第二十九話「全力全開」 なのはの部屋のフェレットのユーノ専用ベッド、そこでユーノは静かな寝息をたてて穏やかな顔をしている。彼はフェイトとの戦闘で重傷を負い、今も不自由な状態でいる。不自由とはいっても日常生活に窮するレベルでは無く、魔法の行使に問題が残る、魔力的なもの。要はアルフとフェイトとの連戦でリンカーコアを酷使し過ぎた事と肉体的ダメージが重なって不調だと言う事だ。 フェイトとアルフ、ローグとアリサとすずか、ついでにイリス。今回の事件の関係者をほぼ全て巻き込んだ騒動から三日。この日の深夜、ついにフェイトとなのはの決戦が始まる。その場にユーノは行けず、なのはは単身で戦わねばならなかった。 約束はフェイトとなのはの勝負とはいえ、なのはが勝った後にアルフが何もしないという保証は無い。保障は無いが、アルフは何もしないだろう。主の約束の末の敗北、それを汚す程馬鹿な使い魔では無い。だがフェイトとの戦い以外に不安な点が一つだけある。 「イリスさんは、一体何がしたいのかな?」 空気の中に溶け込む言葉は誰にも届く事が無い。答えなど本人以外から聞ける筈の無い問いは、ただ言ってみただけ。事あるごとに現れ、好き放題言って去って行く。たまに手伝ってはくれるが、基本的には自由気儘で、とにかく考えが読めない。そして120円を返して欲しい。 最後のはついでに挙げただけだが、イリスの言動は謎ばかり。ローグを生き返らせ、なのはに助言をし、自販機を叩き、それでいて近付いただけで寒気のする魔力を有する、正体不明の魔導師。一度も戦いを見た事は無いが、絶対に相手にするべきでない事だけは分かる。これまで垣間見せた魔法の異端さだけ見れば自然と染み込む感覚、あれは悪魔だと本能が告げる。 「もう、時間だね」 時刻は午後11時30分。約束は深夜0時。もうそろそろ出なければならない時間だ。 「ユーノ君、行って来るね」 返答を期待せずに行ってきますの挨拶をして部屋を出る。今夜、なのはとフェイトの戦いに決着が付く。 「アルフさんは居ないんだね」 「うん、何処かに出かけたみたいでね」 何の滞りも無く海の見える公園へ着き、なのはは既にバリアジャケットを纏っているフェイトと対峙する。辺りに人影は無く、まるで廃墟の様な静けさばかりが漂う。 「そっちも、あの二人は居ないんだね」 「ユーノ君はフェイトちゃんがたくさんいじめてくれたし、ローくんはアリサちゃんが一番だしね。それと、昨日ローくんからもう一個ジュエルシードを貰ったよ」 「そう、それは良かった」 これで勝者が納める宝の数は増す。それはなのは達を着実に結末へ導くという事。 「……………………」 「……………………」 二人の間に言葉が無くなった。元よりこれは戦う為の約束、出会い頭に攻撃が開始されても別段不思議はない。 それを今まで引き延ばしたのは、もうすぐ訪れるかも知れない決着というものに浸ってる訳ではなく、単にどう相手を落とすか思考を巡らせていただけだ。 「レイジングハート、セットアップ」 All light―― なのはがバリアジャケットを身に纏う瞬間。 「サンダースコール!」 夕立より突然に降る雨が、傘も何も無いなのはに降り注ぐ。物事の切り替わる瞬間、なのはが魔導師として戦う姿へと切り替わる瞬間、否が応でも隙の出来る瞬間だ。極短い時間で作れる盾では貫かれる、目前まで迫った雨を今から避ける事は不可能だ、防ぐ事も避ける事も出来ないタイミングでの攻撃は、フェイトの予想通り全く意味を成さなかった。 「初めてだよ、雨を叩くなんて。意外と簡単なんだね」 「そんな馬鹿げた大道芸、して欲しくないよ」 雷が巻き起こした土煙が晴れた時、なのはの右手は発光しており、魔法が発動した跡が見受けられた。ディバインバスター・パニッシュと爪を模したレイジングハートの形、ネイルシーリングモード。それら二つを使って雷の雨その一粒一粒全てを打つという極芸。防げない上に避けられない、なら叩き落とせばいい。 「魔法とデバイスの並列処理、それだけの短時間でそのレベルなんてね」 「分かっててやったでしょ」 「もちろん。今のは様子見だよ」 両手の武器を油断なく構えるなのはの背後に、浮遊する数十本の大木。 何が起こったかを考えるよりも速くなのはは行動して、それより早くフェイトは告げる。 「ポルターガイスト」 フェイトの声に反応して飛び、なのはに襲いかかる大木。なのははそれを、まるで邪魔な枝葉を払う様に叩き落とし、レイジングハートで砕いていった。 思った以上に余裕があったので合間合間に軽くディバインバスターを撃ったが、全てバルディッシュの展開した障壁によって防がれた。 やがて、大木が全て朽ちる。 なのはが一歩、進み出る。 フェイトも一歩、進み出る。 「レイジングハート」 All light―― 「バルディッシュ」 Yes sir―― 駆ける二人。 激突する二人。 舞う、風。 「てぇぇぇぇいっ!!」 「はぁぁぁぁぁっ!!」 ブレイドモードとなったレイジングハート、サイズフォームとなったバルディッシュ。刃と刃がぶつかり合い、二人の体が風を切る度に十合斬り交わし、それが何度も何度も連続して続く。やがて風は一定のリズムで音を奏で始める。ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、と笛を吹き損じた様な音。なのはは刃の振り方なんて知らないから力任せに、フェイトはかつて大切な人に教わったやり方に自分なりのアレンジを加えて振る。最初こそ、その速度は互角で、お互いの腕に伝わる衝撃も互角だったが、徐々にフェイトが上回り始める。 一撃一撃が重い。一合斬り交わす度に腕が痺れる。眼で追えない、体は当然ながら追い付かなくなっていく。戦う方法を学んだ者とそうでない者、その差が確実に現れ始めた頃、なのはが右足を思い切り地面に叩き付けた。その衝撃だけで地面はひび割れ、崩れようとしていた。 足場を破壊されてバランスを崩すフェイト。その隙になのはは上空へと飛び、魔法を唱える。 「ディバインシューター!」 一瞬にして現れる20のスフィア。狙いを付ける事無くそれを放ち、腕を一振り。 「マリオネット」 攻撃を捉えるフェイトの視線、それは物体に影響を与える力。視認した物体の運動エネルギーを強制的に変化させる。物質を浮遊させ操る能力とは違う、魔竜眼―イヴィルアイ―第二の能力。 魔竜眼に魅入られた武器、ディバインシューターに紛れて投げられていたレイジングハートは一直線にフェイトへと向かっていたのに、何の前触れも無くあらぬ方向転換し、地面に突き刺さる。 フェイトの視線はなのはの左腕に向けられる。 途端、なのはの左腕があらぬ方向に曲がった。 「――――――っ!」 なのははそれを見て何をされたのか悟り、痛みに涙する暇も叫び声をあげる暇も惜しんで右手を地面に叩きつける。爆散する大地が巻き起こす褐色の煙幕に紛れてレイジングハートを回収、物陰へ退避、すぐさまディバインシューターを展開する。 「無駄だよ」 生み出された15のディバインシューターがフェイトの眼に映った空き缶に阻まれて消えた。 でも、それは囮だ。 「でも、それは囮だ。二重に張られた攻めての内の一つ目」 物影から空中へ一気に飛び上がるなのは、右手にシューティングモードのレイジングハートを構え、砲撃を発射する。 「ディバインバスター!」 本命は接近しての蹴り。 「本命は接近しての蹴り、魔力光に紛れて私の背後から」 フェイトの放つサンダーレイジに相殺されるディバインバスター。それに紛れてなのはが近付き、渾身の蹴りを放つ。 「ああああああああ――」 遅い。 「遅いのは当たり前。視線を向けるだけなんだから私の方が早いに決まってる」 「あっぁぁうぁぁぁっぁぁ!!!」 ギリッ、ギリギリギリッ、ブチッ。 蹴り上げようとしたなのはの右足が捻じれて筋肉が悲鳴を上げる、骨が砕けてバラバラになりそうな痛み、神経が断たれる。バランスを崩して倒れそうになるなのはの右手をフェイトが掴んだ。 「転んだら危ないよ」 「フェイトちゃんの眼の方が危ないよ」 見やる、首。間接を無視して曲がる、首。 「ぎっ!」 フェイトの腕を振りほどき、曲げられぬ様に首を縮め、しっかりと地に付いている左足をバネにしてなのははフェイトにキス出来るくらいまで顔を近付けた。見る事によって能力を発動する魔竜眼、その現在の対象である首を見えなくすれば、フェイトの視界をなのはの眼で一杯にすれば届かない。 「首じゃなくて眼を潰されたいの?」 だが、これではまだ射程内だ。フェイトの眼に捕えられる限り如何なる物質であろうとも能力の対象となる。マリオネットは物質を視認した時、運動エネルギーを自由に操る能力。 元々が制止している物体、運動エネルギーが0の物体に無理矢理に運動エネルギーを与えてやる。そうすると止まっているのにエネルギーを持つという矛盾を起こした物質が自分の本来の動作を見失い、自律崩壊に至る。 だから首を見えなくしたところで、フェイトの眼になのはの一部が映るならそれは捻じ曲げ折り砕く対象なのだ。だがフェイトは一つのミスをした。フェイトはなのはの、継ぎ足し削ぎ落とす者―カスタマイザー―の腕に触れた、振りほどかれる時、掌に触れた。 削ぎ落とす。 「フェイトちゃんの、視覚」 「っ!」 突如として無に包まれるフェイトの視界。削ぎ落とす能力も継ぎ足す能力も、それは一時的なものに過ぎないが、これだけ接近していれば2秒あれば事足りる。 継ぎ足す。 「偽視覚情報。今フェイトちゃんの目の前には私が100人居る、けど私は全部偽物」 「あ、ぁぁ!」 偽物と言われたとしても、真っ暗闇すら見えない状態からいきなり景色を見せ付けられ、そこに倒すべき相手が居れば無意識下で眼を走らせるだろう。それが致命的な隙を生む。 継ぎ足し、削ぎ落とす。 「詠唱完了。零距離スターライトブレイカー80%」 「ポルターガイスト!」 なのはを直接捕らえられないのなら、と無機物による浮遊攻撃という選択をするフェイト。だがフェイトの今見ている光景は100人のなのはだけで無く全てが偽物。最初に言った、“偽視覚情報”だと。 その後に言った“私は全部偽物”という言葉に惑わされ、自分の見ているものが全て偽物だという事を失念してしまった。それを侵してしまう程、フェイトは混乱していた。 「全力全開!!!」 奔る、桜色の光。 「まだ、やられない!!」 光の中にある爆裂音も炸裂音も、フェイトの悲鳴もなのはの叫び声も誰の耳にも届かない。スターライトブレイカーの衝撃で割れた海も抉れた地面も焼き払われた森林も飴みたいに溶けた元鉄製遊具も跡形も無くなった柵も何一つ映らない。 全ては桜色の光に覆われる。視神経は余りの光に麻痺し、鼓膜も三半規管も、とにかく頭にある精密器官その全てが背後から銃を突きつけられたみたいに麻痺した。動けば撃つよなんて言われて動く奴は、正真正銘の馬鹿か正真正銘の超人くらいだ。 そして、二人は馬鹿も超人も超える魔導師だ。 大火力の砲撃、スターライトブレイカーをフェイトは伏せて紙一重で避けた。近付いただけで身を焼く魔力光によってダメージを負いながらも、直撃だけはさせない。 地面に這いつくばる様な姿勢、そこから切り裂く一撃。 「バルディッシュ!」 「ブレイドモード!」 飛び散る火花、血、光。魔力の刃と実態を持つ刃の鍔迫り合いは時間にして1秒と無かった。それが経つよりも早く二人は思考を巡らせ、次なる手を打つ。 総じて、レアスキル。 「ポルターガイスト!」 「カット!」 フェイトはスターライトブレイカーで割れ砕けた地面の破片を突撃させ、なのははディバインバスターの詠唱時間を削ぎ落とした。破壊の光を前に、地面の破片はポケットに入ったまま叩かれたビスケットみたいに無残に割れた。一回で二枚では無く二千枚以上に割るのがなのは流だ。 「マリオネットを私に向けて使わないのは、もうそれだけの力が残ってないからだよね」 「そっちこそ、狙いを外すなんてそうとうガタが来てるんじゃない?」 双方共に満身創痍。スターライトブレイカーの余波を受けたフェイトは全身に傷を負い、駆動が不十分。バリアジャケットも既に本来の半分の機能すら果たしていない。 なのははマリオネットにより各部に重度の損傷を受け、ろくに動かない。だがその程度が問題になるくらいなら、お互いに今尚闘志を剥き出しになどしていない。 「カット、カットカットカットカットカットカットカットカットォォォォォーーー!!!」 「ポルターガイストォォォォォーーー!」 なのはは折られ砕かれた肉体の痛みを削ぎ落とし、壊れかけの神経を継ぎ足して繋げる。こんな強引な使い方は初めてだが、理論上この能力に継ぎ足せないものも削ぎ落とせないものも存在しない。望むなら万物だろうと概念だろうと削ぎ落とすし継ぎ足す。 フェイトは水面に映った自分の姿を一瞥し、後方へと吹き飛ばす。勢い良く吹き飛ばし過ぎて止まった時の衝撃が全身に響くとか気にしていられない。 「ディバインバスター・スラッシュ!」 「フォトンランサー!ファランクスシフト!」 近接攻撃と遠距離攻撃。違えた選択は勝敗を分かつ。 レイジングハートのブレイドモードで放つ魔力拳は魔力斬となり、フェイトの放つフォトンランサーを斬る。だがそれは囮。ファランクスシフトだと言って放った単体のフォトンランサーは、サンダーレイジを、一撃で倒す魔法で無く確実にダメージを与える魔法を当てる為のフェイク。 なのはの眼前、黄金色の魔力が迫る。それは防げず避けられず、叩き落とせない。 「くっ!」 炸裂する魔力がなのはを包み込み、水面が衝撃で天高くまで舞い上げられる。威力ではディバインバスターに劣るが、それでも十分に凶悪な力。既に大量のダメージを負っていたなのはが耐えられるとは到底思えない。 「やった!」 思えなくとも、現実はそこに存在する。防げず避けられず叩き落とせず食らうしかないのなら、我慢しよう。 来ると分かっている攻撃と不意打ちでは効果に随分と開きがある様に、食らうと分かっている攻撃と食らわないと思っていたのに食らってしまった攻撃とでは、その効果は砂糖と塩くらい違う。流石にそれは過大表現だが、フェイトにとってはそれくらいの違いがある様に思えた。 なにせ、勝利が敗北に変わるんだから。正反対とも言える表現でも、まぁ許容範囲だろう。 「プット」 継ぎ足す。天高く舞い上げられた水の塊の重量を、5tくらい。 「何で、何でそんな!」 重力に引っ張られた重い水が、全ての力を使って魔法を放ち、脱力したフェイトに降り注ぐ。 縺れる足が、煩わしい。 「重い雨をどうぞ」 名前はフェイトのサンダースコールを真似て、ヘビースコール。自由に使えないところが悔やまれる。この雨に長い事打たれるのはお勧めしない、潰れたトマトを連想させるから。 ――ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ。 重い雨が通り過ぎ、月が顔を見せた頃、廃墟と言って差し支えない公園に立っていたのは二人の少女だった。 「フェイトちゃん、まだ立つの?」 さて、雨を浴びてすっきりしたところで。 「当然」 決着を付けよう。 第二十九話 完 次 『手札は揃った』 あとがき 一話ずーっと戦ってるとかやっちゃったよ、しかも決着引っ張っちゃったよ。 こんな、こんな筈じゃ無かったのにぃー。 ま、予定通りになんて書けないですよね。 それとも、自分だけでしょーか? それではまた。 |