第十四話「才能」



冷たい床の上に膝をつきながら、それを見ている。

カツカツカツカツカツカツカツカツ。

そんなトンカツ屋じゃないんだからとエーティーは思った。
酔った。
「うぇ……きぼぢわどぅい……」
「あんなにグルグル回ってるからなぁ」
先程からローグが涼しげに、エーティーがうずくまりながらも見ている物、それはボールペンで、カツカツカツカツなんてトンカツ屋へと誘う音をたてながらかなりの速度で壁を突いていた。しかもそれは大きな渦巻きを描いていて、ずっと見てるとエーティーみたいに酔ってしまうのだ。
とはいえ、ボールペンが勝手にそんな動きをする訳は無いので当然動かしている人物が居る。

人体模型。

「しかし、不気味だな」
「くぅ、ここでリバぁスするなんて事はずぇったいにで来ない……なのにぃ〜」
「呂律がまともに回らないくらいになるまで我慢するな。トイレ行って来い」
人体模型がボールペンを壁に向かって渦巻き状にカツカツと延々やり続ける。
よくよく考えるとシュールでしかない光景なのだが、それ以上に気になる事があった。
「うっぷ、でもあれ気になるじゃにゃい」
「まぁなー、確かになー」

足が三本。

「これ人体模型としての機能果たしてないよな」
「ふ、ふふふふふぅふ。楽しみだわ、次は一体どんな変身を見せてくれるのか……ね」
「残念ながらあれは変身型の宇宙人じゃ無いと思うぞ。特に最終形態になると妙に子供っぽくなるなんて事は」
そんな冗談交じりの会話をしつつ、ローグは頭の中で状況を整理した。
今から50分程前、まだ夕陽が沈み切ったばかりの時だ。
エーティーと二人で話しながら校内をぶらぶらして、そろそろ帰ろうかと思ったところでなのはがやって来た。約束の時間になってもローグが来ないので探し回っていたらしい。
ローグは実際のところ、ただ忘れていただけなのだが、なのははローグが転校したてという事に後から気付いたらしくていきなり謝り出した。そしてエーティーをたまたま学校に残っていた親切な人と認識した様だ。変な奴ではあるが事実その通りであるので問題は無かった。
その後はみんなで帰るだけだった筈が、ここでエーティーが言い出した。
「ちょっと教室に忘れた物あるから取りに行って来るね。二人は気にせず帰っちゃってねーん♪」
妙に明るく面倒な事に取りかかるんだなとローグは思い、案内して貰った恩もあって置いて帰る気にはなれず、なのはと二人で待っていた。
ところがエーティーは待てども待てども戻って来ない。昇降口の真ん前で待っているのだから、ここを通らない筈は無いのに。
そこで心配になったローグとなのはがちょっとだけ見に行ってみようとした。
今の状況を見るに、それはやめて置いた方が良かったみたいだ。何時の間にかなのはとはぐれ、気付いたら一人。
そして、理科室の前でカツカツカツカツを見てるエーティーと出会ったのだ。
つまり、なのはが行方不明。自分達の目の前にはなにか変なのが居て、しかもこの展開、今日聞いた話が七不思議。
あからさまである。
「けど七不思議に人体模型なんて出てたか?」
「か、肩の関節を見なさい」
「んん?」
ローグが眼を凝らして三本足人体模型の肩を見る。
右肩……異常無し。左肩……異常無し。
「おい、なにもないぞ」
そう言うとエーティーがすっと指を差した。どうやら既に喋るのも辛いらしい。

首の後ろ付け根に肩、無論その先には腕。

「怖っ!」
足三本に腕三本。
「ちくしょう、何処のB級、いやC級だよ」
「それより、ちゃんと三番目の肩関節を見なさいよ」
「んん?」
そう言われて余り見たくもない物を見ると、木綿らしきものがはみ出していた。
「木綿人形!紛らわしー!」
というか中に木綿が詰まってるから木綿人形というのは、果たして表現的に正しいのか?
人形の知識乏しい少年には分からなかったが、別にどっちでもいいかなと思った。

クルッ。

「っておい!この流れは」
「よし、なんとか回復!後ろ向いてダッシュよ!」
「やっぱりかよ!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダ。
「なんであーゆーのはこっちが気付いた途端にやってくるかなぁ!」
「取り敢えず!不意打ちじゃ無いだけでも親切なんじゃない?」
「そーですねー!」
ダダダダダダダダダダダダダダダダ。
全速力でこれでもかってくらい思い切り走った後、後ろから足音が聞こえなくなったと思い振り返れば、そこにもう紛らわしい背格好をした人体模型な木綿人形?は居らず、ただ暗闇だけが何処までも続いていた。
「逃げきれた?」
「だとしても妙だな。ここに来るまで一直線だった、あっちがこっちを見失う要素なんて無かった筈だぞ」
「じゃあなんで……」
エーティーが不穏な空気に襲われ、ローグの腕を掴む。ギュッと強く握りしめるその姿はまるで年相応の幼い少女で、こんな状況に相応しいまともな反応だ。
それを尻目にローグは考えていた。
一度怪異と接触しただけならず、彼は既に極上の化け物。少々暗闇の中に置かれたとしてもなんら問題は無い。
そしてその思考は怪異の側に浸っている。
「なぁエーティー、木綿人形って七不思議の何番目だ?」
「え、3つ目だけど」
「3つ目、いきなりか。相手側が順番を律儀に守るなんて保証はどこにもないが、守らないなんて理由もない」
質問に答えさせておいていきなり考え込むローグ、少しは話を続けて怖さを紛らわせてほしいと思うエーティーだったが、彼の妙な真剣さの所為で言い出せない。
ふっと、ローグが何かに気付いたように傍にあった教室の中を覗き込む、時間は午前0時20分を指している。
「嘘、なんで!まだ七時前じゃ……」
「俺とエーティーが会ったのが大体10分前、それから10分経ったと考えれば辻褄は合うか」
「なに?何が会うの、ちゃんと教えてよ」
訳の分からない事態に困惑するエーティー、冷静なローグが恨めしくなって来る。
「お前はみんなで帰ろうとした時、忘れ物を取りに行ったよな」
「え、うん」
「それから俺となのはは30分くらい待ってたんだけど、お前が戻って来ないから探しに行ったんだよ」
「30分って、私の教室は昇降口から5分もあれば着くし、忘れ物もすぐに見つかった。そんなにかかってないよ」
「ああ、だからさ、お前が忘れ物を取りに行った時点で何かが起こったんだ。例えば、いきなり午前0時になって“知っている廊下が知らない廊下”に変わった、その先にあったのは“見えない入口の先にある、知っている気がする知らない迷路”だ」
「それって」
「その次、俺とエーティーが会ってから出たあれは“知らない迷路で出会う、走る木綿人形”まんま七不思議だ」
「じゃあ次は……」
ゆっくりと、出来るだけショックの無い様に校庭を見る。
自分達が今居るのが2階の廊下、ここからなら校庭の全貌を見るのは簡単だ。
その筈なのに。
「あれは…………何?」
「祠だろ。ただ、非常識な大きさだけど」
校庭に祠は在った。
そのサイズは、七不思議で“校庭に現われる大きな大きな大きな祠”と言われるだけあり、有に校舎の3倍はあろうかというものだった。校庭に収まり切ってない。
どうして今まで気付かなかった?
こんなサイズなら、走っている最中に窓から見えた筈だ。それを祠と認識していなくても、確実に違和感として残る圧倒的な存在感。
一人ならまだしも、二人揃って見逃すなんて偶然はまず無い、ならあれは、今さっき現われたものという事になる。
何故?そんなの考えるまでもない、条件が整ったのだ。
「木綿人形の時から薄々感じてたこの魔力、それがとんでもなく大きくなっている」
それも、二ヶ所でだ。
一方は体育館、これはカメレオンだろう。ここまで七不思議になぞらえている辺り、そうでなければ逆に不自然だ。
なら、あの祠そのものからは魔力を感じない、その内部から感じるというこの事実は――
「考えたくないな。こっちはまだ素人だぞ」
七不思議が実現している、その原因の見当は付いている。何故七不思議なんて形を取ったのかは分からないが、その根源は見て取れる。
目的は、なのはの持っているジュエルシード。Yと\、二つもあれば撒き餌としては十分だ。
だが、今回は黒金の少女は無関係だろう、あの怪我ですぐ動ける筈は無い。
「エーティー、そこの教室に隠れてろ」
「へ?ローぽんは?ローぽんはどうするの?」
「後でなんか美味いもん食わせてやるからそれやめてくれ」
「うぃ♪でもどうしたの?私だけ残して逃げる気?」
「誰がそんな事するか、出口を探して来る」
「私も行く、一人は嫌だー!」
「お前まだ酔いから完璧に立ち直ってないだろ、俺一人の方が速いから」
中々説得に応じないエーティーに、さてどうしたもんかと悩むローグ。
確かにこんな場所に一人で置き去りにされるとなれば、誰だって怖いが、無関係な人間を魔法関係に巻き込む訳にはいかない。
本格的に暗礁に乗り上げた平行線の議論は、唐突に終わりを告げた。
降りしきる瓦礫の雨と崩れ去る床。
それらによってちょうど二人の立ち位置、その真ん中が分かたれた。祠から出て来た黄色い羽によって。
「くそ、出やがった!」
黄色い羽は校舎にその身を打ちつけておきながら沈黙。出て来いという意思表示らしい。
「エーティーと離して、気を利かせたつもりか?実際問題助かったけど、余計な御世話だ!」
叫び、蹴り、跳ぶ。
崩れる校舎の隙間から瓦礫を避けるエーティーの姿がチラッと見えたので、恐らくは無事だろう。しかもご丁寧に窓側と後ろ側も崩し、完全に閉じ込めている。
これで助け出した時エーティーが怪我でもしてたらただじゃおかない。そう思って、どうせ助ける頃にはこいつは居ないけどなんて思った。
Set up――
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
空中で群青色のバリアジャケットに身を包み、拳を振り上げる。ワンパターンだが今の彼には殴る蹴るしか戦闘手段が無い。
ならば。
「ディィーーーップ!」
Strike――
的がデカイ分やりやすい。
ゴンッと音がして、黄色い羽のに包まれた肉が、さらにそれに包まれた骨が砕ける。その痛みにピーピー鳴いて喚いて、祠の中から羽の主が姿を現す。

どデカイ、ヒヨコ。

「おいおいおいおい、雛鳥じゃあ無かったのかよ。まぁ鶏の雛か、もうちょっと強そうな、鷹とかのを想像してたんだが……雛鳥じゃどれも余り変わんないかな」
ピィィィィィィィィィ!
咆哮の後に衝撃。音を成す空気の振動の激突、ローグの全身を震わせる、皮膚を無視して直接内臓に響く痛みは単に殴られるよりもよっぽど厄介だ。
「どうにもサイズが違い過ぎる、あの大口ってプールの倍くらいないか?いや、それ以上だな」
ヒヨコが衝撃を発したその口は、学校のプールのそれの約3倍はあろうかというサイズ。とてもじゃないが怪獣映画から抜け出て来たとしか思えない。
それでも、これがジュエルシードを体内に宿した、その中でも取り分け強い部類だということは肌で感じる。自分も、人外故に。



「強い」
彼女は凝視する。ローグとヒヨコのケンカを見て、その仔細を漏らさず全て己が知識とせんが為に。
「あの拳、その一打一打がAAランク並の砲撃、それに匹敵するだけの力を持ち、あの脚から繰り出される蹴りはそれこそAAAランク」
彼女の視界の先ではローグがヒヨコを蹴り飛ばし、その態勢を大きく崩している。そこに追撃の拳を何度も何度も打ち込んでいる。
一打が当たる度にヒヨコが悲鳴を発し、嫌な音が彼女の元まで運ばれてくる。
「単純に破壊力だけなら、三人の中でまず間違いなく最強。直接的な殴り合いでは高町なのはよりもずっと強い。けど……弱い」

何度も打たれる事に飽きたのか、ヒヨコが咆哮を発してローグをふきとばす。学校の塀に叩きつけられてすぐに持ち直すローグだが、その時には上空に羽ばたくヒヨコの足の裏しか見えなかった。

「あれでは駄目、まだ理解していない、いや認めていない。実際に高町なのはとローグウェル・バニングスが戦えば、10回やって10回全て高町なのはが勝つ。あの破壊力は近接戦闘に於いてこそその真価が発揮されるもの。それしか出来ない者、加速と打撃しか使えないものでは対魔導師戦は生き残れない、何より己の身すら守る術が無いのでは話にならない」
見詰めるその先には、ヒヨコと互角の戦いを繰り広げるローグの姿。互いに傷付き、しのぎを削り合う、あれ相手にこの体たらくでは、何の為に世界に存在を求めさせたのか分からない。



「アウトクラッシュ!」
ミシミシミシッと脚の骨が軋む、自分の力に疑似肉体が耐えられていない、余りに多く魔力を注ぎ込めば魔力で形作られたこの体は崩壊してしまう。
それでも、このどデカイヒヨコを野放しには出来ない。
「っしゃあ!この、いい加減に倒れろ!」
そうは言っても、倒すだけなら何度もしている。すっ転ばしてぶっ飛ばして叩きつけて投げ飛ばして、ローグに出来る限りの手段で倒しても、起き上がって来る。
「しぶてー」
ピィィィィィィィィィィ!
文句を垂れたその不意に衝撃は、間一髪でそれを避けるが衝撃は後ろにあった校舎にぶつかり、壁を破壊する。
ガラガラガラと音を立てて崩れる校舎に、そこ人って居ないよな、なんて心配をするローグ。
どうやらその心配は大当たりで、壁の向こうにはばっちり人が居たらしい。
まぁ――
「誰だ?人の夜の娯楽をじゃまするヒヨコちゃんは!」
人間を化け物として生き返らせてくれたプラチナブロンドの魔導師であれば、バズーカを100発ぶちこんでも大して問題はなさそうだが。
「ってなんで学校に居る!」
「ん?私はテレビを持って無くてな、宿直室とやらにあるプレーヤーでDVDを見る為にちょっと」
「宿直の先生は!」
「眠らせた」
だが、陰気なのか陽気なのか分からない人物の登場で場は少々混乱しそうではあるが。



第十四話 完


『そいつにあった戦い方』





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