第十五話「そいつにあった戦い方」



冷えた床が冷気を体に纏わりつかせる、暗い視界が無暗に不安を駆り立てる、静寂過ぎる周囲が自分の足音を際立たせて、ちょっとした物音に過敏にさせる。
「これは……不味いかな?」
知らず知らずの内に言葉が出て、自分でそれに驚く。
全く、馬鹿みたいだ、自分で出した声に驚いてちゃおちおちいびきもかけやしない。でもなのははいびきはかかないので、この問題に関してはどうでもいいのだが。
「おーい、ローくぅーん……エーティーちゃーん……」
割と大きな声で呼んでみても反応は無く、むなしく床と壁と天井とに反響するだけ。
仕方なしに少し歩いて、また呼びかける。それの繰り返し。
おかしかった。
自分は戻って来ないエーティーを探しにローグと一緒に歩いていたら、何時の間にか一人になっていて、しかも見知った学校の中だというのに迷ってしまった。
「ここは、一体何処?」
「ここはジュエルシードの魔力の影響を受けて空間が歪んだ場所、夜になって人の気配が消えると出て来るんだね。それにしては少しおかしいみたいだけど」
「うわっひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
独り言に答えられて、しかもそれがこの場に居るなんて全く予期しないフェレットからのもので、おまけにここには自分以外誰も居ないんじゃないかって錯覚に陥りかけていたところだったもんだからなのはは酷く驚いた。
そりゃ恥も外聞もある女の子が“うわっひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!”なんて声で叫んでしまうくらい。
「あ、ごめんなのは。驚かせるつもりは無かったんだ」
絶対嘘だ。そう思うも自分以外に人、いやフェレットが居るということが頼もしく感じられる状況なだけに言い出せ無い。
「ゆ、ユーノ君!なんでここに……」
「うん、ジュエルシードの反応を強く感じたからね。この学校は今結界の中にあるみたいで、入るのは簡単だったけど出るのは難しいみたい」
「それはいいの、いやよくないけど今は置いといて。ユーノ君、どうして私が呼んでも応えてくれなかったの?」
「あ、ごめん。ちょっと僕は調べ物をしていたんだ」
「調べ物って何?」
「うん、なのはの特性について」
「私の、特性」
自分にある特製、そう言われてもピンとこない、でも確かに何かある。そう漠然となのはは思った。
自分に何も無ければユーノが調べたりしないだろうし、思い返せばシーリングモードを初めて使った時、ユーノはとても驚いていた様に思えた。
それとも関係があるのかも知れない。
「それって何?」
「過去の事例を調べて分かったんだけど、簡単に言うとね、なのははいじくるのが得意って事なんだよ」
いじくる。
それは何をどうする事を指すのかと問われれば、少なくとも機械をいじって改造するというのとは違う。だが、形としてはそれと同じなのだ。
なのはは、レイジングハートの内部を無意識の内にいじっていた、自分が使い易いように、自分がもっと強くなれるようにと。
それはレイジングハートの本来のプログラムを変える程に強烈で、本当のシーリングモードの形である杖状のものを、爪という全く違う形にしてしまう程。
しかもそれは待機状態以外のほぼ全てに作用しているみたいで、バリアジャケットに身を包めばレイジングハートは杖の形となる筈なのに、球の形のままでいるのは異常。
その上、存在しない筈のブレイドモードなど出てくれば異常事態のオンパレードだ。なのはにはそういう風に、足りない物を継ぎ足し、既にある物を削ぎ落とし、自分にとって理想の形状となる様に変える才能があるらしい。
「へぇ、それって良い事なの?」
「うーん、一概に良いとは言えないんだ。物はその機能をフルに発揮出来るように考えられて形を与えられる訳だし、それを無理に変えると真価が発揮出来なくなるかもしれない。でも程度を守ればかなり有効な才能だよ、自分専用にチューニングされたマシンって扱いやすいだろうし」
「そっか、ありがとう、調べてくれて。朝は元気無かったから、てっきり落ち込んでいるのかと思っちゃった」
そうなのはが言った瞬間。僅かだがユーノの表情が陰りを見せた。
「あ、朝は落ち込んでいたって言うのは正解だよ。僕は役に立てなかったから」
「え、そ、そんな事無いよ!ユーノ君は役に立ててるよ!」
「いや、いいんだよ。僕は戦闘になるとたいして役に立たない、それは事実だ。だから僕はなのはの事について調べたついでに幾つか自分が強くなる方法を探して来た。今すぐにとはいかないけど、きっと僕も一緒に戦うから」
そう言ったユーノの顔は決意に満ちていた。今すぐになんて無茶を言わない辺りが、ユーノらしくて、良くも悪くも憶病で冷静、それは確実を期すなら必要な事。
だからなのはは無言で頷いて、受け止める。会話が一段落したところでふと思いだした。
「あ、そうだ。ユーノ君は他の人の居場所は分かる?」
「他の人って、なのはの他にも誰か居るの?」
「うん、ローくんと今日知り合ったエーティーちゃんって子なんだけど」
そこまで話した時、なのはとユーノは感じ取った。
今は話を続ける時では無いと。
ッ―――――!
声にならない、人にとって音にならない超高周波数だけをぶつけてくる不快感。
それがする方に視線を向けると、何かが蠢いていた。
それは何かとしか表現する事が出来なくて、まるで魚眼レンズを通してものを見たみたいに壁の一部が見えた。
その一部がゆっくりと、時には俊敏に動いている。
動く魚眼レンズ、そんなものは無い。何より、感じる魔力はとても強く、砂の塊や毛むくじゃらよりもずっと強い怪異。
「なのは!」
「うん!」
Set up――
一瞬にしてバリアジャケットに身を包むなのは。
だが――
ヒュッと風切り音が鳴ると、魚眼レンズは在った筈の場所に無く、連続する風切り音が嫌な予感を煽る。
「これは、移動してるの?」
「暗闇の中、不味い!」
広い広い先が見えない場所で、魚眼レンズに映し出された様なぐにゃりと歪んだだけの景色を探せというのか?
それは余りに無茶な質問で、レンズの大きさが人間の子供ほどにも無いとなれば尚更、加えてこの重い暗闇、悪条件だけなら万事整い過ぎている。
尚も続く風切り音が、敵がなのはを狙っているのだと知らしめている。
「どうする、なのは?一端逃げる?」
判断のつかない状況に戸惑うユーノ、その問いに対する答えは無い。
「なのは?」
ユーノが無言のなのはを不審に思い、視線を向ける。見るとなのはは眼を閉じ、じっと佇んでいる。それを見てユーノは黙り、なのはの足元に隠れる様に移動した。
邪魔をしてはいけない。この勝負は一瞬で決まる。
その二つだけが、ユーノの頭にあった。
ッ―――――!
ヒュッゥ。
聞き取れない怪異の声の周波数と風切り音…………遅い。
「ディバイィィィィィン……」
レイジングハートを介して魔力を高める。魔力の循環率は100%、これなら行き当たりばったりでも劣る事は無い。
迫る風切り音、今度はこれまでの様に別何処かを目指すのでは無く、なのは目掛けて真っ直ぐ飛んで来る。
「バスター!」
グシャリッ……ズルッ。
勝負はユーノの予想通り、一瞬で付いた。
暗闇を利用してなのは達をかく乱していた魚眼レンズの怪異、いや、今は死体になって姿が見える。カメレオンの保護色を利用した移動とそれに伴う奇襲攻撃、本来なら対応困難なそれに対し、なのはは静寂を保った。
風切り音一つ逃さず耳で取り込み、敵が本気で来るというタイミングで鳴るであろう他よりも強い音を脳で選別し、叩き落とす。
隠れ、かく乱して敵の攻撃を受けないスタイルを取っていたカメレオンの防御能力は脆弱だ。なのはによりチューニングされた威力重視の魔法、ディバインバスターを零距離で拡散発射、それを纏った拳を叩き付ける技法、ディバインバスター・パニッシュとでも呼べばいいか、それを受けて一撃の元に絶命したのだ。
やがてその体躯は崩れ、消え、ジュエルシード・シリアル]を残して消滅した。
「ふぅ、何とかなったね」
「毎度毎度なのはには驚かされるよ、ディバインバスターで直接叩くなんて方法をいつ編み出したのさ?いや、そもそもディバインバスターを何時の間に?」
「え、なんとなく魔力込めてやってみたら違う感じになっただけなんだけど……」
ユーノはそれを聞いて思った、もうなのはにそういう質問はするまいと。



「ちょっ、あんた見てないで手伝ってくれよ!」
飛び跳ねながら喋るのって思ったよりもキツイなんて考えながら文句を垂れるローグにイリスは言ってやった。ああ、これでもかってくらいに言ってやったよ。
「嫌だ。お前がやれ」
「だからやってるだろ!その上で手伝ってくれって言ってんの!」
ヒヨコの足を、衝撃波を、羽を避けながら悪態を吐く。器用なものだなとイリスは思い、また言ってやった。
「駄目だ、お前がやれ。お前は私に命を貰った立場だ、私を楽しませる義務がある」
「失敗すると思ってたくせに!」
「それはそれ、これはこれだ」
ああ、思い切り嫌な顔をしている。そう見て取ったイリスは思わず大笑いしそうになった。
生意気盛りの子供が、自分にあんな視線を向けるくらいに嫌がって、でも逆らえない。すっごく楽しいよ。
「ほぉら、来たぞ!」
「うぉ!」
大地がひび割れる音とコンクリートが砕ける音、ヒヨコの大暴れとローグの常識外れな威力の攻撃で校舎はもう見る影もなく破壊されている。
ったく、無茶苦茶だ。ローグはまだ魔導師となって丸一日程度しか経っていないというのに。しかもその一日という換算もこの馬鹿げた時間軸の上での話、ジュエルシードをどうにかすればどうせ外はまだ夕方、予想以上に時間が経っていてもまだ深夜と呼べるような時間では無いだろう。
24時間経たないと一日じゃないなんて細かい事を言う気は無いが数時間単位で端折られると流石にやり過ぎだと思った。
「仕方ない、やってみるか」
「と、手伝いはしないがヒントはやろう。このままでは盛り上がるまで時間が掛って退屈で干からびる」
「ヒント?あいつの弱点でも教えてくれんのか?」
「お前は何故、そうも人間染みた戦い方をする?」
ふざけるなら後で家に来い、そしてアリサを笑い殺せるくらい面白いボケをかませ。出来なかったら笑い死ね。
そう言ってやりたくなる程もうわけわかんなかった。けど、どういう意味か漠然と理解した自分はやっぱりもう人間じゃないなと、ローグは胸中で呟いた。
「こいよ、ヒヨコ!」
だから全力で挑発してやった。鳥相手に人間の言葉が通じるのかは分からないけど、取り敢えず叫んどけばニュアンスくらい伝わるだろう。
それで十分、やれるさ。
ピィィィィィィィィィィ!
耳障りな騒音をまき散らしながら走って来るヒヨコ。じゃあ、やりますか?
「やっちまうか!」
まずは小手調べ、相対距離約20メートル。そこから思い切り腕を振る。そしたら即走り出す、次いで校舎の側面を蹴って駆け上がり、屋上へ。
そこでもう一発腕を振る。
ピィィィィィィィィィィィ!
次の瞬間に聞こえて来たのはさっきよりもやかましくすっきりした気分にさせてくれる悲鳴。そりゃ痛いよな、なんせ質量を持つくらい、物質扱いされるくらい圧縮された魔力の塊がディープインパクトの分の魔力を乗せながらぶち当たったんだから。
「いい、いいね。言われて即行動に移すとこもいいが何よりいきなり自分の腕を切り離してぶっ飛ばすところがいい!思い切ったな、だがそれでは長く続かんぞ」
「分かってるさ、これはテストだ」
言いながら両腕を再構成するローグ。思った通り、任意で各部の魔力連結を解ける。
さっきのは肩の部分の魔力連結を解き、腕から先を切り離してぶつけた。当然本体である精神から切り離された魔力の塊は質量を保つ事は出来なくなるが、超高速で飛んでぶつかるならそれでも問題無い。
これで確認は済んだ。
そう、この魔力構成体は全身これ凶器。
全てが疑似肉体を成す為に圧縮された膨大な魔力なだけに、ただぶつけるだけで強い。各部の魔力連結を解いた時、神経の代替物を切り離す分の痛みは感じない。
恐らくは無意識に痛覚の部分から切り離しているのだろう。
これは、強いな。
「せぇぇぇぇぇぇいっ!」
怯んだヒヨコの顎の下まで駆け、全力の蹴りをお見舞いする。ついでに殴る。
するとヒヨコは簡単に崩れ落ちた。そりゃそうだろうよ、なんせ顎の皮膚の内側、骨を直接殴ったから。
「もうそこまで出来るのか、魔力圧縮の瞬間解除と瞬間結合。これはかなりの高等テクニックなんだがな」
殴る寸前に腕の魔力圧縮を解除、約100分の1秒間だけ空気中の魔力となんら変わらない状態にする。その上で腕をさらに進め、そこに拳があれば顎の内側に入り込んでいるだろう場所まで来たタイミングで結合する。
するとだ、再び創られた腕は顎の内側、皮膚の中であり肉や骨の傍で顕現する。
結果、ローグの腕で圧迫された他の存在は魔力的物質的に敗北し、破裂する。
まぁつまりは、壁をすり抜ける攻撃が出来るって訳だ。
ピギィィィィィィィッィィィ!!!
水槽がヒヨコで水槽の壁が皮膚、それをあたかも手品の様にすり抜け内部たる水を掴むローグの掌。
これぞ魔力構成体、肉体を持たず魔力を疑似肉体とする者のみが使える化け物の戦術。最早彼に人間の常識はまるで通用しない。
刺されれば死ぬ魔導師でも無く、火で焼かれて死ぬ使い魔でも無く、粉々にされて絶命する魔獣でもなく、魔力が潰えるまで刺しても焼いても砕いても死なない疑似肉体を持つ化け物。
「アウト!」
Crush――
上空から振り下ろされる蹴りは、地に倒れ伏したヒヨコを押し潰した。



第十五話 完


『98%』






あとがき?


はい、ギャバです。
ぶっちぎり肉弾戦路線ですよ。一応なのは達がそういう戦い方ばっかりする話って感じで書いてますので。
出て来るキャラの皆さん、攻撃的ですね。書いてる人の所為ですが。
それではまたー。





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