第三十九話 「最後は」



時の庭園。この場所から一時的に魔力素が枯渇する。
それは過剰摂取故に。如何に果実が豊作であろうとも現実離れした消費量を相手にしては尽き果てるが道理。今この庭園に集ったのは誰もが強力な魔導師。そしてその内の四人が規格外の魔導師だ。だが、通常であればどれ程消費したとしても無くならないのが魔力素。それを枯渇させる程の出来事、成すは極上の理不尽。アリシア・テスタロッサとローグウェル・バニングスにのみ可能な、まさしく魔法。
「あはは、こんな事も出来るんだね、この体」
アリシアの体がぶれて見える。画質が異常に荒いテレビとかそんな感じじゃなくて、正常な映像の中に砂嵐が紛れ込んだ感じ。一部分にだけ感じる違和感の正体は同一部、アリシアの体と魔力素が同一化している部分。
「お前、妹を殺す気か?そんな事をすればここいら辺一体の魔力素が枯渇する。今すぐじゃ無いけど、魔法が使えなくなるんだぞ」
「私とあなた以外はね」
アリシアは自分が疑似肉体という事を利用して魔力素を常軌を逸した速度で取り込んでいる。通常、魔力素の過剰摂取から起こる魔力の過剰保有によってもたらされるものは魔法の制御不能といった自滅的結果だけだ。だが魔力構成体にはそれが無い。魔力構成体にとって魔力素とは体そのもので、質量を持つ程に圧縮された魔力。その根源が増えたのならば増えた分だけ圧縮率を高めれば済む。風船が空気の過剰摂取によって巨大化するが如く、魔力構成体は魔力素の過剰摂取によって強大になる。魔力構成体には風船の様な器の限界が無いだけで、それは自然な事。外見的変化を伴わない進化。アリシアが魔力素を取り込む度それに対抗してローグも取り込む。そんな事を繰り返す内にとうとう魔力素は息切れを起こす。
「あ、もう無くなったんだ」
「お前、食い過ぎだ」
「何よ、同じくらい食べたくせにぃ」
日常で出会った、初めて出会った日の調子を崩さぬ会話。それがもう出来ないだろうと知っている二人の最後の軽口はすぐに失せ、アリシアがアルアイニスを、ローグがソウガを構える。今の二人の魔力は通常時の百倍以上。制限をぶち抜いた最後の戦い。
「最大最強!」
「一点突破!」
アリシアがアルアイニスの形を変える。リボルバーキャノンは小さな小さな球になる。子供の口に簡単に収まってしまう飴玉を彷彿とさせる形。握りしめ、唱える。
「天よりの落涙!!」
ローグの双剣ソウガ、その内の一本だけを強く握りしめ、頭上に掲げ、思い切り振り降ろす。その先には“黒”があった。
「エッジハンマー!!」
オォ…………ンンッ。何かが通り過ぎた音がした、通り過ぎたのは熱を伴った光だった。
ローグはそれに焼かれて死んだ。
グシャッ。アリシアの頭上から現れたのは巨大な剣の“柄”だった。それは剣の柄というには余りに巨大で、底面の大きさは高層ビルの屋上くらいあった。アリシアはそれに押し潰されて死んだ。
「ソウガ、エイセン!」
「イフリート!!」
光煌めく粒子が二ヶ所に集中していく。片方は少年を、もう片方は少女を型どり、それぞれが声を発して魔法を唱えた。振るわれる刃と放たれる炎はぶつかり合い弾け飛ぶ。その衝撃に耐える事無く二人共が後ろへ跳び、距離を取る。だが、二人の距離が50メートル以上離れているにも関わらずローグはソウガを握りしめた手を伸ばしてアリシアの腕を刺し貫いていた。
「転移魔法!」
「いいや、召喚だ」
アリシアの腕を刺し貫くソウガの刃、その刃渡りは80メートルはある。明らかに人間が振るえるサイズでは無いそれは、エッジハンマーと同じ原理の魔法。拡大召喚。
「俺の召喚魔法は特殊でな、対象を一度異空間へ送ってからそれを召喚する。まぁ自分で物を隠して自分で探し出すって事さ」
左手のソウガを刃渡りの縮尺100倍で拡大召喚する。拡大召喚とは読んで字の如く物を拡大して召喚する魔法だ。使用の際に必要な事は縮尺率の設定。呼び出すものをどれだけ大きく、または小さくするか。80メートル程の刃に刺し貫かれたアリシアは、刃を腕から引き抜く事が出来ずにいた。
「異空間から呼び出す時に大きさを弄るって訳?随分と強引ね」
「お前には負けるさ」
貫いた腕が脱出不可能な事を知り、ローグが右手のソウガの柄を“黒”の中へ入れ、呼び出す。
「縮尺率、月。エッジハンマー!!」
“黒”という名の異空間へと送られた柄はローグが設定した縮尺率に従って拡大されて召喚される。魔法を使った者が月と言ったなら、万人が知る月と同等の質量を持つ柄へと変わる。それがアリシアの頭上に落下してくるという事は、月が落下して来る事と同義。外見上は高層ビルの屋上程の広さの柄。だがその質量は月。なんとも度し難い矛盾を抱えた物質。
それに相対する結果、生物である限り死は必然。
グシャッ。
オォ…………ンンッ。ローグがアリシアを押し潰すのと同時に、アリシアがローグを焼き殺した。
それでも、どちらも引かない。
「アウトクラッシュ!」
「ヴォルト!」
魔力を込めた蹴りと雷撃。周囲がどんなに破壊されようともそれは留まるところを知らない破壊。二つの魔法のぶつかり合いが終わった時、二人の姿が同時に消え、現れる。
「くっ!」
「同じか!」
お互いの位置が入れ替わっている。どちらもが相手の背後に回ろうと魔力素移動を試みた。だがそれはは徒労にしかならなかった。二人が同時に同速で相手の背後に回り込もうとすれば、どちらもが回り込めずに正面を向いたまま対峙する。
「天よりの落涙!」
アルアイニスが一瞬にして形を変え、アリシア最強の魔法が唱えられる。遅れる事1秒、ローグはバニシングステップを使い全速力でその場を離脱する。
光が、落ちた。
オォ…………ンンッ。
「あっぶねー、マジで光線だもんなこれ」
「なんでそれ避けちゃうかなぁ」
この攻撃は避けられないと、アリシアには絶対の自信があった。だがそれも種が明かされるまでだろう。未知のまま戦えば敗北は必至だが、既知であれば対策は取れる。今のところこの衛星軌道上からの魔力砲に対する最善の策は、アリシアの声を聞き逃さない事だ。
「衛星とか飛んでるのな、ここって」
「ほら、一応重力あるし」
天よりの落涙。その正体とは時の庭園の衛星軌道上に存在するアルアイニスのコアからの超高出力魔力砲だ。衛星という都合上一定周期でしか撃てない事が難点ではあるが、それだけに相手は使うタイミングを計り損ね安く、到底破壊出来ない位置に存在する為防がれ難いという利点を持つ。だが、よもやこの攻撃を撃たれてから避けるなどとは想像しなかった。
「魔力素を取り込みまくって底上げしてなかったらアウトだったが、今ならまぁどうにかなるさ」
「ま、私もあなたのハンマーはもう受けてあげないけどね」
言って、睨む。双方共に最強の手は通じないと言い切った。
ローグの持つ魔法の中で最強の威力、月の質量を誇るエッジハンマー。アリシアの持つ魔法の中で最強の威力、衛星軌道上からの攻撃である天よりの落涙。そのどちらも通じない。
だからなんだと言うんだ?どうせ何か一撃でも当てればそれで死に至らしめる事が出来る。通常時の百倍以上の魔力を持つ二人の力なら疑似肉体の破壊など容易い事だ。今まで最強の手を使って来たのは単に相殺出来ない攻撃だから使っていたに過ぎない。無理なら無理で別の手を考えるさ。
もっとも、幾ら肉体的に死んでも蘇る魔力構成体には対して意味が無い。疑似肉体とは魔力の塊。ローグとアリシアの持つ生きている部分、それは心のみ。ならば何十何百何千回分の肉体的死を与えたとて不毛。どうせ体を構成する為の魔力なら腐るほどある。この二人の、実力の近い魔力構成体同士の戦いとは決着のつかない戦いだ。
それでも止まらず、止められない。
「天よりの落涙!!」
閃光。
「ディープインパクト!!」
飛散。
「この、化け物め」
「それはお互い様だろう」
アリシアの最強の攻撃を、魔力拳ただ一撃で相殺する。
「エッジハンマー!!」
圧倒的。
「ヴォルト!!」
破砕。
「卑怯だな」
「あなたもね」
ローグの最強の攻撃を、雷撃ただ一撃で相殺する。
「「本当、もういい加減嫌になる!!」」
叫び合って衝突しあって、弾け飛ぶ。ローグもアリシアもとてつもない速度で成長している。今までただ巨大な力を無理矢理に振り回すだけだったのに、今はどちらもが細部に亘って魔法を理解し、使いこなす。人が、魔導師が成長するには3秒あれば十分だ。今より3秒後の自分は今より強く、その3秒後の自分はさらに強いと頭に叩き込む。そうやって頭の中でより強い自分を構築し続ける。
どこまでも絶え間無く続く二人の戦い、究極の一点―オーバーハング―を持つ二人の魔導師。片や大切な者の為、片や自らの命の為、目的を成す為なら誰よりも強く速い自分を成し遂げて見せよう。
「ヴォルト!イフリート!ノーム!シルフ!」
「ディープストライク!インパクト!アウトクラッシュ!ソウガエイセン!」
四手撃って四手打たれて。どちらもが魔力素を極限まで取り込み、どちらもがその魔力を操る力を成長させている。それに果ては無いから、果てを求める事をする。
「アリシア!」
「ローグ!」
「「最後は!」」
距離の離れた二人が同時にモーションに入る。ローグはソウガの力強く握りしめ、アリシアはアルアイニスを変形させる。共に最強の一手、極限まで取り込まれた魔力素とそれを操る力にて放つ魔法。ローグの周囲に無数の“黒”が現れ、アリシアの頭上に光が見えた。
「いっけぇぇー!!」
“黒”に打ち込まれる柄。何度も何度も打ち込んでは引き抜き、また打ち込んでは引き抜く。拡大召喚、月の質量を持つそれの連撃。四方八方あらゆる場所から押し潰さんとする天体。加減など一切せず、何度でも力尽きるまで、アリシアの中の魔力を、体を構成する力全てを奪わんとする一手。
「最大最強!!」
衛星が、静止する。本来静止する筈の無いものが止まり、標的を定め、撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つひたすらに撃つ。消滅を体現する超魔力砲の嵐。加減など出来ない、これはアリシアがデバイスへと示した行動であり彼女自身の動作では無い。だから例え彼が完全に消滅するまで攻撃が続けられようとも、攻撃の途中でこれ以上する必要は無いと知っても、一度下した発射命令は止まらない。
「エッジハンマー!!」
「天よりの落涙!!」
嵐。それは内部に存在する者全てを葬る魔法によって生み出された死地。だが、それはこの二人だけにとっては適用されない。
無数の柄が拡大召喚され、アリシアを押し潰そうとすれば超魔力砲がそれを砕く。逆に超魔力砲がローグを撃ち殺そうとすれば柄が拡大召喚され盾になる。威力、速度、数のどれもが互角のぶつかり合い。それを貫くのはただ一点を突破する事を願った魔導師、ローグ。
「バニシング!!」
step step step step step step――
駆ける。魔力砲の降る中、呼び出される柄を盾にしながら一直線に。
「ディープ!!」
「「インパクト!!」」
手が届くだけ接近したローグはアリシアに向けて魔力拳を放った。それは接近戦を苦手とするアリシアには防げない筈の攻撃なのに、同じだった。
「あなたに出来て、私に出来ない筈は無い!」
「同感だ、だから俺もやってみた!」
アリシアはローグの言葉の意味を理解出来ない。だがすぐそれに気付く。光輝くローグの腕、そこから感じる魔力は超魔力砲そのもの。
振り上げられるローグの右拳だったもの。それは拳の形をしておらず、無形。彼の右拳は今この時に限り天よりの落涙と同等。大地駆ける魔導師が空への憧れを具現化させる超魔力砲成らぬ砲撃拳。
一点のみを突破する。
「大地からの飛翔!!!」
魔力構成体。体は同じ。
魔力素を極限まで取り込んだ。容量も同じ。
接近戦しか出来ない者と遠距離戦しか出来ない者。正反対にして同質。
同じレアスキルを持ち、共に目的の為に成長し続けた。条件も同じ。
だから出来る筈なんだ。極論を言ってしまえば、人間に出来る事全て、他人に出来る事が同じ人間である自分に出来ぬ筈は無い。つまり、魔力構成体である相手に出来るのならば、魔導師に出来る事ならば自分に出来ない筈は無い。だからそれをしたんだ。お互いの最後の攻撃として。
「あはっ。はははははは」
アリシアが、疑似肉体を破壊されて肉体的に死んだアリシアが小さく笑う。
「何か面白いのか?」
「うん、最後を見取って死んだ後も覚えていてくれる人が居るのは良いものだって思ったの。そしたら自然と笑いがね」
「何を言ってる、お前の魔力はまだ尽きていない。疑似肉体くらい再構成すれば済む話だろう」
「そうなんだけどね、そろそろ出番はお終いかなって」
くったくなく、アリシアが笑う。それが合図だったのか、前触れも無くローグとアリシアの周囲の床が崩れ、穴が開く。
それは見ているだけで寒気がするとても不快なもの。
「その穴は虚数空間って言ってね、魔法が全部キャンセルされるの」
二人が繰り広げた圧倒的なまでの魔法のぶつけ合い。通常時とは比べものにならない魔的衝撃は、二人の知らない内に小規模な次元震を起こしていた。
「私もあなたも張り切り過ぎたから出来た。私とあなたを唯一、完全に殺せるシステムよ」
魔法が全てキャンセルされる場所、即ち魔力による外的影響が成されない場所。
「俺とお前の擬似肉体が、魔力構成体が分解される場所か」
「そう。分解されて、再構成出来ない場所。あなたと私に、もう有る筈の無い肉体的な死をくれる場所」
それだけ言って、アリシアは無言で虚数空間へ足を踏み入れる。
「おい!何やってんだ!」
「私ね、実を言うとまだ生きていられるなんて思ってなかった。この体を、肉体的制約の無い形になれるなんてね」
虚数空間へと落ち行く中で静かに、アリシアは語り出す。
「だからもういいの。まだ生きていられるこの体、そういう希望を得られただけで私は満足。ローグはさ、これだけ派手派手にやりあった私の事、忘れないよね」
「何が満足だ!お前は生きていたいからここまでやって来たんだろ!なら、お前がここまで来る間に奪ったものの為に、やれるだけやれよ!」
「最後に暴れてすっきりした。フェイトも大丈夫そうですっきりした。私、もう戻るね」
逃がさない。
今まで散々人を振り回して、関係無いものの命すら時には奪った。
そんなアリシアだからこそ、ここで逃げちゃいけないと思った。
「お詫びはローグに任せる」
「五月蝿い!いいからこっち来いよ!今ならまだ魔力素移動で抜けられるだろ!」
悲痛なまでの叫びも意味を成さない。
「死んだ人は生き返っちゃいけないの」
「そんなの俺だって同じだ!」
「馬鹿ね。あなたはまだ、一度だってこの世界からいなくなってない。だからいいのよ」
薄く笑った。
唇が、刻む様に動いた。

忘れないでね。

「アリシアーー!!」
儚く薄く笑った少女の体が、虚数空間へと吸い込まれ落ちて行く。
最初に足、次に膝、次に腰といった順で魔力によって形創られた体が粒子として消える。
魔法を拒絶する空間に於いて、その体は余りにも脆かった。
やがて、薄い笑顔に飾られた少女の全てが消える。
今、アリシア・テスタロッサはこの日何度目か分からない死を遂げた。いろんな人をいろんな形で巻き込んだ張本人とも言える人物は、思ったよりもずっとあっさり舞台から降りた。
それを見て、彼はこの場所に意味が無くなった事を知る。
ローグの体から流れ出る粒子が、空気中に満ちていく。その疑似肉体を構成する為に必要最低限の魔力だけを残して、彼は体の中に取り込んだ魔力を魔力素へ戻し、世界に還元する。
それが終わると、ローグは時の庭園を後にする。
もうそろそろ、アリサとの約束の日だった。



第三十九話 完


『そして二人の手の中に』






あとがき
出来る限り派手にやってみました。ちょっとやり過ぎなのは眼を瞑って下さい。
でもそれよりも最後までアリシアが原作を完璧に無視してた事に眼を瞑って欲しいです。この話のアリシアは、アリシアの名前を借りたオリキャラと思っていただければ。
ひとまず、長々と続いた話ももう少しで終わりです。
でもその前に、次も出来るだけ派手にやります。





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