太陽が空高く昇っている。熱い日差し、暑い気温、厚いハム。煙を挙げる鉄板、唸る鉄ヘラ、舞い上がる野菜、飛び交う鉄の串。焼ける、肉の匂い。
「よっしゃーーー!バーベキューやーーー!!」
みなさーん、お昼ご飯ですよー。
「あ、スバル!その肉まだ焼けてないわよ!」
「はい、エリオ、お肉焼けたよ」
「あ、ありがとうございます」
「なのはさん、この大量の人参は?」
「ほら、キャロだし。キャロだし」
「に、二回言った!」
ティアナが、スバルが、フェイトが、エリオが、キャロが、なのはが思い思いの肉や野菜を焼き、口に運んで行く。良い匂いが立ち込める中、それを離れた位置でただ黙って見つめる司会進行のシャーリー、実況のユーノ、解説のクロノ。
観客席の皆さんは手作り弁当に舌鼓をうっている。
ちなみに八神家の一同は、第二回戦の為に待機中だ。
「じ、実況のユーノさん!これは拷問でしょうか!肉の焼ける良い匂いが、鉄板が食材を焼く音が!どうして私達はあそこに参加出来ないのでしょうか!!実況のユーノさん!」
「それは、あれも競技だからです!解説のクロノさん!」
「バーベキューバトル。それは自らの胃袋と食欲と闘争心を満たす醜き争い!焼けた極上の肉を、瑞々しい野菜を、香ばしいソースの匂いを受けて!食う!」
普段は冷静な筈のクロノまでも異様にテンションが高いのは、やはりバーベキューに参加出来ないからだろう。クロノは鳴り響く腹を押さえながらマイクを力強く握りしめる。
「わ〜、カリムさんのお弁当美味しいですね」
その後方、観客席で弁当を貪る嫁が一人。
「悔しくなんかないぞ!!」
クロノの虚しい叫びを聞きながら、司会進行のシャーリーが声を張り上げる。
「あぁーっと!今この競技の詳しい情報が届きました!この競技、具体的な勝敗の決定方法が提示されずに始まりましたが、たった今ヴィヴィオが決めました!!」
「今勝敗の決定方法を決めたのか、呑気だな」
「実況のユーノさん、熱く語ってやって下さい!」
勝負の決定方法を見たシャーリーが勢い込んでユーノにヴィヴィオの秘密手帳を渡す。
「5月17日!着替えてるなのはママの背中に!赤いあ……」
ジュッ……
「ユーノ君、世の中には知るべきじゃない事もあるの」
「実況のユーノがなのはによって消し炭にされたので代わりに読もう。5月18日!お風呂に入っているなのはママの首筋に!赤いあ……」
ジュッ……
「懲りない人達なの」
「怖いもの知らずな二人に代わり!私、司会進行のシャーリーがお伝えします!5月19日!買い物から帰って来たなのはママの買い物袋に見慣れない物があった!フェイトママに聞いてみたらそれは!」
ジュッ……
「そろそろ、ジュッ、じゃ済まないの」
木炭と化したシャーリーの代わりに、はやてがマイクを持って選手宣誓の際に使用した壇の上に上がる。
「ヘーイ!みんな、今日は私のコンサートに来てくれてありがとーーー!それじゃあ一曲目!5月20日!」
ジュッ……
「おぉっと、なのはの攻撃で炭素ベーコンと化したのははやて本人では無くはやてのバリアジャケットだけだーーー!」
ユーノ、再誕。
「甘いでなのはちゃん!これまでのパターンから手帳を読み始めたら攻撃されるのは分かってた!だから私はあらかじめ避ける準備をしていたんや、今ここでヴィヴィオが日々書き溜めた秘密を暴露する為にぃぃぃ」
ジュバッ。
「はやてちゃん、台詞が長いの」
「と、ここでようやくバーベキュー対決の勝敗決定方法を発表だー!それはズバリ、競技前と比べて一番体重が増えた人の勝ち!」
瞬間、場の空気が凍り付いた。バーベキュー対決に参加している殆どの人の動きが凍った。
「尚、体重は競技前の身体測定で測ったものを元に計算されます!」
女性陣が凍り付く中、ひたすら食べ続ける者が一人。あくせくと肉を口に放り込む手の動きに合わせてスカートがひらひらと揺れ、リボンがはためく。隣のキャロが自然な動作で大量の人参を皿に移す。
「おぉーっと、女性の大敵である肥満!それを恐れぬ豪傑が一人ぃーー!一体誰だー!」
女性陣が凍る中で猛然と食べ続ける人物の正体、それは。
「女装したエリオだー!そう言えば女装していた、していました!ただみんな猛烈に流していたので完全に忘れ去られていたぞーーー!!」
「女装したエリオ、いいものだな」
クロノ、蘇生。
「これはエリオ選手の独壇場ですね、解説のクロノさん」
「いいものだな」
「駄目だこりゃ」
競技はエリオの独壇場になるかと思われたが、それに追い縋る勢いを持った人物が一人。
エリオ以上の速さで腕を動かし、圧倒的な勢いで次の食物に手を伸ばす。二人が物凄い勢いで食べ続けるものだから鉄板の上の食物はあっという間に無くなる。最後に鉄板の上に残った一切れの肉、それに腕を伸ばす両者。
ガキンッ。
エリオの持つ箸ともう一人の人物の箸がぶつかる。最後の一切れを巡って二人の視線が交わされる。
「エリオ、やるね」
「フェイトさん、太ってもいいんですか」
「今日は食べるって決めたの。今日だけは体重の事は、気にしないの!」
「おおっと、この対決は好カードだぁ!だが体重を気にしないと言ったフェイト選手の真意は一体なんなのか!解説のクロノさん!」
「エリオ……いいものだな」
クロノの息は荒い。非常に荒い。それを見てユーノが諦めに似た表情で言った。
「司会進行のシャーリーさん」
「駄目だこりゃ」
変な感じに盛り上がる実況席の三人を無視して、フェイトとエリオが熾烈な箸バトルを繰り広げる。肉を求めて突き進む二人の箸が最後の一切れを弾き、空中に舞う。それを追って二人の箸も空中へ向けられ、お互いの箸が同時に肉を掴む。
「フェイトさん、自棄になるのはよして下さい!僕は太ったフェイトさんを見たくありません!」
「エリオには分からないよ、私の気持ちは」
「フェイトさん、どうして自棄食いなんて!」
「前回、散々写真を撮られたのにほとんど触れられずに終わった私の気持ちは分からないよ!!」
「…………………………それは、むしろいい事なんでは?」
「…………………………あ、そうだね」
ピタリと、フェイトが箸に込める力が無くなる。そして、フェイトは蹲って頭を抱え始めた。
「あああぁぁぁぁぁ〜〜〜、たくさん食べ過ぎた〜、体重がぁ〜〜〜」
運動会の翌日、とあるスポーツジムにフェイトが出没したとかしないとか。






「さて、体重増加を懸念した八神家女性陣の希望によりバーベキュー対決二回戦は企画変更となりました。解説のクロノさん」
「なんでエリオはバーベキュー対決が終わった途端に女装をやめたんですかね?」
「君が暴走しない内に手を打っただけだよ」
なんだかとっても絶好調な三人を差し置いて、バーベキューでは無い食べ物系対決が行われる。
「それでは次の対戦、わんこ蕎麦対決だー!」
「なるほど、これならたくさん食べても太りにくいですね!その上勝敗も体重では無く食べた数で決められます!」
そう言うシャーリーの後ろで、ヴィヴィオが秘密のメモ帳に何かを書き込んでいた。
「ところで、後ろのヴィヴィオは何を書いてるんでしょうね?解説のクロノさん」
「くっ、何故エリオが!」
「駄目だこりゃ」



カーン。
カリムが鳴らすゴングで告げられた競技の始まり。ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ、はやて、リイン、スバル、ティアナのわんこへ蕎麦が流される。

ツルツルツル。
「げはっ!」
いきなり吹くヴィータ。
「か、かれぇぇぇ!!!」

ツルツルツル。
「ぶほ!」
続いて吹くシグナム。
「は、鼻の奥がぁぁぁ!」

ツルツルツル。
「だーっ」
戻すシャマル。
「あ、甘い」

ガリッ。
「おぐふっ!」
歯に激痛が走るザフィーラ。

「み、みんなどうしたんや!」
一様にどう見ても蕎麦を食べた時の反応では無い動きを見せる者達を見て、蕎麦を食べようとしていたはやてが手を止める。驚きの表情と共にやっぱり何かあったか、なんて表情をする。わざわざ周りの人が食べ始めるまで待っていた辺りが怪しい。
「これ、もしかして唐辛子か?」
「こっちはワサビだ」
「あ、あんこが」
「ロウ細工だ」
各々が自分の食べた蕎麦に異常なものが混ぜられていると知ると、司会進行席を睨んだ。
「おい!これはどういう事だ!」
「解説のクロノさん、お願いします」
「このわんこ蕎麦対決、その勝敗の決定方法がさっきヴィヴィオによって決められた。それは」
ヴィヴィオの秘密のメモ帳を手に取るクロノ。
「5月21日!フェイトママの肩に……」
ドスッ…………
「駄目だよ。そんな事言っちゃ」
今度はフェイトのターン。
「今回の勝敗決定方法は、その一杯のわんこ蕎麦を食べ切ったら勝ちです!そして5月22日!お料理中のフェイトママの背中からなのはママが……」
ドスッ……ジュッ……
「シャーリー、口は災いの元だよ」
「次は、無いからね」
怖いもの知らず、恐るべし。
誰もが二人の容赦無い攻撃に恐怖したその時。
「わ、わわわわわ〜!食べられるです〜!」
突如として悲鳴が運動会の会場に響いた。競技に参加してる者、していない者全てがその悲鳴の発生源へ眼を向ける。
「きゃんっ!きゃんっ!」
わんこだった。
「犬……だよね、ティア」
「犬ね。ついでに言うなら子犬ね」
「でもさっきこの子犬の方から悲鳴が聞こえたよね」
「ええ、確かに。でも子犬が挙げた悲鳴な訳無いし…………」
一同はよく分からない状況に固まってしまった。だがその時、子犬の口の中から声が聞こえた。
「助けてくださ〜い」
「これはリインの声や。何処や、何処に居るんや!」
「ここで〜す」
はやての呼び掛けに応えるリインの声は、はっきりと、子犬の口の中から聞こえた。
「ま、まさか……」
バッ。
「ここで説明しましょう!わんこ蕎麦対決は各々にちょっと特殊な蕎麦が配られています!その中でも取り分け特殊なのが、あのわんこ蕎麦だー!」
ユーノ、再々誕。
「リインのわんこ蕎麦のわんこの部分って、子犬の事かー!」
ヴィータがリインを子犬から助けだしながら叫ぶ。リインは子犬のよだれでべちょべちょだ。
「こ、これじゃわんこ蕎麦じゃないですよー!」
当然の抗議をするリインを尻目に、はやてが何かに気付いたように声を挙げた。
「まさかこの子犬は!」
「ふっふっふ。気付いた様だな、はやて」
クロノも復活。
「まさか、この子犬の名前は!」
「そう、その子犬の名前はソバだ!!」
わんこ蕎麦=子犬のソバ。
「食べられないですよー!」
「そっちかよ」
リインがさらに抗議の声を挙げようとした瞬間、スバルが高らかに宣言した。
「食べ切ったー!」
「おおっと、スバル選手食べ切った模様!実況のユーノさん、これは言いたいどういう事でしょうか!あの珍妙な蕎麦を食べ切ったというのでしょうか!」
シャーリーも復活。
「いいえ。それは違いますよ、司会のシャーリーさん。スバル選手とティアナ選手は、チームの人数不足でバーベキュー対決から連続で出場しています!そのハンディキャップとして、二人には普通の蕎麦が割り当てられているのです」
「「「「「「な、なんだってーーーーー!!!!」」」」」」
八神家一同、大合唱。
「だから、正直言ってはやてを始めとするヴォルケンリッターの面々に勝ち目は無かった事になります!」
「ユーノ。正直に言い過ぎだろう、それは」
あまりにも正直に言い過ぎるユーノを諭そうとクロノが顔を向けると。
カチン。
「出来レースはお断りや」
タイミング良く、ユーノが石になりました。



「さて、ここで中間発表です。赤組と白組の得点を比べてみましょう。司会のシャーリーさん」
「はい、では得点を発表します。現在の得点は赤組が310点で白組が330点。白組の優勢です」
「あ、あかん!私らが負けとる!」
「おっと、これは意外な結果ですね、解説のクロノさん」
「やはりわんこ蕎麦対決で白組のワンツーフィニッシュが大きかったな。ちなみにバーベキュー対決は1位がエリオで2位がフェイト、3位は該当者無しだ。わんこ蕎麦対決の3位はシグナムだ」
クロノが冷静に結果を述べていると、スバルが手を挙げた。どうやら何か言いたい事があ様だ。
「スバル選手、何か質問でも?」
「いや、なんというか……ギン姉は、どうしたんですか?」
瞬間、場の全員が凍り付いた。そして悟った。

「「「「「「「「「「「「「「わ、忘れてたーーーーーーー!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」

大合唱です。
「ちょっ、ギンガは何処に居るの!」
「えーと、確かさっきバーベキュー対決の準備してる時に見かけたんだけどな」
「ギン姉ー!ギン姉ー!子犬はもういないよー!怖くないから出ておいでー!」
「子犬は関係無いから!」
全員が必死にギンガを探す中、ふとシグナムが不穏な気配に気付いた。
「あ、あれは!」
シグナムの視線の先、運動場の隅っこではしゃがみ込んで地面にひたすら“の”の字を書き続けるギンガは。
「どうせ私なんていらない子なんです。ふんだふんだふーーーんだ」
いじけていた。
「折角バーベキューの用意したのに私の分の食器が無いし、わんこ蕎麦対決で出番があるかと思えばスバルとティアナだけだし。ふんだふんだふーーーんだ」
「か、解説のクロノさん。解説を」
「え、えー。頑張れ」






「さて、運動会としては激しく間違っている気がする食事系の対決を終えまして。ビリになった人には罰ゲームです!」
何時の間にやら石化から復活していたユーノが高らかに宣言する。罰ゲームを受けるのはバーベキュー対決後の体重測定で一番体重の増加が少なかったなのはだ。ある意味、勝者とも言えるが、ルール上はビリなので罰ゲームである。
「その内容とは、これだー!」



デバイス使用禁止。



ドスッ。
「ぐはっ!」
ユーノが罰ゲームを提示した瞬間、レイジングハートが彼の腹部に深々とめり込んでいた。
「こういう使い方はいいの?」
「せ…………先端にクッションを」
ガクリ。
崩れ落ちるユーノを全く意に介さず、クロノが淡々と進める。
「それじゃあ次が最後の競技だ。赤組も白組も頑張る様に」
その言葉を聞いて、ようやく終わるのかと思う者もいれば、もう終わるのかと残念がる者もいる。そしてただ一人。
「今まで忘れ去られていた分!活躍してみせます!」
張り切っているギンガが居た。
混迷の運動会はもうちょっとだけ終わらない。





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