第二十話「継ぎ足し削ぎ落とす者」



「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
一歩一歩に全力を込めて走り行く。その全ての衝撃が図書館の床にボーリング玉を思い切り落としたかのような跡を残して、真上からはそれが無骨な軌跡に見えた。
それに反応して猛然と襲い掛かる手の群れ、それを両手に携えた剣で斬る、斬る、斬る。
体全体を振り回す様に使って身の回りの触手全てを斬り落としたら次は思い切り床を一蹴り。前方へと跳んだローグは渾身の力を込めてソウガを振り下ろす、目標は車椅子の右車輪。
「まず、一ヶ所!」
手の群れは全て車椅子から生えている。ジュエルシードは八神本人に取りついたが、車椅子の方が好きかって弄くり易いと踏んでそっちを元に手を生やしてきた。
何故“手”なんてものを生やしたのか、それは恐らく八神の深層意識の影響。これは予測でしか無いが車椅子というハンデを背負った八神は学校に行っても何処か引け目を感じ、車椅子を使用する程の怪我であれば通院もしなければならないだろうから、その所為で学校に行く機会も減る。
両方を総じてみると“手”が現れた理由の想像は難しくない。八神は寂しかった、きっと人に囲まれていても何処か寂しかったんだろう。その結果があの手の群れであり、感謝しつつも煩わしい存在である車椅子を起点とした戦いの形だ。
だが、如何に無数の攻撃手段があろうともこれは好都合。対象がぶち壊してもどうにかなるものなら加減せずに全力でやれる。
ブチブチブチと嫌な音をたてて両断される手、そこに追撃をぶちかます。
Out crush――
空中から地上へ脚を着き、サッカーボールを蹴る要領で脚を振り抜く、自陣ゴールから敵陣ゴールまで届かせる腹積もり。
(おかしい、弱過ぎる)
これまでのジュエルシードに関わった敵としては余りにも弱い。確かに耐久性という点においては一級品だが、それだけで戦いの中で生存する事は出来ない。
絶対に攻撃手段を持っている。そう、それは先手を打つタイプでは無く受けてから返す後手。例えば今まで散々斬りまくって来た手が起き上がって攻撃してくるとか。
「って、気持ち悪いなおい!」
まぁ事実、ローグは復活した手の群れに囲まれていて、その手共はどれもみんな浮遊していやがるのだから趣味が悪い。
双剣で攻撃出来るのは二方向、大振りで範囲を広げても三方向分くらい、蹴りを加えて四方向。敵は四方八方に上下合わせて十方向。とてもじゃないが速度で対応出来るレベルじゃ無い。速度重視の魔力拳、ディープストライクとかどうだとか考えてみても、それを打つだけの時間も貰えずに四肢を絡み取られて行く。
「くのっ!うぉ、からみつくな!」
斬り裂いても蹴っても一向に減らない群勢に、ローグは次第に飲み込まれて行った。






「ディバインバスター・パニッシュ!」
なのはの左拳が手を砕く。ジュエルシードが八神を中心として力を拡大させて図書館全体を乗っ取ったのだ。
ユーノの結界で一般人の介入は防げたがそれでもキツイ状況なのに変わりは無い。100人以上を余裕で収容出来る図書館、それだけ広い空間のありとあらゆる方向から迫る敵に対抗するには、ローグを含めて三人という戦力では少な過ぎた。
「くぅっ!あなたも戦って下さいよ!」
怠慢魔導師を見てユーノが叫ぶ、彼もこれまでのフェレットの姿では無く人間の姿となって戦っていた。なのはと共に戦う為に編み出した、結界魔法を小規模発生させてそれをぶつけて押し潰す魔法、エリアプレスを使用して。
「ユーノ君、イリスさんの相手をするくらいなら攻撃して!でないと追い付かない!」
右手でブレイドモードのレイジングハートを振り、左手と両脚も使い斬って殴って蹴りまくり、それと同時にディバインシューターを並列処理でコントロール。額から汗が止め処なく吹き出て来る、息はすぐに上がって眩暈までしてくる、無理矢理な魔法の並列処理でなのはの体力と精神力は急速に奪われて行く。
とてもじゃないがユーノのフォローには回れない、イリスを説得する事に意識を向けて倒れられては全滅の恐れがある。
「そうだぞ、私は部外者だ」
不思議な事にイリスの周りには手は一本も存在しなかった。それどころかレイジングハートに裁断された手の破片も、彼女の近くにいくと消滅してしまう。そんな便利なものがあるなら使ってくれと言いたいが、それを聞くようなら言われなくてもやっているのは道理。
仕方なくユーノは敵を押し潰し、なのはは獅子奮迅の戦いをしていた。
「なのは、砲撃は出来ないの?」
「無理だよ、こいつらを一気に吹き飛ばすにはスターライトブレイカーじゃないといけない。魔力を集中してる時間なんて無いよ」
駄目元で聞いてみたけどやっぱり駄目だった時って、分かっていた筈なのに結構がっかりするのは何故だろう?
それは心のどこかで期待していたからで、無理って言われて腹をくくる準備が出来た。ここからがユーノ・スクライアの本領発揮だ。
「角度修正プラス90°」
ユーノの前方に緑色の光が溢れ地面に魔法陣でマーキングをつける、そしてそこを通ろうとした触手の進行方向を悉く曲げる。直進してきたその全てが方向こそまちまちだが慣性を無視して直角に曲がって行く。
幾つかに分かれた直進群、その一番多いユーノの左手側の奴ら目掛けて小規模結界を展開。押し潰す。
Ceiling mode――
「ネイル・オブ・ラインダッシュ!」
なのはの左手の黄金の爪が煌めく、それは線を描いて押し出し、魔力の刃を創る。目指すはユーノに潰された奴等に次いで多いユーノの右手側の群。それが1秒で壊滅した。
これまでに二人が倒した手は既に1000を超える。だがそれだけ討ち倒して尚、敵の数は膨大過ぎた。
「わぷ!」
「ユーノく、わぁ!」
善戦する二人だったが、圧倒的な数の暴力の前では飲み込まれる他無い。



ひしめく手の群れの中でローグは考えていた。
どうすれば八神を救いだせるか?正直言って分からない、今まで自分がやって来た方法は倒す事だけだったし、そうでなくとも人間を相手にするなど初めてだ。
だがヒントはある。ユーノがなのはを助けた時、自分は確かにその場に居たのだ。思い出せ、ユーノはどうやってなのはを救った?力ずくでは無いどんなやり方で救った?
「…………なぁんだ、力ずくとあんま変わんないな」
記憶の奥底から呼び出された、その見ていない筈の映像は、レイジングハートで無理矢理ジュエルシードを押し出すというもの。
なら自分はどうする?真似でもするか。
「おい、お前まだいけるか?」
Yes king――
「よし、いいぞお前、派手に行こうじゃないか」
身動きの出来ない、手に絡まれた状態、それをまずは脱する必要がある。けどそんなのローグウェル・バニングスには至極簡単。ただ考える時間を敵の腹の中でならある程度安全に取れるという判断からそうしていただけ。
全身の魔力の結合を弱める、自分自身を水にしろ、完全密閉でも無い限り捕らえられはしない、魔力という水になれ。
(イメージは流動、叶えるは分解、次に繋げるは再構成)
「ソウガエイセン!」
自身の体を一瞬だけただの魔力へと返還してそれを移動、すぐさま再構成を行い四肢の拘束をずらす、そして唱える呪いの言葉。ソウガの刃にでたらめに魔力を突っ込んで拡大、生まれたのは全長5メートルになる巨大な刃。けど重さは変わっていない、これは魔力だから、質量なんて本来持つ筈が無いものだから。
絡み合った手の群れの上に立ち一本は下に突き刺し、もう一本は真横を薙ぐ。
そこから速攻を掛ける。
未だ脚の下で蠢く奴等にアウトクラッシュをぶつける、別に蹴る必要は無く、上に立ってるって事は最初から踏んでいるんだから何時もの調子で踏み込めば良い。そう、一歩一歩に全力を込めて走り行く。その全ての衝撃が手の群れの床にボーリング玉を思い切りぶつけたかのような跡を残して、真上からはそれが無骨な軌跡に見えた。
それに反応して群が痛みに身を捩じらせていく、目の前に現れて邪魔する馬鹿にはソウガエイセンをくれてやり、突き刺してやった。
「八神!」
ようやく辿り着いた八神の体は以前あった時から全く変化していなかった、見た目には分からないが車椅子を使わなければいけない程の怪我だ、利用するのは余り得策では無いと踏んで精神のみを狙ったんだろう。
八神がジュエルシードに取り込まれてからそんなに時間は経ってない。なのはの様に精神汚染までする時間は無い筈だ。ならばこれは単なる眠り姫、無理にでも起きて貰う。
ソウガを双剣の形では無く待機状態に戻す。するとなんと月天物語になりやがった、俺の心配は何だったんだという考えを即座に頭から追いやって右手を突き出すローグ。
「デバイスをお前に使うなんてテクニックは無い、代わりに腕で我慢してくれよ!」
叫び、突き入れる。
魔力の繋がりを解いて八神の胸の中に腕だった魔力を突き入れる、体の中に魔力を流し込んで追い出すのであれば、これ程ローグに好都合な手段は無い。
思い切り、思い切り強く流れろ!
「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
八神の喉からそいつのものとは思えない絶叫が迸る。苦しいのは分かるけど我慢して貰わないといけない、死んじまうよりは遥かにマシだから。
「っくぁ!」
閃光が弾け飛び、目の前が一瞬眩み、ぶよぶよとした嫌な感触の上に尻もちを突く。慌てて八神の姿を見れば、八神が座っている車椅子はローグが壊した片方の車輪が欠けているだけで、それ以外なんら特別な部分は見られなかった。
そういえば尻の下の気持ち悪いのも減っていると気付き、ローグはどっと安堵した。



「なのは、平気?」
「うん、なんとか」
手の群れに飲み込まれたなのはとユーノは結界を張って何とかやりすごしていた、しかし敵の数は多く、もう1分も保たないであろう事ははっきりと分かる。
今の内に出来る事と言えば策を講じる事と魔法の詠唱くらいだ。だがどちらをするにしても時間が足りなさ過ぎて、1分で全方位を敵に囲まれた状態から脱する手段を講じるなど、どこの天才軍師なら出来るというのか。
だからなのはは考えた、策では無く詠唱で、魔法で切り抜ける。無論こいつらを一気に吹き飛ばすだけの大火力を撃つには時間が足りない、だがそれを叶えるのが理不尽の力。
ユーノは学校で言った、なのはには継ぎ足して削ぎ落とす力があると。それがなのはの持つ才能であるならば、今がその時だ。
「視覚遮断、嗅覚遮断、痛覚遮断、味覚遮断、触覚遮断」
削ぎ落とせ、これらは今全て不要なものだ。触れていなくてもそこにあれと信じれば頼れる戦友は手の中に在り続け、狙いなど全方位を囲まれているのであれば定める必要は無い。
臭いは特別関係無いし、痛みなど無い方が無茶が効く、味覚など戦闘に於いては最も不要かも知れない。
これで出力面は確保した、次は詠唱速度、魔法を叶える速度だ。
「掌以外の筋肉の駆動情報遮断、心臓のポンプ機能最低限まで低下、三半規管の駆動情報遮断」
バランスも立つ力も必要無く、心臓の動作も今だけは最低限で良い。立っている意味は無い、座り込んだ状態でユーノが背中から支てくれた。レイジングハートは開かれたなのはの左手に辛うじて握られている。
今遮断した情報を処理する筈の処理能力で詠唱をする、本来のものより速く、速く、ずっと速く。
だがまだ足りない、これでは遅過ぎる。
もっと、もっと、もっと速くなければいけない、自分の中の情報処理能力を流用するのには限界がある、肉体の機能は極限まで低下し、もはや動いているのは脳と心臓と掌のみ。
足りない分を補う為に思考の回転速度を上げるなのはの中に、一つの声が届いた。




愉快愉快といった風にイリスが手の群れの中に居るなのはを見て言った。
「レアスキル、継ぎ足し削ぎ落とす者―カスタマイザー―それは摂理を超える法則。今までのなのはは自分の中の肉体の機能を削ぎ落として力を高める法、デバイス内のプログラムに自分の思い描いた物を継ぎ足す法、片方どちらかしか使っていなかった。さぁ、見せてくよ、双法を使ったそのレアスキルの本当の力を」
その言葉はまるで新しいおもちゃを買って貰った子供の様で、ただ純粋な好奇心に満ちていた。




キャンセル。
そう心中で呟いた瞬間になのはの全ての機能が正常に戻った。ユーノは急に戻ったなのはに問い掛ける。
「なのは、平気?」
何故止めたかなんて聞かない、そんな理由は聞かなくても予想が付く、だがユーノの予想は外れていた。
もっとも、それは外れる事が喜ばしいのだけど。
「大丈夫。今知ったんだ、この力の使い方」
そう言って立ち上がり、レイジングハートを上空に向ける。
唱える――
「私は、継ぎ足し削ぎ落とす者―カスタマイザー―。私に触れる限りどんな現象でも継ぎ足して削ぎ落とす事が出来る。だから!」
レイジングハートを握るなのはの手に力が籠る、その瞬間スターライトブレイカーの詠唱が削ぎ落とされ、完了した。魔力が体の中を駆け巡る、その瞬間に力が継ぎ足され、魔力循環率は78%まで跳ね上がった。
もうこれ以上の事をする力は残っていないけど、これで十分。例え全てが最高の状態から一気に最悪な状態まで消耗したとしても、必殺の一撃を1秒と要さずに撃ち込めるのならば何処に文句を付けられるのか。
今のなのはの状態は最高では無く最高の十分の一程度だけど、別に全力を放つ必要は無い。
寂しがり屋の手の群れ共は、段々と減っている。恐らくは大本が倒されたんだろうけど、それでもまだ嫌気がさすほど多くて、結界が破られれば一大事だ。
だがこんなところでやられる高町なのはではない、今はただ生きる為に、桜色の光を持ってして貫くのみ。
「スターライトブレイカー!!!」
奔る極大の点が通った後、その先には空が見えた。綺麗な夕焼け空だった。



第二十話 完


『相容れない者達』





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