第二十三話「誰も思い通りにいかなくて」



「はっはっ――はっはっ――はっは」
地を蹴って進み息を吐いて吸ってまた地を蹴って、何度も何度も同じプロセスを繰り返して、繰り返す度にもっと速くもっと速くと願う。
いっその事もう飛んで行ってしまおうかという考えも出て来るが、先の事を考えれば無駄な魔力は消費出来ない。それを言えば体力も消費する事は避けたいのだが、今の彼女にはタクシーを使う程の金銭的余裕は無く、公共交通機関は目的地の近くには無い。
イリスとアルフに240円、これが痛かった。残金はちょうど500円で、もう480円もあればそれなりの距離を移動出来たのだが、今となってはそれは後の祭りでしか無い。
街中では獣の姿は目立つからと隣を走るアルフは人間の姿。獣の姿になって乗せてくれと言いたくても、実際乗ったらきっと恥ずかしくて死ねるだろう。次学校に行った時に友人から、「昨日犬に乗ってたよね」なんて言われればゴーホームまっしぐらなくらい落ち込みそうだ。
ああ、くだらない。でもくだらない事でも考えていないと不安で死ねる、こっちは冗談じゃ無く結構本気で。
それが今のなのはの正直な心境。なにせ大事な友達が同時に二人も危機に陥っているんだから当然だ。本来であればどうやって助けるかという算段を立てるべきなのだろうけど、不安が邪魔で頭がろくに回らない。こういう事はローグに任せるべきなんだ、だって彼はアリサが絡めば、アリサを助ける為ならばきっと天地をひっくり返しだってしてみせるだろう。
今はそれに期待して、なのはがするべきはそれを成す為の力を温存する事だ。
「アルフさん、まだ着かないんですか?」
「もうすぐ、そこの角を曲がってちょいと進んでも一回曲がる、それを五回くらい繰り返したらすぐだよ」
「全然すぐじゃないですよ!」
「曲がりは多いけど距離的には短いの!」
なるほど、とかそうですか、とか言ってられない。今の質問だってただ気が紛れればいいなって思ってしただけだし、とにかく今は何も考えずに速く辿り着く事だけを願えばいい。
「着いた!」
不要な思考を巡らせる事数分、アルフの声で目的地に付いたのだと知るなのは。視界に収まっているのは群青色の魔導師ローグと黒金の魔導師、そしてプラチナブロンドの魔導師、勢揃いという訳だ。
「ローくん!」
思わず彼の名前を呼んでいた、続く言葉は考えていないがそんなのはどうでもいい。すぐに彼は必要な事を告げるだろう、それがどんな無茶な事であれ、アリサとすずかを助ける為に必要ならば躊躇わない。
けど…………
「フェイト、任せた」
「うん」
彼が口にしたのは黒金の魔導師の名前で、その魔導師はなのはの前に立ち塞がって、ローグはさらにこう言ったんだ。
「10分だ、それだけあればアリサは助けられる」
「分かった」
どうしてすずかの名前を口にしないんだ。
いや、その理由は分かっている。なのはもそれが一番確率が高いと知っている、だってなのはは体験者だから、ローグよりもフェイトよりも深く知っている、言葉には出来ないけど、体が知っているんだ。
どちらか一方を見捨てれば、もう片方は確実に助けられるって。
だからローグとフェイトの考えてる事が分かって、アルフが自分をここへ呼んだ意味も分かった。
「押し通らせて貰うよ!」
だから“退け”とは言わない。そんなの時間の無駄だ、背後から襲い来るアルフと正面から襲い来るフェイト。ここでなのはからジュエルシードを奪い、一気に揃える算段。それを突破してローグを止める。



なのは目掛けて猛然と駆けるアルフ、それを静観し、攻撃の態勢を整えているフェイト。
生憎と、このチャンスを逃す程余裕がある訳じゃない。それが、経験でなのはに圧倒的に勝っていながら見せ場に見放されていたユーノ・スクライアの思考。



「点、点、点、点、点、点!」
アルフの後方からユーノの声が飛ぶ、なのはから念話で知らせを受けて駆け付けた、ずっとなのはとアルフの後ろを気付かれない様について来ていた彼のようやくの出番。
唱える度に空中に点が浮かび、淡く緑色に光る。
「接続、線!」
さらに唱える、合計で六つの点が三本の線へと繋げられる。それは淡く光る正三角形で、その中心にはアルフの右足がある。
「これは!」
「展開、面!」
正三角形が面を持つ、それは極薄で剛健な結界。遮断されるのはアルフの右足。
「くっ!」
ユーノの声に反応してとっさに右足を正三角形の中から外す。数瞬後、そこに結界が張られていた。
「大人しそうな顔して、随分とえげつない魔法使うじゃないか」
「君達みたいに卑怯な事をするよりはマシだよ」
点を打ち、線を描き繋げ、面を創り、切断する魔法。結界斬、サンクチュアリ。そこは聖域故に、如何なる存在も侵す事叶わず。
薄くする事で強度を増した結界による斬撃、これがユーノがなのはと共に戦う手段、前回使った殴る魔法とはまた別の斬る魔法。この二つがある限り、足手まといとは言わせない。
「そんな時間のかかる魔法で私とやろうってのかい?」
「いいや、時間はかからないよ。だって僕は既に36の点を打っている、そしてそれらを18の線に繋げている」
「なんだって!」
アルフが辺りを見渡せば、空中に浮かぶ線が幾つもあり、それらは例外なく三角形を形作り、いずれもがアルフを内部に収めている。
迂闊だった、甘かったとアルフは己を叱責した。誰も“点”の一言で創れる点が一つだなんて言ってない、創った点を全て使って奇襲を仕掛けたなんて言ってないし確かめてない。誰もユーノが弱いなんて言ってない確かめてない知っていない。
ユーノは、前はアルフの速攻の前に敗れたし、それ以外はほとんど戦っていなかった。戦っていないから弱い?そんなの単純な奴の考える事だ、今までは防御にばかり優秀だっただけ、それが攻撃手段にも手を出しただけ、だから不思議でも何でも無い。
ただ、アルフの認識が甘かっただけだ。
「面!」
「ちくしょう!」
こうなればさっさと片付けてフェイトの手助けに行くなんて考えはなしだ、全力を出して死に物狂いで、ユーノ・スクライアを倒すんだ。






――ッ――ッ――ッ!
音もなくなのはが裏路地の端まで地面を削って行く。真正面からフェイトの拳を受けて吹き飛ばされたんだ。
それでもなのはの体には微塵のダメージも無く、悠々とディバインバスターを発射した。
「不味い!」
直線状に超高速で撃ち出されるそれをフェイトは身を捻って一回転。避ける、そして再び正面を向いた時になのははそこには居なかった。
この程度は予測済みだ。白い魔導師が以前より強くなっているのは当然で、むしろそうでなければ不自然だ。以前会った時からそう時間は経っていないが、その間に彼女が手に入れたジュエルシードの数が実力を物語っている。
今だってそうだ。以前より速いし、フェイトが受け止めたなのはの拳、その重さは前のそれとは比べ物にならない。

だけど――

「ディバインバスター・パニッシュ!」
なのはの声と共に放たれる蹴り、それを受け流し後ろに跳ぶフェイト。そこにはディバインシューターの群れがあった。
だからフェイトはサンダースコールを唱えた、ディバインシューターの群れを一掃し、それで尚雨は降り続けて周囲の建築物の外壁を破壊、なのはの頭上に瓦礫を落とす。
瞬く間に、それは裁断された。見れば白い魔導師のデバイスは刃を形作っており、白い魔導師は口にした。
「ブレイドモード!」

――この差はないだろう!

なのはが以前より強くなっている様にフェイトだって強くなっている。バルディッシュだってしっかり扱えているし、魔法の技術だって負けていない。なのになのはの方が強い。
物理攻撃であれば刃に裁断され、雷撃を放てば魔法障壁に阻まれ、隙をほんの僅かでも見せようものなら爪が飛んで来る。
遠隔操作の魔法もあれば物理打撃の魔法もある、その上砲撃を使うだって?どこの万能兵器だそれは。
いや、それはまだいい、それは常識の範囲内だ。問題はその先に在る、あの能力。
「フォトン!ペンデュラム!」
フェイトの足首の辺りから雷の刃が生み出されてなのはを襲う、障壁の展開が間に合わずそれを掌で受け止めるなのはだが、それだけであれば掌を切り裂ける。
その筈なのに何故か無傷で、おまけにまるで強い衝撃を受けたかのように後方に吹き飛ぶ。どうしてだ?フォトンペンデュラムはあくまでも蹴りの速度を活かした斬撃系統の魔法で、今回は振り下ろしの形で繰り出した、だというのに、何故か後方に吹き飛ぶ。
しかも障壁無しで、素手で魔力刃を受けているのに無傷というのはあり得ない。フェイトにはなんなのか分からないが、一つだけ言えるのは。
「それ、反則だね」
「この能力の事?確かに反則かも知れない、けどそれを使ってでも助けたい人達が居るからね」
反則を否定しない。
嫌になるよ、こっちが追いついたと思えば彼女はもうずっと先まで行っている。戦いが好きって訳でも無いくせに、まるでそれが当たり前かの様に戦う。






「フェイトはどれくら保つと思う?」
「良くて7分だろうな」
妥当、といったところか。実力だけで見るならば二人は互角と言えるが、なのはにはレアスキルがある。
継ぎ足し削ぎ落とす者―カスタマイザー―が。
「覚えたてのレアスキルをああも早く使いこなすとはな」
「イリス、あんたあれどうやってるのか分かるのか?」
「ああ、分かるぞ。あれはな、フェイトの攻撃の威力、蹴りなら衝撃で刃ならその切れ味と言ったところかな?とにかくそれらを“削ぎ落として”いるんだ、威力を0まで削ぎ落としてやれば当然受けるダメージは皆無だ」
呆れるよ、それは本当に反則だ。
そう思ってもローグは口に出さない。黙ったままイリスに先を言えと促す。
「そして振り下ろされる刃を受けている癖に後方に吹き飛んだり、蹴りを受け止めているのに異様に吹き飛ぶあれはな、まぁなんだ吹き飛ぶ力、慣性とでも言えばいいのか、それを“継ぎ足して”いるのさ。もしかしたら空気抵抗や摩擦を削ぎ落として0に限り無く近付けて、ある程度吹き飛んだところでそれを戻しているのかも知れんがな」
「対象はなんでも構わない、それを自由に継ぎ足したり削ぎ落としたりして改変する。それはなんていうか、神的な能力だな」
「そうでも無いぞ、対象が大きければ大きい程、攻撃ならその威力が高い程魔力を大量に消費するし、あれは両手のどちらかで触れたものしか改編出来ない。例えばお前の魔法を使った蹴りだが、なのはの今の実力では威力を削ぎ落としきれん」
でも十分に神的な能力だ、とは思っても、やっぱり黙っているローグ。そろそろ時間だ。
「もういいかな?」
「ああ、いいだろう。だいぶ形が戻って来た」
ローグがアリサを助けずにイリスと話していたのは、ちょっとしたミスが原因だ。速い話がローグはやり過ぎた。アリサを早く助けようとする余りにジュエルシードがアリサとすずかを元に創り出したモンスター、頭が羊の形をしているのでメフィストとでも呼ぶべきか、それをボコボコにし過ぎた。
勢い余ってとは正にこの事。アルフとユーノ、フェイトとなのはが戦いを始めてすぐにローグはメフィストと戦い、瞬殺寸前のところをイリスの言葉に止められた。
メフィストは無理矢理に二つのジュエルシードから生み出された奴らしく、体も魔力も不安定で酷く弱かった。だから早いとこ弱らせてアリサだけ助けようとした結果が瞬殺寸前だったのだが、余り弱っている状態で無理に取り付かれている者を引き剥がそうとすればイタチの最後っ屁よろしく死に物狂いで抵抗して無事に引き剥がせる確立が減るらしい。
それでは意味が無いので、こうして回復するまで待っていたのだ。
「さて、やるか」
「そうしてくれ、あちらの戦いは進展が遅いので少々飽いた」
飽きたからってこんな事を望まないで欲しいものだ、とはいえそんな性格だからローグは今ここに居るのだからある意味では花束でも包んで感謝すべきなのかも知れない。そんな事を考えるくらいなら、すずかに言うべき事があったなとローグは思い出し、静かに口を開いた。
「ごめんなすずか、俺はこれからお前を見捨てる。俺にとっての最優先はアリサだから俺はその為に戦う。すずかを見捨てて助けてもアリサは喜ばないけど、俺のワガママで生きて貰う」
そう言って右手を振り上げるローグ、そこには膨大な魔力が込められていて、アリサのみを引き剥がす為の力が溢れていた。
目の前では再生を続けるメフィスト、体はグチャグチャで、とてもまともに動けそうにない。
「じゃあな」
眼を瞑り、目の前で行われる事から目を逸らして1秒。偽善にもならない祈りを捧げてから右手を振り抜く。
右手がメフィストに届く直前、声が聞こえた、視界に白いものが映った。
「ローくんの馬鹿!なんでそんなに、我慢してるのさ!!」
なのはが、ローグの拳の前に立っていた。



第二十三話 完


『ワガママになればいい』






あとがき
ユーノにやっとまともな出番が!それにしてもズンズンズンズンかなりの勢いで話が進んでます。けど終わりがまだ見えないのは何故?加えて、うちの話に出て来る人は気付くと何かしら凄い事になってます。不思議でたまりません。
こんな話ですけど、長い目で付き合ってもらえたら嬉しいです。
それでは、また次の話とかで。





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