第二十一話「相容れない者達」



綺麗な夕焼け空は疲弊しきったなのはの心を癒し、ユーノを安心させた。図書館の屋根が丸ごと吹き飛んだのでローグもまたそれを見て安堵した。
彼の腕の中には八神が居て、小さくもしっかりと呼吸を続けている。魔力的な違和感は感じない。今は無理だけど、次はアリサとなのはとすずかと八神と自分で、こんな景色を見れたらきっと八神は喜んでくれるなんて思った。



「人騒がせなものだな、お前は」
人騒がせな事態を期待している奴が言った、なのはとローグの戦いをまるで子供の遊びだと言っている様な奴の言葉。
少女には、それが吐き気を催す程不快だった。
「どうでもいいでしょ。それよりあなたの持ってるそれ、私にくれない?」
金色の髪を後ろで束ねた少女、エーティーがイリスを前に告げた。少女は八神がジュエルシードに取り付かれた時からずっと見ていて、極力関わる事無くジュエルシードを手に入れる為に静観していた。
その視線はイリスの手の中にあるジュエルシード・シリアル]Xに注がれている。
「いいぞ、くれてやるよ」
とてもつまらなそうにイリスは言い捨てて、放り投げて、擦れ違い様にエーティーの導火線に火を付ける。地に落ちたジュエルシードが、まるで着火装置みたいだった。
「紛い物には大事だろうしな」
人には禁句が少なからず存在する。それは過去の出来事が原因のものだったり、単純に酷く嫌いなものの事だったり、自分のコンプレックスについてだったり理由は多種多様だが、大抵の者にそれは存在する。禁句は言われるのが嫌だという程度の反応しかしない者もいれば、エーティーの様に言った奴を殺したい程に憎んでしまう者もいる。
黒く長い筒を構え、白いスカートと少々のフリルで装飾された上着という格好だったエーティーの姿が変化する。白とは真逆の漆黒のバリアジャケット。手にするデバイス、アルアイニスはリボルバーの大砲、言い換えるとリボルバーキャノン。
「私を紛い物と呼ぶのなら、あなたは老人だ」
アルアイニスの銃口がイリスの顔に向けられる。躊躇い無く引き金を引いて弾丸を撃ち出す、それは銃口と顔面との相対距離およそ30センチで行われたにも関わらず、イリスに当たる事は無かった。
ほんの僅か反らされたイリスの体が、偶然では無く認識して避けたという事を物語っている。
「おおっと、血気盛んだな。いいぞ相手してやろう、あの雑魚よりは面白そうだ」
そう言った途端にイリスの脚から伸びる影、その中から大きな大きな斧が現れる。全長にして3メートルはあるだろう斧をイリスはまるでハリセンを振り回すかの様に軽々と薙いだ。それは瞬きをする間にエーティーの右腕のすぐ傍に迫る。
二人の距離は離れておらず30センチ程度だ、人間の運動能力でこれを回避するのは不可能。だがそれは運動能力に頼った場合の事。魔導師の能力であればこの1秒に満たない時間に引き金を引く事くらいは造作もなく、放たれた弾丸の常識外れな反動を利用、それに加速魔法を使用して距離を取る事ならば可能。
事実、エーティーは紙一重のタイミングで大斧の射程から脱していた。
「雷神の弾丸、セット」
エーティーの言葉に反応してアルアイニスに弾丸が自動で込められる、唱えるは雷神の加護を受けし魔法。その名を――
「ヴォルト!」
其れは自然界の力そのもの、空を雨雲が覆い、大雨を降らせ、自然の中で生み出される雷と同質のもの。速度は言うまでもなく人に反応出来るレベルでは無い。だが、弱点としては一直線にしか進まないという事だ。
「目線と銃口の向きを見ていれば弾道くらい読める。そう漫画で読んだぞ」
如何に弾が速くとも、引き金を引く直前に射線上に対象が居なければ直進しかしない弾丸などどうとでもなる。唇をふれ合わせられるくらいに接近したイリスは手にした槍を走らせた、長さは大体5メートル。
「ふっ!」
点の攻撃である突きを身を捻って避けるエーティー、すぐさま飛び退き距離を取る。そこで一言。
「気を付けろよ、それは重さ500キロはある。潰されたらただでは済まんぞ」
上空、夕焼けの中にあるそれは最初にイリスが振るった大斧で、槍の刺突の前に既に上空に放っていたらしい。しかし500キロとは馬鹿げている。
そんな温いもので殺されてやる程安くも弱くも無い。
「ヴォルト」
無造作に上空に向けて雷を撃ち、大斧を消滅させる。瞬間、エーティーが右足を回し蹴りの要領で前方に打つ。
軋む、イリスの両腕。
「中々の反応だな」
「あんなちゃちなもので私の注意を引き付けられると思った?」
「いや、だが私自らが接近すれば警戒するよな」
エーティーの上空に影が差したかと思えば、それはイリスの魔力により生み出された武器で、数は有に300はあるだろう。
それは剣、槍、斧、鞭、ナイフ、狼、牛、トラック、ボーリング玉、ミサイルと様々な形をしていた、どれもおぞましい魔力を湛えて。
「この、老人が!」
来るであろう大攻勢を前に距離を取ろうとするエーティー。しかし、それを躊躇わせるものがある。
「いいのか?今私の腕を止めているお前の脚、離せばすぐさま武器を創り出してお前の命を狙うぞ」
「このっ」
槍での避けやすい攻撃をフェイントとした上空からの大斧攻撃、さらにそれを隠れ蓑にした接近格闘戦、そうすると見せかけての武器の大攻勢。そのどれもが受ければ必殺となり得る威力を持っている癖に、どれも仕留められないと踏んでの連撃。
追い詰められた。この魔導師相手に防戦に回ってはいけなかったんだ、例え一手でもこいつに攻撃権を委ねれば、それはこちらが倒れるまで続く必殺の連撃になる。その全てを防ぐなんて事はエーティーには出来なかった。
絶対に防げない。距離を取れば大攻勢は避けられるがイリスに殺される、このままイリスの腕を踏みしめ続ければ大攻勢に殺される。ならば今取る手はただ一つ。
「地神の弾丸!」
「ハント!」
剣が煌めき槍が走り斧が落ち鞭がしなりナイフが飛び狼が吠えて牛が唸る、トラックが空を駆けてボーリング玉が空中を転がりミサイルが飛んで来る。
なのに、目の前に敵が居る。
地面に向ける銃口、撃ち出すは地神の加護を受けし弾丸。
「ノーム!」
大地、脈動せよ。
影で出来た馬鹿共に殺されて溜まるか、意地でも生き延びてやるさ、それがエーティーとしての存在意義、ただ純粋に生きたいだけなんだ。
「純粋なる願いより、強いものがある」
ドンッ、そんな音じゃ足りないくらいのド派手な激突音。武器に獣に機械に兵器、色んなものを混ぜたその力は巨大で、エーティーを中心に半径50メートルを大きな爆発に包んだ。
その中心で尚攻撃を続けようとするイリスと、それをアルアイニスで受け止めるエーティーは、壮絶ですらあった。
「ノームで作った大地の壁があって良かったわね、でなきゃあなた今頃自分の攻撃で黒焦げよ」
「ふん、自滅など無様は晒さんさ。この程度の熱で私が死ぬと思うか?」
「思っていないから言ってんのよ、そうなってくれたらいいなって願いながらね」
「そうか、ではその願いは永遠に叶わんな」
地神の加護を受けた弾丸の力により地面を隆起させて分厚い壁を形成、それによって大攻勢を凌ぎ切り、唯一壁を突破して来たイリスの手刀を大砲で受け止める。
防戦一方で駄目なら攻撃と防御を同時に行えばいい。ノームとは大地を操る術、自身の周りの壁と同時に岩の槍を発生させてイリスに放ち、それを避けている間に防御の態勢を取った。
だから手刀を防げたし既に込めた弾丸を撃つ事も出来る。
「ヴォルト!」
「素敵な戦い方だ。弱いのが欠点だがな」
引き金を引く前に避ける術は無い、イリスの動きは両側の壁によって極端に制限されている。引き金さえ引けば大自然の脅威は確実にイリスを討つ筈だ。なのにそれが防がれているのは、イリスの大自然の恩恵を使っているから。
影とは光があってこそ生まれるもので、それは物体に光が邪魔されて直接届かないから、だからそれはきっと雷と同等くらいには速いだろう。そして大地の壁という光を遮断するものがあるという事は、イリス・ブラッディリカ・サタン・サクリファイスにとってここは全て己が武器なのだ。
だから雷はイリスの足元の影から生まれた盾によって完全に防がれ、エーティーの喉元には影で出来た鎌が掛けられている。
「お前の負けだよ、紛い物」
追い詰めたのに、鎌を引くだけで殺せたのにイリスは踵を返して大地の壁を砕き、まるでそうするのが当たり前のように離れて行く。
「待ちなさいよ、どうして手加減したの?あなたなら私を殺すのに、それこそ10秒いらないでしょ」
「お前はショーのメインキャストだからな、ここで降ろしては話が成り立たん。私は遊べたので今は満足した」
少しだけ嬉しそうに言い放つイリスの意外な言葉に、エーティーがほうけている間に彼女はどんどん遠ざかって行く。その背中を見詰めるエーティーは無言で地に落ちていたジュエルシードを拾い、懐にしまった。
「それよりも、自分をすぐ殺せると分かっている相手にケンカを売るのはよくないぞ」
「五月蠅い、馬鹿」
とても不機嫌そうに言った言葉に、禁句を言われた事で生まれた憎しみは無く、悟った。誰が何を言おうと、この魔導師には無意味で、常に自分好みのシナリオを期待しているのだと。



図書館での騒動の翌日、なのはとローグとアリサは普段通りに登校した。八神はひとまず病院に送り届けておいた。
聞かれると返答に困る事が多々あるので、しばらくは病院に行けず、必然的に八神にも会えない。八神はジュエルシードの影響が無いとはいえ体力はかなり消耗していたらしい。しばらくは入院していなければならない。
とはいえ一応事件は解決、落ち着いて学校生活を堪能しようとしたローグの前に、当然と言えば当然の疑問を持つ者が立ち塞がった。
「ねぇ、昨日何かあったっけ?」
アリサだ。直前まで一緒に居たなのはが気付いたら疲れ果ててるし、ローグも何故か異様に体力を消耗していて、イリスに至っては居なくなっていたのだから不思議がるのも当然だ。
「いや、何も無かったな。一緒に図書館に行って、そこでなのはと会って、その後すぐに帰っただろ」
「じゃあなんで昨日はあんなに疲れた顔してたの?」
スルーしてしまいたいがさせてくれないのは分かり切っている。だからローグは最強の切り札を使った。
「なのは、説明は任せた」
他人任せ。
「うん、分かった」
「あれ?」
てっきり反対されると思っていたのに即答で承諾された。ローグはこの時まぁいいかなー、なんて思ってこれ以上自分に矛先が向かない様に走って教室へ行ったのだが、これは間違いだった。
そう、なのはは学習していたのだ。アリサ相手にローグの話題で変に隠すと強く追求されると。だからローグみたいに自分が必要以上に攻撃を受けない様に手を打ったのだ、生贄を捧げて。



「ちょっと、いい?」
「えーと、アリサ……何かあったのかな?顔が怖いんだけど」
前髪で目元が隠れてて目玉がギョロッと光っててなんだか牙みたいなものがある様な無いよーな、しかも背後には燃えたぎる闘志というか怒りというか憤怒というか、とにかく一言で表すならば殺意の波動に目覚めましたって言われても納得出来るだけのオーラを放っていた。
「あんた昨日なのはに何したのよ?」
「はい?」
「なのはが言ってたわ、とても口では言えない様な事を雪崩の様な“手の群れ”に……」
「それ俺じゃないし!」
雪崩の様な手の群れなんて人間技じゃないと言っても無駄だろう。というかなのはと一緒に居た時はアリサも一緒だっただろう、とか言っても無駄だろう。
抵抗は無意味、逃走も無意味。誰かに任せて逃げるなんて無理。
アリサより一足早く教室に着いたローグと他愛の無い話で盛り上がっていたクラスメイトは、総じてアリサにビビって逃げた後だ。
アリサの背後を見ればなのはとすずかが合掌。増援は期待出来ない。
よーし、状況を整理しよう。
目の前には殺意の波動に目覚めたアリサ。
弁解、逃走、他人任せ、増援、ついでにまだ朝のホームルームまでは余裕があるので担任の登場という最強の回避手段は無し。つまり防御回避不可。
と、いう事はだ、降伏しよう。
「よし、分かった俺の負けだ降伏しよう、だから手加減して」
「何か、言ったかな?」
物凄く良い笑顔だった。
「ローくん、人はそうやって成長していくんだよ」
「なのはちゃんが言うのはどうかな?」
ひとまず、周囲が異変に包まれていても学校は平和だった。



第二十一話 完


『変わらないもの一つ』





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