僅か態勢を崩す。これまで散々に放って来た魔力的攻撃全てを意に介さなかった巨体が、僅かとはいえ態勢を崩すという事は、ユーノの提案は吉と出た様だった。
 しかし一撃で致命打になる筈も無く、ヴィクスは反撃せんと長大な尾を振るう。これまで攻撃らしい動作を殆ど行わなかった事から考えれば、彼女を明確な敵として認識したからだろう。ビルどころか山すらごっそりと削り取ってしまいそうな尾の一薙ぎ。彼女はそれを高速の移動を持って避け、尾の付け根に攻撃を叩き込む。鋼鉄のグローブに包まれた両手を握り合わせて振り下ろす一撃は、さながらハンマーの様相。肉を叩く鈍い音が響き、ヴィクスの表層が陥没する。
「フェイト、止まらないでじゃんじゃん行くわよ!!」
「うん」
 彼女の口からエーティーの声、フェイトの声が紡ぎ出される。
 勇猛果敢。そう表現するに相応しいエーティーの声と、あくまでも冷静な装丁を崩さないフェイトの声は対照的ですらある。ひょっとするとずれのある、けれどその実呼吸を重ね合わせる一人の行動は、見ている者からすれば驚嘆に値するものだった。
 肉体を操作するフェイトが、両足をヴィクスの背に付ける。すると、絶妙なタイミングで――背に足を付けた瞬間――加速魔法が行使され、彼女は目にも止まらぬ速度へとたった一歩で加速する。
 フェイトとエーティーは、融合状態でその役割を明確に分けている。肉体の持ち主であるフェイトが肉体を操作し、フェイトの内側にリンカーコアという形で存在するエーティーが魔法を行使する。二人はまるで訓練された、それも相当に熟練されたコンビの様に息を合わせ、お互いが欲しいタイミングで求められる行動をしている。
 フェイトとエーティーは即興のコンビだ。通常であれば、息を合わせられる程度は友人同士のそれが限界だろう。けど二人はまるで元から一人の人物だったかの様に淀みが無い。二人の呼吸は同じ。例え世界最高の連携能力を持つコンビが居ても、この二人程に一人として行動する事は出来ないだろう。
「サンダーレイジ。チャージ」
 エーティーがフェイトのリンカーコアへと干渉し、フェイトの魔法を行使する。アルアイニスのサードモード、鋼鉄のグローブには魔法を内側に込め、打撃力の上昇を図る事が出来る。雷の力を打撃の内側に込め、打ち出すのだ。
 狙うのは首元。竜であろうと生物に違いは無い。であればそこには、脊椎が存在する筈だ。生物的弱点を突く。それはとても容赦の無い、けどこんな状況では構ってられない事柄だ。
「せぇっ!!」
 フェイトが裂帛の気合と共に吼え、拳を突き出す。狙った通りに拳は脊椎があるであろう個所――まるで肉壁の様なそれ――を打つ。攻撃は拳打に留まらず、フェイトは右足を振り上げる。バルディッシュ・アサルト、アタッカーモード。蹴り壊す為の形態であるそれは鋼鉄のブーツ。脚という部位、バルディッシュ元来の頑強さを合わせたならば、単発では拳を遥かに凌駕する攻撃力を持つ。
 肉壁が陥没する。フェイトが操作して放つ蹴りが、エーティーが操作して込められる魔法入りの拳が、幾つも幾つも打ち込まれてクレーターを作る。
 拳に込められた魔法は、一撃放つだけで霧散する。エーティーはサンダーレイジ、サンダースコール、イフリート、ヴォルト、ノーム、とフェイトと自分の魔法を次々に込めた。両の拳による連弾はそれを瞬く間に消費し、エーティーが次の魔法を込める準備が完了するまで両脚による蹴りのコンビネーションが放たれる。
 圧倒的。戦いを見守るユーノとアルフには、彼女がヴィクスを圧倒している様に見えた。
 だがしかし、相手は元真竜。生半可な存在ではないのだ。
「グルルルルルルルル――ォォォォォォォォオアアアアアアアアア!!!!」
 突然の咆哮。それが何を意味するのかは分からないが、攻撃された痛みいによる苦悶の咆哮では無いだろう。他者を圧倒する威圧的な声だった。
 身を大きく振って首元に立つ彼女を振り払うと、ヴィクスは飛翔して距離を取った。次いで、大き過ぎる翼で暴風巻き起こすとそれに紛れて炎熱照射型咆撃を放って来た。先の一撃より遥かに小さいそれは、しかして牽制用の攻撃。
 牽制用とは言っても、個人で防御出来る範囲を十分に超えているので避ける他は無いのだが。
「ォォォ――ルルグ――アアア――アアアア!!!!」
 また、咆哮が聞こえた。先程とは違う種類。何事かと、眼を凝らせば視線の先に捉えたのは、ただヴィクスが佇むだけの高空。
 外見的な変化は何も無い。体躯は相も変わらずの超巨体。鋭利な爪も牙もそのままで、一見すると先程までと一緒。咆哮は単に己を奮い立たせる為のものだと考えるのが妥当だろう。けど、変化が無い筈のヴィクスに違和感を覚えた。フェイトとエーティーからすればただの違和感であるそれも、ユーノとアルフからすれば明確な変化であった。
「なぁ、ユーノ。あたし、眼が悪くなっちまったのかな?」
「そんな事は無いと思うよ。僕にも見えるから」
 ユーノとアルフは、共に信じられないといった表情だ。だってそれもその筈。今のヴィクスの眼は、瞳は――「あれは、フェイトの……」――イヴィルアイなのだから。
「どういう事さ。あれは、前にフェイトが使ってたレアスキルなんじゃないのかい?」
「けど、イリスがフェイトからあれを奪ってた。いいや、彼女の言葉を信じるなら、回収していた。そして、ヴィクスはイリスが召喚した竜。名前で関連付けて考えるのは単純過ぎる気がするけれど、もしそうだとしたら……」
「あの竜は、イヴィルアイの能力を……使える」
 アルフが思い返してみれば、確かにそんな感じはしたのだ。前に向かっていた筈のアルフが、突如として後ろに進むという方向転換を強いられた。それはつまり、運動エネルギーのベクトルを操作するというイヴィルアイの能力が一つ、マリオネットのそれ。
 もう一つの能力、ポルターガイスト。これは動いていないものを浮遊、飛翔させるものだが、空という戦闘フィールド故にこちらを使用する機会が無い為、今までヴィクスは使わなかった。となれば、先程の咆哮は三番目の能力、ドラゴンフィードバックを使った合図なのだろうか?
 ユーノもアルフもはっきりとした事は言えなかった。
 でも。
「――――――――――――――――ッ!!!」
 肌で感じ取れる。
 あれは、本気だ。本気で相手を殺そうとする戦う者の眼だ。
 眼球の中に存在する瞳が強く爛々と輝いている。
「フェイト」
「うん。分かってる」
 エーティーとフェイトは感じ取っていた。
 他を圧倒して止まない至極の魔力。生物としての強靭さは人間の遥か上を行き、知性を兼ね備える存在。威圧感は比類なき圧力となって見る者の心身を圧迫し、けれど決して暴力的なイメージを放っては無い。
 竜――真竜――死竜――ヴィクス。
 本気になったんだ。これまでは全力で戦っていなかった。いや、確実に主の障害を排除すべく、敢えて全力を出していなかった。
 ドラゴンフィードバック。それは、フェイトにとっては、自らの身体能力に竜の身体能力を上乗せする強化の術。しかして持ち主が行使するそれは、限界を超えて肉体を行使する為の制限解除の手段。
 今、かの死竜、ヴィクス・エルグランドは、全力を持って倒すべき敵を認識した。
 フェイト・A・テスタロッサ。月天物語の力を借りて二人が一人になった、本来は存在しえ得ない魔導師。
 彼女は、個人の全力を超えて相対すべき強者を見つけた。
 たかだか全力では届かない。フェイトとエーティーの、二人の全力を合わせ用いたとしても死竜には敵わない。瞬く間に捻り潰されるだろう。だから二人の全力を用いて戦いはしない。あくまでも、一人として全力を発揮する。
「フェイト、カートリッジは幾つある?」
「24発。エーティーは?」
「私のはカートリッジシステムで使う為の物じゃないから、数えていいかはちょい微妙なんだけどね。魔力弾用カートリッジ、一種類を除いた全弾の合計が128発」
「一種類を除いた?」
「ディスペルバレットは逆効果でしょ」
 エーティーの言葉に、フェイトは苦笑してやや表情を崩した。
 これから死ぬかもしれない戦いをするというのに、なんとも呑気な表情ではある。
「殴って蹴って、全部合わせて最大で152発。勿論、これは一打撃につき一発って言う、超節約戦法での仮定の話。実際はこの半分に満たないと思って」
「うん。それじゃ、行くよ」
 フェイトは自ら意識して"行く"と発言し、戦う事を強調する。
 恐ろしくない訳が無いのだ。如何に魔導師といえど、如何に幼い頃から訓練を積もうとも、フェイトに人間の感情がある限り、それを殺し切る事なんて出来ない。だから我慢する。怖いの我慢して、戦って、なんでもいいから生き残る。
 そう、やりたい事やるべき事なんて数えきれないくらいあるんだ。その為に、恐怖に縮こまって一発ノックダウンなんて、情けない真似は出来ない。。
「せぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 彼女は裂帛の気合と共に飛翔した。目指すはヴィクス。その鼻っ面だ。早々に肉薄してしまえば、自らの肉体を傷付ける事を恐れて攻撃出来ない筈である。故に彼女は、ソニックフォームに加えてソニックムーブを使用した最速の移動を持って接近する。
 時計の秒針が一針分すら動かぬ時間。そんな極々短時間で移動、接近したにも関わらず、フェイトの視界左隅には肉壁で覆われたビルがあった。正体を確かめる為に視線を動かす事など無意味。見ずとも分かる。それがヴィクスの振るった腕だと。
 フェイトは思考せず、直感的反射神経の元に片腕を側頭部付近へ移動させた。ボクサーが頭部への攻撃をさせない為のガードの様な形。果たして、フェイトの直感は功を奏し、巨竜の半端に開かれた掌による一撃を受けた。瞬間、腕のアルアイニスから金属の駆動音が連続して聴こえた。
 攻撃を受けた以上は、その場に留まろうとでもすれば、運動エネルギーのベクトル――制止と移動――はぶつかり合い、尋常ならざる衝撃をその肉体へと伝えるだろう。
 ヴィクスの余りに速い攻撃に驚愕しながらも冷静に判断したフェイトは衝撃を殺すべく、腕が向かう方向へと移動の向きを変えた。
 打撃の勢いに乗って吹き飛ばされはするが、逆にその勢いを利用して加速し、大きな半円を描いてヴィクスの右腕側へ移動する。
「エーティー、今ので何発?」
「3よ。それにしても無茶苦茶なパワーとスピードね。ただの一振りを受け止めるだけなのにカートリッジ使わないといけないなんて」
 攻撃を受け止めた腕が鈍い痛みを訴えていた。カートリッジを用いての限度を超えた強化、そうまでして受けた、しかも攻撃の方向へ身を逃して衝撃を軽減させたというのに。どうにも、真正面からの戦いでは数分と持ちそうにない。いや、まともな攻撃を受ければただの一撃で終わる。
 益の無い思考を隅に追いやり、彼女は空を駆けた。
 月明かりの下、半円の軌跡を描き終えてヴィクスへと接近する。しかし、まるで背中に目が付いているかの様なタイミングで長大な尾が振り回され、回避を余儀なくされる。
 振るうだけで乱気流を巻き起こす尾を回避した事で減速してしまった為か、ヴィクスは次の一撃とばかりに肘を突き出して来た。まるで拳法でもやっているかのような――そんな筈はないけれど――無駄の無い動作。先程、掌による攻撃を受けた経験から防御は得策でないと判断するや否や上昇して回避するのだが、まるで回避を予測していたかの様な尾による追撃。こちらの回避は間に合わない
 咄嗟に両腕を頭上で交差させ、さらにその上に魔力障壁を三重に展開して防ごうとするのだが、魔力障壁はまるでシャボン玉の様に呆気無く割れてしまう。勢いそのままにフェイトの腕を襲った衝撃は痛烈だった。今までに感じた事の無い重量感。信号無視したジャンボジェット機が突っ込んで来て、それをまともに受けてしまった様な、即死間違い無しの衝撃。
 フェイトが攻撃を受ける刹那、エーティーがカートリッジをロードする。数は、エーティーにすら正確には把握出来ていない。鋼鉄のグローブという形態を取っているアルアイニス。そこからカートリッジロード時の金属音が10を超えた辺りで数えるのを止めたからだ。
 圧死する直前に膨大な魔力を用いた無茶苦茶な強化を施したフェイトの肉体は、ヴィクスの一撃を見事に耐え抜いてくれた。しかし無傷という訳にはいかず、頭上に掲げた両手に重量挙げのバーベルが落ちて来た様な衝撃を感じる。痛い、とか思う暇なんて無い。それよりも先に衝撃が脳を貫いて、そんな思考は流されてしまうのだ。
 けれども耐え切った事には変わりが無く、折しもそこは戦うべき強敵のすぐ前である。
 好機を逃す手は無い。エーティーが展開した障壁を足場に、フェイトは渾身の力を込めて跳躍する。ソニックムーブを用いての加速を併用した跳躍の速度はフェイトが今まで体感した事のあるどんな速度よりも速かった。そして右足を突き出し、飛び蹴りの態勢になる。エーティーがこれ以上無いタイミングでカートリッジをここぞとばかりにロードする。数はきっちり10発。これまた肉体に大きな負担を掛ける程の量。フェイトとエーティーが呼吸を同じにしたからこそ出来る、渾身の一撃だ。
 だが、その程度で勝てる程、甘い相手では無かった。
「っ!」
 ヴィクスが己の身を捻った。体躯丸ごとに加えて巨大な翼と長大な尾による回転運動は、まるで民家を軒並みふっ飛ばすハリケーン。しかして民家より遥かに軽い少女の体は高速も高速、身を押す風で痛みを感じる程の速度なのだ。
 なんとか、といった風に空中に静止するフェイト・A・テスタロッサ。次にどう行動すべきか、その指針を求める為にヴィクスの姿を視界に捉える。
 見たのは、絶望的な光景。
「――ッ――ッ――ォ――ォォ――」
 死竜がその口腔を展開している。洞窟と見紛うサイズのそれの中心、最奥たる喉からせり上がって来るのは、紛れも無い赤。炎熱照射型咆撃である。見ればそいつは既に発射寸前。回避しようとしても出来るものではなく、防ごうにも耐え切れる筈は無い。あれに耐えきる方法があるとすれば、それは本当にアースラでも盾にしなければいけないだろう。
「フェイト! 右手を前に!」
 エーティーがそう叫んだ刹那、彼女達の視界を赤色が覆った。避けられない、防げない。ならば消せばいい。
 右手のアルアイニスが金属の駆動音を連続で発する。ロードするのはディスペルバレット。鋼鉄のグローブと化したアルアイニスは、その内に魔法を込め、使用する事が出来る。本来は拳に魔法を込める事で、例えるなら炎の魔法を込める事で打撃の威力だけで無く熱量を上乗せする為のシステムだ。殴るだけで木々を燃やし、水を通して電撃をお見舞いし、風で発熱した身を冷やす、そんな目的に使われるシステム。それは拳に対するプラス能力だ。だがディスペルバレットは魔法を打ち消す為の弾丸。それを上乗せしては、魔力によって強化した打撃威力も消し飛んでしまう為、通常は使わない。ただし、純粋魔力攻撃を殴る場合は別である。
 フェイトの右手に、炎熱照射型咆撃が正面から襲い掛かる。人間の身を昇華するのに一瞬たりとも必要の無い魔力の奔流は、少女の右手によって押し留められていた。
 あと数センチでも押し込まれればフェイトの腕は無くなってしまう。けれどその寸前で止まっている。あるだけのディスペルバレットを一気にロードした最大レベルの魔を打ち消す拳は、窮地を救う一撃となっている。
「ぅ、ぐぁ」
 だが、熱い。フェイトは拳が燃える様な錯覚を覚えていた。炎熱照射型咆撃とは、文字通り膨大な熱を孕んでいる。炎に近付けばそれだけで熱い様に、この攻撃は近付いただけで燃える様に熱い。魔力による身体強化やバリアジャケットによる保護があれば多少はマシになるのだろうが、生憎とディスペルバレットの効力はフェイト自身にも及んでいる。強化も保護も全て打ち消しているのだ。
 燃える、溶ける、崩れる。ああ、もう頭の中身が茹で上がりそうに熱くって、バリアジャケットも所々溶けて行くし恥ずかしいぞちょっとただでさえ薄いのに折角のリボンまで燃えだした。熱い熱い熱い、髪に燃え移る、リボンが本当に火を上げてパチパチと鳴いている。これは骨まで溶けるんじゃないかいやそれ以前に体の中まで汗とかかいてまるで肉体が裏返る錯覚。
 フェイトとエーティー。二人は精神的に追い詰められていく。攻められる状況、自分達は防戦一方で反撃不可能。誰だって嫌なイメージは浮かぶし弱気にもなる。
 けれども、死にたくない負けたくないという一心から耐え続ける。ひたすらに熱いのを我慢して煩わしい汗に気付かない振り。右手がもうホントに溶けだしそうな熱が包んでも、鋼鉄のグローブが守ってくれているからと自分達を励まして、とうとう髪を結っていたリボンが燃え尽きて灰になってしまった。下された髪が頬に張り付いて鬱陶しいが構っていられない。
 とにもかくにも我慢だ、と耐え続ける事数十秒。いや、その時間は数分だったかも知れないし実際は数秒なのかも知れない。いずれにしろどれだけの長さだったにしろ、彼女は耐え切った。
 右手を下ろす。炎熱の照射を受けて、気が狂いそうな程の熱を持っている筈のアルアイニスを見やる。予想通り、フェイトの右手を守った代償に、その身は輪郭を失って溶けており、装着者を守るという意味ではグローブの役割を十二分に果たしていた。
 エーティーはアルアイニスに働きかけてその形状を再生させると、フェイトに話しかけた。
「平気、な訳無いか」
「ううん、平気だよ。まだ戦える」
「上体を右に左に揺らして言っても、説得力は皆無よ?」
「でも、私がやらないといけないし」
 そう言いながらも荒れる息を整えられないでいるフェイト。肩を激しく揺らして、その瞳は常にヴィクスを捉え続けている。
 これでは駄目だ。エーティーはそう考えた。
 気負い過ぎているのだ。確かに、デュアルシステムを使用した状態の彼女の戦闘能力は、ユーノとアルフに比べれば圧倒的に高い。だが、だからと言って戦いの全部を双肩に乗せる必要は無いのだ。
「フェイト、息を整えて。30秒、ゆっくりと深呼吸」
「そんな暇は……」
 フェイトの瞳の中で、ヴィクスが次なる攻撃を仕掛けようとしている。
 高空に浮かぶのは無数の岩石。どこから出したのかと抗議したくなる量である。あれは、ヴィクスの瞳の能力が一つ、ポルターガイスト。物体浮遊の能力だ。
 魔力的攻撃は得策では無いと踏んだのだろう。数で、打撃で攻める気だ。あれを目の前にして、呼吸を整える時間などあろうものか。
 フェイトは前に進み出て、迫り来る予定の岩石群を撃退する態勢を取る。その前に、ユーノの背中が現れた。
「エーティーの言う通りだよ。フェイトは少しだけ休んで
「そうさそうさ。私達だって、足でまといじゃあないんだからさ」
 ユーノの隣にはアルフも居る。友人と使い魔が、自分の前に立っている。なんと、頼もしい光景だろうか。
「僕達は、君達に比べれば弱いかも知れない。けど、だからって出来る事が無い訳じゃない。僕達には僕達のやるべき事がある。フェイトとエーティーが全力で戦う為の手助けをする役割が」
「使い魔の癖に、毎度毎度守られてばかりは情けないんだけどね。愚痴っても今すぐどうこう出来る問題じゃないし、ここは一つ、時間稼ぎくらいはさせもらうよ」
 ユーノとアルフの言葉などお構い無しに、ヴィクスは岩石を疾走させる。数の暴力はなんとも無慈悲に迫って来た。
「ありがとう、二人共。それじゃあちょっとだけお願い」
「うん」
「おう」
 短く返事をすると、ユーノとアルフは飛び出して行ってしまった。その背中を見ながら、フェイトはエーティーにとある提案をした。
「ねぇ、お願いがあるんだ」



 ユーノとアルフは、迫り来る岩石群と対峙していた。
 成人男性の胴体程もある岩石を、アルフは殴り蹴り打ち砕く。ユーノは、対象物体の進行角度を変えるというかなり珍しい魔法を使用して方向を逸らしていた。
 一撃打つ度に拳が痛み、足が痺れる。
 一つ、向きを逸らす度に魔力が持って行かれ、それを大量に使うもんだから瞬く間に疲弊は重なって行く。
 ヴィクスの放った岩石群の総数は、数百にも上る勢いだった。それらを全て砕いて逸らすのは、実質的に不可能だ。それは既に数個の岩石を打ち漏らしている現状を鑑みれば明らか。ただ、フェイトに直撃する様なものは漏らさずに砕いて逸らしているが。
 かといって、この状態が続けばいずれ致命的な打ち漏らしが出てしまうだろう。その前にどうにかして、安定して岩石を駆除する方法を見つける必要があった。
「点、線――面」
 ユーノが何事かを呟くと、空中に緑色の光球が発生。"点"で三つ出現したそれは。"線"でお互いの間に線を結んで三角形を描き、"面"で線だけで描かれた三角形に色を付ける。ユーノは三言呟いて三角形の障壁を展開しているのだ。
 この障壁、"面"を作る際に、線で結んで作った図形の内側にあるものを切り裂く。
 開いているシャッターの下を通ろうとしたら突然シャッターが下りて来て、今まさに通ろうとしていた私は真っ二つにされました。そういう事を実行する魔法なのだ。
 光球をあらかじめ設置しておいて、任意で発動させる。これは本来、設置型の魔法なのだが、なんともイレギュラーな使用法である。



 1分程だろうか、ユーノとアルフが岩石群を片っぱしから潰していると、ふと、遥か前方に赤い光が見えた。
 ヴィクスだ。手加減など知らない死竜は、事もあろうにまた炎熱照射型咆撃を撃とうというのだ。
 防げない。避けれない。
 既に発射態勢に入ったそれに対処する術は、二人には無い。フェイトが右手によって堪え切れたのは、エーティーと融合していたからなのだ。魔力を打ち消す弾丸を用いて、咆撃を打ち消す。そんな芸当は出来ない。となれば、死ぬのだろうか。一瞬だけそんな悪い考えが頭を過ぎったが、すぐに杞憂だと知った。
 なんせ、攻撃を放たんとするヴィクスの頭上に、彼女が居たのだから。



「アウト……クラーーーッシュ!!!」
 エーティーが右足に魔力を送り、カートリッジを過剰ロードして威力を底上げする。
 フェイトは振り上げた右足を全力で振り下ろし、がら空きになっているヴィクスの脳天へブーツの底を叩き付けた。
 数分前まではまるで通じなかった、それが、彼女の攻撃が、ヴィクスの超巨体を吹き飛ばす。
 態勢を崩した死竜は呻き声を挙げ、彼女の姿を捉えるべく瞳を向ける。それがいけなかった。
 左拳。弓矢の如く引き絞った鋼が、雷光すら鈍いと一笑に伏す速度で放たれた。リボンが無くなった事で下ろされ、ストレートとなった美しい金色の髪が揺れて流れ、視界を覆う。だからどうしたと言わんばかりに、拳は寸分違わずヴィクスの瞳へ打ち込まれる。自分の眼に他人の指が突き込まれる光景を想像すると背筋が寒くなるが、それくらいの事をしなければ勝てないのだと己に言い聞かせる。
 轟々と悲鳴が挙がる。
 今まで幾ら殴ろうが蹴ろうが通じなかった相手へのいきなりの猛攻。これはフェイトとエーティーの力のみでは叶わない事だ。攻撃が通じているのは、フェイトとエーティーとヴィクスの力が合わさって、ヴィクスを攻撃しているからである。
 イヴィルアイとは、一時とはいえフェイトの身の内に存在した能力だ。確実に。で、あれば、その能力を取り除かれた今でも、リンカーコアに情報が残っているのではないかと、フェイトは考えた。
 フェイトは、自分の魔力とエーティーの魔力で強化した上に、イヴィルアイ第三の能力であるドラゴンフィードバックを用いて攻撃したのだ。
 イヴィルアイの事をレアスキルだなんだと貴重視しているが、結局はそれも珍しいだけであり、魔力を用いて駆動する魔法の一種。ならば、他と同じな筈なのだ。何百回と繰り返した動作を体が覚える様に、たったの数度繰り返した魔法でもリンカーコアが覚えている。それはなんの保障も無い考え。誰かに教わった訳でも無く、真面目に理論を組み立てた事も無い机上の空論未満。
 だけどそれは成功した。エーティーには、フェイトのこの話を持ちかけられた時に、成功するという確信があった。だって、人間の情報を全部入力出来るストレージが存在するんだ。記憶を記録する行為。記憶の持ち主が自分の意思で引き出せる記憶と引き出せない記憶を合わせて、さらにその上で感情の表わし方まで記録してしまう。そんな事が可能な理論が、世界には存在する。なら、それを応用してやれば、リンカーコアの内部にアクセスして記録を引っ張り出せもするだろう。
 これは、二人だから出来た事。イヴィルアイを持っていたフェイトと、月天物語に存在を依存するエーティーだからこそ可能だった事だ。
「死竜・ヴィクス。私達が、あなたを倒します」
 フェイトが真っ直ぐな視線を下方へ向ける。ほんの少し前までの絶望的戦力差を覆さんとする眼光。瞳にあるのはイヴィルアイではなく、彼女自身の瞳。
「よっくも散々に疲れさせてくれたわね。受けた分はオマケを付けて確実にぶち込んであげるから覚悟しなさい!」
 エーティーが大声を張り上げる。その声が、合図だった。
 フェイトの体に雷が走る。
 体内の中心、魔法の中心、リンカーコアから走り出し、全身を駆け巡る雷。魔力変換資質、雷。それが生み出したのは魔法として形を成す前の魔力を片っ端から雷に換える事象。フェイトのリンカーコアから、エーティーのリンカーコアから雷が迸って、全身を埋め尽くして。その内に肉体なんて小さなものには収まらなくなって、皮膚を通して外部に飛び出す。指向性も何も無い、ただのエネルギーとしての雷は、彼女の体外に出た瞬間に何処かへと消えてしまう。その筈だった。
 でも彼女の体外へと放出された雷は、何処かへ消えてしまう事などなく、彼女の身に纏わりついている。
 完成したのは、雷の竜。いや、強く眩い光を放つそれは、雷光の竜と言うべきか。
 ともかく、フェイト・A・テスタロッサの肉体を雷光が纏っている。そして雷光はどうしてか、竜を象っていた。ヴィクスと同じだけ大きい、でも丁寧に描かれてなどいない、あやふやな線で縁取った雷光の竜。
 どうして雷がそんな形を取ったのか、理由は明白じゃない。けれど予想するならば、ヴィクスに勝ちたいと願った二人の心を具現化したものだろう。
 竜とは、強さの象徴たるイメージ。巨大な体躯に、大きな翼、太く長い尾と、鋭い牙、鋭利な爪。どれを取ったって、強そうってイメージを連想させる要素、その塊。だから彼女は無意識の内に、竜を倒すべく竜を象った。ドラゴンのイメージのフィードバック。
 眼下に平穏な街を携えた高空に、二匹の竜が存在している。
 一方、漆黒の皮膚を持つ死竜・ヴィクス。
 一方、黄金の皮膚を持つ雷光の竜。フェイト・A・テスタロッサ。
 竜対竜。まるで現実味の無い光景。
「「サンダァァァァァ――」」
「ォォォォォォォォ――」
 雷光の竜は右手に雷を、死竜は口腔に炎熱を。
「「――レイジッ!!」」
「――オオオオ!!」
 両者が同時に放つ。
 月明かりで頼りなく照らされていた夜空は、雷光と炎熱の衝突で一瞬だけホワイトアウトする。
 ユーノもアルフも、ほんの一瞬だけ視界を失ってしまう。夜が白を追い出して黒を取り戻した時、二人が見た光景はあまりにもスケールが大きかった。
 二匹の竜が衝突しているのだ。
 雷光の竜と死竜の体躯はほぼ同じ大きさであり、起こった事は人間同士の衝突と大差無い。しかし、規模が余りにも大きい。一匹だけでも視界を覆い尽くせる体躯が二匹。しかも衝突しているのだ。本能的な恐怖を覚える程に、圧倒的な光景だった。
 雷光の竜の手足の動きは、彼女の動きをトレースするのだろう。フェイトの右手が突き出されれば雷光の竜の右手が繰り出される。攻撃を受ければ仰け反り、けれど反撃せんと態勢を立て直す。
 初手に魔法を使用した以降、二匹の竜の戦いは終始、殴り合いだった。
 離れてから大砲をぶちかましたってどうせ防がれる。何度も撃てばいずれどちらかが勝つんだろうが、そんな気長じゃあいられない。離れた状態でどちらか一方が優位に立っていない場合、一番手っ取り早い決着の付け方は殴り合いなのだ。
 雷光が、漆黒が、月明かりを切り裂いて突き進み、相手を殴る。
 ヴィクスが牙を剥いて雷光の竜の肩口に咬みつけば、フェイトはそれを引き剥がそうと右脚を振るう。そうしたら、雷光の竜がフェイトの動きをトレースしてヴィクスを蹴り飛ばす。
「行くよ、エーティー」
 雷光の竜とは魔力が変質した雷で象られた存在。それも、物質を殴れるだけの濃密な雷。物質となんら変わりないそれは、魔力構成体。
「いつでもオッケーよ、フェイト」
 魔力構成体とは、形を得るも崩すも自在な不定形。雷光の竜がフェイトの左拳に集束していく。
 鋼鉄のグローブ、アルアイニスから金属的な機械音が連続して発せられる。ガンガンガンガンガンガンガンガン、ガシャガシャガシャガシャガシャ、連続でロードされるカートリッジ。
 彼女の持つ二人分の魔力、そしてありったけのカートリッジで増幅した魔力。全部を全部左拳に集束させて、最後の一撃を放つ。
「「最大最強雷光一閃――」」
 蹴り飛ばされてほんの僅かだけ自由を失ったヴィクス。その額へと、全身を一個の武器として突撃する。
「「――ライジングザンバァァァァァァァッ!!!」」
 左拳を先頭に、彼女が一振りの刃の様に駆け、ヴィクスの額を貫いた。
 余りにも激しい光は、真昼の様相をちょこっとだけ大空に映し出す。けれどやっぱり夜に在るべきは暗闇だから、すぐに真昼は退散する。
 そして月明かりの下、何事も無かったかの様にたゆたう夜空の中。ただ一人、いや二人、しかし一人で佇む少女が居た。
 戦いは、彼女の勝ちである。
 たったの四人だけで、見事に竜を討伐して見せた。
 偉業とも言える大事を成し遂げた彼女の表情はどこか誇らしげで、けれどどこか悲しい表情。
 友達の為に戦った。そこに後悔は無い。ヴィクスだって、主の為に戦った。そこに後悔は無いだろう。けどそれでも、既に一度死んでいる竜だからって、いや、だからこそ余計に、なんだかやり切れない。
 フェイトは益体もない思考を打ち切ろうと頭を振る。すると、ちょっとした異変に気付いた。
 ついさっきまで自分と融合していたエーティーが、いなくなっている。



第二十七話 完
次『やめよう/やーめた』



 あとがき
 手足があれば、人型でなくても格闘戦のそれっぽくなりました。多分。





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