第十六話「98%」



血に塗れる地面とその中に浮かぶジュエルシード・シリアル]T、それを拾うローグと見詰めるイリス。
戦いの衝撃で瓦解した体育館と、そこから出て来たなのはとユーノ。
役者は揃った、さぁ大騒ぎの始まりだ。
「コール、シリアル]U」
透き通る声と振動する天空。
降って来る、何かとても嫌なものが。
「ローくん……とイリスさん!」
「なんだ、お前知り合いだったのか」
「うん、この前ちょっとあって」
「お前ら、そんなに呑気に話してていいのか?」
いきなり訳も分からず再開したなのはとローグ、だが主催者は僅かな会話の暇さえ惜しんで事を進める。
ヒヨコとカメレオンを贄として儀式を執り行った。
時間を錯覚させてまで演出した、木綿人形の中に隠したジュエルシード・シリアル]U。その中から力を引き出す術。
それは成った。
「何か来る!」
ユーノの叫びにも似た警告。
落つ、獣。

アアアアァァァァァァァァァァァァァアァァ!!!!!

デカイヒヨコの声よりも耳触りで、カメレオンが移動する際に鳴った風切り音よりも不安に駆られる。
これは、特大の化け物なんだと頭に本能が呼びかける。
「いろいろと試し過ぎてもう余力はそんなに無いんだが、あんたは手伝ってくれないんだろ」
「そう言うならせめて疑問形で言うべきだ。どうせ答えはNoだがな」
「分かってるからそう言ったんだ」
現状の戦力を把握しよう、遠距離魔法が使えるらしいなのはと、接近戦しか出来ないローグ。攻撃力は期待できないユーノと、戦わないイリス。
最後の一人だけでも居れば、2秒で終わるかなーなんて思いながら、ローグは勝つ算段を立てていた。
「ローくん、作戦ある?」
「今考えてる、お前はあるか?」
「無い」
「きっぱり言ってくれる」
これは予想範囲内、なのはは難解な戦術を必要とするシュミレーションゲームとかあんまりやらないだろう、ただのイメージだけど。
そう、基本はそれと同じだ。
如何に敵の攻撃を受けずにこちらの攻撃を叩き込むか、そしてそれを如何に効率良く回すか。
ただ、一つだけ忘れてはならない。こちらも相手もコンティニューやロードの無い、失えばそれで終わり、たった一つの命を賭けた文字通りの死戦。
その中に一人場違いなコンティニューした奴が紛れ込んではいるが、これは馬鹿みたいに強過ぎる敵にとってのハンデ、これくらいのハンデがなきゃ、やってらんねーって言ってコントローラー投げ出しそうなくらいの戦力差。
考えろ。敵の出す手を全て読み尽し、こちらの手を確実に打ち込む術を。
「嘘だよね、これ。ねぇ、なのは……ローグ」
「あー、ハンデ追加。イリスが駄目ならせめてあの金髪の魔導師くらいくれよ」
「そうなら嬉しいんだけどね」
なのは達の前に現われた怪異は特大なんてもんじゃなくて、言うなれば超弩級。
身長3500メートル推定、体重2000万キロ推定、バスト1000メートル推定、ウエスト1000メートル推定、ヒップ1000メートル推定。
形態、ミノタウロスと言えば想像しやすいだろう、要はデカイヒヨコよりもさらにさらにデカイ、超弩級のミノタウロス。
学校……ペシャンコなんですけど。
「おいこら待てお前!弱点とかあるんだろーな」
「ミサイルとかも平気そうだよね、あの大きさだと」
「お、大き過ぎるよ」
まさに特撮の世界。五体合体の巨大ロボでも光の巨人でも街を荒らして回る正義の怪獣でもなんでもいいから出て来い。これはそっちの領分だろう。
「何を言っている、可愛いものじゃないか」
「あんたのセンスには期待して無い」
勝つ方法、勝つ方法、勝つ方法……あるとすれば一つだけか。
「なのは、全力であいつの頭に飛び道具だ。届くか?」
「ここからじゃ角度的に無理だけど、飛べば届くよ」
「よし、それで行こう。お前は空で魔力を出来るだけ溜めて待ってろ、俺があいつの注意を引き付ける」
「そんな、無茶だ」
「お前はなのはのサポートに回れ、あいつ相手に一発でも耐えれるのは俺だけだろ。お前達だといくらなんでも即死だぞ」
配役は最初から決まっているのだ。出来る者が限定されているならば、攻撃と囮と補助が揃っている現状は十分に“やれる”布陣だ。
「行くぞ」
「……うん、分かった」
なのはは空へ、ローグは敵の足元へ、ユーノはなのはの肩へ。
それぞれが役割を果たしてこそ、勝利を手に入れられる。だから……
「アウト!」
思い切りやるんだ!
「クラッシュ!!」
肉の塊を叩いたような、そんな不気味な感触がする。効いてなんかいない、そう判断するには十分過ぎて、ローグの存在に気付いてもいないという事に気付くのにも十分過ぎた。
なのはに狙いを定めたミノタウロスは手にした斧を豪快に振るう。
「くっ!なのは!」
「僕が行く!」
なのはの肩からユーノが飛び、結界を展開する。
「ユーノ君!駄目ぇ!」
あれでは砕かれる。いかに結界が得意な魔導師とはいえ、全長数百メートルはくだらない斧の一撃に耐えられるものか。プレス機の前にゴム毬を置く様なものだ。止めるどころか1秒だって耐えられない。
「角度修正……こうか!」
真正面から垂直に斧が迫る。このままユーノが死ぬ?そんな訳無い、絶対無い。
だってユーノは、なのはと一緒に戦うと約束したから。ならこんな場所で死ぬ筈無い!
「ユーノ君!」
叫ぶなのはと迫る必殺の斧とに挟まれて、ユーノは何かを確信した様な強い眼をしていた。結界の中心を両断する形で振り下ろされた筈の斧は、ユーノの結界を壊す事無く、地面に叩きつけられた。
その振動で自身みたいなものが起こり、地面に亀裂が入って行く。ああ、もう学校の敷地くらいどうにでもなれ、責任は全部燃えるゴミの日に出してやる。
「ディープ!」
力強く踏み込み、拳を構える。
ユーノが防ぐ事は分かっていた、あの眼を見た時から確信していた。だからローグはその間全力で魔力を溜めていた、討つ為に。
「インパクト!」
渾身の一撃を放つローグ、その一撃は魔力を溜めに溜めた上、自身の腕を一本丸々魔力に変えての一撃。
左腕を文字通り捨て身にしての攻撃。
だから!
「崩せる!」
ミノタウロスが足を殴られ、バランスを崩して倒れ込む。

これが――

「ディバイーン……」
なのははもう発射体制に入っている。彼女も途中からユーノが平気だという事に気付いたのだろう、その魔力はローグのディープストライクよりもディープインパクトよりもずっと大きい。まさに100%の砲撃。

――必殺の好機!

「バスタァー!」
発光するなのはの手の中のレイジングハート、ローグの気付かぬ間に、砲撃用の形へと変わっていた様だ。
これならいける、大きな爆発音と共に立ち上がる煙、光る眼光。
そう思ったのに。
「はは、嘘だよね」
「そんな……」
「反則だな」
なのはの100%全開のディバインバスター、それを受けて尚立ち上がるミノタウロス。
悠々とした態度で、斧を振り上げる。それは何故か刃を横にした団扇みたいな振り方だった。
「ユーノ!さっきのもっかい!」
「無理だよ!あれは攻撃の角度をほんの少しずらすやり方なんだ、あいつ学習してる!あの一瞬で何をされたか見切ったんだ!」
角度を変える魔法、確かにそれならば点は防げても面は防げない。
「ほんとーに反則だなおい!」
ゴァァァァァァァァァァァァァアァァッァ!!
激しい咆哮と共に斧が振り下ろされる。
斬るよりも押し潰すそれは範囲が広く、また振り下ろすだけでとんでもない強風をまき散らした。
「わぁぁっ!」
「くっ!なのは!」
その風に吹き飛ばされ、地上に墜落しそうになるなのはをローグが受け止める。
万事休す。まだ一手しか投じていないが手詰まりだ。
「手数が通じる相手じゃない、こっち側最強の攻撃も通じない、ゲームみたいに確実な弱点もない、利用出来る地形も道具もない、どうする?どうすれば勝てる?」
だが、例え手詰まりでも勝たねばならない。
こいつがここに居る内はいい、だがもし外へ、この仕組まれた空間の中から出れば、それは危機なのだ。

――他人にとっての危機など関係無い、建造物にとっての危機など関係無い、社会や地域、そんなのは二の次なんだ。ローグウェル・バニングスが他の全てを捨ててでも守りたいもの、アリサ・バニングスを確実に守り抜く為に。
「絶対に、外には出さない」

――誰が危機になったって関係無い、何処が危機になったって関係無い。この世界の全てを守るなんて傲慢を言うつもりは無い、だから出来る限りはやりたいんだ。高町なのはが全力を注いで守るもの、自分とその周りに溢れる笑顔を確実に守り抜く為に。
「絶対に、止める」

後先考えるお利口な戦い方では届かない、自身の持てる全てを使って叩き潰さねばならない。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
この身、この心、この魔導の全てを賭けて戦うんだ!
「ローくん!1分守って、その後は支えて!」
「ああ!なにするか知らねーが、お前なら信じられる!」
高ぶる心と体を引きずり、全身が発する痛みが高揚を引き起こしている内に走り出す。
この早鐘を納めるな、一気にぶち抜け!
「ディープ!」
Strike――



ローグがミノタウロスに猛然と向かうその後ろで、なのはは静かに眼を閉じていた。
ゆっくりと、シューティングモードになったレイジングハートをミノタウロスの顔に向ける、眼は閉じたまま。これは練習だ。
「うん、分かる」
魔力を感知して、そこが頭部だと分かる。これなら出来るかも知れない。
なのははずっと考えていた。
もし自分の最大の攻撃が効かなければ、どうやってそれ以上の攻撃を繰り出すか。周囲のものを利用した方法を考える必要は無い、それはローグがやってくれる。なら自分が出来るのは、自分の中で如何に強くするかだ。
そう、先程の砲撃は100%と言いながらも本当の100%では無かった。なのは全体から見ればせいぜい60%くらいだろう。では何故それで100%と言ったのか?答えは簡単だ、それが人間の出せる限界だから。
人が処理出来る情報量には限界がある、呼吸をする為の呼吸器官を動かす為の情報、狙いを付ける視覚、構える四肢、微調整をする筋肉、体内の熱を発汗という形で取り除く、それら戦う為生きる為に必要な情報処理量を除いて魔法の運用に回せるのが60%、それを最大限に使ったから100%。
「まだ、40%も残ってる」
それで足りないなら、残りを使えばいい。
まず、視覚情報処理能力を完全に遮断する。魔力で位置を感知出来ればそれで十分。次に発汗、その次に微調整をする筋肉、次いで構える四肢。だらんと両手が垂れ下がり、足がゆっくりと折れて地面に倒れ込む。まだだ、まだ余分な事に回している分が多すぎる。
1分くらい呼吸しなくても死にはしない、呼吸器官も止める。これで残ったのは魔力運用と、思考と……
そこまで考えた時に人の手が触れた。ユーノの手よりも大きいのでローグのものだと分かる。起き上がらせてもらい、肩を掴まれ、腕を支えて貰う。ああ、なんだ、まだ触覚が残っていた。遮断。
次は、嗅覚、味覚、痛覚遮断。
これで、これでいい。
【狙いは俺が付ける、お前は俺の合図に合わせて撃てばいい】
【あは、念話は通じるんだね。確かに、魔力と思考だけでいけるしね】
――うん、体中に魔力を通す為のパイプラインが出来ているのが分かる。魔力循環効率を極限まで高めないとね、そう60……70……80……
「くそ!あいつ無茶苦茶になんか飛ばして来たぞ!」
「大丈夫、僕の全魔力を使って結界を張ったから!まだ10秒は持つよ」
「なのは、まだかよ!」
――呼吸が出来ないのが辛い、真っ暗闇さえ見えない事が怖い。何も触っていないみたいな感じなんていう、感覚も無い筈なのにそれが分かって気持ち悪くて仕方無い、痛くないのが怖い、こんなに近いのに!触れているのに人の温もりを感じられないのが怖い!
――けど!まだ、まだ足りない!……90……95……96……97……あと、一歩おぉぉぉぉぉっぉ!!!!

グルァァァァァァァァァァァァァァァァァアァァ!!!!!

「破られた!」
魔力循環効率、98%
【いける!】
「よし、あいつの顔目掛けて超々弩級のをかましてやれ!」
【【いっけぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!なのはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっぁぁ!!】】
全力全開!
【スターライト!】
「っ――――――――――――!!!!」
【ブレイカァァァァァァァァァ!!!!】
ッグルァァァァァァァァァ!!!
咆哮も轟音も爆発も焦熱も、なのはには感じられなかったけど、なんとなく自分は守り抜いたんだと確信した。
それは、泥の様に眠る切っ掛けには丁度良い、安息だった。



第十六話 完


『yes sir』




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