第十三話「七つの不思議」



土の匂い、木の匂い、川の匂い、風の匂い。
それら全てが生きていると感じさせる、それら全てと何一つ同じ部分は無いんだと感じさせる。
それでも立って居られる、この疑似肉体に感謝する。
Set up――
友達の声、友達の匂い、友達の顔、友達の想い。
それら全てを叶えてくれた世界に、それら全てを包み込む世界に祈りを。
この魔法という出会いに感謝します。
Set up――
「俺が先に行く」
「うん。無茶はしないでね」
頷かず、屋上から毛むくじゃらのゴリラみたいな奴に向かって飛び下りる。
させたくなければその必要を作るな。そう言われてる気がして、そんな事は無いとかぶりを振り、追い掛けるなのは。
「囮になる、外すなよ」
「外さないよ、私を信じて」
高速で下に向かう二人の影が重なり、声が重なる。
「当然」
次の授業まで余り時間が無い、速攻で行かせて貰うとしよう。
「ふっ!」
ローグが校舎の壁を蹴り、加速する。目指すはゴリラの頭部。
握り拳に力を込めて振り下ろす。
重力加速と体重と腕の振り、そられをまとめた上で魔力による強化を施した破壊の塊。それを受ければ致命傷は必至。
「グゥル」
低く鳴いた。
それが気付いたという合図なのだと知り、別の事実に気付く。
「なの――」
「ブレイド!」
Mode――
一閃。横薙ぎの大刃が血に染まる。
「この!なんつー反応だよお前は!」
言いながら拳を当初の狙い通り頭部にめり込ませる。何かが潰れる感触がした。
「別に、速いとは思ってないよ。割と普通じゃない?」
地に着き、レイジングハートを思い切り地面に着きたて、力を込めてその柄を中心に体を空中に押しやる。
まるでサーカスの様な、棒一本でバランスを取って立っている状態そのもの。
「グルァァァ」
一瞬前までなのはが居たその場所に、左腕を欠いたゴリラが飛び込んで来た。
曲芸の格好から力を込めてそれを……
「あああああああああ――」
全力で……
「――ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
蹴り散らす。
グシャッ。
嫌な音がしたかと思えば戦いは終わっていた。
「ん、こんなもんだろ」
「凄いね、ローくん。こんなに簡単にやっつけちゃうなんて」
「お前が言うな。あの異常な反応速度はなんだよ」
先程のなのはの反応。囮となった一匹のゴリラに意識を集中させ、隠れたもう一匹が仕掛けて来た敵を狙い打つ。
その策にローグが気付いた時、攻撃役の攻撃を避けられるギリギリのタイミングだった。それを伝える筈だった。
だがなのはは最も敵に接近してから気付いたローグよりも速く、それを察していた。
彼からすればとてつもないものだっただろう。階段を下りている時、隣の人間が脚を踏み外したと思ったら、既に態勢を立て直した後だった。そんな自分の見間違いだったのかと思わせるだけの反応速度。
キーンコーンカーンコーン。
次の授業が始まった事を告げるチャイムが鳴る。
なのはは二匹の生物を凶暴化させていたジュエルシード・シリアル\をしまい、ローグと教室へ向かった。



ガララッ。
「「すいませーん!遅れました―!」」
二人の重なった声に、クラス一同がシンと静まり返る。
それに気付かず、教師が言う。
「二人してどうしたんだ?」
「えーと、実はですね、なのはに学校を案内して貰ってたんですけど……」
「なーんか私ってば変な所に迷いこんじゃったみたいで、出口が分からなくなっちゃって」
「それで歩き回ってたら、何時の間にか変な人形が立ってて」
「それが急にグアーッって走って来るもんだからもう怖っくて怖っくて……」
シーーーーーーン。
【やっぱりこれ無理があったんだよ、どうして私が迷う設定なの?】
【んな事言っても仕方ないだろ。二人揃って辻褄を合わせるならそれくらいしかない、文句をいうならお前が案を出せば良かったんだ】
【みんな黙ってるよ、先生なんかこっちをジーっと見てるよ】
【全員見てるだろ。とにかく、うまい言い訳をこの隙に……】
と、二人が念話であたふたしていると。
「それって七不思議の『走る木綿人形』じゃない?」
「しかも『知ってる迷路』にまで入ってるぞ!」
「すげー!二人共いいなー!」
静まり返っていた教室はいきなり大騒ぎ、教師は何故か諦めモード。
何が何だか分からないまま、この件はうやむやとなり授業に移行した。
そして終了直後、今度はなのはも一緒に巻き込んで質問攻めである。
「どやって七不思議にあったの?」
「俺も連れてってくれよ!」
「腹減った」
「三番目は関係ないだろ!」
なんて質問に混じった独り言にツッコミ入れる者まで出て来る教室内に雷が落ちた。
「うるさーーーい!!」
クラスの者には聞き慣れたアリサの声、ただし、ここまでの大声は初めてだ。
「二人が迷惑してるでしょ!七不思議なんてありもしないものはどうでもいいの!はい、散った散った!」
なんだかアリサが救世主に見える。
質問攻めが本日二回目なだけに、ちょっとだけ本気でそう思ったローグだった。
一転。
「それで、二人して何をしてたの?」
なのはには悪魔に見えた。
「え、だから迷って」
「嘘つかない!なのはが迷う訳ないでしょ!」
アリサが二人を質問攻めから解放したのはどうやらこれが目的だったらしい。実のところ、アリサにとってはローグが遅れて来た事よりもなのはが遅れて来た事よりもローグが女の子と一緒に遅れて来た事が問題なのだ。
「さぁ、白状しなさい!ローグと何をしてたの?」
何があったなんて明確に想像出来る訳じゃ無い。けど、他の女の子ならまだしも、相手はなのはだ。
転向したての男の子に興味を持った女の子がちょっと二人だけのお話に誘って、夢中になって遅れてしまったなんて漫画みたいな展開は確率0%だろう。
本来なら一応1%よりも低そうな確率で起こる漫画的展開。それを0にする転校前からの知り合い。
自分じゃ無い、すずかじゃ無い、なのはなのだ。
「だからぁ、何もしてないってば」
「ほ・ん・と・う・に?」
物凄い形相で睨むアリサ。なのはは今までこんな必死なアリサを見た事が無かった。
アリサは誰にでもこんな態度を取る訳では無い。相手がもしなのはでは無く、すずかであればここまではしないだろう。
なのはだから、自分にとって物凄く魅力的に見える、しかもローグと仲が良くて距離が近い様に見える少女だからこそ危険なのだ。
アリサがローグと初めて会ってから、仲良くなるまでずいぶんと時間が掛った。
これはアリサの素直じゃない部分が表に出てしまったというのもあるのだろうが、それにしてもなのははとてもローグと仲が良い。すずか以上に、だ。
「え〜と、お話はしたけど……」
「へえぇ〜、二人っきりでなんのお話をしたのかな〜?」
言ってしまえば、恋する乙女特有の病気である。とにかく相手に近付く(特に仲の良い同年代)者は全て敵に見える。
なのはもすずかも大切な友達だが、これはどうしようもない事なのだ。
「それで、二人は何をお話してたの?」
「知らん」
なのはがアリサに詰め寄られている隣では、ローグがすずかに詰め寄られていた。
笑顔なのが怖かった。



その日の放課後、なんとか敵の猛攻(主にアリサとすずか)をしのいだ二人は夕陽の差し込む廊下に居た。
「それで、どうするんだ?」
「うーん、ジュエルシードがある感じはするんだけど」
「って言っても範囲が学校全体じゃ広すぎるだろ、もうちょっと絞り込め」
「無理だよ、ユーノ君がいれば何か知恵を借りられると思うんだけど」
「なら呼んで来い。駄目なら念話だ。それでも無理なら帰る」
ここまでの会話で分かる通り、なのはがジュエルシードがある気がすると言ったので二人で探す事となった。
二人だけで残るなんて言えば絶対にアリサとすずかが黙っていないので、一端家に帰ってから合流したのだが、なのはが家に帰った時にはユーノは何処かへ出掛けてしまった後の様で、こうして二人だけの探索となっている。
「俺帰っていいか?見たいテレビがあるんだが」
「駄目だよ。私は向こうを探すからローくんはあっちをお願いね、一時間したらまたここで」
そう言ってなのはは強引に事を進めてしまった。
焦っているのだろう。ユーノが元気をなくし、まだなのはは名も知らぬ黒金の少女をああまでさせる原因。
ジュエルシードが全て集まればこの二人の悩みは一気に解決する。
少なくともユーノは敵との戦いで自分の力不足に悩む事は無いし、黒金の少女と戦う理由も無くなるのだ。
誰の元に集まり、その後どうなるかは分からないが、原因を取り除こうという考えだけは間違い無いものだろう。だからローグも文句を言いながらも協力したいとは思っているのだが……
「おいおい、俺まだ校内の構造知らないって」
これでは戦力に数えられない。
「どうかしたの?」
ローグが途方に暮れかけていた時、背中から女の子の声が掛った。
それは湖のほとりで小鳥が鳴く時の声みたいで、何故かとても心地良かった。
「迷った」
振り向かずに答える。これ以上無いくらいに単純明快だ。
「ふふ、そっかぁ。じゃあさ、私が案内してあげるよ」
学校の中で迷ったなんて奇天烈な発言に小さく笑って返す少女。ローグが転校したてなんて知らない筈なのに、さも当たり前見たいに受け入れる。
「それはありがたいが、おかしいとか思わないのか?」
「んにゅ?七不思議の“知らない廊下”の事じゃないの?」
少女がポニーテールを揺らして不思議そうな顔をする。
「ああ、そう言えばクラスの誰かがそんな事言ってたな。それってなんなんだ?」
「ありゃ、知らないの?今学校内で流行ってる噂で、学校の七不思議!人が迷ったり人形が走ったりするの!」
ローグはそれを聞いて、ああなるほど、と思った。
あの無理がある言い訳が通ったのも、すぐに教師が諦めモードに入って場を全く収集しなかったのもその所為だ。
今流行りの噂話、それも七不思議の体験談を語れば、それが嘘でも真でも聞いてみたくなってもおかしくないし、全校で流行っているならその好奇心を止めるのも無理があるだろう。
そこまで至ってから振り返り、話を続けようとしたローグ。
「ぁ……」
「んにゅ?どうしたの?」
自分と同い年くらい。小学三年生にしてはやや子供っぽい口調の、とても可愛いらしい、そうローグが思った少女。
自分と同じ金色の髪で、それを一つに束ねて後ろでまとめる、いわゆるポニーテール。
夕陽がメガネに反射してやや見難かったが、それでも客観的に見て十二分に可愛かった。
ただし、アリサには敵わないと彼は思った。
ひとまず、名前を尋ねてみた。
「お前、名前は?」
「んー?」
「だから、名前は?」
「んーーーーーーーー……」
何故か名前を尋ねられて唸り出す少女。まさかどこかの国のスパイで7の数字を持つ的な存在でもあるまいし、本名を隠す理由など無い筈だが。
「ジェームズ・ボ」
「ボケはいらん」
容赦の無い攻撃に、少女は押し黙り、少々の思案顔になった。
「……で……よね、うん……エーティー」
「んん?」
「だぁかぁらぁ、エーティー。私はエーティーって名前なの」
とても小さい声で名乗る前に何か言っていたような気もしたが、取り敢えず引き延ばすのもなんなのでローグは気付かなかった事にして答えた。
「はぁ、まーいいか。俺はローグウェル・バニングスだ、ローグって呼んでくれ」
こうして自己紹介を終えた二人は歩きながら話す事にした。
その話の中で、まずローグは聞いた、七不思議の内容は?
エーティーが言うにはこうだ。

1・知っている廊下が知らない廊下に変わる午前0時。
2・見えない入口の先にある、知っている気がする知らない迷路。
3・知らない迷路で出会う、走る木綿人形。
4・校庭に現われる大きな大きな大きな祠。
5・体育館のカメレオン。
6・大口雛鳥。
7・宿直室の桃子。

「いや待て、7つ目待て!文的には不思議な感じが皆無だぞ!しかも4つ目以降なんだか段々とテキトーになっていってないか?」
「んまぁー、ぶっちゃけ7つ目は聞いたの私だけなんだけど」
爽やかにサムズアップ。
「お前かよ!」
なんてローグのツッコミ役な一面が多少発揮され、このままエーティーにくっついて校内を周る運びとなった。
一階から始まり、各教室を周り、全てを簡単にだが見終える頃には、もう陽が落ちかけていた。
その間黙っているのも退屈なのでいろんな話をして、エーティーはお決まりの質問などせず、こう切り出した。
「女の子の事どう思う?」
『どう思う?』なんて曖昧な事を聞かれてどう答えろと?そう思ったのも束の間、すぐさま仕様変更するエーティー。
「あ、やっぱ止め。私って可愛い?」
そんなストレートな。
「あー、でもなくて……ウェルの好みのタイプかなー?」
質問の内容を聞かれても。
「んにゅうぅーーーー……あー、そうだ!あれだ!私の事どう思う!」
「考え込むくらいなら質問するな!」
何度も変更したあげく最初と余り変わらない質問。とはいえ、その意味は大きく違う。
だがどちらにしてもまだ男女の違い乏しい小学三年生にする質問にしては、いささか不自然かもしれない。
「にしても、初対面でどう思うもないだろう。まぁ、面倒見はいいと思うけどな」
これはローグの素直な感想だ。初対面の自分に学校を案内する辺り、面倒見がいいとか人懐こいという印象が出るのは至極当然。
「うーんとね、そういうのじゃなくてもっとこう具体的に!例えばー、エーティーちゃん好き好き大好き!とかどう?」
「どう?じゃねーよ。そんな初対面で分かるか」
「じゃあ一目惚れって言葉はどうやって顔を立てたらいいの!」
「ベッドでも用意して横にしてやれ。立つのを強要してやるな」
「じゃああまねく恋する乙女の理想はー!」
「知るか!そんなの恋する乙女本人に聞け!」
「誰!」
「知らん!」
と、些細な質問から漫才みたいなものに発展する二人の会話の中で、ローグが気付いた。
「ちょっと待て。お前さっき俺の事なんて呼んだ?」
「ん?ウェルだけど」
「注文と違うんだけど」
ただ呼び方が違うだけだけど、彼にとってそれは些細で重要な違い。簡単には譲れないものだ。
「そうだけど、ローグって呼べって言うって事はぁ、みんなそう呼んでるんだよね?」
「まーそうだな」
「人と同じなんてツマンナイじゃん!だからローグウェルの前じゃ無くて後ろを取ってウェル!はい決定!」
ローグに反論の隙を与えぬ猛攻。自分の意見を通す気満々である。
「それは駄目だ」
「えー、なんでー」
隙など無くても自分の意見は後から捩込む戦法に出たローグ。彼にしては珍しく、固い表情で言う。
「なんでもだ。ローくんやローグウェルやローキックにローぽんとかは良くてもウェルだけは駄目だ」
「むぅーーー」
何故か双方意地になって、ローグはそう呼ばせまいと、エーティーはそう呼ぼうと視線で戦う。
その結果、先に折れたのはエーティーだった。
「はいはい、分かったよローぽん」
ローグは、例をあげるにしてももうっちょっと考えるべきだったと反省した。



第十三話 完


『才能』





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