第二十八話「召喚士」



「八神、そっちはどうだ?」
「こっちにはあらへんな」
「よし、次だ」
「うん」
ゲル麻酔の大本を潜入で有名な蛇の如く探し始めて一時間ほどが経った。その間看護師の視線を避け、物音を極力削り、CQCはせずに、スタングレネードやチャフグレネードも一切使わずに(そもそも持って無い)一応は順調に進んでいた。
だが順調なのは進行だけであり、探索の方は成果芳しくない事この上ない。
「なんで麻酔がどこにもないんだよ!」
薬品庫のドアを蹴ってローグが愚痴る。今まで幾つかの薬品庫を何とか探し当てたものの、その何処にも麻酔は存在しなかった。いや、正しくは中身が存在していなかった、となる。
「見つける瓶見つける瓶全部が空やもんなぁ」
いい加減辟易していた。萎える士気を会話で誤魔化しながら探し続けるも、成果は上がらない。
「くそ、いっそ何処かで騒ぎを起こしてくれりゃ楽なのにな」
「それええな、病院の隅っことかでゲル麻酔がドカーンと爆発するとか。隅っこなら人に迷惑掛からんし」
「ああ、そうだよな…………ん?」
「どないしたん?」
人に迷惑が掛らない、それはつまり人が近くに居ないという事だ。そして、薬品庫とかは大抵が病院の関係者にしか行けない場所にある。間違って子供が入っては大事だ。
だが最初に暴徒と化した男、あれは病人服を着ていなかったか?病人服、恐らくは入院患者、つまりは一般人が行ける場所に大本が居る…………とか?
そうだ、そう考えれば自然だ。薬品庫を探し始めてから一切暴徒に会わなかった事も説明が付く。
「うわぁ、やっちまった」
「なんや、いきなり」
八神の車椅子を全力で押す。質疑応答は走ってる最中にお願い致します。
「どうしたんや、いきなり走り出して」
「大本は薬品庫には居ない、もっと人の集まる場所に居るんだ!でなきゃ入院患者とかが操られる筈が無い!」
「そっか、言われてみればその通りや」
「八神、どこか心当たりは無いか?人が集まる場所で、入院患者がよく行く場所」
餅は餅屋。失礼だが入院患者の事は入院患者に聞くのが一番だろう。この病院に居る大勢の人の為だ、抗議は解決した後におやつでも食べながら受け付ける。
「それなら娯楽室や、あそこは暇を持て余した入院患者のオアシスやからな」
「人がごった返して逆にキツそうだな、それ」
これで場所は大体分かった、後は一直線だ。誰も死んでないでくれよ、でも手遅れになった人達は割と容赦無くやらせてもらう。こっちも命賭けてるんでね。
「おい、出たぞ」
「いっぱいやな」
そして悪い事にばかり縁がある少年少女は暴徒の群れを見た。躊躇う事は無い、こちらには眼と武器の両方がある、一気に押し切れば良い。
「ローグ、一番前の三人は気絶させて、奥の四人は左から順に、肩、肘、左脇腹」
「おう、任せろ!」
ローグは八神の指示に従い的確にゲル麻酔の感染している部分を破壊していく。肩とか肘とか破壊してしまうのは気が引けるが、ここは一つ気にしない方向で頼む。
「一番後ろの人……………………手遅れや」
「なら、早く終わらせてあげないとな」
Deep Impact――
威力を重視した一撃を腹部に打ち込み、一瞬で全ての機能を停止させる。大本は必ず潰すから、せめて安らかに。






「嘘だよね」
振るえる声は脅えを如実に表し、ゆっくりと後ずさる体はもう壁にへばりついている。握りしめた掌に爪が食い込んで痛い。涙が溢れ出て来て視界を歪める。
「お願いです、やめて下さい」
すずかの周りには血を流した看護師に医師に患者に見舞いに来た人間に、それこそ病院に居るであろうあらゆる種類の人間が生命活動を停止して無残に横たわっていた。
それをしたのは全身をピンク色のゲル状物体に包まれた入院患者で、病人服の切れ端が肩にかかっているからそうと分かる。それ以外ではもう人間と認識出来ない。
そもそも、病人服が掛っている場所は肩と言ってもいいのか分からない。目玉と口以外全てがゲルで出来た怪異は、スライムといって差し支えない。RPGでは定番のモンスターだが、それは大抵愛らしい姿形に整えられている。その定石を無視して醜悪に歪めたあれはもう見ていたくない。

――これが童話なら、女の子のピンチには必ず誰かが助けに現われてくれる。王子様とか、そういう乙女の憧れ的存在が。

「ははは……助けてよ…………ローグ君、なのはちゃん…………」

――けれどこれは現実で、現実にピンチの時都合良く助けに来てくれる王子様なんていない。

「フシュルルルッルルルルウルルルル!!」
すずかを食い散らかそうと飛び掛かるゲルモンスター。

――ありもしないものすがるなんてみっともない。都合良くとか悪くとか、そんなの考えなくても必要な時にそこに居る。意識しなくても何故かそこに居る。

「助けて、アリサちゃん!」
「っしゃー!」
強い風が一陣、頬を撫ぜる。すずかの目の前に居た醜悪なゲルモンスターは痛烈な蹴りに吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。唖然とするすずかの耳に、声が届いた。
「アリサじゃないけどさ、バニングスって部分は同じだから勘弁な」
「あ……」
見上げれば白い天井に映える金髪に黒縁のメガネ、少々息を切らせて流れる汗を拭いもせずに立っている。
「ローグ君」
今実感した。小さな頃に読んだ王子様とお姫様の物語、王子様に助け出されて抱きしめられるお姫さまに憧れて、自分もそんな風になりたいと一度くらいは思った少女の心。それら全てを無かった事に出来るくらいの存在感、どんなに綺麗で素敵でもこれには勝てはしないんだ。

――自分の前に体を張って立ってくれる、頼もしい友達。

「怪我とかは無いか?」

――アリサともなのはとも違う、男の子の友達。物語の中にしか居ない王子様よりも、いいものだと思った。

「アリサちゃんならもっと速く助けてくれるよ。ローグ君遅い」

――けど、親友には敵わない友達。

「それだけ余裕があれば平気だな」
「二人共、話してる場合やないで!」
八神の声にローグが振り返ればゲルモンスターは平気な顔をしてそこに居た。形状から考えれば打撃の効果が薄いのは当たり前。なんら不思議では無い。
「すずか、八神、二人共隠れてろ」
「うん」
「分かった」
ここから先は戦える者の見せ場だ。八神がやばい事になるかも知れないという都合上ソウガは使えないが、ゲルを斬っても余り意味は無いだろうから問題は無い。
一気に踏み込んで口の中から手ぇ突っ込んで、てめーの心臓引っこ抜いてやるよ。
「バニシングステップ!」
超高速地上移動魔法、バニシングステップ。速度のみに傾倒したそれは移動距離も空中性能も全て切り捨てた神速の踏み込み。大人の男数人分のサイズを誇る愚鈍なゲルモンスターでは対応しきれない。
「ふぅぅぅぅぅ」
そして蹴る。強く強く飛び散れと願って蹴る。それで顎にあたる部分を吹き飛ばしたらジュエルシードを引っ張り出す単純明快力技。
けどその思惑は叶わない、別にこのゲルモンスターは戦闘能力が高い訳では無く、特殊性のみが強みであるこいつは、ローグに勝てる理由が無い。だから勝てない奴を真面目に相手するなんて愚は犯さない。ここで滅ぶのが必然なら、せめて最後に美味しいものを食べたくありませんか?
「きゃぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
ローグの耳に届くのは二人の少女の悲鳴、すずかと八神の声で、二人の頭上の天井にはゲルモンスターの一部であろうドロドロの物体があった。
視界に収まる全ての物体が停止する。鼓膜の振動が停止する。思考が、神速の領域で回転する。
すずかと八神が食われる?それを許していいのか?

【良くない】

確かにローグはアリサを最優先としたさ、だがなのはに言われてその通りだと思ったんだ。アリサに笑い続けて貰うには、その友達も守り続けないといけないんだって。

【すずかが死ねばアリサは笑えなくなる、八神が死ねば俺が笑えなくなる】

そうか。直接的に危害を加えなくても、お前もアリサの敵だったのか。

【あの二人はお前のものじゃない。お前に食わせるものか】

King――

【ソウガ、月天物語に記された魔法を使うぞ】

Call name――

奴のゲルの届かない場所、それを絶対にするには、自分の手の中に収めればいい。自分の手で抱き続ける限り、自分が敗北しなければ食われる事は無い。それを成す術、魔法の才能を一切持たないローグウェル・バニングスの持つ力はただ一つに特化する事。
即ち、レアスキル。究極の一点―オーバーハング―。その一点をアリサを守る事に定めたのなら、その為に他者を守る事も必要であると言うならば、無才を開花させる事もやってのけよう。ソウガは知っている、無才のローグの中で、あえて選ぶならどんな形の魔法が一番向いているか。
それは召喚だ。空間を超越し対象となる存在に直接的に呼びかけ引き寄せる術。ソウガが選び、究極の一点―オーバーハング―によって開花させられた唯一の才能を持ってして呼べ。
視界に収まるものが動き出し、鼓膜が震えて音を認知する。思考が、他の鈍足とも言える思考に追従する。
「すずか!八神!」
両手を前方に突き出す。手首から先が“黒”に引き込まれて消失する。手首はすずかと八神の腕を掴み、力一杯引き寄せた。
天井に張り付いていたゲルが、すずかと八神の居た場所へ落ち、それは二人を包み食らう事は無かった。
「バニシング!」
step step step step――
すずかと八神を抱えたローグが超々神速で駆ける。極限までゲルモンスターに近付き、脚を振り上げる。
「アウトクラッシュ!」
ぶよんとした嫌な感触がしてゲルモンスターは天井へ向けて飛ばされる。とてつもない勢いで吹き飛ばされたゲルモンスターは“黒”に吸い込まれ、消える。
「落ちて爆ぜろ!」
“黒”は病院の上空約10000メートルの地点へ繋がっており、ゲルモンスターはそこから現れる。これがローグの召喚。転移とも言えるそれは厳密には召喚では無いが、今はまだそれでいい、何もこの程度の相手に全力で使う必要はない。
自らの重量と重力加速によって地面への口付けを強要された結果、べちゃりと音がしてゲルモンスターがバラバラに飛び散った。それはもうモンスターと言えるものでは無く、ジュエルシードは後にローグの手によって回収される。だがその前に。
「この二人を抱えて走るのは、やり過ぎたかな」
眼をぐるぐるに回した二人を介抱しない事には、バツが悪くてかなわない。






そして、病院での騒ぎの翌日。
「すずか、八神。説明するよ」
あの一件の後、病院の騒ぎを聞きつけてやって来た警察やら何やらの質問をのらりくらりと流して帰宅。子供だからという理由で早めに解放されたのはかなりの救いである。事件の顛末がどうなったかはローグ達にはよく分からないが、誰かがどうにか説明を付けるだろう。学校はこの事件を受けて一時休校、降ってわいた休日を謳歌する他の子供達を尻目に三人で集まる。
舞台はすずかの自室。病院から八神を連れ出すのに苦労したが、そこはすずかが注目を引いてローグが潜入蛇的な行動で連れ出すというコンビプレーで解決された。
「簡単に言うとだな、俺はお話の中で言う魔法使いになって、それでああいうのに関わっているって事だ」
説明は細部をぼかして行われた。具体的にはなのはの事、ユーノの事、ローグが既に死んでいる事、ジュエルシードに関する事をぼかして伝える。必然的に話せるのはローグが魔導師だという事と、八神が何らかの特殊能力を持っているらしいことだけだ。
「それで、私がどんな能力を持ってるのかは分かるん?」
「いや、知識的なものは俺の専門じゃ無くてな。後で知り合いに聞いてみるよ」
「そか、分かった」
八神は随分とあっさり納得したが、不安で無いという事では無いのだろう。見るだけで様々な情報を読む能力、特別危険な代物では無いが詳細不明というのはどうにも安心しきれない。けれど焦っても解決しないと分かっているんだろう、それだけで十分肝の据わった大物だ。
「ねぇローグ君、アリサちゃんはこの事を知ってるの?」
「いや、知らない。出来ればこっちの事情には引き込みたくないんでな」
アリサは現在自宅のベッドで寝ている頃合いだろう。ジュエルシードから引き剥がされての体力の消耗はどうにも出来ず、下手に手を加えるよりも自然治癒の方が良さそうだったのでベッドに寝かせてどこにも出かけるなと釘を刺して置いた。この日は朝早くからすずかの家へと向かったのでローグはまだ顔を見ていない。前日にすずかと違って病院まで行かなかったのは、大人しく家で待ってたら何でも言う事を聞いてやるというローグの言葉を本気にしたからだろうか?まぁそれはどっちでも良い、アリサが求めるならローグは大抵の事は叶えるだろうし。
「そんな訳で、アリサには秘密な」
「うん、そういう事なら。なのはちゃんにも言わないね」
なのははもう知ってるけど、なんて言えない。たくさん話してボロが出ても嫌なので早々に切り上げ、八神を病院にこっそりと戻してローグは帰途に付く。
時刻は昼。腹は減っているが急ぐ気になれなかったのでのんびり歩いて、自販機でジュースを二本買って家に付き、自室へ入ったローグを待っていたものは衝撃的だった。
「ローグ、ご飯食べさせて」
何故か頬を赤く染めたアリサがローグのベッドの中に居た。
「…………部屋を間違えました」
ローグは逃げ出した。
「私の言う事何でも聞くって言ったわよね」
しかし、回り込まれてしまった。
「よし、準を追って説明しろ」
「今日はお昼ちょっと前に起きたんだけど、その時にはもうこうだった」
だからっていきなり飯をねだるのはありか?
それにそんな状況、本当にあるのかと思うのだが、それが真実だと裏付ける紙切れが一枚床に落ちていて、そこにはこう書かれていた。「エーティーちゃん参上!良い夢を!」
音声は本人のものです。
「ってアホかぁぁぁぁーーーーー!!!」
窓に居やがるエーティーに怒鳴った、逃げられた、回り込めなかった。
「あいつ、一体何を考えてんだよ」
【なんにも。強いて言えば、遊びに来てあげたのにローグが居なかったから、折角なんで悪戯してみた】
【帰れ!念話が届かないくらい遠くまで行け!】
訳の分からない行動パターンに何だか激しく疲れたが、今はそれよりもこのお姫様のご機嫌取りが先みたいだ。
「ローグ、あのポニーテールの子は誰?」
アリサさん、顔が怖いです。さっきまでの頬を赤らめた恥じらいの顔は何処へ?
「ただの友達だよ、それより」
エーティーとアリサが顔を合わせた後でのこの言動。すると何か、これはもしや焼きもちの一種か?見知らぬ女の子が遊びに来たからご立腹か?思わずニヤケそうになる可愛さだが、この状況が厄介な事には変わりが無い。
話をそんな流れに持って行かない最大の方法は、口を封じてしまう事だ。だからローグはアリサの昼食として用意されたんだろうパスタをフォークでぐるぐる巻きにして、びろーんと巻ききれないでいるパスタを皿の上で引きずりながら口に突っ込んでやった。
「はもっ!」
「これ全部食ったらちゃんと説明してやるから、まずは落ち着け」
そう言って待つ事数十秒、ようやく口の中の物を飲み込んだアリサに間髪入れずパスタを突っ込む。こんなやり方じゃ後で怒鳴られるのがオチだが、こちらも恥ずかしいのでこれで許せ。
なんだか狐か狸に化かされた気分だが、これはこれで幸せな二人だった。


第二十八話 完


『全力全開』



あとがき
駆け足で!駆け足で話を進めます!なんでそんなに急いでるかって?特に意味は無いです!
まあ予定に無い病院の話を書いたからなんですが。本当はちょっとで終わらせるつもりだったんです、それが何時も間にか長くなってしまって。
次回はやっとなのはさんが登場して戦っちゃいます。
それではまた。





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