第十二話「既死の肉体、不死の魔力」



月天。
現実味が無いくらい強く輝く月の下、少女達は自分達が非現実なのに非現実な現状を信じられずにいた。
「う……そ」
「そんな!」
立っている。目の前に立っている。
確かに心臓を貫いた筈なのに。彼は群青色のバリアジャケットを身に纏ってそこにいる。
「金髪の魔導師」
確かに死を見届けた筈なのに。
「お前は危険だ。ただ目撃したというだけで躊躇無く人を殺せる」
絶対にあり得ない。どんな非現実だろうと、死んだ人間が生き返るなど在ってはならない。
「もしアリサが今回の俺の立場に居れば、アリサは死んでいた」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――
こんな、こんな事が認められるなら命は尊くもなんともないじゃないか。
「だから、俺がお前を止める」
「う、うああああああ!!!」
フェイトは怖かった。ただでさえおかしな存在が、なのはという脅威がいるのに、人間の常識どころか魔導師の常識まで遥かに逸脱した存在が自分を見ている。
「サンダー!スコーーーール!!!」
雷鳴響く中、微かな声が聞こえた。
Vanishing step step step step――
ヒュッと風切り音が聞こえた時にはもう遅かった。
「まだ魔法は二つしか使えない」
後ろからフェイトの肩越しに声が聞こえる。
二人の距離は、数十メートルは離れていたのに、なのに雷の豪雨の中一瞬で背後に回り込んだ。
――化け物。
「だが今はそれで十分だ、動揺しているお前なら倒せる」
右手に思い切り力を込め、それと同時に魔力を供給する。体の中のパイプラインを全て右手に集中させ、脳にある魔導的OSを持ってしてプログラムを起動、後にその効力によりパイプラインが供給する魔力はそれこそ非常識なまでに加速する。
たった1秒。たった1秒でいい。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
それだけの時間があればこの拳が危険因子を殴り殺すのには二十分だ。
Deep Strike――
明滅する。
フェイトの視界が、なのはの視界が、ローグの視界が明滅する。
フェイトのそれは殴られた痛みによる意識の混濁、身体機能の低下、魔力的損失による不具合。
なのはとローグのそれは眩し過ぎる輝きを放つ拳による極々人間的な状態。
感触が100分の1秒単位で拳に伝わって来る。
肉を捻じ曲げて骨を砕く、砕いた骨をばら撒いて内部を欠損させ、その欠損を原因として身体を重大な機能不全に陥らせる。
何も一撃で殺す必要は無い。要は結果的に討ち滅ぼせればそれでいい。
魔導師といえども身体構造は人間のそれだ、何もローグの様に既に人間では無い訳では無い。
今、振り抜けば。
「おおおおおおおお!!!!」
この少女は確実に討てる。
「駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
Blade mode――
だというのに、後一歩で危険因子を討てたのに。
何故、この腕は切り離されているんだ。
「う、あああああ!!」
「ぐ!がぁっ!」
何が起きたか、理解はしていた、納得もしていた。
けど痛みは消えてくれない。
「っく、はぁっ……」
金色の刃に切り落とされた右腕を抑えてうずくまるローグ。地面に倒れて殴られた個所を抑えるフェイト。薙刀に似た形へと変貌を遂げたレイジングハートを持ち、それらを見るなのは。
「フェイトーーー!!」
静寂に包まれたそこへアルフが現れた。なのはにやられたであろう傷はまだあったが、動けないほどでは無いのだろう。
意識を取り戻した後、強大な魔力を感知して駆け付けたといった風だ。
「フェイト!退くよ!」
「う、アルフ」
「喋らないで!行くよ!」
そう言い、フェイトを背中に乗せて飛び去るアルフ。
それを見届けたローグが座り込み、口を開いた。
「ありがとう、なのは」
「そんな事より……」
ローグの言葉などまるで頭に入っていないなのはは、ある一点を凝視し続けている。
「ああ、腕か?いいよ、気合い入れればすぐ生えて来る。俺はそういう体になったんだ」
ローグの右肘の先、本来であれば腕の半ばから掌へ繋がる部位、肘の辺りが真っ二つに両断されている。
「それでも、ごめん。痛かったでしょ」
「それはそうだが、勢いに任せて人を殺すなんて事は防げた。どんなに礼を言ったって足りないよ」
立ち上がるローグと、それを支えるなのは。
そのまま二人は無言で路地裏を抜け、ローグは直接家へ、なのははユーノを起こしてから帰途に着いた。
どうにも、今夜は突拍子も無いくせに大きな出来事があり過ぎた。少なくともまともな頭で簡単に処理出来るものではない。
情報の整理と現状の把握、それに今後の行動。それらを考えるには、一晩というのは短過ぎた。



「なるほど、そういう事か」
一連の光景を眺めていた女性、イリスは感慨深げに呟いた。
「あの少年は人類全てを含めてもそうそういない才能を持っている。それは運が悪ければ何の役にもたたない代物だが、少年は違ったという訳だ」
眼を閉じ、思考の海にダイブする。答えはここで知る事が出来ない類のものだが、推測は出来る。
「恐らくは過去に何か強く意識する事があった。それが原因で、少年は世界に求めさせた。そう、ただ一点にのみ特化する事に於いて究極を発揮する専心能力、その心の在り方」
少年の能力とは何て事の無い、ただ単一の物事に打ち込めるという能力。それは特殊なものでもなんでもなく、人であれば誰もが持っているもの。
「少年はそれが究極的に強かった。そしてそれを持って想った“アリサ”あの本に書かれた唯一の文字、その名前の持ち主を」
ローグは約束した。夏の日のあぜ道で。
「ただ一人の人を想い続ける、そのなんと美しい事か。これが人間というものの強さなのかもな」
一人にしないと誓った。だから、一人にしない為に、理不尽な存在からアリサを守る為に、魔導師として、化け物として蘇った。
「その強さが、あの魔法と交わり、それを世界が求めた。己の中の摂理を捻じ曲げてでも、居てくれと切に願った」
それが今のローグウェル・バニングスであり、これからのローグウェル・バニングスなのだ。
「はは、いいね!それを成す為のあの肉体!いや、肉体という言い方は相応しくない。あの体に肉など一欠片も存在しない!あるのは、ただただ純粋で強大で自由気儘な魔力のみ!それでこそ、魔力構成体!私も実物は初めて見たよ!ははは!いいぞ、お前は最高だよ!このまま私の退屈を娯楽で満たしておくれ!はははははははははははははは!!!!」
人が一人も居ない路地裏で、酔った様に笑い声を挙げ続ける女性。
その遥か上空で、月が喜びに満ち溢れていた。



翌朝、彼の目覚めは快適だった。
目覚ましが鳴る5分前。疲労も痛みも全く感じさせない体が自然に起き上がる。
右腕を見る。昨夜なのはに切り落とされた筈のそれは既に傷跡も痛みも無く、誰が見ても完璧に繋がっていた。
どうせ絶好調だろうから調子を確かめるなんて無駄な事はせず、そのまま起きて着替えて顔を洗った。
そしたら朝食を取りに向かった。完全に普段通りの行動。
どうしても、それ以下になってはくれない。
体中に魔力は満ち溢れ、絶えず全身と成っているのが分かる。これが魔力構成体、理不尽な化け物。
自分自身が怖いけど、これで……
「おはよ!ローグ!」
ドンっと勢い良く背中に重みが掛る。振りかえらなくてもそれが何なのか、どれだけ大切なのか分かるから、何も言わずに肩に掛る腕の先、掌を取った。
「ひゃうっ!」
それが意外だったのだろう、素っ頓狂な声を上げたが、離さない。逆に強く、けど痛くない様に握って、その感触を確かめる。
「あぅ……」
ここにある。
大切なものはここにある。
思い、自分の頬に当てる。
「ふわわわわわ!」
本当に温かい、愛しい手。
より確かに握りしめる。
「ろ、ロォーウグゥ〜」
「なんだ、自分から来た癖にもうギブアップか?」
「だ、だって!今まで一度もこんな事してなかったじゃない!」
「何時までもやられっぱなしじゃないって事だ」
そう言ってローグは振り返らずに歩いて行った。
その背中に、アリサは強い違和感を覚えた。



翌日の彼女の目覚めは最悪だった。
昨日友達が死んで、生き返った。
それが良い事なのか悪い事なのか、彼女には判別はつかない。個人的には生きていて良かった、素直にそう思える。
だが、果たしてそれは生物として正しいのか?そんな答えの出ない事が頭を過ぎった。
馬鹿馬鹿しい、それを定義出来る者などいない。それを否定か肯定の出来る者など居ない。それの是非を考えるなど詰まらない事をする必要は無い。
何故なら、一度死んだ命は生き返らない、なら考えるだけ無駄なんだ。彼は、ローグはあの時死んでいなかった。それでいいじゃないか。
「ユーノ君、私は学校行くけどどうする?」
そう呼び掛けてもユーノから返事は無い。普段であれば置いて行くユーノに声をかけたのには訳がある。
その理由は彼も分かっている筈なのに、返事は無い。
黙っているのは、昨夜の戦闘の際に自分が役に立てなかった事を悔いているんだろう。一応結果だけ見れば全員生存なのだからそんなに気にする事は無いのに。
なんて言えないなのはは、ユーノを置いて学校へ行った。
気分は、学校に着くまでずっと最悪だった。



キーンコーンカーンコーン。
定番のチャイムが鳴り響く教室でなのはは会った。
一番会いたくて会いたく無い人に。
「転校生のローグウェル・バニングス君だ。自己紹介を」
担任の男性教師に促されて教壇の横に立つローグ、その顔はどこまでも一緒に映画を見に行った時のものと同じだった。
「初めまして、ローグウェル・バニングスです、名前長いんでローグって呼んで下さい。金髪ですけどこれは生まれ付きで、特に眼は悪くないですけどメガネは欠かせません。まぁ、今後ともよろしく」
掴み重視でギャグを飛ばすか無難に行くか。
自己紹介で誰もが悩むこの二択で、彼は後者を選んだようだ。
「バニングス君はバニングスの従兄弟だったな、おっとこれじゃどっちか分からんか。アリサ、面倒を見てやってくれよ、席も隣だしな」
「言われなくても分かってますよ」
黙っていても遠近どちらかの血縁関係なのは気付いただろうが、担任の一言でそれが明確にクラス全体に伝わった。
朝のホームルームはこれで終わり、つつがなく授業へと入り、問題無く終わった。
そして、対転校生の定番イベントである質問が始まる。
「ねぇねぇ、何時こっちに越してきたの?」
「なんで眼が悪くないのにメガネなの?」
「アリサちゃんとの関係は?」
「納豆とか平気?」
「好きな食べ物は?」
矢継ぎ早に様々な質問が投げかけられる。
どうしてこういう時は普段聞かない、明らかにどうでもいい『好きな食べ物』だとか、苦手だったらどうなんだよって感じの『納豆平気?』だのといった質問が飛び出すのか。
多々ある質問の中でローグは一つだけ明確に答えた。
「俺とアリサはイケナイ関係だ」
「こらーーー!何言ってんのよーーー!」
と、アリサ。
「否定はしなんだね」
と、すずか。
「二人は仲良いもんね」
と、なのは。
「んじゃそういう事で、後は任せた」
と、ローグはアリサの肩を叩いてそそくさと教室を出て行った。
「ちょっ――」
『ちょっと待ちなさい』そう言い切る事無くアリサは人の渦(主に女の子とアリサの隠れファン)に飲み込まれてしまった。
「あれ?なのはちゃん?」
そして、なのはも教室から居なくなっていた。



晴天が眩しくて、この光があるから命が育つのだと思える。
特に、今の彼にはそれが顕著だった。
「説明しよう。俺がどうしてこうなったか」
「うん。お願い」
ローグが屋上の手すりにつかまって遠くを見ながら、扉に鍵を掛けているなのはに向かって喋り出す。
「俺は間違い無く一回死んだ。少なくとも肉体的には」
「肉体的にはって事は、別の部分は生きてたって事だね」
「ああ、ありがちだけど精神って奴だ」
振り返り、なのはを正面から見据えて言う。
「それで、どうやって体を治したの?ユーノ君が居ないから専門的な話は分からないよ、念話も繋がらないし」
「気にするな、あいつが居ても居なくても変わらない。それだけ単純な話だ」
魔法に関わった事でユーノが施した魔法関連の記憶の封印、それが解けていた。だからといって彼に魔法に関する知識が事細かに説明出来るほどある筈も無く、それを双方承知で必要も無い確認事項じみたやり取りをしていた。
余り聞きたい話では無いし、語りたい話でも無いから。
「俺の肉体は質量を持つ程に圧縮された濃密な魔力で形作られている。これは魔力構成体って言うらしい」
「なんだかそのまんまだね」
「そうだな、でも分かりやすい言葉の方がいい。初心者に優しくてな」
「でも、なんだかそれもやだな。まるでこっちの世界に来いって誘われてるみたいで」
「実際そうだろうさ、成っただけでこの疑似肉体に関する知識が頭の中に入って来た。それはそういう事だ」
「それで腕の方は?」
「ああ、昨日も言ったが、気合いを入れれば生えて来る。正しく言うと魔力を集中すれば再構成出来るんだ。限度は魔力がある限り、無くなるまでは何度でも再構成出来るらしい」
「……それって、もう人間じゃ――」
「ああ、無いな。でもそれは……」
ゴンッという音を響かせて跳ね上がる校舎裏の飼育小屋の屋根。そこには毛むくじゃらの巨躯が居座っていた。
「ああいうのを相手にするのには丁度良い」



第十二話 完


『七つの不思議』









あとがき

書いてから気付いたんですよ、なのはさんのやり過ぎっぷりに。何も腕を切らなくてもね、他にやり方あっただろーに。
でもそこを直さない自分はなのはさんを攻撃的にし過ぎかも知れません。でもちょっとやり過ぎるくらいがギャバクオリティです、きっと。





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