第三十話「手札は揃った」



なのはとフェイト、共に全開で死力を尽くして戦った。
考えうる限り最高のタイミングで魔法を撃った。自分が相手に勝る部分を叩き付けた。それは互いが持つ手札の中で最善だった筈なのに、必殺には成り得なかった。だから自分だけが持つ異能を駆使して打ち倒そうとした。それでも叶わなかった。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ…………」
「ふぅっ、は、ああ…………」
消耗が激しく、お互いにもう空を飛ぶ余力は無い。フェイトの無言の視線の意を汲み、なのはは地上へと降りる。フェイトも地上へ降り、バルディッシュを待機状態にする。なのはも同様に。
「地上戦の方が得意なの?フェイトちゃん」
「別にそう言う訳じゃない、ただ単に飛んでいるのが煩わしくなっただけ。そういうあなたは?」
「接近して戦うなら、どっちかというと地上かな」
「そう」
とてもつまらなそうにフェイトは呟き、腰を落として間合いを測る。なのはは微動だにせず、立ち尽くす。デバイスに頼らぬ戦い、正しくは頼れない戦い。デバイスとバリアジャケットの両方を維持し続けての戦闘は不可能だ、ならば直接命に関わる部分を、守りの部分を取り、一撃で敗北する事は無いようにする。その上で全神経を攻撃へ集中させる。
「ディバインバスター……」
人であれば誰もが持っている武器、自分自身を使い最後の攻防を。
「サンダー……」
始めよう。
「パニッシュ!」
「レイジ!」
ぶつかりあう魔力拳と雷。
肉薄するなのはとフェイト。魔力拳が雷を貫き、フェイトの肩を打つ。魔力拳に貫かれた雷が乱れ飛び、なのはの体を焼く。
制止。
「フェイトちゃん、日曜日の朝は何かテレビ見てる?」
互いを正確に視認。
「何を言ってるの?私にそんな暇は無いし興味も無いよ」
バリアジャケットは今の一撃で弾け飛んだ、どちらもが普段着そのままの格好になる。
「そう、じゃあ今度の日曜日は朝8:30にテレビを付ける事をお勧めするよ」
デバイスもバリアジャケットも無い魔力が既に枯渇した状態。リンカーコアも肉体も限界に達しようとしている。
「その時間にやってるのは魔法少女もののアニメなんだけどね、私は主人公の小桃ちゃんみたいになりたいと思ってるの」
武器は何も無く、四肢もほとんど動かない。それを分かっているから、どちらもがこの状況で会話を続ける。
「何が言いたいの?」
そんな中で、ただ一つ動く切り札。
「その小桃ちゃんはね、どんなピンチだって諦めないし、どんな苦難だって乗り越える」
なのはの左腕。
「決め台詞は『私の正義は負けません』で、フィニッシュブローは」
込める力はただの少女のもの以外の何物でも無く、これで倒せるのは小学生の、それもなのはとそう年齢の変わらない者が限度だろう。
「左ストレートなんだ」
それを持ってして切り札とする。魔導師にすればどこまでも脆弱で矮小で、攻撃であると認識することそのものがおこがましい陳腐なもの。
一歩、踏み込む。



でも――



「その左腕…………どうして動くの?」
「だってフィニッシュブローだもん。最後の最後に使えなきゃ名前負けしちゃうよ」



どんな優秀な魔法だって、どんな高性能な武器だって、例え世界最強の魔導師だって――



「私の正義は、私の戦う理由は負けないよ。この左腕が動く限りは」



体が無きゃ何も出来ないんだし――



なのはの体の中心を軸に、回転が掛り、左拳が振るわれる。とても平凡なその速度は、普段のフェイトであれば難なく避けられるものだ。
動いてくれない自身に苛立ちながら、フェイトの体になのはの左ストレートが打ちこまれる。それは今まで受けたどんな魔法よりも弱かったけど、何よりも“受けた”と実感した。



弱い肉体を最強の武器と言っても悪くないよね――



ドンッ。フェイトが地面に倒れた音がした。それは死戦の果てに訪れた一つの決着。
見下ろすなのはの視線と見上げるフェイトの視線は交差しない。なのははフェイトを見ていて、フェイトは空を見ているから。魔導師は、宝物を見張っているから。
「そこまでだ、二人共」
神聖とも言える決闘、その勝敗を告げる場に不届きな乱入者が現れた。黒い髪と暗い色のバリアジャケット。手には杖型のデバイスを持っていて、なのはとフェイトに引けを取らぬ力を持った眼差しをしている。
「僕は時空管理局の執務官、クロノ・ハラウオンだ。君達二人に事情を聴きたい」
余りに予想外の展開に二人は唖然とする。特になのはは、時空管理局の執務官とか言われても、それは何処の宇宙語なのかと聞くくらいしか出来ない。なので聞いてみた。
「それって春日部防衛隊みたいなものですか?」
永遠の5歳児の話である。
「よくあれだけの戦いの後でそんな事言える余裕があるね」
場の空気を読まないなのはの発言をうっすらと非難しつつ、ユーノが現れた。どうやら体はもう回復した様で顔色は健康であると言える。ちなみに人間形態だ。
新たなる人物の登場にクロノは油断なく構えるが、ユーノは余裕の笑みを浮かべている。彼には時空管理局の執務官という春日部防衛隊の正体が分かる様で、恐らくその為だろう。
「あなたに事情を説明する前に、こっちの用件を終わらせて貰ってもいいですか?」
「駄目だと言ったら?」
ユーノの提案をクロノは一蹴した。その途端、ユーノの目が変わる。獰猛な、仲間を守る獣の目に。
「押し通します」
ここで争うのは得策じゃない。クロノは冷静にそう判断し、条件を付けた。怪しい動きをすれば背後から撃つと。
ユーノはそれを頷くだけで肯定し、なのはとフェイトの方を向く。
「フェイト、悪いんだけど渡して貰えないかな?」
「…………約束だしね。嘘は付かない、勝手に持って行って」
そう吐き捨てるとフェイトはジュエルシードを地面にばら撒いた。
ジャラジャラと音をたてる様は、なんだか安っぽいおもちゃにも見えたが、それが見えた瞬間のクロノの動揺は傍から見ていて面白いものだった。
「それじゃあ貰うね」
なのはがジュエルシードを手にしようとした時、天空から光が差した。同時に膨大な魔力が降り、フェイトの遥か上空に穴が開いた。
「転移魔法か!」
クロノが反応しデバイスを構え、魔法を紡ぐ。大気中の温度が低下し冷えて行く。数瞬で攻撃態勢を整えるも、なのはがフェイトとクロノの間に居てそのままの位置では攻撃出来ない。仕方なしに横へ跳び、氷の塊をフェイトへ向ける。
刹那。
「なめらかファイヤー」
一閃の炎が氷を瞬時に蒸発させ、クロノの肩を焼く。続けて数度、炎が瞬いた。予想外の攻撃に反応出来ないクロノを尻目にフェイトと、フェイトの投げ捨てたジュエルシードを手にする人物が居た。
氷が炎に蒸発させられた事で生じた水蒸気で視界が不鮮明になっている。シルエットに映る長い髪が女性だと知らせ、背が低いので少女だと見受けられる。だがなのはに人物の特定は出来ない。そもそも魔法を頻繁に使用した激戦で脳を酷使した直後だ、今の状態であれば繰り上がりの足し算もまともに出来ないくらい。ぼんやりした頭であれば声がどこかで聞いたものだと思うくらいに留まる。
「待っ……て、そのジュエルシードは」
「悪いけど、私の事情的にはどうあってもあげられないの。それが決闘の結果に反する事でもね」
「待て!それをどうする気だ!」
クロノの問い掛けに答える事無く少女はまた一閃の炎を放ち、天に開いた穴の中に消えて行く。水蒸気の霧が晴れた時、フェイトが居た場所には何も無く誰も居らず、ただ約束は果たされなかったという結果が残った。






戦いの翌日、痛みで休養を要求する体を引き摺って、海の見える公園へ再び赴くなのはとフェレット姿のユーノ。
用件は当然、時空管理局の執務官、クロノに会う為だ。
「クロノ君、まだ来てないのかな?」
なんとか体がストを起こす前に辿り着いた。フェレットのユーノはなのはの肩には乗っていなくて、気を使っている様だがフェレット一匹の重さだと居ても居なくても大差は無いと思える。とはいえ、心情的に気持ちの良いものでも無いだろうから、ユーノの気持ちは誰もが理解してくれるだろう。
「ここだよ」
「あ、クロノ君」
昨夜帰る前に簡単に自己紹介だけはしておいたので呼び方に困るという事も無く、クロノ自身についても簡単な説明も既に受けていたので事は順調に進んだ。
彼に案内されて辿り着いたのはアースラという乗り物だという。なんでも次元世界を行き来する為に使うとかなんとか、そしてジュエルシードはロストロギアと呼ばれる大昔に作られたもの凄いアイテムなのだそうだが、そこら辺の内容はなのはには理解出来なかった。
「あなたが高町なのはさんね。私はリンディ・ハラウオン、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
何がよろしくなのかはいまいち分からなかったが、友好的だというだけで御の字。しかも落ち着きのある綺麗な女性とくれば、なのは的には無条件でOKサインを出せる、良い人そうだ。
「うわー、可愛いね。私の事はエイミィって呼んでね♪」
♪マークを語尾に付けて登場した人はエイミィさんというらしい。平均テンションはアースラに居る人の中でも指折りの高さと見た。伊達にイリスやアリサと付き合っている訳では無いのさ。
「そんな、可愛いなんて」
平均テンションが高いからこういう事をポンというんだろうか?そう納得出来たとしても恥ずかしさは消えないので遠慮して貰いたい。
「さて、自己紹介も終わった事だし、話を聞いてもいいかな?」
なのはが案内された部屋にはにはリンディとクロノ、なのはとユーノの四人しか居ない。恐らくはリンディかクロノの個室だろうそこでそう告げられた。元からそのつもりで来たので、誰も異論は無かった。
「まぁ、その前にお茶でもどうぞ」
真面目な話の前に一息入れようとリンディがなのはとユーノにお茶を差し出す。なのはが部屋に入った時には既に奥で何やらやっていたらしいが、それはお茶の準備だったみたいだ。
「はい、クロノも」
「ぼ、僕はちょっと……」
顔をそむけて体もそむけて、全身で遠慮しますという意思をアピールしながらクロノがリンディのお茶から逃げて行く。それを不思議に思いつつも、ひとまず進められたお茶を口にするなのはとユーノ。



後悔した。



「ごふぁっ!」
ユーノ、吹く。
「えっふぇ、えっふぇ」
なのは、むせる。
「…………」
クロノ、他人の振り見ない振り。
「えええ!なになに?どうしたの!」
リンディ、動揺。
室内、阿鼻叫喚。






数分後、リンディ茶を作った本人に処理して貰いようやく落ち着いて事情を話す事が出来た。
その内容は別段難しい事がある訳でも無い。
ジュエルシードを追ってユーノが地球、時空管理局で通じやすいように言うと第97管理外世界に辿り着き、そこでジュエルシードの被害に遭ったなのはを見つけ、助けだした。
偶然にも彼女は魔力資質を持っていたので、事態の緊急性から手伝って貰っている。昨日戦闘をしていたのは、目的は分からないがとにかくジュエルシードを集めている魔導師で、連れ去った何者かの正体は分からない。他にこの件に関わっている魔導師は居ない。
といったところだ。
ローグやイリスの事を話さなかったのは、彼の立場を考えての事だ。ローグはこれまでに例の無い魔力構成体という異端の完全成功型であり、研究者達の視点から見れば一生労せずして暮らせるだけの金銭よりも遥かに価値のある存在。何せ今まで数多の研究者や魔導師が辿り着けなかった境地、もしかしたら怪しげな施設で実験体などにされるかも知れない。それだけはなのはとユーノは友達として出来ないと考えての行動だ。
イリスの事を話さなかったのは、彼女の事を通じてローグの事を知られては不味いという事で、念の為。
「事情は分かった。それで、君達はこれからどうするんだ?」
「どうするか、ですか」
「ええ、私達はロストロギアを放ってはおけないから今回の一件に介入します。そこで、出来ればあなた達には手を引いて欲しいの。これ以上危険な事をしないで欲しい」
リンディの言葉はなのはの胸にゆっくりと、それでいて確実に染み込んでいった。
危険な事をしないで欲しい。それは自分の身を案じてであると同時に周囲の身を案じての言葉。なのはは一度友達を失い掛けたから、その意味を真正面から、寸分違える事無く受け止められた。その上で言わねばならなかった。
「私は、フェイトちゃんを止めます」
悲しい瞳の少女が、これ以上悲しみに染まらない為に戦う。それが偽善で傲慢でも、やりたいからやるんだ。
「君の意思は固いみたいだね。分かったよ」
やれやれ、といった様子でクロノが頷く。まるで最初からこうなる事が分かっていたみたいに。
「いいの?僕達は民間人だ、これ以上介入するなと言われれば僕達は手出し出来なくなるんじゃないの?」
「確かに、そうする事も出来なくはないだろうけど、君達みたいに強い眼をした人達は下手に抑えるとかえって危険だ。一緒に行動した方がむしろ安全だよ」
「それに、ジュエルシードを二人だけでここまで集めたあなた達に協力して貰えれば私達だけでやるよりずっと速く解決出来るでしょうからね。そうすれば、二人は速く本来の生活に戻れる」
魔法の世界での警察みたいなもの、なのははそう解釈した時空管理局のメンバーと協力してジュエルシードを集める。こんなに出来過ぎた展開もあるんだねーなんて思いながらも考えていた。
今回の件には、もうローグは関わらない方がいい。話が大きくなればなる程、異端である彼の身は危うくなるのだ。次に会った時、ジュエルシードはもういいからアリサと、ついででもいいからすずかも守って欲しいと言っておこう。きっと彼は一も二も無く頷いて、ついででいいと、わざとぞんざいに扱ったすずかをも命懸けで守り抜くだろう。大切なものは、それ単体を守るだけではいけないという事を知った彼なら必ずそうする。
「はい。私、頑張ります!」
「僕も、頼りないかも知れないけど精一杯やらせて貰うよ」
「私は直接手伝えないけど、頑張ってね」
「無理はしないでくれよ。僕達にとっても君達にとっても、辛い結果になるだけだからね」
純粋に頑張りたいという意思と、控えめに宣言する意思と、直接じゃないけど応援しているという意思と、少しだけ捻くれて心配した意思とが混ざり合って、一つの形になる。
ここに、ジュエルシードに纏わるこの事件を解決する為の手札が揃った。



第三十話 完


『離れる事の意味』





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