第三十二話「渇望」 地を這って進もうとも、泥水を啜ろうとも、腐肉を食もうとも、屈辱に塗れようとも、生きたいという願いがそれを突き動かす。生き続ける為に足掻くのであれば、それが世界を壊す行為でも構わない。本末転倒など知りはしない。何よりも重要なのは、自分自身が笑って死ねるまで生きる事。 けど実際問題、世界を壊すのはやり過ぎだ。生きていたければ……………そう、世界を変えるくらいで留める事が望ましい。 それならば、生きている場所がどんな世界でも、自分を認めてくれる世界に居られる。問題は、世界を変えるのは神の所業。人外程度に成せる術では無いという事実。 さて、どう反抗しようか? 「ねぇ、あなたは答えを知っている?」 「生きたい、生きていたい……私に命を」 エーティーの前で苦悶する声の主は怨念。世界に生きるあらゆる種族の無念を掻き集め、ジュエルシードによって繋ぎ合わせられた渇望者。 「そう、そんな願いなの。じゃあ、いらないよね」 「オオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!!」 冷徹で見下した言葉。心の底からの言葉。 エーティーはアルアイニスを、怨念体は樹木で出来た体の、腕に当たる部分を鋭く伸ばし、戦闘の態勢を整える。 各地に散らばったジュエルシードは残り3つ。つい先日まで残り5つだったというのに、ここ最近のペースは異常だ。これは管理局が介入した賜物か、それとも他の誰かの仕業か。 ともあれ、その内の1つが彼女の眼の前に居るこの怨念体だ。エーティーはジュエルシードの強力な力に引き寄せられた怨念の異常な生への渇望を目印に怨念体を見つけ出した。どうしようもなく弱い生への渇望、こんな陳腐なものじゃ全財産を賭けて投げられたダイスの目さえ変えられない。エーティーの持つ渇望と並びたいのであれば、その100倍は持って来て貰わなければならない。 「踊ろう、ウィンド」 突飛なセンスの掛け声はエーティーの趣味だ。本当の魔法名はしっかりとあるのだが、どうにも“ありのまま使うなんてオリジナリティが無い”という考えを持つ彼女にとってはなんでもいいから一工夫欲しい、そう思った結果だ。 名前がセンス逸脱症候群だからと言って、その威力は微塵も衰えない。長砲身のリボルバーキャノンから放たれる風の弾丸は真空の渦を幾重にも幾重にも折り重ね、折り重ねたものをまた幾重にも束ねる。そうやって生成された百重の風は、大地という溶け掛けのカップアイスを掬うスプーンだ。 風の音は聞こえない。少なくとも、百重の風が通り抜けるまでは、それに巻き込まれた空気の振動は外に出られない。無論、怨念体も。 「グ、グギィィィィィィィィィ!!」 「砕けなさい。散りなさい。あなたは弱いから、より強いものに捕食されるのよ」 続けて10発くらい風の弾丸を撃ち込んだ。バカみたいにデッカイスプーンで10回も掬うもんだから、カップの中のアイスはあっという間に空になる。同時に、怨念の叫びも空になる。 地面がまるでピカピカに磨かれたガラスみたいに綺麗に、顔を近付ければ本当に写るんじゃ無いかってくらい滑らかになっていた。それは切り口をヤスリで丹念に磨かれた、まるで芸術品の如き流麗。それを一瞥して、エーティーは敵の生存の有無を確かめようとする。 その時、鼓動。 轟く、樹木の脈動。 「っ!」 微塵切り程度では済まないくらい刻まれた植物が動き出すという異常事態。怨念体が体として使っていた樹木で、文字通り粉微塵にされていたそれが再生して繋がり蔦状になる。エーティーの足に絡み付き、締め上げる。ギリギリギリと音をたてて骨が軋み、柔らかな太腿が歪み、変形させられる。 「ぐっ、この死に底無いが!」 エーティーはすぐさま炎神の加護を受けた弾丸を用意する。だが引き金を引こうにも、何時の間にかアルアイニスを握る腕と手を絡めとられている。それも足を締め上げる以上の強さで。 「この!まだやられてあげる訳にはいかないのよ!」 叫び、唱え、成す。 それはアルアイニスのセカンドモード。リボルバーキャノンを超える超々遠距離用破壊兵器。誰にも止められないし壊せない、防げると思う事こそ論外の力。 「最大最強!」 輝きは天に、強さは熱に、煌めきは瞬間に、事は天より地へ降り立つ。 「天よりの落涙!」 オォ…………ンンッ。そんな音を、怨念体の聴覚器官が音を感じ取った。エーティーの体に巻き着いている樹木の体を攻撃する為に“天よりの落涙”は体を掠める様に炸裂する。 眩いなんてレベルじゃない、視界の明滅なんて規模じゃない、正真正銘破壊の光そのものを浴びた樹木の体は、粉微塵では無く消滅した。 「ふぅ……………………こんな場所で死んだら、笑って死ねないじゃない。だから」 「グルルルルルルルルルッルウルルルッル」 「野生動物なんかにやられてはあげない」 何時の間にか木霊していた唸り声、強大な力に釣られてやって来たのであろう野生。エーティーの周りには合計で30程の野犬が居た。野犬とはいっても、今エーティーが居るのは地球とは別の世界、魔力を有した野生動物が自然に生息している世界。その中では、野犬も勿論力を持っている。それが30居るという状況は、予想外の展開に力を大量に消費する魔法を使ってしまったエーティーには厳しい数だ。 「冷静になれ。そう、さっきの怨念体は別にあれを使わなくても倒せた。それなのに使ってしまったのは私の詰まらないミスだ。だから挽回する、私の力で」 やるべき事を声に出す、自分を奮い立たせる。精神を冷静に高揚させろ、触れたら低温火傷じゃ済まないくらいの、絶対零度の冷静さを持った高揚感を生み出せ。魔導師の思考を働かせろ、非常識を現実に、見せかけの理不尽を実現へ、自分自身を目的成す存在へ。 「アルアイニス、炎神の弾丸!」 怨念体に締め上げられた所為で力の入らない腕でアルアイニスを持ち上げる。反対の手で弾丸を込め、魔力を流し込んで力を駆動させる。 血管がオーバーロードする、筋肉がスパークする、骨がメルトダウンする。体中が別のものになる偽物の感覚の中、銃口を野犬共に向ける。 「ソウガエイセン!」 エーティーが引き金を引こうとした時、聞き覚えのある声がした。その声が響いた途端、野犬の群れ30匹全てが肉塊に変わる。 「お前意外に無茶する性格なんだなー」 「ローグ、あなた」 「よっ!」 そんな街中でたまたま会った様な軽い挨拶をされても反応に困ってしまう。というのは建て前で、実際のところエーティーはただ単純に恥ずかしいと思っていた。自分よりも劣る相手に、油断したせいで危機に陥り、あまつさえ野生動物に食われそうになっていたんて。 「何しに来たの?また迷子?」 「お前な、人をしょっちゅう迷う方向オンチみたいに言うな。あの時は転校したてでまだ学校の構造が良く分からなかったんだよ。まぁ、今居るこの世界も何が何やら分からないんだがな」 「じゃあ迷子じゃないの」 そう言って軽く薄く笑うエーティー。その時ふと気付いたのだが、ローグの視線の動きがおかしい。まるで何かを避ける様に動いている。チラチラとエーティーの顔を見て、向かい合って会話しているので真正面からエーティーを見据えようとすると、途中で急に首を明後日の方向にそむける。 正直、見てて不気味だ。 「何してるの?」 「アルフ、任せた」 ローグが急に聞き覚えのある名前を呼んだ。だがエーティーにはそれが誰か思い出せない。 眼を閉じて10秒程考え込むと、閃いた。 「ああ、犬か」 「犬言うな!」 何時の間にか居た。 「むぅ、瞬間移動とは。さては何処かの星の戦闘力は低いが特殊な技を持っている人だな」 「使い魔だ!」 「単にお前が眼を閉じてた時に出て来ただけだから」 余裕が戻って来たエーティーには申し訳ないが、ここでアルフからちょいと一言。 「エーティー、あんたパンツ半分見えてるよ」 「…………あはははは、そんなまっさかー。チラリ」 下を向きますエーティー。スカートが破けてます。何故って、自分を締め上げていた樹木の蔦を、自分の体を掠める様な攻撃でふっ飛ばしたから。 うん。すっごく納得出来る。そして、パンツ半分見えてる。 …………………………………………恥ずい。 「ふぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!み、みみみみみみ」 「ミルクプリン?」 「違う!見るなぁぁぁぁぁぁ!!!」 「いや、うん。会話しながら極力見ない様にしてるから」 「というか、最初に言いなさぁぁぁぁぁぁぁい!!!」 そんな事言われても、流石に面と向かって言えないと思います。 「大丈夫だ。俺はアリサ以外は守備範囲外だから」 「それはそれでムカつく」 随分とドタバタしてきた場の中で、アルフだけが溜息をついていた。 「はぁー。倒すぞーって意気込んで来たのに、なんで助けてんだろ」 ま、何はともあれスカートはたまたま持っていた安全ピンで端を止めたらどうにかなったという事で一応解決し、すっかり夕方の学校で初めて会った時のテンションになった二人と一匹。落ち着いて話を、という事で時の庭園なる場所へ移動となった。アルフの話ではそこにフェイトの母であるプレシアがいるらしい。フェイトの母、つまりジュエルシード集めをしている人間であろうから、フェイトのそれを妨害して来たローグは行ったら不味いんでない?という空気が醸し出される中、それを歌いながら流してしまうエーティーは一人と一匹の先を行く。 やがて広くて視界の良い場所に出るとエーティーは魔法の詠唱を始めた。間もなく、二人と一匹は光に包まれ、その光が消えた時そこは時の庭園だった。 「へぇ、綺麗なとこだな。まるで城みたいだ」 「こっちよ」 エーティーに促されてついて行くと、応接室の様な部屋に着いた。大きなシャンデリアと棚に並べられた銀食器。デカイソファーがテーブルを挟んで向かい合わせにあるのに加えて、見るからに高そうな美術品がそこかしこにある。なんだか無駄に豪華な部屋で、どうやっても落ち着けそうにはない。 「そこに座って」 促されるままにソファーに座るローグとアルフ。ちなみにアルフは人間の姿になっている。座るとすぐにコーヒーを出されたのだが、これは豪華な部屋と違って庶民派なインスタントだ。エーティーの手に握られたお徳用パックを見れば分かる。 「で、何の用?私はこれでも結構忙しいんだけど」 お徳用パックを棚に戻し、並んで座ったローグとアルフの反対側のソファーに座ったエーティーは、開口一番にそう切り出して来た。どうやら前置きも何もいらないらしい。 「じゃあ単刀直入にいくつか質問を」 「どうぞ」 湯気の立つコーヒーに手を付ける事無く、射抜く様な眼差しでお互いを見詰める二人。 「お前の目的は一体何だ?」 「生きる事よ」 これは本当。 「本当の名前は?」 「エーティーちゃんだって言ったでしょ」 これは嘘。 「プレシア・テスタロッサは何処に居る?」 「もう死んじゃった」 これは、きっと本当。 「どうしてジュエルシードが欲しいんだ?」 「女の子は宝石とかに憧れるものでしょ?特に小さい内はキラキラしたものに弱いの」 これは嘘。 「年齢は?」 「永遠の17歳」 「上がってんじゃん」 「愛嬌よ、愛嬌」 「ちょっと待て!」 最後のだけ、アルフです。 「「何か?」」 「プレシアが死んだって、何をそんな重大事項をさり気無く流してるのさ!」 プレシア・テスタロッサが、フェイトの母が死んだ。それは、フェイトの戦う理由を揺るがす事態。そうでなくとも身近な人間が死んだのだ、アルフにとってはフェイトに無茶をさせる厄介な存在とはいえ、死んだと聞いて黙ってはいられない。 「ローグ、あんたそんな言葉を信じるのかい?」 「ま、嘘を吐く理由が無いしな。嘘ならもっと信憑性のありそうなものを吐くさ」 「んふふ、それはどうかな?」 不敵な笑みというには不釣り合いな、この年頃の少女がする様な極々違和感の無い笑顔。会話の内容が無い様なだけに、そんな笑みを出来る事が恐ろしいと感じられる。 「ま、後で確かめればいい事だ」 二人の会話に驚きを隠せないアルフは、それでも黙って聞き続けるしかない。理解していないものが掻き乱しては駄目だ、それではここに来た目的が、フェイトにとっての危険因子を取り除くという目的を果たせない。 実際のところ今のアルフには状況が良く分からない。これまでは、エーティーとは正体不明の目的不明、加えて自分をいきなり攻撃した危険人物という認識だった。だが実際に話をしてみるとどうだろう?確かに正体も目的も不明だが、どうにも危険人物には思えない。 だが、アルフが攻撃を受けたという事は事実。それが与えた先入観が邪魔をして、正しい判断を下せない。だから、アルフはローグに任せる事にした。 「で、だ。ジュエルシードを集めて何をする気だ?」 「長生きしたいの」 「その為にジュエルシードの力を使えば、多数の次元世界だかに大きな影響を及ぼすとしても?」 「そうよ。ちょっとしたハプニングで世界が2つか3つ滅ぶかもしれないけどね」 「じゃあ駄目だな。そんな事をされたら地球がどうなるか分からない」 「ならどうする?」 「……………………」 エーティーの問いに答える事無く、ローグは僅かな時間で冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干す。そうやってほんの少しの間を置いて、決定的な一言を。彼女を世界から切り離す事になる一言を口にする。 「お前にはもう一度死んで貰う、A・T。いや、アリシア・テスタロッサ」 「真っ直ぐな物言い、嫌いじゃないわ。同じ元死人同士、精一杯殺り合いましょう、ローグウェル・バニングス」 第三十二話 完 次 『都合良くはいかない世界』 あとがき エーティーって名前の付け方が単純だと思った人は挙手求む。 はーい。 ・ ・ ・ ・ いや、あのね、変に捻るよりいいかと思ったんだ。シンプルなのが一番!やっちゃった事は気にしない! ほら、ロボットアニメとか途中から見ると専門用語連発で入りにくいっていう……………………それとは違うなぁ。 あ、性格が違うとかは流して下さい。色々あってやさぐれたんです。 |