第二十五話「魔竜眼」 フェイトの前にはユーノが立っていた。次々と“点”を作り出し、それを繋げて線にしていく。戸惑えば瞬く間に線と線から成る面に切り裂かれる。 考えるよりもまずは行動が必要だった。 「バルディッシュ!」 Yes sir―― 掛け声と共にバルディッシュが鎌を模る、魔力の刃を持ち、ユーノを切り裂かんと走り出すその刹那。 「面!」 無数の面がフェイトを襲う。斬り込みたいという衝動を抑えてバックステップ、“面”の攻撃範囲から外れたところで一気に加速してユーノに斬り掛る。その速度は“点”を打つより“線”を描くより“面”を作ってより速く、迎撃は叶わない。 だが防御であれば可能だ。 「角度修正、90°」 バルディッシュから伸びる魔力の刃がユーノの首筋に届く寸前、防御用に張り巡らせて置いた面の向きが変化して盾となる。極薄にして極短時間しか顕現出来ない結界は、その報奨として驚異的なまでの切断力と頑強さを誇るそれ。 攻撃だけが戦闘じゃない、防御だけが戦闘じゃない、そのどちらもが必要なんだ。 「線!面!」 だから最初の攻撃の時、全ての面で攻撃せずに自分の周りに残していたのだ。回避不可能な攻撃をされた時、生き残る術として。 そして二次攻撃の算段も整えていた。線も面も緑色に発光していて、影に包まれた暗いこの場所では少々目立つ、だが光っているとはいっても、それが極小の点であれば線と面の発する光によって捉えにくくなる。 攻撃を回避された時の防御の手段を残し、防御に成功した時の攻撃の手段を整える。これが今のユーノの実力、フィールドを見渡す事で得られる戦術だ。 「くぅ!」 ユーノの二次攻撃を間一髪のところで回避するフェイト、だが攻撃は二次までとは限らない。 「角度修正、90°」 フェイトは攻撃を回避する為に後方へ跳んでいた、ユーノの二次攻撃は防御用の“面”のすぐ傍にあったので距離を取れば容易く避けられた。 「あぐっ!」 それが気付けば自分の左側にあった筈の壁に激突している。左肩が熱くて、見なくても血が流れ出ているんだと分かる。 「君の進行角度を変えさせて貰ったよ、そこはデッドゾーンだ」 以前の七不思議の一件で、ユーノの使った攻撃の角度を変えるという防御方法、それの応用が今回の策であり、必勝の策だ。 相手の進行方向、その角度を変えるという手段をこれだけ有効に使えるのは初見の場合のみ。これは相手が警戒してしまえば何の役にも立たない手段だから。角度を変えられると分かっているのであれば単身による近接戦闘などしない、何かしらユーノの眼を眩ませる方法があれば、見た物の角度を変えるという攻撃はそれほど脅威では無くなるだろう。 だから今決めなければいけない。ここであっさりとフェイトに破れてしまい、アリサとすずかが助けられなくなりました、なんて事だけは絶対にさせてはならない。 フェイトの周りには無数の線、線、線、線。数えるのが面倒で、取り敢えず33までで止めた。これで作れる面の最低数は、全てが三角形だとして11、それらのサイズは割と大きめで、逃げ場を塞いだ上で串刺しにするくらい訳無い状況。 「ああ、もう」 イライラするな。 どうしてこうもみんな強くなる?始めは弱かったのに、ユーノはろくに攻撃方法が無かったし、なのはだって素人だった、ローグに至ってはただの人間だったのに。どうしてこうも容易く強くなる? 誰か知っているのだろうか、フェイトがどれ程の苦労を積み重ねて今を手に入れたか、フェイトがどれ程母への想いを募らせて、その役に立ちたいと想っているかを。 それを邪魔するのなら―― 「消えてよ」 ――全部壊してやる。 グイッと、線が動く。 動く筈が無い、あれは空間座標上に固定された代物で非物質。触れる事は出来ず、物理的な移動は望めない、使用者のユーノでさえ一度配置した“点”や“線”を動かす事は出来ない。だから頭を働かせて敵を誘い込む必要があった。それが動く、いや動かされている。 「ポルター…………ガイスト!」 ユーノの配置した“線”が、フェイトの周囲の瓦礫が、建築物の窓ガラスが、壁が、浮遊して行く。 ピタリと、それは急に動きを止めて、言葉を待つ。 「それは、魔竜眼―イヴィルアイ―!君もなのは同様にレアスキルを持っていたのか」 「レディ」 フェイトの周囲に浮かぶ全てのものが一斉にユーノに狙いを定める、ユーノは来たるべき攻撃に備えて点を幾つも打ち、線を描き、面の用意をする。 「ゴー!」 瓦礫やガラスの雨が、ユーノがフェイトを串刺しにする為に配置した線までもが彼に襲いかかる。だが、固さだけで言えばユーノの面が上回る。 「面!」 「フォール!」 それも、読んでいる。 「線!面!」 攻撃が馬鹿正直に前方からだけな訳が無い、必ず他からも来る。それは何処から?最も確率が高いのは上空だ。 後方に回り込ませる時間は無いだろうし、左右からでは一歩移動しただけで面の影に隠れられる位置にユーノは居た。ならば残るは上空、それが最も確率の高い選択。 そして先程と同じ様に、線や面と比べれば発見され難い点を配置しておいて一気に面まで作り上げる。タイミング的にはギリギリだが、事前にばれているよりは遥かにマシだ。 しかし、ユーノはここで一つだけ読み違えた。 何も攻撃してくるのは魔眼によって操られた物体だけでは無い。 前方の瓦礫の嵐に上方のガラスの嵐、それら全てを防ぐユーノではあったが、最も警戒すべき手段に対応しきれない。 「サンダーレイジ!」 「うわあああぁぁぁぁぁ!!」 刹那の踏み込みによってユーノの前方と上空に展開される面を掻い潜り、フェイトは接近していた。そして放たれる雷。 全身の筋肉が萎縮する、神経系がブーイングを巻き起こし、体の自由を容易く奪って行く。 「ポルターガイスト!レディ、ゴー!」 「あ、あああぁぁぁ!!!」 次いで走る砂礫の嵐、ユーノの面によって弾かれ砕かれた瓦礫は細かな砂礫へと変わっていた。撃ち注がれるマシンガンみたいな砂礫。 まだ足りない。 「&、フォール!」 まだガラスの破片が残っている。 瓦礫と同じ様に面に砕かれたガラスを上空へ運んでおき、後はタイミングを見計らって落とせばいい。ガラス片の雨は雷の雨よりはかなり脆弱だが、生身に降り注ぐのであれば十分に威力を発揮する。 「あ、あぁ」 全身に砂礫の弾丸を受け、ガラス片を刺しながら倒れるユーノ。 それを一瞥すらする事無くフェイトはなのはとローグの方を向く。するとそこには既にアリサとすずかが助け出されており、ローグの手にはジュエルシードが握られていた。 やるしかない。 彼がフェイトの側に付く理由が無い以上は、ジュエルシードは奪うしか無い。もう体力はまるで残っていないけど、これも母さんの為だから。 躊躇いも恐怖も勝算も何も無いけれど。 「サンダースコール!」 Vanishing―― 雷を使い過ぎたのだろうか?フェイトの掌は焼け爛れていて血が止まらなくて、痛みもまるで感じない。だけど止まらない、止まればその瞬間にフェイトの意義は失われるから。 Step step step step―― 「当たれっ!」 雷の雨が晴れた時、そこに居る筈のなのはもローグもアリサもすずかもいなかった。気付けば背後に僅か輝く群青色の魔力光。 これはあの時と同じ、初めてローグに会った時と同じ、やられ………… 「これ、やるよ」 「え」 フェイトの肩越しに差し出されたローグの手に握られていたのはジュエルシードで、そこに刻まれていたシリアルナンバーは間違い無く先程アリサとすずかを取り込んでいたもの。 「どうして…………」 訳が分からなくて、どうすればいいか分からなくて、振り向けずに問うた。 「なのはの考えだ。お互いに今はこれ以上頑張らなくていいだろう?」 そう言って手に握らされたフェイトにとっての“たからもの”は、すぐに赤く染まったけど、何故だか今まで手に入れた同じ形をした物のどれよりも、輝いて見えた。 「名前、フェイトちゃんっていうんだよね」 「…………うん」 「ジュエルシードが欲しいならさ、三日後の深夜に海の見える公園で会おう。そこで正々堂々勝負して、勝った方が全部貰うの」 これは約束だ。 「俺の持ってる分はなのはにやる。だからフェイトが勝てば俺達が持ってるジュエルシードは全部お前の物だ」 「うん」 なのは、ユーノ、フェイト、ローグ、四人が戦う理由。その元凶となったものを納める為に、もう少年少女達が争わないでいいように。 「それで全部揃うかは分からないけど、会ってくれるかな?」 結果なんてどうでもいいんだ、ただ今この場ではもう戦いたく無いという想いと、何時までもこんな事を続けたく無いという想いが強いからこうなった。 どちらの手元に全てのジュエルシードが集まっても、それ以外に確実にもう一度は戦わなければいけないだろう。 ユーノがジュエルシードの力を悪用させまいとして集めるから。フェイトが、その母が何かしらの目的で求めるから。だがそうであれば、事の運び次第では残り2回の戦いで終わるのだ。このまま何時までも奪い合いなどしていては拉致が開かない。 そろそろ、決着というものを求めてもいい時だろう。 「三日後の深夜0時、海の見える公園だね」 「うん」 「分かった」 言葉少なに確認だけをして、フェイトはそのまま何処かへ消えてしまった。 「ごめんねユーノ君、勝手に決めちゃって」 なのはが倒れ伏したユーノを起こし、謝罪する。それにユーノは精一杯の微笑みで応えた。 「いや、いいよ。確かにこのまま続けていても長引くだけだろうからね。それに、きっとなのはとフェイトのどっちが勝っても全部は揃わないし」 「にゃはは、ありがと。ユーノ君、カッコ良かったよ」 二人だけの世界に入ってしまったなのはとユーノを眺めているのもバツが悪くて、今話しかけられる唯一の人に声を掛けてみた。 「あんたなら知ってるんじゃないのか、ジュエルシードが残り幾つなのか」 「知っているぞ」 やっぱりそうか、ローグは胸中であきれ果てた様に呟き、続けた。 「首謀者とフェイト・テスタロッサのものが5、ヌシとなのはのものが11で残りは5」 まだそれなりに残っている、これはゆっくりしていられない。 「この近くにあるのは?」 「病院、大通りから見える一番デカイあれだ」 大通りの病院、そこにはローグにとって会うのがちょっと躊躇われる人が居て、でもこれも何かの縁だと思った。 「そうか」 それだけ言うとローグはアリサとすずかの元へと歩んで行った。イリスはそれを見て楽しそうに笑いを噛み殺して、馬鹿にするように、けれど賛美の言葉として言った。 「惚れこんでいるな。それこそ、命捧げる程に」 「別に、命を捧げるつもりは無いさ。そんな事をしても喜ばないから」 「狩りに行くんだろう、そいつをこれ以上巻き込まない為に」 「明日行く。今日はたいして動いて無いけど、精神的に疲れた」 アリサとすずかの着崩れた衣服を正しながらどうでもよさそうに答え、やがて二人の衣服が普段通りに近いくらい整ったら無理矢理に二人を抱えて歩きだす。 「なのはとユーノに伝えといてくれ。先に帰る」 「ああ、任せておけ。面白い様に脚色して伝えてやるよ」 構ってしまうと時間が掛る。イリスの物言いに不安を覚え過ぎるがもう好きにしろ。そう即決したローグは戦場を後にした。 「変だ、幾らなんでもこんなミスをする筈が無い」 窓の外を見れば、地球では無い何処か別の場所だと窺い知れる豪華なお城。その廊下でアルフはプレシアに疑いの目を向けていた。 話が違う。 ローグウェル・バニングスを味方に引き込む算段は、本来ああでは無かった。フェイトとアルフが聞かされていた計画では、ジュエルシードを誘導してアリサとすずかに取り付かせる、その後フェイトがローグにそれを伝えて、ローグはすずかを見捨ててアリサだけを助ける。 そうすればローグは友達を見捨てた負い目を感じ、なのはと共には居られなくなる。そこにフェイトが提案する、“アリサ・バニングスに危険が及ばない様に、二人で協力してジュエルシードを集めよう”と。 そうすればローグは即座に頷くだろう。 引き返せないところまで行ったローグは、アリサを守る為のより確実な手段を求める。彼とフェイトの利害は一致し、さして疑う事無く協力するだろうし、仮に疑ったとしてもそれが最良と言える手段なのはすぐ理解するだろう。 そしてこの計画の最大の障害が高町なのはだ。あの白い魔導師には怪異にとっての常識さえ通じない、事実としてなのはが居た事であの場は収まった。 ローグの“アリサだけ守ればいい”という思考をぶち破り、二つのジュエルシードに取り付かれた二人の人間を同時に助けだした。一度取り付かれた人間を助けだすのは至難の技で、それをローグと協力してはいえやってのけた。 だが、それは予想が付いていたんだ。なのはがいればそうなるだろうと、プレシアは考えていた。だからアルフがなのはを案内するのは全く別の、フェイトとローグが居る場所とは正反対の位置だった筈なのだ。 なのにプレシアに指定された場所に行って見ればどうだ?フェイトとローグとメフィストが居て、おまけにユーノまで出て来た。プレシアはフェイトになのはを戦場へ誘い出すと言っていたらしいが、アルフにはそれと真逆で、なのはを別の場所へ誘い出すと言っていた。 これは何だ?ミスと言えるものじゃない、明らかに意図してやった事だ。計画を実行する二人に全く別の事を伝えていたなど、どうあってもミスではあり得ない。 「一体何を考えて…………」 「お犬さん、下を見ながら歩いてると棒に当たっちゃうよ」 答えの出ない問答を自身の中で繰り返していると、正面から快活そうな少女の声が聞こえて来た。そして、アルフにはこの声に聴き覚えがあった。 「あんたは、あの時の…………」 「ハッロー♪」 アルフの前に立つ少女、エーティー。窓辺に佇む少女の手にはデバイス、アルアイニスがあり、トリガーに指が掛けられていた。 銃口は、これでもかというくらいアルフに向いている。 「主人を疑う悪いお犬さんにはお仕置きだよ」 「っ!」 一瞬の動揺と戦闘態勢への移行、アルフの俊敏な動きでも、エーティーには呆れるくらい愚鈍に見えた。 「炎神の弾丸、必殺呪砲はなめらかファイアーァってね」 獄炎の絨毯が、アルフを焼き尽くす。 第二十五話 完 次 『奇跡なんてものは』 |