フェイト・T・ハラオウンは憂鬱だった。
「ふぅ」
浅い溜め息は、これで何度目だろうか?少なくとも両手の指では数えるに至らないだけにはなるだろう。この溜め息及びにフェイトを悩ませる事柄は、ユーノ・スクライアが原因。
「どうしてこうなっちゃったのかなー?」
腕を天に向けて背筋を伸ばす。そうやって思いっ切り伸びをすると、少しだけ気分が楽になった。
フェイトの頭を占有しているのは、高町なのはの恋人であるユーノ・スクライアの事だ。諸々の経緯等を省いて結論だけを表すなら、フェイトはユーノが好きなのだ。
それはなのはの恋人になる前からユーノが好きだったという事では無くて、なのはの恋人になった後のユーノが好きだという意味。何故だろう、友達として存在して、友達として接していた頃のユーノには“友達”以上の感情は沸かなかったのに、なのはの恋人となった今、『友達であり、友達の恋人』であるユーノには“友達”以上の感情を持った。
「変だよね」
空気に向かって呟く。どうして今になって?そう考えても答えは皆無。
いや、実際は皆無では無い。ただ信頼に足る結論が皆無なだけで、無根拠にして脈絡の無い考えなら、可能性ならば幾つかある。
一つ目は、誰かの恋人になってユーノが魅力的になったというもの。これは多分、無根拠な考えの中で一番まとも。つまり、なのはの恋人になったユーノがよりなのはに好かれようとして自分を磨いていった、それを少し離れた位置から見ていたフェイトが好きになった。
二つ目は、誰かの恋人になった事が切っ掛けで彼の魅力に気付いたというもの。これは言葉のままで、普段何気なく使っている物がいざなくなると不便だと感じる気持ちの類似。普段何気なく話している相手が誰かの恋人になると途端に寂しく感じたから。
三つ目は、理由無し。ただ、ユーノを好きになったタイミングと、ユーノがなのはの恋人になったタイミングが重なっただけ。極めて迷惑な偶然。
「フェイト」
どう考えても明確な答えは出ず、考えは一周する。無駄なんだ。感情を理屈で表せやしない。仮に表わせたとしても、きっとそれはそう出来たと思っているだけで、実際には、ずれが生じているだろう。
「フェイト」
だって、感情まで全部理屈で表されて、自分の行動全部に明確な理由を刻まれたら窮屈で堪らない。
「フェイト!」
「え?」
突然の声に驚くフェイト。突然とは言っても、声を掛けていた方にすれば再三試した結果なのだが。
「どうしたんですか、こんな場所で?」
「リイン。あなたこそどうして?」
現在の時刻は正午。飲食物を提供する翠屋としては賑わいを見せる時間帯だろう。それでなくともこの日は休日、平日よりも遥かに客はやって来る。世間一般の平日休日の境とは関係無く翠屋で働いているリインフォースからすれば、最も忙しい時間だ。
「休憩時間ですよ。流石に開店からあの客足の相手をフルでしていては夕方まで持ちません」
ともすれば、翠屋は現在激戦状態なのだろう。しかし、そうだとすればよく休憩に出られたものだ。普段から体力には自信があると言っているリインフォースが持たないとまで表現する状態では、休めたとしても外まで食事に出かけられはしない筈だ。
「ああ、翠屋を心配しているんですか?大丈夫ですよ。エリオにキャロ、それにティアナが応援に来てくれましたから」
「そっか、二人共朝早くから約束があるって言ってたけど、その事だったんだね」
思い起こせば今朝、何やらエリオもキャロも普段より早く起きて、まだ朝の早い時間だというのに食事も取らずに出掛けてしまっていた。
「ええ。でも、話した事は内緒にして貰えますか?一応二人は秘密のお手伝いという事になっていますので」
「うん。そうしておくよ」
にっこりと柔和な笑みで飾るリインフォースは、それだけで美しく見えた。だからだろう、フェイトは普段ならしない様な質問をしていた。
「ねぇ、リインは誰かと付き合った事あるかな?今付き合ってる人でもいいけど。それか、好きな人が居たりしない?」
「何です、藪から棒に」
「うん、ちょっと困った事があってね」



フェイトとリインフォースは映画館に来ていた。リインフォースは休憩時間中なので映画を見に来た訳では無い。単にこの近所に彼女が贔屓にしている店があるだけだ。
「成程、複雑ですね」
フェイトは映画館に来るまでの道中に彼女を悩ませる種について話していた。内容は大分省力して簡潔に、ユーノが好きなんだけどどうしよう?というものだ。
「ユーノが一人身であれば、迷わず告白しなさい、アプローチしなさいと言えますが……」
流石に難題らしく、リインフォースの言葉は歯切れが悪い。そうこう悩む間にも時間は過ぎて行くので、そう長くない休憩時間で空腹を満たす為に御用達の屋台の列に並ぶ。二人の順番が来るまでリインフォースはずっと悩んでいたが、順番が回って来るまで名案は浮かばなかった様だ。
「皮を10本つくねを15本、両方塩で。フェイトはどうします?」
「あ、じゃあ私は同じものを5本ずつタレで」
注文を終えると間もなく目当ての物が手渡され、二人は料金を払い屋台を後にする。これまたリインフォースの案内で、人気の余り無い公園まで連れられ、ベンチに腰かけ二人で焼き鳥で昼食を取る。
「それにしても意外だったな」
「ん……何がですか?」
リンフォースが口いっぱいに詰め込んだつくねを飲み込んでから言う。まるでリスの頬袋みたいに膨らんだ彼女の頬は、なんだか幼い感じがして可愛かったのだが、言うと拗ねてしまいそうだったのでフェイトは黙っていた。
「リインが焼き鳥が好きだった事だよ。行列の出来る屋台にまで並んでさ」
「別に不思議でも無いです。食べ物の好みなんて外見では分からないものでしょう?」
「そうなんだけどね、イメージがどうしても」
「イメージですか、なら私はどんな昼食を取っているイメージなんですか?」
「うーん、そうだね。紅茶と、パン的な何かと、クッキー的な何かと、よく分からないけど何か」
「具体的なイメージが紅茶しか無いじゃないですか。しかも私はコーヒー党です」
「でもねー、やっぱりその綺麗な髪を見るとどうしてもフランスー、イギリスー、なイメージが」
「分からなくは無いですが、私の生まれはそのどちらでもありませんし、そのイメージは偏っていますよ」
「うん、そうだね。ごめん」
気にしていませんと表情で伝えるリインフォースを見て、フェイトも手元の焼き鳥を頬張る。
「わ、これ美味しい」
「そうでしょう。行列に並ぶだけの価値はあります」
二人が和やかに談笑しつつ昼食を終えると、リインフォースの休憩時間の終りに差し掛かろうとしていた。そろそろ戻らなければ交代の時間になってしまう。
「すいません、もう時間ですので」
「気にしないで良いよ。残りの時間頑張ってね」
リインフォースは腰かけていたベンチから立ち上がると、フェイトを見て一言だけ残してさっさと行ってしまう。長い綺麗な髪が風に靡いて、さながらドラマのワンシーンの様な美しさの中。
「難しく考えない方がいいですよ。きっと、思いの他単純な行動で問題は解決します」
「うん、ありがとう」
それはフェイトが、今現在での答えに辿り着く為の言葉だった。
きっと最初から分かっていたんだ。結果がどう転ぼうとも、結局はフェイトの取れる行動は二つに一つ。祝福か、拒絶か。
「でも、まだどちらかは決められないな」
選択は出来ないけれど、選択肢は現れた。後は時を見誤らずに自分の後悔しない選択をするだけ。ただ、それが最も難しいという問題はあるが。
「あれ、フェイトさん」
背後から声をかけられる。特別な用事も無く、勉強ばかりしていても仕方ないと息抜きに外出した休日、フェイトは意外と忙しくなるものだと思った。
「こんなところで会うなんて珍しいね、スバル」
「珍しいのはフェイトさんの方です。休日も大学で勉強してる事が多いって聞きましたよ」
そう、フェイトは普段ならば平日も休日も日中は大学の図書館に籠り、勉強をしている。それというのも、フェイトが目指す弁護士という夢を形にする為だ。
「そうなんだけどね、兄さんみたいにすんなりとはいかないし。たまには休憩も必要かなって」
フェイトの兄、クロノは現在では検事として活躍している。フェイトは検事として働く彼の姿に憧れて、そして検事を目指していた頃の彼に憧れて弁護士を目指す決意をした。クロノとは方向の違う、けれどもやる事は似ている仕事を現実にしたいと思ったから。
ただ、弁護士になろうと考えたのが遅めだったからなのか、それともフェイトの思っていた以上に事は難解なのか、弁護士になる為の勉強は余りはかどっていなかった。
それを補う為の物量作戦なのだが、そればかりでは体を壊してしまうというのは正論だろう。そんな理由でこの日は勉強を休む事にしたのだが、結局はユーノについての問題で頭は休息を満足に得られないでいる。
「そうですか。それじゃあこれから私と映画見に行きませんか?ティアも誘ったんですけど断られちゃって」
「ああ、ティアナは今日は忙しいみたいだもんね。いいよ、私でよければ付き合う」
「ありがとうございまいます。それじゃあ早速!と、その前に」
不意にスバルがフェイトの頬に手を添える。やけに優しいゆっくりとした動作で、フェイトの唇の端をなぞって行く。つつつ、とスバルの指が進む度にくすぐったい感覚に見舞われるが、フェイトはスバルの突然の行動に戸惑ってしまい何も出来ない。
「タレ、ついてましたよ。何食べてたんですか?」
「あ、ありがと」
不覚にもちょっとドキドキした。相手は女の子なのに。
そしてそれと同時に、ユーノにこんな事されたら、なんて妄想がフェイトの頭の中に浮かんだけど、髪を振り乱すくらいの勢いで頭を振って吹き飛ばした。
「フェイトさん、そんなに恥ずかしかったんですか?」
「違うよ。いいから映画でしょ、行こう」
フェイトの唇に付いていたものは先程リインフォースと一緒に食べた焼き鳥のものだろう。スバルは指に付いたタレをハンカチで拭き取るとフェイトと共に歩き出した。
「で、見たい映画ってどんなの?」
「最近話題の何か、なんですけどタイトルは忘れちゃいました。ま、映画館に着けば思い出しますよ」
いきあたりばったりだなぁと思いつつも、フェイトは笑みを隠せない。きっと、こういうのがリラックスしていて、本当に休日を過ごしているって言うんだと思った。
綿密に立てられた計画の通りに有名店や綺麗な景色の見れる場所を巡る。そういった良いもので埋め尽くされた休日とかも、それはそれで素敵なものになるだろう。けど、スバルの様に大まかな指針だけ決めて後は勢いだったり適当にその場で眼に付いたもので何かをしたり。自由気儘な方が、休んでいるって気がすると思えて来た。
「あ、あれですね。あの映画」
そう言ってスバルが指差したのは現在上映されている映画の一覧、その一番端にあるものだ。タイトルは『ハウス・リビングデッド』どうやら家の中に閉じ込められてその中で何か恐怖体験があるらしい。そんなイメージを沸き上がらせるタイトルだ。
チケットを二枚購入して席へ向かう。上映時間まで余り余裕が無い状態なので物販コーナーに居る人は少ない。フェイトは物販コーナーは映画を見てからにしようと思い、席の確保に向かおうとした。
「ああ、このちっちゃい人形なんだろ、何かいいなぁ。そうだ、パンフレット買わないと」
スバルは物販コーナーの罠にかかってしまった。
ガシッ、ズルズルズルズル。
「あああ!フェイトさーん、離して下さい」
「駄目だよ。上映時間に遅れちゃうでしょ。それにパンフレットを先に買っちゃうとネタバレとか入ってるよ」
「それがいいんですよ。僅かなネタバレでより一層わくわくしながら見れるんですよ」
スバルの抗議も虚しくフェイトに退きずられて行く。ばたばたと足を動かして足掻くが、フェイトは容赦無く引き摺り続ける。
「すいません、キャラメルポップコーン一つとオレンジジュースを二つ」
「ん?」
聞き慣れた声を耳にしたと思ったフェイトだったが、彼女がその声がした方向を向いた時には既に声の主らしき人物は居らず、周囲を見回しても知り合いは引き摺り続けているスバルしかいない。
「気の所為かな」
特に気にする事も無いだろう。休日に人が多く集まる場所で知り合いの声を聞いたってなんら不思議は無い。目的の映画は多分違うから、会ってもどうしようもないし、運が良ければその知り合いとは映画が終わった後に会える。
何故かフェイトはそうやって映画が終わった後に、先程の声の主と会う為の算段を立て始める。本当に居るのかも分からない誰かなのに。
フェイトはいっそそのまま席までスバルを引き摺り続け、運良く空いていた隣り合った席の右側にスバルを座らせる。そして、おもむろに買って置いたジュースを取り出した。
「ああ、フェイトさん何時の間に」
「さっきスバルがパンフレットを買おうとしている隙にね。大丈夫スバルの分もあるから」
そう言ってフェイトは隠すように持っていたジュースをスバルに渡した。そのすぐ後、ブザーが鳴り響いて映画が始まった。






「私、パンフレットいりません」
「そうだね、あれは止めといた方がいいね」
映画を見終わった後、フェイトとスバルは肩を落としながら歩いていた。
簡潔に理由を挙げるなら、そりゃあもう『ハウス・リビングデッド』という映画に他ならない。このタイトルからフェイトが想像した映画のスタイルは、洋館とか昔からあるボロボロの家に主人公達が閉じ込められて、その中で怨霊やら何やら相手に恐怖体験というものだった。だが、主人公達は洋館や昔からあるボロボロの家に閉じ込められなかった。アパートの一室の、昔何か悪い事が起きた異常に安い部屋も登場しなければ、普通の一般家庭にすら閉じ込められたりしなかった。映画が始まってからの数十分は、そうやって“家”というものと全く関係の無いものだった。
だが、事件は映画開始一時間後のあるシーンで起こった。昔家が建てられていたという跡地、そこにいきなり洋館が現れた。複線らしいものもなく、本当にいきなり、ぴょこんと。
それで、そのいきなり現れた洋館の中に主人公達が閉じ込められて諸々のホラー展開になったのだが、最後まで何故洋館が突然現れたかの謎は解明されなかった。
「確かにホラーだったけど、あの投げっ放し感はちょっと」
「怖い事は怖かったんで話題になるのも分かりましたけど、なんか」
結局、なんだかチケット代損した気分になった上に時間を消費してしまったフェイトとスバル。気晴らしにでも、と二人は翠屋に向かう事にした。






「丁度良いところに来てくれました!二人共手伝って下さい!」
おかしな話だ。フェイトとスバルは客として正面の入口から入り、リインフォースに丁寧に出迎えられた。だがそこから先が普通じゃ無かった。席に案内されるのかと思いきや案内されたのは更衣室。そこでフェイトとスバルを前に拝み倒すリインフォース。
「これはどういう事なのかな?」
「エリオとキャロが、ダウンしました」
非常に切羽詰まった表情で告げるリインの声は若干硬かった。なんでも、朝から続くお客のラッシュに、エリオとキャロが体力的に限界が訪れたらしい。倒れるとまではいかないが、今はかつてなのはが使っていた部屋で休憩しているらしい。
「今動けるのは私とティアナだけなんです。どうか手伝って下さい」
「あれ、でも秋君も確かここでバイトしてましたよね」
「彼は今日は別の場所勤務なんです。お願いします、何だかんだで士朗さんも桃子さんも大変で、恭也さんと美由希さんは現在出掛けていて、こちらに帰って来るまでまだ時間がかかるんです」
こうまで人で不足をアピールされて、しかも普段から色々気を使って貰ったりしているリインフォースに頼まれれば断れる訳も無い。フェイトとスバルは諦めてエプロンを身に着け、翠屋の一員として出陣した。
そこから先は思い出したくない。どんなに捌いても雪崩の様に押し寄せる人、人、人。注文を届けても皿を片づけても一向にやる事はなくならなくて、恭也と美由紀が辿り着き、さらには他のバイトが終わってから無理言って来て貰った秋が加わっても焼け石に水。
最終的に八神家からシグナムとヴィータとシャマルとザフィーラと、体力的にはそんなに余裕の無い筈のはやてにまで手伝って貰って事なきを得た。
未曾有の大繁盛と喜んでもいられないくらいの大賑わいに、フェイトを含めて全員が疲れ果ててくたくたになる。
片付けが全部終わってから、フェイトはなのはもユーノも居ない事に気付いた。話を聞けば、二人は今日はヴィヴィオのところに泊まりらしい。二人が翠屋の危機に呼ばれ無かった事に納得しながらも、フェイトはなのはへのほんの少しの嫉妬心を持っていた。
休む筈だった日なのに、結局はこうなる。何処に居たってそんなに広くないこの街では、大勢の友達の中の誰かに会い、ぐだぐだと休んでもいられない何事かに巻き込まれる。そして、最終的にはみんなの中心的人物であるなのはやユーノのところへ、話題は飛び火する。休みだというのに、体も頭も休まらない。
けど、フェイトにはこの日の事を通じて分かった事がある。なのはの恋人であるユーノを好きな自分は、二人の関係を祝福か拒絶かしか出来ないと思った。けどそれは違う。どちらかが欠けても、この場は寂しいものになるから。
今でこそなのはもユーノもこの場所には居ないけれど、やっぱりみんなの輪の中に居る。なのはとユーノの恋人関係を拒絶する事はそれを乱す事で、だけど素直に祝福なんて出来る筈がない。
「ま、後で良いか」
取り敢えず、フェイトは答えを急がずに置いて措く事にした。それが、少なくとも今はベストだろう。まず最初にすべきは、エリオとキャロ、フェイトが翠屋で働いている最中に眠ってしまったこの愛しい家族達を起こさずにどうやって家に連れて行くかといったところだ。






あとがき
はい、話があんま進みません。しかもスバルとかティアナが活躍する場面が無いときたもんだ。書きたいけど、書くとメインの辺りとちょっと違う事になりそうなので自重して、次ははやての話です。はやての方はちゃんと話進めたいけど人が多い分大変そうなんできつそうです。
ではまたー。





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