第三十八話「黄金の桜」



一瞬、これまで彼女が体験したありとあらゆる出来事が脳裏を駆けた。それは走馬灯現象?人が死に際に見ると何処かの誰かが囁いた出来事。
人が死を目前にした時、これまで見聞きした事がフラッシュバックする。そういった話を、誰しもが一度は聞いた事があるだろう。今現在のなのはがまさにその状態。最近の事から順々に遡り、小学校に入学した日の事、その前日眠る前の高揚感、それよりももっと幼い日の思い出。それらが卓越した魔導師の思考速度を遥かに上回る速度で駆け廻る状態。これはまさに、走馬灯現象と呼ばれる状態なのでは無いだろうか?だとしたら、なのはは無事生き残るだろう。
今が死に際というのであれば、まだ死んでいないという事だ。だったらどうとでもなるさ。魔導師は不可能を可能に、理不尽を理不尽で打ち砕く事が出来るから。だから大丈夫。例え不意打ちで巨大な鋭い触手がなのはの眼球のすぐ前まで迫っていて、なのははそれに反応出来ず、レイジングハートによる障壁が既に打ち破られているとしても死ぬ事なんてあり得ない。
その最大の理由は、なのはの背後に立つ黒金の魔導師の存在。
「マリオネット!!」
捻じれ、曲がり、砕ける。
「カット!」
自身の無事を確かめる事無く、なのはは叫ぶ。まるでこうなる事があらかじめ分かっていたかの様に見えたその行動、フェイトが来てくれると無根拠に信じた末の行動。
呼応する能力、詠唱そのもの、魔力集束、術を成す為の必要事項を全て削ぎ落とし、放つ。
「スターライトブレイカー!!」
レイジングハートから放たれる桜色の光、膨大な魔力を集束し構築された砲撃。倒すべき相手を撃ち貫く事に躊躇いを見せない心。狙いもつけずただがむしゃらに前方に放っただけのそれは、ターゲットの巨大さのお陰か僅かにも外れる事無く命中する。遠くから目算で大体の大きさを測ると、なのはを触手で攻撃した敵の全長は8メートル程。スターライトブレイカーを受けたそいつは跡形も無く消え去っているか、それとも肉片を残して息絶えているのか。そのどちらかである事を誰も疑わなかった。
「これが魔導師の力。矮小な」
けれど、ある筈の無い事実が目の前にあった。
「嘘だよね」
「まさか、そんな」
なのはとフェイトが驚きの声を静かに挙げる。敵は、スターライトブレイカーの直撃を食らったそいつは、傷ひとつ無いどころか表皮に汚れすらついていない。雨上がりの植物の様な表皮が、忌々しい。
「魔導師よ、私を望むか?」
「望む望まない以前に、あなたは何なの?どうして何時も母さんが居る場所に居るの?」
フェイトが、ゆるやかな怒りを湛えて問う。怖くて怖くて逃げ出したかった心を無理矢理に奮い立たせて母親の元に着いたと思えば、正体不明の触手付き植物もどきが大切な人の居るべき場所を陣取っているではないか。不愉快だ、全く持って不愉快だ。
「私は、ジュエルシードの意思。かつてプレシア・テスタロッサの実験の副産物として生まれた。ジュエルシードを束ねる王たる意思」
「そう。そんな事はどうでもいいから大人しく母さんの居場所を教えて」
さっきからやけに明瞭な声で喋くるこの植物もどき、足は戦車のキャタピラみたいな潰れた形をしているし腕は無くて触手がその代わりをしている感じだし、顔に至っては何故か人間の骸骨みたいだし。その姿で普通に喋られると違和感しか沸かない。けどそんな些細な事はフェイトには問題では無い。問題なのはこのジュエルシードの王とやらの次の発言。
「プレシア・テスタロッサは既に死んだ。私が生まれた時、既に死んでいた」
なのはは、そういえば私が最初に関わったジュエルシードって意思を持って喋ってたよね。なんて思い出していた。けどそれは敵を前にしての無駄な思考、一見して状況を理解していない者の行動だが、なのは理解していたからこそ無駄な考えをする。だって真横で視線だけで人が殺せそうな眼をして敵を睨んでるフェイトが隣に居たら怖くて仕方無い。ちょっとくらい気を紛らわしたい。
「ねぇ」
「な、なに!」
声を掛けられると思っていなかったなのはは上擦った声で返事を返した。それを異に解した風も無く、フェイトは宣言する。
「私は母さんの娘だ。だから母さんに会おうとする私を邪魔するあいつを倒す」
「うん」
「手伝ってくれる?」
「もちろん」
放り投げた言葉を現実に。その為に戦いましょう、ジュエルシード・モンスターキング。
「戦い、私の力を求めるのか?ジュエルシードの力を」
「あなたを倒せばジュエルシードが貰えるの?」
「その通りだ。私の体内に内包される21のジュエルシード、求めるのならばお前達は私の敵だ」
ジュエルシードが欲しいだとかそんなの取り敢えずは後回し。今この場で重要なのは、フェイトが母に会う事。その為に、プレシアは死んだなんて戯言をほざく頭の悪い王様は倒す。だから、容赦はしない。
「ポルターガイスト!」
フェイトの視界に収まる物、スターライトブレイカーによって破壊された床と壁の瓦礫、部屋の隅に置かれた調度品、ついでに柱も引っこ抜いてキングに向かって盛大に吹き飛ばす。精密なコントロール不要、ただ思い切りぶつけるのみ。
「ディバインバスター!!」
なのはがレイジングハートを構え、放つ。こいつは先刻スターライトブレイカーを受けて傷一つ受けなかった敵。だけど直撃を受けたのならそんな事は有り得ない。何かしらの仕掛けがある、ある筈なんだ。だからまずそれを見抜く。集束砲を受けきったあいつにとっては有効な攻撃じゃないだろうけど、攻撃を防ぐその行為を見抜く為ならば十分。
物理的猛攻と魔力的砲撃、両方がキングに迫り命中するその瞬間。
「何を悠長に構えている?それほどまでにお前達は強いのか?」
距離にして100メートル以上離れていたというのに、キングはなのはとフェイトの背後に居た。声が、キングの声がなのはとフェイトの鼓膜を振るわせると同時になのはの左肩とフェイトの右足を触手が貫いた。
「あっ!」
「くぁっ!」
障壁の展開が間に合わない、回避なんて出来っこ無い、痛過ぎるんだけどこれってどんな出来の悪い夢?兎にも角にも痛いからって何時までも思考停止動作停止していたら殺されるだけだ。
そう判断しなのはとフェイトが背後に跳んで距離を取り、牽制の攻撃を放とうとした時、目の前にはもう触手が20本くらい迫っていた。
「マリオネット!」
咄嗟にフェイトが触手を捻じり、曲げて砕く。だが20本同時に砕く事は出来ず、数本がフェイトを刺し貫かんとする。それをなのはがネイル・シーリングモードへと姿を変えたレイジングハートで受け止め、握り潰す。
そしてそれを確認するまでも無くフェイトがサンダーレイジを、撃てる限り連続で放った。それは全てキングの目の前で紫色の壁に阻まれて消えた。
「くっ!」
なのはがそれを見てキングに向かい突撃する。能力を最大限に発揮し、スターライトブレイカーの詠唱を接近するまでの僅か数秒に完成させる。
応える、触手の嵐。
20本どころではない、100や200はあるそれらを避け、殴り、蹴り、あるいは重さを200キロばかり継ぎ足して動けないようにしてやった。普段の運動苦手っぷりからは信じられない動作の末、瞬く間にキングの前方に張られている紫の壁の前に来ると、零距離でスターライトブレイカーを撃つ。当然壁を目の前にして砲撃なんて撃てば自分にもそのダメージは降り掛る。迸る光と魔力に焼かれて、なのは自身にダメージを負いながらも紫の壁を攻撃した。
だが、キングには届かない。
「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
キングがなのはに気を取られている内に用意を整えていたフェイトが攻撃を開始する。豪雨の様に降り注ぐフォトンランサーが、なのはがキングの近くに居る事を無視して巻き込んでしまえと突き進む。
紫の壁の前で大きな衝撃が走り、それに次いでフォトンランサー・ファランクスシフトが全て注ぎ込まれる。
だが、それも届かない。
「仲間を犠牲にしてこの程度か?」
フェイトが、なのはもろとも攻撃したにも関わらず自分を傷つけられなかった事に対し余裕を見せるキング。されど王は油断する事無く一歩を踏みしめる。紫の壁を前方に展開しながらフェイトへ向かってゆっくり突き進む。キングを守るその壁に、少女の手が触れた。
「取った!」
なのはの持つレアスキル、継ぎ足し削ぎ落とす者―カスタマイザー―は、ありとあらゆるものを継ぎ足し削ぎ落とす事が可能だ。それは物の重量だったり、魔法の詠唱に必要な時間だったり、攻撃力という現実では数値で表し難い曖昧なものですら対象とする事が可能。そんな曖昧なものすら対象に出来る能力が、魔力障壁程度を消せない筈が無い。突撃し、紫の壁の破壊に失敗したなのはを見捨て、纏めて攻撃した様に見せたフェイトの行動。それはなのはの策略、フェイトが魔法を放つ寸前に床に巨大な穴を開けてそこに身を潜め、キングの行動を待った。
今紫の壁になのはの手が触れた事で能力発動の条件は整った。
「紫の壁、その魔力供給カット!」
障壁が強固であればある程に、必要な魔力は増大する。魔力の運用を効率化する事である程度必要魔力を軽減は出来るだろうが、零距離からのスターライトブレイカーを防ぎきるだけの障壁の維持には多大な魔力が必要な事は明白。如何に強大な魔法でも、魔力供給を断ってやればどうという事は無い。
「何がしたい?」
紫の壁は、微塵も揺るがずそこにある。なのはの手が、微かに震えた。
この策は間違いじゃ無かった。余りにも強固な壁を打ち崩す為、それぞれの切り札と呼べる魔法を使用して眼を眩ませ、その上で能力を使い、打ち崩す。これまで幾多の対象を取り、その力を行使してきたなのはのレアスキルが通用しない。そんな事態を誰が予測した?壊せないくらい硬くて、だから使え無くしようとしたのに、それすら出来ないなんて誰が予想した?
「不味い!」
キングが、自分のすぐ前で驚きを隠せないなのはに向かい、触手を放つ。とても防ぎ切れる数では無いそれを、相手にしないとフェイトは判断した。
「ポルターガイスト!」
これまでそこらへんにある物に対して使って来た、物質を浮遊及び移動させる能力をなのはに使い、自分に向けて飛ばす。どのくらいの速度で飛ばすとか微調整をしている時間は無かったので思い切り飛ばして受け止めたら、意外と衝撃が強くてちょっと痛かった。
「ありがとう、フェイトちゃん」
なのはの礼に頷きだけで応え、フェイトはキングを見る。敵は、予想を遥かに超えて強い。
一筋縄でいかない相手なのは分かり切っていた。初手のスターライトブレイカーを無傷で防ぎ切った事と、あいつがジュエルシードを全て体内に収めていると言った時点で分かっていた。
命を創造しようと求める人が居るくらい、次元世界を壊せるくらいに強い力。それを敵に回して簡単に勝てる筈が無い。けどここまでだったなんて予想外。障壁を魔法で破れないどころじゃなく、能力でさえ全く受け付けない。つまり、特別な方法は通じない。
「くっ」
落ち着いて考えると戦力の差がはっきりと分かって来る。数ではなのはとフェイトに分があるが、それ以外の全てでキングに分がある。そうやって差を認識すると、今更ながらに触手に貫かれた右足の痛みが自己主張し、冷汗が頬を伝う。
強固に過ぎる壁、膨大な触手、理解し難いスピード。これをどう倒す?
「フェイトちゃん、思い切り攻めよう」
ずっとフェイトに抱きかかえられていたなのはが言う。その通りだ、周り道が、レアスキルが通じないならそれしかない。どんなに強固な壁だって、それ以上の力を加えれば砕けるは道理。その後の事など考えず、全ての力を使い切り、壁もろとも本体も撃ち貫けば良い。
「ポルターガイスト!」
フェイトが戦闘の影響で破壊された部屋の瓦礫を積み上げる。何重にも何重にも積み上げられた瓦礫はキングとの間に城壁と言って差し支えないものを作り上げる。それだけでは足りないと部屋の壁そのものを剥がして並べて時間稼ぎの為に瓦礫の二重三重の城壁を用意する。キングがなのは達の前に現れるまでに準備を整えなければ、勝機は無い。
「ディバインシューター」
「フォトンランサー・ファランクスシフト」
二人が同時に準備に取り掛かる。なのははカスタマイザーの力を使っていないのか、光が大きくなったり小さくなったりしながら魔力が研ぎ澄まされる。やがて、という程の時間も経たぬ内にキングが城壁を破壊してなのはとフェイトの前に現れる。もう一回。
「ポルターガイスト」
フェイトが砕かれた城壁を見て、それを浮かび上がらせる。フェイトの魔竜眼―イヴィルアイ―とは視認によって発動する能力。それが形を持っていれば、瓦礫だろうと砂だろうと関係無く操れる物質操作の力。
それによってキングを砂礫で包み込む。
「時間稼ぎか!!」
自分の体に纏わりついた物質を振りほどいたキングが眼にしたのは、一つの桜色と無数の黄金。
「全力全開」
なのはが言葉を紡ぐ。その音声はスロー再生の様に遅過ぎるくらいに丁寧に慎重に発せられ、力を成した。生まれたのは、黄金の桜。
「これが私達の」
「最善の一手」
中空に浮かぶ幾つものスフィア。その全て、30の黄金。
床すれすれを低空浮遊している幾つものスフィア。その全て、30の桜。
力強い輝き、黄金のそれは眼も眩む光を放ちながら桜色をその中に映す。儚い輝き、桜色のそれは柔らかな淡い光を放ちながら黄金色をその中に映す。それはただ単純に優美だった。
黄金が桜を映し、桜が黄金を映す。まるで桜が桜色を保ったまま黄金色に輝いている様で、黄金が黄金色を保ったまま桜色に輝いている様で、それが無限に繰り返されているかの如く幻想的優美。戦闘によって荒れ果てた無残な部屋、怖気がする凶悪な風貌の化け物、どんよりとした重い空気、次元震が起きそうな局地的魔力の膨大な渦。全てが不安要素ばかりの空間で、二人の少女を守る様に存在する黄金の桜。
正面から攻めて阻まれるのであれば全方位から攻めればいい。前後上下左右斜め、ありとあらゆる方向から攻め立てる少数精鋭。砕かなくていい、ただ隙を作れれば後はその力果てるまで二人の魔導師が撃ち込むだろう。黄金の桜の役目は示す事。勝利への道を示す事。
「「いっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」
咆哮に応え、飛ぶ。ジュエルシード・モンスターキングを倒し、その先にあるものを確かめる為に。



第三十八話 完


『最後は』





BACK

inserted by FC2 system