第三十七話「似た者同士」



世界は狂った方向へと進んでいる。それはアリシアというウイルスが存在するから。アリシアが存在するからワクチンであるローグも存在する。
けど、世界は本当に狂っているのか?例えそれが予定に無い物語でも、その世界に存在するかも知れない者達によって紡がれる物語は、可能性として捉える事は出来ないのか?それを問うても応えるものは居ない。誰にとっても意味の無い問いだから。
この世界がアリシアの生存により変わった世界なのか否かは、物語の登場人物には関係の無い事。世界がどんなものだろうと、そこに居続ける事によってのみ存在する者達。
だから自分の感情に従って戦う。誰にも知られる事は無いけれど、アリシア・テスタロッサとローグウェル・バニングスは戦う。






「イフリート!」
アリシアがリボルバーキャノンのデバイス、アルアイニスから巨大な炎を次々と撃ち出していく。今までの様にふざけた名で呼ばず、魔法というプログラムに与えられた本来の名を呼ぶ。
これは彼女に余裕が無い証拠。彼女は自分が優位に立っている場合にふざけておどけた名前で魔法を呼び、楽しむ為の策を弄する。それをしない今、彼女に余裕は無く、またローグにも無かった。
「ソウガ、エイセン!」
双剣を振り、幾度も炎を切り裂く。一振りする度に炎が消滅し、散る。それをひたすらに繰り返す。そうするしか彼が生き残る術は無いから。
アリシアの戦闘スタイル。それは遠距離特化型。リボルバーキャノンという巨大な銃を持つ故にその動きは接近戦には向かず、必然的に離れて戦うスタイルへと定着する。要はローグと同じで、遠距離で戦おうとしたからそうしたのでは無く、それしか選択が無かったからそうしたという事。だからアリシアの使える魔法は遠距離型がほとんどで、その遠距離型魔法の九割を占めるのがアルアイニスによる魔力弾丸。その速度はローグのバニシングステップより速く、なのはのディバインバスターより重い。
速く重い攻撃を正確無比に撃ちこんで来る。弾丸その全てが並の魔導師では太刀打ち出来ないだけの力を持っている。だから、アリシアと距離を取って戦ってはいけない。アリシアは接近戦能力という犠牲の上に最高クラスの遠距離戦能力を持っているから。
本来であればアリシアと遠距離で戦闘しているローグは瞬く間に敗北する筈だ。だがそれは起こらず、互角の戦いが繰り広げられている。それは、ローグがアリシアと真逆に、遠距離戦能力を犠牲に近距離戦能力を最高クラスまで高めているから。
近いものと遠いもの。真逆のそれがぶつかりあって互角なのは、弾丸という直線の軌道を持つ攻撃が原因だ。遠距離から正確無比にローグを狙って真っ直ぐに放たれた炎の弾丸は、ローグに命中する為に接近する。そこは彼のテリトリー。
離れていればアリシアが勝り、近付けばローグが勝る。
離れて弾丸を撃ち、当てる。その戦い方では絶対に決着は付かない。幾千幾万の弾丸を撃とうとも、幾千幾万の斬撃の前に落ちるのみ。
戦いが始まって既に20分。その間二人は休む事無く撃ち、斬った。この方法では打ち崩せないと、どちらも最初の数手で知っている。それでも動かないのは、どちらにも妙案が無いから。共に迷い、共に結論に至った。妙案が無ければ、力技で倒せばいい。
ガンッ、と戦闘が始まってから通産1000発目の弾丸が放たれ、音も無く1000回目の斬撃が振り降ろされた。
刹那。
「シルフ!!」
「バニシングステップ!!」
大地を踏み砕く走りと暴風を巻き起こす弾丸が放たれ、今まで炎の弾丸が散々破壊してきた床の瓦礫が舞った。
凄まじい風に吹かれて中空を舞う瓦礫を足場に、ローグはアリシアを目指してジグザグに暴風の中を跳ぶ。跳躍し瓦礫の上に着地、それを踏みしめてさらに跳躍、次の瓦礫へ跳躍する。それを何度も何度も、目にも止まらぬ速度で繰り返す。
二人の距離はおよそ50メートル。それを跳び繋ぎ渡るのには瞬きをする間があれば十分に足りる。そして、アリシアはそれを待っていた。
「ヴォルト!!」
これまでどんな弾丸も切り裂かれてきた。だがそれは安定した足場があり、十分に双剣を振るえる環境だったからこそだ。それを崩す為にアリシアは敢えて瓦礫の足場を暴風で舞わせ、接近される危険性を侵した。今この時、ローグは雷の弾丸を切り裂けない。そして彼の移動する場所は分かっている。それは紛れもなく、自分に近付く為に最適となる足場。
「ヴォルトヴォルトヴォルトヴォルトヴォルトヴォルト!!!!」
ローグが次に踏むのはどの足場か、それを脊髄反射で割り出して正確無比な雷を。狙いを外す心配など無用。今まで何千何万と弾丸を撃ってきた。遠距離で戦う手段のほとんど全てをこのデバイスによる弾丸によって成していた、自分の命を預けていた。そんな自分の半身、いや自分自身。それが撃ち出す弾丸が自分の意思を無視した軌道など取る理由は無い。アリシアと彼との最大の相違点、離れていても攻撃出来るという点をぶつける。
「ヴォルトッ!!!」
それでも。
「アウトクラッシュ!」
届かない差だってある。
「がっ!」
ローグの渾身の蹴りを腹部に受けたアリシアは激しく床に叩きつけらる。その余りの衝撃に床に亀裂が走り、壁にまで伝わった。途方もない威力、接近戦しか出来ない者が紡ぐ一撃必殺の蹴り。アリシアの内臓はきっと内部でぐちゃぐちゃに潰されて、骨も見る影が無いくらい砕かれている。
「このっ!」
ダメージは深刻だ、今すぐ病院行って手術してもらったって助かるか分からない。
時速100キロで猛然と突進してきたダンプを腹に受けた様なものなんだ、どうにか意識を繋ぎ止めていられるのはとっさに張った魔力障壁のお陰。でも、これくらいの怪我で倒れるくらいなら、今まで進んでこれなかった。
「ヴォルト!!」
今すぐ倒れてもおかしくない、死んだって誰も不思議に思わない怪我を負いながら、アリシアは戦い続ける。
「ソウガエイセン!」
けど、余りの大怪我で血を一気に流し過ぎて思考が麻痺していた。だから気付けない、ローグが接近戦しか出来ないというのは、あくまで方便で、真実出来ないなんて事は無い。だって、彼の手元には双剣があって、双剣っていうのは二本で一組だけど一本でも使えない事は無い。勝負をそれで決めるつもりなら、片方を投げてもそう不思議な事では無い。その可能性に。
「あ゛」
音も無く双剣のデバイス、ソウガの片方が投擲されてアリシアの胸に突き刺さる。魔力を帯びた刃はまるで熱したバールでバターを押し潰す様に彼女を陥没させ、想像するまでもなくアリシアの体を崩壊させる。
「あ…………」
意識が希薄になる、思考が停滞する、肉体が脳の命令を拒否する、神経が情報の伝達を怠る、五感が機能を停止する、何も受け取れない、何も表現出来ない、何も認識出来ない。ただ一つ、自分がこれから死ぬんだという事を全身隅々まで行き渡らせる不快極まる感覚だけが存在を誇示する。






アリシアは二度目の死を迎える。一度目に死んだ時の事は良く覚えていない。死ぬって、きっとそういう事だ。自分がなんで死んだのかを明確に覚える事なんて出来ない。だって怪我をした時には痛みでそうだって分かるけど、死んだ時にはもう何も感じなくなっているからそうだって分からない。予測される今回の死因は何?そんなのどうでもいい、重要なのはこれからどうなるかという事のみ。なのにそれを考える思考は停滞しているから出来無くて、胸に突き刺さる刃が自分はこれが原因で死ぬんだなって予測させる。けどもしかしたら本当の原因は腹に受けた蹴りかな?なんて何故か考える事が出来た。



考える事が出来るからこそ、ここで終わると頭が告げた。まだ生きていたいのに、それを理解する。



願えば叶うなんて事は無い。想えば届くなんて事は無い。心が伝わるなんて事は無い。ただこの身この心この魔導を構成するのは純粋なる願い。かつて一人の少年が否定した、自分は自分の為に生きたいという思い。別に特別な下心も真心もなく、欲望も奉仕の精神も無い。眠いから寝る、食べたいから食べる、それを上回る欲求。ただ生きたいと願って何が悪い。どうせ叶いやしない絵空事を願って何が悪い。それが他に何を及ぼす?何も及ぼさない、別にこの精神の中に何を描こうとも誰にも関係無い。






「でも、でもね」
アリシアは、頭が理解した自分の死を拒絶した。
「私は!ここにいたい!」
特別な魔法など必要無い。命を得る為に必要なのは、世界に自分を求めさせるのに必要なのはただ強力に過ぎる願い。魔法とは何かを叶える手段を形として計る為のただの物差し。
だからアリシアは二度目に死んだ瞬間に三度目の生を受ける。質量を持つ魔力によって形作られた存在、魔力構成体となって。
「お前も、俺と同じか」
それを見てローグは驚きもせず、淡々と事実を確認する。まるで最初から分かっていたかの様に。
「さあ、第二ラウンドよ」
アリシアの体。ローグに蹴られ、ソウガに刺し貫かれた体は今や疑似肉体。欠けた部分は魔力を集結させて再構成を行えばいい、斬り離れた神経は強引に繋げればいい、骨なんて必要か?取り敢えず人間らしくいたいから作っておこう。
「そうなる気はしてたよ。お前は俺よりずっと強い意志の持ち主だから」
その言葉に応える事無くアリシアは一歩を踏み出す。それに呼応してローグが接近し、拳を振るった。だが、身体的速度において圧倒的に上回るローグのディープストライクは何にも触れる事は無かった。
その背後から。
「シルフ!」
暴風が直接背中にぶつかった。不意を打たれてはとても耐えられるものじゃないその風にローグは吹き飛ばされてアリシアに背中を向けたまま距離を離してしまう。そこに追撃の弾丸が襲い掛かる。
「ヴォルト!」
閃光が走り、迫る。暴風の余韻の所為で態勢を立て直す事の出来ないローグは雷の弾丸の射線上。どうあって避ける事も防ぐ事も出来ない状況で、ローグはその場から消えた。
「うん、やっぱり私の勘は当たってた」
「一度見ただけで真似たのか、恐ろしい奴だな」
アリシアの背後に、ローグは立っていた。崩された態勢が戻っているどころか無傷。どうあってもダメージを負うしか無かったタイミングの弾丸を、避けれない筈の攻撃を避けた事に対してアリシアは驚きはしない。
「ローグ、あなた魔力素になって避けたでしょ」
「ああ、お前もな」
アリシアが最初に風の弾丸を使い瓦礫を舞わせ、それをローグが跳び繋いでいた時。
アリシアが魔力構成体になった後、ローグの攻撃を避けた時。
アリシアの避けられない防げない攻撃をローグが避けた時。
どの場合も、行われたのは共通の事柄。自分自身の体を魔力素へ変換し、体を破棄した。魔力構成体というのは魔力の塊。だったら体を魔力素に出来る、そんな馬鹿みたいな理屈の実現化。
「自分自身の全てを魔力素へ変換し、デバイスの本体を起点に疑似肉体全てを再構成。つまり、私もあなたもこの世界から個体として完全に消失し、その上で復元出来る」
「どうしてそれを簡単に見抜くかなぁ。しかもいきなり使うし。順応速過ぎるぞ」
「遅いよりはいいじゃないの」
魔力素変換。体の全て、デバイスを含めて全部を魔力素へ変え、指定の位置で再構成。言ってしまえば瞬間移動。距離も障害物も時間も関係無く、全てを無視して、魔力素のある場所であれば100分の1秒で辿り着ける理不尽。魔力構成体だけに可能な力。
「一応は召喚魔法なんだ。自分を消して呼び出す、それは召喚だろ?」
「随分と幅広く捉えたものね。細かく考えるなら、間違いと言いきれないのが悔やまれるわ」
「けどお前にも出来るなんて驚きだ。これは魔導師の技術以前に、デバイスがかなり特殊でないと出来ない」
「そうね。デバイスの本体がここには無くて、別の場所にある事が条件」
この魔法の問題点、それは自分を魔力素へと変換した後どうやって元の形になるか。それを解決するのがデバイスだ。
ローグとアリシアのデバイスは、共に本体、人間でいう所の脳がローグとアリシアの持っている端末には存在しない。この二つのデバイスは同じコンセプトを元に生み出されている。
それは無限の魔導機構。幾度端末であるソウガとアルアイニスが破壊されようとも、離れた場所にある本体が破壊されない限り魔力を使用して無限に再生出来る。本体を破壊されない限り再生が可能なものという点では、魔力構成体とソウガとアルアイニスは極めて近い存在と言える。
魔力素変換は、この特性を使用した魔法。
デバイスは魔導師の全情報を記録する。魔導師は自分自身を魔力素へと変換する。
デバイスは魔導師の記録を読み出し、その通りに魔力素を使用し、あらかじめ指定されたポイントに自身の主を組み上げる。
ただ、これだけでいい。たったこれだけの手順で成す瞬間移動は、大勢の魔導師達から見ればなんて許容し難い理不尽だろう。
「なら決着を付ける方法は一つだけ」
「デバイスの破壊なんてつまんない終わり方は出来ない、どちらかが消滅するまで戦う」
この勝負に意味があるかどうかと問われれば既に無いと言える。
アリシアは生き続ける為の形を手に入れた。プレシアの事は惜しいが、一度死んだ者を誰かの都合で勝手に生き返らせてもいいものかと考えると、どうしても躊躇する。それでも今まで母の命を求めて来たのは、誰か自分の事を知っている人に生きていて欲しかったから。でも今は、仮に明日自分が死んでもその存在を覚えていてくれる人は目の前に居るから、寂しくない。
アリシアは生きる術と幸せに死ねる術の両方を手に入れた。
ローグはアリサとその世界を守る為に戦いを続ける。だがアリシアがプレシアを生き返らせる事に深い意味を見出せなくなった今、彼女はジュエルシードを使う事は恐らくないだろう。だとすればアリサに危機が及ぶ事は無いし、その世界もこれまでを保って行けるだろう。
ローグはアリサの幸せの可能性と、自分の幸せの可能性の両方を手に入れた。
どちらも意味を簡単に失った様に見えるだろうか?それでもいいと思う。どうせ行動する理由、意味なんてのは自分が納得出来ればそれでいい。他の誰かが簡単に理由を失ったと馬鹿にしようとも、本人にはそれだけの出来事があったから。
だからジュエルシードを求める意思を失った今、戦う具体的理由は無く、曖昧な理由だけが残る。それは、坂道を転がり出したら止まらなくなった、重力染みた強迫観念。別にここで相手を倒す必要は無い。そこにメリットもデメリットも存在しないし、あるのはただ無駄な消耗だけ。
けれど決着を付けなければいけない。これまで自身の命を求めて行った、大衆にとっての悪は、坂を転がり続けているから。受けとめよう、その全て。戦いという無骨かつ大胆な方法で。



第三十七話 完


『黄金の桜』



あとがき

なんか凄い自由にやっちゃってますんで、オリジナル魔法やデバイスの無茶っぷりは流して下さい。
それと、流石にもう少しで終わりますんでもうちょいお付き合い下さい。





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