空から降る雪が冷たい。
 誰でも知ってるそんな事を再確認させられるこの日。寒いっていうのに、雪が降って風が吹いてイルミネーションは眼にチカチカして駅前のカップル率の多さに泣きたくなるそんな日。
「寂しいなぁ〜」
 先日、少し早いクリスマスプレゼントだと言ってシャマルに渡されたコートを着た少女。八神はやては空に呟く。
 はやての身体だけでなく、もう一人分くらいは入るんじゃないかという大きなコートに包まれた身体は暖かい。だが如何せん、手袋は忘れて来るしマフラーは行方不明だしで、防寒対策が万全とは言い難い格好だ。
 今日はクリスマス。はやてにとっては「恋人とかどっか行ってまえ」という日である。
 それもその筈で、中学三年生の冬、挙句クリスマスだというのにはやてには恋人なんか居ない。過去に居た経歴も無い。
「周りが女だけなんやもんな〜」
 そうやって環境に対する不満を口にしても、現実は変わらない。
 そりゃ、周りが女だけだという事にも利点はある。男子の眼を気にする事も無いし、何かの拍子にぶつかって赤面する事も無いし、体育の授業で同じチームになったりしないし、間違っても一緒に帰る機会なんか無いし、出会いなんてありゃしねーよこんちくしょー。
 途中から利点では無く不満になってはいるが、全部現実である。
 学校で無理なら他で出会いを探せと言われても、魔導師として働く傍らの学生生活。そんな余裕は御座いませんありゃしません存在しません誰か寄越せ。
 最後だけ要望になってしまったが、ともかくこれも現実だ。
 諸々の理由から、クリスマスの夜はせめて家族と一緒に過ごそうと思ったのだが。
「すみません、主。剣道場の方のクリスマスパーティーに呼ばれていまして」
 と、シグナム。
「ごめんね、今日はどうしても外せない予定があるの」
 と、シャマル。
「クリスマスは仕事があるんだ」
 ご苦労様ですヴィータさん。
「すみません、アルフと約束が」
 ザッフィーの裏切り者。
「私はちょぉーっと外せない用事があるですよ」
 リインまでこの有様。
「全滅やしなぁ」
 なのはやフェイトに電話しても繋がらず、アリサとすずかはどこぞの豪華絢爛なパーティーにお呼ばれ。クロノもリンディもエイミィも不通。学校の友人一同その悉くが全滅。
 八神はやて、戦場にて孤立しました。ヘルプミー。
 そんな生産性の無い事ばっかり考えていると、急に強い風が吹いた。その風は雪を運び、マフラーをしていないはやてのコートの隙間から首筋に侵入する。
「わひゃっ!」
 冷たさに思わず声が上がる。変な声になってしまったが、誰かに聞かれていないだろうな?ま、聞かれたとしても赤の他人。この場限りの恥と切って捨てれば気にもならない。どうせ知り合い連中は何処かで誰かと楽しくやってんでしょーからね。
「変な声だね、はやて」
 そう、知り合い連中は全滅な筈だ。
 なのに背後からははやてを呼ぶ声がした。
「ん?」
 親しい者から順に声をかけたので、はやてを呼び捨てにするくらいの人物は既に予定があって全滅だというのは先刻思い知らされ済み。こんな寂しい状況で遊びに誘う候補から外れてしまうくらい印象に残っていない人物であれば、はやてを呼び捨てにはしないだろう。
 ではこの人物は誰か?そんなの考えるよりも見た方が早い。
 何気なく、後ろを振り返るはやて。そこに居たのは誰よりも予想外の人物で、確か今日は仕事だから無理だと、一時間程前に断られた筈の人物。
「なんや、ユーノ君やないの」
「なんだは酷いな。折角はやてに会いに来たのに」
 薄いコート一枚にマフラーと手袋。防寒対策万全なユーノの姿がそこにあった。何故か頬はうっすら赤く上気して、メガネが白く曇っている。
「ごめんごめん。でも仕事で来れない言うてたやないか」
 記憶を辿れば、はやてがユーノに連絡を取った順番は二桁台。それまでかなりの人数に断られた状態で半ば自棄になりつつも連絡を取った相手だった。
「それが、三日くらい完徹したら追い出されちゃったんだ。死ぬ前に寝ろ、って」
「あー、そおいやおっかない先輩司書さん居たっけな。あの人やろ?」
「正解だよ。普段は怖いとかじゃないんだけどね、怒ると凄いんだ」
 そんな他愛無い会話を遮る様に、風が強くなり雪を二人の間に割り込ませた。
「寒いね。どこか入ろうか?」
「そやな」
 ユーノの申し出を断る理由なんて全く無く、二人は近くの喫茶店に入る事にした。
 クリスマスの夜なのだから満席かも知れないと駄目元で入った。しばらく待たされるだろうというはやての予想を外し、レジでサイドポニーの女性と長い金髪の女性が会計をしていた。どうやら丁度出て行くところらしい。
 はやては、何処かで見た事のある二人だと思いながらも、店員に案内されて席に向かった。
「何頼む?」
「そやな……」
 真剣な眼差しでメニューを眺めるはやて。どれにするか迷っているその姿、種類が多過ぎて決められないという訳では無く、ある程度絞り込んだ上で悩んでいるみたいだ。こういうのは、絞り込んだメニュー全てにある程度飲み食いしたい理由があるので決め難い。
「あ、すいません。クリスマスケーキセットを二つ」
「二つ?」
「はやての分もって事だよ」
 はやての疑問を余所に、ユーノは店員を呼んでさっさと注文を終えてしまう。店員が注文を復唱して席の前を去った後、はやては余所に置かれていた疑問を引っ張って来てぶつけた。
「私、クリスマスケーキセットが良いなんて言ったっけ?」
「言って無いけど、食べたいかと思って。このケーキ好きでしょ?」
 ユーノが指差したのは、確かにはやての好物である。どうやら他のセットには付いていないらしく、クリスマスケーキセット限定みたいだ。
「おお、こんなんあったんやなぁ、気付かんかったわ。ありがとな」
 好物を前にして微笑むはやて。食い意地が張っているとも取れ無くないが、誰だって自分の好物があれば嬉しいものだし、それはユーノをとても引き付けるものだ。
 程無くして、ケーキセットが二つ運ばれて来た。
 クリスマスらしくサンタの人形が脇に添えられ、ケーキの上部には砂糖が粉雪にみたてて降り掛けられている。流石にロウソクは刺さっていないものの、十分にクリスマスらしいという雰囲気を味わえる一品。
 そんなケーキの傍らにある茶色い板状の物体、はやてとユーノの視線は最初にそこい吸いつけられた。
「To Lovers?」
 薄いチョコレートで出来たプレート。そこにホワイトチョコで書かれた文字。
「恋人達へ、か。なんだか……」
「うりゃ」
 バクッ。そんな音が聞こえる気がするくらい一気に、はやてはチョコレートを口に放り込んだ。
 何事かを言おうとしたユーノは口が塞がらない。
「恋人達なんて忌々しい」
 ボリボリボリ。そんな噛み砕く音なんてしない様な薄いチョコなのに、はやては豪快に噛む。まるでクリスマスの夜にはびこるカップル共を憎む様に。
「あ、あのー…………はやて?」
「ユーノ君も、そんな文字の書かれたチョコなんかさっさと食ってまえ!」
 何やら物凄い剣幕のはやてに押されて、ユーノはチョコを口にする。
 チョコを口にする際に指に付いてしまったらしい、ユーノはそれを舐めとるとしみじみと思った。ツメが甘い。
 それからしばらくは他愛無い話が続いた。
 無限書庫での事、学校での事、任務での事、友達の事。時折はやての、呪詛にも似たカップルや国全体を包み込むイベントの空気というものへの恨み事を流しつつ、会話は続く。
 飲み物のおかわりをして、ケーキも別の物を頼んで、二人の時間は続いた。
 程無くして、はやてが別のところに行きたいと言い出した。
「何処か行きたいところとかあるの?」
「ご飯が食べれるところがええなぁ。ケーキは美味しいんやけど、お昼ほとんど食べてへんかったから。、さっきからお腹が鳴りそうなんや」
 そう言ってお腹に手をやるはやて。成長期の中学三年生には、喫茶店で出る軽食類では物足りないのだろう。ましてはやては一般的な中学生以上に体力を使う事情がある。
 ユーノはその提案を受け入れ、ひとまず店を出ようと促す。
 会計をして外に出て、こんな日に空いてる店はあるのかと思案し始めた時。この日何度目か分からない強い風が吹いた。
「寒っ!この風なんとかして欲しいわ〜」
 自然現象に愚痴を言ってもしょうがないのだが、それを承知ではやてを文句爆発だ。そんなはやての手に、ユーノが自分の手袋を着ける。
「ん?」
「これで温かいでしょ。それと」
 次に、ユーノは自分のマフラーをはやての首に巻く。きつくならない様にゆっくりと優しく。
「はい。これで大分違うよね?」
「ユーノ君」
 急に温かくなったからなのか、はやての頬は赤く染まっていた。ユーノを見上げる眼が多少うるんでいるのは、眼の錯覚なのだろうか?
「ん〜とな……」
 はやては不意に視線を下げ、足元を見つめた。その時チラッとだけ視界に入る、ユーノの手。まだ手袋を外して少ししか経っていないのに、もう冷たそうだ。
 だからはやては、自分の左手に着けられたユーノの手袋を外し、ユーノの左手に着ける。
「はやて?」
 片方だけという半端な状態に疑問符を浮かべるユーノ。それを無視してはやては、剥き出しの左手で、ユーノの剥き出しの右手を握った。
 体温が伝わって、急に暖かくなる。
「こうすれば、どっちも暖かいやろ」
 そしてはやては、自分の首に巻かれたユーノのマフラーを外し、再び巻き付ける。はやてとユーノの首に。
「このマフラー、少しだけ長くて良かった。二人で使っても平気や」
「う、うん。暖かいね」
 突然の事に戸惑うユーノ。自分がリードする筈だったのに、と小さく口にするが、その言葉は小さすぎるので隣に居るはやてもに聞こえない。
「さぁ!これからクリスマスの恋人達を妬んで恨んでの食いまくりや!最後まで付き合って貰うで!」
「その動機はどうなのさ」
 はやては気付いているんだろうか?今の自分は、何処からどう見ても恋人達。散々恨み言吐いて妬んだ、憎しみの対象なんだという事を。告白も何も無く、付き合っていない二人は恋人同士とは呼べないかも知れない。けど、少なくとも外見だけなら完璧な恋人同士。
 ユーノは心の中で喜んだ。はやての好きなケーキを調べたり、クリスマスに時間が取れる様に徹夜までして仕事の調整をしたり、友達全員に頼んではやてをクリスマスで一人切りにして貰ったり、という行為。クリスマスの夜、ユーノがはやてに告白する為の作戦は、気付かれない内に上手く進んでいる。
 残る問題は、どういうタイミングで用意しておいたプレゼントを渡すか。
「はやて」
「なんや、ユーノ君」
 そして、喫茶店で席の確保に協力して貰ったなのはとフェイト。あの後ずーっと影からはやてとユーノを観察していた二人をどう振り切るかだ。
「走ろうか」
「なんで!」
 無駄かも知れないけど、逃げるだけ逃げてみよう。









あとがき
 はーい、クリスマスを恨むはやてさんの話です。
 何も考えずにはやてとユーノ出そう、ってのだけでやったらこうなりました。
 全部ユーノの策略です。それがやりたかったというか、結果的にそうなりました。
 それではまた〜。





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